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「幻想砕きの剣 5-2(DUEL SAVIOR)(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2005-08-31 09:05)
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 目の前に広がる光景は、妙に現実感がない。
 周囲との整合性が取れておらず、そこから別の時空が唐突に繋がっているかのようだ。
 中からは、少し強くなった風が吹いてくる。


「…それで、どうする?」


「ゴーゴーですの!
 新しいお部屋を見てみたいですの〜!」


 呟いた大河に、無邪気な顔でナナシが答えた。
 リリィも無言で首肯している。
 万が一誰かがやって来て、この通路を隠していた幻術が破られた事をミュリエル辺りに報告されたら?
 ヘタをすると、もう二度と入れなくなるかもしれない。

 が、大河が聞きたいのはそういう事ではない。


「それじゃ〜レッツらゴーですの!」


「あ、ナナシ!」


 ナナシが突撃した。
 罠があっても、彼女は元々死んでいるし、どう言う訳か頑丈さも人間の死体とは思えない程に強い。
 頭を砕かれたらさすがにお陀仏するだろうが、元々硬い頭蓋骨がさらに硬いので、銃弾を受けた程度ではヒビも入らない。
 盾にするには丁度いい人材かもしれない。
 そういう意味では彼女が先頭に立つのは効率的かもしれないが、それ以前の問題である。


 ツルッ
    ステーン
   ツツツツツツドゴン!


「ふええぇ〜〜ん、痛いですの〜!」


「……この凍りついた通路、どうやって融かすのかと聞いてるんだ」


「…………」


 ナナシはリリィの放ったアークディルによって凍りついた床を滑り、見事に壁に激突して泣いていた。


「ブレイズノン!
 ブレイズノン!
 ブレイズノン!
 ファルブレイズン!」


 リリィの魔法が、通路のあちこちに放たれる。
 しかしよほど氷が厚いのか、なかなか融けない。
 流石に息切れしたリリィは、炎を放つ手を休めて呼吸を整えた。


「中々進まないな…」


「こんなになる程、魔力を使ってないんだけどね…。
 どうやら結界に使われていた魔力が同調しちゃったみたい。
 それで飛躍的に効果が上がって、このザマってわけよ」


 タンコブを頭に幾つも作った大河が、座り込んでリリィを眺めている。
 大河は何度も無理矢理渡ろうとしたが、廊下はおろか壁すら摩擦が殆ど無くなっており、まともに進めなくなっていた。
 単純に摩擦係数がゼロなら直進も出来ただろうが、そこは何百年も放っておかれた場所だけあって、あちこちに妙な突起やら凹みやらがる。
 とてもではないが真っ直ぐ進めない。
 大河の隣にはナナシが座り込んで、頭を撫でてもらっている。
 壁に激突して出来たタンコブを理由にして甘えているらしい。
 自分がこんな苦労をしているのに、この連中は一体何をイチャついているのか。


「はぁ……ファルブレイズンー!」


「うおわぁ!?」


 苛立ちのままに絶叫し、ついでに魔力も過剰に載せたリリィの炎。
 熱気が大河の顔に吹きかかり、大河の顔がちょっと焦げた。


「な、何するんじゃあ!」


「チッ、アフロにしてやろうと思ったのに…」


 苦々しげに舌打ちするリリィ。
 このままでは、どんな口実を作って攻撃してくるか解ったものではない。
 ちょっと不安ながらも、大河は奥の手を出す事にした。


「リリィ、ちょっと退け。
 実験も兼ねて奥の手を使うから」


「奥の手?
 この氷をどうにか出来るの?」


「上手く行けばな…」


 大河はリリィの位置と入れ替わって立った。
 代わりにリリィが大河の座っていた場所に座る。
 目の前に、ナナシのリボンが揺れていた。
 何となくそれを弄りながら、大河を注視する。

 剣士に属する彼に、この氷を融かす術があるというのが、ちょっと信じられない。
 確かに氷は物理的な物だから、魔力でどうこうするだけでなく、単純に床ごとブチ壊してしまう事もできる。
 しかしそれでは効率が悪い。
 何せ氷は100メートル以上続いているのだ。
 全く、何故こんなに見事に凍りついたのか。
 ひょっとしたら、これもトラップなのだろうか?
 リリィが見つめる先で、大河は懐から何かを取り出している。
 ちらっとしか見えなかったが、それは封筒に見えた。


(……不安だ…。
 術式自体に間違いはないと思うが、あの魔神の魔力を使うと思うと果てしなく不安だ…。
 よこっち、文殊をぷりーずみー……“安全”って入れるから。
 …それとも“念仏”かな?
 いっそ“諦念”と…)


 大河は懐から取り出した、何時ぞやアシュタロスから送られてきたエネルギー塊を入れた封筒を見つめて思う。
 いっその事、今からでも別の手段に切り替えようか?
 リリィを挑発すれば……例えば「やーいマザコンAカップ〜」などと囃し立てれば、多分リリィはあっさり挑発に乗って最大火力を放ってくるだろう。
 実際はAよりは大きいだろうが、ベリオやらダリアやらの胸を日常的に見ている彼女は自分の胸にコンプレックスを持っている。
 ちなみにミュリエルも割りと大きい。
 怒りのパワーで、多分氷の半分くらいは融ける。
 その後自分が危険だが、このエネルギー塊を使う事に比べれば余程安全だ。

 殆どを忘れていたとはいえ、自分は連結魔術の使い手としては上位に入る方だと思う。
 何度も検算を繰り返したし、万が一失敗してもこの封筒に入っている限りは大丈夫だと言われている。
 そもそも、このエネルギー塊を安全に消化しようと思ったら、小出しにしながら使い切るしかない。
 どこかで実験をしなければならないのだ。
 今回使おうと思っている連結魔術は、ハッキリ言って簡単な部類に入る。
 失敗はまず在り得ないと思っていい。
 後でリリィに怪しまれるだろうが、適当に誤魔化せばいい。
 別に話した所で問題もない。


(………結局、使うしか道はねーのな…)


 覚悟を決めて、封筒を開けた。
 開いた封筒を凍りついた通路に向けて、エネルギー塊に魔術をかけ始める。


(……エネルギー源決定…。
 変換後の形式決定…。

 …オーマ連結開始……第一法則連結完了。
 第二法則連結問題なし。
 第三法則連結、エラーあり。
 第四法則連結……完了。

 エラー値を移動……第一法則連結に割り込み成功。
 変換開始…質量定義…極めて少なめに………問題なし。
 寿命設定……30秒で消失。
 変換……実体付与、幻影シミュレーション経過、実体化開始……OK。
 準備完了。

 …………周辺との整合問題なし)


「では、GO!」


 大河が叫ぶと共に、封筒の中から凄まじい熱風が飛び出した!
 リリィの魔法で融けなかった氷が、見る見るうちに融けて行く。
 しかし大河もリリィも、その光景を目にしていなかった。
 凄まじい熱で、目が乾燥してしまうので顔を背けていたのだ。


「ちょ、ちょっと大河!
 何なのこの熱風は!?」


「アチチチチチチホァッチャア!
 手が! 手が熱い! 封筒が! うわああああ熱持ってる〜!」


 封筒に熱が伝わって、大河の手を焼き始める。
 溜まらず大河は封筒を放り出した。
 殆ど融けた氷の上に投げ出された封筒は、何故か水に濡れもせずに熱気を吐き出し続ける。


「ダーリン、氷が殆ど融けちゃったですの〜!
 すっごいですの〜!
 ……でも目がしょぼしょぼするのはどうして?」


「こらナナシ!
 目を閉じるか反対側を向いてなさい!
 目玉から水分が蒸発しても知らないわよ!
 っつーか、いい加減に止めなさい大河!」


「ちょっと待て、もうすぐ30秒だからそれまで待て!」


 リリィ達は走って通路まで逃げ出した。
 それでも熱気が溢れてくる。
 大分マシになったが、まるでサウナのようである。
 大河が途中でぶっ倒れた。
 熱を間近で感じていた分、リリィ達よりダメージが大きかったらしい。


「あ〜ん、ダーリンしっかりしてですの〜!
 死んでもナナシは一緒ですけど、腐っちゃったら悲しいですのよ〜」


「こら、倒れてるんじゃないわよ!
 起きろ!
 起きろコラ!
 これアンタがやったんでしょうが!
 この熱をどうにかしなさい!」


 倒れた大河にゲシゲシ蹴りを入れるリリィ。
 熱さで頭のネジとかが飛んでいるようだ。

 そのリリィも熱で眩暈を感じた時、唐突に溢れかえっていた熱が消え去った。
 そんな熱は最初から存在しなかったとばかりに、地下特有の冷気が体を包む。
 まるで冷水をかけられたかのように頭が冷えるリリィ。
 しかし服も体も汗だくで、熱が幻でも何でもなかった事を示している。
 が、今の彼女にはあの熱が何だったのか、などとどうでもいい事である。
 ローブが土で汚れるのも構わずに、仰向けに倒れこんだ。
 体は平熱だったが、頭がヒートしている。
 体と頭を休めるため、冷たい空気を肺一杯に吸い込んだ。


「うう…酷い目にあったわ…」


「実験だったからな…予想外だ…」


 地面に横たわったまま、2人は呻く。
 流石の2人も元気がない。
 大河は懐からベリオに貰った聖水を出し、リリィに渡した。
 大河は貪るように、リリィは少しずつ飲む。


「ふぅ……生き返るわね。
 この清涼感が堪らないわ」


「ジュースにして売り出せば、結構人気がでるんじゃないか?」


「無理よ。
 作成コストが高すぎるわ…」


 水筒の半分ほどを飲み干して、2人はようやく一息ついた。
 すると通路を見に行っていたナナシが戻ってくる。


「ダーリンダーリン、氷が全部融けちゃってるですの!
 凄いですの〜〜!」


「あ〜、はいはい…制御にちょっと失敗したけどな…。
 それより、封筒を拾ってきてくれたか?」


「ハイですの。
 中身もちゃあんと入ってますのよ」


「ありがと」


 大河はナナシから封筒を受け取ると、中身を覗き込んだ。
 相変わらずエネルギー塊はそこにある。
 安定していて、特に暴走したりする様子もない。


(……ちっと予想外の効果が出たが、それは魔術を使った後のシミュレートをミスしたからだ。
 連結魔術自体は、概ね成功している。
 これなら強い戦力になるな………取り合えず、デフォルト状態に戻しておこう)


 大河が懐に仕舞い込んだ封筒を、リリィがじっと見つめていた。
 色々と聞きたそうだったが、大河に何かを…特に魔法関連に見えるものを…聞くのは、プライドに障るらしく、自分で分析しようとする。
 しかしそれより先に大河が立ち上がって歩き出した。


「リリィ、ナナシ、とにかく通路に行ってみよう。
 氷も全部融けてるし……リリィ、用心しとけよ」


「解ったわよ。
 ……なんでもいいけど、アンタ帰る気全然ないわね」


「当然!」


 胸を張る大河。
 それを見てナナシは、リリィに話しかける。


「リリィちゃん、ダーリンと何か勝負してるんじゃないんですの?
 確か肝試しがどうとか、さっき言ってたですの」


「あ!
 そう言えばそうだった…」


 それも救世主クラスとしての勝負で。
 もしここで自分が先に帰ってしまえば、それは負けを認めるのと同じ事。
 もし大河に敗れてしまおうものなら、プライド云々以前に貞操が危ない。
 リリィはベリオと大河の間に関係がある事に、薄々感付いていた。
 カエデもそうだが、彼女は最初から大河を慕っていたようなので問題ない…複数の相手と付き合う事に対する倫理観的問題はあるが、その辺りは故郷の文化だと割り切れる。
 が、ベリオは最初からではない。
 肉体から始まる関係もあると、こっそり呼んでいる裏本などで読んだ事もあるが、そこは年頃の少女である。
 よりにもよって大河となど、想像も出来ない。

 勝負の事を思い出し、リリィの気力が蘇る。


「さぁ、行くわよ大河。
 あの先に何があるのか、見極めてやるわ!」


 氷が張っていた通路には、幾何学的な模様が描かれていた。
 それ以外は何もなく、氷も綺麗に解け去っている。
 床が水浸しだが、これは氷が融けた後だろう。


「なんだこの模様?」


「さぁ……魔法陣の一種なのは確かだけど、その効果までは…。
 大体、私の使う魔法とは系統が全然別物だし」


 興味深げに模様を覗き込んでいると、ナナシが模様の中心に埋まっていた何かを取り出した。


「ナナシ、それは?」


「これは魔力を増幅する石ですの。
 水銀とカドミウムと…(中略)…を混ぜて、沸騰している所に高山の石を放り込んで一週間ほど放っておくと出来上がりですの。
 あっちとこっちとそっちに、魔力を捻じ曲げる塗料が使われていますの。
 曲がった魔力は、全部この石に溜め込まれていましたのよ」


「へぇ…」


 リリィも大河も意外そうな顔でナナシを見る。
 彼女にこんな知識を蓄える知性や機会はなかっただろうから、生きていた頃に溜め込んだ知識だろうとは思う。
 しかし無意識にとはいえ、それをナナシが流暢に語ると違和感があった。

 何はともあれ、リリィの疑問はこれで解けた。


「これが通路ごと凍り付いていた原因ね。
 正式な手順で幻術結界を解かなかったから、魔力が全部その石に放り込まれて増幅され、アークディルの効果が何十倍にも跳ね上がったのよ。
 そうでもなければ、あれだけの範囲が凍りつくなんてありえないわ。
 無理矢理こじ開けられた時の為の、第二の対策ってワケね」


「ふーん。
 で、この石どうする?
 魔力を増幅するんなら、何かに使えるんじゃないか?」


「そうね…一応持っていきましょうか。
 見た所魔力を溜め込む性質も変ってないし。
 増幅機能が弱まっていても、最悪でも爆弾にはなるでしょう」


 ナナシはリリィに石を渡して、先に進み始めた。
 さっきもそれで滑って転んで頭を打ったというのに、警戒心というものが見られない。
 先程披露したような高度な知識を思い出せるのなら、もう少し常識の類も思い出せないのかと思うリリィだった。


「………イヤな気配がする」


「そうね…魔物の類の気配だわ」


 謎の建物跡に進入してはや30分。
 動くモノもなく、増して生物の気配ま殆どない。
 にもかかわらず、何かがいるのが直感的に解かる。
 魔物の気配だと分かるが、それ以上の事は解からない。
 遭遇した事のない気配だからである。


「ナナシ、ここに居る連中とは知り合いじゃないの?」


「ナナシは、ここに来るのは初めてですの。
 でもでも、お友達はきっとこの辺りから出てきたんですのよ。
 探せば居るかもしれないけど、殆どはこの前ダーリンが成仏させちゃったですの」


「大河が?」


 振り返ると、大河は周囲の壁を見つめたりして首を捻っている。


「ちょっと大河、聞いてる?」


「ん? ああ、聞いてる聞いてる。
 ここの幽霊を俺が成仏させたって話だろ?
 カエデが召喚された日に、鬼の手でちょっとな」


「鬼の手?」


「ただのネタだ」


 どうせならナックルで戦えばよかった、なんて考える大河だった。
 もっとも、それでは幽霊達を成仏させた青い光は出てこないのだが。


「ま、いいけどね……でも、情報が得られないっていうのは惜しいわね」


「オバケさん達が何て言ってたかは覚えてますの。
 なんだか、他のオバケさん達よりもずっと苦しそうで、怖い怖いってみんな言ってたですのよ」


「怖い?」


 確かに幽霊になっているくらいだから、無念や恐怖に縛られていてもおかしくはない。
 しかし、それが一箇所に固まっているとしたら?
 何故この建物の中だけ、その傾向が強い?
 答えは一つだ。


「この奥に、幽霊達を縛り付ける何かがあるって事かしら…」


「きっとそうですの……。
 みんなここに在る何かを怖がっていて、とっても可哀想なんですの!
 ダーリン、リリィちゃん、お願いですの!
 オバケさん達を助けてあげて欲しいんですの!」


 ナナシは彼女にしては珍しく、頭を下げて、真剣な顔で頼み込んだ。
 リリィとしても、ナナシの頼みを引き受けるのは吝かでない。
 救世主候補としては、過去の恐怖や柵に囚われた幽霊達を救ってやるのも使命だろう。
 本職のベリオ辺りに任せておきたいが、彼女に幽霊の相手ができるとも思えない。
 何より、ここまで来たのだから乗りかかった船である。
 どうせ進もうと思ったら、幽霊達を相手にしなければならないのだ。
 幸い、こちらにはバカだが強力な盾もいる。
 理屈はわからないが、大河は幽霊を成仏させる術を持っているらしい。
 これは大きなアドバンテージである。


「何とかやってみるわ。
 大河、さっきの聖水を被りなさい。
 効果が切れないうちに、一気に進むわよ」


「はいはい…ほれ、ナナシお前もだ」


 大河はリリィに残った聖水のいくらかを渡し、ナナシにも渡して頭から被った。
 冷たい感触と、清涼感に満ちた匂いが微かに鼻をくすぐる。
 リリィも同じように頭から被り、髪が乱れた事に顔を顰めている。
 今でも結構乱れているのだが、それでも気分が悪い。
 濡れた髪を撫で付けて整えていると、ナナシが聖水を被ろうとしているのが目に入った。


「ちょっと待ちなさいナナシ!
 アンタが聖水なんか被ったら「冷たいですの〜」……へ?」


 ナナシはアンデッドだ。
 聖水を頭から被ろうものなら、ヘタをすると即成仏してもおかしくない。
 それでなくても、結構なダメージを受ける事は確実だ。
 にもかかわらず、ナナシはピンピンしている。
 かつて礼拝堂で聖水をぶちまけたベリオも同じ事に驚いていたが、リリィも唖然としている。


「あ、アンタ……平気なの?」

「何がですの?」

「……大河、この子本当にゾンビ?」

「俺が聞きたい」


 大河もリリィ程ではないが納得いかない表情だ。
 ナナシが本当にゾンビなのか、以前にも何度かベリオと議論しているが、結論は出ない。
 しかし何はともあれ、聖水を被った以上は幽霊達は寄ってこないはずである。
 完全にとは言わないが、それでも大分マシになったはずだ。
 リリィは知らなかったが効果は丸一日以上続くので、注意するのは自分達の体力と帰り道くらいでいい。


「大河、アンタが先導しなさい。
 それと逃げ道と帰り道を確保しておくのよ。
 アンタそういうの得意でしょ?」


「おう、部隊に居た頃からその手のノウハウは叩き込まれてるからな…。
 出来れば4つ以上はルートが欲しいんだが、贅沢も言ってられんか」


「リリィちゃん、ナナシはどうするんですの?」


「アンタは……私の後ろに居なさい。
 それと、何かおかしいと思ったら行動する前に私か大河に報告するように」


 リリィがナナシを自分の背後に位置させたのは、前から来る敵から守るためという理由もあるが、自分の死角を補うためでもある。
 要するに背後から襲ってくる敵に対して盾にしようというのだ。
 並外れて頑丈なナナシだし、ひょっとしたらお友達という事で彼女は攻撃されないかもしれない。
 しかしあっさりとナナシを盾にしようと考える辺り、いい加減リリィも染まってきたのかもしれない。


「それじゃ行くわよ。
 道が解からないから、進む方向は大河に任せるわ。
 野生の直感を見せてちょうだい」


「OK。
 そんじゃ行きますか」


 それから暫くは何もなかった。
 警戒していたものの、聖水の効果か幽霊達もモンスターも姿を見せない。
 罠もなく戦いもなく、大河達はひたすら歩き続けた。
 通路は崩れた瓦礫やら柱やらで通行不能になっていた部分もあったが、決して複雑な構造ではない。
 枝分かれした道はすぐに行き止まりになり、抜け道の類も発見できない。

 結局は、一本道をずっと歩く事になった。
 暫く進み、分かれ道もなくなった頃、大河が足を止めた。


「どうしたの?」


「……殺気を感じる。
 前方から迫ってくるぞ……。
 数は…よく解からんが、最低でも5体以上」


 リリィの表情が厳しく引き締まった。
 手の内に魔力球を生成し、すぐにでも魔法を放てるように備える。
 先制攻撃には、もっとも射程距離の長く破壊力の大きい魔法…ヴォルテカノン。
 一度放ってしまえば、それこそ凄まじいスピードで迫るので大抵の相手は避けられない。


「ナナシ、下がってなさい。
 間違っても戦闘に参加しようなんて思わないようにね」


「ぶ〜☆
 ナナシもダーリンと一緒に戦うですの。
 夫を応援するのは、妻の役目ですの〜!」


「だったら応援だけにしておきなさい!………来るわよ!」


 殺気が強くなってきた。
 耳を澄ませば、羽音も聞こえる。
 さては上かとリリィは照準を上げた。
 暗闇の向こうから、僅かに影が見え始めた。


(1……2……3…4体しか居ない。
 大河が多く見積もったとは考えにくいから、地面に居るか後から遅れて来ていると考えるべきね。
 まずは先鋒を打ち落とす!)


「これでも喰らいなさい!
 ヴォルテカノン!」


 リリィの両手から発射された電撃が、闇を裂いて影に迫る!
 放電を避けられず、影の一体が直撃を受けて落下した。


「仕留めたか!?」


「ダメ、手応えはあったけど致命傷じゃないわ!
 コイツら、スライムとは格が違うわよ!
 接近されるまでにもう一発放つわ」


 再び魔力を貯め始めるリリィ。

 呪文の詠唱が半ばまで来た時、大河は凄まじい悪寒を感じた。
 彼の視線の先には、埃が積もった床……しかしそこには、先程までは無かった足跡がついている!
 咄嗟にリリィを掻っ攫い、その場から離脱する。


「きゃ!?
 ちょっと何するのよ大河!」


「もう接近されてる!
 透明なヤツがいるぞ!
 床に注意しろ、足跡が見える!」


 リリィに注意を促して、大河は一番新しい足跡がある場所に斬りかかった。

ガキン!

 硬質な音がして、大河の斬撃が弾かれた。
 次の瞬間大河は胸元に鈍い衝撃を受けて吹き飛ばされた。
 受身を取り、リリィの足元まで転がってくる。
 起き上がって痛みに顔を顰め、痺れた右手を振った。


「ちょっと、大丈夫?」


「何とか。
 それより、周囲を薙ぎ払うような広範囲の魔法を使ってくれ。
 破壊力は低めでいい」


「燻りだそうって言うのね?
 解かったわ、10秒稼いで」


「了解!」


 大河は再び影のあった場所に突っ込んだ。
 今度はトレイターを突撃槍に変えて、いつ当たっても問答無用で突き刺さるようにしている。
 しかし、それすら避けられた。
 大河が足跡のある場所まで一気に踏み込んだ瞬間、風が巻き起こったのである。


「チッ、空まで飛ぶのか!?」


 当てずっぽうで振るったトレイターが、幸運にも透明な魔物に激突した。
 奇声を上げながら、何かが床に落下する。
 チャンスとばかりに、大河はトレイターを戦斧に変えて打ち下ろした。


「グギャッ!」


 確かな手応えがあり、硬質な感触が帰ってくる。
 骨が砕け、何か…恐らく翼が切れ飛んだ。
 しかし致命打ではない。
 大河はすぐに離れてリリィの傍に近寄り、触覚を研ぎ澄ませて空気の流れを読んだ。


「ちっ、透明なのがもう一体居やがる…」


「大河、行くわよ!
 必殺の準備しときなさい!」


 リリィの呪文詠唱が完了する。
 通告するや否や放たれる魔力。
 軽い熱気を持たせた魔力が、周囲一帯を荒れ狂った。
 埃が巻き上がり、辺りが薄い煙に覆われる。
 その中で、不自然に揺らめく部分があった。


「大河、あそこよ!」


「うらああああ!」


 トレイターをナックルに変えて突っ込み、殴打した瞬間吹き飛ばさないように相手を捕獲、攻撃の繋ぎに膝蹴りを入れ、さらに同じくナックルでジェットアッパー。
 浮いた相手に斧を叩き込んで追撃し、さらに飛び上がって連撃を叩き込む。
 まず突撃槍で串刺しにし、ハンマーに変えて地面に叩き落し、さらに首と思しき場所と足を掴んで組み技に移行した。
 回転しながら落下し、固定した首が地面に激突する瞬間、真上から踏み潰す。


「砕け散れや!」


 大河が使えるコンビネーションの中でも、殺傷力に優れた技だ。
 ただし名前は無い。
 まず相手を宙に浮かせて組み付き、回転して遠心力をつけ、破壊したい場所を足と地面でサンドイッチにする業である。
 相手が地面に叩きつけられる瞬間に衝撃を追加する事で、相乗効果によりダメージは飛躍的に跳ね上がるのだ。
 本来なら首が折れる程度の威力だったが、トレイターによる身体強化能力で予想外に威力があった。


グチャリ!

 大河は致命打を与えた事を確信した。


「…なんか気味の悪い感触で、足が濡れてる」


「んな事いいから、さっさと次の相手をしなさい!
 本陣がすぐそこまで迫ってるのよ!」


 どうやら、頭蓋骨を叩き割って脳みそをブチ撒けてしまったらしい。
 透明な脳漿やら何やらが、大河の足に纏わりついているようだ。
 リリィの冷たい言葉に内心涙しながらも、大河はもう一方の透明な敵に切りかかった。
 こちらは先程かなりのダメージを与え、翼も千切れているのでそれほど強い相手ではない。
 二三合打ち合って、大河が離れる。
 その置き土産に投げつけた爆弾で、透明な魔物は息絶えた。


「ダーリン、がーごいるさん達が来たですの!
 あきゃ!」


 間髪入れずに、本陣が到着した。
 ナナシの頭が、宙を舞うガーゴイルに捕まれる。


「うきゃ〜〜〜〜〜!」


 そのまま頭だけ攫われていった。
 中々ショッキングな光景だが、それはガーゴイルにとっても同じだったらしい。
 何故か頭を引き千切られてもピンピンしているナナシに驚き、慌てて頭を放り出した。


「目が回るですの〜〜〜〜!」

「あだっ!」


 ぐるぐる回って宙を飛んだナナシは、まだナナシのゾンビっぷりに慣れないリリィの顔面を直撃した。
 鼻の頭を抑えて涙目になるリリィ。
 無理もない。
 頭突きを喰らったのに等しい衝撃を受けたのだから、その程度で済んだのは恩の字である。
 しかし痛いものは痛い。
 頭に来て、碌に狙いもつけずに魔法を連射する。


「ブレイズノン!
 ブレイズノンブレイズノンブレイズノンブレイズノン〜〜!!」


 空中で炎が花火のように咲き誇る。
 しかし流石に3次元的な機動になれているガーゴイル達は、その全てを避けてみせる。
 爆発による空気の流れに乗り、サーフィンでもしているかのように余裕綽々だ。
 それが解かるリリィは更に怒り心頭である。

 一度に一発しか魔法を放てないので、避けるのは決して難しくない。
 ヴォルテックスを放とうにも、ここまで接近されて小刻みに方向を変えられると照準がつけられない。
 大河を囮に使おうかと思ったが、ガーゴイル達はからかうように空中を飛び回っているだけである。
 地上戦が専門の大河は役に立たない。
 こいつの事だから壁を走るくらいは出来るかもしれないが、ガーゴイル達がいるのは壁から大分離れた場所だ。
 肩で息をし、何か方法はないかと見回すと、自分の足元で転がっているナナシの頭を見つけた。


「…………(ニヤリ)」

「ダーリン、ナナシはなんだかイヤ〜な予感がしますの」


 次の瞬間、ナナシの頭はリリィに鷲掴みにされた。
 そのまま腕をグルグル回して勢いをつける。


「きゃ〜〜〜!
 ダーリンどうにかしてですの〜〜〜!」


 流石の大河も止めようがない。
 今彼女の邪魔をすれば、きっと大河も攻撃対象に入ってしまう。
 元々敵視されているのだ。
 狙いをつけたリリィは、一歩踏み込んでナナシの頭を投擲する!


「行けぇ! 白っぽき弾顔(だんがん)・雷獣N(ナナシ)ーーー!」


「きゃあああぁぁぁぁぁぁ!」


 長く響く悲鳴を帯びて、ナナシは再び宙を舞った。
 しかし命がけの特攻虚しく(もう死んでいるけど)、ガーゴイルはあっさりその軌道から身をずらす。
 ナナシの頭は、嘲笑を浴びながら落下していく…かに思えた。


「ぁぁぁぁぁああああああ!?」


「グゲッ!??」


 なんと弾顔Nことナナシの頭が、急激に浮き上がった!
 慌てて回避するガーゴイルだが、次の瞬間爆炎に包まれる。
 呆然と大河が呟いた。


「ら、らいずぼーる……しかもウィンドミル投法!?
 ソフトボールでもやってたのかよ…」


 雷獣って言ってるから、キャプ翼かもしれない。

 一体のガーゴイルが、ボロボロになって落ちてくる。
 しかしまだピクピク動いている。
 一撃で仕留める事は出来なかったが、むしろリリィは満足そうだった。
 動けなくなったガーゴイルに無造作に近寄り、片足を上げる。

 そして、


 キック! きっく! Kick! 蹴! 潰! 踏! Stanping! タップダンス!


 爪先、くるぶし、踵、足の甲、両足を満遍なく使って、無造作かつ無表情に蹴りまくる!
 体の半分近くが石で出来ているガーゴイルを蹴りつけているというのに、リリィは全く痛がる様子はない。
 それどころか、何か体の中の大事な器官が潰れるような音や、骨が砕かれる音が打撃音に交じって聞こえてくる。
 足が分身して見えるほどの勢いで、リリィはガーゴイルにトドメを刺した。
 本職もビックリなヤクザキックで、ガーゴイルは涅槃に旅立った。


「ふぅ…ちょっとスッキリしたわ」


 輝かしい笑顔のリリィに、大河のみならず空中を舞うガーゴイル達も怯えている。
 リリィは無言でギラリと目を輝かせ、宙のガーゴイル達を睨みつける。
 口に出さずとも目が告げていた。

「次はお前だ」と。

 ビクっと体を硬直させ、危うく落下しそうになる。
 しかし生存本能が、落ちたら生き地獄に堕とされた上で、さらに地獄に叩き込まれると告げている。
 必死に翼を操り、柱にしがみついた。
 リリィは無言で柱に近寄って、ガーゴイルに止めを刺したケリを叩き込む。


ドガン!
   ぐらぐらぐら…

 蹴り一発で地下が揺れた。

ゴガ! ゲシ!  ガツガツ!

 ぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐら


 リリィが一発蹴る毎に、揺れが大きくなっていく。
 天井から砂が落ちてきた。
 大河が慌てて駆け寄り、リリィを柱から引き離す。


「離せ! 離せ大河! コイツらブッコロ!」


「ブッコロするのはどうでもいいが、これ以上柱を蹴るな〜〜!
 落盤でも起きたら、俺達ゃ生き埋めになるだろーが!
 学園でも落盤が起きて、どんな被害が出るかわからんぞ!
 学園長に多大な迷惑が掛かるっての!」


 ミュリエルに迷惑が掛かると聞いて、リリィは正気を取り戻した。
 これ幸いと、ガーゴイル達が逃げていく。


「はぁ…はぁ…そ、そうね…ちょっと爆発してたわ…。
 ありがと大河」


「…ああ」


 礼を言われるが、大河はリリィが蹴りつけていた柱に目を向けたままだ。
 詳しい描写はしないでおくが、かいじゅうだいけっせんあとちとだけ言っておこう。
 大河は、リリィが怒ると未亜と同じ属性になるのを発見した。
 つまり身体能力や迫力が不条理に跳ね上がるという事だ。


(……あんま怒らせないほうがいいな、コイツ…。
 893未亜ならぬ5910…もとい極道リリィ?)


 ごろごろごろごろ……

 ナナシの頭が戻ってきた。
 彼女の体は、あっちにフラフラこっちにフラフラして壁にぶつかっている。
 目も耳もないのに無理に歩こうとするからだ。


「ダーリン、ただいまですの〜。
 さっきの地震はなんだったんですの〜?
 お陰で頭が跳ねて、たんこぶ沢山作っちゃったですの〜」


「……そりゃ災難だったな…」


「それで、どうする? 先に進むか?」

「当然よ! 少なくとも、さっきのガーゴイルに一発叩き込むまでは帰らないわ!」


 大河は先程リリィを怒らせたガーゴイルに憐憫を覚えた。
 目を通路奥に向けると、天井近くの壁や柱に何かがぶつかった後が見える。
 どうやらガーゴイルが必死になって飛んで行き、焦りでバランスを崩してぶつかったらしい。
 それを辿るまでもなく、道はぐねぐね曲がってはいるが一本道だった。
 まるで同じ所をぐるぐる回っているような錯覚に陥るが、ガーゴイルがぶつかった痕跡が、だんだん地面に近くなってきている。
 ひょっとしたら地面の方が傾斜して高くなっているのかもしれないが、前進しているのは確かである。
 それに、ぶつかる頻度が明らかに頻繁になってきた。


「あっちこっちに衝突してますの。
 まるで何かから、必死に逃げてるみたいですの?
 この奥には、オバケさん達が怖がるものが在るのに、何でこっちに逃げるんですの?」


「………さぁ、何かしらね?」


「ナナシ、そっとしておいてやれ…」


 その場に居合わせなかった故の無邪気さで、ナナシは首を傾げる。
 リリィはそっぽを向いてとぼけ、大河は心底憐憫の情を持ってナナシを諌めた。
 リリィは気がついていないが、大河にはあのガーゴイル達があれ程に怯えた理由が理解できる。


(……ボールがあるのかは知らんが、両足の親指の間に一蹴り…。
 男として同情に堪えん……)


 どうやらリリィの蹴りの嵐は、メンズシークレットな場所を直撃していたらしい。
 無意識に蹴ったようだが、それだけに恐ろしい。
 心中涙を流して黙祷し、ガーゴイルが天国で無事性転換を終えられる事を祈る大河。
 ちょっと内股になっている。


「大河、そろそろ近いわよ。
 空気が変ってきてる……怨霊の類が居るみたいね」


「え? あ、ああ、解かった」


 天国のガーゴイルに電波を送っていた大河は、リリィに声をかけられてようやく我に帰った。
 言われて見ると、確かに嫌な空気が漂ってきている。
 聖水の効果があるのでもう暫くは大丈夫だろうが、大河としてもこの空気は好きではない。
 しかし、むしろ元気になるゾンビ娘が一名。


「ダーリンダーリン、あっちからすっごい声がするですの!
 お友達が、ダーリン達が来てるのを感じて歓迎の準備をしてるんですのよ」


「歓迎…って言われてもな…」


「ねぇ…」


 ナナシの言っている事は冗談か楽観的な早とちりだとしても、手荒な意味での歓迎を受ける可能性は大いにある。
 引き攣った顔を見合わせて、2人は乾いた笑い声を上げた。
 しかしナナシは構わず進んでいく。


「あ、ちょっと待てナナシ!」


 ナナシを追って曲がり角を過ぎると、単調だった廊下はそこで途絶えていた。
 そして更なる地下に向かう階段がある。
 嫌な空気は、明らかにこの下から漂っていた。


「……どうやらさっきのガーゴイルは、この下に降りて行ったようね」


「そう考えるのが妥当だろうな…。
 で、準備はいいか?」


「勿論。
 ナナシは……もう行く気満々ね」


「ハイですの!
 お友達がもっと増えるかもしれないですのよ」


 増やされても大河とリリィとしては対応に困る。
 透き通った顔で「成仏させてくれ〜」とか言ってきたならまだしも、「代わってくれ〜」とか「仲良くあの世をエンジョイしよう」とか言われたらどうしたものか。
 明るい性格の幽霊なんぞ居るとは思えないが、明るい性格のゾンビなら目の前にいる。
 早朝に起きだしてランニングする吸血鬼とか、生命力に溢れまくった幽霊とかがいてもおかしくない。


「……とりあえず大河、例の幽霊を成仏させる武器を出しておきなさい」


「あれは自分の意思じゃ出せん。
 ……トレイターが『幽霊が出てきたら変化する』って言ってるから、なるようにしかならない」


「…は?
 トレイターが……言ってる?」


 比喩かと思ったリリィだが、解釈を変えても意味が繋がらない。
 トレイターを眺め回す大河は、リリィに向かって問いかけた。


「リリィの召喚器…ライテックスだっけ?…は、そういう事はないのか?」


「ライテウスよ。
 少なくとも私は召喚器に呼びかけられた事はないわ。
 ベリオ達は………どうなのかしら。
 何か意思を感じるとは言っていなかったけど、時々召喚器を通して何かを感じる事もあるって言ってたわね」


「ふーん……どうにも俺の召喚器って規格外っつーか、性質が他の召喚器と違うよなぁ…」


「本人に似たんじゃないの?
 ……それとも本人に似た物が召喚されるのかしら?
 でもそれだと、何を以て似ていると言うのかしら……ライテウスもそうだけど、ユーフォニアだってベリオと何処が似ているのかと言われると…」


 腕を組んでブツブツ呟くリリィ。
 しかしすぐに思考を切り替え、大河の手の中のトレイターを睨みつける。


「ホントに大河が言っているように、何か訴えてるのかは知らないけど…ちゃんと機能するんでしょうね?
 偉そうな事言っておきながら肝心な時には何もしないなんて事があったら、床に突き刺してヤクザキック入れるからね」


 大河の手の中で、トレイターがブルッと震えた気がした。


 階段を下りると、二体のガーゴイルの死体が転がっていた。
 あちこち瘤が出来ているが、明らかに致命傷とは程遠い。
 それ以外には全く外傷はなく、ただ体が冷くなりはじめている。


「……なんでいきなり死んでるのかしら」


「さぁ……どうするんだ?
 一発叩き込もうにも、相手が死んでるんじゃ意味がないぞ。
 八つ当たりにはなるかもしれんが」


「死体を無闇に傷つけるのは犯罪よ。
 ガーゴイルの死体には適用されないと思うけど…」


 冷たくなったガーゴイルを前にして、3人は立ち竦んでいた。
 場所から見て、天井近くからゆっくり降下、階段を下りたらそのまま少し飛び、何らかの理由で息絶えたのだろう。
 病気かと思ったが、それにしては即効性がありすぎる。
 それにガーゴイルは恐らく生まれた時からこの中にいる筈なので、今更何かに感染したとも考え辛い。

 ナナシはガーゴイルを起こそうとしているのか、ゆらゆら死体を揺すっている。
 ガーゴイルもゾンビになるのだろうか?
 ドラゴンゾンビなんてのも居るし。


 周囲を見回してみたが、気になるものは特にない。
 ………と言いたい所だが、気になる所はなくても突っ込み所は満載だった。
 先程までの場所は、石やレンガで出来た無骨な建物だった。
 それが階段を一つ下りただけで、この変りようは一体何なのか。
 壁こそ洞窟のような土やら岩やらに変ったが、それ以外が激変していた。

 まず目に入るのは金色。
 アーチやら意味不明の建造物やら、とにかく金で出来ている。
 キラキラ反射する光のおかげで明かりには困らないが、ぶっちゃけ目障りである。

 さらに床。
 こちらも金色だが、積もりに積もった埃その他のせいで輝きが鈍い。。
 長い間手入れも無かったので朽ち果てたのだろうが、元はかなり高級で手の込んだ施設だったと推測できる。

 明らかに人為的な装飾が為された、恐らく本来は外が見えたであろう建造物。


「……学園の地下にこんなものが埋まっていたなんて…」


 リリィも大河も声がが出ない。
 大河は何かしら隠されているとは勘付いていたが、さすがにこれは予想外だった。

 しゃがみ込んで通路をよく見てみると、その劣化具合が均一なものである事が解かる。
 つまり、誰かが同じ通路を短時間で何度も使うのではなく、それぞれ違う道を辿ったか、通った後が完全に消えるくらいの時間を置いて、この施設が利用された事が窺える。
 さらに言うと、この装飾は誰か一人の贅沢や気紛れで出来るものではない。
 恐らくは国家的な行事を行なう為の、救世主に関する何かの施設。


(………王宮が救世主絡みでこなす役割っつーたら…救世主の選定くらいか。
 でも、だったらどうしてこの施設を隠蔽した?
 選定そのものはこの施設がなくても出来るかもしれないが、わざわざ隠す意味もない…)


 同じようにして壁やアーチを調べるが、それ以上の事はわからない。
 リリィも大河とは違う手段でこの場所を調べていた。
 魔力の残滓を感じ取り、ガーゴイルに何があったのか、ここに何が居るのか予測する。


「どうだ、何か解ったか?」


「……ガーゴイルの魔力が、生前に比べて異常に減少してるわ。
 これほどのスピードで生物の内にある魔力が拡散するとは、ちょっと考えられないわね…。
 ………外傷もないし、これは何者かに生気ごと魔力を抜き取られたと考えるのが自然よ。
 ただ、それが何者かまでは…」


「……多分幽霊の類だ。
 アレと遣り合った時、ちょっと生気を吸い取られた事があるんでな」


「その話、後で詳しく聞かせなさいよ。
 そっちは何か解かった?」


「大した事は何も。
 まぁ色々と解かってることはあるんだけど、殆ど推測だし…。
 時間が掛かりすぎるから、これは帰ってから話すわ」


「そう…。
 幽霊だけしか居ないなら、話は単純になってくるわね。
 聖水があるから大抵の幽霊は近寄れないし、この奥に何があるのか調べるだけよ」


 そう言ってリリィは施設の奥に足を向けた。
 しかし、ナナシが妙にしげしげと周囲を見回している事に気付く。


「ナナシ、どうかしたの?」


「ん〜…何だか懐かしい感じがするですの〜。
 ずっと前に、ここに来た事があるような気がするですの」


「ここに?」


 ナナシの寝床…墓所は、この施設のすぐ傍にある。
 ひょっとしたら、あの墓地もこの施設の一部だったのかもしれない。
 生前何らかの関わりを持っていたとしても不思議はない。


「ここを運営する従業員だったのかしら?
 でもナナシは救世主候補に関係してるみたいだし……」


――――救世主……


「そう、救世主…………ねえ大河、今何か言った?」


「言ってねえよ。
 それより警戒しろ、囲まれてるぞ!」


 大河がトレイターを呼び出し、周囲を警戒した。
 リリィが慌てて周囲を見回すと、アーチの影や岩の後ろ、壁の中から幾つもの半透明な顔が突き出ている。
 どの顔も表情が読めるほど明確には見えないが、恨みや恐怖の念は直接見なくても伝わってきた。
 壁や岩陰から抜け出して、円を描くように飛び回りだした。


――――救世主…
――――救世主だ……
――――救世主だと………
――――救世主…
――――救世主…
――――救世主……


 近寄ってくる事は出来ないようだが、大河とリリィとナナシの周囲を縦横無尽に飛び回る。
 圧倒的なまでの数量差。
 一体一体の能力がそれ程ではなかったとしても、これだけ集まると手の打ちようがない。
 ベリオの聖水がなかったらと思うとゾッとする思いだ。


「ナナシ、こいつらとコミュニケーションは取れるか?」


「ムリですの…。
 みんな怖くて痛くて、ナナシの声が聞こえてないんですの」


 一縷の望みを賭けてナナシに問うが、あっさり却下されてしまう。
 リリィは既に攻撃魔法を詠唱し終えて、魔力を手の内に溜め込んでいた。
 これだけ居ると危険だが、やるしかない。
 退路は既に塞がれている。


「全く……だから帰り道は確保しておけって言ったのに」


「すまん、油断してた……。
 ベリオの聖水の力はまだ続くみたいだし、進むか?」


「迷うわね……この先に何があるのか、一層気になってきたけど…」


 聖水の力に任せて突っ切るか、それともさっさと逃げ帰るか。
 確かに聖水は幽霊の類には効果絶大だが、それ以上の力を持った幽霊なら突破してくる。
 この幽霊達がどれほどの力を持っているのかは解からないが、甘く見れるほどの相手ではなさそうだ。

 こちらの戦力は大河とリリィ、そして使い物になりそうにないナナシ。
 猪突猛進な所がある彼女だが、状況判断くらいは出来る。
 これは一旦退いて、戦力を整えてから再び挑むべきだ。
 そう判断したリリィだが、ちょっと遅かった。


「オバケさん達、きっと助けてあげるですの!
 ダーリン、リリィちゃん、お先に失礼ですの〜!」


「あ、ちょっと待ちなさい!」


 なんとナナシが暴走してしまったのだ。
 幽霊達が放つ怨み辛みの思念をモロに受け取ってしまったらしく、お友達の悲哀を放って帰る事など出来ないと思ったのだろう。
 ナナシはまるで道を知っているかのように、幽霊達の中を突っ切っていく。
 幸い彼女には幽霊達もそれほど興味がないのか、何体かが彼女を追っただけである。


「チッ、あのスズメ以下の脳味噌腐敗娘はぁ! 大河、追うわよ!」

「解かってるよコンチクショー!」


 大河はトレイターの声が訴えるまま、トレイターの姿を大剣に変化させた。
 以前ほど長くはないが、それでも2メートルを超える大きさである。
 青い燐光が纏わりついている。
 それを見たリリィがギョッと目を開く。


「ちょっと待ちなさい!
 それ、何時ぞやゴーレムと闘技場の半分をクレーターに変えたヤツじゃない!
 そんな物をこんな場所で振るったら、落盤事故が起きて生き埋めになるわよ!
 さっきの私の蹴りの比じゃないわ」


「大丈夫だ。
 トレイターがそう言ってる…。
 それに、前に振るった時にはあんなバカみたいな破壊力は出なかったしな。
 そら、行くぞ!」


「ああもう、ホントに大丈夫なんでしょうね!?」


 リリィの脳裏には、大河が初めてトレイターを振るった時の破壊力が焼きついている。
 あの映像があるから、リリィは大河を強くライバル視していたのだ。
 それがなければ、『そこそこ使えるかもしれないバカ』ぐらいにしか思わず、ちょっかいを出す事もなかったかもしれない。
 大河は大丈夫だと言っているが、まかり間違ってこんな間近であの破壊力を開放されたらと思うと、身が凍る思いである。
 が、そんな事を行っている場合でもない。
 仕方なく心配を心の隅に押しやって、戦闘に集中する。


「楔を打ち込むから、そこから道を広げなさい!
 パルス強化版(試作品)!」


 ナナシが走っていった方向目掛けて、リリィの放った魔力が爆発する。
 実体もないのに吹き飛ばされる幽霊達。
 しかし致命傷には程遠い。
 リリィは歯噛みした。

 こう言った純粋な幽霊達は、言わば精神エネルギーの塊なので、魔力を使って物理現象を引き起こす魔法とは相性が悪い。
 それでも魔力というエネルギーが付加されているので幾らかの干渉は出来るが、やはり効率が悪いのだ。
 炎や氷で攻撃するよりも、純粋な魔力で干渉した方がいいのだが、攻撃力不足は否めない。
 カエデの気功波やら、信仰による祝福を受けた精神エネルギー…ベリオのホーリースプラッシュの方が効果があるのだ。
 しかし無い物強請りしても仕方がない。
 すぐさま大河をサポートする為、彼女は魔力を貯め始める。
 大河の引き立て役になるようで気分が悪かったが、状況が状況なのでそうも言っていられない。

 一方大河は、リリィの放った魔力が治まると共に、幽霊達の中に突っ込んで行った。
 2メートルの大剣を左右に振り回すと、それだけで幽霊達が消えていく。
 刀身に触れる者もそうだが、周囲を舞っている青い光に触れると、先程までの苦悶の念がウソのように消えていく。
 そして同じく青い光になってトレイターに纏いついた。

 大河が飛び退くと、すぐさまリリィが魔法を放って幽霊の包囲網に穴を開ける。
 大河はリリィの頭を飛び越え、彼女に迫っていた幽霊達を薙ぎ払った。
 そしてすぐに突撃し、リリィが開けた穴を拡大していく。
 見事なコンビネーションが出来上がった。
 しかし、多少の幽霊の攻撃を避けながらとはいえ、リリィは前進しながら呪文の詠唱をして発射するだけ。
 それに対して大河は呪文を詠唱するリリィを守り、さらに幽霊達の真っ只中に突っ込んで、攻撃を避けながらトレイターを振り回す。
 明らかに運動量に差がありすぎる。
 それが前衛と後衛という役割だが、幾らなんでも大河一人では荷が重かった。

 体力自慢の大河で、さらに何時ぞやカエデと共に夜の森で幽霊と戦った時のように体力の補給が行なわれているが、精神は補給出来ない。
 このままでは、遠からず集中力の限界が来る。
 リリィもそれに気がついているが、この状況では大河を休ませる事も出来ない。
 せめて大河の負担を減らそうと、魔法を一層強烈に放ち続ける。
 そして、自分が普段よりも疲れていない事に気がついた。


「ちょっと大河、なんか魔力が補給されてるんだけど。
 そもそもこの青い光は何なの?
 もう一発!」


「さぁな。
 案外トレイターの特殊能力じゃないのか?
 っと、危ねぇ…。
 理由はどうあれ、多少無茶をしても大丈夫って事だよな?
 原因は二の次でいいから、ドンとブッ放せ!」


「そうね……それじゃ、多少制御に問題はあるけど、大技行くわよ!」


 リリィは軽く宙に飛び、両手を組み合わせて印を組む。
 その両手からパルスが4組放たれる。
 普段なら魔力が拡散して消えるが、リリィは魔力量に任せてそれを維持していた。
 それぞれのパルスが違う軌道を描き、幽霊達の中に突っ込んでいく。
 かと思うと、パルスが地面や幽霊に触れた瞬間に大爆発を起こした!
 魔力が天井に届かんばかりの柱になって荒れ狂う。
 嵐に翻弄される木の葉のように吹き飛ばされる幽霊達。
 そして大河はそれを逃さず、爆発の中心に飛び込んでトレイターを振り回した。
 狙いなどつけてもこの爆風の中では意味がないので、滅茶苦茶に振り回す。
 それでも結構な数の幽霊が消え、それによって生まれた青い光が更に幽霊達を消す。
 幽霊を仕留めれば仕留めるほど、大河の攻撃力とリリィの魔力が上がっていく仕組みである。

 が、如何せん数が多すぎる。
 少なくとも100体は消えているが、まだまだ底が見えない。
 消しても消しても出現し、その数は減る事を知らないかのようだ。
 苛立ちを露にして、大河が吐き捨てた。


「いくら救世主候補生だからって、これは割に合わないぜ!
 ナナシに幽霊達を助けてやるなんて約束しちまったばっかりに…」


 元々の原因は、危険を承知しながらも地下に潜ろうとした大河である。
 そんな事くらい解かっているが、彼女との約束を果たすために逃げ帰れないのも確かである。
 アヴァターに来てから二番目くらいに厄介な揉め事だ、と大河は思った。
 一番は言わずもがな、キレた未亜である。

 大河が苛立ち任せに吐き捨てると、幽霊達の攻撃が緩まった。


「な、なんだ?」

「さぁ…」


 警戒する2人。
 とにかくこの間に少しでもナナシに追いつこうと、幽霊達の間を縫って走り出した。
 埃が積もった床に後が付いているので、割と簡単に追跡できる。
 あちこちで何度も曲がって、時には引き返したらしき2重の足跡、さらに頭が取れたのか一際大きな丸い軌跡。
 どうやら何かの原因で頭がもげて、お構い無しに走って行ったらしい。


「器用な子ね…」


 ぼやくリリィ。
 どこまで走っていったのか、未だにナナシは発見できていない。
 彼女は運動神経が野獣のように鋭い大河に追いつく程の俊足の持ち主だ。
 リリィに合わせて走り、さらに幽霊の大群を避けて走っている分、引き離されているかもしれない。
 焦るリリィだが、無情にも幽霊達が再び動き出す。


――――救世主…――――救世主…
――――救世主…      ――――救世主…
――――救世主…     ――――救世主…   ――――救世主…
  ――――救世主…だと   ――――救世主…


 さざなみのように繰り返される声。
 理由はわからないが、どうやら幽霊達は『救世主』という言葉に並ならぬ関心を抱いているようだ。
 そう言えば、幽霊達が出現したのもリリィの『救世主』の一言が切欠だった。
 交渉の余地有りと判断したリリィ。
 恐らく怨み辛みから開放して成仏させて欲しいのだろう、と判断した。
 『救世主』という存在に幽霊が関心を抱くとしたら、そんな所だろう。


「そうよ、救世主よ。
 私は救世主のリリィ・シアフィールド。
 成仏させて欲しかったら、道を空けて頂戴!」


 何気に肩書きから“候補生”を外している。
 が、ハッタリとしてはこの方がいい。
 細かい駆け引きも何もあった物ではないが、相手は思考回路の殆どを消失させている幽霊である。 
 単刀直入に言わなければ通じない。
 しかし今回はそれ以前の問題であった。
 リリィの予測は、全く外れていたのだ。


――――救世主…
――――救世主が来るよ…
――――…たすけて………たすけて…
――――こわいよ……殺さないで………
――――こっちに来るな……どうして殺すの…
――――救世主……俺の娘をよくも…
――――お父さん助けて……お母さん起きて…
――――ヒイイイイイイイィィィィィィィィィィィ!!!!!


 幽霊達は口々に叫びながら、出鱈目に飛び回り始めた。
 咄嗟に避けるリリィと大河。
 リリィは大河の足元に伏せて、大河は縦横無尽に大剣を振り回す。
 かろうじて安全圏を作り出すことに成功した大河だが、リリィはそれ所ではなかった。


「ど、どうなってるの!?
 救世主がどうしてこんなに怯えられてるのよ!」


「俺が知るか!
 それより頭を上げるな、剣の柄に当たるぞ!」


 伝わってくる憎悪と恐怖と怨みの念が、先程とは比べ物にならないほど跳ね上がった。
 敏感なリリィには、頭痛が感じらる程だ。
 脈絡もなく飛び回るので、大河は相手を捉える事が出来ない。
 運に任せて振り回し、浮遊する光で何とか撃退している状態だ。

 動揺しながらも、リリィは懐から聖水を取り出した。
 まず自分にかけて、次に大河にぶちまける。


「冷てっ!」


「我慢しなさい。
 これで少しはマシになった筈…」


 聖水の効果があり、幽霊達は大河とリリィから距離を置くようになった。
 時々思い出したように突っ込んでくる幽霊もいるが、十分対処可能である。
 今のうちにと、大河とリリィは全速力で離脱した。
 どこまで行っても幽霊達が飛び回っているが、お構いなしに突き進む。


「ナナシはまだ見つからないの!?」


「グダグダ言うな!
 多分アイツの事だから、階段とかで躓いて『あたま、あたま…』とかやってるに決まってる」


 あまりにも説得力のある台詞に、リリィは反論もしなかった。
 問題は彼女が無事かどうかである。
 いかにゾンビとはいえ、幽霊と仲間というわけではなさそうだし、もし彼女から生気…でなくても、彼女を動かしている魔力を吸われたりしたら?
 彼女はただの死体に戻ってしまうかもしれない。
 2人は焦ってスピードを上げた。
 ナナシの足跡…と言うより頭跡を追って走っていると、一際大きな階段が見えた。
 何故かそこには幽霊達も近寄っていない。
 ラストスパートとばかりに、2人はその階段に突っ込んだ。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ………っぷ…」


 リリィの荒い息が階段に響く。
 彼女はさほど高くない身体能力を駆使して、ここまで問答無用で突っ走ってきたのだ。
 肉体労働が専門の大河とはワケが違う。
 階段にへたり込んで体力の回復を図る。
 背中をさする大河に手を振って感謝を示し、壁にもたれて顎をそらせた。
 体の奥に、奇妙な熱を感じるリリィ。
 慣れない全力疾走を続けたせいだろうと判断して、とにかく体を休める事にした。


「大河……先に行って偵察してきてくれない?」


「何だ、もうへばったのか?
 これだから机に噛り付いてる優等生さんは…。
 ちょっとは運動してみたらどうだ?」


「アンタが魔法の一つでも使えるくらい勉強したら考えてみるわよ。
 って言うか、アンタどういう体力してるのよ…。
 幽霊と最初にやりあった時だって私の3倍は運動量があったし、それからペースも何も考えずに大剣を振り回した挙句、障害物競走みたいに幽霊を避けながら疾走………アンタどこの鉄人よ?」


 喋るのもしんどくなってきたリリィ。
 それを見取って、大河は自分の水筒から聖水を取り出してリリィに渡した。


「大河…?」


「さっきお前のを使わせちまったからな。
 もう残ってないだろ?
 お返しだ」


 ちょっと照れくさそうにそっぽを向いて、大河は階段の下に足を向けた。


「下の偵察してくるわ。
 ナナシが転がってるかもしれないからな」


「ええ、お願い…私はちょっと休ませて貰うわ」


 そう言ってリリィは聖水を一口飲み、目を閉じた。
 大河はもう一度幽霊が入ってこない事を確認して、ナナシを探して階下に進んでいった。


 結論から言うと、ナナシはすぐに見つかった。
 階段のそこかしこに、つい先程壊れたと思しき部分がある。
 どうやらナナシの頭がぶつかったらしい。
 彼女は階段の踊り場で倒れていた。
 目が渦巻きになっているが、目だった外傷はない。
 幽霊に生気を吸い取られたかと思ったが、彼女の体は元々冷たいので区別が付かない。


「おい、おいナナシ……起きろナナシ!
 生きてるなら……いやもとい、元気に死んでるなら返事しろ!」


「む〜…うな〜……せかいがまわるですの〜…」


 しかしなにやら寝言を言っているので大丈夫だろうと判断し、大河は階段を登っていった。
 リリィを連れてくるつもりである。
 階段よりも、踊り場の方が休息には適しているだろう。
 大河はリリィが休んでいる場所まで戻り、リリィを起こして移動させようとした。


「おーいリリィ、ナナシ見つけたぞ〜。
 踊り場があるから、休むならそっちで……リリィ?
 寝てるのか?
 おいリリィ!?」


 リリィの様子がおかしい。
 慌てて額に手を当ててみると、異様に冷たくなっている。
 よく見れば彼女の体はガタガタと震え、唇も青い。


「お、おいリリィ!
 しっかりしろ!
 どうした?
 いつの間に看病イベントのフラグが立った!?」


「………聞こえてるわよ…。
 命に別状はないから静かにして…。
 それと私には旗なんてけったいな物は付いてないわ…」


 勢いのない声だが、リリィの返答があった。
 それにホッとした大河だが、一体何があったのか。

 リリィは自嘲気味な笑みを浮かべると、大河に向かって手を伸ばした。


「悪いけど、その踊り場まで運んでちょうだい…。
 さっき幽霊に触れられちゃってね……魔力の通り道に、妙な力を残されちゃったみたいなの。
 暫くすれば回復するから、とにかく横たわりたいわ」


「わかった…じっとしてろよ」


 大河はそう言うと、リリィを無言で抱き上げた。
 所謂お姫様だっこで。
 普段なら顔を赤くして暴れるリリィだが、ちょっと顔を俯かせただけでじっとしていた。
 なるべく振動を与えないように大河は階段を下りる。

 踊り場まで降りると、ナナシが目を覚ましていた。


「あふ…ダーリンおはようですの…って、どうしたんですの!?」


 寝ぼけ眼だった目をパッチリ開けて大河に駆け寄るナナシ。
 リリィの呼吸は浅く弱々しい。
 駆け寄るナナシを目で制して、大河はリリィを横たえた。
 自分の上着を脱いで床に敷き、その上にリリィを乗せる。


「ダーリン、リリィちゃんは…」


「幽霊に何かやられたらしい。
 そう言えばナナシ、お前は何かされなかったのか?」


「よく解かんないですの…。
 オバケさん達に囲まれたと思ったら、何だか気がつくとみ〜んな何処かに隠れんぼですの」


 大河は首を傾げたが、ソレ所ではない。
 横たわるリリィに、少しだけ聖水を飲ませる。
 リリィの喉がゆっくり動き、聖水を嚥下した。

 弱々しく笑うリリィ。


「ザマぁないわね……救世主クラス主席の私が…。
 やっぱり不利な状態での実戦と訓練は違うわ…」


「ムリに喋るな。
 それより、本当に大丈夫なんだな?」


「ええ……。
 私の体の中に、人体に有害なエネルギーが滞ってるのよ。
 放っておけば、魔力に押し流されて放出されるわ。
 聖水のお陰でいくらか楽になったけど、絶対量が足りない……」


 そこまで言って、リリィは目を閉じて黙り込んだ。
 散り散りになる意識で、自分の魔力を流す回路を起動させようとする。
 自分で体を浄化させようとしているのだ。

 こうなると、大河にはリリィの補助しか出来ない。
 ナナシも静かにしている。


 5分が過ぎた。
 ナナシと大河は、リリィの寝汗を拭ったり、体を楽な姿勢に変えさせたり、聖水を定期的に飲ませてリリィの回復を待っている。
 残りの聖水は、かなり少ない。
 大河が無力感に歯軋りした。


「クソッ、せめて聖水の構成が解かれば連結魔術でどうにかできるのに…」

(………連結…?)


 大河が漏らした呟きに、ナナシが反応した。


「ダーリン、この水の構成が知りたいんですの?」


「ああ。
 それさえ解かれば、リリィをすぐに回復させる方法はある」


 それを聞いて、ナナシは頭を抱えて座り込んだ。
 何をしているのかと見ていると、ナナシは難しい顔をして首を捻っている。
 胡坐を組んだり正座をしたり、かと思えば伸びをして静かに体操したり、終いにははっちゃけポーズ(両手を使わず頭を地面につけてブリッジ)まで取りはじめた。


「……なにやってんだ?」


「この水の事を思い出そうとしてるんですの。
 ナナシはナナシが知らない事を時々知ってるから、ひょっとしたらこの水の事も知ってるかもしれないですの」


 そうは言っても、中々思い出せるものではない。
 じっと聖水を睨みつけ、首を捻るナナシ。
 そのまま時間が過ぎる。
 が、大河が残り少ない聖水をリリィに飲ませようとした時に、ナナシはボソリと呟いた。


「水自体には何の効果もなくて、水は変質する魔力を押し込めておくための媒体で、水を使っているのは魔力と同じように幾らでも形を変えるから性質的に相性がいいからで、中身の魔力は方向性を少しだけ癒しに傾けただけの魔力の集まりで、魔力は人体に触れると変質を起こして、その人に最適な波長の魔力に組み変って、それがその人の体調を整える役割を果たして、ばら撒いたりした時周囲を神聖な空気に変えてしまうのは癒しの魔力が周囲の空気に溶け込んでいて………………………はにゃ?
 ナナシは何を言ってるんですの?」


 ナナシは我に返った。
 どうやらトランスしていたらしい。
 我に返ると自分が何を言っていたのかすら忘れてしまったようだが、今回はそれで十分だった。


「でかしたナナシ!」


「はにゃ!?
 ダーリン、静かにですの。
 ナナシは何かしましたですの?」


「あ、すまん…。
 大手柄だ。
 これでリリィを楽にできるぞ」


「安楽死ですの?
 ちゃんとゾンビにする準備をしないとダメですのよ」


 縁起でもない事をいうナナシだが、彼女にとっては別に不吉でも何でもないのだろう。
 ナナシの発言を黙殺して、大河は残り少ない聖水を持って目を閉じる。
 片手に聖水を、もう一方の手にアシュタロスから貰ったエネルギー塊を入れた封筒を。
 ナナシに黙っているよう合図して、集中し、連結魔術を起動させていく。


(……エネルギー源決定…。
 変換対象の分析……事前の情報に間違いなし。
 変換後の形式決定…。

 …オーマ連結開始……第一法則連結完了。
 第二法則連結問題なし。
 第三法則連結、エラーあり。
 第四法則連結……完了。

 エラー値を移動……第三法則57番地に割り込み成功。
 変換開始…質量定義…ゼロ………問題なし。
 寿命設定……特になし…ただし影響が出るようなら、10秒後に停止。
 変換……物質に注入、幻影シミュレーション経過、実体化開始……OK。
 準備完了。

 …………周辺との整合問題なし)


「上手く行ってくれよ………。
 魔力塊から聖水の中にある癒しの魔力へ。
 変換開始!」


 大河の脳裏に、幾つもの縄が複雑に絡まりあうイメージが沸く。
 一見複雑すぎて見切れないが、大河はその全てを把握していた。
 アシュタロスの魔力塊から、聖水に何かが流れていく。
 聖水の中に、癒しの魔力が着々と溜まっていった。
 魔力が飽和状態になったのか、聖水から輝きが溢れ出す。


「連結解除……余剰エネルギー拡散。
 変換成功………よっしゃ、ミッションコンプリート!」


 大河の手の中にある聖水は、凄まじい癒しの魔力を内包した神水となっていた。
 その輝きにナナシも目を奪われる。

 大河はうっすらと目を開けていたリリィに、神水を近づける。
 口を少しだけ開いたリリィに、大河は神水をゆっくり流し込んだ。
 味も変質していたのか、目を見開くリリィ。
 一息に飲み干すと、体を仰け反らせて硬直した。
 一拍置いて、全身が弛緩する。


「あ…あの、リリィちゃん…大丈夫ですの?」


「…ええ、大分………と言うよりも、完全復活したわよ」


 心配そうなナナシの声に応えて、リリィはあっさり体を起こした。
 目を丸くするナナシを置いて、リリィは自分の体を眺め回している。
 魔力で体の中を検分すると、幽霊の置き土産らしき有害なエネルギーはおろか、これ以上無いほどの好コンディション状態である事がわかった。
 消費した魔力はおろか、体力までも完全回復している。
 まるでエリクシャーでも飲んだかのようだ。
 これ程の効果をあの聖水が?
 確かに強力な聖水だったが、在り得ない!


「……ちょっと大河、アンタ一体何やったのよ!?」


 リリィは礼を言うのも忘れて、大河に詰め寄ってしまう。
 彼女の常識では、在り得ない事が起きたのだ。

 魔力も質量保存の法則に従う。
 10の魔力を使って出来る事はやはり10であり、使い方による効率の上げ下げはあっても、大原則は変らない。
 あの聖水を神水の領域にまで即興で強化しようと思ったら、10どころか1000……リリィの総魔力量に匹敵する魔力が必要だ。
 しかし、そんな物は何処にも見当たらない。


 不具合が起きていないか、じっと観察していた大河も問題なしと判断した。
 ナナシに向けて親指を立てると、ナナシも拳を突き出して返してきた。
 ……ただし、親指を中指を薬指の間に挟んで。
 これはお礼をするまら似自分を抱け、という意味だろうか?


「大河、聞いてるの!?
 何をしたのかって聞いてるのよ!」


「ああ解かった解かった、教えるから落ち着け!
 助けてやったのに礼もなしかよ」


「あ……ご、ゴメン…ありがと」


 素直に謝り、頭を軽く下げるリリィ。
 非常に珍しい光景に、大河は思わずフリーズした。


「ナナシ、貴方もありがとうね」

「困った時はお互い様ですの〜」


 ニコニコ笑うナナシ。
 リリィはそれで落ち着いたのか、壁に寄りかかって大河に説明を求めてきた。


「で、あれは何なの?
 どうやって聖水をあんなにパワーアップさせたのかしら?
 あんなの、私でも一瞬じゃできないわよ…。

 そう言えば、入り口で氷を溶かしたヤツの説明もまだだったわね。
 あの時も、その封筒を使ってたけど………説明してくれるわよね?


「………ま、いいけどよ…」


 断るなんて言ったら、哀れなガーゴイルと同じ世界に連れて行かれそうな気がする大河だった。




皆様お久しぶりです、時守です。
やっと掲示板が復活しましたね!
投稿したいィィィィィ!
あああ、レスが欲っスィィィィ!
なんて状態で、まともに日常生活も遅れなかったですよ。
禁断症状すら出そうでした。

きっと掲示板が復旧したら、物凄い勢いで投稿が来るんだろうなぁ…
時守には丁度いいクールダウンというか休憩になりましたけどね。
何故サービスを停止してしまったのでしょう?

学園の地下と言えばレベリオンに繋がる通路ですが、よくよく考えたらもう一つあるんですよね。
位置関係がイマイチ不安でしたが、地下墓地を通って行くというので条件は満たしてあります。


1.20face様

寮で飼育……屋根裏部屋だし、不可能じゃありませんねぇ。
リリィって勉強ばっかりしてるから、友達は少なそうだし……。
救世主クラスさえ口止めしてしまえば、本格的に飼育できるかもしれません。


2.アクト様

結界を張った当時ではミュリエルの技量は飛びぬけていたでしょうが、1000年も経てば技術の進歩や変化もあります。
結界を張りなおした訳ではないので、使われている術式は1000年前の技術です。
それに、幻術は破られない事よりも気付かれない事に重点を置いていますから、気付かれてしまえば脆い一面を持っています。。
リリィが結界を破る事が出来たのは、一重に技術の進歩の賜物ですね。


3.ユン様

お久しぶりです!
いや〜、久々の感想を頂いて感無量って感じです。

ペースがそろそろ落ちてます…流石に息切れしかけてきていますよ。
掲示板が落ちたから、暫く休んでネタを考えてました。
せめて夏休み中は週一回のペースは保ちたいなぁ…。

やっぱりオリキャラは難しいですよね…。
時守も出そうとしているのですが、プロットも決まらず四苦八苦しています。


4.クラーク様

ぬあー、よりにもよって何ちゅう間違いを!
誤字とも言わぬ間違い…ご指摘ありがとうございました。<m(__)m>


5.竜神帝様

奥に入る前に熱中症になりかけ、ナナシの頭をぶち投げ、さらに蹴りで洞窟を崩壊させかける…。
改めて考えてみるとロクでもない事ばかりやってます。


6.竜の抜け殻様

ナナシが博識…というよりも、時々ルビナスの記憶が顔を出すのは、原作でも何度かありましたし。
教会の十字架を見て懐かしんだり、薬品の不備を指摘したりしていたので、何かの拍子に自分の知らない知識を垂れ流す事もあるんじゃないか、と考えたのです。
錬金術師なんだから、魔力を研究しててもおかしくありませんしね。


7.干将・莫耶様

はっはっは、見事に引っかかってくれたようで。
地下墓地から行けるのは、レベリオンの通路だけではないですよ。
でもレベリオンの通路の方が、大河達には楽だったでしょうね。
この先には、よりにもよってアレがありますから…。


8.くろこげ様

なんとか『解りやすいSS』は達成されているようで、ほっとしました。
ダウニーはアフロの神だけでなく、色々な神の祝福をくれてやろうかと思っています。
ダウニー髪型7変化、とか……やってみたいなぁ。


9.hiro様

ご指摘ありがとうございます。
が、実を言うと間違えたのは主語ではありません。
最初は『彼女の手が机に縋りついて震えている』だったのです。
どっちにしろ誤字ですな。


10.なまけもの様

終末思想…誤字とはいえ、言ったのがリリィでよかった…。
もし大河が言っていたら洒落になりませぬ(汗)

ダウニーは最終的にはシリアスキャラになる予定ですが、最近それが揺らいでいます。
でも最後までギャグキャラで通そうとすると、予定が滅茶苦茶になっちゃいますので。
……それでも当分はギャグキャラですけどね♪

飼われるリリィ…そりゃ書きたいですよ!
めっさ書きたいですよ!
でも萌えを表現できるか自信がないのです!
が、そこをぐっと堪えて挑戦するのが“萌へ”の道!
成果はともかく、そう遠くないうちに書く事を約束いたします!

リコはほぼ全員の関係に薄々ながら気付いています。

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