アカデミーは一種の外界から隔絶された雰囲気があるが、実は一部分は異なっていた。
たしかに、今プラント市内でどういった食べ物が人気か、何色の服が流行か、などといった生活面の情報は入ってこないが、それに反比例して、戦争の状況についての情報はほぼリアルタイムに近い形で入ってきていた。
その情報を聞くうちに、入学当初は息巻いていた者も今では真剣に、身近に迫りつつある戦争と言う影に恐怖を覚え始めていた。
かく言う俺も同じだった。
日に日に聞こえてくる戦争と言う、非現実の塊の言葉が段々と現実味を帯びてきて、それが日常化しようとしていることを容認しようとしている自分と周りに恐怖を覚えるようになっていた。
非日常が日常になる、それが戦時下だ、と誰かが言っていたが、まさか自分で体験するなんて。
………それを言ったら、異世界に魂だけ移動したなんていう経験の方が貴重なような気もするんだが、それを認めたらなんか負けのような気がするので無視する方向で行こう。
で、そんな非日常の空間にいても時は平等に流れ、俺たちは昨日よりも今日、今日よりも明日、と生と言う時を刻み込んでいる。
それは普通なことで、普通だからこそいろいろとドラマも生まれるわけで。
その、なんというか、ぶっちゃけ今の俺の状況を言うと、同じ同期の少年達数人に囲まれているんですよ。
なんでさ?
もしかして、ライブでピンチ?
シン君の目指せ主人公奮闘記!! その6
俺がアカデミーに入学してから半月ばかしがたちました。
入学した当初は息巻いていたお方たちも、今では息を潜めている、と言うかピリピリしている?状態です。
かく言う俺もちょっと胃が痛い状態です。
なぜかというと、つい先日使えないはずの核兵器を使って地球軍がボアズを攻略した、と言う情報が流れたからだ。
……はい、いや、実際番組で情報として知っていたこととはいえ、現実にボアズに核を打ち込まれた、と言う情報を貰うとね〜。
やるせない気持ちになってしまいますよ。血のヴァレンタインを体験していない俺でも。
どうも、プラントの人たちは核に対して過剰なアレルギー反応を持っているみたいで、ある人は青白い顔になっているし、顔に怒りの赤を浮かべている人もいたりと、毛細血管に障害が出るのでは?というおせっかいな心配事が頭にちらほらと浮かび上がっている。
それにしても、あの、声は勇者王なのに性格は百八十度異なるブルコスの盟主様は想像していないのだろうか。
自分の行動そのものが新たな憎しみと悲しみを生み出し、また新たな争いの芽を育てることになると言うことを。
実際、ボアズに親類縁者がいた同期の子達は今実家の方に帰っているが、こっちに帰ってきたときには今までと性格が変わっているかもしれないし、もう帰ってこないかもしれない。
今まであった日常が、容易く壊れていってしまう。
それが戦争、か。
なんて、俺は無力なんだろう。
……ああ、なるほど。
彼も、今の俺と同じ気持ちを、いや、それ以上のものを感じたんだ。
個人ではどうしようもない大きすぎる力に遭遇したから、だから、本物の、俺が知っているシン・アスカは番組であんな顔をしていたんだ。
力ない者がさらされる強大な力に対して、過剰に反応したからこそ、インド洋にあった連合の基地の民間人を命令を待たずに解放したんだ。
それが正しいかどうかは周囲の基準だったろうが、彼の中では多分、自分、いや、自分を含んだアスカ一家全員を救った気になれたんだろう。
MSと機銃の違いがあったが、言われなき暴力と言う災厄から多くの力ない人たち、という同じ存在だった彼らを救うことで、第二、第三の自分を生み出さないようにしたんだろうし、仮想でも自分達一家を救いたかったんだろう。
まあ、そのあとアスランに殴られていたんだけど。
代償行為、それが彼の行動の大元になっていたんだろうな。
ん?なら、俺は一体何を基準にこれから進んでいけばいいんだろうか。
………とりあえず、答えが出るように一日一日を大事にして生きていこう。
「なに難しい顔をしているの?」
「ん?ああ、ルナマリアか。いや、昨今の世界情勢を考えていてね」
「ふ〜ん。また難しい事を考えてるんだ」
アカデミー内にある自動販売機が置いてある一角で、缶コーヒーを飲んでいるとルナマリアが声をかけてきた。
入学したその日にルナマリアとメイリンと再会して以来、仲の良いクラスメイトとして一緒に毎日を送っているんだが、どうもたまにお姉さん風を吹かそうとするようになっている。
いや、なんでもルナマリアのほうが誕生日が半年ほど早いからって言う理由らしいんだが、ごめんなさい、精神年齢って言う奴なら俺今十七なんですけど。ワイの方がお兄さんやで〜。
まあ、そんな事を言ってもしょうがないか。
それに実際、日本だったら一学年違う、のかな?
それに、そういう姉と弟のような関係を望んでいるのならそれに答えてあげるのもいいのでは、と考える今日この頃です。
「ねえ、それよりも次の講義の課題やってきた?」
「ん?ああ、OSの基礎構築?一応仕上げてきた」
「見せて♪」
「ダ〜メ。自分でやりなさい」
「いいじゃないよ〜。お姉さんがチェックしてあげるって言ってるんだから、見せてくれても」
「本音は?」
「やってくるの忘れたから写させて♪」
「ル〜ナ〜」
まあ、外が戦争で異常空間になっている中で、ルナマリアのような日常の臭いをさせてくれる存在は俺としてはとてもうれしいし、彼女とのこういうテンポの会話は楽しいので今の関係を維持していきたいと思いますよ。
「おい!お前!!」
俺がルナマリアとじゃれあっていると、最近どうもあまり友好的でない視線を送ってきてくれていた一人の少年が俺を睨み立っていた。
「ん?俺?」
「そうだ。ちょっとこっちに来い!」
しかも非友好的で高圧的な態度。
俺的「男前ポイント」マイナス五十点ね。
「いやだ。何で俺が見ず知らずのお前の言う事を聞かないといけないんだよ」
あっさりと斬って捨てて答えると、一瞬ぽかんとした顔をした後に赤くして食って掛かってきた。
おいおい。これぐらいの返し技で何熱くなってんだか。場慣れしてないのか?
「いいからこい!!」
「だから、い・や・だ」
「おまえ〜、なめてるのか!!」
「舐めるわけないじゃん。そんなまずそうな顔を」
こんな軽い返し技で、面白いぐらいに表情を変えてくれる少年A。なんて楽しいおもちゃだろう。
向こうでもこんな単純に顔色を変えるバカはいなかったからな〜。貴重な経験だ〜。
「ねえ、シン。ついていってあげたら?」
Why?なぜに?
「周りが変な目でこっちを見てるんだってば」
そういわれてグルリと周りを見回してみると、ちらほらとこっちを伺い見ている人影があった。
あ〜、動物園のパンダか?俺たちは。
「あ〜、わかった。ついていくからとっとと場所移そう」
周りの視線が痛いから。
「最初からそういえばいいんだ!こっちに来い!!」
この刺すような視線に気づいていないのか、少年Aは俺の答えに満足し、そこはかとなく勝利者の顔をしながらあごで俺に指示を出した。
うわ〜、思いっきり馬鹿にしてやりて〜。
じいちゃん仕込みの獣用の罠とかに仕掛けてやろうか。
「なんか、いろいろと腑に落ちないが行ってくるわ」
「はい。気をつけなさいよ」
「ん〜、まあ、適当に切り上げてくるから。あと、これ」
お姉さんのように俺を心配するルナマリア。
なら俺についていくように言うなよな、と胸のうちで苦笑しながら突っ込みを入れつつディスクを一枚渡した。
「これは?」
「さっき言ってたOSの基礎構築の奴。もしかしたら遅れるかもしれないから提出しといてくれ」
「ただで?」
「中身を見てもいいから」
「りょ〜か〜い」
軽く崩した敬礼で了承の意を表すルナマリアに真似るように、俺も崩した敬礼で応えると少年Aの後をついていった。
あ〜、なんかすごくめんどくさいことが起こる予感がひしひしとするな〜。
俺の予感は当たりやがりましたよコン畜生。
少年Aに連れられて来た場所は、なんというか定番な体育館裏だった。
しかも、そこには十人ほどの少年達がいるし。お約束通りガラが悪そうなのが。
「……お〜い。あまりにもお約束過ぎるぞ〜」
そんなありきたりな展開を目にした俺の口からこんな言葉が出たとしても、しょうがないのではないだろうか。
いや、実際俺の学校でもここまであからさまな展開はなかったが。
十人も人を集めるか?
「で?俺を呼び出して一体何の用だ?」
十人のあまりよろしくない視線に真っ向からやり返すように、俺も眼光を鋭くしてリーダー格っぽい奴を睨みつけた。
「シン・アスカだな」
「そうだけど」
「お前、この間のボアズのこと知ってるか?」
「ああ、知ってるけど」
リーダー格の少年がその目に憎悪の色を滲ませながら、俺にそんな事を尋ねてきた。
その質問の内容に心中首をかしげながら、ここ最近アカデミー内でも公にはなっていない最大の共通の話題の事を聞かれたので俺は素直に肯定の意を返した。
「地球軍が一体何を使ったか知っているか?」
「………核だろ」
「そうだ。Nジャマーのことは知ってるか?」
「ああ、核兵器を使用不能にするものだろう」
「概ねそうだ。それは、血のヴァレンタインの悲劇を繰り返さないようにするためにプラントの技術の粋を集めて作られたものだ」
何が言いたいんだ?というか、この演説のような話が進むにつれて周りの視線も鋭くなってきているんだが。
「なのに、地球軍は核をボアズに打ち込みやがった。なぜだ!!」
真剣な顔をして叫ぶ少年の声に呼応するかのように周りの気配も悪くなってきた。
「あ〜、Nジャマーを無効にするものを開発したからじゃないのか?」
「そうだ。ならば誰がそんなものを開発した?!」
「いや、普通に考えて地球ぐ―」
実際にはあの仮面の男が情報を流したせいなんだが。そんな事を言っても正気を疑われるだけなので当たり障りのない答えを返そうと俺は思ったのだが、目の前にいる少年は俺の想像もできない答えを出してくれた。
「そいうだ!!お前達オーブにいた裏切り者達が地球軍に提供したんだろう!!」
「―はい〜?」
一瞬自分の耳を疑ってしまった。
何を言ってるんだ?目の前の奴は。
「おい、何を根拠に」
「根拠だと!今までMSを持ってなかった地球軍が使うようになったのは、お前達のコロニーで作った奴のデータを元にしてあるんだろうが!!」
「そうだ!そんなものを作り上げたお前達だから、平気でNジャマーを無効にするものぐらい作り上げるだろうが!!」
ああ、種の主人公君。君のおかげで今、俺は理不尽ないじめにあってますよ〜。
まあ、言いたいこともわからんでもない、のかな?でも、言いがかりではないのか?
「おい、どこにそんな証拠があるんだよ」
「うるさい!お前らが作ったに決まってるんだ!!」
「そうだ!そのせいで、俺の親父は!!」
あまりにも論理性のないもの言いに、俺はあきれて答えようとしたが、次のその言葉を聞いて言いよどんでしまった。
あまりにもストレートな物言いに。
だから、そう叫んだ少年の拳を甘んじて受けてしまった。
「っつ!」
口の中に錆の味が広がる。
殴られる用意をしていなかったから、口の中を切ってしまったみたいだ。
「って〜〜〜〜〜な」
唇の端から零れ落ちる血を舌で舐め取り、文句を口にする。
もちろん、殴った奴を睨み付けることは忘れない。
ガンと睨み付ける。その視線だけで命を奪われるのでは、と勘違いするほどに。
「ひっ!!」
俺の視線、というか誰かにここまで睨まれたことがないのだろう。
俺を殴りつけた奴は、情けない声をあげるとすぐに顔を赤くして睨み返してきた。
どうやら、自尊心だけは立派なようだった。俺としては、それがどうした、だが。
「いきなり殴りつけるて言うのはどういう了見だ?」
口の中にたまった血を、唾と一緒に吐き捨てる。
ひどく不快だ。
「うるさい!お前は俺たちに殴られなくちゃならないんだよ!!この、同胞殺しが!!」
そんなことを叫びながら腰の入っていない拳を振りかざす少年Bの動きを合わせるように体を動かし、俺の力+少年Bの突進力のこもった拳を惚れ惚れするほどのカウンターで決めてやった。
「グァ」
カエルがつぶれたような声をあげて少年Bは地面を枕に寝てしまった。
そんな現実を理解しきれないのか、ほかのやつらはバカ面を晒しながらただ立っていた。
俺はそれを目の端に確認しながら上着を脱ぎ捨てた。
「おい。殴りかかったってことは、殴られるって言うことを了解してるってことだよな。一応先に言っておくぞ。殴られたらな、痛いからな」
「な?!歯向かうのか!!かまわない!正義は俺たちだ!!囲んでその身に粛清をくれてやれ!!」
迎撃の構えをした俺を見て、あわててリーダー格の少年が指示を出した。
粛清、ねぇ。
便利な言葉だことで。
さて、どうやって十人を捌くかな?
「なるほど。ずいぶんと分かりやすい構図だな」
俺が十人を効率よく倒すかを考えている所に、ここ最近耳になじんだ声が入ってきた。
「この、耳に心地よい関さんボイスは、レイ!!」
「前半の意味はよく分からんがな。シン、助太刀は必要か?」
俺のボケをスルーする、どういった悪戯か、同室になってしまったレイ・ザ・バレルその人が体育館の影から出てきた。
いきなり登場したレイに虚をつかれたのか、少年たちは動かなかった。
「ああ、それより次の講義まであと何分だ?」
「あと十五分だ。それと、ここから掛かる移動時間を考慮すると、あと十分以内に移動を開始しないと間に合わないな」
「そりゃ大変だ」
「そうだな」
「よし。レイ、手伝ってくれ」
「割合は?」
「俺が六でレイが四」
「五でもかまわないが?」
「助っ人に半分も喧嘩の相手を任せた、なんてなった日には死んだ爺さんに取り殺される」
「そうか。なら、さっさと片付けるぞ」
「あいよ」
そう話し合い、俺とレイはいまだに事態を理解しきれていない少年たちをのしに掛かった。
電子音の鐘の音が響く教室の中は、多くの生徒たちが各々の席へと付き始めていた。
そんな様子を見ながら、メイリンはある人物達の姿が目に付かなかったので、自分の隣で誰かの課題を一生懸命移している自分の姉に声をかけた。
「ねえ、お姉ちゃん」
「なによ?」
「シンは?」
「ああ、シンなら知らない子に呼ばれてどこかにつれてかれたわよ」
「ふ〜ん。って、もしかして、女の子で、体育館の裏で告白?」
「………なによそのありえないシチュエーションは?」
「え〜?よく小説とかにそういうシチュエーションがあったけど〜?」
「そうそう現実であるわけないでしょう」
妹の言葉にあきれた声で返しながら、ルナマリアはシンの課題を自分の手を加えながら写していた。
「だったら、レイは?」
「レイ?レイって、レイ・ザ・バレル?」
「そう。シンと同室の」
メイリンの声を聞き、ルナマリアは周りを見回してみた。
見慣れた金髪の少年の姿が目に付かなかった。
「そういえば、いないわね。珍しいこともあるものね。いつもは一番に席についているのに」
そう呟き、メイリンの方を向くと、顔を青くして何かを呟いていた。
「メイリン?」
「………お姉ちゃん、こんな噂知ってる?」
「噂?」
「男の子の中にはね、異性よりも同姓の方が好きな人がいるって」
「まあ、一応知ってるわよ。それと噂って言うのがどう関係しているわけ?」
「その噂って言うのがね、その、レイっていう人がそうなんじゃないか、っていうの」
「…………」
「…………」
二人の周りの時が止まった。
そして、二人の頭の中には、大きなベッドの上でシーツに包まりながら泣いているシンと、そんなシンの横でタバコを吸っているレイの姿が浮かび上がった。
やばい、めちゃくちゃ当てはまりすぎだ。
自分の頭の中に浮かび上がった映像を追い出すように頭を左右に勢いよく振り、お互いに相手の顔を見る。
多分、自分も相手と同じ顔の色をしているだろうと思いながら、頷きあう。
哀れな子羊を助けに行かねば!!
そう胸に思い、立ち上がった瞬間教室の後ろのドアの方から声が聞こえた。
「ふ〜、何とか間に合ったな」
「ああ、そうだな。だが、お前がもう少し早くすれば時間に余裕が持てたんだぞ」
「おいおい。レイがさっさと済まさないから俺が手伝ったんだろうが」
((攻守逆―?!))
二人の会話はなんらおかしくないのだが、ルナマリアとメイリンの頭の中には先ほどまで浮かべていた映像があったために、なんか変なものを想像して悶えていた。
「………なあ、この二人は何悶えているんだ?」
「さあな」
そんな二人の様子を見て、シンとレイはそんな感想を口にした。
なお、その日の夕方、体育館の裏で顔に奇妙な形の文字らしき落書きをされ気を失っている生徒達が発見されたことは、生徒達の間ではたいした噂話にはならなかった。
そんな慌しくも、ほのぼのとしたアカデミーの外では、この歯車のかみ合うことのない戦争が一応の終結を迎えた。
だが、それはヤキン宙域での戦闘終結であり、世界はいまだに混迷の中にいた。
多くの命が散ったくせに、双方ともになんらかの恩恵を受けることなくうやむやのうちに戦争が終結してから早四ヶ月が経過した。
今テレビの画面を賑わせているのは、地球で起こっている南米の独立戦争関係だった。
プラントのジャーナリストの伝えるある英雄は、今も祖国の解放と誇りの回復を目指して、ソードカラミティを駆っていた。
その姿に、俺はなんともいえないものを感じていた。
『で?何を感じたっていうのよ』
電子処理されたルナマリアの声が俺の耳に響いた。
俺は今MSのコックピットの中にいる。
基礎カリキュラムを無事終了させた俺達は、いよいよ本格的なカリキュラムへと移行していた。
今まで同じ教室で学んでいた仲間はそれぞれの専攻のカリキュラムを履修するようになっていた。
そのことに一抹の寂しさを感じながらも、俺達は日々を全力で過ごしていた。
「なんていうかな〜。こう、憧れ?そういったものに近いのかな?」
『憧れ?でも、「切り裂きエド」ってナチュラルでしょう』
「おいおい。映像は見ただろう?ああいう動きがルナには出来るのか?」
『む〜〜。……出来ないわよ』
「だろ?」
ルナマリアのどこか拗ねた声を聞きながら、先日見た、飛行しているMSを飛行能力のないMSで難なく撃破している映像を思いうかべた。
あそこまで自分の手足のようにこの鋼の巨人達を動かすことが出来るのだろうか?
そう思いながら、シンはキーボードの上の指を躍らせた。
今の自分のもてるすべてを使って構築するOSで、これから宇宙での実演が待っていた。
模擬演習はチーム戦であり、これは決してフェアな状況ではない。
OSを自分で構築しなくてはならない。
構築、といっても一からではなく、故意に不具合が生じているOSを自分の力で調整し、その中で余裕があるものは改良を加えても良いと言われているのだ。
少しでも他者より有利になるために、それぞれがOSの再構築に全力をささげていた。
『シン、ルナマリア、終わったか?』
「こっちは今終了。ルナは?」
『もう少し』
『急げよ。時間に余裕がそうない』
『わかってるわよ。いじわるね』
「ま、それがレイの持ち味だからな」
『そうかもしれないけど〜』
『急げよ』
そっけないレイの態度にギャーギャー言っているルナマリアに苦笑をしながら、シンは軽く目を瞑った。
どうも、朝起きてから首筋の辺りがちりちりしており、今も不快な感触を与えていたのだった。
(あ〜、こういう時ってろくなことが起きないんだよな〜。まえは連続で十回も鳥の糞が頭に振ってきたし、なんか盛ったネコ十数匹に追いかけられたこともあったからな〜。もしかして演習中になんかトラブルでも起きるのか?は〜、欝だ)
そんなことを思い、ヘルメットのバイザーを上げ眉間を軽くもむ。
起きてもいないことを気にしてもつまらない、と結論を出すのと同時にルナマリアから終了の報告が入ったのは同時だった。
それは、演習開始五分前のことだった。
「ん?」
「どうした?」
「いや、今一瞬何か反応したと思ったんだが」
「どこでだ?」
「ああ、このデブリ帯でだ」
「前の戦争の不発弾でも何かに接触して爆発したか?」
「かもな」
「放っておけばいいだろう」
「そうだな」
そんな会話がプラントのある観測所で交わされた。
だが、もしこのときこの二人のうち誰かがこの宙域でアカデミーの演習が行われるのを知っていれば、報告を入れていたであろう。
このとき誰も気づいていなかった。
ここがある運命の転換点になるということを。
ある戦士の産声が上がる、ということを。
「さて、二人ともいいか?」
『準備万端!』
『いつでもいける』
「よし、チームα、発進!!」
『『了解』』
俺の掛け声と同時に、三機の練習用のジンが宇宙の海へとその身を踊りださせた。
模擬弾を装填したライフルとバズーカー、殺傷能力のない練習用のサーベルをそれぞれが装備していた。
この演習は、MSの操縦技能、OSの構築能力、デブリ内での判断能力という、MS乗りに必須な技能をトータルに見ることが目的だった。
「さて、いったいいくつのチームがうまく演習を終えられるかな?」
ローラシア級戦艦のブリッヂに立つ一人の男がそう呟いた。
「教官はいくつだと思うのかね?」
艦長席に座る男が先ほどの男に尋ねた。
「そうですね。うまく時間内に終了できる、という条件でなら一チームでしょうね」
「ほう?」
「あとのは多少時間をオーバーしてしまうでしょうね」
「そんなに違うのか?」
「ええ。私的な見解ですがね」
「ふむ。そのチーム名は?」
「チームαですよ」
そんな会話が交わされていることを知らないチームαの面々はというと―
『遅れてるぞ。ルナマリア』
『わかってるわよ!!しょうがないでしょう、デブリは苦手なんだから』
「二人とも、フォーメーションの維持を最優先にしろ」
―結構もたついていた。
『も〜、どうしてこんなにデブリの密度の濃い所をルートに設定するのよ!』
『説明したはずだ。このルートがもっとも目標への最短距離である、とな』
「そうそう。この演習の目的は、敵チームを全滅させて目標に到着するか、時間内に目標に到着すれば終了なんだ。わざわざ危ない橋を渡る必要なんてないだろう?」
『それは聞いたけど、こんな所で鉢合わせになったらどうするのよ!』
『その確率はきわめて低い。先ほどルナマリアも言ったように、ここら一帯はデブリの濃度が濃くてそうそう移動に適してはいない。好んでこんな所を移動ルートに入れようと思うやつはそういないだろう』
「目の前にいるけどな」
『はいはい。わかったわよ。まったく、もう少し楽な道を選んでよね』
少しもたつきながらも、軽口を交わしながらルートを無事に消化していた。
軽口を交わしてはいるが、それぞれのレーダーやモニターからは一寸たりとも目を離してはいなかった。
ここでの油断は即、死へと繋がると各自が理解しているからだった。
三人は、連合、ザフトの戦艦やMSの残骸をよけながら慎重に移動していた。
いつ不発弾などに接触するか、それが心配事だった。
「ん?」
『どうした?』
『シン?』
シンは何かが目の端に入ったのを感じ、誰何の声をあげた。
「二人とも、二時の方角を最大望遠で確認してくれ。何か移動しているものが見えた」
『了解』
『りょ〜かい。幽霊でも見たの?』
シンの声に従い、三人はそのポイントを最大望遠で確認した。
そこには、ビームライフルの銃口をこちらに向けているストライクダガーがいた。
「『『!!!』』」
そのあまりの事実に三人は声を詰まらせた。
向けられた銃口に剣呑な光が宿るのを確認するかどうかとともにシンは大声を上げていた。
「緊急回避!!」
『『了解!!』』
三機が回避行動を取ると同時に、数条の光が先ほどまでいた空間を薙ぎ払った。
三人はその突然突きつけられた現実にただ驚くだけだった。
「くそ!!各自この宙域から緊急離脱!!Nジャマーの影響が少ない場所から各自で救援要請をするんだ!!」
『了解。だが、どうする?そう簡単に見逃せてもらえるとは思えないぞ』
回避行動をとりながら、レイは命の危機に晒されているというのに冷静に状況を分析し問題点を提起した。
ストライクダガーは、ライフルを発射させながらスラスターの炎を煌かせながら接近してきていた。
シンたちは、周囲に漂うデブリをうまく利用しながらその身が射線上に出ないようにしていた、
「それはわかってる!避けながら考えろ!!」
『避けながらって!!』
焦りを多分に含んだ会話をしながら三機はデブリの密度がより濃い宙域へと突入するように進路を変更した。
ウィングスラスターの炎をさらに強く煌かせ、方向転換を行った三機を襲うように数条の光の矢が迫ってきた。
『キャァァァ!!』
『ク!!』
「ルナ?!レイ?!」
デブリ帯へと突入するその瞬間、数条の凶光が二機のジンを襲った。
バランスを崩しながらも、飛行方向を維持しようと奮戦する二機を守るようにシンのジンはバズーカーをストライクダガーに向けて引き金を引いた。
「当たれ!!」
裂帛の気合のこもった掛け声とともに、バズーカーから打ち出された弾丸がストライクダガーに当たり爆ぜた。
バズーカーから放たれた三発の砲弾は、ストライクダガーの頭部と胸部、それと右肩を赤く染め抜いた。
ジンが放った弾丸は、ストライクダガーを一瞬行動不能にするに留まり、破壊するには至らなかった。なぜなら、シンたちの目的が戦闘ではなく訓練であったために、装填されている弾丸が全てペイント弾になっていたからだった。
その事実に気づいたのか、赤く染め上げられたストライクダガーは、人間ならば憤怒の形相を浮かべて周囲を睨みつけながら自分にこんな事をした不届き者たちの姿を探しているかのように、周囲を、そのシールド状の目がはまっている頭部をせわしなくさせ、見回していた。
後に残っていたのは、漂うMSの残骸などのデブリだけだった。
「レイ、ルナ。損傷状況は?」
『左腕を持っていかれた』
『私は、右ウィングスラスターと左足を持ってかれたわ』
「俺は運よく損傷は無し。だけど、やばい状況だな」
三人は、周囲に漂っていた大型のデブリで周囲を三角テントのように囲み、それぞれの現状とこれからについて考えていた。
三人にとって、今日はただの模擬演習であったはずなのが、いつの間にか命の無くなる危険性を孕んだ実戦になってしまっていた事実に、やるせない不満と、死に対しての恐怖が心を犯し始めていた。
しかも、今の事実上の停戦状況の情勢の中で、相手は警告も無く自分達を殺そうとしてきた。
そのことから考えられることは―
「特務中の兵か、脱走兵崩れの海賊かな?」
『大方後者の方だろう。特務中ならば何らかの特殊装備を持っているはずだが、あの機体にはそれが見られなかった。それに、整備もろくに受けていないようだったな。装甲に傷が残っていた』
『………よくあの短時間で装甲の傷を確認できたわね』
「まあ、レイだし」
『そうね』
『ふざけている時間は無いぞ。相手が海賊だとすれば、俺たちは奴らにとってご馳走だ。ジャンクパーツでも売ればかなりの金が手に入れることが出来るんだからな』
「うわ。もしかしてここのデブリ帯って、あいつらの狩猟場だったのか?」
『ああ。多分つい最近決めたばかりのだろうがな』
『どうしてそんなことが分るのよ』
『俺たちの演習予定が組まれるときに事前調査をしていたはずだ。その時に上が問題なしと判断したからこそ演習予定が組み込まれたのだろう。その後に、あの海賊達がここを狩場と選んだ、と考えた方が上を疑わずにすむ』
「おいおい。もしそうだったとしたら、俺たちは鴨ネギじゃないかよ」
『カモネギ?なによ、それ?』
『それよりも、どうする?』
「どうするって、なぁ。そんなのは決まってるだろう?」
目を瞑り、首を軽く回しながらシンはレイの疑問に答えた。
『なんだ?』
「生きて帰る。それだろ」
目を開き、モニターに映る二人を見つめてシンは力強く答えた。
まだ自分は答えを見つけていない。
いや、やっと見つけようと思い動き始めたばかりなんだ。
それなのに、いきなり「死」だって?
納得できるか!
だから、俺は足掻く。
そして、答えを探す。
だから―
「もう一度言う。三人で生きて仲間のところに、愛する人たちのところに帰る。それが最大目的だ」
―絶望に心を犯されないように、恐怖を淘汰し、悪夢を乗り越えて、暖かい場所に帰ろう。
『そうだな』
『ええ。帰りましょう。三人で』
生きて帰る、そんな純粋な願いを宿し、雛は大鵬へとその身を変えようとしていた。
「くそ!!あの金づるどもはどこに行った!!」
男は狭いコックピット内であるにもかかわらず、大声で怨嗟の声を上げていた。
男は今の生活が不満でたまらなかった。
男は元大西洋連合の兵士だったが、激しくなる戦争に怖気つき、同じ思いをしていた仲間数人と軍を脱走していたのだった。
脱走した後男達は、戦後の混乱に生じて盗んできたMSを数台ジャンク屋に売り払い、中古の戦艦を購入すると無限に広がる宇宙へと躍り出たのだった。
そして男達は、航行中の宇宙船を襲い、金品などを奪う海賊行為に手を染めるようになっていた。
だが、彼らは自分達の行動を犯罪とは思っていなかった。
なぜなら、襲っている船は全てプラントの、憎むべきコーディネイターたちのものなのだから。
自分達は正義を行使している、と信じて疑っていなかった。
彼らは半端にブルーコスモスに染まっていた、いや、染まりきることの出来ない半端者が彼らだった。
戦争が終結してから今まで、男達の欲望を阻むものが無かった。
だからこそ、先ほどの獲物たちの行為が許せなかった。
お前達は俺に刈られるために生きてるんだろうが。それなのに反抗するだと。
「コーディネイターのくせに、生意気なんだよ!!」
『あせるなよな。デューイ』
『そうだ。狩はまだ始まったばかりなんだからな』
激昂する男をたしなめるように、モニターに映ったほかの男達はそう語りかけた。
この二人とデューイたち三人が海賊家業の実行部隊で、残りの仲間は船の運航を担当していた。
「ザップ、リッカー、二人ともあいつらは、いや、無傷の奴は俺の獲物だから手は出すな!!」
『お?お前にそのいかした化粧を施してくれたやつか?』
『ほう。それはお前自身で礼をするのが筋の通った話だな』
「ああ、たっぷりと礼をしてやるぜ」
二人の自分をあおる言葉に耳を貸しながら、デューイは血走った目でレーダーを睨みつけていた。
そんなデューイの目に、点滅する光が入ってきた。
「ザップ、リッカー!!」
『こっちも確認した』
『ははは!さあ、行こうぜ!!』
「ああ!!」
さあ、狩りの始まりだ!!
三人がレーダーの反応に従い、移動したその先にいたのは、傷ついた僚機を牽引する左手の無いジンの姿だった。
「もう一機は!」
『知るかよ。それよりも今は目の前のご馳走にあやかろうや』
『そうだな。おいしく頂こう』
「くそ!」
三機は飢えたハイエナのごとく、傷ついて飛んでいる二機に襲い掛かろうとした。
だが、彼らは忘れていた。いや、知っていなかった。
狩る側は、狩られる側でもあると言うコインのような世界の法則を。
ビィービィー
「なに?!」
突如として鳴り響いた警告音に意識を傾けた、と思った瞬間、デューイは自分の機体が横に揺らされるのを感じた。
『なんだ!?』
『伏兵だと!!』
耳に入る仲間の声を聞き流しながら、血走った目でレーダーの反応があった方を睨みつけると、両手にバズーカーを構えたジンが、模擬弾を全弾打っている姿だった。
「てめぇかーーーーー!!!」
デューイはそのジンを目にすると、狂気を滲ませた声を上げて憎きジンへと向かっていった。
―中書き―
掲示板復活おめでとうございます。
また一ヶ月近くサボっていたANDYです。
・・・・・・・・・ゴメンナサイ。
さて、なんかいろいろと怒涛の展開に入り始めている本家ですが、一言言わせてください。
後5,6話でこんなに急がせるぐらいなら総集編なんてやらない方がよかったじゃない。
いえ、まあ、もう突っ込みいれるのも疲れるぐらいの展開なんですけどね。
理念とかそういうのが完璧に消えてる国とか、ノートの走り書き一つで黒幕の思惑を看破するお姫様とか、いろいろ言いたいことはありますが、ここでは言いません。
他の場所でかなり言ってますがw。
で、かなり長くなっている展開なので、前半と後半に分けて掲載しようと思います。
いろいろと本編編が始まるに向けて、種をまき始めたしだいです。
どう芽が出るのでしょうか?
皆様にお聞きしたいのですが、こんな変なオリジナルの展開よりも、本編に準じた二次創作を書け、と思われている方はいますでしょうか?
いえ、後ろにいる悪友と少し執筆スピードでこぶs・・・・熱く討論しあってしまい、不安になってしまったので。
本編編と本編前の作品どちらをメインに行くべきでしょう?
皆様のご意見を教えてください。
では、後編は出来るだけ早く、いや、土曜までには仕上げますので楽しみに待っていてください。
ああ、それにしても後半の戦闘シーンが難しい。
追伸
前回レスしてくださった方々、レス返しは過去ログ製作が管理人様のほうで出来次第返させて頂きたいと思います。
データーにとっていなかった自分が憎いです。
では、またお会いしましょう。