「では、『足付き』は何かの作業中だったと」
「はい」
ガモフの艦長、ゼルマンの確認にミゲルは頷いた。
「発見したと思った瞬間にやられたせいで作業の詳細まではわかりませんでしたが、作業ポッドが出ていたのは確認できました」
「ミゲルほどのパイロットが、反撃するどころか周りを見る間も無くやられるとはな」
ゼルマンはため息を吐いた。
ミーティングルームに集まった他のメンバー、イザーク、ディアッカ、ニコルも含め、ミゲルを批難する声は無い。
最近ストライクに負け続きなせいで逃したが、本来ならばラスティの戦死によってできた「赤服」の空席を埋めていてもおかしくない人材なのだ。
ミゲルで駄目ならば他のパイロットにもまず不可能。
そのことを彼らは知っている。
「それにしても、『足付き』はなぜあんなところにいたのでしょう?」
口を開いたのはニコル。
柔らかいソプラノの声と共に小首を傾げる仕草が、小動物じみて妙に可愛らしい。
「移動距離の短縮のためではないか? デブリ・ベルトを抜ければ、月までの航路が格段に短くなる」
「確かにそうだろうけど……リスクが大きすぎない?」
「それだけ切羽詰っているということだろう。奴らはヘリオポリスでもアルテミスでも緊急発進を余儀なくされている。物資が豊富とは思えん」
「物資……そうだ、氷だ!」
ニコルに、次いでディアッカに答えたゼルマンの言葉に触発されたのか、今まで報告をミゲルに任せていたエドが突然声を上げた。
「氷? どういうことだ?」
「奴らの作業です。ポッドで氷を運んでいました。多分、ユニウス・セブンの水が凍ったものだと思います。つまり、奴らは……」
「ユニウス・セブンから物資を補給していたというのか!」
「墓場泥棒だと……ナチュラルどもめ! そこまでするか!」
エドの言葉に、一同の顔に一様に嫌悪が浮かんだ。
少しして気を落ち着けたゼルマンが、再び口を開く。
「他に報告は無いか、ミゲル」
「いえ、もう一つ。おそらくこれが一番重要なことなのですが……」
そこまで言ってミゲルは少し言いにくそうに言葉を切り、そして言った。
「ストライクのパイロットに会うことができました。ニックネームかもしれませんが『キラ』と呼ばれていたそいつは、アスランやイザーク達と同じく、十代半ばのコーディネーターの少年です」
報告を聞いた者達の目が、驚きに見開かれる。
数瞬の沈黙。
「……待ってください。なぜ地球軍にコーディネーターが……」
「もとはヘリオポリスの住人だと言っていた。おそらく、ヘリオポリス崩壊の際に『足付き』に救助され、そのまま協力しているんだろう」
驚きから立ち直れないまま聞いたニコルにミゲルが答え、それに続けてエドが重い表情で続ける。
「奴はこうも言っていました。地球軍の核攻撃もザフトのモビルスーツの攻撃も変わらない。お前達がユニウス・セブンを忘れないように、俺達はヘリオポリスを忘れない、と」
ミーティングルームに重い沈黙が降りた。
特にもともと争いを好まず、『血のバレンタイン』の悲劇に心を痛めてザフトに身を投じたニコルは、深刻に衝撃を受けている。
この場にアスランがいればおそらく同じ表情をしただろうと、それを見ながらミゲルは思った。
「……やれやれ。俺達は自分の手で、こんな厄介な敵を作っちまったってわけか」
「だが、今、敵であるならば討つしかない」
呟いたディアッカの声も、それに応じたイザークの声も、同様に苦い。
キラの蒔いた種は、ゆっくりとその芽を出し始めていた。
「ともかく、このことをクルーゼ隊長にご報告して指示を仰がねばな」
ため息と共に吐き出したゼルマンの言葉がミーティング終了の合図となった。
三十分後、ローラシア級戦艦ガモフは発進する。
アークエンジェルを追うためではなく、ヴェサリウスに合流するためであった。
第09話 種を蒔く者達
「フレイ!」
「パパ!」
格納庫に着陸した短距離移動用のシャトル。
そこから下ろされたタラップを降りてきた壮年の男が、駆け寄っていったフレイと抱き合って再会を喜び合う。
微笑ましい光景に、自然とラミアスの表情が緩んだ。
気のせいか、隣に立つナタルの表情もどこか柔らかい気がする。
ひとしきり喜びを発散して落ち着いた親子が離れ、男、ジョージ・アルスターは周囲に視線を巡らせた。
その男に、青い軍服を着た少年の一人が歩み寄る。
「お久しぶりです、ジョージさん」
「おお、サイ君。君も無事だったか。ここまでフレイを連れてきてくれてありがとう」
声をかけたサイに答えて、ジョージは右手を差し出す。
サイはその手をしっかりと握り返した。
一瞬、不思議に思ったラミアスだが、サイはフレイの婚約者だという話を思い出した。
ならば二人に面識が無いはずは無いだろう。
続いてジョージは、サイの後ろに立っているミリアリアとカズイに視線を向けた。
「君達もフレイの友達かね。見たところ同じくらいの年のようだが……」
「そうよ、パパ。ミリアリア・ハウとカズイ・バスカーク。二人ともサイのカレッジの同級生で、ゼミまで一緒なの」
「ほぅ。その年でかね。君達も優秀なのだな」
「そんな、サイほどじゃありませんよ」
娘の友人と婚約者を同時に褒める言葉に、ミリアリアが照れたように言い、カズイも同じような表情でそれに頷く。
「あら。カズイ、あなたって機械工学の分野で奨学金をもらってる優等生じゃなかった?」
「俺のはただの専門バカだよ。サイみたいに何でもこなせるわけじゃない」
「そうよね。キラもトールもある意味専門バカだし、何より普段の行動がアレだもの。優秀っていう言葉が一番似合うのはサイよね」
「やめろよ、二人とも」
からかうように言ったフレイにカズイが答え、ミリアリアが乗り、サイが照れ、穏やかな笑いが響く。
「すいません、遅れました」
格納庫に、別の少年の声が響いた。
異様に違和感を醸し出している軍服姿に、左手に下げた黒鞘の日本刀。
どれだけ離れていても彼だと分かるのではないかと思えるその少年は、当然、キラ・ヤマトである。
その後ろにはトールとカガリが続いている。
フレイが三人を呼び、ジョージを囲む人の輪が一回り大きくなった。
楽しげに話す少年少女達を微笑みながら見ていたラミアスの表情が、不意に痛ましげに曇る。
「私達は、あんな子達に戦争をさせているのね」
「不可抗力でしょう。彼らの力が無ければ我々がここまで来ることはできませんでした」
醒めた口調で応じたナタルを、ラミアスは軽く睨む。
が、すぐにその視線を緩めた。
「わかっているわ。本当にどれだけ感謝してもしたりないわね。でも、それもあともう少し。ハルバートン閣下の艦隊に合流すれば、彼らを解放してあげられるわ」
「艦長。そのことですが……」
どこか晴れ晴れとした様子のラミアスに向き直り、ナタルは何かを言おうとする。
だが、その先が語られることはなかった。
「コーディネーターだと!? 貴様、コーディネーターがなぜこんなところにいる!」
突然響いた怒声の発生源に、ラミアスとナタルは視線を向ける。
二人の目に映ったのは、腕を振りぬいた姿勢のジョージと、軽く腕を挙げたキラ。
そう、ちょうど、握手している手を振り払ったらこのようになるのではないか、という構図だった。
「パパ!?」
「事務次官!?」
小走りに駆け寄りながら呼びかけたラミアスの声が、フレイの声に重なった。
ジョージの視線が、キラからラミアスに移る。
その表情に、先程までの温厚な紳士の面影は無かった。
「艦長殿! これはどういうことなのか説明していただこう。なぜ我が大西洋連邦の戦艦にコーディネーターがいて、あまつさえ最高級の軍事機密であるG兵器に乗っているのだ!」
「アルスター事務次官、落ち着いてください。彼はザフトの攻撃を受け緊急にG兵器を起動させる際、偶然近くにいて手伝ってくれたのです。それ以降も……」
ラミアスに詰め寄りながらジョージは怒鳴る。
答えたラミアスの言葉も、途中で遮られた。
「偶然だと!? そんなこと信用できるものか。どうせザフトのスパイに決まっている! キラとか言ったな。貴様、何が目的だ!」
何の根拠も無い、一方的な決め付け。
いや、彼にとっては根拠があるのだろう。
キラがコーディネーターである、という根拠が。
ラミアスの脳裏に、ブルー・コスモス、という単語が浮かび上がった。
ラミアスから矛先を移されたキラは、再び向けられた舌鋒に困ったような表情を浮かべている。
「何が目的、と言われましてもね。俺は自分と友達を守るために最善を尽くしただけですよ」
「ふざけるな! もう一度聞くぞ。貴様の目的は何だ! この艦か!? それともG兵器の戦闘データか!? 偶然を装ってこの艦に乗り込み、何を企んでいる!」
キラは、何も言わない。
それを図星を突かれて答えることができない、とでも解釈したのか、ジョージはさらに言い募る。
「おおかた、ヘリオポリスの襲撃も貴様が手引きしたのだろう! どれだけの時間を準備に使ったのか知らないが、用意周到なことだ。自然の摂理に反する歪んだ人間は、性根までも歪んで……」
パンッ!
捲くし立てるジョージの言葉が、乾いた音に遮られた。
数瞬の沈黙。
麻痺していた感覚が戻ると共にジンジンと痛み始めた頬を押さえ、ジョージは衝撃で横を向かされた顔を正面に向ける。
腕を振りぬいた姿勢で立つ、彼の娘がそこにいた。
全身から立ち上るような激怒を纏って。
キッと父親を睨み付けたフレイが、大きく息を吸い込む。
「いいかげんにしてよ!!」
キーン、と頭に響くような高音の怒鳴り声が響き渡った。
「キラは私の親友で命の恩人なのよ! ヘリオポリスからここまで、ずっと私達を守って来てくれたの!」
「……フレイ……」
「何も知らないくせに! キラが私達のためにどれだけのことをしてくれたのか、何も知らないくせに! ずっとずっと、私達を助ける方法を考えて! 考えて、考えて、考え続けて!」
呆然とするジョージに、フレイは目に涙さえ浮かべながら言葉を叩きつける。
「馬鹿! 恩知らず! パパなんて大っ嫌い!!」
「フレイ、もうやめろ」
そんなフレイを優しく止める手があった。
片腕が肩を抱き、もう一方の手がそっとフレイの唇を塞ぐ。
見上げたフレイの目に、労わるような視線でゆっくりと首を振る恋人の姿が映った。
フレイはサイの胸にすがりつき、涙をこぼす。
「俺達もフレイと同じ意見ですよ」
フレイの後を引き取るように言ったのは、カズイ。
俺達、の言葉が指すのは、隣に立つトールだろう。
そのトールが口を開く。
「コーディネーター、コーディネーターってあんたは言うけどな。コーディネーターの何が悪いっていうんだよ! コーディネーターが信用のならない歪んだ人間だって、何で言えるんだよ! コーディネーターを一括りにしてそれを言うあんたは、何人のコーディネーターを知ってるって言うんだよ!」
「百歩譲って、コーディネーターが自然の摂理に反する『悪』であるとしましょう。そうだとしても、キラのどこに罪があるんですか? 別にキラは望んでコーディネーターとして生まれてきたわけじゃない。キラだけじゃない。この世界の一千万を超えるコーディネーターの内、自分が望んでコーディネーターとして生まれてきた奴なんて一人もいませんよ。彼らはただ、生まれたらコーディネーターだっただけです。コーディネーターをコーディネーターにしたのは彼ら自身ではなく、その親です。コーディネーターを『悪』とするならば、ナチュラルは『悪の根源』ということになりますね」
熱く怒るトールと、冷たく怒るカズイ。
それぞれの性格に応じた態度の中に、明確な激怒を滲ませ、二人は言う。
さらに言い募ろうと二人はもう一度口を開いた。
だが、トールもカズイもそれ以上の言葉を発することは無かった。
「はいはい、ストップ」
軽く手を叩きながら発された軽い言葉が、二人を遮る。
「二人とも、その辺にしとけ。あんたらも止めとけよ。あんたらがそれをやるのは洒落にならん。よくは知らんが、軍法会議には銃殺とかあるんだろ?」
苦笑しながらキラが言った。
その言葉に、ラミアスは我に返って周囲を見回す。
いつの間にか、整備員達が周りを取り囲んで殺気立っていた。
「それは聞けねえな、坊主。さすがに今のは聞き捨てならねえ。事務次官だろうが大統領だろうが、最前線で命を賭けて戦った坊主に暴言を吐いて良い権利なんぞあるか。軍法会議なんぞ知ったことか」
整備員を代表するように、マードックが吐き捨てるように言う。
ラミアスの顔が、さっと青褪めた。
もし、これ以上ジョージが何かまずいことを言えば、本当に血を見る事態になりかねない。だが。
「あのな。本人が気にしてないことを周りが気にしてどうすんだよ」
「……あん? 気にして無い?」
「ああ。俺に取っちゃ、ナチュラルもコーディネーターも関係ない。そんなこと、考えることすら馬鹿らしい。ああいう戯言は、柳に風と受け流すことにしてるのさ」
軽く肩をすくめ、キラは軽く笑って言った。
その仕草に、整備員達の殺気が、毒気を抜かれたように霧散していく。
「……そういうもんなのか?」
「そういうもんなのさ。ほら、散った散った」
シッシッと追い払うように手を振ったキラの仕草に、苦笑しながらも整備員が元の場所に戻っていく。
それを、ラミアスはじっと見つめる。
「……キラ君……」
「どうしました、艦長?」
「本当に、気にしていないの? 無理をしていない?」
問いかけたラミアスの言葉に、キラはいつもの不敵な印象すら与える笑みを返してきた。
「大丈夫ですよ。とは言え、これ以上俺達がここにいるとまた騒ぎになりかねませんね。もう戻らせてもらって構いませんか?」
「ええ。ごめんなさいね、こんなことになってしまって」
「艦長のせいじゃありませんよ。それでは」
キラはおどけて下手な敬礼をしてみせた後、踵を返し、仲間達と共に格納庫を後にした。
それを見送り、ラミアスはジョージの隣に歩み寄った。
「アルスター事務次官。確かに我々はプラントと敵対し、ザフトと交戦しています。しかし、だからと言って全てのコーディネーターが敵というわけではありません。それに、例え他の全てのコーディネーターが敵だとしても、キラ君だけは信じられます。それだけのことを、彼は私達にしてくれたのです」
呆然と放心したようだったジョージの目が、ラミアスに焦点を合わせる。
「それだけのこと、だと?」
「その通りです」
ラミアスに向けられた問いに答えたのは、しかし、ラミアスではなかった。
ラミアスは軽い驚きをこめて、半歩後ろに立つ副長を見つめた。
「我々は幾度もキラ・ヤマトに助けられてきました。そのことを知らない者も、恩に感じていない者も、この艦には一人もいません。私とて、心情は彼らと同じなのです。下手なことを仰れば、冗談抜きで身の安全の保証ができかねます。以後、慎んでいただきたい」
「わ、私を脅す気か?」
「事実を申し上げただけです」
冷徹な中に怒りを感じられる口調でナタルは言う。
必要以上に厳しいその言葉は、あえて自分が恨まれるようにしむけているように、ラミアスには思えた。
ナタルの言葉に、ジョージはうな垂れる。
その姿から、落ち込んでいる様子は見受けられても、キラ達に対する憎しみや恨みに類する感情は見受けられない。
ラミアスは、そのことにひとまず安堵した。
格納庫を出たキラ達は、もはや彼らが人に聞かれたくない話をする時の会議室と化している感のある、男性陣に割り当てられた寝室に戻った。
しばらくは誰も話さない。やがて、サイの胸元から顔を上げたフレイが立ち上がった。
「キラ、ごめんなさい。私のパパがひどいことを……」
言って大きく頭を下げる。
それにキラは笑ってひらひらと手を振った。
「気にするな。あの人には悪いが、これでクルーの団結はまた一段深まったはずだし、同情を買うこともできた。むしろ喜ばしい事態さ。それよりも、怒るのは良いけどもう少し冷静にな。かなりやばいところまで口走りそうだったぜ」
「……そうね。ごめんなさい」
フレイはもう一度頭を下げ、サイの隣に腰を下ろした。
「それじゃあやっぱり、キラが途中であの人に反論しなかったのは、一方的にやられてる印象を周りの人に与えるためか?」
「ああ。一方的な方が同情は引きやすいだろうしな。良い作戦だろう?」
隣に座った少女の肩を抱いたサイの問いに、キラはおどけて肩をすくめてみせる。
「確かに、良い作戦だよ。お前が傷ついて落ち込んでるのを除けばな」
「おいおい、俺は気にしてないって言ってるだろ。だいたい、ナチュラルだのコーディネーターだのを気にする方が間違って……」
吐き捨てるように言ったカズイに、キラはさらに軽く笑いながら言う。
が。
「キラ!」
立ち上がって叫ぶように言ったカガリに、その言葉が遮られる。
その表情は、怒っているようにも、今にも泣き出しそうなようにも見えた。
「私達にまでとぼけるな! そんなに私達は頼りないか!」
「そーだぜ、キラ。俺達は何だ? 仲間だろ。友達だろ」
カガリに続いて、トールも訴えかけるように言う。
「やり返せるならともかく、一方的に殴られて平気なわけない。そんなの俺達にもわかる。心は、ナチュラルもコーディネーターも変わらないんだから」
そう言ったカズイの言葉を最後に、キラの仲間達は黙る。
黙って、キラをじっと見つめる。
キラは大きく、重いため息を吐いた。
その体が後ろに傾き、ドサリとベッドに仰向けに倒れこんだ。
「大西洋連邦はブルー・コスモスに半ば以上支配されていると言っても過言じゃない国だ。その政府の高官ともなれば、ブルー・コスモスであるのは十分に予想できる。だから、ああいう反応があるだろうと理解はしてたし予想もしてた。けど……」
腕を顔に乗せ、目元を隠すようにしてキラは言う。
「実際に言われてみると、刺さるもんだな」
「キラ……」
その名を口にしたのが誰なのか。
声が小さかったこともあり、目元を覆っていたキラにはわからない。
「あれが、俺達の敵だ。フレイの父さんのことじゃない。あの思想、あの価値観が最終的な俺達の敵だよ」
そう言って、キラは口を閉ざす。
その姿は、いつになく弱々しく見えた。
サイ達は、互いに視線を交わしあい、頷きあった。
その敵にだけは、絶対に負けるわけにはいかない。
彼らのかけがえのない仲間のために、絶対に負けられない。
そして、自身がコーディネーターであるキラ以上に、ナチュラルである自分達の方が、この戦いでは主力にならなければならないのだ。
いつもは太陽のような輝きを放っている少年の弱った姿に、彼らは決意を新たにするのだった。
アークエンジェルでジョージを中心に騒ぎが巻き起こっていた頃、ラクスはヴェサリウスの中に与えられた部屋にいた。
とは言ってもこの部屋に腰を落ち着けるわけではない。
もうすぐ自分は本国に向けて送り返されることになるのは分かりきっている。
ちょうど今、それを議題に含めたミーティングが行われているはずだった。
それに出席するイザークらと共にガモフからヴェサリウスに移ってくる必要は、本来ラクスには無い。
むしろ、無駄な手間と言える。
クルーゼ隊の旗艦であるヴェサリウスがラクスを送るのに使われるはずはないのだから。
それでもラクスが無理を言ってここに来たのは、アスランに会うためである。
ラクスとアスランが親友同士であるというのは周知の事実だ。
ヴェサリウスにいれば、自分を迎えに来る役はアスランに与えられるはずだから、間違いなく接触できるはずである。
ラクスには、どうしてもアスランに会って話さなければならないことがあるのだ。
だが、この期に及んでラクスは悩んでいた。
それを周囲に見せるようなことはないが、確かに悩んでいたのである。
ラクスがキラと共に企んでいることの内容を、彼女の唯一の親友、アスラン・ザラにどこまで話すのかをである。
ラクスとしてはアスランにだけは嘘を吐きたくない。
キラにとってサイ達が全てを打ち明けるに値する親友であるのと同様、ラクスにとってアスランだけは何一つ偽ることなく接することができる相手なのだ。
その一方で心配なこともある。
アスランはキラのことをボーっとしていると評すが、ラクスにしてみれば、アスランの方こそ妙なところで抜けているというか迂闊なところがある。
何かあればすぐに顔に出るし、話術の巧みなものに誘導されれば、ポロッと言ってはまずいことを言ってしまいそうな気もするのだ。
アスランのそういうところをラクスは好きだったが、さすがに好き嫌いで答えを出して良い問題ではない。
下手をすれば命に、それも自分だけではなくアスランを含めた自分の周囲、さらにはキラ達の命に関わるのだ。
アークエンジェルを離れてからずっと考え続けているが、ジレンマに陥った思考はなかなか答えを出してくれない。
だが、そろそろ時間も無い。
ラクスは重いため息を吐き、決断を下した。
「仕方ありませんわね。ごめんなさい、アスラン」
一人、小さく呟く。
現段階では、自分の行動は厳に秘密にしなければならない。
秘密を知る者は少ないほど良い。
アスランに対して秘密を持つことは心苦しいが、止むを得まい。
キラもかなり長い期間、親友達にも秘密で活動していたらしいが、そのときの彼もこんな気分だったのだろうか、と想像する。
と、そのとき。ラクスの足元で転がっていたハロが、急に飛び上がった。
パタパタと耳のようなパーツを羽ばたかせてドアに向かう。
ドアが開くと、どういう原理なのか、壁や床や天井に跳ねながらものすごい勢いで飛んで行った。
ラクスはクスリと微笑むとハロを視線で追った。
ハロがこんな反応をする相手など、一人しかいない。
少し待つと、やはりラクスが考えた通りの相手がドアの前に立った。
「ハロがはしゃいでいますわ。久し振りにあなたに会えて嬉しいみたい」
「ハロには、そんな感情のようなプログラムは組み込んでないんだけど」
片手にハロを乗せたワインレッドの軍服の少女は、一度言葉を切り、ため息を吐きながら部屋に入ってきた。
少女、アスランの背後で自動ドアが閉まる。
「そんなことはありませんわ。ピンクちゃんはとても感情の豊かな子ですよ」
楽しげな笑みを浮かべ、ラクスは答える。
久し振りに会えた親友との会話に、自然と笑みが浮かんでくるのだ。
一方のアスランはと言えば、ラクスをじっと見つめている。
アスランの常とは違う様子に、ラクスは可愛らしく小首を傾げた。
「どうかしましたか、アスラン?」
「え? うん、その……シーゲルおじさんから聞いたんだけど、何だか悩んでるんだって?」
少しどもった後、アスランは言う。
ああ、そのことか、とラクスはまたクスリと笑った。
「心配してくれてありがとう。でも、もう晴れましたわ。あの方のおかげです」
「あの方?」
「ええ。キラ様とお会いして、お話をして、それで楽になりました」
「キラに会ったの!?」
「ええ。素晴らしい方ですね、あの方は。ただ、アスランから聞いていたのとはだいぶ違う方でしたけど」
ラクスは柔らかく微笑んで語る。
「違う……?」
「ええ。確かに優秀な方のようですし、平和を愛する方でもあるんでしょうけど、ぼーっとしてるだなんてとんでもないですわ」
ラクスの脳裏に浮かぶのは、青みの強い紫の瞳。格納庫でみた、全てを見透かすように自分を見つめてくる不敵な瞳。二人きりの部屋で語り合ったときの、己の意志を貫かんとする覇気に満ちた真っ直ぐな瞳。思い出すだけで心に震えが走るのを感じた。
「とても強い方でしたわ。それだけでなく、とても優しい方」
「……馬鹿なんだよ、キラは!」
まぶたの裏に少年の姿を浮かべて語るラクスに、アスランは怒ったように言った。
「軍人じゃないって言ってたくせに、まだあんなものに乗って! ……友達だとか何とか言って、利用されてるだけなのに……何、ラクス?」
「……ごめんなさい。少しおかしくて」
アスランの言葉を聞きながらクスクスと笑い出したラクスに、アスランは視線を向ける。
「キラ様を利用できる人なんているとは思えませんわ。利用しているつもりが、逆にいつの間にか利用されてしまうのが関の山です。あんなにしたたかそうな方、見たことがありませんもの」
おかしそうに笑いながら言ったラクスに、アスランは訝しげな表情を浮かべる。
「ちょっと待って。それ、本当にキラ?」
「ええ。ご本人もそう仰っていましたし、アスランからもらったという鳥のペットロボを連れていましたわ。確か、トリィと言っていました」
「それなら確かにキラだね。でも、キラがそんな……」
「人は変わるものですわ。何年も会っていないのなら、なおさらです。そうそう、キラ様からアスランに伝言を預かっていたんですわ」
「え……? そ、それで、キラは何て……」
「『訳あって、アスランの知っているキラ・ヤマトと今の俺は別人だ』と」
「別人……どういうこと?」
「それは私には分かりませんわ。それともう一つ。『俺は守りたいだけであって戦いたいわけではない。ザフトのこともアスランのことも敵と思ったことはない』と」
「え……?」
「だからキラ様は誰も殺さないように戦っている、と仰っていましたわ。確認の意味でポッドの中でミゲル様にそれとなく聞いてみたのですけれど、キラ様と直接戦った方達は、まだ誰一人として亡くなってはいらっしゃらないそうですね」
言われてアスランは考える。
キラと直接戦ったことがある者と言えば、まずアスラン自身。
そしてミゲル、イザーク、ニコル、ディアッカ。
その内ミゲルは三度、イザークは一度撃墜されているが、確かに五体満足だ。
ミゲルは腕を折ったことがあるが、それはヘリオポリスの残骸にぶつかったためである。
死んでいないどころではない。
誰一人、傷一つ負っていないのである。
「あなたと戦いたくないと仰っていましたわ」
「私だって! 私だって、キラとなんか戦いたくない!」
考えるアスランにかけたラクスの言葉に帰ってきたのは、どこか泣きそうにも聞こえる悲痛な言葉。
「でも、仕方がないじゃない! 私はザフトで、キラは地球軍なんだから! 戦うしかないじゃない!」
「本当にそうなんですか?」
親友の慟哭にも似た叫びに、ラクスは穏やかに応じる。
「本当に戦うしかないんですか? 他に方法が無いか、ちゃんと考えましたか?」
アスランは、ラクスの穏やかな微笑を虚を突かれたような表情で見つめている。
「アスラン。もう一度よく考えてみてください。あなたにとって何が一番大事なのか。そうすれば、また違った答えが出てくるかもしれませんよ」
アスランの心に、ラクスの言葉は深く響いた。
「……そういえば、話し込んでる場合じゃなかった。ラクス、君を本国に送る準備ができたからついて来て」
「はい。色々とありがとう」
逃げるように背中を向けて言ったアスランに続いて、ラクスは部屋を出る。
前を行くアスランの背中を見つめながら、ラクスは祈る。
この少女がこれ以上傷つくことがないことを。
そして彼女と同じ道を歩んでいけることを。
こうしてまた一つ、種が蒔かれた。
(続く)
あとがき
祝 よろず小ネタ掲示板復活!
というわけでもないのですが、喜び勇んで先週分の投稿です。
今回はシリアス一本です。
基本的に私が書くものが痛くて重くて暗いものが多いので、書きやすかったです(をぃ)
私には人を笑わせるセンスが不足しているようなので、どうもそっちばっかり書いちゃうんですよね。
今回のMVPはフレイ嬢かな。
ただ、フレイがこっち方向に来ちゃってるせいで、どうしてもジョージさんをあっち方向に行かせないといけないんですよね。
まあ、原作でもジョージさんはあっち方向の人間なんだそうですけど。
第10話、つまり今週分は今夜にでもアップする予定です。
それまで少々お待ちください。