其の者は強大であった
其の者は偉大であった
其の者は最強であった
其の者は純粋であった
其は強大な存在でありながら他とは一線を違え、ただ純粋なまでに力だけを求め、戦いだけを生甲斐としていた
其は強さの為なら何でもした
格上の相手でも怯まず挑み、勝つまで戦いを止めなかった
其はその種族では異質であった
召喚にも応じず、魂も喰わず、ただ戦いだけを求めた
其はただ、純粋であった
求めるは力、信じるは強さ、全ては己の剣だけを
其の生涯は戦いだけ
故に、その生涯に残すものは無い
其は一人、破滅の荒野に立ち尽くす
彼は、力と戦いだけに生きたモノなり
まぶらほ~剣の魔法使い~
第一話「日常、そして強襲の三人娘!」
朝日が照らすちょっと古い建物。
彩雲寮。
私立葵学園の男子生徒が暮らす建物である。
その一室で、一人の青年が目を覚ました。
カッ!と見開かれた瞳は少し赤く、額には汗が張り付いている。
どうやら目覚めが良くなかったらしい。
「・・・・・あの時の夢か。久しぶりだな、あの夢は・・・。」
彼が見た夢。
自分が生まれ変わった、あの日の出来事。
悪夢と言うべきか、それとも良い夢なのか判断がつきかねるものだ。
「んん・・・かずきくん・・・?」
「あ、すまない千早、起したか?」
「ん~ん、大丈夫。どうしたの?汗凄いよ・・・?」
そう言って枕に敷いてあるタオルで汗を拭う少女。
その姿は布団に包まれただけの、所謂裸体。
・・・この男、どうやら男子寮に女の子を連れ込んだようだ。
少女の名は山瀬千早。
彼、式森和樹の幼馴染にして、恋人。
「ひょっとして、あの夢?」
「・・・ああ、久しぶりに見たよ、あの人との夢。」
あの人。人ではないが、そう比喩する人物。
和樹と千早を助け、瀕死であった和樹を救った、強大な力の化身。
「そっか。もう10年は経つんだよね・・・。」
「ああ。もう10年か・・・。」
10年。
それだけの月日が経った。
これだけの時間が経てば、少年も大人の手前、少女ももう直ぐ女性と呼ばれる年代である。
もっとも、ヤってる事は既に大人だが。
「あ、そろそろご飯作らなきゃ・・・きゃっ、和樹くんっ!?」
「なぁ千早・・・すまん、一回だけ・・・っ」
「や、ちょ、ダメだってば、昨日あんなに・・・ひゃんっ」
オイコラ待てお前ら、朝から何やってがる。
と言うか昨日なんだって?
「やだ、和樹君、朝から元気・・・。」
何が?
「千早が可愛いのがいけないんだ。」
責任転換か貴様。
そして布団に包まる二人。
なにやら艶っぽい千早の声や、水っぽい音とか、肉がぶつかる音が聞こえるが当方一切関知しておりません。
やがて一際大きな千早の嬉声が上がり、動きが止まった。
二人が布団から顔を出した。
「和樹くんの・・・熱いよぉ・・・。」
どうやら遠慮なく中でぶっ放したようだ。
この時点で式森和樹の鬼畜メーターが10UP。
「ああん、シャワー浴びなきゃ・・・もう、和樹くんのバカっ」
とか言いつつ、和樹の頬に口付けてシャワーを浴びに行く千早。
因みにこの部屋にはユニットバスが備え付けられているので、その辺は安心だ(何が?)
「ふぅ・・・・・・千早はやっぱり可愛いな。」
布団から上半身だけ出してそう呟く和樹。
よし、今日から君の事をベッドヤクザ、もしくは鬼畜スケコマシと呼ぶ。
しばらく朝の心地よい空気に酔っていると、学園の制服に着替えた千早がやってくる。
「ごめんね和樹くん、私今日は日直だから先に行くね?ご飯は準備してあるから。」
「ん、判った。」
「本当だったら一緒に行きたいんだけど・・・それじゃ、行ってきます。」
そう言って和樹にキスして部屋を出て行く千早。
「いってらっしゃい。」
それを見送る和樹。
と言うか普通に出て行って大丈夫なのか?男子寮だろここ?
「さて、飯食うかな。」
そう言って布団から抜け出す和樹。
その身体は細く見えるが引き締まって無駄が無く、理想的な肉体と言えた。
もっとも、男の裸体なぞこっちは見たくないが(作者の本音)
手早く制服を着込み、寝癖とキスマークのチェック(ここ重要)。
前に首筋に残されたのを気づかずに学園へ行って怪しまれたので最近は注意している。
そして千早が用意してくれた朝食を食す。
基本は昨日の残りだが、それでも料理スキル10を持つ彼女の料理だ、不味い筈が無い(断言)
「ご馳走さま。」
食器をシンクへと運び、水で浸す。
そして手早く洗っていく。
後で洗ってもいいのだが、それだと夕食の時に手間になるので今の内洗ってしまうのが吉である。
洗い物も終わり、まだ少し時間に余裕があるので、和樹は部屋の中心に座り、座禅を組む。
そして、精神を集中させて、自らの力を解放する。
虚空より現れるのは、四つの剣。
どれも飾り気のない、実用第一と思える西洋剣。
その四つが目を瞑り座禅を組んでる和樹の周りをゆっくりと、円を描くように回る。
なるべく毎日練習を心掛けている彼の能力。
否、彼が継承した能力。
10年前に彼が受け継いだ力、その一つ。
自分の配下の剣を操る能力。魔法が使えない自分にとって、頼らざるを得ない力。
魔法回数7回。それが彼の絶対回数だった。
この世界に生きる人達は、いずれも魔法が使え、その生涯で使える魔法の回数も決まっている。
一般人なら通常二桁。少なくても20回は使える。
だが、彼は生まれつき少なく、使った分を合わせても8回だけ。
当然、魔法回数が優劣を決めている傾向にあるこの世界では、彼は落ちこぼれであった。
だが、彼にはそれを補って余りある力があった。
その一つが剣を操ること。
普段の彼が一番使用することが多い力。他の人間には真似できない能力。
この力のお陰で、随分助けられた。だが、それで胡坐をかくわけにはいかな。
日々精進が彼のモットー。
ただ、それ以上に精進しているのが夜の秘め事なのだから始末に悪い。
で、ただ黙々と剣を操ることをしていた和樹。
普段なら千早が止めて学園へ行くのだが、生憎彼女は先に行った。
つまり・・・
「・・・・ん? げ、もうこんな時間ッ!?」
気が付けば既に時刻は9時を回っていた。
余程集中していたのだろう、時間が経つのを忘れるほどに。
「あちゃ~、今日の夜して貰うこと考えてたら時間忘れちゃったよ・・・。」
訂正、至極下らないことを考えていたようだ。
和樹の鬼畜メーター5UP。
彼の鬼畜レベルは既にLv5のようだ。
「今から行けば二時間目には間に合うな。行くか。」
学園を休むと彼女が怒るからか、遅刻はあるが欠席は無い和樹。
偉いのか偉くないのか微妙である。
その後、いつも喪服の管理人さんを口説・・・もとい、挨拶をしてから登校する和樹。
校舎に入り、廊下を歩く彼の視線の先には、なにやらゴキカブリの如く蠢く何か。
一瞬変質者かと思って能力を使おうとするが、それが見知った(本人曰く、嫌でも覚えてしまう)顔だったので中止。
「何をしている、仲丸。」
「む、おお、我が友にして最高の同士式森ではないか!」
まったく心にもないことを言う体格のいい男。名を仲丸。別名、B組筆頭馬鹿。
未来の犯罪者予備軍とでも呼ぶべきか。
「何時俺が同士になった。何してんだ一体。」
「むふふふ、良くぞ聞いてくれた、見よっ!」
そう言って指差した先には保健室の扉。
指し示された先には、何やら不可視な物が。
「結界だな。」
「そう、そしてこの中には、あの三年の風椿玖理子が居るのだ!あの生徒会から理事まで操る学園の支配者の弱みを握りれば、どうなると思うっ!?」
「逮捕。」
「ちっがーーーーーぅっ!!これは犯罪ではない、正当な交渉なのだっ!!」
いや、犯罪だって。
「弱みを握るのが悪いのではない、弱みを見せた方が悪いのだ!判るか、判るだろっ!?」
「判って堪るか。」
和樹に同意。と言うかそれは犯罪者の勝手な言い分だろ。
既に予備軍からも抜けているようだ。
和樹は本気で110番しようかな~と考えていた。
「何故だ、何故判らない!いいか、この魔法社会において優劣を決めるのはその回数だ!一般人なら二桁、この学園においては平均が4千である魔法回数、貴様はいくつだ!?」
「7回だが。」
正確には使えるのは6回。7回使ったら灰になります。
「そう、7回だぞ7回!そんなお前がこの学園生活をエンジョイするために必要なことに手を貸してやろうという俺様の気持ちが判らないのか!?」
「(とか言って危なくなったら俺に罪擦り付けて逃げるんだろ。)」
まったくもってその通り。既に何回か被害に遭いそうになった和樹。
簡単に口車には乗らない。と言うか乗るのは居るのか?
「悪いが俺は犯罪はノーサンキュー。それに今の生活、充実してるしね。」
「馬鹿者、嘘をつくな!落ちこぼれ人生真っ只中なお前が充実しているだとっ!?」
そりゃ充実してるだろ、朝から彼女と乳くりあってれば。
なお、その事実を仲丸含めて殆どの生徒が知らない。
千早と付き合っていることは周囲には極秘なようだ。
まぁそれもその筈、和樹が在籍しているのは葵学園の監獄とまで呼ばれる異界、二年B組なのだ。
学園一優秀でありながら一癖も二癖もある問題児の檻。
彼らの行動は『他人の不幸は蜜の味、他人の幸せ砒素の味』である。
大変捻くれた連中の集まりである。金の亡者の群集とも言える。
「充実しているよ。とりあえず、生きてたらまた逢おう。」
そう言って仲丸の横を素通りする和樹。
彼を引き止めようと後ろを向いた仲丸の目に、般若の如く怒るお方の姿。
「な~か~ま~るぅ~・・・っ、あんた、魔法による授業エスケープおよび覗き行為は協定違反だって、言ってるでしょうがぁぁぁぁっ!!!」
吼える阿修羅姫こと松田和美嬢。別名、B組最強の策士。
「な、松田!?貴様、いつから権力側に付いたっ!」
「お黙り、作ったのはあんたでしょうがっ!!!」
和美の周囲に展開される攻撃魔法。
その数から、明らかに殺意が窺えちゃったり。
「おまけに和樹をまた巻き込もうとして・・・いっぺん死んできなさいっ!!」
放たれる魔法弾。どうやら和樹に関しての方が怒りが強いらしい。
竦みあがっている仲丸が避けられる筈も無く、彼は黒い塊と化した。
哀れ仲丸。しかし誰も拝んじゃくれない。チ~ン。
なお、音が気になって出てきた風椿嬢が炭素と化した仲丸の姿に驚いたとかそうでないとか。
「くっそ~、なぜ俺が貴重な魔法回数を使って修理なんてしなければいけないんだっ!」
昼休み、普通なら死んでいるレベルから蘇生した仲丸が教室で吼えていた。
周囲にはパンを頬張る浮氣と、手作りらしき弁当を食べる和樹の姿。
「抜け駆けするからだよ、自業自得。」
とは浮氣 光洋の言葉。
彼もまたB組の生徒らしく、裏では悪徳な金貸しなんかをしている。かけている眼鏡が怪しさを引き立てる。
「うるさいっ!くそ~、だいたい壊したのは松田なのに何故だっ!?」
「諸悪の根源だからだろ。」
「黙れ式森!親友を見捨てやがって!」
先に見捨てるのはいつもお前だろ、とその時会話を聞いていた全員が思ったとか。
仲丸 由紀彦、人望もなければ信用もない。
「松田さえ現れなければ、風椿は俺のモノだったのにっ!」
「「ないない。」」
珍しく和樹と浮氣が気の合った突っ込みを入れた。
「なんだお前ら、その淡白な反応は!?俺のように壮大な人生の目標を持たないのかっ!?」
確かに壮大だが、どちらかと言うとテロリストの掲げるモノに近いと思われる。
「へぇ~、あんたの『人生も目標』とやらは覗きによる痴漢行為な訳?最低ね。」
「げっ、松田っ!?」
いつの間にかまた和美が現れる。どうやら彼女の中で仲丸の目標=痴漢と認識されたようだ。
あながち間違ってはいないと思われる。
「俺なら、目標にするなら向こうかな。」
そういった浮氣の視線の先、眼下の校庭には、ちょっと・・・いや、かなり変わった格好の少女。
思わず『コスプレ?』と突っ込みそうだが、間違ってもしてはいけない。
確かに巫女もどきとは言えるが(何)
と言うか、彼女が持っている刀には誰も突っ込まないのか?
「一年の『神城 凛』。中々の美形だと思うけど?」
「お前年下好みか・・・・・・。」
「ふ~ん・・・でもあの子、本家は凄い家系なんでしょう?」
「な、マジかっ!?」
なんてやり取りをしているクラスメイトを横目に食事を済ませた和樹が、弁当を丁寧にしまう。
「でも、この学園可愛い子多いよな。」
「例えば誰よ?和樹。」
何やらニヤニヤして聞いてくる和美嬢。
和樹は内心嫌な汗をかきながら
「和美もそうだけど風椿先輩とかあの子とか、あと沙弓や千早もかな。」
「よく分かってるじゃないっ」
そう言って和樹の背中を叩く和美。微妙に顔が嬉しそうだ。
どうやら一番に言ってもらえたのが良かったらしい。
と言うか、和美嬢は和樹に惚の字なのか!?
「式森には関係ないだろうけどな。」
「おいおい、いくら山瀬や杜崎から幼馴染宣言されたからって、夢くらいは持たせてやれよ。魔法回数7回なんだからさ。」
浮氣の言葉に仲丸がフォローになってないフォローを入れる。と言うかフォローでもなんでもない。
なお、幼馴染宣言とは、和樹と仲の良い和美嬢を含めた山瀬 千早と、杜崎 沙弓の三人が公言した事で、やたらと仲の良い四人のことを怪しんだ連中が彼女達に関係について聞いたところ、和樹とは仲の良い幼馴染だと答えたことである。
これは彼女達からしてみれば「大元の」関係を言っただけで、今の関係ではない。
だが周囲はそれを湾曲させて「幼馴染なだけでそれ以上は無い」と勝手に解釈したのだ。
普段は冴えない上に魔法回数7回という和樹が好かれているというのを考えたくなかったとも言える。
「知らないって罪よね(ボソっ)」
「あはは・・・。」
耳元で囁く和美の言葉に苦笑する和樹。
と言うか、なんで貴方たちそんなに仲良さげなの?和樹の彼女は千早だよね?
「だがこれだけは言っておくぞ式森!松田が可愛いと言うのは貴様の妄そ――『バキィッ!!』――ぐべらっ!?」
瞬時に和美から腰の入った綺麗な一撃でお空を飛ぶ仲丸。一言多い男である。
「うっさいのよ仲丸!」
ゲシゲシと地面に倒れている仲丸を踏みつける和美。微妙に彼女は女王様とか似合いそうだ。
それを横目に鞄を取り、立ち上がる和樹。
「式森、どこ行くんだ?」
「帰る。診断あるし。」
診断―――正確には魔力診断もしくは魔法測定とも良い、対象者の魔法回数とその大きさを調べる行事である。
魔法学校としてはエリート校である葵学園だけでなく、ほぼ全ての学校や会社で行われていることだ。
風椿玖理子が保健室にいたのも、この診断の為だろう。
「いいのか式森、お前今年の四月から計ってないんだろ?何かの弾みで使ってるかもしれないし、受けたらどうだ?」
「いいさ、どうせ魔法なんて使わないし。」
一応クラスメイトらしく忠告する浮氣。
これに対して和美は何も言わない。それは理由を知っているから。
「だがな、もしもと言う事もある。その若さで死にたくないだろ?」
「大丈夫だって、魔法なんて使わないから。」
そう、使う必要なんてないのだから。
そのまま教室から出ようとする和樹を、和美が引き止めた。
「なんだよ?和美も受けろって言うのか?」
「違う違う。私が言うわけないでしょ?そうじゃなくて、今日は何が良い?」
「・・・・魚かな。」
「ん、判った。後でね。」
「おう、それと先生に宜しく。あと、ありがとうな。」
そう言って珍しく微笑み、教室を後にする和樹。
残された和美は、嬉しそうに頬を緩ませた。
「久しぶりに和樹の微笑見ちゃった。ラッキ~♪」
小さくそう呟く和美。
この言葉から判るとおり、式森和樹はあまり笑わない。
苦笑や失笑ならするが、嬉しそうな微笑なんてよほど運が良くなければ見れやしない。
夜ベッドの中では当然先ほどのような純粋な子供のような笑みなんて無理。と言うかベッドじゃ絶対邪笑してる。
と言うか、今日とか魚とか謎の単語が出ていたが、とりあえずは置いておこう。
なお、昼休みが終わるまで仲丸は地に伏していた事を記載する。
「誰か・・・たすけ・・・ガクリッ」
南無。
「おや、蛙・・・もとい、帰るのかね、式森君。」
突然後ろからかけられた声に、ちょっぴり額の辺りを痙攣させながら振り返る和樹。
当然「蛙」の部分でムカついたのだ。誰が両生類かと。
意外に短気である。
「・・・誰かと思えば変態白衣保険医の紅尉先生じゃないですか、今日も劇薬でラリってるんですか?」
素晴らしく毒の篭った言葉だ。
しかも視線は常に「死ね」と訴えている。
「はっはっはっは、中々酷い事を言うじゃないか、照れるね。」
「照れるな、どういう思考回路だ貴様。」
和樹の額に浮かぶ青筋の数が増えた。
かなり目の前の白衣男が嫌いらしい。
「そう言うなマイ・サン。天邪鬼もほどほどにしないとお兄ちゃん怒っちゃうぞ?」
「誰が息子だ!純度100%の嫌悪だボケ!お兄ちゃんとか言うな気色悪い!!」
返される言葉に怒りを込めて送り返すが、まったく効果無しのようだ。
流石に変態はしぶとい。
「ところでどうだい、今日保健室に新しいベッドが入ったんだ、二人で夜明けのアセトンと洒落込まないかい?」
「一人で揮発性発癌溶液でも飲んでろこのゲイ野郎!!」
いい加減、我慢が限界に達したのか、手の中に凡そ剣とは言いがたい、鉈と棍棒を掛け合わせたような剣を呼び出し、プロ野球選手の〇村ばりにフルスイング。
ブンッ――――ゴシャッ!!
素敵な音を響かせて、変態白衣、撲殺(切れてないので)。
「ふぅ、変態は滅びろ。」
「あらあら、今日も元気ですね、和樹君♪」
「うげ、その声は紫乃先生っ!?ど、どこにっ!?」
突然聞こえる女性の声に、先ほど変態を殴打した剣(むしろ棍棒?)を構える和樹。
声はすれども姿も気配も無い。
じっとりと汗が滲み、それが頬を伝う。
そしてそれが流れ落ちようとしたところで
「ここですよ~・・・ぺろっ♪」
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」
日本のホラー映画よろしく背後に現れ、伝っていた汗ごと頬を舐めるかなり美人な女性。
その舌の感触とお化け屋敷のドッキリ効果が合わさってなんとも情けない悲鳴を上げる和樹。
「あん、そんな風に驚かれると、先生困っちゃいます。」
「そっちが困らせてるんでしょうがっ!」
慌てて距離を置いて怒鳴る。
視線の先には、含み笑いを扇子で隠している美人な女性。
顔、スタイル共に上玉と言える。
が、この人、名を紅尉 紫乃といい、先ほど頭部ホームランをかましてやった男の妹である。
すなわち、気が抜けないのだ。色々な意味で。
「酷いですね、私は和樹君が喜ぶと思ってしているのに、しくしく。」
ワザとらしく泣き真似をする紫乃。
「あんなドッキリみたいなので、誰が喜ぶかっ!」
まったくである。
以前も、部屋に尋ねてきた時、玄関の下の隙間から髪の毛を通して着〇ありのマネしたりしたのだ。
本気で心臓に悪い。
「はっはっは、彼は照れているんだよ紫乃。」
復活しやがった、この変態。
頭部が三回転するくらい強打しても駄目らしい。
かと言ってこれ以上コレクションの剣を変態の血で汚したくない和樹としては、早々に違う撃滅方法を探さねばならないだろう。
黒いインセクト(通称G)と変態はしぶといから。
「照れてねぇよ、兄妹揃って何の用だっ!?」
「用もなにも、君が診断を受けてくれないからこうして誘いに着たんじゃないか、夜明けのキセレンに。」
「診断と言いつつ最後違うじゃねぇか!」
因みにアセトンもキセレンも危険物である。
決して飲むモノではない。
「もう、兄さん、あんまり未来の義弟を虐めちゃ駄目ですよ?」
「ちょっと待て、誰が義弟だ誰がっ!?」
紫乃の発言に待ったをかける和樹。
いつの間にか彼女の将来設計に組み込まれている。
因みに『義弟』と書いて『おとうと』と読むべし。『ぎてい』ではない。
「だって、初めての私を散々蹂躙したじゃないですか、しかも何度も中に・・・ぽっ」
「あれはそっちが襲ってきたんだろうがっ!しかも変な薬品まで使ってっ!」
どうやら和樹君、紫乃先生ともデキてるらしい。
腐れ女誑しめ、いったいこのストーリーで何人の女をジゴロで寝んねにさせる気だ?
「・・・なんか、認識外の存在に馬鹿にされたような・・・。」
「おや、それはいけない、今すぐ検査だ。紫乃、急いで分娩台の準備を――「なんの検査する気だ腐れキ〇ガ〇ッ!!」――ゴシャァァァッ!!!――――。」
「あら、綺麗な血飛沫。」
またもフルスイングされる棍棒(あれ、剣だっけ?)。
今度は身体ごと錐揉み回転して飛ぶ変態。
それを見て物騒な言葉を楽しそうにのたまう妹。
どうやら妹から見ても、兄は不死身らしい。
どうせ3分くらいで復活するのだろう、お湯をかけるとさらに良いかもしれない。
「さて、それじゃ私たちはまだ診断がありますからこれで。和樹君、偶にはお姉さんも褥(しとね)に加えてくれないと泣いちゃいますよ?」
そう言って兄(現在血だらけの肉塊)の足を引きずって校舎へと戻る紫乃。
和樹は「なんで知ってんだよ・・・。」と驚愕していた。
彼らが去った後、獲物として使用した凶器を丹念に洗い、『入れ物』へと戻す。
それから、一日分の精気を失った顔で、寮への帰路へとついた。
どうでもいいが、校庭の片隅に残る鮮血の跡、誰も掃除しないが良いのだろうか?
「あぁ疲れた・・・今日はもう眠りたい・・・。」
ズルズルと足を引き摺るように寮の廊下を歩く。
あの保険医兄妹の相手で、かなり精神を磨耗したらしい。
顔もなんだか青ざめている。
「せめて、和美の初な反応でも楽しもう・・・。」
なんかのたまってる鬼畜君。
完全に世の男の敵である。
「・・・・・はて、和美は当然学校、しかも買い物してくるから遅くなるのは必至。千早は昨日が順番だし、沙弓は明日。なら今部屋に居るのは誰だ?」
式森和樹と書かれたプレートの扉の前で、ドアノブを掴む前に停止し、来訪者スケジュールを確認する。
って言うか、まだ未登場の杜崎 沙弓嬢まで囲ってるのかこの鬼畜め。
お前なんかキシャーにキシャーされてキシャシャーになっちまえ。
「・・・何か酷く怖いこと言われてる気がするが・・・とりあえず・・・動くなッ!」
「きゃぁっ!?」
ドアをバンッと蹴破り、手の中に出した剣の切っ先を突きつける。
その不法侵入相手は、上半身は薄いピンク色の乳垂れ防止を着衣。装飾は最低限な辺りが心得ている(何が?)
そして下は、今履かんとしている青いスカート、その上にはピンク色のデルタが輝いている。
因みに表情は突然の事に驚き、眼をパチパチさせている。
うんオッケー、状況は把握できたね。
つまり
着替えの最中に踏み込んじゃったよ。
しかもジャスト『だっちゅーのっ』ポーズ。
「誰だ、俺の部屋で何してるッ!」
反論を許さない声で怒鳴る和樹。
残念、少女の胸ではせっかくの胸部アップポーズも意味が無いようだ。
胸のサイズ、あと二つ上げてから再戦しなさい。
「あ、あの・・・で、できれば服を着させてほしいんですけど・・・(真っ赤)」
「む・・・?ふむ、良いだろう、1分で着替えろ。」
腕時計を見つつ、一度ドアを閉める。
部屋の中でキャーキャー言いながら服を着ているのが伺えた。
因みにこの部屋、スイッチ一つで完全防音になる機能があるのだが、生憎現在使われていないようだ。
中から未だに「和樹さんに見られた」だの「いや~ん、もっと良いの着ておけば」とか聞こえるが和樹はまったく気にしていない。
そしてキッチリ一分経過し、再びドアを開ける。
今度はちゃんと手で開けた。
「おかえりなさいませ。」
先ほどの少女が、今度は三つ指ついてお出迎えしてきた。
これには和樹も口をあんぐりと開けて呆然とするしかない。
「ご飯にしますか?お風呂にしますか?それとも・・・その・・・きゃっ(赤)」
何か勝手に妄想している。
見た目は可愛いのだが、和樹は生理的な何か、こう、遺伝子レベルでの警告を感じていた。
「あ~・・・聞きたい事が多すぎる・・・。とりあえず、誰だアンタ?」
「あ、申し送れました、私宮間夕菜と申します。和樹さんの妻になる為にやってきました♪」
またも「きゃっ」とか言いながら顔を赤くして頭を振る少女。
身体もなんだかクネクネしている。
一時的に和樹のブレインがストライキを起しかけるが、待遇改善を約束して再起動した。
改善されるかは知らないが。
「・・・・俺の・・・何だと?」
「ですから、妻ですよ、妻。私たち夫婦になるんです。」
「・・・俺、まだ、未成年。規定年齢、達してない。」
経験とかは大人だけどな。十二分に。
「確かにそうですけど、でも、気持ちだけでも夫婦の方が良いじゃないですかっ」
何が良いのだろうか?と悩みながら、どんどん強くなる警告に警戒心が強まる。
彼の本能が告げている。
この女は駄目だ、危険だ・・・と。
ここまで本能が警報を鳴らすのは、過去数度、それも、あの変態キ〇ガ〇保険医と初めて会った時以来だ。
見た目可愛らしいが、中身はあの変態と同レベルの危険度だと言うのか!?と和樹は驚愕した。
「無茶苦茶だな、だが俺は初対面の相手を妻にするほど博愛じゃないぞ。」
「そんな、覚えてないんですか!?初対面なんかじゃないですっ!」
と、目の前の少女は言うが、和樹の記憶には該当する人物が居ない。
よほど印象が薄いか、もしくはあの『出来事』の前に会った人物と言う事になる。
と、和樹がとりあえず思い出しながら剣を入れ物へと戻すと、今度は扉がノックされた。
「ん、誰だ?」
和樹の知り合い、と言うか深い関係の方々はノックしたら直ぐに入ってくる。
もっとも、紫乃だけは律儀にノックして待つが、大抵はドッキリの為だ。
その紫乃も、時間的にまだ学校に居るはず。
保険医とは言え、公務員なのだから。
もしかしたら管理人さん?と思い、素直にドアを開けてしまう。
別に和樹が感知できるレベルでの殺気等は出ていないのだが、その扉を夕菜が閉めようとするが、少し和樹の方が早かった。
がちゃ―――――ぽふっ
「あんっ、意外にせっかちなのね。」
ドアを開けて顔を出した彼を迎えたのは、たわわに実ったけしからん乳房だった。
むっ、これは沙弓を越えているっ!?と頭の中で考えている鬼畜の頭を、その乳房の持ち主はさらにぎゅっと抱き締めた。
「そっちが乗り気なら話は早いわね。さ、しましょ。」
と言ってそのまま玄関先で押し倒してくる。
意外な展開の連続に、和樹の反応も遅れがちだ。
「ちょ、アンタ何する・・・って、確か風椿先輩・・・っ?」
「あら、あたしのこと知ってるの?尚更手間が省けるわ。」
と、和樹の制服のボタンを外しながら楽しそうに答える。
「おいおい、押しかけ妻の次は出張ヘルスかっ!?どうなってんだ、つーか脱がすな!人呼ぶぞっ!」
「そんな女の子みたいに騒がないの。」
「男だって強姦されれば悲鳴だって上げるってのっ!!」
経験があるだけに、説得力があった。
『誰が』相手で『どんな事』をされたかは内緒だ。
「玖理子さん、何しているんです、私の和樹さんから離れてくださいっ!」
放っておかれた少女が叫びながら精霊召喚魔法で和樹諸共攻撃してくる。
「きゃっ、危ないわね夕菜ちゃんっ!」「俺にまで当てるつもりかっ!?」
何とか二人して回避行動をとったので直撃は避けた。
が、その後ろにあった壁に命中。
見事に穴が開いた。幸い隣には貫通はしなかったようだ。
「邪魔しないでよ、運が良ければ一回で済むんだから。」
「それでもダメですっ、和樹さんは私のなんですっ!!」
手の辺りを光らせながら、玖理子に威嚇する夕菜。
早くも嫉妬エンジンに火が点いたようだ。
「誰が誰のだよ、たくっ。どうするんだよこの壁・・・っと!」
夕菜が開けた穴を見ていた和樹だったが、すぐさまそこを後ろに飛び退き、三人目の襲撃者に身構える。
先ほど和樹が居た場所に刀を突きつけている巫女服(袴か?)姿の少女。
今日昼時にクラスメイトが話していた一年の少女だった。
「貴様が私の良人になる式森和樹か?」
いきなり刀突きつけて言う事かそれ?と思いつつ、またも増えた珍客に頭を痛める和樹。
「確かに俺は式森だが、君は確か・・・神城・・・凛だっけ?」
「馴れ馴れしく名前を呼ぶな!」
うわ偉そうっ・・・と普段の自分の態度(特定の人間に対して)を棚に上げて思ってしまう少女の態度。
どうも彼女もあまり話が通じる相手でもなさそうだ。
一人目はボルテージ上がっちゃって話聞きそうにないし、二人目なんか詳しい説明すらなしで事に及ぼうとするし。
目の前の銃刀法違反少女なんか話通じそうにないしで、頭痛がしてくる和樹だった。
あとで和美に薬貰おう・・・と思いながら、とりあえず意志の疎通を試みる。
「それで、何の用かな。」
「貴様が我が良人に相応しいか調べさせてもらった。」
「(勝手に決めるな。)はぁ・・・。」
「調べてみればなんだ?勉強は赤点ギリギリ、スポーツは平凡、授業態度も居眠りや遅刻の常習。おまけに覗き・痴漢等の犯罪行為にまで手を染めているとは、男として見下げ果てた奴!そのような奴の妻にならぬとは、この上ない屈辱だ!!」
「いや、最後の俺じゃないんだが・・・。」
主に仲丸とか仲丸とか仲丸とかだ。
そして和樹に罪を擦り付けたのも仲丸だろう。
今度和美に消し屑にしてもらおう。
いや、それよりも来花に頼んで社会人生がズタズタになるようにしてもらうか?
矢夜と協力して呪うのもいいな。ケイも一緒になら効果倍増だしな。
なんて仲丸に対しての報復を考えていた和樹の首元に、刀の切っ先が向かってきた。
それをほぼ条件反射で避ける。
「危なッ!何するんだいきなりッ!?」
「黙れ!貴様さえ消えれば私は自由になれるのだ、本家の命令も消える、よって潔く死ねっ!!」
「ふざけんなッ!!阿呆かお前はっ!?」
振り下ろされる刀を紙一重で避けながら、叫ぶ。
何故そんな理不尽な理由で死なねばならないのか?
そもそも、普通に殺人である。
そりゃ本家とやらからは自由になるだろうね、その代わりに高い塀に囲まれた生活か常に観察される事になるかだろうが。
どっちにしても、自由とは呼べないだろう。
「ええい、ちょこまかとっ!大人しく切られろっ」
「そんな理由で死ねるかっ!」
因みに、和樹がその気になれば、凛の実力ならば簡単にいなせるし、他にも色々対処する方法はある。
が、あまり人に向けて使う力ではないし、隠していた事が明るみになる可能性もある。
「何しているんですかっ!私の和樹さんにっ!!」
だから誰がお前のだっ!と律儀に突っ込む和樹の前に、玖理子と小競り合いをしていた夕菜が出てきた。
「む、女でも、邪魔するなら容赦はしませんよっ」
「こっちだって!宮間家の精霊魔法、特とご覧あれっ!」
夕菜の言葉に応じて召喚される精霊。
「くっ、西洋被れの宮間の女かっ!ならばこちらもっ」
構えた凛の刀に魔力が集中していく。
「剣鎧護法!?刀に取り付かせてるのっ?」
玖理子さんがそれを見て驚いた顔になる。
なるほど、あれがそうなのか。と命(と貞操?)の危機でありながら眺めている和樹。
「神城家八百年の歴史が生み出した技、その身に刻むがいいっ!」
鬼を使役して刀に宿らせる技。
でも、妖刀とかに比べると力は劣るな。
あの刀もただの業物っぽいし。
なんて二人のバトルを眺めていると、突然後ろに引っ張られた。
そして馬乗りになるのは、放っておかれた玖理子さん。
「うふふ、あの二人が潰し合いしている間に。これぞ漁夫の利ね。」
「だから、なんで脱がそうとするんだっ!」
「あら、着たままがいいの?結構マニアなのね。」
「ちっがーうっ!!」
などと言いつつ、すぐさまその状態から抜け出す。
肌蹴た服を抑えながら逃げているあたり、割と必死のようだ。
どうやら、来る者は選ぶようだ。
「あん、逃げないの。ちょっとだけで良いんだから。」
「ええい、処女の癖にっ、痴女かアンタはっ!?」
「えっ!?」
和樹が処女と言ったとたん、微かに顔を赤くして止まる玖理子。
どうやら図星ようだ。
「ああーっ!?何してるんですか玖理子さんっ!!」
「おのれ、衆人の前で不埒な行い・・・やはりこの場で切るっ!!」
こちらの様子に気づいた二人の攻撃の矛先が和樹の方に向く。
「おっと、危ない。」
すると和樹に迫っていた玖理子が胸元から何枚もの霊符を取り出し、扇子のように広げるばら撒くと、それが二人の攻撃を相殺する。
「な、霊符!?」
「剪紙成兵っ」
夕菜の驚きの声を聞かず、玖理子が広げた符が人型に大きくなる。
「くっ、こんなものっ!」
その紙兵士を凛が切り捨て、夕菜も召喚した火の精霊で燃やす。
それに対抗する玖理子。
さて、普通の人ならもう気づいていると思われますが、今彼女達が戦っているのは寮の、狭い個室。
しかも火やら水やらなんやら使っているので、部屋中滅茶苦茶。
まるで台風が直撃した様になっている。
これに気づいた和樹。
その額に、青い筋が浮かんでいく。
「な、何事よこれっ!?」
そこに新たに乱入する声。
その声がした方を見れば、入り口に買い物袋を持った和美が立っていた。
その表情は唖然としている。
「和美!ナイスなのかバットなのか・・・っ」
タイミングの良し悪しを悩んでいる和樹の隙を見つけ、一瞬で距離を詰める凛。
「隙ありっ」
完全に和樹の死角。
絶対的な確信と共に放った斬撃は
―――――ガキンッ!!
「なっ!?」
「危ないわね、和樹殺す気ッ?」
入り口から一瞬にして躍り出た、長身に黒いロングヘアーの少女の籠手によって止められていた。
「貴様、杜崎!?何故ここに・・・いや、何故邪魔をする、貴様には関係ないだろうっ!!」
間合いを取り直して刀を構える凛。
対する長身の少女、杜崎 沙弓は、その長い髪を手で後ろに払いながら、凛を睨みつけた。
「関係?あるわよ。『私の』和樹に手を出してるんだから。」
「沙弓、あんま大っぴらに・・・。」
堂々とその身長と比例した胸(玖理子と良い勝負)を張って答える釣り目が美しい彼女。
態々『私の』を強調している辺り、意外に自己主張が強い。
「なっ!?貴様正気か、そんな軟弱な男と・・・っ」
「軟弱?はっ、馬鹿も休み休み言いなさい神城凛。アンタなんか、和樹が本気になれば一瞬で細切れよ?」
「何を戯言を。そんな腑抜けが私に勝てる訳がない!」
沙弓の言葉が癪に障ったのか、さらに刀に魔力を込める凛。
「あら、事実よ。さっきだって私が止めなきゃ和樹アンタを殺してたわよ?見てみなさい、身体。」
沙弓に指され、気を逸らさずに自分の身体を見る・・・と。
「なっ、これは・・・っ!?」
視線の先には、明らかに刃物で切れた自分の袴。
それも、人体の急所と思われる部分が切れていた。
あの一瞬で、彼女が確認できるだけで6箇所も切れているのだ。
実は、背中にも切れた後があり、夕菜はともかく玖理子は見た。
凛の視線の死角にあった和樹の手に、小剣が握られていたのを。
しかし、一瞬のうちに消えてしまっていたので目の錯覚かと彼女は思っていた。
が、確信した。
あのまま凛が沙弓に止められなければ、彼女の刀を弾いて全身に、何らかの方法で絶命する攻撃を反撃として繰り出したのだろう。
しかも、その反撃はほぼ無意識・・・脊椎反射のレベルで行われていたのだから恐ろしい。
「そういう事。命が惜しければ早くお家に帰りなさい、神城。」
「ぐっ、誰が・・・っ!」
今にも切りかかりそうな勢いの凛と、和樹に寄りかかり余裕の沙弓。
と、そこへ割り込む嫉妬エンジン回転しまくりのこの人。
「和樹さんにベタベタしないでくださいっ!!」
遠慮も何もなく、バスケットボール3個分はある火球を沙弓と和樹に放つ夕菜。
その魔法を沙弓が弾くよりも速く、細長い赤い何かが遮り、少しの爆音を立てて相殺した。
「あんた達、空き巣?強盗っ?それとも刺客!?何にせよ、不法侵入の分際で和樹の部屋滅茶苦茶にして、グダグダ言ってんじゃないわよっ!!」
ビュンッ!――と赤い、炎で出来た鞭を操るのは、先程まで呆然としていた和美だった。
呆然から冷静になって、今度は怒り心頭のようだ。
その剣幕に全員頭が冷えたのか、動きが止まる。
「まったく、せっかく今日は私が腕を振るえる日なのに、台所も無茶苦茶だし・・・。沙弓、警察。こいつら突き出そう。」
「そうね、その方が楽ね。」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
とあっさりと進められる会話に流石に拙いと思ったのか、玖理子が待ったをかけた。
凛も沙弓と和樹を睨んでいるが一先ず刀を納めた。
夕菜はまだ、和樹に言寄る(現状では夕菜達が言寄っている)女達を嫉妬が篭った目で睨んでいるが。
「何かしら、葵学園三年、風椿玖理子先輩?」
「知ってるなら話が早そうね。」
「ええ、学園の人気者たる貴女が、まさか男子寮を襲撃して生徒を殺そうとするなんて・・・。明日の朝刊の一面はこれかしら?」
中々毒の篭った和美の言葉。
よほどこの現状に腹が立っているらしい。
「ち、違うのよ。あたしは別にそんなつもりじゃ・・・っ」
流石に明日朝刊の一面を飾るのは嫌なので、かなり焦っている玖理子。
相手が普通の相手ならここまで焦らない。
だが相手は、かの葵学園の病巣、二年B組における女子のリーダー的存在にして、最強の策士。
下手に相手をすれば、どんな事になるか。
風椿グループの力で揉み消しも可能だが、それでも出回った噂や情報は中々消しきれないのだ。
それに姉達に何を言われるか分かったもんじゃない。
「じゃぁどんなつもりかしら?部屋が台風直撃した後の倒壊した家みたくなる程の事情なんでしょ?」
上級生に対しても、怖気もなく、むしろ怖気させる勢いの和美。
和樹は内心焦っていた。
普段の、マッチみたく直ぐに着火・燃焼する怒りなら良い、直ぐに治まるのだから。
しかし、今回のように、煮え滾ったマグマのごとく怒る場合は拙い。
いつ噴火するか判らないし、長々と怒りが続くのだ。
しかも運が悪い事に、こういった時の制止力である千早は、現在不在。
沙弓は、携帯片手に、いつでも警察へ連絡が出来る状態のようだ。
二人の「警察は?」「一時保留」と言う会話が雰囲気を的確に表している。
はっきり言って、怖いのだ。
「とりあえず、話を聞く前に現状確認ね。和樹の命を明確に狙ったのは?」
和美の質問に、和樹・夕菜・玖理子・沙弓の指が一斉に凛に向けられる。
「なっ、わ、私だけではないぞっ!宮間の女や、玖理子さんだって!」
「私は和樹さんを守ろうとしたんですっ!」
その割には和樹諸共ってレベルだったけどね。と心の中で突っ込む玖理子。
「私は攻撃目標にしてないわよ?そりゃ、押し倒したりはしたけど。」
こちはら事実。ただ、その押し倒したの部分がこの場合は拙かった。
「へぇ、なら神城・・・凛だっけ?貴女だけは絶対に警察に連絡するわ。」
「なっ、そんなっ・・・!」
和美の言葉に反論しようとするが、事が事実な上に、小学生でも判るレベルだ。
人殺しは人殺し。未遂でもなんでも、証拠・証言があればいくらでも訴えられるのだから。
そして、それはB組生徒の独壇場と言える。
何せ日々人を陥れ、裁判でもなんでも勝ちを狙っている連中の巣窟で過ごしているのだ。
証拠や動機が少なくても、『知力・策略・裏工作』の3つで勝とうとするだろう。
まぁ、ハッキリ言って全然褒められたモノでもないのだが。
「それで、風椿先輩は何で和樹を襲撃したんですか?」
「え~と、話すと長くなるんだけど・・・。」
と言って視線を下に向ける。
様は、座って話そうと言っているのだ。
「そうね、じっくり聞きましょうか。」
和美の言葉で、全員がそれぞれ座る。
と言っても、足場はズタボロで水浸しだったり焦げてたりするので、各自魔法を使って直して座った。
和樹だけは隅に置いてあって無傷だった座布団を持ってきて座った。
「え~っと、まずは事の始まりから話した方が良さそうね。あんた、自分のご先祖様のこと知ってる?」
そう言って向けられた言葉は、和樹へのモノだった。
「先祖?いや、ちょっと上にポーランドあたりの人が居るのを知っているくらいだが?」
「そう、そのポーランドの人を含めて凄いのよ、式森の一族ってのは。」
その言葉に「は?」となる和樹達三人。
「式森君の家系には『賀茂保憲』や『安部康親』とかの子孫が沢山混じっているの。日本の有名魔術師も50は下らないのよ?さらにさっきのポーランド人の人、彼女は魔術師『トファルトフスキ』の子孫なんですって。他にもスイスの『パラケルスス』やイタリアの『ミランドーラ』とか『呉の董奉』とか外国からもかなりの数の有名な血が入ってきてるのよ。」
「「「へぇ~~~」」」
三人揃って、そんな感想を述べる。
確かに、それなら和樹の馬鹿でかい魔力の大きさは納得がいく。
もっとも、たった7回しか使えないが。
「なんか反応薄いわね・・・ま、兎に角、その情報が学園のサーバーからハッキングされてアンダーグランドにばら撒かれたって訳。それで、あたしを含めてその遺伝子欲しさに集まったのよ。」
「ふ~ん、でも和樹の魔法回数は7回よ?」
「だから・・・よ。彼には世界中の有名な魔術師の血がギュッと詰まってんのよ。言っちゃあなんだけど式森の家系って、大した魔術師がいないでしょ?その分、全部彼に濃縮されてるって訳。彼が魔法回数七回なのに名門である葵学園に入学できたのは、その潜在能力のおかげっなの。出なきゃ彼みたいな取柄のない男が、学園に入学できるわけないじゃない。」
と説明してくれる玖理子。
その説明途中で、和美と沙弓の額に怒りマークが浮かんだのに彼女は気づいてない。
「生まれてくる子供は何もしなくても大魔術師間違いなし。色々な所が眼をつけてるわよ?」
「そうなると、私の家でも知ってるかもね・・・。」
そう呟いたのは、退魔士として歴史と力を持つ杜崎家の娘だ。
恐らく、実家の方でも何だかんだしているだろうが、とりあえず杜崎家は心配ない。
何せ、娘である沙弓が和樹の傍に居るのだし、和樹自身、杜崎の家とは交流が深い。
松田家と山瀬家も同じである。
「で、私たちの目的は遺伝子なの。あたしん家って魔法業界じゃ成り上がりだからさ、睨みを利かせる何かが必要なのよ。だから、まー、あんたの遺伝子をちょ~と、ね。」
「いや、ね。ってアンタ・・・。」
気楽に言う玖理子に素で引く和樹。
あまりにも出産とかその辺を軽く見ている。
「凛のとこは、旧家で伝統とかもあるけど、ここんとこずっとヤバイみたいなのよね~。だから家族会議で新しい強力な血でも入れようってことになったんじゃないの?」
「確かに、私の婿にして連れて来いと言われた。しかし私はこんな軟弱者を婿にするつもりなど無い!」
かなり勝手な言い分に、本人の和樹はもとより、和美や因縁深い沙弓も怒りを抱く。
いくら望まない事だからと言って、相手には何の罪も義務も無いのだ、それを好き勝手に言われていい気分に人間など居ないだろう。
実に迷惑極まりない。
しかも彼女の場合、既に実行に移している。相手を殺すという行動に。
本気云々は別だ、既に刃を向け、何度も仕掛けているのだから。
反撃されて死んでも文句は言えない。
実は沙弓の頭の中では、どうすれば正当防衛で彼女を葬るもしくは叩きのめせるか考えていた。
B組の良心、比較的良識人と言われているが、その根本は確実にB組の染まりつつある。
「夕菜ちゃんの家は最近落ち目ぽいし、もう一度大きくなるために・・・って所かしら?」
「それは・・っ・・・確かにそうですけど・・・。」
歯切れの悪い夕菜。何かを気にしているのか、和樹と和美、そして沙弓を順番に見ている。
「なるほど、よく判りました。」
「そう、判ってもらえた?」
安心した顔になる玖理子。
だが、B組の策士が、そう簡単に事を済ませる筈が無いのだ、特に、和樹に関しては。
「ええ、今すぐ警察行ってじっくり取り調べ受けてきて下さい。沙弓、連絡。ついでにマスコミもね。」
「了解(ヤー)。」
素敵な笑顔で判決を言い渡す和美。最初から許すつもりなどありはしなかったのだ。
何故か軍隊式に答える沙弓。その手の携帯は既に番号をプッシュしている。
「ちょっ、ちょちょちょちょちょっと待ってよっ!?」
「嫌ですよ、待つもんですか。精々家名に傷がつかない様に尽力してくださいね。まぁ、名家の貴方達なら余裕ですかね?」
玖理子の慌てた制止も聞く耳持たずな和美。
確かに彼女達の家の力なら外部に情報を洩らす前に処理できるだろうが、それだと玖理子や夕菜は兎も角、凛がブッチギリでピンチである。
なにせ彼女は本家の毛嫌いしている人間から婿にして来いと言われてきたのだ。
それが傷害未遂事件(既に実行)を起したのだ、神城家の面目丸つぶれもいいところだ。
それを想像してしまったのか、凛の顔が青ざめている。
まぁ自業自得と言うか、短絡的思考と言うか・・・。
「はいはい、そこまで。和美も沙弓も落ち着け、な?」
沙弓の携帯をそっと奪い、電源ボタンを押す和樹。
そんな彼に不満顔の二人。
「ちょっと和樹、こいつらに情けかけるの?」
「今回ばかりは、私は和美側よ?」
「そうじゃねぇって。無闇に事大きくしても面倒なだけだし、ここは一つ簡単な方法で行こうぜ。」
「「簡単な?」」
和樹の何処か悪者で、どこか悪戯小僧のような笑みに、二人して首を傾ける。
「さて、風椿に宮間、並びに神城。あんた達のお陰で色々と迷惑を被った。慰謝料とか要求しても問題ないよなぁ?」
「そ、そうね、確かに部屋滅茶苦茶にしちゃったし・・・。」
「なら、この部屋及び家具とその他の修理諸々、それぞれで出して貰えるよな?」
ヒラヒラと携帯を揺らしながら三人を見てニヤリと笑う和樹。
悪戯が大好きな子供のような笑みだ。
ただし、笑顔からは程遠い笑みではあったが。
なんて言うか・・・邪笑?
「・・・判ったわ、今回の事は全面的にあたし達が悪いんだし・・・。下手な情報流されて困るのはあたし達だしね。」
「ちょ、玖理子さん!?どうしてこんな奴の言う事をっ?」
「凛、落ち着きなさい。今現状で一番危ない立場なのはあんたよ?和樹の通報一本でその手に手錠が掛かるかもしれないのよ?」
「そ、それは・・・っ」
まぁ彼女はまだ未成年なので、下らない青年法だのなんだので守られるだろうけど。
それでも、人の口に戸は立てられず。学園を中心に情報は瞬く間に広がり、下手をすれば彼女は学園に居られなくなるだろう。
それどころか、本家からどんな処罰が下されるか・・・。
と言っても、彼女は本家を嫌っているので逆に仕返しとしてはなってはいるのか?
「だ、だが!この様な卑劣で汚い男、殺したところで何の問題があるというのですかっ!?」
「人道的問題。」
「普通に犯罪。って言うかアンタが和樹を馬鹿にするなキチ〇イ刀エセ巫女。」
とうとう頭に血が上ってしまった凛ちゃん。
ちょっとアレな事を口走り始めました。
それに冷たく返す沙弓と和美。
二人の認識では凛は完全に敵になっているようだ。沙弓は前からだが。
「なんだとっ!?だいたい、貴様らは式森の何なんだっ!関係無い人間が口出しするなっ!」
「そうです、お二人は和樹さんとどういう関係なんですかっ!?」
怒りの矛先を和美達に向けた凛の言葉に続く夕菜。
今まで展開に付いて行けず、ずっと話しに割り込めるチャンスを窺がっていたようだ。
キシャー様は未だ眠っている様子に作者も安心(何)
「関係ね・・・そうね、互いの身体の隅々まで知り尽くしてる関係かしら?」
「「なっ!?」」
「和美、それじゃ神城には判らないわよ。私達は、和樹の『妾』よ。」
「「「ええ~~~~~~っ!?!?!?」」」
沙弓の『妾』発言に驚く三人娘。
その様子にため息をついて額を押さえる影が薄くなり始めた和樹。
「・・・千早、助けてくれ・・・・。」
泥沼なこの状況下で、和樹は一番の幼馴染にして深い関係の少女に助けを求めた。
因みにその頃の千早は、神代と一緒にお買い物中だったりした。
続くのか?
あとがき
どうも初めまして、ヘタレ駄文書きのラフェロウと申します。
前々から色々な方のまぶらほ二次作を呼んでいて、終に我慢できなくなって長編に挑戦し、今回こちらに初投稿とさせて頂きました。
いくらかお眼汚しな点が多いかもしれませんが、遠い眼・・・もとい、長い眼で見てやってください(汗)
なお、今回の話でちょ~っと凛ちゃんがヤヴァイ系の思考してますが私は凛ちゃん好きですよ?(何)
あと和美が原作とかなり性格違うように思えますが、まぁ愛故に・・・と言う事で。
千早・沙弓・和美の三人で「式森和樹幼馴染恋人同盟」を組んでいます。
それに対抗するのは妖しいお姉さんとか喪服の美人とか堕落ゲーマーとか血塗れとか・・・。
既に何人にも手を出しているハーレム系なので、苦手な方はご勘弁のほどを・・・(汗)
三人娘が和樹に堕とされるかは展開次第ですねぇ・・・(遠い眼)
なお、ぶっちゃけ和樹強めです。
どれくらいかはまだ秘密ですが。
和樹の言う「カレ」や、和樹の能力等については次回にでも・・・。
こんな作品ですが、感想でも批判でも大歓迎ですのでよろしくお願いします。
・・・紅尉が変なのは気にしちゃいけません。
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