職業・殺し屋 闇を継ぐ者報復の三 裏話
パソコンのモニター上にインターネットエクスプローラを立ち上げ、何処とも知れないサーバーに繋げられ写される画面。
“逆オークション”と銘打たれ二つの選択肢“貴方は100万円で人が殺せますかYES or NO”とある、モニターを眺める影はマウスを操作し、イエスに合わせてクリック。
その操作はこの数分間、幾度も行われている、幾度も値段が変更され、徐々に下の安い数字になることも構わずに影はクリックを続ける、最初は一千万、次は七百万、五百五十万、四百二十万、二百三十五万、百三十九万、百十三万、そして今の百万。
通常のオークション、値段を吊り上げていくのではなく、値段を吊り下げていくオークション、徐々に急激に値段は下がり、百万のクリックの後継ぎの金額は提示されない。
時間が過ぎる、モニターを眺める影は見つめたままで身動ぎもせずに眺める。
時間が過ぎ、モニターに変化、“オメデトウ、交渉成立。今回の殺人依頼は奇術師(juggler)さんが百万円で落札されました。資料は自動的にダウンロードされます。それではまたのご来店をお待ちしております”その文字が出るや、影、奇術師は立ち上がり。
「さて。お仕事、お仕事。卑しいお仕事」
別のところでアウトルックエクスプレスが立ち上げられ、一通のメールが開かれている。
メールに記載されているのは“貴方様の殺人依頼をお引き受けいたします。職業・殺し屋”
ただそれだけの簡易な文、メールを受け取った人物は、さてどんな反応をしたのだろう。
さて、百万という数字、百万という金銭が持つ重み、これは果たして人を殺して、人を殺すという行為に対して、等価に成り立つ金額だろうか、リスクとリターンを照り合わせて成立する値だろうか、答えは否、答えは是。
さて、どちらだろう、どうだろう。
命の値段として高いのだろうか安いのだろうか、それとも判断を下す必要すらないか。
命の価値は百万を超えるか、それとも下回るか。
そもそも金銭と命を等価に考えることすらおこがましいか。
いや、金銭を超える価値などないと判断するか。
金銭は物差し、人間を計る物差し、人間の価値を、力を、業を測る物差し、所詮は道具、ただ人間が金銭、貨幣という概念に支配されている動物であるという点、この一点を考えると人間を支配する道具こそが金銭、道具が人間を支配している。
すべての価値観の根源、金銭。
そして人間の命、否、生物の命に価値をつけてしまうのも人間で、測る道具は金銭。
ならば、人を殺す。
この行為の報酬、高いも安いも関係ない、当事者がそれで応じるならば、当事者がその値で、その測定で是とするなら、その価格こそが適正。
殺しを依頼する側、殺しを受託する側、どちらも満足する。
方や低価格で、方や己の示した価格で。
殺人依頼が成立する。
殺される側が持っている価値、己の命に対する価値など関係ない。
金銭は物差し、命の価値、物の価値、それを決めるのはそれ自身ではなく、それを巡る周りが決めること、ならば百万という値、このお仕事、卑しいお仕事に相応しい価格だろう。
ろくでもない人間はいる、恨みを買う人間はいる、恨みを積み重ねる人間はいる、死ななければならない人間はいる。
まぁ、そんなこと関係ない、死ななければならないような悪人がのさばり、生き残るべき善人が駆逐される、当たり前に転がっている日常の風景のようなもの。
そんなものに態々義憤でも立てていようものなら生きてはいられない。
当たり前のように悪い子は転がっている、当たり前のようにいい子は虐げられる。
この男、宮間幸久もその一人。
“盗掘、裏取引”裏で有名なのはその仕事、一代で家を隆盛に持っていき、一代で家を落ちさせた男、恨みを買い、恨みを買い、恨みを買う。
それで隆盛を味わい、没落を喫した。
裏で人身売買、恐喝、武器密輸、地上げ、殺人教唆、詐欺、その他諸々考え出したらきりが無い。
依頼人は一人の女性、四十に届こうという女性。
恨みの根は二十年も前、遥かに前、男は恐らく自分の犯した悪事の一つ、覚える価値も無いようなたいしたことの無い悪行。
当たり前のように行っていた金を稼ぐために他人を積み重ねてきた行為の一つ。
一々覚えておく価値も無い。
一々気に留めておくほうが煩わしい。
女の一家、それなりの経営を成り立たせている会社だった、それなりに地道に、地域に根ざして、儲けは薄いが、社員を養い、顧客の満足を第一に考え家族の生活をそれなりに満足させる女性の父。
己の結婚も目前で、その女性にとっては毎日がそれなりに幸せ、家業を手伝うことに数年前には蟠りも持っていた、家の仕事に縛り付けられるようで嫌だと感じたこともあった。
それでも年月を経て、父の仕事に関わるようになって。
周りから信頼される父、客に誠実な父、それを支える母、決して彼女を蔑ろにしない両親。
年をとって、その当時二十をいくらか超えた小娘とはいえ、周りの評価、自分の居心地、守られているという安心感、そして刺激は無いが満足できる毎日。
それがどれだけの努力と下積みで支えられているのかを理解した、理解したうえで幸福だと自分を思えた、家業の中で知り合った男性は確かに地道で派手な煌びやかな印象とは程遠い、昔なら五年も前ならこんな人と結婚するなんて夢にも思っていなかった。
でも、話して、接して、関わって、その姿を見て、悪い人間ではない。
そんな風に思えた。
人を軽く扱う人ではない、私を蔑ろにする人ではない、自分の周りの誰かを悪し様に扱うような人ではない、自分の手の届く範囲の限りで一生懸命な人。
軽佻浮薄なんて言葉から対極に位置するような人。
今まで見た人の中で、自分が付き合った男性の中で一番芯が根っこの部分が強い人間だと思えた、そしてその評価は今でも変わらない。
私の夫は今でも私を軽く扱わない、飽くまで対等に、私達が背負ってしまった苦労だというのに私を見捨てずに支えてくれている、本当に申し訳ないほど。
父の会社が背負った借金、二十年をかけて返した、私を捨て去れば背負うことも無かった莫大な借金、放り捨てればよかったのだ、そうすれば二十年苦汁を舐めるような生活を強いられることなんてなかったのに。
一度も私に恨み言を漏らすようなことは無く、逆に私が慰められるような。
辛い、夫の私に注がれる愛情は嬉しい、でも夫が味わった苦汁が辛い。
借金の為に頭を下げて回り、泥水を啜る様な生活を強いられ、誇りも何もかもを金に換えるように働いて働いて働いて働いて、私でなくても良かったでしょうに。
それほど一生懸命になれるのなら誰か他の人と一緒になればもっと安楽な生活が出来たでしょう、もっと安易な道を選んだらよかったでしょう。
夫にそれを強いるようになった自分が憎い。
そしてそもそもの原因が、あの男が憎い。
父を騙し、金を奪い借金を残していったあの男が憎い。
そのせいで父は死んだ、余りのことに死んだ、呆気ないほどに突然に。
あの男は葬式で私たちの前で「惜しい人を」と言って涙すら流して見せた、凄絶な目で睨む母と私を前にして、そして「良かったですなぁ。旦那さんの保険金、確か三億はありましたでしょう。それで幾許かは楽になるのでは」母にそう言ったあの男。
憎い、憎い、憎い。
私達を騙しておいて、父を殺しておいて、のうのうと私達の前に顔を出して、憎い。
母はそれから幾許かもしないうちに後を追うように逝った。
私は過労の余り子供の産めない体になった、子供が好きな夫のことを考えると辛かった。
せめて父親になること、そんな当たり前のことも私は夫にしてあげることは出来なかった。
私達は必死になって働いた、それで何とか昔のような、二十年前ぐらいには戻れた。
それでも沸き立つようにあの男が憎い。
どうしようもないくらい憎い。
父を奪い、母を奪い、夫の未来を奪い、私達の子供を奪い、私の人生を踏みにじり。
それでいてのうのうと生きている男が憎い。
自分は豪奢な豪邸に住み、子供は立派になり、孫からは慕われる。
人を嵌めた金を使って生活を営んで、人を踏みにじった恩恵で安息を感受する。
狂いそうなほどに憎い。
殺してやりたかった、殺したかった、あんな男が生きているのが、何の地獄も無く生きているあの男の家族がとてつもなく憎い。
そんな時、見つけた職業・殺し屋。
さて、この度殺しの仕事を受け取る奇術師、その名の通り道化師にてピエロ。
職業として殺しを受け取る卑しい職業者、哀れな女性の恨み節。
殺しを生業とするピエロが承り請負。
殺しに殺す。
依頼内容、宮間幸久、その家族郎党。
百万円での仕事の内容。
お金のために、殺しの悦楽のために、卑しいピエロ、仕事を承る。
闇を継ぐ者 報復の三の裏話
職業殺し屋に依頼がいきわたる経緯、完全に読み飛ばしても支障の無い内容ですがよければお読みください。
レス返しは次の投稿の際に纏めて、次で報復編は終了。
予定では戯言編、十三階段編、式森一族生業編と考えていたり
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