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「黄昏の式典 第十話〜殺人の目覚め、雷の咆哮:始まりの時・後編〜その4(月姫+奪還屋)」

黒夢 (2005-08-19 09:38)
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長かった副将戦は終わりを告げ、またそれによってこの第二試合自体も裏稼業チームの勝利という形を持ってすでに終了したといえる。

しかし、それでもこの会場に集った者達の中でその場から離れようとする者は誰一人として存在しない。

それどころか、今まで以上の興奮を持って友人と騒いでいる者達もいるほどだ。

だが、それはこれからの試合を思えばある種当然だろう。

なぜなら、次に行われる試合は誰しもが持っていた疑問に対する回答になるかもしれないからだ。

片や吸血種としては世界最強と呼ばれる真祖・死徒殺しの『真祖の姫』アルクェイド・ブリュンスタッド。

片やあの最強最悪の悪夢の城、無限城下層階を圧倒的な力で支配した怒れる暴君『雷帝』天野銀次。

つまり、人とはどこまで最強に近づけるのか?その回答をこの試合の中で見られるかもしれない。

だから、これほどの好カードに興味を持たないものなどいない。

観客にとって試合自体の結果など、早々興味などない。

この大将戦そのものに興味があるのだ。

真祖の生み出した暴君と、人が育んだ暴君。

完全無欠な暴力と暴力のぶつかり合い。

その果てに立っている者は、どちらかを……。


黄昏の式典 第十話〜殺人の目覚め、雷の咆哮:始まりの時・後編〜その4


これまでの人知を超える激闘によって無残に破壊され尽くした石柱の粉塵が漂う闘技場。

その中心にはこのような荒れ尽した場などには相応しくない至高を体現した神の造形美を誇る女性がいた。

その女性はこの粉塵の中においてなお美しく輝く金の髪を持ち、その瞳は今にも吸い込まれそうなほどに赤く染まっている。顔つきから体型に至るまでそれら一つ一つのパーツを見てもこれ以上の人物はこの世界に存在しない。彼女を一目見れば誰もがそう思わせられる。

彼女の名はアルクェイド・ブリュンスタッド。

現存する『世界』の真祖最強の使者にして、個人で『星』のオリジナル・バンパイアとの勢力を均衡にさせている吸血種最強との呼び声も高い正しく怪物だ。

その世界最強の一つと相対しているのは、一見すればどこにでもいそうな青年だった。

その顔つきは年齢に反してどことなく幼く見え、しかしながらもその中には全てを傍受し、包み込む優しさという名の真に強いものがあるとわかる。

青年の名は天野銀次。

世界最強の城として存在する無限城において下層階の住人を震え上がらせ、人を遥かに超越した圧倒的な力を持って君臨した最強にして最悪の暴君・『雷帝』。

二人は静かに、それでいて目に見えないやり取りを繰り広げながら始まりの時を待っていた。

当然のことながら、両者から放たれる雰囲気は決して友好的なそれではなく、かといって相手を明確に拒絶する敵意でもない。

あえてそれを表現するならば生きるか死ぬかの日常を生きる者だけが放つことができる極限にまで昇華された緊張感。

それはもはや物理的な圧力を持って世界に干渉し、周りの空気を鉛のように重くして、髪や衣服を揺らす風は身を刺す針のようになっていく。

そんな常人とは遠く離れた気配をただそこに立ち、向き合うだけで絶えず放出する二人ではあるが、その表情はそんな均衡した雰囲気とは裏腹にまったくの対照的であった。

透き通るかのような金色の髪を風に揺らすアルクェイドは特に何の気負いも無く、若干辺りに舞う砂埃に顔をしかめているだけでいつものようにそこに佇んでいるのだが、対して銀次の表情は優れず、この場に立ちアルクェイドと向かい合ってからというもの常に表情は岩のように硬く、額からはすでに夥しいまでの冷や汗が噴出していた。

(この人は……違う)

思わず胸の内で呟いたそれは目の前にいる存在に対する恐怖と畏怖の表れでもあった。

なぜなら、銀次は常人よりも遥かに強いが故にまだ試合すら始まっていないにもかかわらず理解してしまった。

ただ単純に、生物としての本能がそれを理解してしまったのだ。


目の前の存在は自分とは生物としての桁が……次元が違うのだと。


(この人相手から十分間逃げ切るなんて……赤屍さんと戦ったほうが……やっぱりどっちも嫌です)

そんな他愛もないことを考えられる辺り銀次自身気づいていないだけでまだ余裕があるのかもしれないが、それは裏を返せば相手に呑まれまいとする無意識の防衛本能とも取れる。

ともかく、あの銀次が天敵たる赤屍を引き合いだすほどに今のこの状況は銀次にとって最悪に近いのだ。言うなれば猛獣の入った小屋の中に美味しそうな小鹿を入れるぐらいに。

そのため何とか試合が始まるまでのわずかな時間の間に逃げ切る算段を模索しようとするのだが、


「大将戦!アルクェイド選手VS銀次選手!!始め!!」


無残にも銀次のささやかな望みはいとも容易く断たれ、ここに最後の試合の火蓋は切って下ろされた。


(どうする?どうする?どうする!?)

思考を普段用から戦闘用に切り替えた銀次は相手の動きに注意しながら必死に逃げる、というより生き延びる方法を模索し始める。

本当なら今すぐにも「ギブアップ!!」と高らかに雄たけびを上げたいのだが、そんなことをすれば蛮に何をされるかわからない。それにこの試合に自分を出したということは全力を出し切れば十分間逃げ切ることもできるという蛮の考えもあるのだろうと思うことにした。

そんな必死な銀次を見据え、アルクェイドもまたどう攻めるかを模索していた。

それは別に銀次に負けるかもしれないという恐れではなく、どうすればもっとも効率的に相手を倒せるかを考えているだけだ。

アルクェイド自身、正面から攻めても勝てる自信は十二分にあるのだが、無傷で勝てるとは到底思っていない。それどころか致命傷に近い一撃をもらうかもしれないと考えてさえいた。

今までの試合を見ていてまずアルクェイドが裏稼業チームに感じたことは二つあり、その一つがチームとしてのバランスのよさだ。誰か一人が際立って能力が秀でているのではなく、あくまでも個人個人が高い戦闘能力を維持しながら確実に勝ち星を増やしていく。つまりこういった団体戦において順当に勝ち抜いていけるタイプだということだ。

そしてもう一つは規格外とも言っていい能力に加えた神秘の行使。

アルクェイドがわかっている限りでも蛮は真祖たる自分に通じるほどの『邪眼』を持ち、赤屍は血という媒介を用いて効率よく何らかの力を通すことで武器に変質させ、毒蜂は人間を大きく凌ぐ“気”を自由に圧縮開放できる。

しかもアルクェイドが見た限りでは後者の毒蜂はともかく、前者の二人はまだ切り札を隠し持っている感がある。

そんな三人と同じチームにおり、かつ『雷帝』というたいそうな異名がつけられている銀次を下手に攻めればどんなしっぺ返しが来るかはわからない。

これらのことから攻めあぐねていたのだが、彼女にしては珍しいことにふと脳裏に雑念が過ぎる。副将戦の時に聞こえてきたあの声のことだ。

(かなり低く見ても今の私と同等近い力の持ち主ね。それにあの波長……おそらく『裏』に属する神魔のどっちかだと思うけど……そんなことがありえるのかしら?『表』ならともかく『裏』は……)

もしもアルクェイドと同様にあの声を聞いたものがいたとしたら、彼女と同様に答えの出ない疑問に迷い込むことになっただろう。それほど『裏』に属する神魔とは特別であり、ありえないことなのだ。

予期せぬことにアルクェイドは疑問の答えを追い求め、自己のうちに潜り込んでしまったのだが、銀次にとっては都合のいいことこの上ない。もちろん銀次が何らかの行動を起こせばすぐに行動できるぐらいには浅いが、それでもチャンスなことには変わりない。

少しずつ、銀次はアルクェイドに気取られないように後方に下がっていく。

銀次にしてみればそれは断崖に架けられたボロボロの橋を注意してわたるようなものだ。そして十分な距離が取れたころになって銀次はモニターを視界の端で確認する。気づけば試合開始から早くも五分が過ぎており、それに安堵した銀次は今まで張り詰めていた気をわずかに抜く。結果的に言えば、それが悪かった。


「……今考えても仕方がないわね。志貴のことも心配だし――――


すでに両者の距離は五十メートルほど離れていたはずなのに、その声はなぜか風の音さえも無視して直接銀次の鼓膜を振るわせる。しかし、その理由は実に簡単で、気づけば誰もが納得するだろう。


――――そういうわけで、さっさと終わらせてもらうことにしたわ」


なぜなら、その声の主が、目の前にいるのだから。

「え?」

そのありえないはずの事実に実感がわかなかった銀次は思わず呆然とした声が漏れ、一切の思考が停止する。だが、その停止していた時間は瞬きの間にすら満たないものだ。

まるで名刀の一振りが音も立てずに迫るようなイメージが銀次の脳の中で広がり、ほとんど反射的にその場に倒れこむ。

そのわずか一瞬後、メキャッと、まるで何かが押しつぶされたような奇妙な音が彼の背後から響いた。

現状も忘れて恐る恐るその音がした方向に視線を向ければ、五メートルは距離があったはずの数本の石柱がまるで扇形のハンマーに崩されたかのように、根元から抉り取られている。

そして思い出したかのように石柱は崩れ落ち、辺りに砂塵が舞った。

「ふーん……不意をついたつもりだったけど、やっぱりあんな小細工に引っかかるほど甘くはないって事ね」

信じられない光景に半ば現実逃避を始めていた銀次だったが上から響いてきた声に我に帰ると、ゴクリッ、と次に訪れる事態を想像して生唾を飲み込み、

「でも、これで終わりよ」

自分の持てる全ての力を使い、全力でその場から離脱した。

わずかに遅れて爆弾が爆発したかのような轟音が先ほどまでいた場所で響くが、もちろん気にしてなどいられない。今は少しでもアルクェイドから遠ざかることしか考えられない。銀次は瓦礫の山を軽々と飛び越え、一陣の風となって百メートル近い距離を走り抜ける。そして無事だった石柱の影に隠れ、ようやく一息ついた。

「と、とりあえずこれだけ距離を離せば……」

などと額に浮かんだ汗を拭おうと手を額へと持っていった瞬間、何か鋭利なものが硬いものを切り裂いたかのような音がすぐ近くから聞こえた。

「へッ?」

何やら背後から聞こえた気がするその音に銀次は安堵の笑顔のまま振り返ると、なぜか身を隠している石柱が斜めにずれた。そしてその先には腕を振るった状態で停止しているアルクェイドが。

「…………うそぉ」

もはや逃げることも忘れ、銀次は笑顔のまま再び現実逃避をしかけたが、不意に目の前に立つアルクェイドが自分を呆れたように見ていることに気づく。

「あなた、真面目にやる気があるの?逃げてばっかりじゃ試合にすらならないじゃない」

その目はどうして仕掛けてこないと言いたげだったが、銀次に言わせれば仕掛けたとしても一分も経たないうちに負ける、というより天国に召されることは目に見えているので、逃げることが唯一の生きる道なのだ。

「あの〜実はですね……」

しかしかといって黒いお人との追いかけっこで培った経験からこの状況では逃げられないと悟り、銀次は観念して逃げ回っていた事情を説明し、アルクェイドに十分経ったら棄権するから見逃してくださいとタレ銀次となってお願いしてみた。

いきなりまったく別の生命体となった銀次にアルクェイドのみならず会場全体がざわめくが、やはりそこはこの理不尽な大会に集う者達。ものの十秒足らずで静かになり、アルクェイドはその要求を

「いいわよ」

と、至極あっさりOKした。

あまりにも簡単に了承したアルクェイドに逆にタレ銀次の方が疑問に思い理由を聞いてみると

「あなたは自分が弱いように言うけど、本気で向かってこられたら手加減できずに殺しちゃうかもしれないしね。そしたら志貴との破ることになっちゃうわ。それに……なんだかあなたを見ていると他人の気がしないのよ」

との事らしい。この時タレ銀次は向かっていってたら殺されていたのかとのほほんと思ったが、同時に他人の気がしないとはなんのことだろうとささやかな疑問を抱いていた。

その後、残った時間で他愛もない話し合いをしていたアルクェイドと銀次だったが、これまたなぜか会場からのブーイングはない。どうやらこういう和解の道もここにいる人達から見たら十分な戦略らしい。

そんなこんなで試合が始まってから早くも十分が過ぎ、何のリスクもなく棄権できる時間に達した。

銀次は一言二言アルクェイドに大げさな態度で礼を言うと、少し司会の側によるようにして歩き笑顔で声をかけた。

「司会さーん!棄権……」


――――させるわけにいかないなぁ


「え?」

唐突に響いた声は、まるで銀次の脳内に直接響くようで、確実に侵食していく。

「!?この声は……!!」

当事者以外にその声にただ一人気づいたアルクェイドは声の出所を探ろうと視線をいたるところに走らせるが、別の次元にいる声の主を見つけられるはずもない。そしてその間にも声は銀次に語りかける。


――――まったく駄目じゃないか、棄権なんて考えちゃ。危なく僕達の計画がそう崩れになるところだったよ。


「何を言って……」

なぜだかはわからない。わからないが、銀次はこの声を聞いちゃいけない気がした。

しかし、いまさらそんなことに気づいても遅い。

なぜなら銀次はすでに耳を傾けてしまっている。


そう……『邪神』の戯言に。


――――まぁ、これ以上君との会話を引っ張ったら彼女に気づかれる可能性があるんだ。だから……


声の質が、冷たいものへと変わる。

それは……合図でもあった。


ズンッ


「え……?」

急に訪れた衝撃に身体を揺らされ、呆然と銀次はその振動の起こった原因へと視線を下ろす。

そこには――――


――――君を起こすには、これの方が確実だからね。


――――貫かれた自分の腹部から流れる夥しい血で紅く染まった、見間違うはずもない『手』があった。


――――それじゃ期待してるよ……『雷帝』君。


最後にそんな声を朦朧としてきた意識の片隅で捉えながら銀次は暗い闇に包まれたような気がした。


「っ!?これは……!」

突如として広がったむせ返るほどの血のにおいにアルクェイドは顔をしかめると、すぐさまそのにおいのもとをたどる。しかし、極論を言えばその必要などなかった。なぜなら目の前にいた銀次がビデオのスロー再生のようにやけにゆっくりと地面へ崩れ落ち、そこに血の池を作り出したのだから。

アルクェイドはほんのわずかな一瞬だが、その事態を信じられずに呆然と立ち尽くした。

だが、それも今まで形だけでも相対していたアルクェイドからしてみれば当然の反応だろう。

少なくとも彼女が見た限り銀次は決して弱くはない。その能力の全容はわからないが、それでも埋葬機関の人間であるシエルと戦えるレベルにあるのはわかる。それほどの強者がいきなり目の前で倒れ、彼女から見ても間違いなく致死量に達していると思われるほどの血を流しているのだ。

そしてなにより、アルクェイドは自分自身に驚いていた。

これほどの強行が行われたにもかかわらず、まったくその存在に気づけなかった自分に。

たとえ今行われたことが魔法そのものを用いていたとしてもそこが世界としてある限りアルクェイドはそこで起こった異常の全てを把握することができる。しかし、結果的には微かに聞こえてきた声には反応することができたものの、その本質は掴めずに、なぜ銀次が血を流して倒れているのかもわからなかった。

そんないくら考えても答えにたどり着くことにない謎にアルクェイドが捕らわれた一方で、銀次はその身を優しく包み込む闇の中でどこか懐かしさを感じていた。

(あれ……?冷たいのに……暖かい……?違う……これは……違う)

それは腹部から徐々に広がっていく冷たいものさえもかき消してしまうような暖かさでありながら、心を凍て付かせるほどに冷たいもの。

これを銀次は知っていた。

この肌に纏まり付くようでありながら、全てを突き放す希望にも似た絶望を。

「う……あ……」

その銀次の呻き声でようやく気を取り直したアルクェイドは銀次に駆け寄ろうと足に力を込める。アルクェイドの足元にまで血の池が達しようとしていることから、距離はそこまで離れていないのがわかる。

(これは……この感じは……)

誰かが近づいたのが今にも消えそうな意識の中でもはっきりとわかった。だが、それが誰かまで考えるには至らない。

今はなによりもこれが重要だから。この、自身に注ぎ込む無限の力が。

(無限……城……?)

その瞬間、夕焼けの背景も含めた闘技場の電力の全てが唐突に消え失せた。

「なに?」

夕暮れの背景が消えたことで照らした陽光に周りの観客がそうであるようにアルクェイドもまた動揺を隠しきれない様子で周りを見渡す。

ちなみに余談ではあるが、この事態によって若干一名の新米吸血鬼が瀕死の重傷を負おうとしたが、とっさに主人がその長いマントのようなスーツで身を隠したため事無きを得た。

しかし、今のアルクェイドには周りの異常よりも銀次の容態が気になったのか、足元に倒れる銀次を抱き起こそうとして、


――――その身を襲った悪寒に従い、全力でその場から離脱した。


「う、お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


その直後、まるで目覚めの歓喜に打ち震えるかのようなケモノの雄叫びが響き、その身から天をも焦がす断罪の雷が溢れ出した。

「クッ!?今度はなんなの!?」

間一髪で雷の巻き添えを避けたアルクェイドは先ほどから続けざまに起こる事態に混乱するよりも現状を把握できない苛立ちに叫んだ。

その時、瓦礫を炭化させるほどの雷撃によって焼け焦げた地面から生じる煙の向こうから放たれる強大な威圧感に気づき、アルクェイドは我知らず警戒を強める。

紫電が周りの空間を侵食し、肌をチリチリと焦がす威圧感は煙が薄れていくにつれ増大していく。

そして、風に吹かれ煙が揺れたとき、それは姿を現した。


「オマエか?俺を戦いに駆り立てるのは……」


その凍て付いた氷のような突き放す声を聞いた時、アルクェイドは一瞬それが誰だかわからなかった。

それほどまでに、目の前の無機質な瞳を持つ人間と、そこにいるだけで周りを暖かくする彼とは当てはまらなかった。

「天野……銀次……?」

故にそう問いかけるが、返答は銀次の身からアルクェイドへと降り注ぐ雷の群れだった。

「!?」

予想を逸脱した展開にアルクェイドはとっさに腕を振るい、その雷の群れをほとんど一瞬で迎撃するがそれはアルクェイドをさらなる驚愕に突き落とした。

(再生が追いついてない!?)

彼女にしてみれば信じられないことに銀次から発せられた雷を受け止めたアルクェイドの腕はほんの一瞬だが崩壊寸前まで追い込まれた。もちろん通常の電撃であればたとえ雷の直撃を受けようが火傷程度に済ませられる脅威としか言いようのない耐久力を持つアルクェイドが本来そこまでのダメージを受けるわけがない。

(これは……概念武装の域にまで達した道具を使っての電撃というわけじゃないようだけど……考えられるのは一つ。取り込まれたエネルギー自体が強大な存在に当てられて相当の神秘を付随されるに至っている……?)

普段ならあまりにも馬鹿馬鹿しいと思う考えも目の前の存在を見ればあながち間違いではないと自信がもてる。それほどまでにこの存在から発せられるエネルギー量は桁外れで、単純に魔力に換算すれば一流の魔術師……いや、この域まで来れば幻獣クラスの幻想種にすら匹敵する。

「あなた、本当に人間なの?その力……明らかに人間の規格を超えているわ」

色々と人間には驚かされてきたアルクェイドではあるが、その中でも銀次は異色の存在といっていい。なにせ先ほどまでは自分にとって大して脅威ではなかったにもかかわらず、いざ重傷を一瞬で回復して目を覚ましたら単純に目算しても戦闘能力は数倍以上に跳ね上がり、警戒に値する敵へと変貌したのだ。


それはまるで、志貴の中のもう一人の志貴であるあの七夜志貴のように――――


「…………」

銀次はアルクェイドに意識は向けながらもその視線は常に空を捉えていた。まるでそこに何かがあるかのように。

不意に何気ない仕草で片腕を持ち上げた銀次は視線の先の何もない虚空へと手の平を向ける。

その奇怪な行動に警戒を強めるアルクェイドではあるが、とうの銀次にはすでに彼女は意識の片隅にすらないのか、その持ち上げた手に雷雲を凝縮したかのような膨大なエネルギーを集中させ始めた。

わずかに漏れ出す紫電は周りにあるものを区別なく破壊し尽くし、さながら銀次は破壊の化身のようでもあった。

そして留められた雷撃は臨界を超え、それを何の惜しげもなく空へと解き放つ。

その直後に雷が落ちたかのような轟音が会場中に木霊し、天を穿つかのような勢いで進む雷は雲を突き抜け、まるで東洋に語られる龍のように天高く上っていった。

「……逃がした、か」

ポツリッと呟かれた言葉は誰の耳に止まることもなく大気へと溶けていき、最後には意味の無い震動へと成り果てた。

興味をなくしたのか空へと向けていた視線を下ろすと、続けて銀次はアルクェイドの姿を機械のような動作で何の生気も感じられない無機質な瞳で捉える。

「……オマエも、俺の敵か?」

さも今その存在を思い出したかのように紡がれたその言葉はアルクェイドのプライドを逆なでするには十分すぎるものだった。

「……上等よ。あなたが何者かなんてもうどうでもいいわ」

アルクェイドの身を包んでいた雰囲気が一切の温かみのない冷たい絶望へと変質する。そして紅色の瞳が金色へと変わることでそれは顕現した。

「私に喧嘩を売ったこと……後悔させてあげる」

ここに真祖の用意した最強にして最悪の処刑人が真価を発揮する。

「…………」

しかし、暴君たる『雷帝』となった今の銀次にはそんな絶望と相対しても何の感慨も浮かばない。なぜならそんなことはどうでもいいからだ。どんな相手であろうとも、どんな絶望だろうと、前に立ちふさがるならば銀次にとって滅ぼすべき対象だということに変わりはないのだから。

不意に先ほどまで空へと向けていた右腕が再び銃口のように持ち上がり、その手に先ほどと比べても見劣りしない強大なエネルギーが集中していく。しかし、それを向けられたアルクェイドにして見れば、それさえもその身を脅かす脅威には程遠い。

まるで王宮の通路を歩く姫君のような気品を漂わせながら、悠然と銀次の元へと歩みだした。

早々二人の間に会話はない。二人の間にあるのは暴君たる雷帝の敵意と処刑人たる姫君の敵意がぶつかり合い、地面に走る亀裂の罅割れる音だけだ。

その音は二人の距離が縮まるにつれ激しくなり、距離が五メートルを切ったころには所々に陥没さえも起こり始めた。

それに呼応するかのように辛うじてバランスを保っていた瓦礫が崩れ落ち、ひときわ大きな瓦礫が地面に落ちた時、アルクェイドの姿が掻き消えた。

それはこの会場にいる者達ですら十人ほどしか捉えきれず、反応できる者などさらに限られてくるだろう。それほど自然で、肉眼に写る速度を超えた動きであっさりと銀次の懐に入り込んだ。

そしてその直後、ポタポタと何か液体が落ちる音が、静かに響く。

「さようなら。あなたのこと、嫌いじゃなかったわ」

まるで映像の巻き戻しを見るかのように、銀次の腹部から突き出した腕は鮮血に染まっていた。

一瞬の躊躇もなく腹部を貫かれたその様は、素人が見ても完全に絶命しているとわかる。

持ち上がっていた腕は力を失い垂れ下がり、銀次の身体はアルクェイドにもたれかかるように倒れ、


――――いまだに身体を貫いたままの腕を掴んだ。


「なっ……?」

そのありえないはずの現実に呆けた声が漏れるが、それも一瞬。アルクェイドはすぐさま腕を引き抜こうとするが、その前に耳元で、掻き消えそうな小さな声をかけられる。

「滅びろ」

腹部に右手が添えられる。そして溜まっていた超エネルギーは一点に集中されて解き放たれた。それはアルクェイドの肉体を瞬く間に破壊し、有り余るエネルギーは衝撃となってアルクェイドを吹き飛ばす。

「が、は……!?」

文字通り腹部に大穴を開けたアルクェイドの身体はまるで大砲の砲丸のような勢いで空を疾走し、背後にあった瓦礫の山に轟音を響かせながら激突すると、そのまま姿を覆い隠してしまった。

「…………」

銀次はそれを感慨のない瞳で見つめるともう一度片腕を持ち上げる。驚くべきことに貫かれたはずの腹部の傷はすでにほとんど完治していて、その動きには一片の鈍りもない。

その再生能力と速度は人間でありながら死徒の持つ復元呪詛と同等かそれ以上のものがあった。

瓦礫に向けた腕には今までとは異なり、最小限度の電気エネルギーを集中させる。解き放たれたそれはなんら破壊をもたらすことなく、ただの電気風として瓦礫を通り過ぎ、消滅した。

「俺と同じ……バケモノ、か……」

それはなんの変化もない、確認のような呟きだった。その呟きの一瞬後、突如として巻き起こった複数の衝撃波によって銀次の目の前の瓦礫は木の葉のように空を舞い、遥か彼方に吹き飛ぶ。

「……もう私はあなたを人間と思うのをやめるわ」

静かに聞こえてきた声は、感情が色あせた無機質であり、聞いたもの全てを絶望と恐怖で包み込む。

アルクェイドの姿は服こそ所々破れていたが、その身にはすでにかすり傷一つない。そう、あの腹部に開いた穴さえも。だが、銀次はそれでも怯むことはない。なぜなら彼にとって為すべきことは唯一つなのだから。

「滅びろ……オマエの存在こそが世界を狂わせる」


殲滅者チームサイド


「素晴らしい……はは、何とも素晴らしい」

目を見開いて銀次とアルクェイドを見つめるアーカードは唐突にそう呟く。それは歓喜と驚愕と羨望と欲望と狂気が入り混じり、空間を侵食しているようでもあった。

「あ、あのー……マスター?」

スーツの隙間からわずかに顔を出したセラスは自らの主人の顔を見上げ、恐る恐る声をかける。

ちなみにセラスは現在アーカードの膝の上に座り、血のように赤いスーツで日光から身を守っていたりする。

「見ろ、婦警。はは、あの人間を。あのバケモノと、真祖の姫と戦いを演じられているあの人間を!胸が躍るな。心が揺れる。いったい全体なぜ人とはこうまで素晴らしいのだ!」

アーカードは『星』の真祖の中でも類稀なる強大な力を誇っている。それこそその気になれば国といわず大陸さえも手中に収めることができるほどの強大な力を。だが、そのアーカードにして見てもアルクェイドは真実究極のバケモノだった。

その身から漏れ出す死の気配は至高のワインのように深みがあり、その身に宿る力は現存する全てが他愛のない魑魅魍魎のような気さえする。

この大会に来て初めてアルクェイドと出会ったが、アーカードは一目見ただけで「勝てない」と思った。

力などではなく、その在り方に。

それほどまでに強大な存在に対してあの人間は、天野銀次という名の正真正銘の人間が渡り合っている。

それはアーカードにしてみればアンデルセンやハオと出会ったのと同じくらい新鮮で、何とも言いがたい快感があった。

「いや、人間だけではない。この場にいるもの全てが素晴らしい!」

誰よりも強い思いを胸に宿した『木刀の漢』も

全てを包み込む真の優しさを持つ『麻倉の嫡子』も

自分の心を真っ直ぐ突き進む『道家の嫡子』も

人の本当の姿を知りながらも人の行く末を見る『人の究極』も

過去を拭い去り、今を生きる『第七司祭』も

死を忘れ、摂理の中に生きる『死の運び屋』も

血の宿命に負けることなく生きる『遠野家当主』も

後世の者達に思いをはせる『鬼里人七頭目』も

もう一人の自分を抱えて生きる『殺人貴』も

自分の本当の居場所を見つけた『真祖の姫』も

優しさの裏に滅びを持つ『雷帝』も

「そしてあの坊やも……」

その目に写るのは、悲しき宿命を背負いながらも友と歩むことを選んだ『邪眼の男』。

「マスター?」

まるで孫を見る祖父のような目をしたアーカードにセラスは思わず声をかけが、それに対する返答はなく、ただ一言、

「あの時の坊やが……ずいぶんと大きくなったものだ」

美堂 蛮を見ながらそう漏らした。


「うおおおおおおおおお!!」

雷の帝王の咆哮に従い、無数の雷が暴れまわり闘技場を蹂躙する。しかし、それは無差別に破壊をもたらしているわけではない。ただ一つの存在に対して、本物の雷すら凌ぐ圧倒的な奔流を向けているのだ。

その光景は幻想的であり、何よりも人の本質を表しているようでもあった。

だが、それでもその存在を打倒するには足らない。滅ぼすには、至らない。

「……ここまで肉体を破壊されたのはあの魔獣以来ね。ほんと、あなたなら根源を目指せるんじゃないかしら?」

次の瞬間に視界に飛び込んできた十個にも及ぶプラズマ球を前にしながら、アルクェイドはそんな戯言を漏らしてみる。いや、少し違う。光速で飛ぶそれすらも余裕があるからこそ、だ。

その場で身体を一度回転させ、身に宿る力と勢いを乗せて爪を振るう。ただそれだけのことで、トラックをも吹き飛ばす衝撃波が発生してプラズマ球を相殺させる。

だが、溜められたエネルギーまでは相殺することはできず、爆音を響かせ辺り一面を煙で覆い隠した。

それに乗じてアルクェイドは銀次の元へと疾走する。たとえ見えていなくともあれだけの強大な気配が漏れていれば、一キロ離れていようが存在を感知できる。だが、それは銀次にしても同じことだ。煙など気にも留めずにただ気配を感じる箇所に機械的に雷を降らせ続ける。

しかし、不意にその気配が消失した。だが、銀次は動揺することもなくまるでわかっていたかのように背後から迫った爪を身体を前に倒すことでかわし、お返しとばかりに雷の雨を浴びせた。

それをアルクェイドは大きく弧を描いて後方に跳び軽々とかわすが、その表情はよりいっそう厳しいものになっていた。

「大気に舞う微弱な電気を感知して私の動きを全て把握してるってわけね。まるで戦闘するためだけに生み出された機械だわ」

身体能力だけを考えればアルクェイドの圧勝で終わるだろう。しかし、銀次にはそれを補って余りある圧倒的なエネルギーが渦巻いていた。

ただの電撃ならばここまで消極的なる必要はないのだが、その電撃にはアルクェイドにも全容が掴みきれない未知の神秘が付加されていて、時折放たれる電撃は民家を十軒単位で吹き飛ばすほどの威力が込められているのだ。

いかにアルクェイドといえども何度もその身に受け続ければどうなるかわからない。

すでにアルクェイドは何度か今のように相打ち覚悟で攻撃をしたが、その全てが致命傷には至らない程度でかわされ、同程度の反撃を食らっている。それでいて相手は彼女ほどの出鱈目さは無いものの再生速度だけならば比肩するほどだ。

しかも銀次はどこからかエネルギーを常に充電しているようなので体力切れも期待できないというジリ貧の状態だった。

だが、それとは別の理由もあった。あろうことかアルクェイドは先ほど銀次に告げられた言葉が気になり戦闘に集中しきれないでいる。

(私の存在が世界を狂わせる、ね……あながち、嘘じゃないかもしれないわ)

いつもなら戦闘中の戯言と切り捨てるところだが、最近の世界の異常を誰よりも身近に感じているアルクェイドはその言葉を否定し切れず、また頭から切り離すことができなかった。なぜなら、彼女自身感じていたからだ。世界が彼女を排除しようとする動きを……

(笑わせてくれるわ……まさか、あの魔獣との会合が私に魔獣を滅ぼさせるためじゃなく、私を滅ぼすために世界が用意していただなんて)

アルクェイドはここに来て気づいてしまった。あの会合の本当の目的に。理由はわからないが、あの魔獣こそが必要とされ、アルクェイドは不必要という烙印を押されたのだ。

しかし、それこそがアルクェイドにはわからなかった。少なくとも今この時期に自分を捨てようとする世界のことが。

今この時代は様々な力が取り巻いている。それこそ神代の時と相違ないほどに。それなのに世界側の最強クラスの存在である自分切り捨てることにメリットがあるとは思えない。

(考えられることは世界が誤作動を起こしている?……いえ、ありえないわ。それならこうして世界が変わりなく運営されているわけがない。なら、どうして……)

やはり生まれて初めての世界の明確な異変に戸惑っているためか、アルクェイドにしては珍しく戦闘以外のことに気を取られすぎている。だからこそすぐには気づけなかった。

自分を取り囲むかのように雷の檻が天から落ちてきたことに。

「!?しまっ」

ぎりぎりでその雷の檻には気づいたが、広範囲にわたって展開された檻を抜けるには遅すぎた。

「う、おおおおおおおお!!!」

咆哮に呼応するように檻の雷の勢いが増す。そして銀次の身体から放たれた雷は幾重にも重なり合い、檻さえも飲み込み巨大な龍のような姿を形作って天からアルクェイドへと襲い掛かった。

その衝撃だけで今まで何とか原型を留めていた石柱を跡形もなく粉砕しつくし、辺りは一瞬で瓦礫の山と化す。

「…………」

だが、そんなことは銀次にとって見ればどうでもいいことだ。なにをするわけでもなく、無言でクレーターとなった落雷の地点を見つめる。

煙が晴れていくとそこは高熱によって溶かされた地面がガラスのような輝きを放っていて、今も蒸気が上がっている。だが、その惨劇の中においてもアルクェイドは傷どころか服に焦げ跡すらつけることなくその足で立っていた。しかし、その息遣いは荒く、額からは玉の汗が流れ出ている。

(たったこれだけ空想具現化を使っただけで、ここまで力が奪われるなんて……ほんとに世界の滅びの日が近いのかもしれないわね)

あの瞬間、アルクェイドはとっさに空想具現化を使い自分の身体の表面に薄い真空の膜を作り上げたのだが、その代償として半分近くの力が取られてしまった。

「滅びろ……それで『約束の時』の時計の針はわずかに戻る……人がアレに対抗するには、まだ時間が足りないんだ」

銀次にとって相手がどんな状態だろうと関係がない。ともかく、アレは滅ぼさなければならないという思いが彼を突き動かす原動力となる。あれだけの雷撃を放った後にもかかわらず、銀次はさらなる雷を生み出し無情にも解き放った。

それをアルクェイドはぼんやりとした眼差しで見つめ、不意に口元に清々しいまでの笑みを浮かべる。


それはさながらレーザーのようにアルクェイドに襲い掛かり――――気がつけばその雷ごと銀次は殴り飛ばされていた。


「認めてあげる。あなたは私が戦ってきた人間の中で一番強い。だから、私もこれからは本気で相手をするわ。『真祖の姫』ではなく、アルクェイド・ブリュンスタッドとして」

それは彼女にとっての最大限の賛辞でもあった。なぜなら彼女はこう言ったのだ。『真祖の姫』という名の真祖に創られた機械としてではなく、彼女個人として相手となると。

「あなたの言う『約束の日』がなんなのかを私は知らない。けど、このままあなたに殺されてあげるわけにもいかない。私を殺していいのは、世界でただ一人だけ。だから、あなたが私を滅ぼすというのなら、私があなたを滅ぼしてあげる」


裏稼業チームサイド


「クソッたれが!どうしてこんなとこで雷帝になりやがるんだよ!!」

予想外の事態に蛮はそう吐き捨てるが、その苛立ちに高まった気持ちと焦りは消えるわけでない。だが、蛮の言葉ももっともだ。ここは銀次を『雷帝』へと変える最大の原因たる無限城から遠く離れた裏の世界が管理している孤島だ。どう考えても銀次が『雷帝』になる要因はないはずなのだ。

「……それが超越者達のシナリオだからですよ」

そこに、背後から響くその静かな呟きを拾った蛮は身体から只ならぬ気配を漂わせながら振り向くと瞳に殺意さえ浮かべながら声の主である赤屍を睨み付ける。

「てめぇ……知ってること今すぐ洗いざらい吐きやがれ。ここにきてまだ教えることができねぇとか抜かしてみ……!」

抑えきれない感情のままに赤屍の胸倉を掴もうと伸ばした手は、同様に横から伸びてきた毒蜂の腕によって止められた。

「落ち着きたまえ、美堂君。しかし、納得できないのも確かだ。銀次君の雷帝への目覚めは志貴君の変質に似ている。これは、この世界に何かが起こる前触れなのではないのかね?」

どうやら蛮を止めたのは効率よく話し合いをするためであるようで、毒蜂もまたまるで全てを見透かすかのような目を赤屍に向けて真意を尋ねる。しかし、赤屍は何が面白いのか短く笑い声を上げると神話の一説を語る詩人のように語りだした。

「……クス。当たらずとも遠からず、といったところですね。あなたの言うとおり、世界は有史以来最大の危機に瀕しています。ですが、それは前触れなどではなく、必然なのですよ。彼の存在がこの世界に近づいている、ね」

「彼の存在だァ?……!?まさか、その存在ってーのは……!?」

「おや?ご存知でしたか、美堂君。いえ、あなたがあのウィッチクイーンの孫だということを考えれば、不思議ではありませんか」

「冗談言うんじゃねぇぞ!アレは……まだこの世界には何の影響もあたえねぇはずだ!!」

「……それが起こってしまったんですよ。ある存在のせいで、本来のレールを外されて……だからこそ、急がなければならないのです。私たちの見立てではすでに各地で第一段階は始まっています」

「ッ!?ならこんなとこで馬鹿やってる場合じゃねぇだろうが!!」

赤屍の言葉の全てを信用したわけではないが、もしそれが本当で、知りえるそれが起こっているとしたらすぐにでも裏新宿に戻らなければならない。でなければ、取り返しのつかない事態になる。けれど、赤屍はそうではありませんと告げ、先を続ける。

「だからこそ、私達はここにいるのでしょう。そして志貴君の目覚めや銀次君の目覚めは全て一つのシナリオへと通じているはずです。今は、こうして見ているほか仕方がないのですよ」

まるで信託者のように語る赤屍の言葉にギリッ、と歯を噛み締めると蛮は結界へと歩み寄り、咆哮する。

「……ふざけんじゃねぇ……シナリオだかなんだか知らねぇが、勝手にアイツを巻き込んでんじゃねぇぞ!」

そしてその身にある怒りの全てを宿すかのように、次鋒戦から一度もポケットから出すことの無かった右手を構えた。

「やめといたほうがいいですよ、美堂君。たとえあなたであろうとこの結界を破ることは不可能だ。それに……」

赤屍はそう忠告して蛮の右手を見つめ、目を細めた。

「その傷ついた右腕で、いったいなにができるというのです」

その言葉どおり、蛮の右手はひどい火傷のような傷を受けており、どう考えても動かすことさえもままならないとわかる。

蛮は秋葉が最後に使った檻髪の有効範囲を見極めるためにとっさに右腕で距離を測る物差しがわりにしていたのだ。ほんの一瞬の出来事だったので腕自体を捥がれる事はなかったが、それでも重傷には違いない。

しかし、確かに蛮はあの後『右腕』で秋葉を気絶させていた。それはつまり、

「君が邪眼を使ったのはそれを隠すためのようだが……私たちの目を誤魔化すことはできないよ」

「……それがどうしたってんだ」

だが、蛮はそれでも止めようとしない。

「アイツは、今この時にも苦しんでんだよ!」

掛け替えのない大切な友に、蛮はここに呪を紡ぐ。


今こそ汝が右手に――――


「やれやれ……聞く耳持たず、ですか」


その呪われし命運 尽き果てるまで――――


「私は美堂君に協力するよ。私としても、彼ほどの逸材を死なせるのは忍びないからね」


高き銀河より下りたもうアスクレピオスを宿すものなり――――


「ふぅ……仕方がありませんね。では、私も手伝いますよ。いくらシナリオ通りだとしても、銀次君に死なれてはこれからの楽しみが減ってしまいますからね」


されば我は求め訴えたり――――


「言うまでもありませんが、これだけの強固な結界だ。各々の最強の一撃を一点に集中するしかないでしょう。幸運にも、今は結界の出力が下がっているようですしね」


食らえ その毒蛇の牙を以て――――!!


「『蜂王陣』」


「『赤い剣(ブラッディー・ソード)』」


「『蛇咬(スネークバイト)』!!」


激闘は止まることを知らず、際限なく加速する。

まるで台風と台風が衝突するかのように両者の通った箇所の瓦礫は空を飛び、雷撃が、衝撃が闘技場を蹂躙し尽くす。

「滅びろ!!」

「消えなさい!!」

二つのケモノの咆哮は破壊への前章となり、雷を纏った腕が、大気すら切り裂く爪が、双方に突き刺さり後方の瓦礫目掛けて弾け飛ぶ。しかし、その程度では早々この二人を止める要因にはなりえない。

アルクェイドは邪魔な瓦礫を腕の一振りで吹き飛ばし、銀次の埋まった瓦礫の山へと駆ける。見れば、銀次も瓦礫をプラズマ球で吹き飛ばし、すでに起き上がっている。

アルクェイドには気づいたようだが、行動を起こすにはそれはあまりにも遅すぎる。駆けた勢いをそのままにアルクェイドは銀次の身体をアッパー気味の一撃で殴り飛ばす。それによって銀次は弾丸のような速度で空中へと飛ばされたが、どうやらぎりぎりでガードしたらしく骨を折る感触は伝わってきたが内臓を貫くまでには至らなかった。

(クッ!思っていたより消耗が激しい……!)

胸の内で悪態をつくアルクェイドだが、それも仕方がないだろう。本調子なら今ので勝負が決まる。それほどの手ごたえがあったのだから。

形成は現状のみを見ればアルクェイドが有利だが、時間が経てばどうなるかわからない。まだ相手が切り札を持っていないとは限らないのだ。

そのためアルクェイドは決断を迫られていた。危険だが空想具現化を使って一瞬で勝負を決めるか、このまま相手の頭か心臓を潰すまで戦うかを。

だが、そうこうして考えているうちに無数のプラズマ球がアルクェイドの周囲を取り囲むように空中から迫る。

それはアルクェイドの逃げ道を封じるように展開され、一見すると逃げ道がないように思えるが、一つだけ確実な逃げ道が存在する。

アルクェイドはその場でわずかに腰を折ると、地面を砕くほどに力を込めて上空へと跳び上がった。

標的を見失ったプラズマ球は地面に激突して消滅し、アルクェイドは落ちてきた銀次を追い越して身体一つぶん銀次の頭上に出る。

「落ちなさい」

その言葉とともにスパイクを加えるように振り下ろされた一撃は頭こそ捉えられなかったものの心臓の位置に直撃し、銀次の身体を高速で叩き落した。

その勢いは凄まじいもので、激突した地面を隆起させるほどだった。

銀次とは対照的に優雅に地面に降り立ったアルクェイドは隆起した岩の上に立ち、その中心を見つめ眉を顰めた。

「……どういう頑丈さかしら」

今まさに瓦礫を押しのけて立ち上がろうとしている銀次にアルクェイドは表情に不満を表しながらも感心にも似た声を上げる。

どうやら地面に激突する瞬間、銀次は無意識のうちに背中にプラズマ球をいくつか生み出すことで衝撃を和らげたらしい。しかしそれでも重症を負ったようで、いまだに回復の途中だった。

しかし、その目は闘気に漲っていて傷など関係ないと語っている。

「仕方……ないわね」

その目を正面から見たアルクェイドは一度ため息をつくと、ついに空想具現化を使うことを決意する。

このまま戦ってもやはり最後には勝てるだろうが、それまでにどれほどの力を消費することになるかは想像もつかない。それに今の自分がどれだけの空想具現化を使うことができるのかを図るにはちょうどいい相手でもある。

わずかなミスも犯さぬように入念に自己のうちに潜り込み、空想具現化を使おうとしたその時、


「蜂たちよ」


「『赤い射手矢(ブラッディー・サジタリアス)』」


突如として襲い掛かった蜂とメスによって、足元の岩を跡形もなく破壊された。


「……どうゆうつもりかしら?」

元々狙ったわけではないのだろう。傷一つなく地面に降り立ったアルクェイドは背後に立つ二人へと振り向くこともせずにただ敵意を向けて真意を問いかける。

「クス……ここで銀次君に死なれては楽しみが減ってしまいますので。それに心配せずともこれで終わりですよ」

悠然とアルクェイドの傍らにまで歩み寄ってきた赤屍はそう言って銀次の元に視線を向ける。そこにはすでに蛮がおり、銀次の肩を掴んで動きを止めていた。

「銀次、目ぇ覚ませ。オマエはそんなんじゃねぇだろ」

「蛮……ちゃん……」

その呟きを最後に銀次の意識は完全に途絶え、それは試合の終了も意味した。


こうして大将戦は裏稼業チームの反則負けで終わったが、チームとしての勝ち抜けは裏稼業チームが果たした。


この場に、様々な謎を残して……


あとがき


ふぅ……ようやく第二試合が終わった……

まさか、ここまで長くなるとは予想もしていませんでしたよ。これからはちゃんと一話に二試合入れるように努力させていただきます。

結果ですが、蛮達の乱入による銀次の失格となりました。あのまま戦わせてもよかったんですが、下手したらアルクェイドが暴走しちゃうかもしれなかったので。

それと結界ですが、あれは電気によって術式を起動させているため停電した時は術式本来の結界出力としての一割程度しかありませんでした。それでも破るのは至難のはずなんですが……まあ、あの三人が本気で一点に攻撃すればほんの一瞬ですが穴ぐらいは開くと結論を出しました。

そろそろ様々な謎も出始めました。今回だけ見ても銀次の『雷帝』化、ジャバウォックとアルクェイドの戦いの本当の目的に新たな謎、彼の存在というもの、アーカードと蛮の接点、そして第一段階という言葉などなど……もちろんこれらの真相などは考えていますので、徐々に明らかになっていくと思います。

それとこれから数試合にかけては所々含むものはあったとしても純粋にただの試合になると思います。天地無用!サイドはいつか述べたとおりこの裏の当事者でもあるわけですが、本人達は知らないので。


おまけ


相性表


天野銀次 ― アルクェイド・ブリュンスタッド ◎

試合を見ていただければわかるとおり、この相性になりました。というのもこの二人ってかなり接点が多いんですよね。特に猫とタレが。というよりもこの二人、相性が悪いという要因が逆にありませんでした。


『雷帝』天野銀次 ― アルクェイド・ブリュンスタッド △

この『雷帝』は現在のという補則がつきますが、そこまで絶望的に悪いというわけでもなくむしろお互いにそれなりに好感を持てあうタイプですね。争うことはありながらも相手を認めている、そんな関係で、七夜志貴と毒蜂の相性関係に近いものがあります。ちなみに無限城時代の『雷帝』なら○ぐらいはいくと思います。


裏設定 番外編


番外編というものからわかるとおり今回は少しいつもとは違った趣旨で、私の考える限り恐らくこの作品中最悪に相性が悪い『とある魔術の禁書目録』『魔法先生ネギま!』『TYPE−MOON』をどうやって合わせているのかを説明します。

なお、それなりに長くなると思いますので興味のない方は適当に流してくださってもかまいません。

まずは『禁書目録』『ネギま!』の双方の共通点でもあり最大の難関でもある『学園都市』についての設定ですが、そもそも場所自体わからないのでとりあえず関東内と大雑把にさせていただきます。

なぜ、わざわざ関東内に二つの『学園都市』を置くに至ったかは単純に勢力同士の均衡のためです。これもまだ詳しいことがわからないので現状の設定ではこうさせてもらいますが、恐らく先に出来たであろう『麻帆良』は(下の方で『TYPE−MOON』との相互関係を書きます)日本の『魔法使い』が多数存在する場所です。

しかもこれが大都市が数多くある関東内にあるとなれば他の組織(霊能力、超能力系統)が黙っているわけもなく、様々な論議の末にまだ日本では規模の小さかった『超能力』を専門に扱う『禁書目録』の『学園都市』が造られました。なお、これには多くの憶測が飛び交っており、正確にわかっているのは『麻帆良』と『学園都市』は互いに牽制し合う関係ということだけです。

次に『ネギま!』の『魔法協会』と『TYPE−MOON』の『魔術協会』ですが、この二つは元々一つの同じ組織です。ちなみに元の組織のベースは今の『魔術協会』そのままです。

少々これから分けられるまでの設定がオリジナル風味になりますが、現在の両作品の設定には変わりありませんのでご安心ください。

ではあらためて、なぜ元々一つだった組織が決別してしまったかというと最初は一部のものが『根源』について疑問を持ったことが始まりでした。つまり、決められたものしか行き着けないような『根源』を子孫に無理を強いてまで目指していったい何になるのか?というものです。

これらを唱えたのは元々専攻していた魔術を科学によって解き明かされてしまった者達で、その中には当時の『魔術教会』でも指折りの実力者も数人含まれていました。けれどここではまだ『魔術協会』の権力が遥かに大きく逆らおうと思うものはいませんでした。

しかし、次に唱えられた言葉によってその情勢も変わってきます。その言葉とは「人のためにその力を使おう」というとてもシンプルで、馬鹿にされても仕方がないようなものでしたが、元々不満を挙げていたものや冷酷である魔術師としての生き方に合わなくなってきたもの、協会のやり方に納得できなくなったものにとってはとても魅力的に聞こえました。なにせ力自体を捨てるのではなく、あくまでその力を別の方向に使おうというものだからです。

そこからの展開は速いもので、『魔術協会』内で長い年月冷戦状態が続いた後に四分の一近くの者達がその考えに共感を示して一度に『魔術教会』を抜け、他の弱小だった組織を統合して新たに魔術と魔法の区別をなくした『魔法協会』を造ることになりました(これらの出来事に様々な組織の思惑が入り混じっていたのはいうまでも無い)。

『魔術協会』としてもできれば排除したかったんですが、様々な組織が統合された結果規模が同程度になってしまい下手に手を出すこともできずにそのままずるずると時は進み、今では仲が悪いのは変わりありませんが、世界の情勢の変化を考慮されそれなりの関係を築くまでになっています。

ちなみに『魔術協会』の『魔術師』と『魔法協会』の『魔法使い』はそれぞれに秘匿されるものであることには変わりなく、例えば『魔法協会』の『魔法使い』が一般人にばれたことを『魔術協会』の『魔術師』が知れば独断で抹殺する権限もあり、またその逆もあります。

なお『魔術協会』に認められている本物の『魔法使い』は『魔法協会』ではそのまま『魔法使い』と呼ばれることもあれば『大魔法使い』『賢者』と呼ばれることもあります。

さて、物凄く大雑把に二つの教会と『魔術師』と『魔法使い』について語りましたが、ややっこしくて私自身わかりにくかったと思いますので気になった点がありましたらレスにて質問してください。

それとこれまでは私が乗せたいと思った設定を載せてきましたが、それだとネタが続きそうにないので皆様の質問に答える形にしようと思っています。例えば何と何で何か関連があるのか?この設定はどうなってるんだ?とかこういった質問を寄せてもらえると私としてもありがたいので、どうかよろしくお願いします。いえ、マジでネタがないので切実な願いです。


それでは次回、黄昏の式典 第十一話〜お子様対決?〜をよろしくお願いします。

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