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「ある少年達の選んだ道 プロローグ(SEED)」

霧葉 (2005-06-29 14:29/2005-06-29 14:32)
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 宇宙コロニー、ヘリオポリス。
 宇宙に浮かぶ巨大な円筒の内側に建造されたその都市の上空を、一羽の鳥が飛んでいる。
 黄と緑のカラーリングを持つその鳥は、しかし自然の動物ではない。
 人の手で作り出された機械の動物、俗に言うペットロボである。

 円筒を回転させる遠心力によって重力を発生させるコロニーでは、上空、すなわち回転軸近くでは重力が弱い。
 また、完全に閉鎖された空間でありながら、あまりにも巨大であるがゆえに、コロニー内部には風も存在する。
 自然界に存在する鳥類にはこの環境に適応するのは難しいだろうが、ペットロボはプログラムさえ調整してやれば何の問題も無い。
 むしろ、それほど強い翼を持たない彼にとってはありがたいとも言える。彼にとってこの空間は、最適の飛行環境だった。

 と、気持ちよさそうに滑空していた彼が、不意に作り物の大地へと降下し始めた。
 その先にいるのは一人の少女。袖の無いオレンジのワンピースから露になっている肩に、彼はゆっくりと舞い降りる。

「あ、トリィ」

 少し驚いた後、少女は彼に微笑みかけた。
 この少女は彼の主人の友人であり、彼とも何度も面識がある。

「トリィがここにいるってことは、キラはいつもの場所ね」

 少女の問いかけに、トリィ、と彼は鳴き声で答える。
 少女は楽しそうに笑うと、先端が外に跳ねたブラウンのショートカットを揺らし、止まっていた足を再び進め始めた。


   プロローグ 始まりの時は密やかに訪れ


 目指す場所はこの先の公園の、ちょっとした木立の中にある。
 つい先ほど舞い降りてきた鳥のペットロボを肩にとまらせ、少女は歩く。
 道路を渡って公園に入り、噴水の前を横切り、楽しそうに遊ぶ人々の間を抜け、たどり着いたそこ。
 そこには一人の少年が寝転んでいた。

 涼やかな木陰にまどろむその少年は、実に変わった姿をしていた。
 街中で彼とすれ違えば、おそらく十人中七、八人が振り返るのではないだろうか。
 着物、と呼ばれる日本の民族衣装の珍しさは十分に人目を惹くに足る。
 着流しや浴衣程度ならまだしも、袴まで身に着けているのだからなおさらである。

 少女は少年を起こさないよう静かにその傍らに歩み寄ると、そっと腰を下ろした。
 柔らかい微笑を自然に浮かべ、安らかな寝顔を覗き込む。
 中性的に整った容姿。
 吹き抜けたそよ風が、少年の柔らかいダークブラウンの髪を揺らしていく。
 しばし、そのまま時が流れた。
 このままいつまでも眺めていたいくらいだが、用事があってきた以上、そうもいかない。
 少し残念に思いながら、少女は少年の肩を揺さぶる。

「キラ、起きて」

 少女の声に、キラと呼ばれた少年は軽く身じろぐ。
 ゆっくりとまぶたが持ち上がり、青みの強い紫の瞳が姿を現した。

「……おはよう、ミリアリア」
「おはよう、じゃないでしょ。今何時だと思ってるの?」

 目をこすりながら体を起こしたキラに少女、ミリアリア・ハウは言う。

「さあ……何時なんだ?」
「もう一時よ。キラがふらっと出て行ったのが十時ごろだから、三時間くらい寝てたんじゃない?」
「そっか。で、どうしたんだ? わざわざ呼びに来たってことは、何か用があったんだろ?」
「あ、うん。カトウ教授が呼んでるの、キラのこと」
「……またかよ。まあ良いか、行こうぜ」

 キラは立ち上がり、傍らに置いてあった細い棒、日本刀を取って帯に差し込むと、その横の鞄を拾い上げた。
 ミリアリアの肩に乗っていたトリィが、そこが自分の巣穴ででもあるかのように、キラの左袖の袂に潜り込む。

「急ぎの用だって?」
「ううん。そうでも無さそうだった」
「なら急ぐ必要は無いな。昼はもう食べたか?」
「え? ううん、まだ」
「そっか。それじゃあ、途中で飯でも食ってくか。だいぶ腹が減った」
「う、うん!」
「じゃあ、行こうぜ」

 キラの提案に、ミリアリアは嬉しそうに頷いた。
 キラは一つ、大きく伸びをして歩き始める。
 ミリアリアがすぐにその隣に並び、二人は肩を並べて公園を出て行った。


 二人で軽く昼食を取り、レストランを出て、大学への道をのんびりと歩む。
 昼過ぎの街は人通りが多く、ためにキラの姿はより一層浮き上がるように目立っていた。
 だが、集まる周囲の目をキラはもちろん、ミリアリアも気にしない。
 慣れとは偉大な物である。

「もう一年も経つんだね」

 肩を並べて言葉を交わす内に、不意に訪れた会話の隙間。
 そこに滑り込むようにミリアリアはポツリと呟いた。

「……ああ、そうだな……」

 一年前。
 あの事件を示すのに、彼らの仲間内ではその時を漠然と言うだけで事足りた。
 それほど、あの出来事は彼らの記憶に深く残っている。
 当然だろう。
 何しろ交通事故にあった友人が、目覚めてみれば全く別の人格になっていたのだから。
 それは文字通り、「中身が別人に入れ替わった」としか説明しようのない現象だった。

「キラ、もうだいぶこっちにも慣れたね」
「ああ。人間の適応能力ってのは侮れないもんだな。もっとも、ミリアリア達がいなかったらこうは行かなかっただろうけど」
「そんなこと無いんじゃない? 前はともかく、今のキラってすごく逞しそうだし」
「俺が人よりも図太い神経をしてるのは認めるがね。さすがにそれは買い被りってもんだ。人間、そんなに強くはできてないよ」

 キラは苦笑する。
 あの現象は周囲から見れば、目覚めたキラが別の人格になっていた、と映る。
 だが、逆にキラから見れば、目覚めたら自身の体を含めて世界の全てが別物になっていた、ということなのだ。
 混乱、どころで済むはずがない。
 体のどこにもたいした異常が無いにも関わらず、あの事故の後、キラは一ヶ月間病室に隔離され、社会復帰するまでさらに三ヶ月を要した。
 むしろ、四ヶ月で済んだ事の方が驚嘆に値する。
 サイ、トール、カズイ、そしてミリアリアという友人達の助けがあったからこそ、だろう。
 もしそれも無かったら、と思うとぞっとする。

「あ、あの……キラ……?」

 と、自分の精神世界に沈んでいたキラに、ミリアリアの声がかかる。

「……ん?」
「ええと……そんなに見つめられると、その……恥ずかしいんだけど」

 ミリアリアは頬を朱に染め、少し身を縮めて上目遣いにキラを見返していた。
 どうも、じっとミリアリアを見つめた状態で飛んでいたらしい。

「あ……すまん」

 キラは慌てて視線を逸らす。
 二人の間に、しばし気まずい沈黙が下りる。
 その空気を吹き飛ばしたのは、背後からかけられた声だった。

「あれ? キラじゃない。ミリアリアも」
「あ、フレイ」
「よお」

 振り返ってミリアリアが答え、一瞬遅れてキラが挨拶を送る。
 そこにいたのは長い赤毛の少女だった。
 フレイ・アルスター。
 キラとミリアリアの共通の友人であり、やはり友人であるサイ・アーガイルの恋人だ。
 その後ろには、彼女の友人らしい二人の少女の姿も見える。

「ふ〜〜〜ん……」

 フレイはキラとミリアリアを見比べて意味ありげに笑った。

「やるじゃない、ミリアリア〜」
「だいぶ積極的になったわねえ、あなたも」

 フレイの両隣にいた少女たちが、フレイの笑みに続いて言う。
 キラにとっては顔見知り程度だが、彼女達もミリアリアには友人だ。

「ちょ、ちょっと、やめてよ!」
「隠すことないじゃない。あんまりもたもたしてると、私がもらっちゃうわよ」
「えっ!?」
「油断してると、本当に横からさらわれるわよ。狙ってる子、多いんだから。サイ・アーガイルがフレイとくっついちゃったっていうのもあるしね」

 少女達の口をふさごうとしたミリアリアだが、逆にその二人に思いっきりからかわれていた。

 姦しくじゃれ合う三人の少女をよそに、キラはフレイに話しかける。

「どうだ? サイとはうまく行ってるか?」
「ええ、おかげさまで」

 キラの問いにフレイは少し顔を赤らめて答える。

「そうか。お膳立てした方としては喜ばしい限りだな」
「……それは本当に感謝してるけど、あなたの方はどうなの?」
「……何がだ?」

 本当に嬉しそうに笑うキラ。
 それに対してからかうように言ったフレイは、わけがわからない、というキラの表情に逆に戸惑った。

「ミリアリアのことよ」
「……ミリアリアがどうかしたのか?」
「…………もしかして、本当に気づいてない?」
「だから何がだよ」

 フレイは大きくため息をつき、こめかみに指で押さえる。
 何と言うか、あまりにも哀れだ。
 ここはやはり、自分が一肌脱がねばならないだろうか。
 親同士が決めた許婚に過ぎなかったサイと名実共に恋人になれたのは、キラやミリアリア、それにその友人のトールやカズイのおかげだ。
 ならば、今度は彼らが幸せになれるように手伝ってあげるのが筋というものだろう。
 決意も新たに、二人の少女にからかわれて頬を真っ赤にしているミリアリアを見やった。
 そんなフレイを、キラは不思議そうに眺めていた。

 と、そのキラが不意に視線を鋭いものに変える。
 キラの剣士としての感覚に触れるものがあったからだ。
 反射的に鯉口を切りそうになっていた左手の動きを押し留め、感覚の命ずるままに後ろを振り向く。

 そこには、サングラスをかけた見るからに怪しげな男女の三人組がいた。
 身に纏った鋭い空気。
 訓練された身のこなし。
 そしてスーツの胸元のかすかに違和感のある膨らみ。
 どれをとっても、キラには真っ当な職業の人間でないことがわかる。

(……本当に隠密行動をする気があるのか、こいつら……)

 思わず心配になってしまうキラだったが、ともかく彼らについては心当たりがあった。

(……ついに来たか……)

 心中で呟く。
 彼の『記憶』によれば、それは平穏な日常の終わりと、戦場を駆ける日々の始まりを告げる使者だったはずだ。

 キラはミリアリアに視線を向ける。
 あの時以来、ミリアリアたち四人のゼミの仲間はキラにとって何よりも大事な親友だ。
 その視線は移動してフレイに。
 親友であるサイの恋人である彼女は、自分にとっても友人だ。
 どんな手段を用いてでも彼らを守る。
 これから彼らを含めた自分達に降りかかるであろう災厄と戦う。
 それがキラの誓いだ。

 幸いにもキラは戦う力を人よりも余分に持っている。
 こちらに来る前に身につけた技術。
 この肉体が持つハイ・スペックな能力。
 そして……この世界でこれから起こるであろう出来事に関する『知識』。

 できうる限りの準備はしてきた。
 体を鍛え、技術を磨き、知識を蓄え、独自の情報網を構築する。
 一介の学生には手の出ない部分が多く、万全とも十分とも言えないが、それでも自分の『記憶』にあるものよりはかなりマシなはずだ。
 後は、これからの立ち回り方でどうにかするしかない。

 賽はもうすぐ投げられる。

 キラは歩み去っていく彼らから視線を外すと、再び歩き始めた。


 (続く)

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