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「蒼い師と緑の弟子 第16話―怪しいけどまぶらほ編12話―(まぶらほ+風の聖痕)」

キキ (2005-02-16 11:57/2005-02-16 12:02)
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 最初に、遅くなったことに対するお詫びを申し上げます。


 「あなたくらいに強くなれますか」と背中に背負った子供から訊かれた時、八神和麻は「なに言ってんだ、こいつ」という驚きや呆れではなく「言われちまった」という承諾を前提とした諦め半分の思いに、自分が囚われたことに奇妙な感傷を覚えた。

 正直言って意外だった。自分がこの子供を助けた理由は、“壊れていなかった”唯一の生存者だというだけで、息がまだあっても壊れていた奴らは見捨ててきた。 そして、この子供も訊くことだけ聞けば放置していくつもりだった。その後死のうが生きようが知ったことじゃないと考えていた――いや、今もそう考えているはずだ。 
 例えこの子供が、あの時ここに来たかもしれないとしても…… 
 確かにこの子供の才能と素質は信じられないほど高い。だが、それがなんになるというのだろう。 
 どれだけ高い才能や素質を持っていたとしても、今強いわけではない。正直に言って足手まといだ。 
 それに――

 (こいつは、もうどうしようもないくらいにイカレテいる)

 壊れはしなかったものの精神の根本のある部分が、どうやっても治せないくらいにこの子供は歪んで、イカレテいた。 
 だから、見捨てても何もおかしくないし、むしろそうするのが当然だ――なのに何故自分は承諾しようとしているのだろう……

 『気の毒だが、断るしかないだろう。シスター・アリアの孤児院に連れて行くくらいが今出来る最高の好意だ』

 朧もそう言う。千年以上生きた経験を持つこの相棒の助言は正確だし、理にかなっている。 
 今まで、死んでも口に出しはしないが心強く思っていたし、これからもそうだろう――だが……今の自分はそれを不快に思う。 
 その苛立ちといっていい感情は、和麻を戸惑わせた。

 自分に対して毒づこうとして目線を下に向けた和麻は、自分が承諾しようとしている理由がよくわかった。

 子供よりも年長の大人が子供よりも短い期間で壊れるような絶望の中ですら自分を失わなかった瞳。希望がなくとも諦めずにあがき続けるという意志を宿し続ける純粋で無垢な、焦がれるほどただ“強い”瞳。
 一目見たとき脈絡なく不死鳥のようだと思ってしまった。一度は壊されてもよみがえり今を見つめているものだと思える双眸だと。 

 絶望の中に居ながら先のことを考え実行しようとしている瞳が羨ましくて、この瞳を見ていればやることがないから復讐をやっている自分でもいつか目標が見つかるかもしれないから傍に置こうと思わなかったといえば嘘になる。
 しかし、そんな感情よりも遥かに大きく「放っておけない」という衝動を覚えていた。そして、その想いは子供から「あなたと同じくらいに強くなりたい」という言葉を聞いてさらに強くなった。 

 もし、自分が断ってもこの子供は力を求めるだろう。 
 運がよければ―数千分の一だろうが―魔術師が見つかるかも知れない。だが、この子供のような素材を普通の魔術師が生贄や実験道具以外の使い方はしない。自分より才能があり素質も優れているとあっては、嫉妬するだろうし、そうでなくとも平行世界からきた人間というだけでこの子供の命運は決まっている。

 ――それが、我慢ならなかった。

 こんな絶望の中でも自分を保ち続けて、先を考えることが出来るような“強い”子が、そんな奴らのおもちゃになるのが我慢ならなかった。 
 理解不能な感情だということはわかっている。魔術師としても復讐者としても異端な感情だとはわかっている。師を殺した自分が教える立場に立つなど愚考だということもわかっている。
 そして何よりも――この子供と同じくイカレテいる自分以外この子供を鍛えられる奴は半径一万キロ以内にいないと断言できることもわかっていた。

 「二つ話すことと、一つ訊くことがある……それで決める」

 半分無意識に出た言葉は、子供を驚かせたらしくその目をキョトンとさせた。その顔とコクコクと一生懸命に頷く子供を見ながら、会話の先の自分の決断を和麻は予測していた。


 和麻はその時は気付かなかった。その時自分は、大切な失くしたくないものと生きていく上での目的を手にしたということを。そのときの理解不可能な感情が父性とか兄性とかいうものだということを。

 その想いに和麻が気付いたのは――子供がこちらの世界に飛んでくる原因となった存在に対して、大切なものを傷つけられたという不純物のない純粋な怒りと、子供をこの世界に飛ばしてくれた感謝という愛憎の相反する感情を覚えたときだったのだろう。

 だから、親子・兄弟同然のその子供の歪みが他者にもそして本人にもわからなくても、自分にはわかるくらいに顕著になったと判断した時、周囲の反対を抑えて帰らせた。 

 歪みはもう治せないほどのものだ。しかし、それと共存して歩くことはできる。その子供なら、きっとその歪みを受け入れて歩くことが出来ると信じて――子供を育てるという目的を持ったから歪みを受け入れられた自分のように……


 「――情報を得意とする術者の情報を得ました」

 その言葉を聞くと、それまで周りの言葉を聞きながら昔の回想をしていた和麻は、回想を止め、円卓に座っている部下のうち、その発言をした情報部長・張魯迅のほうを見た。

 三十人は、ゆうに座れると思える巨大な円卓の上に液晶画面や書類が置かれている。そこでトゥスクルの最高会議が行われていた。

 アデン支部長・ロスアンゼルス支部長・情報部長・作戦部長・開発部長・生産部長・後方支援部長・医療部長・対外交渉部長・財務部長の十人とそれぞれの副長に、副首領そして首領の和麻とその秘書の翠鈴の二十三名のトゥスクルの幹部達がここに居る。

 年齢、性別はともかく、ここまでばらばらの民族の違う人間が幹部となっているのは、魔術師組織としては異例というより、トゥスクルしかない。大抵は、同一民族が全体の七割以上を占めているのが普通なのだから。

 そして、ここまで特殊な部門―後方支援部や対外交渉など―が多く。医療部門所属の人間が開発部に一日中いるというのが普通だということからわかるように、それぞれの部門の垣根が低い、というより部門という概念があまりないところも珍しい。そのため派閥争いや部門ごとの予算の取り合いが少ない。 

 最も予算に関しては、現在も主婦業兼業で財務部長をやっているキャンバレー夫人の功績だろう。彼女は、ケチるところはケチるが使うときには豪快に使う柔軟な手法を見せ―必要とあれば和麻を叱りつけた―、細かいところにまで目を配り、それによって生じた前年の予算の余りや儲かったときの五パーセントに当たる金額をX会計として和麻に預けて、何処かの部門が不足した場合、和麻の許可と彼女の査定があればそこから出してあてることにしたからだ。和麻にそれを提案したときの彼女の一言「いざというときにお金を貯めておき、必要なときに使うのが主婦の常識ですよ」

 (翠鈴の師匠だからな)

 トゥスクル内部での通称が「おふくろさま」―誰も逆らえないため―である眼鏡をかけた五十代後半の太目の穏和そうな夫人を横目で見ながら、お陰で翠鈴が日に日に強くなっていったことを考えそうになったが、それよりも張の台詞のほうが重要だった。

 書類に書かれている数字と文字を見る。

 そこには、現在トゥスクルの現状がかなり厳しいことを示していた。その原因は一言で言って「香港に根拠地をこれ以上置けそうになく、情報系の術者が足りない」ということになる。

 前者の理由は簡単だ。大統領と大藩王の政治的な後ろ盾があるロスアンゼルスとアデンと比べて、大した政治的な後ろ盾がない香港は、いくら自由都市に近いといっても住みにくくなってきたということになる。

 さらに言うなら、初期の頃の弱小組織だったときとは違い。現在トゥスクルは世界で五本の指に入る魔術組織であり、所属している一般人が多く魔術師も一般人に近い感覚―つまり、飛行機とか電車とかの文明の利器を使っていても魔術師は世間から隔絶した独自の世界を作っていると考えていないということ―を持っているので一般人からすれば最も話しやすい組織であり、星条旗の国家ですら対等の関係を行っている組織だから、赤い国旗立てている単独政党政権の方々が自分たちのものにしようと、色々と突っかかってきているのである。

 もっと詳しく言ってしまえば、騎士王の国が領有していた時から香港に根を張り中央の目の上のたんこぶである華僑や客家の連中と仲が良い―それだけで一話出来るようなことがあったからなのだが―自分たちに頭を下げなければならない極東の島国出身なのに世界最強の風術師とかいう生意気な小僧を痛めつけて、華僑や客家を黙らせ香港で勢力を伸ばしたいという。公私入り混じった考えがあったりする。
 ――まあ、それはあくまでも次いでで本当の目的は違うのだが、和麻たちが話し合いによる解決を求めても応じないことには変わらない。
 そして、約一ヶ月前とうとう小競り合いが起きた。両者に死傷者は居なかったのだが、これで徹底的に友好が壊れてしまった。

 これを喜劇ととるか悲劇ととるかはその人間の立場によって違うが、この問題の根元の一つにはトゥスクルに対する認識の違いがあった。 
 六年前自国の大統領どころか、大統領が所属していた政党から出ていた閣僚の大半が退陣させられた国は、トゥスクルの戦闘力を実際より高く見てどこの国にも属さない中立の組織と扱っていたのに。 
 人口最大国の首脳部は、トゥスクルを星条旗の国家の半独立した出先機関としか見ていなかった。まあ、確かにウルグと和麻の関係を知らなければそう見ることも出来るので、彼らの分析はおかしくない。

 その齟齬について和麻たちは昔はともかく今は分かっているのだが、わかったときにはもうどうしようもないところまで来ていたし、彼らの要求は到底のめないものだった。

 トゥスクルという組織が、六年で総合規模において二十倍以上の成長をした理由の一つとしてどこの国家にも属さず、アラブ世界とも星条旗とも交流をもちながら中立の立場を貫いているということがある。

 何でそれが重要かというと、中立というものはリスクも大きいが両者の交易を仲介してマージンを取れるなど美味しいところがたくさんあるのだが、現在基本的に対立しているこの二つのグループを仲介しようとしている組織が、なんだかんだ言ってどちらかに属しているか、属していなくとも『力』が、足りず本当の意味の中立を名乗れないというところにある。

 中立を名乗るには、対立している二つのグループに一目置かれる力と、対立している二つのグループに必要とされていなければ、何か言っても無視されたり、取り込まれたりする。

 その点、和麻率いるトゥスクルには中立を名乗れるだけの力―前星条旗大統領を半分自業自得とはいえ退陣させた力、現在とはいえ十億ドル以上の経済力、幻想種の知識と魔術と科学を融合させた新しい技術―と、両者の安全が保障された公平な場という対立する両者が必要としているものを用意できることだけでも、トゥスクルの存在が、いかに重要かがわかる。
 加えて、トゥスクルという組織が魔術組織の中で、最も一般人に近い立場だということもその価値を高めているし、和麻たちも中立という立場の価値を高めることを怠らなかった。中立という立場であぐらをかいていただけでは、すぐに利点など無くしてしまう。 
 これだけのことを考え、それが実現可能かを探りながら、和樹の契約や煉との出会いを含める逃亡をやっていたりするのだから、和麻のそういうところは呆れるしかない。

 が、最近の人口最大国の政府との激しいやり取り―1ヶ月で銃撃戦が二桁に上っていることだけでもお分かりになると思います―において、彼らからは対話で行っていることから見て誠意―要人を魔術であまり襲撃しないでくれということ―を守ってはいることに国々や大企業を満足させたものの。
 人口最大国の攻勢の激しさから、このままでは世界最優の魔術組織がかの国のものになるのではないかという疑念を持たせてしまった。中立の立場を貫くトゥスクルをかの国が手中に収めるということが、三極対立―これこそが彼らの目的―を意味するということに気付かない関係者はいない。

 銃撃戦をやらかしても、和麻たちは話し合いでの解決を求めたのだが、「従属か?死か?」という最後通告の時の期限を二ヶ月に出来たことが唯一の成果だった。しかも、現在とある場所で軍隊が集結中という情報―おそらく意図的に流されたもの―を聞くに至って、トゥスクルのメンバーは戦う覚悟を決め、その準備に入った。 
 「幸いなことに星条旗から武器援助の話も来ている、負けない戦いを繰り返し、自分たちと戦うことが得ではないと思わせればいい」という徹底抗戦の悲壮な決意を固めたのだが、その決意は和麻によって覆された。

「 今俺たちが戦って、得するのは星条旗だけだ。俺たちがこの国と戦えば、どっちが勝つにしてもこの国が疲弊することには変わらない。そうなるとまずいことになる。星条旗が中立という立場の組織を必要としているのは、この国を恐れているからだ。この国が疲弊してイスラムと合わせても自分たちの敵にはならないと判断したら、俺たちなんて必要としない。だから、武器援助なんて言い出したんだ。あいつは、俺たちに出来る限り長い間戦わせて、この国の国内の火種を煽るつもりなんだろうよ。そうすればこの国を潰せなくとも、弱らせることは出来るからな。そうなれば、俺たちは抵抗してもあの国の出先機関のひとつとなるしかない。今の国際情勢だから、俺たちはここまで来れたんだからな。国際法?あの二つの国が両方ともやる気なのに注意する奴なんているわけねえだろ」
 その言葉を聞いた幹部たちから、ではどうするのかと問われたときの和麻の返事は「逃げる。この国に俺たちが居るからややこしいことになっているのなら、俺たちがいなければいいだけの話だからな」だった。 
 まさにコロンブスの卵のような案だった。人口最大国がトゥスクルを傘下に置こうとしている根拠が「自分たちの国の領土に居るから」というものであるので、目的が何処かに行ってしまえばとりあえずはどうしようもない。
 ――因みにトゥスクルの構成員の国籍は、誰も聞いたことのないような人口数百人の小国になっている。金と人がいる組織の名前だけでも欲しいという国はどこにでもある。

 周囲の皆が戦いを避けられないものとして覚悟しているのに、和麻だけは冷静に現状を見て戦う必要がないと判断していた。 
 和麻のこういう全体を構想しデザインできるところこそ、八年前から百人以上の人間たちからリーダーと認められ、六年前に主となってくれと言わせたところだ。

 ガーナーが和麻と私的にも親しいことから、今回のことはあまりにも非情ではないかと思うかもしれない。
 が、もしここでガーナーがそう来なければ和麻は逆に蔑んだだろう。自国の利益のために躊躇することなく、最良の手段をとることが出来るというのが一流の政治家の条件の一つで、ガーナーが一流の政治家と判断したからこそ、和麻は両者の中立という立場を取れたのだ。
 ナショナリズムに染まった奴や国益よりも私益を優先させる奴なら、中立など必要ないといっただろうから。
 だから、今回の件はある意味試験を兼ねていることもわかっていた。この程度の考えにさえ至らないような奴らに中立など名乗らせるつもりはないという意味と、この程度の状況で揺らぐかどうかという様子見を兼ねたものが、武器援助の一言だけで出来るのだから、星条旗首脳部としては児戯に等しい安上がりの手段だったろう。 

 それを正確に和麻は理解し、対外交渉部主導で、八回目になる両者の重要人物を招いた秘密会議を行うなど、中立としてのトゥスクルをアピールに務めているが、これはあくまでもその場限りの解決手段で、流浪の武装集団同然になりたくなければ、根本の問題である本拠地移動は大至急進めなければならない。トゥスクル所属の人間は、様々な理由で行き場所が無い者達なのだから。

 というわけで、トゥスクルは中立という立場をはっきりと宣言するため、ひいては組織構成員を飢えさせないために大至急組織の本拠地を移さなければならないのだが、多民族組織でありその分宗教関係がややこしいので―宗教にかなり冷めているトゥスクルメンバーではなく、移った場所の住民の方々がうるさい―、ただでさえ候補地は限られるから、政治的にどちらかに属していてもこの際問わないことにした。 
 その代わりに宗教においては絶対に寛容な土地で、地理上の位置において両者の距離とほぼ等しい場所に本拠地を置かなければならず、しかもその場所は経済的に富裕であり、仲の良い華僑の支援が受けやすい中華街が近くにある人口数百万という大都市でなおかつ海に面していなければならない。

 つまり――日本の首都圏である。

 日本という土地は、龍脈が数多く交わる土地だ。しかも戦乱があっても龍脈に影響を与えたことがほとんどなく、特定の宗教が強くないために宗教戦争の魔術師に対する迫害がほとんどなかったので、龍脈が交わっていてもその上で宗教戦争や迫害をした場所とは違い、龍脈が無事なまま千年以上経っている。そのため世界でも有数の魔術に適した地となっており、強力な術者が生まれやすい。というより世界最高クラスの魔術師たちの宝庫といえる。

 それに加えて、日本という国家は外国人でも住みやすい土地であるし―日本は外国人に冷たいというが、日本人が冷たいといっている外国人は一部の国だけで、現実の日本の外国人に対する態度は世界でも十指にはいる良好さだ。だから、日本を目指す不法入国者が後を絶たない。仕事があるからというだけで人間は数千キロも海を渡らない―、それに日本で揃えられないものなどなく、交通の便もいい。魔術師が拠点を置くに当たって理想的と言っていい場所なのだ。

 だが、外来の魔術師が個人で生活するならともかく、組織を置くとなると非常に難しくなる。周囲の魔術師たちが強力すぎて生半可な組織では入る場所がなく。自国の魔術師たちの優秀さを誇りに思う政府が、外来の――というより外国人を含む魔術組織に許可を与えることがない。

 実際に数年前、世界最大の組織である『協会』が、拠点を置こうとしたが、魔術的にも政治的にも追い返されたので、それを聞いた和麻は香港に拠点を定めた。あの時のトゥスクルでは、到底日本の魔術師たちと喧嘩できないから。

 だが、現在はトゥスクルの力も強くなったし、何よりもすぐに引っ越さなければならないので政府と交渉しているのだが、許可がないどころか相手にもされていない。かといって政府を脅迫した場合後がやりにくくなる。そういう手段を使った場合目先の今はともかく、長い目で見ると不利だからだ。
 まあ、和麻はこの国を出るときに革命の火種になるような『お土産』を置いて、自分たちの中立を揺るがそうとする奴らに対してどうするかという宣伝を込めて叩き込むつもりだが、これからそこに住むつもりの家の大家に喧嘩売る物好きはいない。 

 政府とコンタクトを取るというならば、星条旗大統領のガーナーからあくまで個人から個人への連絡という国は関係ない私通という形でホットラインの電話をしてもらうという手もあり、今貸しがあるのでガーナーから変な要求はないと思われるが、香港の二の舞を避けるために、本拠地の基盤を強めるとき用にとっておきたい手の中の一つなので却下。

 そういうわけで、トゥスクルの大まかな手段は、政府からの信頼が厚い組織を凹ませて、自分たちの実力を政府に認めさせると同時にその組織の代わりということで入り込もうとしているというものだ。
 が、残り時間の割にはまったく進行していない上に、何の理由もなく喧嘩を売るような組織を政府が認めるはずないという大きな障害のために、普段陽気で不敵なトゥスクルメンバーも生真面目で追い詰められた雰囲気になってしまう。

 その進行していない最大の理由こそが――人手不足である。

 人手を全て引越しとそれに伴う工作に向ければ足りるかもしれないが、せっかく築きあげてきた信頼を無くすわけにはいかないので、現在の業務を行ったまま拠点を移すということになる、そうなると情報系の術者の数が圧倒的に足りない。拠点を移す場所の情報などを調べたりするのにそういう術者はいくらいても足りないのに、トゥスクルはかなり前からぎりぎりの数―通常の組織に比べて多いくらいなのだが、情報第一という組織の性質上―しかいない。

 かといって新しく雇おうとも情報系の術者はどこの組織でも手放さないので―その組織の情報を持っていかれるとわかっているのに誰が手放すか!―情報系の術者の集団を得るとなれば、誰も知らない奥地で発見して彼らと仲良くなるか、何処かの馬鹿な奴らが情報系の術者を奴隷扱いして彼らが反感を抱いている。という、まともな組織なら自殺行為をやっている馬鹿を見つけなければならない。

 だから、冒頭の台詞を聞いた瞬間和麻は目を開け、周囲の幹部連中もどよめきを発した。他ならぬ情報部長の張が言ったのだ。トゥスクル情報部は政策には関わらず常に報告という形で情報を他の部署に伝えるので、部署の利益というものがないのに加えて、情報部の連中が誠実な人間ぞろいなため基本的に公正である。加えて彼が情報部長という重職に就いている間の六年、彼らが一度も分析を怠らなかった―情報というものは経済・技術・軍事・科学・自然の専門家が分析しなければただの『データー』であり、精密で細心の分析があって初めて『情報』と名乗れる―ことを思い出せば、この情報の重みがわかる。

「それは情報部からの報告なのか」

「はい」

話してもよろしいですかという目線に対して、「当たり前だ」というように頷く。

「正直に言って、和麻さまが彼らのことを言い出されないことが不思議でなりませんでした」

「へえ、まるで俺が知っているような言い方だな……誰だ?」

「日本の風牙衆です」

冗談だと思い笑いかける和麻に、真剣な表情の張が頷くと和麻も笑いを引っ込めて、単刀直入に問い、張が答えると 
 ――二十二人全員が和麻のほうを見た。若干非難が混じっているのは仕方ないだろう。和麻の生い立ちからしてみれば思いついて当然の名だった。が、

「……風術師の一門だったと思うんだが、どうしてそいつらが俺と関係してるんだ?」

 本気で不思議そうな言葉を聞いた瞬間、二十二人全員が何かを悟った。副首領のベナウィが彼らを代表するかのようにたずねることにした。

 「和麻さま……「ああ、なんだ」……神凪一族をご存知ですか?」

 「炎術師の中で最強の集団だろう。知らないとモグリだぞ。それに、日本に本拠地を移す場合の最大の障害だろ……そういや、そいつらが風牙衆を下位組織にしてるんだったよな」

 「その通りです。そのあたりは覚えていらっしゃるんですね」

 皮肉ではなく、和麻の記憶力のよさに感心すると同時に、ある考えに確信に近い気持を覚えるベナウィと他。

 「ああ、上手いこと考えたって感心したからな。風は炎を煽ることができる。その上術者としたら神凪より格下、手下として利用するのは最適だ。後はある程度アメしゃぶらせとけば逆らう気無くすだろうよ」

 そこで言葉を切ると、張のほうを見て再び口を開いた。

 「アメしゃぶらせなかったのか?」

 「……これをご覧ください」

 そう言って手元の液晶画面を操作して、風牙衆に対する神凪の対応をそれぞれの液晶画面にだす張。頭を抱えているのは、何故だろう。頭痛モノの情報があるのかと思いながら、目を向けた和麻は皮肉げな笑みを刻んだ

 「へえ……奴隷というよりおもちゃだな、これは」

 その言葉をきっかけとしたようにあちこちから、怒りの混じった声が聞こえ、女性の数名は口を押さえて眼を背けた。

 夫の目前でその妻を犯しその後その妻が神凪の子供を妊娠した時、腹を掻っ捌いて未熟児を取り出して妻の目の前に吊るして干乾させた。というのは序の口で、ありとあらゆる性犯罪や暴行があった。しかもそれがここ十年だというのだから、恐れ入る。

 「しかし、よくこんな写真手に入ったな」

 順に回されている加工の形跡のない、炎術師の子供の集団が風牙衆の女性の膣に手を突っ込んで中を燃やし、女性が白目をむいて絶叫している写真をみながら、顔を青ざめさせながらもしっかりと見ている翠鈴に気遣いの視線を向けた後、感心半分呆れ半分に聞いた。

 「記念写真のようです。公園で、自慢していましたよ」

 「殺したのか?」

 「いいえ。報告書では、事故によりその少年が倒れたので回収したということになっています」

 「その報告書、書いたのサリムか?」

 「よくお分かりですな、おっしゃる通りです……何か?」

 「いや、なら事故の後片付けは万全だから、安心しただけだ……となると、風牙衆はこちらの誘いに乗るだろうが、そうすると神凪と全面戦争になるか……政府も敵に回るだろうから正直キツイな」

 その言葉に張が頭を下げると、対外交渉部長・のキングが立ち上がった。

 「戦う必要はありません。この写真という証拠があれば神凪一族の罪を問い、奴らに文句を言わせずに我々のほうに風牙衆を引き込むことが可能です」

 「政府相手の交渉でか?」

 神凪について書かれた資料を高速で読みながら、和麻。その言葉に虚を突かれたがキングは直ちに答えた

 「その通りです。和麻さまの許可が得られれば、直ちに日本に向かい。風牙衆と新たな拠点を得ることができます。我々は、戦わずに目的の地である日本に拠点を移せるのです」

 神凪―でなくともいいが、首都圏はほとんど彼らの勢力圏なので彼ら相手になるだろう―という政府からの絶大な信頼を得ている組織を凹ませて、その間彼らの目と耳を奪い取り、それで空いた穴を埋めるように居場所を作るというのが、現在のトゥスクルの目的であり、その手段としてキングの提案は間違ってはいない。が――

 「やってみる価値はあるが、成功すると思わないほうが良いだろうな」

 「どうしてです?」

 珍しく苛立ちを含んだ声を聞き、キングが妻をアルマゲストの魔術師に殺された自分を風牙衆と重ね合わせていることを理解した和麻は、手元のコンソールを操作しあるデーターを全ての液晶画面にアップになるようにしながら落ち着けという口調で語り始めた

 「神凪一族の価値は、政府の上層部にとって“最強の炎術師”だということもあるだろうが、それ以上に“千年以上も自分たちを守ってきた一族”だということが大きいからな。わざわざ京都から連れてくるくらいだ。この程度じゃ千年の蜜月関係は揺るぎもしないだろうぜ」

 千年間も、他のところにいかずにある国家を守っていた魔術組織というものは、世界を見回しても存在しない。他の国に乗り移ったり、国が滅ぶとき離反したりするので長くても三百年ぐらいだ。 
 こういう歴史に裏づけされた伝統に対して人間というものは基本的に弱く、それに対して寄せる信頼は生半可なものではない。
 しかも、その守ってくれている者達は最強の炎術師と世界から公認されているので、そんな連中が自分たちを守っているということは、ただでさえ周りの国を上目遣いで見ている島国の政治家にとって数少ない胸を張って自慢できることだ。
 だから、神凪一族の不利益になることはまずやらないだろうし、神凪が他の組織に潰されそうになった場合、『最強』の名を傷つけないレベル―特殊部隊を動かすのは序の口―で助けるだろうから、神凪に喧嘩売るということは日本政府と喧嘩するということになる。
 つまり、神凪一族が自分たちをどう捉えているかは知らないが、外から見た彼らは半官半民の存在なのだ――だから、やっかいなのだ、例えトゥスクルが戦うつもりがなくとも、日本に政府の許可なしで入った段階で敵対関係になるだろうから……

 「……その通りですな、申し訳ありません……それでは、武力でということになりますが大義名分―この場合、政治家にとってひびきが良く納得できる理由―がありませんし、日本に対しての進出は取りやめにいたしますか?何処か別の場所にするということで」

 自分が熱くなって気付くべきことを気付かなかったことを謝罪すると、キングはいつも通りの冷静な口調で口を開いた。風牙衆に対して同情はしているが、それでトゥスクルの舵を誤らせるような奴に対外交渉部長は務まらない。

 「しかし、その場合にしても風牙衆は欲しいですな。彼らに当たってみますか?」

 情報系の術者がのどから手が出るほど欲しいので諦められない張の発言に、首を振って無理だろうという意思を示す和麻。その具体的な理由は

 「無理だろうな。三百年も自分たちよりも圧倒的な力を見てたんだ。その力を上回るものを手に入れて――いや、手に入れてもそれが、自分たちが強くなったものじゃない限り半分は反抗しようと考えることもできない。単純な力を持った奴による支配を受けている奴は、その力を持っている奴よりその力に束縛されるからな。まあ、三割も味方してこっちに来ると言えばパレードやってもいいと思うぜ……その力を潰すかその力と同族の者が味方だと保証されない限りだがな」

 力を潰すという言葉の意味を理解しないものは居なかった。そして、一人の女性が立ち上がった。

 「作戦部長として発言させていただきます。もし神凪一族と戦うことになった場合、我々は、神凪一族と戦って勝つ自信はありません。彼らは、世界でも最強といって良い集団であり、我々は戦闘能力において並でしかありません……もし、戦うというのでしたら、和樹君を呼び戻してください。和麻さまが神凪の宗家全員に勝つのは、厳しいと思います」

 トゥスクルの作戦部長を務めるのが女性だということに、周囲は最初驚くのだが、臆病ともとられかねない発言を堂々と言い、相手が和麻でも容赦なく言うべき事を言う―和麻が部下の発言に寛容だということもある―のですぐに納得する。

 「確かに、俺一人じゃキツイな。だが、そこらへんはまともに戦わなければいいだけの話しだし。日本を諦めるわけにはいかねーからな、和樹を呼び戻すかぁ……予備か念のために――」

 「違います、和麻さま。私は和麻さまと朧殿のお二人ならただ戦うだけならば勝てると思っています……ただ」

 「分家の相手か?それなら――」

 その言葉に対し、顔をぶんぶんと横に振るシャクティ嬢。鉄仮面のように変化のない表情をしていても、この女性の感情は実に豊かで子供っぽい。それを隠そうと、鉄仮面のような表情をあえてしているのだが、その分動作が目立つので逆効果である。

 「和樹君を呼ぶのは、戦闘力という面ではなく、和麻さまの精神的な面です」

 その言葉に、ますますわからんという顔をする和麻を見て、ベナウィが立ち上がった。

 「和麻さま……お父上のお名前を覚えておられますか?」

 「ああ、厳馬だろ。それがどうかしたか?」

 「それでは、叔父上のお名前を覚えていますか?」

 「叔父からもう一つ離れていたと思うが……重悟だったな」

 「……では、弟さんのお名前を覚えていますか?和樹君ではなく」

 「あー、確か……れ、れ…煉だったか」

 「母親の名前を覚えていますか?血の繋がったほうの」

 「いきなりぞんざいになったな……覚えてるわけねーだろ」

 母親の段階になるといきなり口調が冷たくなったベナウィの問いに対して、和麻も当たり前だろという口調で返した。

 「重悟殿にご息女がいらっしゃるのですが……ご存知でしたか?」

 「いや、知らんな。初耳だ……つーか、この質問になんか意味あるのか?」

 円卓に座っている周囲の連中が、首を振っていたり、ああやっぱり忘れてるよという顔をしたり、気分を落ち着かせるためにお茶を飲んだりしているのを見ながらそう答えると、ベナウィは頭に手をやりながら「どうして、この方は部下全員の名前だけじゃなく、その家族の名前まで覚えているのに……自分のを忘れるのでしょうか」とぼやいた後

 「……手元の資料の神凪一族の宗主とそのいとこでNo2でもある人物とそのご子息の名前を見てください」

 そこに書かれている単語を見ると、和麻は記憶のかけらを集めて形にするかのように一度目を閉じ

 「――おおっ!?」

 手をぽんと合わせて、気のない声を出した。家庭を持ち充実した生活と嵐の小船のように気が抜けない現状に集中するあまり、不要と判断したことを記憶から削除していた和麻だった。

 「忘れてたんですね……」

 「昔の話だからな……」

 「確かに和麻が家を出たのは八歳だから昔とはいえなくないけど、煉君にあったのは六年前じゃない。なのに忘れるところだったのは、ちょっと薄情過ぎない」

 普段会議中に発言しない翠鈴が珍しく発言したのだが、和麻の態度にみんな集中していたので気にしなかった。

 「……一度しか会ったことねーんだ。名前覚えてるだけマシだろう」

 「ふーん。それじゃあ、名前覚えてる人たちは、和麻にとって会ったことがある馴染み深い人たちなのよね?……「ああ」……最近行ってないって言ってたのに新しくハーレムに入った人の名前覚えてるのはどうしてなの?」

 「その話については、先日話がついたと思いたいのですが、いかがでしょう翠鈴さん」

 「そのときは、桜が起きてきたから延期しただけで、話なんてついてないわよ。無意識で言えるくらいなんだから、今言えるわよね。いつ続き言ってくれるかと思って最近眠れてないんだけど」

 「それには、深い事情がありまして」

 「『問答無用』っていい日本語よね。和麻の国って役に立つ言葉がたくさんあるんだから」

 「さくらー、お父さん大ピンチ、朧と遊んでないで助けに来てくれ」

 夜の営みの最終章で新入りの方々複数の名を呼んでしまい、首を絞められていたところを、右手に等身大の枕を抱き左手で目をこすりながら「おとうさん、おかあさんいっしょにねよ〜……んぅ?どうしておかあさん、はだかでおとうさんのうえにいるの?」と言いながらやってきた娘に救われたというよりうやむやに出来た男は、もう一度助けを求めた。

 「ボス、あんた弱すぎます!もっと頑張ってください!ただでさえウチ女が強いんだから!」

 和麻が、ある意味でイエスキリストとかマホメットとかの方々と同レベルだということが情けなさを増していた。まあ、こういう俗人ぽさがない奴なら騎士王みたいに孤立するかもしれないが…… 

 「へえ、あんたたち男が情けないから、私たちが頑張ってることをそういう風に見てたのね、あんたは――」

 とその言葉を聞きとどめたカザーリンさんが発言した後、いつものように目前で起こる騒ぎに頭を抱えて「一ヶ月以内にここを出なくては、軍に攻められるということがわかっていて、どうしてこうなんでしょうか」呻くベナウィを横にいるシャクティが「どんなときでもこういう余裕があるという私たちの強さが、和麻さまと翠鈴さんのおかげで戻ってきたから良いじゃないですか」と最近シリアスだった雰囲気がいつもと同じような雰囲気に戻ったことを語り慰めている。 
 このふたりだけではなく全員このときにはわかっていた、翠鈴が珍しく発言したのは(和麻が本気で言い訳していることから見て、おそらく用意していた台詞とは違うものから始まったのだろうが)こういう雰囲気を戻すために和麻と組んだ芝居だったということ。そして、和麻が自分は元神凪だということを冗談抜きにマジで忘れていたことも――前者はともかく後者に対しての確信は揺らがないだろう。


 それから十五分後、ようやく落ち着き円卓の周りに座りなおした幹部陣。その彼らに向かって、何か重いもので後頭部を殴られたように頭をおさえながら、和麻が発言した。

 「アーチ(キングのファーストネーム)……「なんですか」……神凪から出て行った人間が復讐のために帰ってきたというのは、神凪に喧嘩売る大義名分として不足してるか?」

 「「「「「「はい!?」」」」」」

 聞き捨てならないことを聞き、思わず聞き返した方々。どうやら、和麻が何か倫理とかそういうものからしてみればとんでもないことを決意したらしいということだけは理解していた。

 「どうなんだ?」

 もう一度訊いてきた和麻に対し、「仕事なんかさっさと要領よく終わらせて、酒飲んで寝ちまえ」という意見が一般的なトゥスクルでは珍しく真面目な男であるキングは職務に忠実なので答える。

 「は、はい。そうですね……大義名分としては弱いかと」

 「そうか……だったら、神凪を出奔した宗家の男が外国で組織を作り上げ、その組織に風牙衆を引き込もうとしたら神凪と戦闘に陥った、ってのはどーだ」

 「……その場合ならば、大丈夫でしょう。神凪を出奔したとはいえ、元神凪一族というならば、政府の受けもいいでしょうし、そうすれば組織の拠点を得やすくなります」

 「いい事だらけだな。風牙衆も同じく神凪に蔑まれた人間が作った組織ってことで親近感も沸くだろうしなあ、それだけでも七割はこっちにつくぞ」

 「……そう来ますか、あんたは」

 口ではそう言っていても、キングの顔は輝いていた。それは、今まで閉塞していた状況を一気にひらくことが出来る手が見えたこともあるが。
 和麻は面倒臭がりだが、手段を選んで事業に失敗して部下の首を切って頭下げて「ごめんなさい」言うような無責任さと無縁だということが、再確認できたことが嬉しい。
 そのために、血族の名を借りて組織の基盤を作り、その過程で血族と戦うなどということなどなんであろうか!その程度のことが現状で行えない指導者は害になるだけだし、和麻が昔と比べて穏和になったという再確認すら出来るような優しい手だ。
 だから、その部下である自分たちが今やるべきなのは、その手段を遂行する上で各自の専門分野に思いを馳せることだ。

 神凪のことを忘れていた“無能者”に徹底的に利用され、ろくでもない目にあうに違いない神凪に対する同情などは――もちろんない。線香の一本でも立ててやるから滅んでいただこう。

「神凪と戦わずに組織を政府が受け入れることはまずないが、神凪と戦う大義名分がなくて(十分くらい)困っていたことが無駄になったな。全くお前らも人が悪いぞ。そういうことはもっと速く教えてくれよ」

 くくくくくと血の匂いがしそうな笑みを浮かべる和麻を見ても、トゥスクルの幹部にこの程度で引くような奴は居ないので全員平然としている。

 「和麻さま、それでは神凪と戦うということになりますか」

 例え前記の理由で交渉したとしても、神凪と戦って勝たない限り政府が認めない―神凪一族より戦闘能力で劣っているのに何故認める必要がある!―ということを百も承知で釘をさすようなことをベナウィ。
 取りようによっては、盛り上がっているところに水をさすやつと見られるかもしれないが、無条件で賛成する副官というものが不要どころか害でしかないことを良く知っている和麻は感謝の念すら抱きながらかえした。

 「いや、あくまでそれは一つの選択肢だろ。目的はあくまで日本への引っ越しだ。でも、戦うことを前提にした準備しといたほうがいいだろ。準備過剰なら笑えるが、準備不足は火傷じゃ終わらねーぞ」

 「そうですね。それでは、これからの方針は?」

 ―――それからの和麻の言葉の一部抜粋―――

 「情報部は、情報収集を神凪の詳しい戦力、神凪と他の魔術組織の関係、政府の反神凪派があるか神凪よりもこっちにつきそうな要人に主点を向けてくれ」

 「はい、引っ掻き回してもいいですか」

 「ああ……対外交渉部は通常業務はいいから、政府要人に対しての交渉の継続と、いざというときにこっちに誰かつける工作を情報部と協力してやってくれ。それと、風牙衆相手の予備交渉」

 「ウチ(トゥスクル)の名前を出してもよろしいですか?」

 「いや、今は出さずに、その分他のもので何とかしたほうがいいだろ。神凪の耳に入ると、面倒臭いことになる。ああ、話しても大丈夫な奴だと判断したら、話してくれ――後方支援部・アデン支部・ロスアンゼルス支部に対する指示は聖痕編に直結するので省きます――それ以外の部署は基本的に通常業務、情報部と対外交渉部の手伝いを頼まれたら優先してくれ」

 ――それ以外にも、神凪と自分たちとの間にある大人と子供のような戦闘能力の差に懸念する方々に対し、和麻が「別に直接殴りあう必要ねーだろ」と言って、神凪一族が聞いたら卒倒しかねない戦法を語ったりしたのですが割愛します――

 「めんどいことになってるが、死なない程度にがんばろーや」

 最後に、瀬戸際にいることなど全く感じさせない口調で閉会宣言をしながら、和麻はシャクティの提案に思いを馳せていた。

 (和樹に応援頼むか……一度様子を見に行くか、桜も会いたいっていってたし)

 まあ、あと一週間は先の話だろうがなと呟くと、和麻は茶を飲んで準備にかかるとした。来る嵐に対する準備を――

 ――和麻が正面から堂々と戦うような真似をしないとお考えの方、大丈夫です。ちゃんと用意しています。かなり先のほうになるのですが、ある会話のように――

 「――そうですか親しい政治家の方々への工作は終了しましたか。それは素晴らしい……何度も言うようで恐縮ですが、もう一度言わせて頂いてもよろしいですか……ありがとうございます。前々から言っているように、あなた方のように一族に生贄を用意してでも国を鎮護しておられる方々こそ首都に拠点を置くべきなのです……ええ、全く。伝統があるというだけの炎術師が首都に居るのに、涙をのんで生贄を出しているあなた方が、富士の田舎だとは不条理極まりないのです……その通りです。不条理を正すことこそが、本当の意味で国を守護なさっているあなた方の責務であり、我々はその協力を惜しみません……それも何度も言ったと思うのですが、我々は日本に引っ越したいだけなので今あなた方がお住みになっている屋敷をゆずっていただければ……おお!なんと掃除までしていただいているのですか、感謝の念に絶えません……いえ、お礼なんて結構です。こちらからすべきものなのですから……そうです。風術師の私が長を務めていることでお分かりになるでしょうが、我がトゥスクルには神凪と単独で戦う力はありません……はい、だからこそあなた方のお力が必要なのです。いうなれば、我々は神凪という悪劣極まりない支配者に抵抗する同志と呼ぶべきものかもしれません。敬意をこめてあなた方を同志と呼ぶことを許していただけますか?……ありがとうございます、首座。いえ、同志でしたな。失礼しました、ハハ……そうですね、顔すら合わせていない我々です。独自に動くということで……何と!先に神凪に対して攻撃されるというのですか……何と勇敢な方々でしょうか、感服いたします……ええ、それでは同志、良い夜と近々行われる戦いへの音頭をお願いしたいのですが?……そうですか、それではお願いします……乾杯!……で、上手くいったか?」

 電話を切ると同時に、オペラ歌手がうらやむような華のある格調高い快活な口調を和麻は止め、いつも通りのだらけた口調になった。

 「おお、ばっちりじゃ……例え向うで通話を記録していても、男が女に愛の言葉をささやいているように記録されるから、この通話がわしらと石蕗との繋がりを証明することにはならんよ。向こうが録音していたらの話じゃがな……しかし、よくもあそこまで思ってもない嘘八百言えるのうお主は……もう慣れたけど」

 「たった今連絡が入りました。石蕗巌は和麻さまからの電話を切った直後、一族を招集したようです。間違いなく戦う気です……それと、通話は録音していません」

 「なあ……」

 「はい?どうかなさいましたか」

 「……何処かの組織が、善意で手助けしてくれると本気で信じてくれた上に、自分たちから殴りこむって言って、仕掛けようとしているんだよなあいつらは、録音もせずに……」 

 「そうです。和麻さまがそうなるように誘導しましたからね。最も、彼はそれを自分の自由意志と思っているようですが」

 「……常識知らないのか、組織が動くときは単純な利害関係だけで善意なんてあるわけねえし、同盟者の盗聴・監視・調査は当然だぞ。まともに調査して分析すれば俺たちが交通の便の悪い富士に行くわけないことは分かると思うんだが」

 「……基本的に善人なんでしょう……もしくは、人を生贄にはしていても、本物の悪人と交渉したことがないだけなのか」

 「――まあ、最初から利用するだけのつもりだったから、そのほうが良いか、とりあえずこれで、泥は全部あいつらが被ってくれるから、その間に美味しいところだけ頂こう……」

 「しかし、このことで石蕗と険悪の仲になるだけじゃなく、戦争状態になったらどうするんです?」

 「それこそ、思う壺だ。支部の連中を何時までも日本に置いておけるはずないから、戦力が一番多いときに、神凪と真っ先に戦って疲労した石蕗相手で負けることはまずないだろ、あいつらから喧嘩売ってきたことで正当防衛も成立するし、富士なら戦車持ち込んでも怪しまれないからな――おお、土御門も巻き込むか。確かあいつら、神凪が京都から江戸に移るとき候補者として対立して選ばれなかった時以来そのこと怨んでるんだったよな。情報部も脈ありだって報告してるし、丁度良い」

 「『赤信号、皆で渡れば恐くない』ですか」

 「つーより、盾は多い方が良いだな……土御門に対する餌は何にするか、石蕗と一緒だと二枚舌なんて言われてあいつらが合同で襲ってくるかも知れないから……お前らも考えてみてくれ、口約束で守る必要ないから」

 この気に乗じて気に食わない奴全部片付けたい私益が、日本移転後に目の上のたんこぶになる奴らを弱らせるという公益に一致した喜びにくくくくくと笑う和麻は――昔と比べて本当に穏和になられてと、周囲に感動の涙を誘うものだった。

 ――話を戻します――


 その頃、和麻の弟子の式森和樹は、人通りの少なくなった通学路を歩いていた。中肉中背の特徴のない外見をしているどう見ても普通の高校生だ。実際学校でも成績の良い―といっても上位の端っこというぐらいだが―普通の高校生として認識されている(一部例外アリ)。

 こんな遅刻しそうな時間帯に和樹が、遅刻するぞと突っ込みたくなるような歩調で歩いているのは二つ理由があるのだが、一つは今のところ伏せて置くとして。――では、もう一つの理由はというと

 「和樹さーん」

 この時間帯なのに後ろから追いかけてくる少女にあった。

 「あー、夕菜。生きてたのか……おめでと〜」

 どうやら全力疾走してきたらしい夕菜を見ながら、パチパチと手を叩きながらのんきな口調で言った。

 「なにが、生きてたかなんですか!和樹さん部屋のドアに何したんですか!?ノックしたら『ハズレ』って書いた紙が上から落ちてきて、なんだろうって手を伸ばしたら床がなくなるなんておかしすぎます!」

 「紙しっかり見れたんだな〜凄いぞ〜夕菜。動体視力は合格と♪」

 「合格って何なんですか!落ちた後に見たんです!私の髪の上に落ちてきたから気付いたのに、見れるわけないじゃないですか」

 「じゃあ、合格は取り消しってことで……そういや、一階に人居た?」

 「あ、はい。居ませんでした……って、そうじゃなくて、どうして朝霜寮の隅に落ちたんですか!?」

 素直に頷いた夕菜だったが、彩雲寮の和樹の部屋の前から、どうやって正反対の朝霜寮の隅に行ったのかと訊いた

 「トンネルって知ってる?」

 「え、はい、知ってますけど……それが」

 「あれと同じようなもんだよ」

 「どこが同じなんですか!?」

 「穴から穴に移動してるってところが」

 「……あの、さっきのおめでとうってどういう意味ですか?」

 和樹の横に到着して安心したのか、それとも訊いても答えてくれないと思ったのか―おそらく両方―、ここまで走ったことによる荒い息を静め終わると訊いた夕菜の前で、和樹は時計に目を落とすと

 「この時間なら遅刻せずに間に合うからだよ」

 「……もう一度、和樹さんの部屋に行って、エリスちゃんに『ますたーもう行ったよ』っていわれたからです。何時部屋をでたんですか?」

 からかいを込めた言葉に対して夕菜が返す。その返答に和樹は軽く目を見開いた。

 「あれ、エリスから聞かなかったのか」

 「和樹さん、エリスちゃんが起きたときには居なかったって言ってましたよ。エリスちゃんに一言ぐらい言ってあげるか書置きぐらいしてから出るようにしないと可哀想じゃないですか」

 「むう、確かにそうしたほうがいいな。ありがとう夕菜」

 「あ、いえ……じゃなくて。和樹さん!「ん、なに」エリスちゃんに訊いても知らないって言ってたんですけどあの罠どうやって仕掛けたんですか?それに、エリスちゃんと一緒に見たときにはあの穴なくなってました。どうやったんですか?」

 「あーあの罠はね、俺がいなくなると自動で罠が仕掛けられるようになってるから――」

 「そんな危ないもの仕掛けないでください!何考えてるんですか!」

 和樹の言葉途中で苦情を言う夕菜に対して、和樹は目をつむって両手を広げて肩をすくめると

 「やれやれ、毎朝代わり映えがないから変化を入れようと思ったのに、一抹の清涼剤を受け入れられないなんて……これからは朝別々に行こうか」

 夕菜が「そんなの嫌です」とか言うのを考え、それをからかおうとした和樹は、夕菜の反応が遅いどころか何もないことに訝しみ目を開けると、衝撃のあまり涙ぐみはじめている夕菜を見て「ヤバイ、素直に受け取った」と夕菜の素直でこういう冗談が通じないところ―というより和樹の言葉は大抵素直に聞く(和樹は気付いていないが)―を思い出してフォローしようとしたところ

 「か、和樹さんは、そういう気持だったんですね……すみません。和樹さんの気持を考えずに勝手なことを言って……でも、これからは、和樹さんのそういうところを受け入れます。ですからこれからも――」

 悲しみのあまり泣き笑いの表情になっているとはいえ、和樹の前だから笑おうと頑張っていることが誰の目にも明らかな夕菜の健気な姿を見て、さすがの和樹も罪悪感―義妹のそれに比べれば塵芥だが―に駆られて、夕菜の頭を撫でながら語りかける。

 「あー、夕菜、冗談だからあまり気にせずに……そういや、やけに遅いと思っていたら、エリスとなんか話してたのか。何話してたんだ?」

 「……はい、いろいろと――」

 「式森ッ!!」

 和樹の手が離れたことは残念だけど許してもらえて良かったと思い微笑む夕菜―和樹罪悪感+5―の声を、肩を怒らせ真剣片手に走ってくる凛の怒号がかき消した。

 「おー凛ちゃん、おはよう。お疲れだね、どこから走ってたんだい?」

 会話を中断させられたことに夕菜が気付かずに目を丸くし、和樹がそう訊くのも当たり前で、凛は少し人様には見せられない格好をしていた。
 大量の汗―に加えてとあるアクシデントで水を少しかぶった―が、制服の上着を透けさせて手にすっぽりと収まるくらいの大きさの胸の形の良さが十メートル近く離れたこの場からも確認できたし、大股で走っているために、水気で少し重くなったスカートは足を踏み出すごとに後一歩で見えそうというところまで捲れ上がっていた。 

 「やかましい!貴様、駿司に何を吹き込んだ!つい、先程念話で『凛、ごめんよ……僕らが君を――』などといってその後はずっと謝っていたんだぞ!」

 言葉が終わると同時に振り下ろされた斬撃を、右に大きく踏み込むことでかわしながら凛の左に回りこむと

 「いや、どうして、それで俺のせいになるのかがさっぱりとわからないんだけど……」

 「駿司が、途切れ途切れに学校で……囲まれて、などと言っていたのに、貴様が関係のないはずがないだろう」

 振り下ろしたところから勢いをつけて斜め上に斬りつける凛の攻撃をかわし、軽く地面すれすれを跳んで距離をあける。

 「凛ちゃん……それじゃあ、人を見たら泥棒と思えといってる奴らと一緒――」

 「学校のことで駿司に何か吹き込む奴が貴様以外にいるか!」

 噛み付きそうな顔で睨んでくる凛を見て、和樹が「凛ちゃん……」と何処か重々しい口調で言うと、根が素直で真面目な凛は重々しい口調に何かあるのかと思い「何だ?」と訊いた―だから、おもちゃにされる―

 「凛ちゃんもさ、女の子なんだからそんな格好で街中走るもんじゃないと思うよ」

 ようやく自分がかなりあられもない格好をしていることと、『女の子』呼ばわりされたことに頬を紅く染める凛の頭を、和樹は広げたハンカチを被せて優しく丁寧に拭き始めた。  
 「ちょ、ちょっと待て!式森」と言いながら頭に手をやった凛は、和樹が使っているのが真新しいハンカチだとわかり、男に頭を拭かれているのと合わせてあたふたと慌てた。

 「あー、気にしないでいいよ、凛ちゃん。俺ってあんまりハンカチ使わないからさ。第一、凛ちゃんの髪のほうがハンカチより綺麗だし……「え!?」……夕菜も――って、速いな〜」

 凛が真新しいハンカチで頭を拭かれているから照れていると考えた和樹は、義妹やエリスのときに良くやったように―三桁を超える異性との肉体関係を持ちながらも、こういうところは結構子供っぽい―頭を拭きながら夕菜のほうを見、夕菜もポケットタオルで制服を拭き始め―和樹の優しいところが再確認できたのはいいが、放っておくと凛の体のきわどいところまで自然に拭いていきそうなため、拭くことに集中して和樹の綺麗という発言は聞いていない―その速度の速さと丁寧さに感心すると、凛の柔らかい髪質の頭に集中した。
 髪を褒められたので顔を赤くして黙りこんだ凛を幾分か穏やかになったと判断し、丁度髪を拭き終わりそうなので何事か和樹が語りかけようとしたとき

 「和樹!こんなところにいたのね」

 とか言いながら玖里子が和樹の背中に張り付いてきた。保健室での一件以来自分の背中が気に入ったらしく頬を擦り付けてくる玖里子の顔は見えないものの息を少し切らしているところから見て走ってきたらしい。

 「おはようございます。玖里子さ――」

 「何やってるんですか!玖里子さん!」

 愛い奴よのう、という口調であいさつしようとした和樹の背中に張り付いた玖里子を睨みつけながら、夕菜は怒鳴りつけた。

 「んー、和樹の背中って枕にしたら丁度良さそうなのよねー。暖かいし適度に柔らかいし、何より匂いがねー。ほど良く男臭い割には甘いって感じで」

 その夕菜を流し目で見ながら、玖里子はさらにすりすりと和樹の背中に頭を擦り付ける。

 「わ、私だって、和樹さんにそんな事したことないのに……玖里子さん!離れてください!それに和樹さんも抵抗してください!玖里子さんなんてどうにでもできるでしょう!」

 怨嗟の言葉を最初に小声―本人はそう思っているのだろうが丸聞こえ―で呟くと、夕菜は玖里子と和樹に文句を言った。 夕菜の言葉の中の『和樹さん』という単語を聞いて「ん?俺か」という顔をした和樹は目をつぶって首を振ると

 「夕菜……」

 「なんです!」

 疲れたように何かを警告するような口調の和樹に対して、夕菜は気合入りまくった声を返した。

 「俺のことを君がどう思っているかは置いとくとして……犯罪を強制した場合、最近では実行犯より扇動犯のほうが、罪が重くなるらしいぞ」

 「……あんた、あたしに何するつもりなの」

 いろいろと思い出し、ゆっくりと和樹の背中から顔を離して、これまたゆっくりと玖里子は三歩退いた。どうやら、和樹が自分に何かやろうとしていると思ったらしい。玖里子のその反応自体が、和樹が狙っていたものなのだが…… 

 「……と、とにかく。玖里子さん、和樹さんの背中にそんなうらやましいことしないでください」

 和樹が何しようとしていたのかという恐怖混じりの興味を、すぐに頭の中から消して玖里子に食って掛かる夕菜。

 「和樹の背中は、あたしのものって決まってるのよ」

 「何時決まったんですか!」

 「保健室のあ・の・と・き♪」

 「そんなの一時の過ちです!和樹さんにとっては……そんなこと……そんな…こと……過ちなんですか?」

 自分が抱きしめられたときのことを思い出し、あれは和樹の『過ちではないか』と考えいきなり弱くなった夕菜。(何時の間にかふたりから距離を置いている)和樹に対して乞うような声で問う。 その問いに対して和樹が何か答えようとする前に。

 「いえ、過ちでもいいです。大切なのは、わたしは和樹さんのお嫁さんになりたいっていう気持なんですから……玖里子さん!」

 「なに?」

 「和樹さんは渡しません!」

 「ふーん、それじゃあ勝負する?どっちが和樹を手に入れるか」

 そう言いながら、軽く右手を挙げる。指先にきらきらした粉のようなものがまとわりつきゆっくりと回転する。どうやら名もない精霊を集めて、そこまで周囲の被害を増やさないようにしたようだが

 (殺人事件を起こしたとき、それが故意か偶然かって言うような違いだよな)

 気配を殺して安全地域に避難し始めている和樹からしてみれば玖里子の周囲に対する心遣いというものはそんなものだ。まあ、生まれついて強い力を思っている場合、そういう判断が出来ないということははた迷惑ではあるが異常ではない。 

 それに相手は夕菜という一流の魔術師の卵だということから考えれば、これはじゃれあいのようなものだと思える。相手が魔術師でない場合や、関係のない一般人を巻き込もうとしているのなら止めるが、今回のように人通りがほとんどなく居る人間全員が身を守れる場合は止める必要はないだろう。

 まあ、怪我人が出た場合悪いのは誰かといったら玖里子と夕菜だが、手加減をろくにせず周囲に対して気遣いをしていないという意味でふたりを責めるつもりはない。彼女たちの基準が違うのだと思えばいい――巻き込まれなければだが……

 和樹や和麻のようにできる限り無関係な他者を巻き込まないようにするとか、弱い者がどう考えこちらをどういうように見ているか肌で判るようになるのは、そういった経験をしなければならない。まあ、このふたりの無関係という基準は少し変わっているが、基本的に喧嘩売らない限りは大丈夫だ。
 部下とその家族合わせて二千人を超える人間に責任を持つ和麻はさすがにそう言っていられないが、それでも“無関係の一般人”は巻き込むことはない。

 この師弟が魔術師以外の人間――つまり、一般人から高い支持を受けているのは、このふたり―片方は世界最強の戦闘力を有する集団の中での持たない者、一方は人体実験の被験者で奪われ続けた者―が力を持たない者が魔術師という連中を見る目が、口ではどう言おうと恐れが混じっているものだと、とても良く理解しているからだろう。

 異質なものに対する恐怖というのは人の性のようなものだ、表面はどうあれ心の底では恐れる。異常ではない。恐れないほうが異常だ。

 それはさて置いて、どうやら夕菜のほうも戦闘体勢にはいったようである。両手を大きく掲げている

 「風(シルフ)!」

 こちらは思い切りよく、名のある精霊を呼び出したらしい。和樹からしてみれば、意味のない心遣いをしている玖里子にしてもしていない夕菜にしても、相手が一般人の場合、殺すまでは行かないが病院に送り込むだけの力を使っているので別に驚くわけでもない。

 というよりここまで思い切りがいいといっそ称えたくなってくるし、しっかり安全地帯に逃げている和樹は夕菜が使った魔法の属性とそれが精霊魔法ということで感傷に囚われていた。

 (風か……先生の事思い出すな)

 向うの世界での精霊魔術とここの世界での精霊魔法というものは、ある部分で共通しているがほとんどのところが違う。周囲の『精霊』という存在に自分の魔力を使ってお願いをするというところは同じだ。ただ、『精霊』そのものが違う。

 ここの世界の精霊とは周囲に起こる自然現象に対して『人の意識の集合体』と呼ぶべき代物が“名前をつけて”精霊という形と成し、人に使えるようにしたものだ。だから、異なる属性の精霊を一人の術者が使えるし、属性も多数ある。 

 それに対して、和樹が使う精霊は意志ある現象であり自然現象とは同じくして異なる、『原初の法則』によって世界の形を保っているものだ。それを術者がその意志によって、通常一つの属性の精霊―全て使える龍やドラゴンなどの例外があり―を使っている。属性は『火』『風』『地』『水』の四つ。 

 そのため、前者の人の立場の強さに対して、後者は前者に比べると人の立場が弱い。だから、前者のほうが、人が使う場合優れていると思いがちだが、精霊そのものが持つ力が全く違う。例えば、前者は自然現象であるのでどうあがいても物理常識を超えることはない。だが、後者は術者の力量によっては物理常識をたやすく超えるなど、絶大な差がある。

 そうなると、たとえ前者の場合には異なる精霊を状況によって使い分けられるという柔軟性があるなどの有利な点があっても、魔法合戦をした場合―術者の力量において前者が上でも、それがよほどのものでない限り―後者に分があるとしか言いようがない。 

 しかもそれに加えて、前者が頭で思考し呪文という段階を踏んで発動に対して、後者は頭で思考したらすぐに発動という圧倒的な速度の差と、同量の魔力を使った場合の威力が――前者は精霊が違ってもほぼ同じだが、後者は全く違うという違いがあるにしても―基本的に後者が前者の数倍はあるということを知ってしまえば結果は明らかだ。

 だが、通常その二つが出会うことはないので気にしなくてもいい――今までは……

 で、現在、ここに居る和樹は間違いなく後者の『火』属性の術者――つまり炎術師において、最高と呼べる存在だったりする。しかも、龍王・ドラゴン王など様々な連中のお墨付き。
 しかも、その炎はただでさえ第一級の風術師でも直撃でもしなければ気付かないほどに隠形に長けているのに、精霊の種類すら違うこの世界では、魔法ではないため魔術師が見ても理解できない異質の力と感じさせまともな神経をしている魔術師なら、それだけで混乱して錯乱させてしまう。

 はっきり言って核兵器みたいな奴がいるのに、大事になっていないのは、本人が寮のときのように一見魔法に見せかけたりして隠匿していることもあるが、何よりも大きいのは、山の貴人を倒したことに周囲は驚愕して注目したのに、魔法回数八十七回ということが知られると同時に政府機関や組織などの注目が無くなってきた、魔法回数重点主義社会の弊害のお陰だったりする。

 一つの物事だけを見て相手を判断しているのだが、この世界の魔法回数に左右される人々からしてみれば「式森和樹という少年は、武道が得意な魔術師ではない少年」というのが常識であって、それ以外を考える人間は非常識・異端と呼ばれるだろう。 
 魔法回数というものは、学歴よりもその生を左右する。学歴よりも目で見られるだけはっきりとわかるし、異端な力というものは、少ないものから多いものに対する嫉妬も起こすが、何よりも羨望されるものなのだ。

 今のところその『常識』は、高くついていないが――これからもあまり高くつかないだろう。和樹の目立つと周囲から注目を集めて厄介ごとに巻き込まれるから面倒臭いから嫌だという考えは、基本的には変わらないのだから……そう、基本的には。

 その基本を壊しかけている連中が居たりするのだが、話は風を見て和麻を思い出している和樹に戻します。

 (先生の風とは違うよなあ)

 限りなく純化され、研ぎ澄まされた神速の一撃。極限まで収束され、集中された力。相手に防御する暇を与えるどころか、気付かせずにその命を絶つ一撃。
 そう――

 「炎じゃなく、仙法で5秒以内に治せ。炎を使った場合、腕じゃなく首を飛ばすぞ」

 「あ、首が折れた?そうか大変だな速く治せ。まだ今日の修行は始まったばかりだぞ。死んでる暇なんてないんだからな」

 「死ぬだあ?まだ七時間しか経ってないぞ。あと十時間は、その中にいろ。限界を超える必要はない。力を絞り出して、自分の意志の限界を見極めろ」

 「そうそう、言い忘れてたが、たまに攻撃するぞ。だから、速く起きろ。冗談抜きで喰われるぞ」

 『……魔界と同等の瘴気の中で、半日以上もの間飲まず食わずの不眠不休で細く長い浄化の力を放出して、疲れきった和樹を攻撃しておいてそれか?』

 ……とある日の修行を思い出した。当たり前の日常、別に取り留めのない日だったのに何で覚えているのだろう。本番前の軽い運動と、意志そのものの強化と意志を保つ時間延長訓練という師の修行にしては、最も楽な部類に入るのに……

 (そうか、楽な修行だから覚えているんだな……)

 あっさりと納得してしまった和樹だった。だから、凛の修行内容を聞いて驚いたのだ。和樹が知る修行というのは、和麻との修行―殺人貴の修行内容も聞いたことがあるのだが、体術メインの修行なので魔術メインの和樹たちの修行とは系統が異なっていた上に、内容が和樹たちと比べても遜色なかったので、和樹は驚かなかった―のことを言うのだから――夕菜と凛の修行のときは、ちゃんと聞いて手加減したあたり和樹も少しは疑っていたけど。

 人間という生き物は必死にならないと、充分な素質を持ったうえでどれだけいい環境で学んでも、そこまで身につかないという。 

 魔術においてドラゴンに『化け物』呼ばわりされるほどの才能と素質を持っていた和樹は、必死になるだけの理由があった。だから、和麻や朧が驚く速度―天才と呼ばれている者でも十年は修行しなければ会得できない『神炎』を、魔術を覚え始めて一週間で会得したことで押して計るべき―で強くなった。(和麻が追いつかれないように自分の修行に励んだ)

 世界最高クラスの才能が、自分が目指す相手が身近に居た上に、強くなりたいという理由と想いを持っていた。ある意味これ以上ない布陣だったのだから、和樹がここまでになるのも、当たり前かもしれない。

 (おお、何時の間にか凛ちゃんが参戦してる……それにしてもなんで夕菜、鞄を後ろにかばってるんだ、何か大切なものでも入っているのか)

 和樹が、過去の“穏やかな修行”に思いを馳せている間、どうやら流れ弾が凛に当たったか何かして、凛も参戦したらしい。夕菜の竜巻と凛の虹色の刀が拮抗しているところを、玖里子が紙兵をそれぞれに二つずつ向けたらしく。現在玖里子優位だった。

 (まあ、いいか。このまま行けば、凛ちゃんが女学生に告白されている一部始終を―幻想種の力を借りて―録画した『少女の新しい道のり』を駿司さんに送りつけたことをうやむやに出来るな。頑張れ皆♪……しかし、駿司さんも凛ちゃんには秘密って一筆書いてたのに。まあ、いいか。直接口には出さなかったらしいから)

 今度は佐平翁にもう一つのほうを送ろう、とどこかウルグに似た老人のことが気に入り「老い先短いわしの願いを訊いてもらえるかのう」というお願い―謝礼あり―を快く聞いて凛の学園生活の一部を流している良心的な少年―直接見ず、女性の幻想種に頼んでヤバイところを抜いてもらっているところが良心―は 
 ――とりあえず遅刻しそうなので放っておいて一人で学校に行くため背を向けて歩き出した。

 「和樹さん!どこに行くんですか!?」

 足音を立てずに歩いているのに、夕菜が気付いたことは和樹の驚きを誘うに十分だった
 が、振り向いたときには驚きを引っ込めた平然とした表情になっているあたりはさすがだ。

 「何やってんだ、遅刻するぞ。話は歩きながらしたほうがいい」

 見捨てて行こうとした事など全く感じさせない声音と笑顔だった。
 それを聞いた三人のうちの玖里子が「いっけない!少し急いだほうがいいわよ」と言ったので、三人は何処か納得いかないものを覚えながらも歩き出した。


 そこからやや離れたところにある樹木が密集した小高い丘の上

 「……ようやく終わったか」

 背の高い金髪の女性が双眼鏡をおろしながらつぶやいた。そろそろ夏だというのにクリーム色のロングコートを着ているという違和感を覚えさせるところがあるが、それよりもその女性の美貌のほうに大抵の人間は目を向けるような女性だ。  だが、それは繁華街の路上などの場の話で、平日の昼間に外国の女性が丘の上で木立に隠れるように双眼鏡を覗いているというところに、目撃者は不審を覚えるだろう。

 「ああ……しかしなんだ、男は結局何もしなかったな。最初に剣持った嬢ちゃんの攻撃避けただけだ。これじゃあ、監視している意味がねえ」

 しかもそれが一人ではなく、無精ひげを生やした同じく双眼鏡を覗くラテン系の男と一緒なのだから怪しさは数倍だ。最も、幸か不幸か見ている人間は居ないが。

 「だが、他三人のレベルは理解できた。荒削りで未熟だが、厄介ではある」

 「確かに当たればきついが、こんなところで魔力の無駄遣いやってる、あの子猫ちゃんたちが、そこまで邪魔になるわけねえ」

 「まだ子供だから使いどころがわかってないだけだろう。適切に教えるものがいて、それを真摯に受け止めれば爆発的に成長する。そうでなくとも、舐めてかかってあたりでもすれば、火傷ではすまない」

 「ああ、確かにそうだろうが……監視なんて疲れる仕事やってんのは、あの子猫ちゃんたちが目的じゃねえ。あの男が目的なんだぜ。あのカズキとかいう男の戦闘能力と、この町の結界を張っている組織と接触しているかどうかだ。なのに、町のチンピラけしかけても適当に遊んであしらいやがったし、嫌になるほど規則正しい生活していやがるだけじゃねえか。アステリのときもそうだったようだし、こんなことしていても無駄だぜ」

 舌打ちをしながら、苛立ちを含んだ声を出す男の言葉の半分は、女のほうも同意しているようだが、その半分の違いを口に出すことを厭わなかった。

 「だが、何か動きがあるかもしれないから、今判断するのは危険だ。不確定要素はできる限り少ないほうが良い。幸運にも人手は十分に居るのだから、監視は続行すべきだ」

 「はっ、そうだったな。たかだか子猫ちゃん一人さらうのに88人の魔術師を集めたんだったな、あのお偉い『彼』は」

 その揶揄を含んだ言葉に女は少し目を細めた。彼女もまた多すぎると思ったのだ、通常こんな仕事ならば5,6人でやるべきだ。その人数が最もバランスが取れた数で、多い数を集めれば良いというものではない。というより、多いと逆に邪魔になる。
 例外として、一流のプロばかりを揃え、少人数ごとのグループに分けて行動するのならば話は別だが、それは過剰を通り越して無駄――つまり、コストに合わないのだ。
 そう普通ならば――

 「彼の言うことに間違いはない。これだけの数がいれば、この町に結界を張っている組織とも何とか渡り合える」

 「気に入らねえが、その通りだ。全くよ、どこのどいつか知らねえが、ここは戦時中の軍司令部でも、テロ警戒中のホワイトハウスでもねえんだぞ」

 男の言葉を聞き女は複雑な心境になった。この男がいかに粗野で下卑た人間でも、工作員としては優秀だと認めるしかない。 
 この町に入る直前までは、「監視なんてやらずにとっとやっちまおう」と言っていたのに、この町に入ったそのときからは二度とそんな戯言を口にせず、自分が知る限り誰よりも注意深く行動してチームでも協力的だ。
 男の良くない噂を山ほど耳にし、直接会ってからの何度かの会話から男がチームを崩すかもしれないという疑いを深めていたそのチームのリーダーである女からしてみればありがたいが、その原因となった結界のことを思うと暗澹とした気分になる。

 結界――
 この町全体を包んでいると“思われる”もの。 
 効果は、魔法を使役した場合の使用者の位置・年齢を含む身体情報・魔力量を明らかにするものと、結界を魔法で知ろうとした場合の攻撃と“思われる”。
 解除は不可能、世界有数の術者が二十人以上集まり数百年かけて作り上げたとしか思えないような代物と“思われる”が、あまりにも高度すぎ今まで見たこともない新しい術式のため理解できない。

 笑うしかない。80人からの魔術師が集まって、分かったのではなく推測できたのがこれだけだとは。
 しかも、この結界の存在を自分たちが知りえたのは、自分たちで調べたからでもなく、偶然発見したのでもなく、“向うから教えていただいた”とあっては、涙が出てくる。

 最初の第一波がこの町に入った直後、彼らに小学生がやったとしか思えない低レベルな術式の索敵が行われた。 
 自分たちが忍び込んだのがばれた可能性を危惧した、第一波のリーダー、スチュアートは索敵要員にその術式をたどり誰がやっているのかを確認させた。その判断自体は女も賛成するし、彼らが子供のいたずらかもしれないと遊び半分でやっていたことも責めはしない。が、結果、索敵要員は 
 ――喰われた。 
 術式の解読がほとんど終わり、もう少しで誰がやっているのか分かると笑い声を上げた直後、その伸ばした左腕の肘先に現れた空間の穴にその腕を―― 
 索敵要員は左腕を失っただけですんだが、それはアグレーゼがその剣で腕を切断したことと、幸運にも彼の索敵のやり方が片腕を前に伸ばすものだからだった。
 半分恐慌状態に陥った索敵要員は、巨大なぬるっとしたものが腕に巻きついたと思ったときには腕の感覚がなくなったといい。
 その場にいた第一波の者達全員が、閉じようとする暗黒の空間の先でヌチャヌチャと何かが何かを咀嚼している音を聞いたという。

 この意味について、理解するのは難しくなかった。つまり、この結界を張った者達は自分たちの領域に入ろうとする余所者の戦闘態勢に入った魔術師の存在に気付いており、こう言っているのだ。

 「この町に入れば殺す」と――

 「彼の命令は絶対だ。我々は忠誠を誓った。反抗も、疑問を口挟むこともない。それに、魔法を使わない限りは見つからないようだからな」

 女は自分を鼓舞するかのように呟く。今回この仕事に就いた魔術師の大半は、結界のことを聞いた『彼』がそれだけの価値があると言ったことを知ったとき、全ての思案が彼らの内部から吹き飛んでいる。
 そして、彼に忠誠を誓っていない者達も報酬の高さと、これほどの結界の先にあるのだからその価値も計り知れないという彼の言葉に厳重な鍵のかかった金庫の先にはお宝があるというのと同じようなものを感じて頷いた。同じ人間である限りいくらでも手の打ちがあることを彼らは知っていたし、自分達の技量に自信を持ち成功を疑っていなかった。

 第一波の報告を聞いた直後の『彼』の言葉を聞いた、今丘の上で和樹たちを見ている男以外は。

 結界のことを聞いた『彼』に、男が式森和樹という少年が山の貴人を倒し標的の傍にいるという報告を知らせたときのこと思い出すと、男は今でも恐怖で体を震わせる。

 あの耳に障るくせに背筋を震わせる想いに囚われさせる声があのときだけ感情を持っていた。 
 どうやってもモノにできず他の男に走った初恋の女性が、十年ぶりに会ったとき夫を失い子供とふたりで路頭に迷いそうになっていることを知った好色な富豪のような感情を。 

 その声は、自分しか聞いてない。自分のときだけ感情がこもっていた。だから、横に居る女もそして自分の弟さえも聴いていない。

 それを知ったとき「ヤバイ」と思った。理由もなく直感的にそう思った。 

 だから、男は今も双眼鏡越しに見える少年が、“あまりにも普通すぎる少年”が ――恐かった。 
 誰にも言わないが恐かった。『彼』の言葉を聞かなければ、そうは思わなかったが、聞いてしまった男には 
 アレが、薄暗さが全くない森林浴に丁度良い森のような外見なのに、一度入れば磁気を狂わせ二度と外には出さず、誰にも知られずに殺していく樹海のように見えた。 
 そう思ったとき、最初に男は大笑いした。当然だろう。男の出身地はコルシカで、男は主にアフリカで傭兵をやっていたのだから大型の森すら見たことはないのに、樹海ときたのだから…… 
 だが、その笑い声は、男が気付かないくらいに引きつっていた。

 「いくぞ」

 その馬鹿げた考えを、一度頭を振ることで頭から消し去る男に、和樹たちから背を向けた女の声が届いた。

 「なんでえ、もう終わりか」

 「この国で外国人は目立つ」

 「慎重なこった……なんでえ、戻らねえのかよ」

 女が立ちどまって、今いた場所を見ていたので、立ち止まりそちらのほうを見ながら男が言う。

 「――誰か、我々の他に任務に就いていたか」

 「――見られているのか」

 懐の銃に手をやりながら緊迫した声を出す。三分前に付近を調べた上に不可視の結界どころか魔法のまの字さえ使っていないが、この丘の監視ポイントとしての価値を考えれば誰かいても不思議ではない。

 緊迫した時間が流れる。男と女は背を合わせ、片手に消音器付の拳銃、もう片方に緊急時の発炎筒とベルを打ち合わせ通りそれぞれその手に持った。 
 その場にいる人間には無限の時間に感じられる時間、実際には数分後 キキッという声と同時に木の枝の上にリスのような小動物がのった。

 「珍しいじゃねえか、こんなところにリスとはよ」

 リスのような動物に魔力のかけらも感じないことと背中の女の緊張が抜けたことを確認すると、男は安堵の呟きを洩らした。

 「そうだな。すまなかった、気を入れすぎていたようだ」

 「はっ、とっとといこうぜ。ここに突っ立ってると、次はマジでやばいことになるかも知れねえ」

 「同感だ」

 丘を降りる。そこに車が止めてあった。乗ろうとして、今度は二人とも足を止めた。向うから、自転車に乗った警官が近づいてきて、彼らの車の傍にブレーキをきしませて止まった。

 「この車、あなた方のですか?」

 「ええ、私の車です」

 笑顔を浮かべながら答えた女の発音の正確さに、人の良さそうな初老の警官は目を丸くした。

 「あ、ああ、そう……最近、この辺で車の盗難事件が多くてねえ。申し訳ありませんが、免許証とビザ見せてもらえますか」

 「はい、どうぞ」

 「あ、そちらの方も持っていたらお願いします……はい、どうも……えーと、観光ですか?」

 「そうですが、何か」

 「ああ、このあたりは駐車禁止区域なんですよ」

 「そうなのですか、すいません」

 「いや、外国人の方なら知らなくても仕方ないし、初犯のようですから今回はこれで結構です。……それでは、お返しします。えーとディステルさんとヴィペールさん。ご協力ありがとうございました。良いご旅行を」

 ビザと免許証を返すと、昨日孫が遊びに来たので機嫌がよく小さな犯罪を見逃す気分だった警官は敬礼して自転車に乗ると去っていき、ディステルとヴィペールは車に乗って去っていった。

 ――その車の後部座席に透明化した先程のリスの外見をした幻想種が乗っていることに気付かずに。

 そして、その幻想種と視覚を同調させるためにゆっくりと歩いていた人間がいたということにも気付かずに。


 別の場所、別の世界にいてもこの蒼の師と緑の弟子は、ほぼ同時に戦闘態勢に入っていた。 

 片方は、生き残るための攻勢として。

 片方は、――――ための守勢として。

 戦いが始まる。


前半は和麻が、賢人会議編第一部に出ないという理由として短く書くつもりだったのですが、気付けば聖痕編予告になっていました。
 こんなことしているから話が進まないとわかっているのに、私はこんなことしてしまうんです。大馬鹿野郎です。
 停電で消える前のデーターでは、伊庭先生出ていたのになあ……

 お気づきの方いらっしゃると思いますが、このSSでは和麻には、目的もあるし帰るべき場所もあるので、かなり穏やかになっています。甘くはなっていませんが。
 因みに聖痕編でやろうとしていることは、「私から見て、例え神の力を手に入れても『復讐』は成功しても、『反乱』は成功しなかった風牙衆に『反乱』を成功させてやろう」です。
 それと、トゥスクルの補給部を後方支援部に変えたことをこの場を借りてお詫びします。

 次回も、今回ほどではないのですが、遅くなると思います。本当にすいません。


 ではレスを
>D,様
 上手いことおっしゃいますね。確かにつり橋効果になっています。
 紫乃と和樹のコンビ……誰も勝てそうになくなりそうで恐いですなあ。

>雫様
 今までは、まだ可愛いところがある極悪人でしたが、今回は容赦ありません。
 外見だけで判断した人たちは……悲鳴ですめばいいなあと思っています

>星領様
 始めまして。
 玖里子はともかく、紅尉先生をどうにかできなかったのは和樹にとって失敗でした。後々に響きますので。

>柳野雫様
 和樹のそういうところは、和麻気に入っているので特に何も言いませんが、和樹は直したいなあと考えているところです。
 遺伝子レベルで直せそうに無いですが……

>紫苑様
 玖里子さんはあくまでも次いでで、目的は紅尉先生だったのですが。
 終わってみると目的を達成できず、次いでが成功してしまったという笑えないことになっています。

>雷樹様
 ディステル出てきましたが、苦労しているところは変わっていません。
 そして、これからも苦労します。

>突発感想人ぴええる様
 見事な川柳ですなあ。こういうのが出てくるということが羨ましいです。
 教えていただきありがとうございます。早速マンガ喫茶で読みました。面白かったです。

>nao様
 ベヒーモスは、温厚な魔獣だと原作のどこかにあり、召喚される前には普通の生活をしているんだろうなあ。
 というところから生まれた設定なので、かなりご都合主義です。

>マネシー様
 伊庭先生には活躍する場がちゃんとあります。皆で苦労しようです。
 今回の話で少し書きましたが、『彼』と和樹の間には、かなりの因縁がありま
す。

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