闇を継ぐ者
第一話 闇を背負いし者と動乱者、そして彼を支える者達。
目付きの悪い少年が学校、葵学園の校門をくぐり、帰路についている。
周囲に他の生徒の姿はなく、まだ周囲も明るいし、少年の様子から体調不良で早退という訳でも無さそうだとなるとサボったのが丸判りだが。
本人はそんなことまったく気にしていない調子で歩を進めている。
というか早退など当たり前といった調子である。
「毎月毎月魔力検診、付き合ってらんねーよ。結果なんかわかりきってんのに、いちいち受けてられるか。時間の無駄だっての」
乱暴な口調で彼にとっては定例となっている不平を洩らしている
どうやら魔力検診というのが鬱陶しくてサボったようだ、まぁ、彼個人の事情を考えると受けたくないのもわかるのだが。
見かけは着崩した制服を着た柄の悪そうな風体。
それに加えて容貌は険が入り、目付きは鋭く威圧するような感じを拭えない
髪を所々銀のメッシュを加えて跳ね上げているし、何より体全体からどこか荒んだ印象を与える、何より少し感がいいものなら感じ取れるほどに彼の雰囲気は完全に他者を威圧し排斥している。
見た感じから不良とレッテルを貼られそうだが普通の不良とは違う、暴力的な気配が漂っている、粋がった暴力の雰囲気ではなく完全に危険を他人に感じさせる雰囲気。
もし公園に彼がいたら公園で子供を遊ばしている母親は彼に目を顰めるのではなく子供をつれて帰ることを選択してしまいそうなくらい。
「大体、あの野郎だって結果くらいわかってるだろうに。何が「たまには受けたまえ」だ、白々しい。マッドが」
という文句を続けながら自分の寮に帰宅していた、因みに彼の文句の対象は彼の通う学園の保険医、謎のマッドである。
少年、式森和樹が寮の自室212号室に到着したとき、奇妙な違和感に扉を開ける手を直前になって止めた、因みに寮の管理人さんにはちゃんと挨拶をしていたから案外礼儀は出来ているのかもしれない。
口調は乱暴だったが。
で、今彼が感じている違和感により彼は自然と中の様子を自分の感覚で探り始める。
彼が自分の意思ではないが鍛えに鍛えられた感覚は彼にその違和感を警報として認識し見逃すことは出来なかった、もうこの感覚は本能に近いものなのだろう、事実彼は違和感を感じた瞬間に部屋の様子を本能的といえるレベルで探り出しているのだから。
(何だ、俺の部屋に誰か居やがるな、あいつじゃあねえし。あいつは今学校に居たはずだからな。俺が帰ったのを追ってきたか?なら、俺より先についてる訳がねえか。だったら・・・・・・・・・・・いや違うな。殺気も無いどういうことだ・・・・・・・・・・・・・・・・俺の部屋に用件があるのがあいつ等以外はさ、つっても気配もねえってことは違うだろうな、あいつらならあからさまに殺気を出しやがる筈だ。ちっ、考えても仕方がねえ。あいつらじゃない以上は対処は決まってんだしな)
和樹は己のテリトリーを他人に荒らされるのを嫌う、気心を許した人間ならともかく、見知らぬ他人が領域を荒らしたとなると、彼の怒りはどれほどのものか。
その怒りをぶつけるのは不埒な侵入者なのだから、どうでもいいのだがそれ程愉快な目には会わないのは確実だ。
和樹にとって己の居場所とはとても大切なものだったから、それを荒らす犯罪者に温情を掛ける温厚さは持ち合わせていない。
和樹が扉を足で蹴り開き中の人間、ドアの外からおおよその位置は掴んでいたに向かい突進し掴み掛かる。
己の体に染み付いた技で部屋の中に居た人間の腕を掴み、足を引っ掛け、間接を極め引き倒す、相手に最大級の苦痛を感じさせる方法で床に組み伏せ、完全に動きを封じ込める。
「何でお前は下着姿で居るんだ?」
で、和樹が侵入者、勝手に人の部屋に入るのは不法侵入なのだから形容詞としては不法侵入者で十分、の姿に気付き質問を投げかけるが。
彼は自分が拷問の如し苦痛を与える方法で相手を拘束しているのを忘れているのだろうか、質問に答えられるはずがないのだが。
とまあ、どこかずれた対応をしていた、腕の力はちっとも緩めずに。
「痛い、痛い、痛い、痛いですってば、放してください。って、下着、きゃあああああああああああ。放してくださいってば」
勿論、まともな返答は得られず、苦痛と羞恥の悲鳴を挙げる侵入者。
それでも自分の姿に悲鳴を上げられるあたり余裕があるのかもしれない、しゃれにならない痛みを感じているはずなのだが。
まぁ、この侵入者、彼女だし、それだけでどんな理不尽をも超越してしまいそうだし。
「答えろって言ってんだろうが、ギャーギャー喧しいんだよ。黙ってさっさと答えろよ。この侵入者」
和樹も理不尽だ、答えられるはずが無いだろうに、因みにさらに腕の位置を変えてさらに激痛が走る位置に侵入者の腕を極める。
その和樹の言葉に反応したのか、それともただ苦痛を逃れるための口上か、真実はどうでもいいのだが、まぁ、洒落にならない痛みだから多分後者だろう。
「話してくれないと、答えられないじゃないですか。痛い、痛いですってば。離してください。和樹さん離してくださいってば。痛いです。話ますから」
最もである、苦痛を感じながらでは受け答えなど出来ないだろう。
まぁ、それもそうかと和樹も手を離して、危害が加えられるわけでもないかと判断したらしい。
後ほど和樹は腕の骨の一本ほど折っておけばよかったとこの時の自分の判断を悔いるのだが、心の底から。
それでも険しい目で侵入者を睨み据える辺り、まだ警戒を完全に外しているわけではないのだろう、それ程簡単に油断できる日常を送っていない影響なのだが。
どうやら暴力的なすさんだ日常を歩んでいるようだ。
ついでに目の前の少女の下着姿はどうでもいいらしい、普段これ以上のものをお目にかかっているのだし、いまさらという感があるのかもしれないが、大体侵入者に欲情を感じる感性を和樹はしていないし、そういう方面でこの侵入者は役不足。
和樹の女性関係はのところは後でわかるでしょうし、読者様。
「いきなり何するんですか!!!!和樹さん」
組み伏せられた侵入者が反論する、反論する権利など無いと言うに。
「それを言いたいのは俺だ!!勝手に人の部屋に上がりこんで何してやがる」
気の弱い人間ならそれだけで萎縮しそうな怒声で言い返す。
実際、勝手に部屋に入られて苛立っているのは事実、温厚な対応は望むべきは無いのだが侵入者が怒鳴り返したのでさらに不機嫌度が増している。
「大体手前は誰なんだよ。え、俺の部屋で何してやがった」
その堂に入った凄みはヤクザよりも怖い、チンピラ辺りならば脱兎のごとく逃げ出してしまいそうな怒気をぶつけている。
和樹の剣幕の臆したのか、少女は少し怯えた感じになって。
「話しますから。その、少し向こうを向いていてくれませんか。その服を着たいので」
少女が羞恥に頬を染めながら、和樹に尋ねるが。
「とっとと着替えろ」
和樹は視線を外さずに侵入者、少女に言ってのける、つまりは面前で着替えろといっているのだが、警戒心をはずしていないのなら当然の選択かもしれないが。
相手の少女にしてみれば男の眼前で着替えられるわけがない、まぁ、そのまま下着姿でいられるわけでもないだろうが。
その後、少女が怒鳴りつけたり、和樹が怒鳴り返したりしたが、結局は和樹が自分の部屋の外に出て少女が着替え終わるのを待った。
因みに、和樹は本当に目の前の少女に情欲を感じなかったらしいが、このことを当の少女が知ったらどう感じるだろうか。
何と無くだが、女としてはかなり致命的なショックを味わうだろう。
「もういいです」
中から少女の声が響いてくる、やはり機嫌が悪そうな和樹がドアを開けて、そこには
三つ指突いて、自分に頭を下げている少女が居た。
(なにやってんだこの女)
確かに同年代と思われる少女にそんなことされても、しかも見ず知らず、混乱するなというほうが無茶である、というか自分が先ほどした対応に何でこういう反応が返ってくるのか理解しがたい。
よって和樹はこの少女を頭が痛い少女だと認定した、認定されてもしょうがないだろうが。
まぁ、容姿だけなら長い髪はそれなりに綺麗でその顔を可愛らしい、観た感じスタイルも悪そうではない、十分美少女で通るだろうが、それ以前に行動が痛いし犯罪者(不法侵入者)。
「何やってんだ。頭がおかしいのか」
と、当然の疑問を投げかけてみる。
「お帰りなさい、和樹さん」
だが、和樹の質問はスルーして少女は、言葉を続ける、やはり頭がいたいのだろう、それともどこかの三番目の子供の外道父親のように決められたシナリオにでも沿っているのだろうか。
「だから何やってんだって聞いてんだよ!!こっちがキレねえうちにとっとと答えやがれ!!!!!」
何の返答もえられないことに苛ついたのか、和樹が怒鳴りつける、気が短いのではなくいい加減に腹が立っているのだろう、そんな様子に多少たじろいだのか。
「あの、私宮間夕菜っていいます、今日からこの葵学園に転校してきたんですけどここに住むようにって」
説明といえるような会話を始める少女、大体そもそもなんで他人のそれも男の部屋で勝手に着替えをしていたのだろう、謎だ。
「あん。ここに住めってか。誰に言われたんだ、それ」
一転、和樹の声が落ち、感情が抜け落ちた声に変わる、表情も能面を思わせる無表情に取って代わっている、先ほどの威圧するような圧力は消え去っている。
だがその変化は少女にとっても和樹にとっても状況が好転したわけではないだろう。
「あの、家のほうから、学校のほうもいいと」
「出て行け」
即座に答えた和樹の声、押し殺した感じの声。
「あの、私、ここしか居られなくてここを追い出されると」
「出て行け」
「和樹さん、お願い・・・・」
「出て行け」
取り付く島も無い
「だから、私はあなたのこと・・・・」
「出て行けつってんだろ!!!!!!!!」
響き渡る声、怒りに満ちた声と、先ほどの感情を押し殺した声とは違い憎しみさえ感じる声、今にも襲い掛からんとするような目付き、興奮した獣の表情で和樹が少女を睨みすえる。
「ヒッ」
と夕菜は悲鳴を上げる、今の和樹の剣幕に怯えたのだろう。
今の和樹はそれこそ鬼のような雰囲気をかもし出している、そんなものに触れたことも無い少女にとってそれがいかほどのものか。
凄まじい殺気に晒されながら何も出来ない、震えることしか出来ない。
しかし、そこで突然扉が激しくノックされ、それが少女の恐怖の戒めを一時的に解くことになるのだが。
「ちょっと、入るわよ」
こちらが答える前に、勝手に開いたと思ったら、つまりこの訪問者も事実上の不法侵入である、犯罪者予備軍が世の中に蔓延っている様だ。
「あんたが式森和樹」
と長身でこちらも髪の長く、モデルのようなスタイルのこちらは美少女というよりは美女と形容したほうが相応しい女生徒が、ズカズカと入ってきた。
その女性に対しても和樹は怒気の篭った視線を向け、ぶっきらぼうに声を向ける。
「あんた、風椿か」
「何私のこと知ってんの」
「ああ、あんたは有名人だからな、それに個人的にも風椿には関係がある」
まぁ、この女性風椿玖理子、和樹の学校の三年生であり色々いわく付の女性である、因みに和樹の後半の台詞がいわく有り気である。
「どういうこと、でも私のことを知っているなら問題ないわね、しましょう」
といって突然和樹に抱きついてくるが、和樹はそれを冷めた目で見つつ。
「あんたもか、風椿もアイツ以外はこんなもってとこか」
一言だけ和樹が呟いて、動いた。
「へ」
風椿と呼ばれた少女が間抜けな声を上げつつ、和樹に手を掴まれ、床に転がされていた、それはもう見事に、ちなみに和樹から見て、その長い足の付け根にある、黒い下着は完全に晒されている。
完全に晒し者の体勢で投げ飛ばされ、畳に叩き付けられたのだ。
「確認するが、あんた何しに来たんだ」
和樹が先ほどの冷めた声で問いかける、だがそれは投げる前に聞くことではないだろうか、因みに玖理子は投げられたことが理解できないのか一瞬戸惑った顔をして、和樹は痛みがない投げ方で投げたのだから、自分が地面に転がっているのを理解できなかったのだろう。
ついでに下着は晒しっぱなしである。
「あたし、あんたの奥さんになりに来たのよ、これ離してよ」
和樹に腕をつかまれ、起き上がる際に相手のバランスを崩しているので立ち上がれない玖理子が和樹に苦情めいたことを言うが。
「帰れ」
言い終わるかいやなの所で、完全に封じる、因みにまだ下着は晒しっぱなしである。
「いや、あなた・・・・・・・・・」
「帰れって言ってんだよ、それとも叩き出されたいか」
「そうです帰ってください、和樹さんは私と」
先程の和樹の視線を忘れたのか。和樹が玖理子に怒鳴りつけたの我が意を得たりと夕菜が尻馬に乗ろうとするも、多分自分が出て行けといわれたのは忘れているのだろう。
「てめえも帰れって言ってんだよ!!!!!!」
勿論和樹は尻馬に乗せることを赦さず少女に対して和樹に追撃が加えられ、怒りに満ちた眼光に二人とも威圧される、先程以上の怒気を持って。
生きた心地がしない空間、正にその言葉が言い得て妙に成る程な表現だ、並みの戦場にいるほうが安らぐような凍てつく殺気を和樹は怒りの対象にピンポイントに叩きつけているのだから。
少なくとも一度体験したら二度と体験したくない空気だろう。
そこに再び軽いノック音が室内に響き、ドアが開いた先には、前髪を切り揃え腰まで髪を下ろした、日本人形を思わせる容貌の美少女。
「お前が私の良人か」
またか、そんな感じに和樹がため息をつくも、その間に少女は上がりこむ、やはり不法侵入が世間では流行っているのか、それともこの三人が一般的な社会常識を身に付けていないか、後者であることを願う。
「あ、神城凛」
とこれは風椿。
凛と呼ばれた少女はいきなり持っていた竹刀袋から真剣を抜き放ち、それを和樹に突きつけ、理不尽な口上を上げ始める、本当に理不尽な。
「我が夫となる男ゆえ、調べさせてもらった、悪く思うな」
こちらを睨みつけて言う
「しかし!!!!調べて驚いた、成績と運動は申し分ない。が、態度は悪い、言動も暴力的、素行不良、典型的な不良ではないか。貴様のような男を生涯の伴侶にしなくてはならんとは、何たる屈辱・・・・・」
屈辱なのは和樹のほうだろう、何故に初対面の人間にそんなことを言われなければならないのか。
だが故にそれ以上凛は和樹に言葉を向けることが出来なかった、先ほどを上回るプレッシャーがあたりに撒き散らされていたから、大体これ以上の屈辱を赦す、もはや我慢の限界に近づいている和樹に。
和樹は肩を振るわせつつ。
「あん、何が屈辱だ、手前等勝手に言いやがって。何が夫だ、妻だ、奥さんだ、手前等そろいも揃って、人の遺伝子狙ってきた淫売どもじゃあねえか・屈辱、こっちの台詞だ手前等自分の都合できただけじゃねえか。どうせ意思も何もなく家の使いで体売りに来た売女だろうが。それとも、手前らは自分は何しても許されるとか思ってる、サイコ野郎の集団か
さっきから言ってんように俺が切れる前にとっとと失せろよ。俺が女に手を挙げられねえとか甘いこと考えんなよ」
それなりのヤクザでも逃げ出したくなるような殺気を放って、空間を威圧する、もはやそれは高校生の出せるものをはるかに超えている。
夕菜は足が竦むほど怯えており、風椿も冷や汗を流している、直撃を受けた凛は足が震えているが、彼女は何とか購おうとする。
「なぜ、貴様などに、命令されなければいかん、それに誰が淫売だ」
自分が怯えていることが認められなかったのか言い返すも。
「聞いてなかったの、人の精子目当てで群がってくる、蛾のような連中、それで十分だろう、ビッチ!!!それとも家の栄えさせる為の情婦のほうがいいかこのメスども」
その言葉に頭に来たのか、足の震えも忘れて凛が真剣を構えるも、それ以上動くことが出来なかった、和樹の殺気が一段と膨らんで、それこそ物理的な圧力を持ち出したからである。
幾らなんでも所詮15の小娘にこの殺気を受けるにはきつ過ぎる、完全な殺意、一秒後には殺されても不思議ではない気配が凛の首筋にまとわり付いているだろう。
正しく、和樹が殺意を、相手を殺す為の手段に選んだ首への攻撃部位に、それがはっきり感じられるほどの殺意。
「手前、それを向けるって意味判ってんだろうな。俺は手前の命とるのに躊躇いなんかねえからな。一応正当防衛も成立してんだしな」
その通り、凛は真剣、それも携帯には許可証と保証人が必要な日本刀を他人、それも無手の人間に向けている、正当防衛で十分に殺人は認められる行為。
例え、どんな理由であれ殺されても文句が言えず、凛が刃を向ける理由は自分勝手極まりない、逆に殺しても賠償金や刑事処分が訴追できそうな勢いだ。
そんな状況で一触即発の状態で対峙する、この時点で勝敗は決している、まず和樹は本当に凛を殺すつもり、そして凛は勢いで刃を向けているに違いない。
隔絶されるほど明確な意識の差がある。
勢いで殺すという決意と意識して殺すという決意、どちらが明確な意思か。
殺人とい行為、その是非を問わないが必要なものは技術、力、知恵、それ以上に必要なのは明確な意思、殺意、殺すことを躊躇わない心のおき方。
その差が明確である以上、勝敗は決している。
和樹のその心の置き方が明確な殺しの空気となって物理的に感じるほどのプレッシャーの中、心理的に追い詰められていく他の二人は声も出ない、目の前に明確な死があるというのに、明確な死が目の前で起ころうとしているのに。
それは眼前に死が迫っていた凛も同様に、動きを止めていた、完全に呑まれているのだから、次第に心理的なプレッシャーに負けるかもしれない、それは凛の怯えの混じった表情に如実に表れている。
それでも三人は逃亡も命乞いも出来ない。
絶対確実な死が彼女たちを凍らせているのだろうか。
和樹が凛に飛びかかろうと後ろ足に力を込めたところで、激しく走ってくる足音が響いたと思うと扉を勢い良く開け放だれ、飛び込んできた少女は絶叫した。
「和樹、やめなさい!!!!」
長身で目付きの鋭い見目の麗しい美少女が切羽詰った表情で和樹に声を張り上げ、そのまま和樹に凄まじい勢いで近づいて、和樹を抱きしめ、必死に縋り付いている。
それこそ全身の力を込めているようだ、構図としては和樹と凛の間に入りその殺気の真正面に立ったことになる。
「和樹、やめなさい。やめないと、貴方また傷ついて、また昔に戻って、ここまで立ち直ったんだから、だから、やめて。抑えて。貴方は殺しをしちゃ駄目なのよ」
間に入って和樹に抱きついた少女は殆ど半狂乱になって和樹に必死にしがみ付いている。
和樹に比べて女性の方が長身なので縋り付くというよりは全身を包み込むように抱きついて和樹の愚行を必死で止めているように見える。
「沙弓か」
さっきまで充満していた殺気が薄れ、それでも不機嫌な表情は変わらないが沙弓と呼ばれる目の前の少女のお陰か、少しは落ち着いたようだ。
沙弓はまだ和樹に抱きついていたが、和樹がもう大丈夫というように体を摩り軽く抱きしめ返し、耳元に呟く様に言葉を紡ぐ。
「すまねぇ、ちっときれちまった。心配掛けたな沙弓、もう大丈夫だ。殺しゃしない落ち着け、思い出したぜ」
そして自身が落ち着くように呼吸を整えると、沙弓は和樹の目を見てから離すと。
キッ、と表情を強張らせ、その顔に怒りを湛えて、夕菜たちに目を向けると、何も言わずに。
パンッ、パンッ、パンッ
夕菜たちの顔を張った、その顔を羅刹のように歪め、涙を湛え、その身に激情を満たし、修羅の殺気を撒き散らしながら。
「許さない」
憎しみを込めてそう呟いていた、呟いたはずなのに、それがとてもよく響いていた、とても、美しいくらいに、美しいくらいに憎悪に染まった声。
単一の感情を込めた声。
こめられた感情は憎悪。
叩かれた夕菜達はというと和樹の殺気から脱したが、突然頬を張られたことに思考が飛んだのか暫く呆然としていたが、徐々に自分達が頬を貼られたことに気付いたのか、彼女達の視点においての乱入者に怒りを向ける。
本来、目の前で殺人シーンを見せられるのを阻止し感謝の対象であるはずの沙弓に向けて。
「いきなり何するんですか。それに、なに和樹さんに抱きついてた、貴女いったい何なんですか」
「貴様は、杜崎」
沙弓に猛然と食って掛かっていた。
だが、やはり気付いていない後一瞬で凛は殺されていたことに、それを止めたのは紛れもなく沙弓だということに、もしあの時凛に襲い掛かっていたら沙弓ごととなっていた。
勿論、沙弓本人は和樹が絶対に自分ごとは攻撃しないとわかっていても、あの殺気の中に飛び込むのは並大抵のことではない、幾ら自分に向けて打たれないと判っていても戦車の前には立てないのだから。
それ程の行為をして庇われたのだと気付かずに非難を向ける。
自分達がどれだけ傲慢で、我侭で手前勝手な存在かわかっているのだろうか。
勿論、それを明確に示してくれる人間はこの場にはいないのだが。
「貴方達に言う必要は無いわ、ここから出て行きなさい。出て行かないなら、実力で排除するわ」
和樹を庇う様に、和樹を背に前に出て、睨みつける、憎悪に染まった目で。
そんな様子に気圧されながらも。
「あんた、杜崎でしょ、和樹と同じB組の。出て行けって、こっちもはいそうですかっていけないのよね。こっちにも事情があるし」
風椿がそれにも怯むことなく返すが、緊張のためか表情が硬い
「事情、それが和樹の遺伝子でしょ。くだらない、ウチのクラスの連中も人間としては出来の悪い連中だけどあんた達も同類かそれ以下ね。いや和美と同列に加えるのも虫唾が走るわ。プライドも無い家に隷属するメスがそれ以上和樹を侮辱するなら、容赦はしない。私の名前を知っているのなら、私の実力くらい知っているでしょう。あと神城の娘に忠告するけどこれ以上やるのなら貴女の実家と私の実家との全面戦争は決定よ。貴女はその決断に弓ひくつもりでかかってきなさい」
特に凛に向けて攻撃的な発言だが、それは彼女ら二人の家の間の確執にもある。
先程の気配は緩めぬまま、しかしその声には嘲る様な調子が混じっているように感じる
その言葉に凛と夕菜が反応する。
「だから、貴女は何なんですか、私はあなたに命令される謂れは在りません」
だが、凛は沙弓の言葉の意味がわかり沙弓を睨み付けているだけだが、忌々しそうに沙弓と和樹を睨んでいる、この二人先程の恐怖を忘れたのだろうか。
単純に自分に掛けられた侮辱の言葉に怒りを燃やしたならば彼女達に怒りを燃やす権利など無い、言われた通りの行動を自分達が取り、その行動で和樹を侮辱したのだから。
だが、少女達は理不尽な怒りを燃やし再び一触即発の空気が再び広がる。
それに同じて和樹と沙弓の気配も険を含んだものを湛える、それはまたも霧散したが。
「沙弓、あんたもエキサイトしてどうすんのよ。私たちは和樹を止めに来たんでしょ。やったらまた死人が出て面倒なんだから、あんたが冷静になんなくてどうするのよ」
「そうだぞ、杜崎、式森、あまり面倒を増やしてくれるな。ったく、これからゲーセンでも行こうと思ってたのに。こいつ等か。例の馬鹿の一族の繁殖用のメスは」
「式森君、杜崎さん止めなさい。もう少し自分を制御することを戒めなさい」
と三人の人間が再び介入してきた。
一人は和樹たちと同じ制服のショートカットの吊り目の美少女。
もう一人は銀髪を背まで伸ばし、タンクトップにジャンパーというラフな服装のどこか幼さを残した美女。
最後は黒髪のワンピースの妖しげな美貌を湛えた知的な美女。
紹介順に式森、沙弓のクラスメート松田和美、担任の伊庭かおり、保険医のマッドの妹、紅尉紫乃、三人とも飄々とした態度がこの場に似つかわしくないが。
「いい、沙弓、貴女の役割は(盾)なのよ、盾は抑える役目もあるんじゃない。それに、和樹と一緒に興奮してどうするのよ、こういう時抑えるのはあなたの役割でしょ事情は解るけど、それでも貴女は役割を全うしなさい、それが貴方達のためよ」
和美が諭すように沙弓に言い、和樹たちを抑えていく、和樹も彼らが来て興が削がれたのか完全に殺気を収めている。
沙弓は緊張の糸が切れたのか和樹の足に縋り付くように座り込んでいた。
それで収まりのつかないのが
「何ですか、貴女はまた和樹さんに抱き付いて。離れなさい、和樹さんには私という妻がいるんですよ。和樹さんもです、浮気ですか、許しませんよ」
と完全にエキサイトしていた、やはり痛い少女である宮間夕菜という痛い少女、別名デビルキシャーは。
というか完全に状況を読んでいないなこの娘は。
しかしこの言葉に激しく反応したのは、和樹でも、沙弓でも、また沙弓の親友となる和美でもなく、普段飄々と真面目な顔も見せない、彼等の担任教師伊庭かおりだった。
「あんた宮間だっけ、うちのクラスに転向することになってた。あんたさ、自分が何言ってんだか判ってる。あんた自分の言葉が何を意味しているか判ってる。自分の発言に全部責任が取れる上で発言しているか?大体、あんたは何でそんなことを口にしてる。妻、あんたが和樹と結婚でもしたのか、和樹がそれを承知したのか。どうせ承知していないのに勝手に言ってるだけだろ。それで、許さない、何であんたの許しを得なきゃならない。何処にそんな必要がある、何処にそんな義務がある。それに、私があんたを許さないよ、和樹には沙弓がいるそれでいいんだよ。それで十分なんだよ。何も知らないで、自分が何したかも判っていない小娘が。和樹があんたの今の妄想で勝手な押し付けでどんなに今傷ついたか判ってんの。あんたは自分だけ子供の妄想に浸れてそりゃ嬉しいだろうね。でも、あんたのその妄想に他の人間のこと考えてんの」
彼女は普段浮かべている笑みを消し。無表情に言葉を続けている。
「宮間だけじゃない。あんたたちの家がどんな事情抱えてんのか知らないけどね。そんなに大事、他人を踏みにじることが。おっとそんなつもりじゃないとかは聞かない、あんたたちはそんなつもりじゃあないとかいいそうだが。あんた達は自分が言った言葉を考えてもいないガキだろうから。どこぞのニュース賑わせてるガキとおんなじ様なこと言うんだろうけど。それがどんなに理不尽なことか判ってる」
ただ言葉を連ねていた、その目に何の感情も写さずに。
風椿と凛はその言葉の意味が判ったのだろう。
一瞬体を硬くして、己のしたことを再認識するように身を竦め、かおりから目を背けていた、いや言葉の意味がわからなかったのかもしれないがその心底軽蔑する目から目をそむけたのかもしれない。
ただ夕菜だけがそれを理解できなかった、彼女はある意味純粋だった。
こと己の欲望に関しては、彼女は正直だった。
それが彼女の不幸だろう。
後書き。
サイトオープンで書いたまま放置していた作品が出てきたので掲載しようと思います。
続きはレスの反応で書くかどうかを考えています。