「千川高校に行く」
「……………はい?」
そう言った彼の従妹の反応は物凄く鈍かった。
春と言えば新学年。彼――神城 氷也(かみしろ ひょうや)は首筋で結んだ髪を揺らしながら気だるそうに通学路を自転車で走っていた。十五歳の春、今年、中学最上級生だった彼は、高校の新入生として通っていた。
「ヒョウくん、眠そうだね〜」
「まぁな……」
その荷台にはツインテールの少女が腰掛けて苦笑していた。彼女――七城 聖(ななしろ ひじり)は氷也の従妹であり……、
「夜遅くまでゲームの相手させられたからな……」
「あはは……」
母親姉妹が双子だから仲が良いのか、何故か一緒に暮らしていた。文句を言わない親同士だが、未だに両家の親共は新婚気分だったりする。
「何でお前は眠くないんだ?」
「さぁ?」
そこで氷也は再び欠伸を掻く。その時、一人の男子生徒の横を通り過ぎた。氷也は目を見開き、キィッと自転車を停めて振り返った。
「ヒョウくん?」
「ん?」
その男子生徒も自分が見られている事に気付き、足を止めた。氷也とその男子生徒はジッと互いを見詰め合う。
「国見……比呂?」
「神城……氷也?」
二人はポツリと互いの名前を呼び合った。
「何で中学地区大会で優勝したお前が千川高校に入ったんだ?」
「その言葉をそのまま返そう」
自転車を押しながら尋ねる氷也に男子生徒――国見 比呂(くにみ ひろ)はそう返した。氷也は溜め息を零し、愚痴るように言った。
「別に優勝してない。お前のトコに負けたしな」
「おぉそうだったな。当たり損ない、際どいフォアボール、エラーが重なって最後はパスボールで一点。で、それが決勝点になったとさ」
「お前、喧嘩売ってるのか?」
「いやいや。英雄がノーヒットに押さえられたから悔しがってたぞ」
そう言って氷也と比呂は横目で見合う。その後ろを聖は歩きながら少しハラハラした様子で見ていた。
「で? 何で千川高校なんだ? ウチは野球部無いだろう?」
「肘壊したから。野田も腰壊して一緒だよ」
「そうか……」
「そっちは?」
「野球に興味なくなったから」
「ふ〜ん……」
しばらく沈黙が続く。やがて彼等の通う千川高校が見えて来た。
「そういや……その子、誰?」
比呂は今まで氷也が気になっていたが、後ろを歩く聖を指差して尋ねた。
「従妹の七城 聖だ」
「ふ〜ん」
紹介されて比呂が振り返ると、聖はペコッと頭を下げた。
「なぁ……」
「何だ?」
「従妹萌えって、あるのかな?」
「何が言いたいんだ、貴様?」
「いや、何となく」
そんな会話をしながら三人は千川高校の門を潜った。
「今の時代、サッカーだよな……」
「まぁ新規参入とか野球も話題に……」
「時代考証無視すんな」
1993年の春の日だった。
その日の夜、氷也と聖は彼女の部屋でゲームをしていた。やってるのはスライム状の色を重ねて消していく某パズルゲームである。
「けど国見くんに野田くんか〜……野球部無いのに凄い人が集まったね」
「俺はアイツほど凄くないぞ。負けたしな」
「実力そんなに変わらないと思うけど……」
「ほう? 中学生で楽に140キロのストレート投げる奴と変わらないと?」
「最高何キロ?」
「平均は138。最高142だっけか……」
氷也の画面がどんどん重なっていって負けてしまった。
「いぇ〜い! 三連勝!」
「落ちゲー嫌いなんだよ」
「そだね。ヒョウ君、フォーク余り落ちないし……」
「上手い。座布団一枚」
「私のだよ」
バッと差し出した座布団を取られる。氷也は溜め息を吐き、本棚から適当な少女漫画を選んで読む。
「このままヒョウ君達が愛好会に入って野球部になって甲子園行ったりして……」
「そんな漫画みたいな展開はありません」
と、後に氷也はコレが漫画の二次創作だって事を思い知る事になる。が、それはもう少し先の話である。
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