第一話 デビルキシャーと呼ばないで
「今日と言う今日は我慢がならないザマス、校長！ ちょっと聞いてるんザマスか、あの馬鹿クラスを何とかして学園から追い出さないと、この学園への寄付は打ち切らざるを得ないザマスよ」
金縁メガネの神経質そうなご婦人が、度の強い黒縁の眼鏡をかけたスーツ姿の若い男に詰め寄る。
「そうよぉー！ あの外道どもを早いうちにに何とかしないと、教育委員会に訴えてこの変態ハレンチ学園を潰してやるよぉー！」
婦人の夫と思しき小太りの男もまくし立てる。
ここは私立葵学園の校長室。
ＰＴＡ会長を務めるご婦人とその夫が、校長である森六郎氏に詰め寄っていた。
校長は身長１８０センチ以上、肩幅も広い立派な体格の青年であった。
「まあヒス夫人もブタオさんも落ち着いてくださいな。馬鹿クラスとか外道とか、かなり頭に血が上っていますよ」
森校長がしれっとした顔をして、すごい内容の言葉をさらりと吐いた。
「ヒス夫人・・・」
「ブタオさん・・・」
思わず凍りつく二人。
その頃、ヒス夫人とブタオさん曰く『外道どもの馬鹿クラス』、葵学園２年Ｂ組は何をしていたかというと・・・。
「よし、こっちは準備できたぞ。そっちはどうだ、式森？」
暗くした部屋の中、がっしりとしたスポーツマン体格の青年がクラスメートに呼びかける。
そこそこに男前と言っていい顔立ちではあるが、傲慢な表情と欲望に醜くぎらついた眼がすべてを台無しにしていた。
彼の名前は仲丸由紀彦。
悪名高き葵学園２年Ｂ組の中でも特に悪質な男である。
「本当にやるの？」
式森と呼ばれた地味目だがそこそこに整った顔立ちの、車椅子に座った少年がその声に答える。
「当たり前だ！こいつがうまくいけば俺様が・・・」
仲丸はそこまで言って、周囲の目に気づく。
彼のみならずＢ組のクラスメートは全員が全員（式森を除く）即物的な欲に溺れた、そして欲望の充足のためなら殺人も辞さない極悪人である。
油断も隙もない彼らおよび彼女たちの前で、迂闊な発言は命に関わる。
「あ、いや俺たちが世界の支配者になれるんだからな」
その事に気づいた仲丸は慌てて言い直した。
「ふぅ、危ねえ危ねえ」
その部屋は葵学園にある召喚実験室。
葵学園はエリート魔法使いを育成する学校、こういった設備には事欠かない。
本日彼ら及び彼女たちはクラスメートの一人である式森和樹の家に伝わる魔導書を使い、“世界を左右しかねない”とまで言われる大悪魔を同時に五柱も召喚しようとしていた。
「もうどうなっても知らないからね！」
投げやりに叫ぶと式森和樹は車椅子の上で呪文の詠唱を始める。
「右手には夜よりも暗き欲望の闇・・・。
左手には明星よりも輝ける叡智の光明・・・。
我、誓約の元汝等をここに召喚せり」
詠唱に合わせるかのように床に描かれた魔法陣が光を放ち始めた。
その光を見つめるＢ組生徒たちの目は、一部の例外を除いて全てが欲望にギラギラと濁りきっていた。
「もうすぐだ、もうすぐ世界の全てが俺様一人の物になる・・・」
仲丸は心の中で歓喜の叫びを上げた。
「くっくっくっ・・・。世界を左右するほどの力・・・。俺の革命に随分と役に立ってくれるだろう」
眼鏡の奥で爬虫類のような目を光らせて、一人の男子生徒が低く笑う。
彼の名は浮氣光洋。
ブルジョワを憎み、二言目には革命、革命と言っている割には金にがめつい男だ。
他にも口々に、クラスメートたちは勝手なことを抜かす。
そして光が消えると、そこには・・・。
女の子がいた。
目が合った（仲丸と）。
清潔感のある髪の毛を、頭の両側でまとめている。
見た目はかなり可愛い、生半可なアイドルなどよりずっと。
彼女は白い服に身を包んでいた。
何故か面積が小さい、それが下着だと気付くのに全員しばらくの時間がかかった。
そして何より特徴的なのは、背中の大きな黒い翼。
何事が起こったのか理解できず、少女は凍りついていた。
全員がしばらくそうして、現われた彼女を凝視していた。
わずかな時間が経って、ようやく少女が現状を認識し始める。
「きゃぁぁぁっ！」
少女は両手で身体を隠すようにして、悲鳴を上げながらその場にうずくまる。
「ごめん、デビルキシャー。着替え中だったみたいだね」
学生服の上着を脱いで、和樹はそれをデビルキシャーと呼んだその少女の肩から掛ける。
「デビルキシャーって呼ばないでください！ 私には宮間夕菜という人間の名前があるんです」
「わかったよ、夕菜」
（それにしても、デビルキシャーって召喚するたびに、毎回下着姿で出てくるんだよな・・・。
ひょっとして、狙ってやってるのかな？）
などとつい、馬鹿なことを考えてしまう和樹。
彼は自分の想像が真実をついているとは、まったく気付いていない。
そこに仲丸たちが本当に噛み付きかねないほどの剣幕で詰め寄ってきた。
「やい式森！ 俺たちは世界を征服できるほどの大悪魔を召喚しろって言ったんだ！」
と、仲丸が言うと、
「それが何だ？ 肝心の悪魔は出てこないで、お前はこんな可愛い子と仲良く話してやがる！」
と浮氣もそれに続く。
和樹は面倒くさげにそれに答えた。
「ちゃんと喚んだじゃないか。彼女がその大悪魔の一人、“直撃”のデビルキシャー。
人間との混血だからこっちにも戸籍を持っていて、そこに記載された名前は、宮間夕菜」
「ご紹介にあずかりました、式森夕菜です。
和樹さんの使い魔、兼妻として宜しくお願いします」
いきなりとんでもない事をほざく夕菜。
背中の翼はいつの間にか消えており、どこから出したのか葵学園の制服をきっちりと着込んでいた。
夕菜、すなわちデビルキシャーの爆弾発言は、Ｂ組の生徒たちに衝撃を与えた。
何しろクラス全体のスローガンに、
『人の不幸は蜜の味、人の幸福砒素の味』
『他人を信じるな、友人は特に』
『世界の破滅より己の利益』
『まず友情から売れ』
『女にもてる奴は犯罪者』
などのステキフレーズが連続するような連中である。
その彼らが、今の彼女の発言を聞いて大人しくしているだろうか？ いやいない（反語表現）。
「「「式森を殺せ〜！！」」」
普段は足の引っ張り合いに終始している彼らが、このときばかりは一致団結して和樹に襲い掛かってきた。
攻撃魔法を使えば女の子も巻き込む。
そう考えた彼ら、および彼女たちは手に武器を取って直接和樹を叩き潰そうと目論んだ。
「う、うわ〜〜〜！」
和樹が思わず情けない悲鳴を上げたときである。
夕菜がそれを庇うように、襲い掛かるＢ組生徒達のまえに立ちふさがった。
「和樹さんは、妻である私が守ります！」
手には何も持たず、襲い来る白刃の前に身を晒す夕菜。
その献身的な姿に、さしものＢ組も躊躇いを見せる。
その一瞬の躊躇は、彼ら及び彼女たちにとって致命的な隙となった。
夕菜がすかさず、呪文の詠唱に入る。
「光射す世界に、汝ら暗黒、住まう場所無し・・・。
渇かず、飢えず、無に帰れ!!」
「ま、マズイ！ 逃げろ！」
クラスメートの誰かが叫んだがもう遅い。
「昇華！」
最後の一言とともに、夕菜の右手から凄まじいばかりの熱量が発せられる。
確かにこんなことが出来る以上、彼女は本物の大悪魔・・・。
光と熱に呑み込まれながら、仲丸たちはようやく和樹の言葉を真実と認めた。
そして葵学園の校舎の三分の一が消滅した。
ヒス夫人とブタオさんがまだ森校長を責め立てている最中の校長室にも、夕菜の魔法による轟音と衝撃が伝わる。
幸いにも校長室の近辺は、夕菜の魔法の範囲から外れていた。
「今度は一体なによぉー！？ まさかまたあの馬鹿クラスが何かやらかしたのぉー？」
建物全体が揺さぶられ、おもわずブタオさんがつんのめる。
正確にはＢ組の一員の仕業ではないが、まあ召喚したのがＢ組生徒なのでその言葉は当たっている。
森校長は、素早く『念話』の魔法を行使してＢ組の担任と連絡をとる。
この魔法は離れた場所にいる相手と、即座に会話する魔法である。
（おい、伊庭。今何処にいる。何があったのかすぐに報告しろ）
歳若い校長がメッセージを送ると、返事はすぐに返ってきた。
（うーい。こちら伊庭。ただ今ゲーム屋にいます。新作のゲームを無事ゲットいたしました）
とんでもない内容の返事に校長の雷が飛ぶ。
（馬鹿野郎！ 今すぐ戻ってきて仕事しろ！）
この後、２年Ｂ組担任・伊庭かおりはめでたく三ヶ月の減給処分を受けた。
なお、Ｂ組以外の生徒や教職員は保健室の養護教諭及び和樹自身が咄嗟にその魔力で保護したために難を逃れたのである。
騒動の原因となった仲丸たちＢ組生徒は全身やけどにより一ヶ月の緊急入院。
そして直接の原因を召喚した式森和樹には、三週間の自宅謹慎処分が下されたという。
つづく
あとがき
皆様、お久しぶり。
そうでない方は始めまして、4000です。
普段からいろんなサイトで書いている無宿者ですがどうかお見捨てなく。
ところで、次回以降はクロスオーバーとなりますよ。
何とクロスするかお楽しみに。