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「龍 第23話 (まぶらほ+リアルバウト+その他)」

太刀 (2004-12-25 10:32/2004-12-25 20:16)
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和樹は言い争いをしていた。
それも女の子とだ。
女難の綺羅綺羅星の絶大の加護をうけ、好意を持ってくる女の子に対して類稀なる鈍感(女性限定)で、のらりくらりと躱してきた和樹がだ。
和樹を知る大人たちなら明日は雪か!?それとも槍か!?と冗談めいて冷やかしただろう。
それが人間の女の子だったのなら・・・・・・・・・

彼女の名はカレルハーティル
神龍族の姫にして1万3678歳になる年頃の女の子。
ちょっとマスタ−たる和樹よりも年上のお姉さん。
SSクラス(人類では敵わない。襲われれば天災にあったと諦めるしかない超越たる力を持っている魔獣)に分類される最強の生物でもある。


「ワタシが救いたかったのは御父様で、御父様が救いたかったのはアトランティス神帝でしたの。そして御父様と神帝は誓いを交わしていましたの。龍族。それも王族の誓約は絶対。龍族の誓約は魔族の契約以上に、その身を縛られますの。龍族の誓約は魔力の源たる血に誓いますの。破れば血の呪縛によって死にますの」

「なんで、そんな誓約を結んだ!?」

和樹は握っている封神剣を眼前に持ってきてキツイ口調で訊ねた。

「忘レタ」

「リミット・ブレイ・・・・・・・・」

人をオチョクル馬鹿者に、限界超越した力を身体で味わってもらおうと、言霊を半分まで言いかけた時に慌てた声が和樹の行動を遮った。

「マ、マッテ!主ヨ。本当ダ!余ノ魂ヲ封神剣ニ封ジ、神帝ト共ニ敵ヲ討ッタ。ダガ、滅ボシタ訳デハナイ。何時ノ日カ必ズ奴ハ蘇ル。ソノ為ニ余ハ忍ビガタキヲ忍ビ、今日マデ存在シテキタノダ。余ノ維持ニハ莫大ナ魔力ガ必要ダ。長キ時ノ中デ魔力ガ乏シクナレバ、魔力ノ消耗ヲ抑エル為ニ記憶ヲ司ル部分ヲ封印シナケレバナラナカッタノダ」

「なんで記憶を封印してまで!・・・・・・そんなに誓約が大切だったのか?」

和樹は記憶がどれだけ、その身を支えるのかを知っている。失えば昨日までと同じ世界でも完全に別物に変わる事も・・・・・・

「主ヨ、朧ゲナ記憶ノ中デモ、コレダケハ分カル。主ハ神帝ニ似テイル。姿、形デハナイゾ。ソノ気高キ魂ガダ。我ラ龍族ニトッテ人間ナド路上ノ石程ノ価値モナイ。神帝ト出会ウ前マデ、余ハ人間ヲ羽虫ノヨウニ殺シテキタ。ソレハ後悔シテイナイ。余ガ知ル限リ、エルフ、ドワ−フ、ホビット、数々ノ種族ノ中デ一番ニ残酷ナ行為ヲシテキタノハ人間ダ」

ドラゴンスレイヤ−の栄光を求め問答無用に襲ってきた冒険者。
竜が持つ財宝目当てに軍を動かしてまで手に入れようとする貴族。
竜を魔導の素材にしようと狙ってきた魔術師。
神龍王ナ−ガが知る限り禄な人間がいない。なかでも最も忌避するのは仲間殺しだ。
同族殺しを平然に行えるのは妖魔と人間だけだ。こんな種族は滅びた方が世界の為だと本気で考えた。


神帝に会う前までは・・・・・
至高の宝石のような人間だった。彼の者に会って人間を見る目が少しは変わった。

『人間は、弱い生き物だ。他人を支配し、なにかを自分の下に置いておかなければ、不安なんだ。少しでも自分に価値があると思わなければ、生きてはいけない
だから、他人を傷つけもするし、陰口も叩く。少しでも、自分の価値を高めるために
でも、俺はそんな部分も含めて、人間が好きだ。それでもなお、自分を少しでも高めようとする心が、好きだ。だから人々を守りたいし、この帝国のために戦いたい・・・・・』

神帝の話にきまぐれをおこして誓約する気になったあの時、どうせ人間の寿命など龍族に比べれば、地上に出た蝉ほどの長さしかないのだから、退屈しのぎくらいにはなるだろうと思った。
退屈しのぎどころか、またたくうちに時が過ぎ去った。
今も尚、封神剣であるのは、最終決戦が終わり。敵の首領と相打ちの形となった神帝が、息を引取る直前の頼みだからこそ、損を承知で引き受けた。
数多の記憶を失っても、神帝との記憶だけは忘れない。本当に大切な思い出は、人に軽々しく話したりしない。それは主たる和樹にしても・・・・・・・・・・


「余ノ身ノ上話ハ、モウイイダロウ。今、最モ重要ナ事ハ、主ガ『カレハ』ヲ5人目ノ妃ニ迎エルカドウカト言ウ事ダ」

「再び、ちょっと待て〜い!!!」

「如何シタ主ヨ?」

「5人目ってなんだ!?5人目って!!!!」

「可笑シナ事ヲ言ウナ主ヨ。月森香倶耶、影森沙希、烈華鈴、栗丘舞穂ヲ入レタ5人目ダ」

舞穂を除いて共通点がある事に気が付いた。できれば気が付きたくなかったが気付いてしまった。

「主ガ情ヲ交ワシタ相手デアロウ?」

「のぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――!!!」

頭を抱えてゴロゴロゴロと地面を転がりまわる。

「主ノ記憶ヲ見ル限リ、一度、情ヲカケタ相手ヲ主ガ見捨テル事ハナイダロウ。ソレニ全員、純潔ヲ主ニ捧ゲテイル。他ノ雄ノ色ニ染マッテイナイノデ容易ニ主ト『パス』ヲ繋ゲレルノモイイ」

式森和樹、最大の秘密が他人に知られた。

「主ヨ、気ニスルナ。龍族ハ一夫多妻ダ」

竜(龍)族の出生率 雄 2: 雌 8

「ち、違う!僕はそんな事で転がっていない!それよりも僕の記憶をどうやって知った!?」

「余ト主ハ、ソウルリンクデ繋ガッテイル。深層心理ノ奥マデハ無理ダガ、表面ノ浅イ記憶ナラ見ル事ガ可能ダ。ソレニシテモ主ヨ。主ハ情ヲ交ス時ハ何時モ身体ノ自由ガ奪ワレテイルナ、趣味カ?」


忘れようとした生温かい思い出が、襟首を摑えられて甦る。芋づる式で・・・・・・・


月森雄一に「大人の階段の第一歩だ。和樹」と連れられてきた遊楽で、森一族の長老達が取決めした婚約者、月森香倶耶の襲来。魔眼により拘束される。
階段の第一歩まではよかったが、階段が実はエスカレ−タで強制的に最上階。よく朝出された朝食の赤飯の味は何故かしょっぱかった。


香倶耶との関係を沙希に知られる、情報収集は影森の十八番。どうやって稀代の陰陽士。月森香倶耶が金鳥玉兎集まで使い、創った結界内の事情を知り得たのか訊いてみるが「沙希は影森ですから」とはぐらかされた。
話を続けていく内に妙な方向に話題が流れ「和樹様・・・・・沙希にも御情けを・・・・・・」と迫られる。
幾等なんでも、妹の沙夜と瓜二つの沙希は洒落にならないと逃げ出す。
沙希と沙夜の母親は姉妹であり二人は従姉妹同士に当たる。顔立ちは双子と見間違う程だ。
脱兎の勢いでその場から遁走をはかったが、忍術「影縛り」で身体の自由を奪われる。
翌日の太陽は黄色かった。


烈式聖獣拳・最高位『煌龍拳』死殺技 四(死)龍により死にかける。
龍眼を開いた烈華鈴に勝ったものの、三途の川で水泳をする羽目になった。
川辺の向こうから綺麗なお姉さんが手を振って招いていたが、意識の無い身体の上に誰かが乗ってギシギシギシとベットを揺らす。
気付いたら温かい布団にくるまって寝ている自分が居た。不思議な事にあれだけ重体だった身体が回復していた。
現状を把握できないまま戸惑っていたが、不意に片腕に重さを感じる。
肌に直接、触れた体温が伝わってくる。互いに裸でないと分からない感覚だ。
ボ〜と低血圧気味になっていたので頭が廻らず、腕枕をしている女の子に、おもわず『玖里子ちゃん?』と呼んでしまうと、顎を砕かんばかりのアッパ−を貰い再び昏倒。
意識のないまま第2ラウンドに突入した。

後に彼女の姉である烈飛鈴に事情中・余韻に浸かっている間、別の女の子の名前を呼ぶのはいけないんですか?と素朴な疑問を質問すると、

「殺されても文句は言えないわよ和樹君」

と、笑顔で物騒なセリフを言われた。顔は笑っていたが目は笑っていなかった。
一緒に午後のティ−タイムを楽しんでいた、先生(南雲慶一郎)の顔も真っ青になっていた。心当たりでもあるのかな?
・・・・・・とにかく注意しよう。意味は理解できなかったが、タブ−と分かっていて言うほどアホではない。
よく「・・・・・バカ・・・」と言われるが。


「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――捨てる!絶対に捨てる!」

禄な思い出でではない記憶に、喉が枯れる勢いで叫びながら封神剣を槍投げの要領で赤い空に向かって全力で投げ捨てた。
アトランティス最盛期時代でも、同じ物は2度と造れない。神龍王を宿した至上最強の剣はキラリンと星になった。

「あ、悪は滅びた。めでたし・・・・めでたし・・・・」

和樹は汗をかいてもいない額を拭く真似をして自己完結した。

「マスタ−!マスタ−!」

「なに?カレハ?」

「封神剣って呼んでくださいの」

「・・・・・・封神剣?何でまた?」

和樹が口にした途端、空中に正三角形を上下逆さにして組み合わせた図形が光により描かれた。魔術師たちが六芒星と呼ぶ紋様だ。そこへさらに記号が書き加えられていく。
魔方陣が完成すると一振りの剣が和樹の前に現れた。

「余ハ投擲用ノ武器デハ無イゾ」、

「言ったじゃないですかマスタ−。どんなに離れてもマスタ−と封神剣の間は切っても切れない絆ができてるんですの」

嫌な言い回しに顔を顰めた。

「一生。イテクゾ主ヨ」

「字が違−う!!!」

傍から見れば充分、息があっている少年と剣であった。


「これは一体?」

光の粒子の中から現れたクタニエは茫然とした。最終目的地点であろう赤の世界。通常空間とは座標軸が完全に違う独立された孤独な世界。
・・・・・・・の筈だったのだが。

「だいだい人間と龍族じゃ結婚なんて、できないだろう!」

「何ヲ言ッテイル。主ニモ龍人ノ血ガ僅カナガラ流レテイルデハナイカ」

「マスタ−。龍は成龍になれば人化する竜語魔法が使えるんですの」

烈一族の始祖にあたる龍人。始まりたる円卓の騎士の一人『聖獣王』も、人化した龍と人との間に出来た子供だった。
オ−ク程ではないが、人も多くの他種族との間に子供を作れる。

「マスタ−はワタシの事が嫌いですか?」

「嫌いとか好きじゃなくて、こう、なんて言うか結婚は人生最大の墓場・・・・・は小関さんの意見だったな」

カレハは和樹に迫る。圧迫されそうな巨体に和樹のうなじから背筋にかけて冷や汗が大量に流れる。

「カレハは僕の事が本当に好きなの?」

一時間前まで殺し合いをしていた相手だ。どうして好意を持たれるのか理解不能だ。戦いに遺恨を残さない和樹だが、再生したとはいえ腕を斬り落とされたカレハにしてみれば平常ではいられないだろう。

「マスタ−・・・・・酷いです。あんなに熱いモノをワタシの中に注いだのに・・・・・・」

「沙夜が聞いたら問答無用で極大呪文を打ってきそうな誤解を招く発言はなんなんだ!?」

「主ヨ!忘レタノカ?」

封神剣の柄に輝く龍珠はカレハの命そのものと言える。
神すら凌ぐ龍族、唯一の弱点ともいえる命の結晶。普段は体内に隠し。
真・竜語魔法を使う時のみ取り出して魔法の媒介たるオ−ブとして使用する。
龍珠を持つ龍族(竜には無い)は相手に絶対の信頼と愛を誓った時、互いの龍珠を交換して魔力を注ぐのが婚姻の誓い。
雌龍の龍珠は一度、完全に満たして染めきれば二度と他者の色には染まらない。
他種族が運命のイタズラで偶然、龍珠を手にしたとしても龍ともなれば魔力値5000万は軽く見てもある。
ちなみに、普通の人間の平均魔力は100以下。Sランククラスの風椿玖里子や神城凛たちでさえ、魔力が100万に届くか、届かないか。っと言ったところだ。
大抵は龍珠を満たす前に魔力を根こそぎ吸収されて命を散らす。
神帝が手にした時は、自分以外の魔力を混同させた為、一色に染まることが無かった。

「マスタ−の色に染められましたの」

「そうなんですか・・・・・・・・・・・」

もう、総てがどうでもよくなってきた。反論する気力を無くしかけた時、カレハの頭の上に乗って上機嫌の舞穂が指をさして大きな声をあげた。

「あっ!クタニエさん!」

舞穂が指をさしている方向に人と龍と剣の意識が注がれる。

「こ、こんにちは・・・・・・・・・・・・・・」

訳の分からない組み合わせのメンバ−にクタニエは裏返った声で挨拶した。


「ねえねえ、カレハさんは他に何ができるの?」

「幼龍まで力が落ちたので竜語魔法は使えませんが、次元飛翔能力、アンチ魔法能力、アンチ特殊能力、ドラゴン・ブレスを数種類、使い分けできますの」

「すご〜い」

舞穂が手をパチパチと手を叩きながらはやしたてる。
和樹が封神剣と話している間に、舞穂とカレハは友達・・・・・・いや親友クラスの親密度まで仲良くなっていた。
舞穂はバ−サ−クが解けたカレハの『ほわわん』といった気配に、何処か自分と同じモノを感じ、カレハにしてみれば舞穂は命の恩人に当たる。
リミット・ブレイク(限界超越)中の和樹に、舞穂が身を挺して止めに入ってくれたお蔭で九死に一生を得ることができた。
そのうえ馬が合ったのか一緒に居ると楽しい気持ちになる。

もしも、舞穂を狙う組織が今後、現れたとしても恩人を護ろうと不退転の覚悟を決めた龍を最初に相手にしなければならない。


舞穂とカレハがじゃれあっている間に、おおまかな出来事をクタニエに説明する。
舞穂がノア神殿の世話になっている間、クタニエに良くしてもらったと舞穂から聞いていたので困惑して状況を知りたがるクタニエに対しても邪険にせず、一から順に詳しく教えると、クタニエは和樹の前で跪き、うやうやしく頭を下げ


「私、神官長レイグレット・クタニエは封神剣の主たる皇・式森和樹さまに絶対の忠誠を誓い、お仕えすることを此処に誓います」


春の喜びを歌う小鳥のさえずりにも似た、興奮と歓喜を含む声でクタニエは和樹に宣言した。
秀麗な顔に血がのぼって、心臓の鼓動が自分でも分かるくらい脈打っている。

「封神剣?なんでこうなった?」

片膝をつき臣下が主君に礼を尽くす姿勢のクタニエを見て、溜息を吐きながら面倒事がまた増えたと第3者から見ても分かる表情で、クタニエに事情を説明した封神剣を睨む。

「コノ女ハ神殿ニ属スル神官ナノデアロウ」

「その筈だけど」

「教義ダ、主ヨ。封神剣ノ主タル者ヲ皇ト崇メ、仕エルノハ神官達ニトッテ最重要事項ニ当タル教義ナノダ」

「捨てろよ。そんな物(教義)」

和樹は神族の存在は認めているが、宗教概念上の神は信じていない。
宗教なんてものは精神的支えの糧になる程度でいい。生きる為の糧ではなく、枷になるなんて冗談ではない。
和樹にはクタニエの行動がそう見えた。

「無理ダナ。神官長ニ成ル程ノ者ダ。信仰心ハ誰ヨリモ強イ」

「厄介な・・・・・・・・」

人が何を信じようと他人を巻き込まない限り、神だろうと聖霊だろうと悪魔だろうと勝手に信仰してくれと思っている。

「クタニエさん」

「私の名は呼び捨てにされて下さいませ皇」

「それは勘弁」

舞穂が世話になった女性。それも兄弟子、南雲慶一郎の恋人(和樹の勘違い)であるクタニエの名を呼び捨てにするなんて出来ない。

「本当にいいんですか?」

頭を掻きながら和樹は訊いた。
ノア神殿を中心に張られている結界は、封神剣を赤き異界に空間固定する魔力の余波でできた偶然の産物。
封神剣が目覚めた以上。結界を維持する魔力は途切れ、この地方は本来あるべき厳しい環境に戻るのだが、和樹は封神剣に込めた魔力の一部を結界の維持にまわした。
その為、常春をもたらす結界は、数千年間は何もしなくても保つだけの強度を得た。
ノア神殿100年に一度の儀式「大祭」
一部の高司祭だけが知っている儀式の本当の意味。それは神官長になり得る程の魔力を持った人材が結界の維持の為に犠牲なること。
和樹の魔力によってクタニエが犠牲になる必要は無くなった。


「私は何も信仰の為だけに皇に仕えようと思った訳ではありません。貴方様がされた事はノブレス・オブリ−ジェに相応しい。まさに皇たる所業と私は思いました」

「位高ければ徳高かるべし・・・・・・・か、僕は別にそんな事を思って、した訳じゃないんですが」

「ご謙遜を・・・・・・皇が結界の為に使ってくだされた魔力は、SSクラス魔法使い60人分に匹敵されます」

世界に100人も存在しない超一流魔法使い。SSクラスを金銭で雇う相場は最低でも1000万ドルは必要だ。
通常SSクラスの戦闘力は、卓越したオペレ−タが操るM6(ブッシュネル)十機分と言われている。
戦闘特化したSSクラスの魔法使いとも成れば、極大呪文でダ−ス単位で近代最強兵器を破壊させる事が可能だ。
仮にSSクラス魔法使い60人を同時に雇うものなら相乗効果も加わり、天文学的金額になる。

「使えたから使っただけです」

人が人を助けるのに、いちいち理由が必要か?
和樹は口にこそしないが態度でクタニエに語っていた。
何事でもないように言った和樹を見るクタニエの瞳に畏敬の念が宿る。
当たり前のことを当たり前のようにできる人物が、この世にどれだけ居るか?
クタニエも神聖魔法を扱う魔法使いだ。和樹が結界維持に廻してくれた一部の魔力だけでも、魔導研究に携わる者なら、咽喉から手が百本飛び出し、欲しがるだけの価値があると分かる。

「主ヨ、モウイイデアロウ。コノ女、神官長ハ一度誓ッタ事ヲ破ルヨウナ性格デハナカロウ。ソレニ余ト『カレハ』ガ目覚メタ以上、眷属竜達ノ眠リモ覚マサネバナラナイ」

「眷属竜?カレハ以外にも封印されている奴が居るのか?」

「無論ダ。ソレニ、イイ加減コノ赤キ世界モ見飽キタ」

封神剣の見飽きたと言う意見には賛成だ。空は赤く、夕焼けが永遠に続いているような黄昏の世界。カレハと和樹の激闘で石造りの床は無惨にも砕け散って散乱し、変わり映えない、この異界に唯一の変化をもたらしているが、それでも地平線が見える先には無限と思える空間が広がっている

「・・・・・で?どうするんだ。転移魔法を使おうにも目標地の座標を固定できないぞ」

自分の魔法を使えば、どんな次元の狭間からでも主物質界(人間界)に戻る自信はあるが、残り魔法回数6回。最悪な状況に成るまでは使いたくない。

「私が使った跳躍器は目的地に飛ばすだけで、戻ることはできません」

しゅんとしたクタニエが、お役に立てなく申し訳ありませんと頭を下げる。
気にしないで下さいと和樹は、落ち込むクタニエに慰めの言葉をかける。和樹にとってクタニエは慶一郎の恋人(勘違い)にして、神殿で舞穂の面倒をみてくれた女性だ
和樹の対人関係ヒエラルキ−表上で身内に位置付けられる。

「ソロソロ行クゾ、カレハ」

封神剣の龍珠が僅かに震動する。舞穂とじゃれているカレハが腕を和樹達に差し出してきた。どうやら手の上に乗れというらしい。

「どうされるのですか?封神剣様」

手の上に乗った和樹とクタニエ。
封神剣に対しても礼儀正しい対応をする。元々の性格もあるが経典の中で祭器に祀られている剣だ。クタニエの態度は自然に封神剣を上位者と見ていた。
和樹にとっては厄病神の位置に付けられているが。

「『ノア』ニ向カウ」

「神殿に?」

「違ウ、魔導都市ノ方ダ」

首を捻る和樹に行けば分かると、封神剣はカレハに出発しろと命じた。

「危ないのでワタシから決して離れないで下さいの」

カレハの身体から虹色のオ−ラが溢れ、数秒で球状形体になりすっぽりと全身を包んだ
周りの空間に歪みが生じてくる。波ひとつ無い水面に石を投げ込み、波紋を作るように空間が揺れ動く。

「これは一体!?」

和樹が叫ぶ。

「案ズルナ、龍族特有ノ特殊能力『次元飛翔』ヲ今カラ行ウノダ」

「古文書に龍は次元すら飛び越えると書かれていた内容は本当だったのですね」

封神剣の言葉にクタニエが目を輝かせる。知的好奇心が刺激されたのだ。
次元移動は、魔法カテゴリ−でいえば時空魔法だ。
クタニエが此処に来れたのは跳躍器に座標がインプットされていた為、舞穂の転移魔法は座標先の異次元に居た封神剣が目印となっていた
次元移動は転移魔法の上級呪文と認識されているが、実際は全くの別系統魔法。
飛行機で宇宙空間に飛び出そうとする位、無理なのだ。

魔法使いで時空魔法を操れるのは『時の歯車の一族』と言われるロ−エングラム家のみ。
それも『悠久の紋章』と呼ばれる魔術回路を生まれながら持っている一部の女性だけだ。
森一族宗家、式森家さえ時空魔法は操れない。
現代魔法学の教科書に載っている魔法使いの中でも格上扱いされている。
時空魔法 = 時の聖女(悠久の紋章を宿すロ−エングラムの女性魔法使い)は世界の常識とさえ言われている。

「行きますの」

カレハが高々と吼えた瞬間、空間を揺らす波が一層激しく荒れ、限界点まで達すると中心部に居るカレハに空間の波が集中する。

パリン

ガラスのコップが割れた音に似た破壊音が鳴ると、和樹達を乗せた龍は赤き異次元から姿を消した。


「この空間は空気が存在しないのでフィ−ルドから絶対に出ないで下さいの」

360度、暗闇が続く亜空間の中を自在に泳ぎながらカレハは頭の上に乗っている舞穂と手の中に居る和樹とクタニエに注意した。
虹色の光が暗闇を照らし、数キロ先までなら何とか見える。

時空の狭間には様々な浮遊物が漂っている。原因不明で行方が分からなくなった飛行機、列車、船。それに橋や塔といった巨大な建造物さえ海中を彷徨う海藻みたいに浮んでいる。
なんらかの拍子に次元の落とし穴に落ちた物の海を泳ぐこと数分。

「和樹君!なにかあるよ−」

暗視魔法と遠方可視(フエルンズイヒト)で亜空間を見回していた舞穂が目標を見つけ出した。
ひときわ巨大な建造物だ。和樹は素直に思った感想を口にした。

「まるで箱舟だな」

虹色の薄い光に写った物は、聖典に登場する箱舟そっくりだ。
全長1500mはあろう巨大な船の側面からオ−ルを想わせる出っ張りが左右に8本ずつ突き出している。
箱舟は薄く透明な防御シ−ルドで完全に包まれている。
浮遊している何時の時代か、わからない建造物がシ−ルドにぶつかると、呆気なく壊れた。
見た目に反してかなりの防御力を秘めている。

「余ヲ翳スノダ」

亜空間に着いてから、沈黙を守っていた封神剣が初めて声をだした。
和樹は両手で封神剣を握り直し、正眼から頭上へと振り上げた。
純白の刀身から光が発する。
光が当たった箇所の防御シ−ルドが解かれ穴が空いた。開かれた穴にすかさずカレハが入った。


「此処が魔導都市ノア・・・・・・・・・」

クタニエは感嘆に震える声で呟く。
船の先端に着陸した一行はカレハのフィ−ルドを解除する前にやるべき事をやった。
船内で人体に悪影響を及ぼすものがないか、クタニエが探知魔法で調べたのだ。
結果、とくに問題はないと判明した。
防御シ−ルド内部には空気が在り、カレハから降りた3人と一本は、動力炉がある箱舟最下層を目指し歩いていた。
暗闇と静寂の中、足音がやけに響く。A・Sでも通れる広さを持った通路だ。カレハは3人から少し離れた後方に居る。

「暗いよ−和樹君」

暗視魔法の効果が切れた舞穂は、和樹の手を握りながら明かりを探す。

「そうだね」

風の神気をソナ−のように使い半径100Mは完全に把握している。
目に頼らなくても問題なく歩けるが、明かりがあった方が便利なのは確かだ。

「直ぐに用意します」

二人の会話が聞こえたクタニエが呪文の詠唱を始めた。クタニエがしている眼鏡は暗視能力が付加されているマジックアイテム。
和樹が平気に歩いて、舞穂は先程まで暗視魔法の効果があったので、通路が暗いのに気がつかなかった。

『光の精霊 ウィル・オ−・ウイスプよ 我と交わした契約に従い その光を持って闇を払え』

短い詠唱が終わると、クタニエの前に小さな光の玉が浮んでいた。
光の下位精霊はすぅっと天井近くまで飛び上がり、通路を淡く照らし出す。

「精霊魔法もつかえたんですか?」

「下位精霊のコ達だけですが」

神聖魔法の上位魔法『裁決の光(ジャスティス)』を、この若さで会得しているクタニエが別系統の魔法まで使えるとは思わなかった。
魔法は系統を窮めれば窮める程、他系統の魔法を体得できるのが難しくなる。

沙夜?アレは例外だ。本当に天才という言葉が相応しい。
和樹が知る限り東方術、西洋魔法、古代語魔法、精霊魔法、神聖魔法、黒魔術、白魔術、暗黒魔術、召喚魔法、風水術、エノク魔法、ル−ン魔術 etc etc・・・・・・
を達人級に扱う。
魔法にはジャンケン的要素もある。ある系統には鬼のように強い魔法が、別の系統の魔法にあっさり負けるケ−スも珍しくない。
沙夜の強さの由縁は、普通の魔法使いが一手しかだせないグ−、チョキ、パ−を同時に2手だせるからだ。勝てなくても決して負ける事はない。
これを破るには、紙(パ−)にダイヤモンドコ−ティングを施し、鋏(チョキ)を刃毀れさせるような裏技を用いるか、紙(系統魔法)の硬度(実力)を鋏でも断ち切れない程上げるしかない。
精霊魔法や符術魔法は比較的、弱点と呼べる欠点がないので、争い始めても術者の力量に左右される事が多い。

光の精霊に照らされた通路を見て3人は度肝を抜かれた。
壁に刻まれた彫刻だと思われていたのは、無数に並ぶ魔導兵(ゴ−レム)だったのだ。
身の丈が和樹の20倍は軽く見積もってもある。
数は入り口から此処に来るまでの間でも300体はあった。
侵入者を撃退するために配置されているのだろう。

「ホォ−『タロス』カ、アトランティス帝国ノ人形ガ未ダニ残サレテイタノカ」

「コイツ等は強いのか?」

何かの弾みで稼動した時の対応の為にタロスと呼ばれた魔導兵の性能が知りたかった。

「ソウダナ・・・・・主ノ記憶ノ中ニ『カシム』タル戦士ガ居タデアロウ」

「戦友(ともだち)だ」

「ソノ者ガ操ル魔装機ヲ3機掛リナラ倒セル程度ダ」

「魔装機?ア−ム・スレイブの事を言っているのか?」

「・・・・・ソウカ、コノ時代デハA・Sト呼ンデイルノカ。精霊ヲ憑依サセルノデハナク機械ニ頼ルカ、マァヨイ・・・・・主ヨ、ソノ通リダ」 

カシムが操縦するA・Sの戦闘力を正確に想定する。レバノンの稼動状況が完璧であるとしよう。・・・・そうだな・・・・・一対一でBクラスの魔獣を倒せる力はある。
Bクラスレベルの魔獣をA・Sで倒すのにどれ位の戦力が必要かと戦術研究家に訊けば、完全武装のRk−92サベ−ジが2チ−ム必要と返答される。
その事を考えればカシムが搭乗したA・Sがどれだけ凄いか分かる。

「3体でカシムを抑えるか・・・・・・Cクラス上位魔獣程度だな」

タロスの戦闘力を予想できた。

「外装ハ、アダマンタイン製ダガ」

「なんだそれは!?」

ふざけるな!純粋にそう思った。核の直撃を受けても傷一つ付けれないアダマンタインだと!?防御力だけなら殆どの敵に対して無敵じゃないか。

「主ヨ、恐レル必要ハ無イ。龍ノ前デハ人形ナド物ノ数デハナイ」

「そうですの」

自惚れではなく正確に己の実力とタロスの戦闘力を比較してカレハも肯く。

「ソレニ、魔力ガ途切レテル現在デハ、木偶人形デシカナイ」

「そうなのか?」

「はいですの」

「ふ〜ん」

和樹達は光の精霊を先頭に再び歩み始めた。
材質は分からないが壁や柱にはアトランティス帝国時代の魔法方式が微細に施されている。

「物質停滞の法式?こちらは清浄維持魔方陣かしら?」

クタニエは新しい物を見るたび目を輝かせている。
現代では、失われた技術。またブラック・テクノロジ−(存在しない技術)が惜しみも無く使われている。

「これ程の文明が何故滅びた?」

現代の科学や魔導技術では作製不可能な建造品、儀式魔方陣や魔導具がそこらかしらに見受けられる。
和樹と舞穂は鬼塚家で下宿している間、紅尉晴明が教鞭をとり学んだ事もあり、魔導具の造詣知識も専門家以上にある。
その二人から見て此処にある魔導テクノロジ−は進み過ぎている。
仮に一つの魔導具のテクノロジ−を民間に払い下げれば数億ドルはくだらない利益を生むだろう。

「イクラ魔導技術ガ発達シ、裕福ニナロウトモ人ハ争イヲ捨テル事ハデキナカッタ」

火山、津波、地震、台風。自然災害を防げるように発達した文明も、自らの争いは防げなかった。
決定打は錬金術士が禁忌を犯し、招いた敵との大戦だった。
世界中に栄華を誇った文化のあらかたは破壊され人口も激減した。
大戦後、統治者である神帝を失ったアトランティス帝国は権力争いで国が割れ、戦後の傷も癒えぬまま内戦にまで勃発した。
幾つかの陣営に分かれた権力者達の一つが、戦略級儀式魔導呪文『滅びの雨(ベリッシュ・レイン)』を使用した。
神帝が開発を中止させた筈の禁断魔法。
大戦後に開発が再開され未完成としかいえない試作段階の魔法を、形勢が不利になった陣営の指導者が、開発魔導士の止める言葉も聞かず発動させた結果。『滅びの雨』の制御は魔法使いの手を離れ暴走した。

大気を漂うマナを際限なく吸い取り、総てを滅ぼす雨は七日七晩に亘って、ほぼ全世界に振り続けた。
そしてアトランティス帝国は滅んだ。多くの生物の命を奪って・・・・・・

「地上にアトランティスの遺跡が無いのは、その為だったのですか」

クタニエは知られざる歴史を知り、古代遺跡が地下深くでしか発見されない理由が分かった。

「ソウダ」

「ノア神殿はどうして無事だったんだ?」

「余ガ護ッタ」

思えば、魔力の大半を『滅びの雨』を防ぐ為に使用したせいで、己を維持するにも困難なほど魔力を失った。 
そんな状態で赤き世界に封じられた。

「苦労したんだな、オマエも」

自分にこのうえない迷惑をかける封神剣に、初めて同情した。

「過ギ去リシ事ダ、気ニスルナ。余ニ従ッテクレタ眷属竜ヲ護ルツイデデモアッタノダカラナ」

ノア神殿の本当の存在理由は亜空間に漂う魔導都市ノアを空間固定する為に、主物質界に残した錨の役割があった。
魔導都市ノアは防御シル−ド以外の機能を現在凍結しているので、空間漂流しない為の処置である。
大戦末期に完成した魔導都市ノア。動力の源が封神剣であるうえ、神帝の遺言で大戦終了後、龍(竜)族に譲られた。
龍(竜)族は内戦が始まると早々に人間達を見限り、争いに巻き込まれるのを嫌がり魔導都市ノアに乗り込み眠りについた。

「ソレヨリ、モウ直グ着クゾ」

魔導兵が千体もあった通路を抜けると、広大な部屋の中に出た
壁や天井には水晶の結晶のようなものがびっしりと突き出し、それらがぼんやりと輝いている。そして部屋の中央に、色とりどりの水晶が制御盤のように並べられていた。
中央の中でも一段高い台座がある。

「余ヲ台座ニ差シ込ムノダ」

台座には鍵穴があった。台座に上がり和樹は封神剣をはめこんだ。

カチッ

台座の内側で刀身が固定されるとブォォォォォォォォンと機械音が鳴り始める。
封神剣の龍珠から光が生み出だされると、呼応するように回りの水晶が七色に輝き。
台座から、其々の水晶に走っている床の溝を伝い魔力が流れはじめた。

「これが皇の魔力・・・・・・・」

あまりにも強大な魔力は、見ているだけでも強い圧迫感を与える。
クタニエは舞穂を庇うように前に出ると、聖護幕(エクストリ−ム)を唱えた。
ド−ム状の障壁がクタニエと舞穂を魔力のプレシャ−から防ぐ。
魔導都市ノアの動力炉に魔力が注入されていく。
水晶に光が宿り幻想的な光景を生み出している。見惚れている二人だが、次第に光が増している事に気付いた。
チカチカと輝く燦然たる光の明度が目を背くほど高まり弾けた。
ひときわ眩しい白い光に部屋が包み、クタニエと舞穂から視覚を一時的に奪った。


「和樹君!」

クタニエより先に視力が回復した舞穂が、台座の上で仰向けに倒れている和樹を見て、絹を裂くような悲鳴をあげた。
駆け寄ろうと動き出したが背後で、様子を窺っていたカレハの尾が舞穂の前に壁のように立ち塞がった。

「どいてよ!カレハさん」

「少し待ってくださいの。舞穂」

焦る舞穂を宥めるが、舞穂の動きを妨げる尾を一ミリも動かさない。倒れている和樹に此れから何が起きるのか知っていての行動だ。
幼い舞穂には見せたくない。

(身体が・・・・・・・・・・動かない・・・・・・)

思考力は何とかあるが、指先ひとつ動かせない疲労感が重く圧し掛かる。
封神剣に籠められた和樹の魔力が、総て動力炉に行渡った瞬間。和樹を支えていたナニかが切れた。
後頭部がズキズキ痛む。マネキンが倒れるように棒立ちの姿勢で倒れたのだ。
頭は割れていないが、たんこぶの一つはできた。
自分の身体に起きた異変に困惑する和樹の上に、台座から抜き出た封神剣がフワフワと浮遊してきた。

「ノアヲ起動サセルノニ成功シタガ、魔力ガ底ヲ尽イタ」

封神剣の付属効果の一つに活力回復(エナジ−リフレッシュ)がある。
和樹の体力・精神力はリミット・ブレイクにより限界を超え消耗していた。本来ならリミット・ブレイクが解けた直後、昏睡状態に陥る筈だったが封神剣からのバックアップで今の今まで動いていたのだ。

「モウ一度、魔力ヲ注イデ貰イタイノダガ無理ノヨウダナ」

ソウル・リンクで繋がり魔力を通す回路は創ったものの、今の和樹の残量魔力はゼロに近い。3日も養生すれば回復するが今は無理だ。

「仕方アルマイ。余ハ再ビ魔力ガ溜ルマデ眠リニ着ク事ニスル」

普通に起動しているだけでも莫大な魔力を使うので、魔力の消費を押さえ、尚且つ魔力の回復を行う行動にでた。

(な、なにをする気だ!?)

身体は動かせないが、未だ意識を保っている和樹は、胸の上に浮ぶ封神剣の動きだけが分かり、嫌な予感が脳裡を走った。

「主ヨ、余ニ注ガレル魔力ガ再ビ満チタ時ニマタ会オウ」

左胸の上、そう。心臓の真上に浮いていた封神剣の剣先が落ちてきた。
弛緩した身体が跳ねた。皮膚を破り、筋肉を貫く。アバラ骨の間をすり抜けて刀身が心臓にまで達した。

「――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!」

心臓に届いた剣先が光となり、心臓の中へ消えていく。痛い!心臓を切り裂かれる痛みだ。
死にそうな痛みの中、ふと紅尉が言っていた言葉を思い出した。

【魔力は大抵その本人の魂と血に宿ると言われているが、形の無い魂を如何こうするより血を押さえる方が効果的だからね。一番魔力が集中する心臓に封印をかけるのが最も効力が発揮されるのだが流石に生きている人間に、そんな事をしたら死んでしまうからね】

魔力制御用魔導器を舞穂の為に作っていた時のセリフだ。
魔獣でもなければ耐えられないと叫んだ覚えもある。人体に潜み魔力を回復させようと考えるのなら一番効率がいいのは確かだが、常人なら痛みによりショック死するか発狂する。
封神剣を収める鞘は、使い手の心臓だった。

「余ヲ再ビ使ウ時ハ、心ノ臓カラ引キ摺リ出シテクレ」

(二度と使うか!)

痛みに耐える中、封神剣の魔力が満たされても使用しないと固く決意した。
柄頭まで心臓に消えると同時に和樹は意識を失った。


和樹が意識を失ってから、75時間後。ある海域にて・・・・・・・・



「ケリィ―――――――――――――――――――――――――――――ィィィ」

「蒼ゥゥ―――――――――――――――――――――――――――――雲」

蒼い和服を着た男と、背の高い男が互いの名を叫びながら、必殺の一撃を撃つ。
蒼雲の右腕にクワガタを連想させる黒光りする甲殻類が被さっている。
先端にある2本の鋏が凶悪なフォルムを描いていた。
森一族でも蒼雲だけが扱える陰陽召喚術により召喚された兵魔だ。

人間界とは異なる物理法則に支配される次元に生まれた、高密度の分子結合により重金属以上の比重の細胞で肉体を構成された生命体であった。その異界ではごく当たり前の生物であったが、この世界には存在し得ない緊密な組成は、それを大きく下回る密度の物体の浸入を一切受け付けない。
人間界の法則では物理的に破壊不可能である。

兵魔の鋏が本体から離れ、猛禽類が獲物を刈り取るような勢いで飛んできた。

迎え撃つ男の琥珀色の右目がスゥ−と細まる。
相棒であるダイアナから貰った魔眼だ。
ケルト神話に登場する暗黒神バロ−ルが持つ死の魔眼のような、見るだけで相手を殺すような力はないが、相手の攻撃特性を解析し弱点を見つける能力が備わっている。
どこをどう撃ってばいいか分かると、考えるより先に銃から連続に光弾が撃ちだされた。

クワガタ型兵魔の節目に一発目が当たる。一発では壊せないがヒットした箇所へ二発、三発と衝撃を逃がす前に光弾が誤差のない精密射撃で次々と当たり、六発目で遂に撃ち抜いた。

男が持っている銃は、古代遺跡から見つけ出された昌霊銃だ。
持ち主の精神力を弾丸へと変え、使い手によって幾等でも強力な武器へと化す。
男の精神力が兵魔の硬度を上回ったのだ。

「「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ」」

ある程度、距離をとり肩で息をしながら対峙する。
蒼雲は、180cmはある自分より、背の高い男を睨みつける。
黒とも紫ともつかない男の髪が風で揺れた。
蒼雲の身体は鍛え抜かれた強靭力を宿し、大空を舞う鷹のように狙った対象を逃がさない動きをするが、相手の男も負けていなかった。
190cm以上は在ろう身長なのに手足の均整がすばらしく整っている。一つ一つの動作が俊敏で力強い。野生の黒豹以上の反射神経と運動能力で蒼雲の攻撃を無傷でさばいていた。

「ケリ−!おまえはやっちゃいけない事をした!」

蒼雲が予備動作もなく新たな兵魔を召喚する。付入る隙を見出せない見事な召喚だ。
周りを気にせずに魔法を使えるので容赦のない術を平然と唱える。
二人が居る場所は、南海の孤島メリダ島より東に数百キロ離れた海域だ。
海面より数メ−トル上空を飛んでいる。
蒼雲の背中に取り付いている兵魔の羽が、バサッと大きく羽ばたく。
ケリ−自身は飛行魔法を使っていないが、履いているブ−ツに高速飛行魔法『黒鳥嵐飛(レイ・ウ゛ン)』の効果が備わっており、空中を自在に飛翔することができる。


二人から南西に離れた海域には無数の煙が上がっていた。
某国が持つ太平洋艦隊だ。一隻として航行可能な艦はない。二人を捕獲しようと試み返り討ちにあったのだ。
歴代大統領の名を持つ空母や戦艦。最新電脳戦を想定されたイージス艦も今では海の藻屑と、その姿をスクラップに変え海の底に沈んでいく。
影森が誇る隠密部隊『夜陰』とブル−メ−ル家お抱えの海上騎士団『ブル−リボン』が現在、太平洋艦隊の海兵隊を救助している。

黒煙が、二人が居る場所まで風によって流されてきた、波が大きく跳ね上がり蒼雲とケリ−の身体を海水で濡らす。
緊迫した空気の中、蒼雲が動いた。

「死んで償えぇぇぇぇ―――――――!!!」

左腕の兵魔が空気を吸い込み、圧縮して撃ちだした。

「酒の一本くらいで、ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇ!」

ケリ−も負けない叫び声をあげ、昌霊銃のトリガ−を引く。

空中で圧縮弾と光弾がぶつかり、方向を歪められケリ−と蒼雲の脇を通過していく。
海面に落ちると、100mはある水柱が衝撃により2本生まれ、小型船をひとのみする巨大な津波が作り出された。
救助活動をしていた夜陰とブル−リボンのメンバ−達がギョとした表情を見せる、衝撃により発生した津波を防ぐ為、全員で防御魔法を唱えた。
なんとか津波をやり過し、ホッとする。あの二人の戦いに巻き込まれれば自分達程度では骨も残らず消滅するのは分かっている。
馬鹿な海軍がわざわざ、こんな所までこなければ自分達も、こんな目に遭わなかったのにと恨みがましい視線で、大破した船団を見た。

この世界には、決して辿りつけない領域に行き着いた、真の力を持った人間が居る。
一人で100万の軍を相手とるという、誇大妄想に近い伝説も彼等なら・・・・・円卓の騎士ならば可能だ。
その彼等に50隻程度の艦隊で挑んできたのが間違いなのだ。

「那由他を唯の酒だと!?異界の神が手ずから磨き上げた秘酒中の秘酒だぞ!!!」

「オマエだって、俺の酒を飲んだろ!?ジゴバ産のネクタ−だ。10年に一度しか実のならい果実から作られる最高の霊酒だったんだぜ!」

円卓の騎士を、現世の救い手と崇拝する宗教団体の信者が卒倒しそうなセリフで互いを罵声しながら争いは数時間続いた。


扉をノックすると、すぐさま返事が返ってきた。

「入れ」

下士官が報告書を持って部屋の中に入り上司である男に敬礼した。
書類と本棚で埋め尽くされた部屋の奥に、大柄な白人男性が座っている。なにかの資料を読んでいて、下士官に一瞥もくれない。
オリ−ブ色の戦闘服。整った顔の彫りは深く、肩幅は広い。灰色の長髪を後ろでたばね、口ひげとあごひげを短くたくわえている。

「報告書を、お持ちしました」

下士官が部屋の主である少佐に書類を差し出した。

「ごくろう」

受け取った書類に目を通す。

「どうかしたのか」

部屋を出て行かない下士官の顔を見る。厳しい訓練に耐えて一流と呼ばれても可笑しくない技巧を持っている下士官が青ざめている。
信じられない現実を、受け止めきれない者がするような表情で、聞くべきか聞かざるべきか悩んでいた。

「少佐、お聞きしたい事があります」

我慢しきれず上司に質問した。

「なんだね?」

下士官の話は予想がつくがあえて聞いた。

「彼は・・・・・・本当に・・・・え、円卓の騎士なのですか!?」

歯の根が合わずカチカチと鳴らしながら、延々と悩んでいた事を口にする。

「そうだ」

想像通りの質問に簡潔な答えでかえす。

「しょ、小官は今まで円卓の騎士は、お伽話の存在と思っていました」

文明園内の国なら、物心ついた幼い子供さえ知っている最高栄誉と畏怖の象徴。
円卓の騎士には様々な逸話がある。
円卓の騎士は生きながらにして伝説を作る。伝説である以上。彼らの真実の姿は深い謎につつまれる。
人々が知るのは、彼らが勝ちとった武勲の一部と、彼らの通り名――――いわゆる字と所持している秘宝・・・・神や魔すら凌駕すると言われる武具名である。

王者の剣 エクスカリバ−の使い手『皇帝』

天槍 グングニルの使い手『海賊王』

二名の字と秘宝だけが世界中に伝わっている。円卓の騎士に成れる者は100億人に一人現れるかどうかと言われている。
現在、世界には二人もの円卓の騎士がいる。これは驚くべき数字だった。円卓の騎士が一人も存在しなかった時代の方が長いのだ

「小官は確かに聞きました、蒼い服を着た男が長身の男に向かい「海賊王」と呼んだのを」

でなければ納得がいかない。 
彼らが全滅させた太平洋艦隊は、どこからリ−クしたのか円卓の騎士と呼ばれる存在が、この海域の諸島に潜んでいるという情報で動いたのだ。
歴史が短い、あの国から円卓の騎士が現れた話はない。
政治や経済だけなく名誉も欲する。自称・世界の警察を名乗る国だからこそ、何としても円卓の騎士を手に入れたかったのだろう。
そうでなければ海軍上層部が動く筈もない。
陸軍や空軍に対するライバル心も否定できない。海軍の権力者の考えそうな事であるが、円卓の騎士が海軍に所属すれば三軍の中での発言権が絶対的なものになる。

「それに・・・・・か、彼らは太平洋艦隊の海兵に一人の死者も出さなかったのです!!!」

たまらず下士官が震えた声で叫んだ。戦闘のプロとして生きてきた者の当然たる反応だ。
殺さずに相手を鎮圧するには、余程の実力差がなければ戦場では無理だ。
殺傷能力を持つ兵器を使ってくる相手に、ノ−リ−サルウエポンで戦えるのは数、地形、情報が圧倒的に勝り、捕虜から情報を入手したい時に限られる。

「だが、海兵達は兵士としては、もう使えないだろう」

少佐は受け取った書類の内容に、深い溜息を吐いた。
理解を超える圧倒的な暴力での戦闘を見せつくされ、戦闘本能そのものを破壊された、多くの海兵が「フロリダに移住して海老を捕るんだ!」と言い出したり「神の歌を聞いた」と聖歌隊を結成しメンフィスへ巡礼に旅たつ準備をしている。 

「海賊王と互角に戦っている蒼の服を着た男は何者なのですか!?自分・・・いえ小官は海賊王の事は名前だけで他に何も知りませんでしたが、皇帝の事なら噂ぐらい耳にしています。黄金の髪をなびかせる半神な容姿を持つと!」

「君には、その情報に接する資格がない」

少佐が有無を言わさない厳格な口調で、錯乱気味の下士官を窘めた。
下士官は我に返ると、赤面しながら「申し訳ありません」と少佐に敬礼して部屋を出て行く。自分でも興奮しすぎたと自覚していた。

「世界に知られていない、3人目の円卓の騎士か・・・・」

危うい均衡で成り立っている世界のパワ−バランスを崩しかねない情報だ、部隊の中で彼等の正体を知っているのは自分と中佐くらいだ。
彼等が3日前に、この島の設備を使用したいと言ってきた時など、中佐は顎が外れるのではないかと思うくらい驚いていた。
断る選択肢は我々には無かった。戦力的にもそうだが、彼等は組織のスポンサ−・・・・いや、実質オ−ナ−と呼んでも差支えない。
9割以上の資金提供に人材・情報・活動拠点の殆どが彼等の手回しで用意されたのだ。
これまで此方の活動に口だししてくる事はなかったが、彼等が何らかの要望をしてくれば、我々は応じなければならない。
今回は、この島の場所が秘密裏に3家の戦力を集合させるのに都合がよかったので選ばれた。そう。それだけだ。

少佐は小さく首を振って、椅子の背もたれをきしませた。


「あいかわらず、お茶を淹れるのが美味いな」

大柄な女性が、お茶を口にして称賛の声をあげた。

「もう一杯いかが?」

「貰おう」

茜色の着物姿の女性。式森茜が赤毛の親友に笑顔を向けながら、おかわりを淹れた。

「私にも頂戴」

金髪碧眼の美女が空になったカップを茜に渡した。

「ダイアナ。それで5杯目じゃないのか?」

「いいじゃないジャスミン。茜が淹れてくれるお茶は中々、飲めないんだから」

魅力的な微笑を浮かべたダイアナが、嬉しそうに中を満たされたカップを受け取った。

「キルヒアイス提督もどうぞ」

「いただきます」

ジャスミンと同じ、燃えるような赤い髪の男のカップに香り高い紅茶を注ぐ。
メリダ島でも日当たりが良い場所にテ−ブルを用意して、四人は午後のお茶を楽しんでいた。

「何事もなくて良かったと言うべきかな。今回の事件は」

ジャスミンが事件の内容を纏めるようにきりだした。
この面子が揃う事は、余程の事がない限り在りえない。今回は、その余程の事件が起きローエングラム家、ブル−メ−ル家、式森家が持つ戦力をメリダ島に集結させた。

「下手をすれば13年前の再来だったのよね」

「しかし何事もなく終わりました」

ダイアナの危惧にキルヒアイスが、今の時点では安全になったと応える。
式森和樹の魔力の高まりを感じたのは蒼雲や茜だけではない。13年前の事件に係わった者にも分かったのだ。

「皆様にはいくら感謝してもたりません。森一族に出来る事でしたら、何なりとおしゃってください」

式森茜が森一族当主式森蒼雲に変わって頭を深く下げた。

「お心遣いはありがたいのですか、ラインハルト様は今回の件に見返りを求め、私を派遣したのでありません。盟友の危機に駆けつけるのは同盟者としては当然なのですから」

ロ−エングラム家にとっても同盟を結んでいる式森家は得難い友人だ。
当主の式森蒼雲とも肩を並べ、妖魔界の戦場を駆け抜けもした。蒼雲が森一族を総べている間は、間違いなく心強い盟友として背中を預けられる。
今回、ラインハルト自身はどうしても外せない用事の為、分身とも呼べるジ−クフリ−ド・キルヒアイスに黄金獅子旗騎士団(ゴ−ルデンルーウ゛エリッタ−)の指揮を預けメリダ島へ送りだした。
茜も驍将キルヒアイスが派遣された事でロ−エングラム家が、今回の事件を軽んじてはいないと理解していた。

「和樹君は確か13歳だったな」

ジャスミンが顎に手を当てて母親である茜に確認するように言った。

「そうよ」

「セレスが次の誕生日で12歳になる」

「セレスちゃんの誕生日もう直ぐだったわね。今年のプレゼントは何がいいかしら」

ジャスミンとケリ−の間に生まれた長女、セレスティン・ブル−メ−ル。通称セレス。
毎年、茜は誕生日プレゼントを送っていた。

「和樹君を貰おう」

「・・・・・・ジャスミン、本気?」

「わたしはいつだって本気だ」

茜がジャスミンの目をしっかり見ながら冗談ではないの?と聞き返す。

「和樹君の事は色々と調べさせてもらった。森一族の次期当主は妹の沙夜君に決まり自由の筈だが?」

「そうよ、でも月森家との縁談が進んでいるわ」

「当人同士の意思は関係なくだろ?わたしはあの海賊と自分の意思で結婚したぞ」

「勝負に勝ってね」

ケリ−とジャスミンの馴初めと呼ぶには、物騒な出会いを知っているダイアナが当時を思い返し笑いながら言った。

「そういえば、大丈夫でしょうか?お二人が飛び出してから、かなりの時間が過ぎましたが」

キルヒアイスが心配そうに言うが、配偶者である女性達はまったく心配していない。

「問題ありませんわキルヒアイス提督。二人共、『盾』も『槍』も喚んでいません。それに那由他は元々みなさんに飲んでもらおうと、あの人自身が持ってきたお酒です。ケリ−さんと遊んでいるのも、正面から渡せなかったので、きっと照れくさいのですわ」

「子犬がじゃれる感覚程度だ。まぁ周りからしてみれば迷惑この上ないだろうが」

「あなたがそれを言うのジャスミン?」

ダイアナが呆れたように口を開いた。

「それよりも、先程の話はどうなんだ?」

「そうね・・・・・・・」

茜はジャスミンの問いに考え込んだ。

「本人次第かしら」

肯定とも取れる発言にジャスミンの顔に、薄い笑みが浮んだ。
キルヒアイスは黙って事の成り行きを見守っていた。「大変ですね和樹君」と心の中で同情
した。同情したが、口を挟むような愚かな真似はしなかった。


あとがき


封神剣は、しばらく出てきません。どうにも強力すぎので剣術と併用して使うと、慶一郎を凌駕して東方流玄並の戦闘力になってしまいます。
葵学園に入学するまでに使って、1回か2回。使うかどうか・・・・・・っと、言ったところですかね。

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