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「ラ・カンパネラ 第七章(GS)」

にょふ (2008-06-29 15:56)
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 横島忠夫は高校生でもある。


 人魔となった時こそ、それを理由に退学届けを提出しようとしていたが、横島の人となりを知る教師やクラスメート達の説得もあり、その退学届けは提出される事はなく、繋がりの暖かさに心を熱くさせた事は横島の記憶にも新しい。


 しかし、それでも横島が授業中に寝ているのには理由がある。美神令子除霊事務所で働いていた時に、あまり学校へ来れなかった所為で、授業の内容についていけない。補習を受ければよいのだろうが、人魔となり、人間の頃より煩悩が強くなった横島は、放課後の教室とか、放課後の校舎やら……とにかく、『放課後』と言うフレーズに興奮を覚えて、ロクに集中出来ないので、放課後に補習する事は叶わない……詰まる所、横島は変態だ。


       GS美神極楽大作戦! 〜ラ・カンパネラ〜


          第七章 〜アポジャトゥーラ〜


「ん〜〜。今日の昼飯は何にすっかな…」
 今日の午前の授業も、睡眠学習に勤しんでいた横島が欠伸交じりに呟く。

 授業中、横島が寝ている事を教師達は怒らない。

 それは、横島が人魔になり、そして関東守護者となった事を伝えていた為に、『関東守護者と言う仕事は、昼夜問わずに働くから大変なんだろう』と、勘違いをしているので寝ている横島を見ても、自分達の為に寝る間も惜しんで働いてくれているのだと思い込み、優しい視線を投げ掛けるだけで、決して起こそうとしない。
 しかし、横島の関東守護者としての仕事といえば、土日に行う猿神との修行がメインで、平日に受ける授業に影響する様な事はない。唯一授業に影響を及ぼした仕事と言えば、タマモの一件以外には動いていない。
 そんな横島が日中眠たい理由は、夜中に放送されているちょっとエッチな番組の確認と、隣の部屋に超感覚を持つタマモが居るので、タマモが起きている内は、意外にも見る事を自制している、18歳未満閲覧禁止なDVDを見る事に原因がある。
 超閑話休題。


「横島さん、今日は随分と眠たかったみだいですけど、何かあったんですか?」
 そんな横島だが、いつもは休み時間になると起きて、うろちょろする筈なのに、今日に限ってはずっと眠っていたので、ピートが少し心配げに声を掛ける。


「あぁ、この前妙神山に行ったんだけどさ、そん時、タマモがパピリオとやったゲームでボロ負けしたらしくてな、そのリベンジの為に特訓だーとか言って、家ン中で一番ゲームが上手い俺が付き合わされたんだよ」
 少しため息混じりに答える横島だったが、それでもタマモの御願いとあらば、徹夜などお安い御用だと言わんばかりに付き合っていた……横島は重度のシスコンでもあった。


「相変わらず仲良いみたいですね」
 タマモの事を横島から紹介された時に、横島の傍を離れようとしなかったタマモの事を思い出し、少しおかしげに笑うピート。


「……そうでもないんだよな〜」
 ピートの何気ない一言で、横島は再び机に突っ伏した。精根尽きたかの様な感じがなくとも、何処か元気がない。


「何かあったんですか?」
「ベスパが最近、おかんにべったりで、俺にあんま構ってくれねえんだよ…」
「母親と言う存在が嬉しいんじゃないんですか?」
 横島のいじけた態度を見たピートは、珍しいモノを見たかの様に肩をすくめるが、それでも大事な親友である横島の心配事を減らそうとする辺り、友情に厚かった。


「それだったらタマモも一緒だろ? タマモとのスキンシップは、前とあんま変わんないんだけど、ベスパはおかんとべったりなんだよな……どうも、ベスパとおかんが仲良くしてるトコを見続けると、すっげーモヤモヤすんだよ…」
「それって……嫉妬ですか?」
「…………は?」
「いえ、横島さんは、おばさんとベスパさんが一緒に居るのを見ると、モヤモヤするんですよね?」
 ピートの嫉妬発言に心底驚いた表情を浮かべる横島。
 そんな横島に、自分の心裡に占める感情を知ってもらおうとピートは言葉を重ねる。


「それは構わないんだけど、おかんとベスパが一緒に居るトコを見るとな…」
 搾り出すように、何処か面白くなさげに呟く横島。確かに面白くない。
 それでもベスパと百合子が一緒に居る事に文句を言える筋合いは、自分にはない。考えれば考える程、理由のないモヤモヤに、横島は頭を抱えるしかなかった。


「つまりは、おばさんの位置に自分が居れば、横島さんの気持ちも晴れるんですよね?」
「いや、別にベスパが喜んでくれるんだったら、俺は気にしない」
「だったら、何故悔しいんですか?」
「俺は多分、ベスパが笑顔ならいいんだよ……けど、おかんと一緒にいる時のベスパの表情って、何時も真剣で……なんか気にいらなんいだよ」
 二人が何やら話しこんでいる場面を思い出した横島の顔に少し影が落ちる。
 それでも、ベスパが百合子の事を嫌っているかとは到底思えない。
 ベスパは自分の気持ちをあまり表に出す方ではないのだが、それでも嫌な事は嫌と言えるだけの勇気を持っている。そんなベスパが百合子と一緒にいるのだから、母娘間での確執があるとは考え難い。
 それでも、ベスパの表情に笑顔が少ない事だけが、横島の胸にしこりを残していた。


「それだったら、ベスパさんに聞いてみたらいいじゃないですか」
「おぉ、それもそうだな」
 目からウロコが落ちたと言わんばかりに手を打つ横島。
 先日、横島がベスパに言った、『言ってくれなきゃ解らない事だってある』と言う言葉を思い出し、それを実行しようとコブシを握り締める。


「あんまり、悩みってモンでもなかったな……サンキューなピート」
「いいんですよ横島さん、僕と横島さんの間に遠慮なんていりませんから」
「ピート……お前ってヤツは…」
「横島さん…」
 見詰め合う横島とピート。
 それはまるで薔薇の園が広がる光景にも写るのだが、横島にはそんな趣味はない。勿論、ピートにもそんな趣味はないのだが、現在は昼休み、更に教室。ついでに言えば、横島の通う高校は共学なので男女半々の生徒数。
 そんな昼休みの教室で、見目麗しく清貧を貫く好青年であるピートと、学校では問題児なのに、実は関東守護者と言う、正義の味方チックな役職に勤しんでいる筈の横島。
 そんな二人が見詰め合う光景は、そのカップリング故に、そちらの筋の人からすれば、かなりのご馳走だったのだろう、チラホラと恍惚の表情を浮かべる女子生徒が存在していた。


「……実はそっちなん?」
 そんな野菜な光景を嫌ったのか、勇気をもって終止符を打つべく登場したのは、何故か百合子だった。


「「は?」」
「いや〜、ウチは別に忠夫とピート君がええんやったら構へんねんけど……あんましお勧めもでけへん。非生産も過ぎれば国を滅ぼすからな……やっさんも困るやん?」
「いや! なんでおかんが居んねんっ!!」
 そんな、ちょっと首を傾げながら、第91代内〇総〇大臣の事を、超フレンドリーなあだ名で呼ぶ百合子に、驚愕の表情を浮かべるべきなのか。それとも、友人の優しさに感動する事の、何処が非生産なのかを追及するべきが悩んでいた横島だったが、そもそもの理由に気付き、声高らかに突っ込んでいた。


「あっ、おばさん。先日は晩御飯ありがとうございました」
「別に構へんてピート君。晩御飯ぐらいやったら、何時でも食べにおいでや」
「おばさ〜ん、この前はありがとうございました〜」
「いつもウチの娘達に色々してもうてんのに、食事の一つや二つぐらい構へんて」
 横島の突っ込みは、百合子はおろか、教室に居る生徒達にも効果がなく、百合子の周りに人垣が出来る始末。
 ピートは神父と共に晩御飯のご相伴に預かったりしていたので、そのお礼をしていた。
 更に、愛子を初めとした女子生徒達は、横島経由でベスパ&タマモと知己を得、更に、人魔となった横島やら、九十九神である愛子の事もあるので、魔族や妖怪に変な先入観がないのか、ベスパ&タマモと何度か遊びに行ったりしている。
 そんなある日、偶然会った百合子にケーキバイキングを奢ってもらったりした事もあったので、これまたそのお礼をしている……横島のクラスメート……主に女子生徒ではあるが、百合子の事をまるで自分の母の様に慕っている様子。


「あの……何しに来たん?」
 そんな紅百合な行動力を遺憾なく発揮して、何時の間にか、自分よりクラスメートと友好な関係を結んでいる百合子に、少しの羨望と嫉妬。ついでに、ほったらかしにされている事実に少し泣きそうな横島が、消えいりそうな声で呟いていた。


「何でやて言われもな〜。あんたの為に弁当を持って来ただけやないか」
「おぉ、それはありがと……ってちゃうがな! 何でおかんが学校に来てんねんっ!?」
 百合子が自分の言葉に反応を示したので、多少元気の戻った横島だったが、それ以上に百合子の返答が横島の尋ねた趣旨と違っていたので、突っ込まずには居られない……ノリ突っ込みがやや滑った所為か、横島の肩がやや煤けているのは気の所為だろう。多分。


「いつもは海外におって確認が取られへんあんたの出席日数の確認と、ちゃんと真面目に授業を受けてるかの確認やないか……弁当はそのついでな」
 百合子の何気ない一言に、嫌な汗を掻くだけで身動きすら取れなくなった横島。前者の事については、まったく問題ないと言い切れるのだが、後者に至ってはそうはいかない。授業を基本、睡眠学習で学んでいる横島には、用意すべき反論材料がまったく見当たらない。
 そんな横島の脳裏に浮かぶは、幾度となく経験しても尚、決して慣れる事のない百合子の修羅モード……もとい、GMモード。
 そのGMモードな百合子から繰り出される、回避不能の教育的指導の思い出が脳内を駆け巡っている所為か、喉が渇いている筈なのに、上手く唾を飲み込めずに、ガクガクプルプルと震える始末。


「さっき職員室に確認して来たけど……なんやえろう評判良かったな? 不思議でしゃあないけど、先生方を疑うんもおかしな話やし―――折角用意した、黄金色のお菓子が台無しやん」
「またそれかい!?」
 自分を擁護してくれた教師達のお蔭で、横島に身体の自由が戻っていたのだが、そんな、感謝してもしきれない程の感謝の気持ちを教師達に送りたいのだが、それでも百合子が最後に放ったトンデモ発言に突っ込まずにはいられない。
 子供の頃に染み付いた、大阪の血。

 ――人様がボケたら突っ込まんかい――

 そんな大阪の血は、東京の水より濃いのだろう。
 閑話休題。


「まぁ、ええやないの。あんたが学校に真面目に行って、真面目に勉強して……んで、関東守護者か? その仕事も真っ当して、何時の間にか息子が責任のある大人になって、ウチはホンマに嬉しい……って忠夫、なんで顔逸らすねんな?」
「べ、べっつに〜」
「……せやったら、はよ弁当食べや」
 思いっきり声が上ずっているので、まったく説得力のない横島だが、何故かそんな横島を追求しない百合子。
 そんな、何処かいつもと雰囲気の違う百合子に戸惑いを覚えながらも、教育的指導を受けずに済むなら御の字なので、横島もまた追求する事なく弁当を食べ始めた。


「……ん? なんか変な味……と言うより、調味料変えた?」
 最近、百合子の作る料理を食べる機会が多い所為か、はたまた子供の頃から食べ慣れている所為か、何時もの百合子が作る料理とは違う味に首を傾げる。


「不味いんか?」
 百合子に訝しげな視線を投げ掛けられ、味の総評を迫られた横島は、おかずの定番である玉子焼きを口に運びレビューする。


「……普段の玉子焼きより、若干ではあるが味付けが濃い程度。焼き具合は梅雨の事を考慮すれば、固目に焼いた方が食べる方も安心出来る」
 うんうんと頷きながら、次はおかずの定番其の弐であるミニハンバーグを口に運び咀嚼する。


「粗挽き肉の食感が実にワイルド。何時もより捏ねる時間が少なかったかも知れんけど……肉が好きな俺としては、こっちの方が好みだな……うん、総評を送るとすれば、残念ながら何時もの如く美味しい」
 母の手料理をクラスメートの前で褒めると言う、荒行を迫られた横島だったが、変に思春期パワーを出して、嘘をついてもすぐさまバレるであろうと観念し、多少の強がりを入れるものの、素直な感想を述べていた。

「……せやってベスパ」
「は?」
「ほ、本当かヨコシマ?」
 突然現れたベスパに驚いて、左に居る、何やらニヤニヤしている百合子や、右に居る、横島と同様にベスパの登場に驚いているピートに顔を振るだけで、ロクにリアクションの取れない。
 それ以上に、教室内がベスパの登場によって、異常な興奮に包まれているのだが、そんな喧騒は横島には聞こえない。


「アホ、はよう言うたらんかいな」
「う、うん……す、凄く美味いぞ」
 そんな横島に業を煮やした百合子が、早くベスパに感想を言えと促したので、横島の呪縛も解けたのか、どもりながらも嘘偽りの無い感想を述べた。


「そうか……良かった」
 そんな横島の言葉を聞いて、ベスパは梅雨時期の空に群がる、曇天の雲すら霧散する様な満面の笑みを浮かべる。


「…ぁ」
「どないしたんや?」
「べ、別になんでもあれへん!」
「ふ〜ん」
 ベスパの笑顔を見た時に瞠目した事実と、それを隠す様に慌てて弁当を食べ出した横島を見て、百合子の中に何かが芽生えた。
 そして、そんな横島とベスパの反応を目の当たりにした女子生徒の間で、何やら内緒話が伝播している。


「どや? ベスパがあんたの為に一生懸命作った弁当の味は♪」
「ぶっ!」
「だ、大丈夫かヨコシマ!? お、お母さん、やっぱり何か間違いが…」
「ちゃうちゃう。ベスパが忠夫の為に作った弁当が美味し過ぎて、感動に咽び返してるだけやて」
 そんな百合子の言葉に、キャーキャー言っている女子生徒やら、横島に人生最大級の呪詛を送っている、しっと団予科兵……もとい男子生徒達。しかし、そんな呪詛が横島に効く訳もなく、ただただ粘性の強い、質量すら伴った視線を送っていた。


「えっと……もしかして、ベスパさんがおばさんと何時も一緒に居た理由って…」
「せや、ベスパが忠夫に美味しいモン食べさせたいっちゅうから、色々レクチャーしとったんや。ちょっと厳しかったからベスパも大変やったと思うけど……ホンマによう頑張ったわ」
 百合子の口から出た事実に、ベスパは顔を赤らめて俯く。
 二連続でタマゴ料理を失敗した事で、横島へ迷惑を掛けてしまったと言う自責の念と、何時も与えられるだけで、何も横島へ返せていないと言う慙愧の念。
 そして、横島が喜んで欲しいという願いも相まって、ベスパは百合子の厳しい料理修行に打ち勝っていた。


「そうだったんですか……良かったですね横島さん」
「こらピート! 今言う事じゃねえだろうがっ!」
「どないしたんやピート君?」
「いえ、横島さんがちょっとベスパさんとの距離に、一抹の寂しさを感じていたらしくて、その相談を受けた所だったんですよ」
「そうか〜♪ 良かったな忠夫。悩み事も解決して、ベスパの愛情たっぷりの弁当も食べれて」
 途端、横島の口から油揚げとほうれん草のオイスターソース炒めが飛び出たり、ベスパの顔が瞬間湯沸かし器もビックリな速度で沸騰したり、女子生徒の黄色い声が加速したり、横島に送っていた呪詛を取りやめた男子生徒が、横島に送る視線を純粋な殺意のみにシフトしていたり……まぁ、とにかく昼休みの喧騒は、未だかつてない程にヒートアップしていた。


「……わっしの事を、みんな忘れとりゃせんかの〜」
 教室の隅でパンの耳をかじりながら、一人涙するタイガー寅吉。
 頑張れタイガー! 負けるなタイガー!! きっと何時の日か、陽の目を浴びる日も来るだろう……多分。


◆◆◆


 そんな喧騒の後、生徒の保護者であっても、部外者である事は間違いないので、百合子とベスパは、そそくさと学校を後にしていた。
 勿論、教室の喧騒と、タイガーの存在感の希薄さなどは、ほったらかしであった事を追記しておきたい。
 そして、自宅マンションに戻った二人はと言うと―――


「……そ、その……私がヨコシマの為にお弁当を作ったのは本当だけど……そ、そこに深い意味はなくって……あ、あれは何時も世話になっているヨコシマへ、せめてもの恩返しみたいな感じで作っただけで……け、けど、ヨコシマが喜んでくれたのは嬉しかった……ち、違う! ヨコシマの笑顔が見れたから嬉しいんじゃなくて、そ、その……ヨコシマが美味しいって言ってくれたから……む、むしろ、今から晩御飯の準備をした方がいいんじゃないかなってぐらいに嬉しい……う、嬉しいって違うんだよヨコシマ!? ま、前に作った玉子焼きが悔しくて……け、けどアレもヨコシマの為に作ったんだから、それのリベンジの意味合いも強くって……それでもやっぱりヨコシマが喜んでくれるんだったら、幾らでも作ってあげたいし……って! ち、違うんだヨコシマ、私も料理が出来るんだって所を見せる為じゃなくて、純粋にヨコシマの為を思って……思ってなんかいないさっ! そ、それでもやっぱり大事な家族だし、ヨコシマが喜んでくれることなら何でもしたいって思うさっ! け、けど……」
「……可愛過ぎるやろ…」
 ―――未だに、赤面&混乱が解けないベスパと、それを、やたら暖かい目で見詰める百合子の姿があった。


「ベスパ〜、そろそろ現世へ復帰してくれへんかな? 復帰してくれへんかったら、母娘のスキンシップとは言え、口に出すのも憚る様な事すんで〜♪」
 流石に赤面&混乱が続いているベスパを危惧したのか、はたまた、こんなにも可愛い娘を愛でたい気持ちがフルチャージされているのか、手をわきわきさせてベスパに忍び寄る百合子。


「なっ!? だ、駄目だぞヨコシマっ! 一緒にお風呂に入るだなんて……そりゃ、ちょっとはいいかなとは思えるし、何時も覗かれてるから、今更って言う気もしないでもないけどさっ! やっぱり一緒に入るのと、覗かれるのでは意味合いが違い過ぎると思うんだ! け、けど、ヨコシマがどうしてもって言うんだったら、水着でも買って来て一緒に……そ、そりゃお風呂に水着を着て入るのは邪道かも知れないけど、それでも裸の付き合いってのはもっとこう……って! 何する気ですかお母さんっ!?」
「色々言う事あるけど……やっぱり覗いてたんやな忠夫」
 はっちゃけ暴走を繰り広げて、更に、言っちゃいけない言葉を吐いてしまったベスパと、そして、そんな聞いちゃいけない言葉を聞いた百合子の瞳は、獰猛に輝き出した。
 この後の横島の処遇に同情を禁じえない。


「まぁ、忠夫の事は後でどないにでも出来るし、どうでもええとして……ベスパ、どうやった? やっぱり作ったモンを美味しい言うて貰えたら嬉しいモンやろ?」
「え? ……あぁ、はい。嬉しかったです」
 横島に対して、少し懺悔の念もあったのだが、そんな事よりも、先程の横島の笑顔を思い出して、少し悦に入っているベスパ。


「せやろな、一週間であそこまで出来る様なったんも、偏に忠夫に美味しいモンを食べさせたいっちゅう気持ちが強かったからやろうし」
「そ、それは……はい」
「言い尽くされた言葉やけど、やっぱり最高のスパイスってのは愛情やしな。どんなに技巧を凝らした料理でも、最後に勝つんは、やっぱり好きな人が作ってくれた、愛情たっぷりの料理やわ」
「す、好きって!? ち、違いますよ、ヨコシマの事は……そ、そりゃ好きですけど……やっぱりそれは家族として…」
 快活に笑う百合子に、首を勢い良く横に振って否定するベスパ。
 それでも、好きと言うフレーズを聞いただけで、面白い程に焦るベスパを見た百合子には、それだけでベスパの気持ちがありありと伝わっていた。


「せやったら、忠夫の片思いか〜。残念やな忠夫も……ベスパみたいなええ娘はそうそう居らんのに、早速振られとるわ」
「ヨ、ヨコシマが、わ、私を好きだなんて…」
「せやろか? ウチには忠夫がベスパの事が好き……好きっちゅうよりかは、気になる異性って所かも知れんけど、かなり意識してると踏んでんねんけどな?」
 昼間、ベスパの弁当を食べた後に、ベスパの笑顔を見た横島の表情を見て、百合子は確信とまでは言わないものの、それでも横島がベスパに対して家族以上の何かを抱いていると感じ取っていた。


「で、でも……ヨコシマは姉さんの事が…」
 それでもベスパは否定する。
 姉であり、横島が心から愛した女性、ルシオラの事が脳裏から離れない。
 強い絆で繋がっている二人の事を思うと、そこに踏み込めるだけの勇気を持つことも、横島に懸想する事すら。考えてはいけない事だと自戒してしまう。


「ルシオラさんの事か? そりゃそうやろう。なんせ自分の死すら厭わん程に愛し合った二人や。そう簡単に踏ん切りつけれる言うたら嘘になる……けど、そんな事で忠夫の事を好きっちゅう気持ちを封じれるんか?」
「そ、そんな事って…」
 瞠目して百合子を見詰めるベスパ、その瞳にはありありと疑念が渦巻く。
 愛し合った二人の間に、それも自分の家族である横島とルシオラの間に入れと言っている百合子の考えがベスパには理解出来なかった。


「今は居らんルシオラさんに遠慮してなんになんねんな」
 そんな百合子の言葉にベスパの眉がピクりと動く。


「……私の事はなんていわれても構いません。けど、姉さんの……ヨコシマが愛した姉さんを卑下するのだけはやめて下さい。幾らお母さんでもそれだけは許せない」
 横島とルシオラの尊いまでの絆を知っているから、横島とルシオラの事を、一番近くで見てきたからこそ、ベスパの感情はざわめく。

 ――穢された――

 二人の関係を見もしないで、軽々しく言って欲しくなかった。
 深い愛情で包んでくれた百合子であっても、それだけは許せなかった。


「……なんの勘違いしてるか知らんけど、なんでウチがルシオラさんの事を卑下せなアカンねんな? ウチはルシオラさんに感謝してもし切れん程感謝してる……忠夫はアホで間抜けでスケベで……そんな、どうしょうもなかったアホ息子が、一人前の顔するようなったんも、全部ルシオラさんのお蔭やしな」
 そう言われると、ベスパの怒りは後悔に切り替わる。
 百合子がルシオラの事を……大切な息子が愛した女性の事を、蔑む事など考えられない。
 そんな誰が考えても解る様な事を、ロクに考えもせず、目くじらを立てて……あまつさえ、拳を握り締めた事を悔いるに十分な言葉だった。


「ルシオラさんは、忠夫の娘としてしか忠夫と再会出来へん。別に親子の間に愛情がないって訳でもあらへんけど、それでも男が始めて愛した女性っちゅうは特別や。それこそ一生忘れるモンやない……けど、どないすんねんな? 忠夫は自分の娘に懸想する程外道やない……せやけど今は違う。忠夫は半分とは言え魔族になった。その忠夫やったら、娘を異性として愛せる筈やろうしな」
 百合子の言葉に、ベスパの気持ちが軋む。

 結局横島は姉さんを…。

 そんな事を考えてしまった。横島とルシオラの関係を妬んだ自分に、ベスパは自分で自分を殺したくなる。
 それでも、心の何処かでその妬みを肯定したかった。
 何故自分ではなくルシオラだったのか? 出会いは同じで、接する機会もほぼ同じ。信じた男が違った……確かに袂を別ったからかも知れない。


(それでも私はヨコシマの事が…)


 壊れそうな心。

 軋みをあげる心音。

 沸騰する程にざわめく感情。

 痛みすら感じる横島への想い。

 謝罪しながら姉を妬む矛盾。

 ぞわぞわと粟立つ肌の嫌悪感。

 横島を想う自分の欲望を知ってしまった、ベスパの心は悲鳴を上げる。


「誰かがルシオラさんを産むかも知れんし、誰も産まんかも知れん。忠夫は誰かに愛した女を産んでくれなんて言える程、心臓に毛も生えてへん……せやから、忠夫とルシオラさんを……二人共愛してくれる懐の深い誰かが必要や」
「それが私なんですか? ……違います、私はそんなに清くありません。横島を想う気持ちと姉さんを想う気持ち……今まで家族として向き合ってきた横島に懸想して、姉さんの恋人に横恋慕して……私は最低の女です」
 吐気がした。自分の思いを口にしただけで、眼の奥がチカチカする。

 自分の欲望をさらけ出して眩暈がした。

 自分の浅ましさ、自分の汚さ……そして、自分の―――自分の想いの醜さに、自分の欲望のおぞましさに。


「ウチにはベスパが最低の女には見えへん。ベスパの忠夫を見る目が変わったとしても、男と女が近くに居ったらそうなる事かてある。けど、誰がそれを諌められんねんな? 誰かが誰かを想う気持ちは、誰にも止める事なんか出来へん」
 ベスパの自己嫌悪に気付き、百合子はそっとベスパを抱きすくめる。
 それは違うと。誰もが幸せになる権利があると。
 たとえ姉妹で同じ男を愛したとしても……想いの強さは……願いの形は……祈りの大きさは―――それは誰にも否定する事は出来ない。全ては平等であると。


「ベスパ……自分の気持ちに、自分が何をしたいかを……全部吐き出したらええ。それがもし、家族を壊す事になっても―――ウチが全部受け止めたる」
 腕の中で戸惑うベスパの髪を優しく梳き続ける。
 百合子は壊れそうなベスパの顔を見て、なんて優しい心を持っているのかと、胸を締め付けられた。
 だからこそ……大事に想い過ぎて、自分の気持ちに気付いても尚、一歩も前に踏み出せない愛娘への贈り物。


「けど……ヨコシマに否定されたら私は…」
「大丈夫やて、忠夫はアホやけど、自分を大事に想ってくれる人の事を、無碍に出来る程馬鹿やない。もしも、忠夫がルシオラさんの事で踏ん切りがつかんのやったら……忠夫がルシオラさんへの想いにケリを付けるまで、ウチがベスパの傍におったる」
 腕にしがみつき、最悪の光景に涙するベスパを、きつく抱き締める百合子。
 横島がベスパの想いを否定するとは、昼間の光景で横島の淡い想いを知った百合子には、到底考えられない。
 それでも横島とルシオラへの想いが強いベスパにとっては、想いを否定されるかも知れないと、そう考えただけで足が竦むだろう。
 だったら自分が傍に居ると、後ろでベスパを支えると、大事な娘の……大事な想いが大事な息子に届くまで。


「ウチは欲しいもんがあれば、形振り構わずつかみ取る……それがたとえ、世界を敵に回したとしてもウチは躊躇わん。こんなウチを欲張りやって言うヤツも居るかも知れん。ウチも解ってる。自分が欲張りで、自分の子供の為やったら何でもする様な、我侭な母親やって事をな」
 百合子は宣言する。母が子を想う気持ちを。

 百合子は誓う。ベスパの想いを否定しないと。

 百合子は願う。子供達の幸せをひたすらに。


「これはウチの考えや。ベスパにも忠夫とルシオラさんの事で悩む事とは違うやろう。それでも、気持ちは言わな伝わらんで? 特に忠夫は言われな気付かん様なアホやしな」
 抱きすくめられ、耳元で囁かれる言葉にベスパの感情が粟立つ。

 横島を想う恋慕にクラクラして。

 姉の恋人を奪う背徳にゾクゾクして。

 家族である横島に懸想した事実に、淫靡な光景を夢想して興奮して。

 姉の恋人に横恋慕していた事実に、清廉な関係を夢想して憔悴して。

 結局自分は横島を―――求めて、欲して、渇望して―――もっと横島の傍に居たい。もっと横島を近くで感じたい。

 背徳に彩られた劣情に胸が張り裂けそうで。

 呼吸が浅く早くなっている事実に気付いて自制して。

 全てが欲しいと願ってはいけないのかと叫びたいのに我慢して。

 吐き出したい程の恋慕にその身を焦がして。


「忠夫の中にルシオラさんが居って、そんな忠夫を愛せる女は少ない……その少ない内にベスパも入ってる筈やろ? ルシオラさんのこと嫌いか?」
「私が姉さんを嫌うなんて考えられません……だって、私は姉さんを愛してるから。そして―――ヨコシマも愛してます」
 そう言った瞬間に、ベスパの瞳に確かな輝きが生まれる。そして、何かがベスパの胸にスッと落ちた。

 安堵とも取れる感情か、結論を得た自分の想いの真実か。

 誰にも奪われたくないと想うのに、何処かで横島を縛りたくないとも思えた。

 再びルシオラと会った時に、胸を張って横島が好きだと言いたい。

 そして―――横島に与えられた家族の絆にもう一つ、新しい絆を作りたい。


「それでこそウチの娘や……けど、ライバルは多いかも知れんで?」
「知ってます」
 くすりと笑いベスパは百合子の腕の中から抜け出す。

 誓いは胸に、想いは尊く。

 諦めない、想いが届くその日まで。

 女々しいと言われても、貫き通す覚悟を秘めて。

 何時の日か、胸を張って言おうと。

 ルシオラに―――最高のライバルで、最愛の姉に。


 あとがき(MY目標であった土曜日投稿を落としました…)


 感情描写は難しいと思い知らされました……更に、GMがあそこまで言う必要があったかな〜。と思える始末……GMの言動が自己満足に写った知れません。

 それでも、誰かが言わないと、ベスパは自分の気持ちに気付かずに、ぬるま湯に浸かり続けていた可能性もありましたので、劇薬を投下しました。そこで気付いた、ルシオラへの誓いと、横島君への想い……アレ? タマモは………………HAHAHA! 徹ゲーの所為で、臥所の中で眠っているタマモが次回! 重要な鍵を握る筈です……多分。

 必要ないかと思いますが、一応横島君のお弁当の中身を公開します。
 ご飯の上に鳥そぼろ。ミニハンバーグに玉子焼き。油揚げとほうれん草のオイスターソース炒めとアスパラのベーコン巻き。オクラのゴマ和え、胡瓜とシラスの酢和え。サツマイモの甘露煮。以上です。


 副題の意味ですが、今回の副題は、拙僧の主観ではありますがやや解り難いので、若干の説明を加えておきます。

 アポジャトゥーラ―――倚音(装飾音、もしくは前打音。音を揺らしたり、付け加えたりする事で、音に装飾を施す意味があります)


 次回……全ての想いに決着がつきます!


 レス返しっス(三日続けて素麺を食べました(朝食)……幾ら好きでも飽きます……次はざるそばかな? しかし、茹でる時間が…)


 星の影様

 私の身体などに気を遣っていただき、誠にありがとうございます。しかし早速、体調と言うか調子を崩しています!! 梅雨時期は駄目なんス……湿気が多いと集中力が欠けるんです……その所為もあって、今回は三回程全直ししました。ただでさえシリアスは苦手なのに、梅雨時期の湿気も相まって……徹夜やらタバコの量が増えたり……あれ? それが原因??
 けほん、ちなみに私は3が好きです。家にファ〇コンが導入されて初めてしたゲームがそれなので感慨深いんス。4も出てたんスけどね…。
 さて、今回は百合子の言葉にやっとベスパが自分の想いに気付きました、そして次回、その全てに決着がつき、これを書き出した本当の理由が明らかにっ!(ぉ


 レネス様

 ベスパ(恋する乙女)のドジっ娘スキルは、好きな異性を前にすると輝きが増しますので、自分の気持ちに気付いたベスパは、これからも多少のドジっ娘スキルは発動します。その所為で被害を被るのは確実に横島君なんですけどね。
 そして今回、やっと自分の気持ちに気付いたベスパですが、そうそう簡単にはいきませんよ♪ ……次回、少し横島君とベスパの間に波風が立ちますが、しかし、紆余曲折しても、最終的には全員幸せになってもらいますので……次回! 向き合う二人が見つけた未来が明確にっ!


 Tシロー様

 む、むぅ……玉子焼きにまさか蜂蜜が合うなんて……と言うことでTシロー様の仰られる様に、ベスパの作った玉子焼きは、玉子焼き@ホットケーキに私も一票!(マテ
 私の蜂蜜摂取方法は、極稀にトーストに掛けるぐらいなので、あまり食しません。甘いのは苦手なので……しかし、某番組で見たのですが、すき焼きを作る時に、割り下の砂糖の代わりに蜂蜜を使うと、凄くまろやかに仕上がるらしいです。
 さて! 今回タイガーが出てきました……違いますけど。ごほん……やはりタイガーの似非広島弁は、使いきれませんでしたので扱いがあんまりでした!! そして、そんなタイガー寅吉の事など捨て置いて(酷い)、いよいよベスパの気持ちが明確になりました……次回! 全ての光芒が集束します!


 lonery hunter様

 お久しぶりです。そしてすみません! 百合子が登場していますが、どうも関西弁が強くて、翻訳機を使われているlonery hunter様には読みにくいかも知れません。それでも、本音を言う時の百合子や横島君は、関西弁が出てしまうと思い書いています。
 え? 長編…………HAHAHA。考えていますが、まだ纏まっていない状態なので、ラ・カンパネラが終ってからは、短編を少しずつ投稿すると思います。


 猫人間ののん様

 のんびりさせといてのシリアス突入です……あぁぁ、書いててのんびりに走りたいと震えたり、色々大変でしたが、次回でシリアスも終了ですので、その後はのんびり幸せに突入です……多分。
 出汁巻のレシピを頂いたので、そのお返しに時期的に美味しいカキ氷の食べ方を……蜂蜜はカキ氷とも合います! ……お返しになってません!! フルーツの蜂蜜マリネのレシピの方が、それっぽいのですが、素人ですので調理はもっぱら目分量です。
 さて、やっとの事で、自分の気持ちに気付き、更に、ルシオラへの誓いを立て、横島君への想いを貫く覚悟を決めたベスパですが、誰かが抜けてますよね……バレバレですけど。そして、そのバレバレな彼女が巻き起こす騒動が次回! 交錯する想いの全てが一つに繋がります……多分。

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