春の風が吹き始めている。
もうすぐ、俺も高校生じゃなくなる。
最近、事務所に行くのが辛い。
働くのが辛いとか、薄給が辛いとか、そんなんじゃない。
そんなのは慣れてるし。
なにが辛いかって、職場にはお約束の、アレだ。
人間関係だ。
イジメがあるとかじゃないんだけど。
一年半前、アシュタロスを倒した後から、美神さんとおキヌちゃんの態度がだんだんと変わってきた。
なんか、前と違う。よそよそしいというか。なんというか。
俺もそんな美神さんにセクハラしようなんて気が起こらなくなってきて。もちろん、美神さんにしばかれることもなくなってきて。
あのやり取りも今思えばスキンシップだったのかなーと思う。
シロは変わらず俺になついていてくれるけど、結局シロの責任者は美神さんだし、いまの俺と美神さんとおキヌちゃんの微妙な空気を感じ取って前ほど積極的に俺に絡めなくなってきている。
タマモだけは傍観者っぽいままで助かる。だから、用事がある時にはできるだけタマモに頼んだりする。
前は、こんなんじゃなかったよなぁ。
ルシオラのこと、できるだけ表に出さないようにはしてきたんだけど。
一人で世界の不幸を背負ってる顔しやがってとか思ってるんだろうか?
これでも、結構気を使ったつもりなんだけど。思えば結構理不尽なんだけど、事務所の雰囲気を壊したくなかったから、自分だけ我慢すればいいと思っていたから、我慢してきた。
でもそれも気に障ったのかな。
じゃあどうすりゃ良かったんだよ?
重い気持ちで事務所のドアを開ける。
「えーと、こんちは…って、あれ?」
誰もいない。
「人工幽霊壱号、美神さんたちは?」
『横島さん。美神オーナーたちはもうお仕事に出かけました』
「え?」
『横島さんには、別にお仕事がありますから。テーブルの上に資料がありますのでよろしくお願いします』
テーブルの上を見ると、確かにいくつかの資料が置いてある。
見ると、依頼料10万円の極々簡単な除霊ばっかりだ。
こんな仕事、美神さんが受けるわけがない。
はあ、とため息を漏らす。そこまで俺と仕事したくないわけ。
霊波刀覚えたてのころの俺でも簡単にできそうな仕事をちゃっちゃと終えると、またため息を吐いて空を見上げる。
濃い雲に覆われた空。
あいつの好きだった夕焼けが、今日は見えない。
事務所に戻ると、美神さんたちも戻ってきていた。
「…仕事、終わりましたから」
「お疲れ様。もう帰っていいわよ」
「はい。失礼します」
最近のやり取りと言えばこれくらいなものだ。事務所で最後に飯を食わせてもらったのって、いつだっけ?
少なくとも今年に入ってからは食わせてもらってない。
おキヌちゃんなんか、俺が来たと思ったら奥に引っ込むし。
そういやおキヌちゃんとは何日話してなかったっけ。
なんつうか、ここまで嫌われたら逆に気持ちいいかもね。
おキヌちゃんも所詮、人間になったら平気でこういうことができるコだったんかなあ。
シロやタマモはいない。屋根裏部屋にいるのかな。
会う気も起こらないし、そのまま帰ることにした。
卒業式まで後一週間だ。
一応見習いから助手になった時に正式なGSの手続きはしてもらってるし、卒業と同時に俺は事務所をやめるつもりだ。
美神さんたちもそうしてほしいだろうし。
俺も正直精神的に結構辛い。
アパートの部屋にごろりと横になって考える。
ほんの一年半前まで、あの事務所は俺にとってなくてはならない場所だった。
肉体的には厳しかったけど、精神的には満たされていた。
今は逆だ。
「これだから、女ってやつは」
まあもういい。いまさらどうでもいい。
区切りとして、いやな思いをしてでも卒業まではってあの事務所で頑張ってきた。社会に出る前にいい経験になったと思う。
「卒業したら、とりあえず親父たちの所に行こうか。それとも、Gメンにでも行ってみるか?んで金貯めたら、自分で事務所開いてもいいかな」
とりあえず食いっぱぐれがなさそうなGSの資格を持てたのだけは、美神さんに感謝している。
それだけだけどね。
今日はとうとう卒業式。
同時に俺の失業式だ。
学校に残る愛子が泣いてくれる。先生も肩を叩いて送り出してくれる。
みんなで肩を組んで写真を撮る。
ああ、学校のやつらは変わらないでいてくれた。
正直、もっともっと一緒にこいつらと過ごせば良かったかなと、してもしょうがない後悔をする。
結局あの事務所であんだけキツイ条件で働いて残ったものは、GSの資格だけだったから。
あー。あと、経験ね。そりゃもう、いろいろ。
卒業式の後、みんなで一緒に簡素なお別れ会を開く。
その後、夜の本格的な卒業パーティーだけ約束して一度みんなと別れる。
夜通しで騒ぐ予定だ。楽しみだ。
さて、と。
事務所に行ってみる。
今日も誰もいない。
『横島さん。あの、今日は仕事がないので、帰ってもいいそうです』
ははは、とうとう仕事を用意しておく気もなくなったか。
ま、ちょーどいい。これから卒業パーティなのに、遅れてもいやだしな。
「そうか。あのな、人工幽霊壱号。美神さんに伝えてほしいことがあるんだけど、俺今日でここやめるから。ほんとなら直接言うべきなんだろうけど、今なら簡単にやめさせてもらえるだろうし」
『横島さん…』
「わかってンだろ?もう、無理だ。俺も今日で高校卒業したし、ここでちょうどスッキリ終わらせたかったんだ。だから今日まで我慢できてたようなもんだし」
『なぜ、こんなことになってしまったんでしょうね。私はいつまでも皆さんと一緒に』
「人間ってな、そんなモンさ。ちょっとしたきっかけで変わっちまうもんなんだよ。美神さんはまだしも、おキヌちゃんもあーなっちゃっただろ。人間なんか信じられないっていう物の怪多いけど、こう自分で体験しちゃうといやでも思い知らされるな」
――ほんと、人間がいちばんこえー。
『あなたがどんなに辛い思いをしてきたか、私は知っていま』
「いいよ、もう。いいんだ。元はと言えば、それがいけなかったのかもしれないから。知らず知らず、美神さんたちにいやな思いさせてたのかもしれないし」
『横島さん。私はあなたを決して忘れません。ずっと忘れません。』
「ああ。お前だったら、信じれるよ」
――人間じゃ、ないし。
「じゃあ、な」
外に出て、春の空気を思いっきり吸い込む。
なんか大きな負担から放たれて清々しい気分になる。
美神さんたちも、俺という負担をなくして、こういう気分になれるんじゃねえのかなあと、皮肉めいたことを考える。まあ事実だろうけど。
お互い様だよな。
外に出ると、今日は綺麗な夕焼けが見えた。
明日から、俺の新しい人生の始まりだ。
たくさん怪我したし
たくさんいい思いもしたし
たくさん辛い思いもしたし
たくさん悲しい思いもしたし
たくさん厳しい思いもしたけれど
高校生のうちにいろいろ貴重な経験ができて良かったかなと思う。
だから、
俺は最後に事務所に向かって深々と頭を下げて。
新しい一歩を踏み出した。
―――――――――――――――――――――――――完
どうも、リトと申します。初投稿です。
なんかGS美神にあるまじき内容なんですが、アシュ編後での美神さんとおキヌちゃんの横島君への態度がそれまでのと明らかに違うのを見ての違和感をずっと感じていたのでこんなのを書いてみました。
原作では美神さん、おキヌちゃん共にそれまで横島君に感じていた恋愛感情を感じないようになっています。
横島君の幼馴染の銀ちゃんに黄色い悲鳴を上げているおキヌちゃんとか見ると、もう今までのおキヌちゃんではないのは一目瞭然で。
原作はそれだけなんですが、それをさらに嫌なほうに発展させてみました。
人間はほんとに変わってしまう生き物です。それを取り込んだだけなんですけどね。
と同時に学生時代での友人は一生の友人となるパターンが多いので、そっちで救いを出してみました。
ではこの辺りにて…