第二話 白き刃
30メートルほど離れた場所で、エミは呆然と青年の反撃を眺めていた。
(……上手く降りてくれよ)
口早に囁かれるとほぼ同時、空中に放り出された少女は瞬時に意味を悟り、空中で身をひねって着地に備え――それを目撃した。踵で急制動を掛けた青年のスニーカーの裏に集中した霊力が、六角形の薄板状に凝縮し、それまでの進行方向に向かって爆発。爆圧の反動で瞬間的に強烈な逆進加速度を得た彼が、流星のごとく宙を翔けてベリアルに突っ込んで行ったのだ。
「な……!」
何とか両足で着地したエミの脳裡に、最初からコレを使っていれば簡単にベリアルから逃げ切れたのでは? と疑問が浮かぶが、考えてみればあれだけ猛烈な加速をかけられると、自分の身が耐えられないかもしれない。
人質を見捨てて逃げる卑劣ぶりを見せつけて油断を誘い、瞬転、全身全霊の逆撃を加える。
あまりにも見事な奇襲だった。
それまで為す術もないような顔で回避し続けていたのも、いっそう今の一撃の効果を高めていた。実際エミ自身、彼はベリアルに通用する攻撃手段を持っていないように半ば思い込んでいたのだ。
――が。
「ちくしょー、硬ぇっ! やっぱ俺じゃムリなんか!? 助けて美神さはぁーん!」
さすがに魔族。一撃必殺とはいかなかったようだ。それともさすがに横島と言うべきか。シリアスが続かない男である。
『てっ、手前ぇええええっ! やってくれんじゃねぇキィイイイイイッ!!』
とは言え無傷と言うわけでもない。ベリアルの腹部には背中まで突き抜ける風穴がざっくりと開いていた。それだけで斃されてくれるほど甘い相手ではなかった、と言うことだろう。
横島は一旦霊波刀を消してサイドステップし、再び霊波刀モードの栄光の手を発現させて半身で身構えた。カウンターを狙っていると思しき、迎撃の構え。
正しい対応だ。制限時間がついているベリアルにとっては、戦闘が長引くほど不利になっていくのだから。
だが、意外な難敵だった横島とまともに戦って時間を浪費する気は、ベリアルにはない。横島が体を捌いたために、魔族の視界に離れた場所で立ち竦んでいるエミの姿が映った。骸骨を思わせる面相が嘲りをたたえる。
『――食らえッ!』
ぶら下げていた人質を横島に投げつけ、ダッシュする。向かう先は――横島の予想外の勇姿に目を奪われ、無防備に見入っていたエミ。
「しまった!?」
慌てたような青年の声を背に聞いて、ベリアルは凶相に邪悪な笑みを浮かべた。そう、彼の第一目的はあくまでエミなのだ。厄介な霊能力者と戦ってやる義理などない。
(手前ェは時間制限がなくなってからゆっくり相手してやるキィ!)
最高速はベリアルの方が上であることは実証済みだし、今のダッシュ技を使われないよう障害物(人質)をぶつけてもいる。横島に追いつかれる惧れはなかった。
『キケケケケケェエエーーーーッ! 死ねッ! エミィイイイーーーー!!』
命を刈り取る悪魔の爪が振り下ろされる。ようやく回避行動に移ろうとするエミだが、遅い。もはや躱すことはできない。
極限状態に置かれた彼女の感覚が加速する。
――ゆっくり自分に迫る爪。悪魔の脇越しに遠くに見えるのは、投げつけられた人質を無情にもひょいっとよけながら振り向いた青年の顔。「しまった」などと言ったくせに、その口元にはしてやったりとばかり、人の悪い笑いが刻まれている――。
(え?)
ドキャアアアアアッ!
魔族の一撃は、ドーム状に展開された守護結界に阻まれて、少女に届くことはなかった。
「な」
『結界!?』
「い、いつの間に?」
ウエストポーチから素早く何かを取り出した青年が、それを眼前に構える。弓を引き絞るような動作。後ろに引いた右手に、キィン、と微かに霊力光が閃き、次の瞬間高速で弾丸らしきものが放たれる。
スリングショット。グリップと2本のアームとゴムベルトで構成された――要するに強力なパチンコだ。狩猟にも用いられるというのだから威力や弾速は推して知るべし。発射から弾着まで0.5秒もかかっていない。
(パチンコなんかで一体何をしようってワケ?)
言うまでもないが、魔物に通常の武器は通用しない。となれば当然、通常ではないプラスアルファがそこにはあるはず。今回で言えば、それは直接的な打撃が目的ではなかった。
キィイインッ!
『ぐわっ! な、なんだぁああ!?』
着弾した瞬間、ベリアルの体は動かなくなった。何か奇妙な力が作用し、彼の行動を阻害している。
スリングショットをウエストポーチにしまった青年が、目を閉じ精神を集中させる。真剣な表情は、だが次の瞬間、思いっきりだらしなくやに下がった。
「――煩悩全開ッ!」
「……何よソレはっ!?」
結界の中でこけながら突っ込むエミだったが、一拍置いて噴き上がった強烈な霊気の波動に絶句する。
ゴオオオオオッ!
「うわっ! ちょ、ちょっと、マジに何なワケその霊力!?」
(あたしの霊体撃滅波より出力デカいんじゃない?)
愕然として見守るエミの背筋を、突如として強烈におぞましい悪寒が貫いた。
「――ひぅあぉえっ!?」
奇声をもらしつつ、思わず自分を守るように身を縮める。全身が鳥肌立っている。
(な、何だかものすごく気色悪いワケ!)
根拠はないが、あの青年が原因のような気がした。
半泣きのエミが睨みつける先で、彼が発する膨大な霊力が右腕に集中――全長数メートルのLLサイズ霊波刀が顕現した。
「凄い……!」
のだが、何となく素直に賞賛する気にはならないのは何故だろうか?
状況は、横島が咄嗟に立てたプランどおりに推移していた。
ベリアルの狙いであるエミを故意に無防備にして見せて囮に使い、先程の逃走中にエミのポケットに忍ばせておいた《護》の文珠が発動したところで、《縛》の文珠で狙撃して自由を奪う。
完璧に思惑どおりの展開ではあるのだが、横島にしてみれば、未だ楽勝とは言いがたい状況だった。
(次の一撃でケリをつけねーとヤバい!)
何度も強敵と戦ったことで積み重ねた経験値と磨かれた霊感とが、心中で警報を鳴らしまくっている。
強力な魔族には《縛》の文珠は何度か強引に破られている。ベリアルをいつまで捕縛しておけるかは定かではない。エミを守る結界は10分程度はもつとは思うが、また人質戦術でも使われたら、今度こそ手詰まりになりかねないのだ。
しかもベリアルの表皮は硬い。先程全身で突っ込んで行ってようやく貫通できたくらいである。通常の収束度の霊波刀では、切り裂けるかどうか、いささか心もとない。
だが――横島の霊能力は、収束と具現化に特化している。
(フツーの霊波刀でダメなら、フツーでない霊波刀にすればえーやんか!)
とまあ、そう言う発想に行き着いた。
自己評価の低い横島にしては思い切ったものだが、さすがに他に頼れる者がいない上に逃げ切るのも難しい状況とあっては、「俺一人で魔族に勝てるわけないやろがー!」とか泣き言を言ってばかりもいられず、「なら俺一人でも何とかなる方法を考えよう」と思考を切り替えたようだ。――追い詰められて開き直ったとも言う。
求めるのは必殺の一撃。色々と弄していた小細工は、それを用意する時間を稼ぐためのものである。
煩悩全開(ネタは乱れに乱れて泣き喘ぐ美神令子さん(20)の艶姿と、健康美溢れる小笠原エミさん(15)のナマ乳)で増幅された霊力を全てつぎ込んで、特大の霊波刀を形成。このままでは、ただデカいだけで威力は通常時とさして変わらない。そこで――。
「おりゃああああーーーー! 収・束ッ!」
気合いを入れて、刃状の霊力を凝縮していく。ぎちぎちと異音を発しつつ、それでも狙いどおり霊圧を高めていく栄光の手。が、普段から練習しているわけでもない思いつきで試している技なので、今イチ上手く収束しきらない。
「――えぇい! なら、こうだ!」
左手に文珠を出し、《凝》の文字を込めて霊波刀の刀身に叩きつけた。《凝》《縮》やら《収》《束》の方が確実だったろうが、現状は不慣れな高圧霊波刀のコントロールで手一杯のため、高度な制御力を要する文珠の複数文字使用までは併用できない。しかしとりあえずは一文字で充分だったようだ。
キンッ!
硬質な音を立て、霊波刀が普段使っているサイズに戻る。だが外見は変化していた。形状そのものは従来の栄光の手・霊波刀バージョンだが、いつもは透き通っている刀身は半ば物質化して白く清浄な輝きを宿し、おまけに表面でバチバチとスパークが弾けている。一言で言って、「実に痛そう」だ。
「おおっ、コレなら! なんかイケそうだ!?」
文珠のサポートで新型霊波刀の安定化に成功した横島は、白刃を高く差し上げて喜色満面で叫んだ。この期に及んでも今一つ自信無さげなのはご愛嬌だが。
「こいつがこの俺、美女の味方にして嵐を呼ぶヒーロー、GS横島の新たなる力! 聖剣……聖剣……? そうだな、エクスカ○バーはありふれてるし……。ん、よし! 聖剣ストームブ○ンガーと名付けよう!!」
直前に口にした「嵐を呼ぶヒーロー」と言うワードからの連想だろう。遠巻きに見物している野次馬たちが「おおお〜」と感嘆の声を上げるのが聞こえてきて、いっそうハイになったものの――。
「わははははっ! ……って、わぁああ!?」
霊波刀の輪郭がブレてスパークが激しさを増す。調子に乗ってアホなことを言っているうちに集中が乱れたらしい。慌てて雑念を払い、暴走しかけた新技をなんとか維持し直してほっと息をつく横島に、エミが耐え切れず突っ込みを入れた。
「制御が難しいんならバカやってないでとっとと片付けて欲しいワケ! ……あと、ソレはとことんタチの悪い魔剣の名前だから!」
この場でベリアルごとばっさり斬られそうな、不吉にも程がある銘など、冗談でも願い下げである。
「ん、そーなのか? じゃあ命名については後日改めて考えるとして……行っくぞぉおおおーー!」
スト○ムブリンガ○(仮)を肩に担ぐようにして全力ダッシュする横島。先刻用いたサイキック・ソーサーの応用技を使わないのは、やはり同時制御できないからだったりする。とは言え、普段から「逃げ足なら誰にも負けない自信がある!」などと雄々しく公言する男の走力は、人類の限界を軽くブッちぎりそうな勢いだった。
30メートルを瞬く間に走破し、
「おまけだ!」
霊波刀の刀身に再び文珠――《聖》の文字が入ったそれを押し付けて、
「食らえぇええええーーーーッ!!」
聖気を帯びた高圧霊波刀を、ホームラン狙いの4番打者のごとく、ダウンスイングで振り切った。
『グギャァアアアアーーーーッ!?』
強靭だったはずの魔族の装甲に、バターに熱したナイフを通すようにいとも容易く霊力の刃が滑り込む。
右脇から左の腹へ抜け、完璧にまっぷたつにしてのけた。
――ちなみに、不幸な黒い魔族は、《縛》の文珠を食らってからこっち、ずっと後ろ向きで固定されていたために、横島が何をしているのかまったくわからないままでいたと言う。
あまりにも鮮烈な切れ味に、横島の目が丸くなった。
「――おおおっ? 我ながら凄ぇぞ、こりゃ! どうやらついに! この俺が真のヒーローになる日が来たようだッ!! 神様ありがとう!」
もはやどこから突っ込んでいいのかわからないが、こうやって戦闘中に堂々と妄言をのたまっていたりする限り、そんな日は永遠に来そうにない。
斬られて《縛》の効果が解けたのか、しぶとく生きているベリアルが紫の血を吐きながら文句を言った。
『ばっ、バカなっ! こんなボンクラそうなヤツにやられるなんて……! あり得ないキィ! やり直しを要求するーーーー!』
「ボンクラとは何だーー! てか魔族の突っ込みはみんな同じか!?」
意外に元気そうなベリアルに霊波刀で突っ込み返す横島。
――さっくり。
『あ』
「あ」
黒い悪魔は、頭頂部から唐竹割りになった。
「……えーと」
だらだらと冷や汗を流すうちに、さらさらと砂のように崩れ始める。
魔族ベリアルは、突っ込みのドツキによってトドメを刺されたのだった。
自分を殺そうとしていたとは言え、付き合いの長い相棒のあまりにあんまりな最期に、さすがにエミも涙を誘われる。哀れみではなく情けなさでだが。
『ち……き、しょ……』
捨てゼリフを吐く間もなく、最後に残った頭部も消滅――その直前、崩れかけた瞳が放った微かな輝きに、横島もエミも気付くことはなかった。
何故なら……。
ピーポーピーポー! ファオンファオンファオン! キキーッ、ギャキャキャキャッ!
「警察ですッ! 通報の怪物は何処ですか!」
「はいはい一般人は下がって! こちとら国家権力だから逆らうと怖いよ!?」
「GSへの応援要請準備はどうだ!」
「いつでもいけます!」
こんな時に限って、警察の対応がやたらと迅速だったためだ。……暇だったのだろうか。
「げっ!」
「マズ!」
焦った声を上げた二人は、互いの声に顔を見合わせ、頷き合う。片や戸籍のない未来人、片や公安子飼いの呪い屋。どちらも警察との相性は良好とは思われない(婉曲的表現)。
横島が文珠の結界を解除するや否や、青年と少女は後ろも見ずに全力ダッシュで遁走したのだった。
「ふう。ま、この辺までくりゃ大丈夫だろ」
「ぜーはー……つ、疲れたワケ」
そこそこの大きさの公園まで来て、二人は足を止めた。崩れるようにベンチに座り込む少女。山手線一駅区間くらいの距離を一気に走破しているのだから疲れて当然……なのだが、バンダナ青年は軽く汗ばんでいる程度でさして疲労の色を見せていない。それ以前の逃走や戦闘の影響なども、どこ吹く風と言わんばかりだ。軽快な足取りでそこら辺にあった自販機に歩み寄り、スポーツドリンクを2本買って、1本を共に官憲から逃げ切った少女に差し出した。
「ありがと」
小さく礼を言って受け取った少女は、逃げる途中で渡された彼のジージャンを羽織っている。無論前はきっちり閉じているのだが、東京都心部は夜でもそれなりに残暑があって、全力疾走などすれば当然かなり暑い。体にこもる熱気に耐えかねて胸元を緩め、缶をあおった。乾いた体に染み込んでくるような冷涼な水分が心地よい。彼女は苦しげだった表情を緩め、ごくごくと喉を鳴らして飲料を飲み干していく。
(おおお……キツ目の美貌が優しくゆるんでいるのもポイント高いが、小麦色の肌に浮かぶ汗のコントラストが何とも言えん。そして悩ましげに動く喉から伝い落ちる汗が、誘うように反らされる胸の谷間に落ちて魔術的紋様かなんかと絡むチラリズムが実にエロくて、もー辛抱たまらんっ!」
例によってモノローグを全て駄々洩れにしていた青年に、頬を赤くした少女が飲み終えた缶を投げつけた。
スカーン、と景気のいい音が響くが、当然この程度、彼にとってはノーダメージだ。
「あたっ! って、俺また口に出してた!?」
俺ってヤツはー! と泣きながら夜空に叫ぶ青年を、少女は冷や汗を流しながら注視する。
(……カッコいいんだか悪いんだかわかんないヤツね)
まさか単身で封印解放状態のベリアルを斃してしまう人間がいるとは、思いもよらなかった。当然その実力は超一流と言っていい。……そのはずだ。
が、この男を見ているとそう言う「デキる」雰囲気が欠片も感じられないのが不思議だ。今のように情けなくバカやってる姿が、あまりにも板につきすぎていた。
それでいて、時折不意に見せる真面目な表情は、意外に大人びていたりもして……。
(変なヤツ)
ほのかに頬に熱を残しつつ、とりあえずはそう決め付けた。妙な方に転がりかけた思考を立て直すためにも。
(まあ発言はアレだけど、単なるスケベ男じゃないのは確かよね)
……確かにその通りだが、どれほどのスケベ男なのかを知れば、また評価は変わってきそうである。
(参ったなー。成り行きで助けちまったけど)
普段と変わらないギャグキャラぶりを発揮しながらも、彼、横島忠夫は悩んでいた。この時代の出来事にはなるべく関わらないようにしよう、と思い決めた直後から思いっきり関わってしまったためだ。
とは言え、あの状況で不干渉が貫けるはずもないので、まあそれは仕方がない。問題は今後の身の振り方だった。
(んー、ちょい薄情な気もするけど、やっぱ変なボロを出さないうちにエミさんから離れた方がいいだろなー)
一緒にいる時間の自乗に比例してなにかしらポカをやらかす可能性が高まる、と彼にしては実に正確な自己分析を下す。
色々と思索を巡らせているうちに、ベンチの少女が口を開いた。
「まずは、お礼を言わせて貰うわ。おたくがいなかったら三回は死んでるワケ。ホントにありがとう」
真摯に頭を下げられ、対処に困った。
「え。い、いやー。なーに、キミみたいな美人を助けるのは、男の義務だかんな。あんまり気にすんなって」
そっぽを向いて頬をかき、なるべく軽く流そうとする。照れた態度の初々しさに、少女は優しく微笑んだ。
その笑顔が目の端に留まり、横島ははっと息を呑む。考えてみれば、飾りのないエミの微笑を目にしたことなどこれまでになかった。その透明な美しさについつい見惚れてしまう。
(エミさんって、こんな顔で笑えたんか……)
じっと見つめられ、今度は彼女の方が目元を赤らめて目を逸らした。
「あたしは小笠原エミ。そうね……フリーの黒魔術士ってトコかしら。おたくは……」
(! 来たか。本名は名乗れんから……適当な偽名を考えんと。んー、そーだな、高島タダスケとでも……)
「……ヨコシマって言ったわね」
本名を知られないように――。
その決意はおよそ2秒で崩れた。
「ジ……ジーザス! 地獄に落ちても忘れるな!?」(意訳:「な……何故俺の名を!?」)
表情と声音で大意は酌んでくれたらしく、エミは何事もなかったかのようにスルーして語を継いだ。
「え。だって、自分で言ってたじゃない。えーと、美女の味方にして嵐を呼ぶヒーロー、GSヨコシマがどうとか」
…………。
(――し、しまったぁあああーーーー!!)
あの時、浮かれて吐いた妄言をきっちり聞かれていたらしい。致命的な失態に頭の中が真っ白になる。検討していた偽名などもきれいに吹っ飛んでいた。
(とっ、とにかく何とか誤魔化さんと! 考えろ! 考えるんだ俺!)
高速で思考を回転させる――つもりだが、頭の中でシマネズミが延々回し車を回転させている情景が展開される。平たく言えば思いっきり空転していた。下手の考え休むに似たりと言う俗諺がこの上なくぴったり当てはまる。
(のぉおおーー! なんも考えつかん〜〜!)
だがいつまでも黙しているわけにもいかない。姓はバレていても名はまだ知られていないのだ。ならばせめて下の名だけでも偽称しておくべきだった。
「……ああ。俺の名前は、横島。横島英雄(ひでお)だ!」
気付けば、そんな風に口走っていた。おそらくは、例によって「嵐を呼ぶヒーロー」からの連想だろう。
「横島英雄、ね。――GSなワケ?」
当然その連想はエミも働かせているのだろう。じとっと半眼でこちらをうかがう態度からは、微妙に偽名くさいと思っているのがありありとわかる。
それも当然だった。エミは元殺し屋、現呪い屋であり、当然裏の事情にもある程度は通じている。その彼女にしても横島と言う名の霊能力者の話は聞いたことがなかった。多く見積もっても二十歳程度でしかない青年があれだけの腕を持っていて、表でも裏でも噂にならないなどと、そんな馬鹿な話があるわけはない。
つまりは、彼女はバンダナ青年の名乗った姓も名も偽名ではないかと疑っているわけで、横島にしてみれば実にありがたい深読みをしてくれているのだが、そうとは知る由もなく内心パニクり続けていたりする。
「ん、ああ……い、いや。正規の資格は持ってない。色々事情があってさ。は、ははは」
パニックのあまり一瞬エミの問いを肯定しかけてしまった。横島忠夫がGS試験に受かるのは5年後であり、当然ポケットのGS免許にもその旨明記されている。ましてや「横島英雄」のGS免許など持っているはずもない。
(やべーやべー)
背中を冷たい汗が滝のように流れる。
「ふーん。ま、その辺はいいけどね」
だが、幸いエミは軽く流してくれた。いくら不審に思ったとしても、命の恩人の事情を詮索するほど不躾ではないと言うことだろう。その辺り、彼女自身も追求されると困る後ろ暗い部分が大きいのも影響していたかも知れないが。
しかしおかげで横島もようやく多少は落ち着くことができた。ともかく彼女とは早めにオサラバすること、と留意しつつ、考えを巡らせる。
「そりゃそうと、さっきの魔族だけど。あの件は、アイツを斃して終わり、でいいの? エミさ……エミちゃん」
「ちゃ、ちゃん? ……って、どういうことなワケ?」
「ん? 小笠原さんとかエミさんとかだと他人行儀かなー、と」
「あたしとおたくは他人でしょうが! って、そっちの話じゃなくて!」
ずびし! と裏手でノリツッコミをかますエミ。
「あー、ほら。ヤツの召喚主に狙われてるとかだったら、アレで終わりにゃならんっしょ。このままだとエミちゃんが殺されるとか言われたら、放っとくわけにはいかんし」
――早めに別れようとか考えていたはずなのに、気付けば口からそんなセリフが出ていた。
(……いーんだ! 俺が関わったせいで本来の歴史より状況が悪化してたりしたらマズいだろ!? この程度ならアフターケアの範疇だって!)
誰にともなく心中で言い訳を展開する横島。美神より当社比1.25倍タチが悪い(悪くなるはずの)エミとは言え、実のところ本音は単に美少女と離れがたいだけなのかもしれない。
口に出した方の横島のセリフに、エミは苦笑を返した。
「……そう言うことなら、一応はアレで終わりなワケ。でも心配させたみたいだし、あたしが巻き込んだワケだから少し説明しとくわね」
前置きして、話すべきことをまとめるためか数秒間黙り込む。
「アイツはベリアルって言って、あたしが使い魔として使役してたヤツよ。99年間人間にこき使われるって契約に縛られてて、あたしが師匠から契約を受け継いだワケ。いつもは力を封じられてて小悪魔の姿になってるんだけどね。契約の条件の一部で、契約者の許可によって短時間本来の姿に戻すことができるんだけど、本来の力がアレだから、その状態だと並の術者では制御しきれずに暴走しちゃうのよ。まあ暴走って言うか、契約はあと3年残ってたんだけど、人間に使役されるのはアイツにとってはえらく不本意らしくって、力を取り戻すと契約者を殺して契約をチャラにしようとしたがるワケね。だから滅多なことじゃ使えないテなワケ」
一気に説明され、頭頂部から白煙を噴きかけていた横島だが、何とか要点は把握したようだ。
「えーっと。つまりあの甲殻類魔族は本当は敵じゃなくてエミちゃんの使い魔なんだけど、そいつが反逆してきたんで、ブッ倒しても問題はなかった、と」
「こ、甲殻類?」
エビ・カニ扱いされるベリアルに、不覚にも小さく吹き出すエミ。
「……ん? でもアレが本来の姿ってコトは、エミちゃんがヤツを元の姿に戻したってコトだろ。てことは、そうしなきゃならん危険が迫ってたんじゃ?」
眉根を寄せて指摘すると、呪い屋の少女は軽く目を瞠った。
「驚いた。意外に鋭いのね」
「驚くなよ! どーして意外に思うんだよ!」
「いや、だっておたく、どう見ても頭よさそうじゃないし」
「…………」
それについては否定のしようがなかった。ほっといてくれー! とだけ返して話を戻す。
「そう言うってコトは、やっぱそーなんだな。そっちはもう大丈夫なんか?」
ついつい本気で心配する横島を、エミはいわく言いがたい表情でじっと見返してきた。
「え、何、何? 俺の顔、なんかついてる? 血が出るほどのツッコミは今日は食らってないはずだけど……」
ぺたぺたと顔を触りつつ慌てるバンダナ青年の姿に、今度は肩を落として溜息をつく。
「……ま、当面危険はないわ」
そう言いながらも何やら迷う様子を見せる。ややあって、瞳に決意をたたえつつ、こんなことを言い出した。
「横島英雄さん。おたく……あたしに雇われる気はないかしら?」
...to be continued !
The next story is ...
Part3 : ”The Devilish Contract”
――――――――――――――――――――――――
あとがき
うわ、なんだかいっぱいレスがついてますよ!?
と、浮かれて舞い上がり中の折房でございます。
……というわけで、タイトルの英語表記部はフェイクでした。(爆
『よこしまえいゆうでん!』ではなく『よこしまひでおでん!』が正解です!(ぇー
まー英雄ってガラじゃありませんからねー。
もっとも、今のところは The Record of HIDEO YOKOSHIMA! でも、今後の彼の活躍次第ではどうなるかわかりません。
なので改題はしません。頑張れ横島くん。
さて、どうやら第一話、かなり好意的に受け入れていただいたみたいで、嬉しい限り。
評価していただいたのは、戦闘能力ではなく、GSとしての総合力の面での横島くんの成長具合のようですね。
すると今回、横島くん、微妙に強くしすぎたかなー?
……さじ加減が難しいです。
横島の霊能力について、補足を入れておきます。
前回ヒキの《青い旋風》は、SSでよく見かけるサイキック・ソーサーの応用技を拝借しました。爆発方向を制御して爆圧の反動で吹っ飛ぶというヤツで、原作後に開発した技とゆー設定です。方向を間違えると見当違いのほうに飛ばされるし、並の人間だと内臓をシェイクされて昏倒しかねない衝撃があるので、コントロールが難しく、他の技とは併用できません。今回の例で言えば、霊波刀を出しながらだと使えないので、使用してから霊波刀を出しました。
……以上を本文から全部読み取った方はスゴいです(笑
地の文で解説を入れすぎるとテンポが悪くなるのですが、自然に読み取れるように描写するのも大変ですねー。要修行です。
新技の高圧霊波刀は、「横島ってものすごく器用だけど、これと言った決め技がないなあ」と思って覚えさせてみました。今のところ、制御がかなり大変なのでまだまだ使いこなせませんが。横島くんも要修行ですね。
ちなみに難しい技を制御しながら文珠を使えているのは、「一文字だけなら大した集中力は要らない」という私の解釈によるものです。
皆様、たくさんのレス、ありがとうございます!
以下、レス返しです。
>netrunner様
いの一番の書き込み、ありがとうございます! 二話は気に入っていただけたでしょうか。
>dai様
応援ありがとうございます。三話はまだあまり書けていないので少し間が空くと思いますがご容赦願います。
>lonely hunter様
わざわざ翻訳ソフトでの通読とレスの書き込み、ご苦労様です。気に入っていただけたなら嬉しいです。
>がるるが様
少なくとも序盤はエミさんメインの予定。エミさんヒロイン化計画というのが本作のテーマの一つです。
> 横島のジャスティス
彼の場合、実年齢より外見に左右されると思われます。ルシオラしかり、アルテミス憑依状態のシロしかり。
なので、あれだけ育っていれば(『GSエミ・魔法無宿!!』参照)問題なし! と思われるのですが。
どーでしょう。
もっとも、最後の一線では年下相手には踏み込めないんじゃないでしょうか。……生殺し展開の予感?
>poto様
当然、過去美神さんもおりますよ〜。絡むのはしばらく先になりそうではありますが。
> 微妙な成長具合
強さのバランスを見極めるのはけっこう大変です。今回ちょっと強すぎたかな……?
> タイトルの意味
というわけでフェイントでした。まあ今後タイトルどおりの話になるかどうかは、横島くんの頑張りにか
かっています。
>通りすがり様
期待にそえるよう頑張りたいと思います。
>Tシロー様
鋭い分析です。確かに横島くんが直接的な過去世界だと思っているだけなので、実情はどうなのかはあえて語っておりません。
他のヒロインは……どうでしょう。出る予定はありますが。
>アルコール様
褒めていただき、ありがとうございます。
横島らしい横島を描写するのは、やってみるとすごく大変です……。
長編展開は、漠然と考えていなくもないんですが、筆が回らないのが問題ですね。
>応援団様
応援ありがとうございます。頑張ろうと思います。
>jing様
横島っぷり、上手く表現できてれば御の字です。
>怒羅様
テーマの一つは「年齢差の逆転」なのですが、今後上手く描写できるか自分でもやや不安だったり。
横エミになるかどうかは、これからの話の転がり次第ですかねー。
作者の言うセリフじゃない気もしますが。
>紅蓮様
情けないけどカッコイイ。それが横島クオリティ。しかも、ウチの横島くんはある程度満たされて煩悩が抑制されてますからー。
この先、エミちゃんを可愛く描写できるかどうかがカギになりそうです。うわ難しそう……?
>ジェミナス様
なるべく読みやすく、と心がけて書いていますので、テンポがいいという評価は嬉しいです。
今話終盤なども、ふと気付くと心情描写がうだうだ続いて読みづらかったので、ばっさりカットしてみたり。
>Nameless様
う。立ち消えにならないよう頑張ります。私も、続きが気になるSSいっぱいありますので……。
>UG様
ふむふむなるほど。ご指摘ありがとうございます。参考にしてみます〜。
>木藤様
すいません、殺っちゃいました。>ベリアル
しかもあんな死に方で……。
確かにいいツッコミ力の持ち主でしたが、ヤツの喋り方は書くの面倒でした。(ォィ
きっと彼の跡は元相方のエミが継いでくれるでしょう……?
えーと、うっかり新規投稿してしまったので、一回削除して続編投稿し直しました。すいません、不慣れなもので……。
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