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「横島英雄伝! 〜The Heroic Legend of YOKOSHIMA!〜(GS)」

折房 (2008-05-18 22:36)
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第一話 黒い悪魔


「どこだここは……」

 GS横島忠夫は呆然と呟いた。
 無理もない。つい先程まで、山間部の再開発用地で頻発する行方不明事件の原因調査のため、奇妙な霊気の流れを感じる洞窟に踏み入っていたはずが、いつの間にやら街中に立ち尽くしていたのだから。
 いつもの格好(ジージャン+ジーパン+バンダナ+スニーカー)に加え、ウエストポーチとナップザックを装備した彼がいるのは、無機質なビル街の歩道上である。既に日が暮れており、車道では車がそこそこの流れを見せている。見たところタクシーが多いが、終電時間を過ぎているのかどうかはわからない。
 安物の腕時計に目を落とすと、時計の針は3時20分を指していた。

「いくらなんでも午前ってこたねえよな」

 それにしては交通量が多すぎるし、ビルの窓にもけっこう灯りがついている。と言うか洞窟に入ったのが午後3時前くらいだったのだ。試しに時計を耳に当ててみるとチッチッチッと小さな動作音が聞こえた。壊れてはいなさそうだ。

「何がどうなってんだ、こりゃ。――っと、原因はともかくとしてまずはできる限りの現状把握、か」

(いい、横島クン。適切な対処のためには正確な情報が必要なの。これは何も除霊に限ったことじゃなくて、何にでも当てはまる話よ。どうしたらいいのかわからなくなったら、とにかく情報収集に努めなさい!)

 雇い主の凛とした美声が脳裡によみがえる。

「うぃっす、美神さん……って、そうだ。携帯電話もらったんだった」

 ジージャンの内ポケットから取り出したのは、親子電話の子機に似た形の電話機である。表示部は小さく、モノクロ液晶で、番号も9桁だったりするが、1998年当時には最新の機種だ。

「えーっと、事務所の番号は……」

 まだ不慣れな手つきでメモリーを検索し、通話ボタンを押す。

「…………。あれ? 繋がらない……」

 よくよく見れば、圏外表示になっていた。こんな街中なのに、と首をひねるが、かからないものは仕方がない。周囲を見回して電話ボックスを見つけ、そちらに走った。ボックスの住所表示が目に入り、現在地が東京都心部であることを知ってホッとする。

「とりあえず場所はわかったか。何で突然こんなとこに移動しちまったのかはわからんけど」

 財布から取り出したテレカをスリットに入れ、暗記している美神除霊事務所の番号に掛け直す。

『お掛けになった電話番号は、現在使われておりません。番号をお確かめの上……』

「へっ!? 何で?」

 あわててやり直すが、何度掛けても結果は同じだった。美神の携帯やおキヌちゃんの携帯にも掛けてみるが繋がらない。

「んなバカな……!」

 公衆電話の下の棚に置いてあった電話帳を取り出し乱雑にめくる。職業別番号の、除霊業務関係のページを探す。

「美神……美神……美神……あ、あった! って、え?」

 ――美神美智恵除霊事務所。

「まさか……」

 おそるおそる電話帳の表紙を見直す。――1992年。

「おいおい!?」

 電話ボックスを飛び出し、周辺を走り回った。コンビニエンスストアを発見して飛び込み、入口脇のラックに差してある新聞の日付を確認する。
 1992年9月21日、月曜日。壁の時計は9時32分を指していた。

「時間移動――てかタイムスリップ……? マジかよ……」

 時間移動は意図するかしないかにかかわらず人為によるもの、タイムスリップは地脈や空間の乱れによる超常事故と分類されている。この数ヶ月間で詰め込み気味に学んだ霊能知識は多少なりとも身についていたようだ。しばし呆然と立ち尽くしていたが、現状が認識できれば色々と考えは巡り始める。正しい判断のためには正確な情報が必要――美神のアドバイスは実に適切だった。
 とりあえずコンビニを出て、顎の下に手を当てて考えに沈む。

「考えられる原因としては、やっぱあの洞窟か。いわゆる神隠しってヤツかな。てことは、霊気の乱れを修正すれば再発は防げそうやけど……もし行方不明になった連中が全員タイムスリップしてるとなると、完全解決は恐ろしく手間がかかりそうだなー、こりゃ」

 一応プロのGSっぽく分析を加えてみたりしていたが、はたと重要な事実に気付いた。

「ん!? じゃあ、俺って調査対象の霊障に巻き込まれて行方不明になってる間抜けなGSってこと?」

 さーっと顔から血の気が引いていく。

「ま、ままマズい! マズすぎる!!」

 何がマズいって、事務所の看板に泥を塗られた美神令子嬢の機嫌辺りが、壮絶に。

「一刻も早く戻らねばッ! できれば、向こうでタイムスリップした瞬間に! そして何もなかったことにできれば理想的!!」

 とは言え、美神相手に彼の嘘がバレなかったことなどないのだが。しかし、失態が世間的に発覚しさえしなければ、お仕置きのレベルは相当軽くなると期待できる。――シバかれるのは確定だとしても。

「てーと、帰る方法を考えないとあかんのだが……時間移動関係となりゃ、まずは隊長か。ダメなら妙神山に行くって手もあるな」

 頷いて、コンビニの軒先に設置されている公衆電話に向き直った。
 ちなみに、横島が現在同時制御可能な文珠は、安定して使えるのはせいぜい2文字。雑念を断って集中すればギリギリ3文字いけるか、と言うところである。自力での時間移動など望むべくもない。
 備え付けの電話帳をめくって、先程目にした番号にかけると、数回のコール音の後に回線が繋がる。

「あ、あの」

『お電話ありがとうございます。美神除霊事務所は9月9日より営業を停止しております。申し訳ありませんが、他の除霊業者にご相談いただくよう、お願いいたします』

「…………」

 ややかすれた録音音声がスピーカーから聞こえてきた。留守番電話のメッセージだろう。

「この声……隊長じゃなくて、美神さん……?」

 聞き慣れた声より幼い印象だが、おそらく間違いない。よくよく聞けば、声音は何かを押し殺したように平板で、語尾はかすれがちだ。

「待て、6年前? 営業停止……。あ……!」

 美神美智恵が死を偽り行方をくらました年。それが1992年だった。と言うことは、この時点では美智恵はアフリカだかアマゾンだかの夫のフィールドワーク先に押しかけているはずで、連絡を取るのは極めて困難である。少なくとも今日や明日には無理だろう。

「てことは……。……美神さん……」

 先程の声は、最愛の母を『亡くした』ばかりの美神令子の、哀しみを押し殺したものだったのだろう。
 横島は黙って受話器をフックに戻した。例えばヒャクメのサポートを受けて美神令子に協力してもらえば時間移動は可能だが、今の彼女にそれを強いるのは酷だし、それ以前にそんな能力を秘めているのをこの時点で知られるわけにはいかない。事後に《忘》の文珠で忘れさせるという手も考えられなくはないが……。

「さすがにそりゃマズいだろ」

 いくらなんでも無神経に過ぎると言うものだ。どうしようもなくなれば考慮せざるを得ないだろうが、今の段階ではまだ早すぎる。
「だとすると、まずは妙神山か」
 幸い、正規のGS資格を発行してもらって以降のここ数ヶ月は時給が上がり、また実務に対する歩合制でも給料をもらっているため懐は温かい。と言っても、染み付いた貧乏性ゆえか、財布に大金が入っていると落ち着かないので手持ちはそう多くはないのだが、妙神山近傍までの交通費くらいは何とか賄えるだろう。どこかで夜明かしして明日の朝に駅に行こう、と方針を定める。

「はぁ〜、にしても何でこんなコトになってんやろ? ホントならぱっぱと仕事を片付けて美神……いや、令子さんとご褒美にあんなコトやこんなコトをしてもらうハズだったのに! このまま帰れなかったらどうしよう!? ようやっと俺にもオトナの関係のカノジョができたってのに、ほんの数ヶ月でパーかっ!? 神サマはそんなに俺がキライなんかー!?」

 まだ戻れないと決まったわけでもないのに目の幅涙を流して空に叫ぶ横島。夜空を背景にイイ笑顔でサムズアップするキーやんの姿が見えたとか見えなかったとか。


 警察官が通りがかれば職質間違いなしの不審っぷりを全身で振り撒いていた横島だが、神に文句をつけるのも飽きたのか、腕組みをして再び考え込み始めた。

「今夜はどうすっかなー。まだ腹は減ってないからメシは後でもいいとして、まずは宿か。漫画喫茶ってこの頃あったっけか? あるいはカプセルホテルでも探すか?」

 とりあえず目先のことについてのようだ。既に夜の9時半を回っているため、勢い検討対象は簡易宿泊施設に限られる。まともな旅館やホテルだとどうしても偽名で記帳せざるを得なくなるし。

「だけど金も惜しいしなー。6年後の口座が使えるとも思えんし」

 当たり前である。財布を取り出し、ちうちうたこかいな、と所持金を確認。わかってはいたが、それほど余裕があるわけではない。

「今んとこ手持ちだけが頼りだかんな。……一晩だけのこったから、公園で夜明かしすっかな?」

 9月半ばなら野宿しても風邪はひかんだろう、と決め込む。粗食時代にも簡単には壊れなかった体であるから、丈夫さには自信があった。

(……偽名で記帳、か)

 当然この過去世界で本名を名乗るわけにはいかない。ここでは未だ小学生の『横島忠夫』が両親と暮らしているはずだし、どこかで下手に名前を残して未来が変わってしまってもマズい。

「待てよ。だけど、過去に干渉したらマズい……のか?」

 考えてみれば、とっくに過去には干渉しまくっている。千年前の平安京。そして十三世紀のヨーロッパ。

「何だっけ……時間の復元力がどーとか。ヒャクメに聞いたんだったか?」

 過去に時間移動して色々やらかしても、全体として歴史の流れはほとんど変わらない。それは時間に元々備わった復元力が強力だからだ。事実、美神と一緒に過去で暴れ回って現代に戻っても、行く前と何ら変化はなかった。まあ、だからと言って……。

「おおっ! てことは『ここ』で何をしても別段問題はない? オールオッケーなのか!?」

 てなワケではもちろんないのだが。

「ま、そうもいかんか……。小竜姫様とかヒャクメとかはしょうがないにしても、知り合いとは会わない・話さない、本名は名乗らないってコトにしとかんと、ここの俺にどんな影響が出るかわからんもんな」

 何せ時間の復元力と言っても万能ではない。加えた干渉の度合いによっては、数百年後から見れば大差はなくても、横島が生きている間の出来事くらいはがらりと変わってしまうことも考えられなくはなかった。

「どうなるかわからん以上、うかつなことはできん」

 横島とは思えないほど真っ当な結論に達し、決意を込めて拳を握った。

「ここでヘタな真似をして、未来に帰ったとき令子さんをモノにしたことがチャラになってたりしようもんなら、もー後悔してもし切れんからなっ!」

 訂正。実に横島らしい結論に達したようだ。
 過去への干渉自粛と無名性の維持、と言うのを改めて基本方針に定めたところで、横島は急にビクッと震えて辺りを見回した。強烈な悪寒が背筋を貫いたのだ。

「うぉっ? 何だ、急にヤバそうな感じが……!?」

 悪霊か? と身構えながら周囲の気配を探る。

「あれ、でも霊気とは何かちゃうような……?」

 自信なげに首をひねりつつも、ぐっと腰を落として臨戦態勢を取った。どんな事態にも即応できるよう両手に霊気を収束する。状況判断の早さは、何度も修羅場をくぐり抜けて鍛え上げられた危機対処能力の発露である。同時に思いっきり腰が引けていたりもするのだが。

「しょうがないやろ!? 多少強くなったかて怖いモノは怖いんやー!」

 誰に言い訳しているのだろうか。
 意味不明の言動をかましている間にも、どんどん彼の言うところの『ヤバい感じ』が強くなっていた。

「どっから来るんだ……?」

 焦って周囲に視線を巡らせ続ける。横島は異常に目がいい反面、「見えないモノ」を察知する類の気配感知系の能力は今イチ低く、これまでその手のスキルが十全に発揮されたのは、ギリギリ命の危機にさらされた場面か、著しく煩悩を刺激された場面に限られている。

「――そうだ! そう言や見鬼くん持たされてたんだっけ」

 バックパックの中の霊具を思い出すが、取り出す必要はなかった。

『キーッキキキィイイーーーーッ!!』

 ――ガシャアアァァァンッ!

「……ぁぁぁぁああああっ!!」

 何者かの哄笑と破壊音、そして女性の苦鳴が聞こえてきたからだ。

「真上か!?」

 直上を振り仰げば、夜空を背景に、ビルの屋上から吹き飛ばされる黒い影が目に映る。

「おおっ? 美人のねーちゃん!」

 傍らのビルは十数階建てで、当然その高さまでは街灯の光も届かない。距離と暗さとで輪郭を把握するのも難しいというのに、何故そんな特定が可能なのか。

「この俺の煩悩が叫んでいるからだッ!!」

 と言うことらしい。

「ハンズ・オブ・グローリー!」

 霊気が右腕に収束し、燐光を放つ籠手となって発現する。自ら《栄光の手》と名付けた、横島の霊能力の一つである。霊能の勉強を始めてから、実は悪趣味な魔術具と同名だったことをようやく知ったのだが、既に口に馴染んでしまっているため今さら変えられない。
 宙空の人影に向けて右手を突き出し、叫ぶ。

「伸びろッ!!」

 ギュンッ! と唸りを立て、霊気の腕がセリフ通り、夜空を貫いてまっすぐ伸びた。
 狙いたがわず、虚空に放り出されていた人物に栄光の手が到達する。「掌」を背中に沿え、勢いと落下速度を殺しつつ真下に走り込んだ横島は、最後に栄光の手を消して落ちてきた相手を受け止めた。

「……よっ、と」

 右手で背を、左手で膝裏を支える、いわゆるお姫様抱っこである。

「よっしゃー! やっぱ美人……って、のぁああああっ!?」

 横島は腕の中の女性を見下ろして、驚愕の声を上げた。半ば本能的に察知したとおり、美形の女性ではある。見たところ15〜16なので美少女と呼ぶべきか。十代半ばであるのにプロポーションも見事だ。手足はすらりと長く、きゅっとくびれたウエストが悩ましい。胸の膨らみは同世代の平均は確実に上回るボリュームを持ちながら優れた造形美を誇り、なおも成長の余地を感じさせる大人びた麗峰だが、先端にちょんと乗ったような小さな蕾は桜色で、慎ましく愛らしい。
 何故そんなところまでわかるかと言うと、彼女の衣服は胸元が引き裂かれて全てが剥き出しになっている上に、猛獣の爪痕を思わせる三条の傷が走り、大量の血が流れ出し始めているからだった。噴き出すまではいっていないので心臓や太い動脈まではやられていないようだが、重傷には違いない。放置すればおそらく致命傷だ。

「――っと。マズい」

 かがんで前に出した片膝に彼女を座らせるようにして、自由にした左手に意識を集中した。手の中にビー球を思わせる透き通った球体が出現する。彼の霊能力の切り札で、異能中の異能と言って差し支えないシロモノ。霊力を凝縮して漢字一文字のキーワードを込めることにより特性を定めて発動させる、ある意味何でもアリの反則技――《文珠》である。
 文珠に《癒》の文字を込め、少女の傷口に押し当てると、柔らかな緑色の霊力光がほとばしった。無残な切り傷が見る見る塞がっていき、ほんの数秒で跡形もなく消えてしまう。専門の心霊治療師(ヒーラー)でもここまで劇的な治癒能力は発揮できまい。
 傷痕どころか血痕一つ残っていない艶やかな乳肌をじっくり観賞しつつ、彼は素早く目を走らせて美少女の他の外見的特徴を再確認する。
 横島が驚かされたのは、生々しい裂傷にでも、エロエロしいナマ乳露出にでもなかった。
 毛先に行くほど癖が強くなるロングの黒髪。艶やかな小麦色の地肌。山猫を思わせる野性味のある顔立ち。で、スタイル抜群の美人とくれば、あまりにも心当たりがありすぎる。
 当然記憶にあるより若い姿ではあるのだが――。

(どっからどう見てもエミさんやないか!?)

 雇い主とライバル関係にあるGS、小笠原エミその人にまず間違いなかった。


 事故でタイムスリップした先で、いきなり知り合いに出くわす確率と言うのはどれほどのものか、と思ったが、顧みて自分の異状事への巻き込まれやすさを検証すれば、このくらい当然のようにも思えてくる辺りが非常に悲しい。
 が、それはともかく。

(知り合いに会わないようにしようとか思った途端にコレかよ! うぁー、マズいったらマズい! ……このままではヒジョーに面倒な事態になる!)

 直感した横島の顔面を、だらだらと冷や汗が流れる。この1年あまりで数え切れないほどのトラブルに巻き込まれて磨かれた危機感知能力と霊能力とが、激しく警鐘を鳴らしていた。

「えぇいチクショー! 何でいつもいつも俺ばっか厄介なメに……!」

 美神がいたなら即座に「日頃の行いのせいに決まってるでしょうが!」と突っ込みを入れただろう。現に今も、口では泣き言をこぼしながらも、鼻息を荒くして露わな美乳を注視しつつ、背中から回した右手で横乳を微妙に撫でていたりする。理性を消し飛ばして押し倒そうとしないだけ以前より多少マシになってはいるのだが、それでも充分通報レベルの性犯罪者ぶりではあった。

「うーむ、それにしてもええ乳やなー。確か美神さんと同い年だから、6年前ってーと今15かな? 将来さらなるサイズアップは約束されてるにしても、この年で既にこのボリュームとは侮れん」

 ぐびびっ、と喉を鳴らし、はーはーと熱い息を吐きながらじっくりとお宝観賞を続ける横島。大怪我を負った衝撃で意識が飛んでいるらしい少女だが、煩悩まみれのおぞましい視線を本能的に感じたのか、乳肌にぞわぞわっと鳥肌が浮いた。

「……うおお、実にやーらかそうだが、ここでこの乳に顔を埋めてしまってはさすがにもー我慢できん! 耐えろ! 耐えるんだ俺っ!!」

 いくら何でも過去のエミさんに手を出したりしたら取り返しがつかん! てーかもし取り返しがついても、それで元の時間に帰って令子さんにバレたら、冗談抜きで抹殺されるし! などと自分に言い聞かせつつ煩悩と理性(と言うかお仕置きへの恐怖)のせめぎ合いを続ける横島。
 だが、モロ乳に見入りながら妄言を垂れ流している段階で、既に理性などろくに働いていなかったのだった。
 彼を取り巻く状況は、悠長にセクハラをかましていていいようなものではなかったのだから。

『キキィ! 何だ、生きてんじゃねえか、エミィ! キヒヒヒヒッ!!』

「――ッ!? しまったあぁー! そー言やエミさんを吹っ飛ばしたヤツがいたんだっけ! 忘れとったーーーーっ!!」

 煩悩にかまけて危険をすっぱり見過ごしていられる辺りは、実に横島である。
 慌てて顔を上げると、まさに彼らめがけて落下してくる黒い異形と目が合った。

「どわぁぁあああああっ!?」

 振るわれる魔爪を間一髪すり抜け、不恰好ながらやたらとすばしっこい走り方で逃げ出した。――と言うか、平たく表現すればゴキブリのよーな走法だ。
 距離を取って確認すると、襲って来たのは黒くてでかくてトゲトゲしている、何やら物騒な感じの化け物である。

「うえっ? 悪霊じゃなくて魔族!? ヤバい、ヤバすぎる!!」

 ひと目で判別して顔を蒼くする横島は、道理で霊気とは違う感じがー! と納得しつつ滝汗を流した。彼の知っている魔族、あるいは悪魔と言えば、ナイトメア、パイパー、ハーピー、メドーサ、ヌル、ベルゼブル、デミアン、ワルキューレ、ジークフリート、メフィストフェレス、菅原道真、グーラー、ガルーダ、別格でルシオラ・ベスパ・パピリオの三姉妹、さらに枠外で魔神アシュタロスといったところだが、シミュレーションバトルならともかく、実戦においてはどの相手にも自分一人でまともに勝てた例(ためし)はなかったりするのだ。……グーラーとは「まともには」戦ってないし。強力な敵に対した場合、大人数を揃え、罠や挑発や不意討ちなどの裏技を駆使して冷静さを奪い、寄って集(たか)ってぼてくりこかす。それが横島と仲間たちの基本戦術だ。「ギャグに落として袋叩き」と言い換えてもいい。
 ――つまりは、強敵と一対一(サシ)のガチバトルなんかで勝てる気は、ちっともしないわけで。

「この魔力……最低でも中級以上じゃねーか!? ますます勝てるかーーーー!」

『キキキッ。ちょっと見ただけで俺の魔力量を見極めるとは、なかなか良い眼をしてるキィ! レベルの差がわかってんなら、大人しくその女を渡せば、見逃してやってもいいぜぇーーーー。どうするキィ?』

 剥き出しの鋭い牙をぞろりと舐めて笑う黒い悪魔。実に凶悪な面構えだ。

「くっ! エミさん見捨てるわけにいくかよ!」

 だらだらと冷や汗を流しながらも、表情を引き締めた横島はそう見得を切って身構える。
 高まる彼の霊気を感じて、魔族はいっそう邪悪に笑みを深めた。

『ほぉ〜〜? 俺とやろうって……』

「戦術的撤退ーーーーッ!!」

 だああああっ! とひっくりこける魔族。あまりにも絶妙のタイミングで間をはずされてしまった結果だ。
 横島は宣言どおりに、180度回頭して全力ダッシュをかます。女性一人を抱えているとは思えない快足で、あっという間に距離を稼いでいく。

『こっ、こらーーーー!』

 いい感じに盛り上がった戦意を見事に空振りさせられて、魔族は思わず抗議の声を上げた。

「わははははーー! 貴様のようなヤバげなヤツと、まともにバトルなんざやっとれるかーっ! あーばよーっ」

『クキィイイイーーーー! コケにしやがってぇええええーーーーッ!!』

 理由はわからないものの、エミを狙っているようだし、こうやって怒らせればまっすぐ追ってくるだろう。その目論見は上手く当たった。問題は……。

「げっ! 速ぇ!?」

 ちらっと振り返ると、予想以上の猛速で追撃にかかる黒い影が確認されたことか。

「……ん、ぁふ……あ、れ……?」

 ちょっぴり悩ましい声を上げて、横島の腕の中で少女が薄目を開けた。大声の応酬と揺動とで意識を取り戻したらしい。

「おお、エ……じゃない、お嬢さん、気がついた? んで、早速で悪いが、後ろのヤツの弱点とか知らない!?」

 やや朦朧としていたエミだが、至近にある引きつったバンダナ青年の顔を見て、その肩越しに背後を見やると、途端に瞳に鋭さを取り戻した。

「――ベリアル!?」

 凄まじい勢いで迫ってくる黒い悪魔を目にして、瞬時に意識を失くすまでの経緯と現状とのすり合わせを行う。

「どうやら、おたくが助けてくれたみたいね」

 ベリアルの爪をまともに食らってビルの屋上から吹き飛ばされたはずなのに、見知らぬ青年に抱きかかえられてそのベリアルから逃走中というのは、何らかの手段でこの男が墜落死から救ってくれたからに違いない。
 そう言えばざっくりと胸元を切られたはず、と視線を落として、ボッと顔を赤くした。
 剥き出しの双丘をそそくさと両手で隠しつつ、痛みもなければかすり傷すらもないことに気付いて驚愕する。まさかそれもこの男が……?

(只者じゃなさそうね)

 だがそれを詮索している余裕は今はない。

「今回、あいつがあの姿でいられるのは666秒だけなワケ! その間逃げ切ればこっちの勝ち!」

 重要なポイントだけを手早く告げる。

「ろっぴゃく……って10分以上やないか!?」

 そんなに保つかー! と必死の形相で喚く横島だが、エミもそーだろーな、と納得する。

「……ま、しょうがないわね。せっかく助けてもらったけど、危なくなったら一人で逃げてもらっていいワケ。アイツがあたしの命だけで満足するかはわからないけど……!?」

 ガツン。

 こっちもタダでやられてやる気は、と続けようとしたエミの台詞は、横島の軽い頭突きで中断した。

「バカゆーな。ここで見捨てるくらいなら最初から助けとらんわ! とにかく、時間制限以外にアレの弱点はわからないんだな!?」

「え、ああ、うん」

 実は思いっきり面食いのエミは、命の恩人であっても彼は恋愛対象としては『問題外』レベルだと頭のどこかで値踏みしていた。そのはずだったが、今一瞬だけ見せた引き締まった表情は意外なほど凛々しくて、どきんと胸が高鳴る。お姫様抱っこにされていることも改めて意識され、今さら恥ずかしくもなってくる。胸を剥き出しにしていたのに気付いたときとは微妙に異なる熱が、再び顔を火照らせた。
 などとやり取りしているうちに、ついに最初に稼いだアドバンテージがなくなる時が訪れる。

『キキキッ! 追いついたぜぇえええーー! 死ねぇええええーーーーッ!!』

 親切にも予告して振るわれた、だが残像も見えない超速の袈裟斬りを、「うひょお!?」などと奇声を発しつつも、横島は後ろも見ずにひょいっとよけた。

『んな』

「え」

 必殺の魔爪をあまりにもあっさり回避してみせた横島に、ベリアルとエミの目が点になる。しかも逃走速度は微塵も落ちておらず、たたらを踏んで立ち止まった追跡者との距離が瞬く間に開いた。

『ま、ま、待てオイ』

 慌てて再度追いつき、今度は一撃にとどまらず縦横無尽の連撃を加える。

「おひょっ! ひぇえっ! なんとぉおお!?」

 いささか以上に不恰好ながらも、それをことごとく躱しきる横島。それでいてやはり逃げ足はまったく変わらない。少女一人を抱えていながらここまでの機動性を発揮できるとは、さすがのベリアルにも完全に想定外だった。

『何だそりゃーー!? お前本当に人間キィッ?』

 そう突っ込みたくなるのも無理はない。もっともその間にも、魔爪の高速斬撃はゆるまず続いているのはさすがではあった。一発食らえば即、お陀仏なのは間違いない。
 ……のだが。

「ふ、ふははははっ。当たらなければ、どうということはないっ!」

 ということだった。

『ケッ! お前のツラでそのセリフ吐いても似合わんキィイイ!』

「じゃかましい! カオのことはゆーなぁあっ!! ってか突っ込むのはそこかよっ?」

「…………」

 常人には視認するのも困難な、凄まじい攻防(一方的な攻撃とひたすらの回避だが)が切れ目なく続いているというのに、その傍らで交わされる会話の緊張感のなさはどーゆーことか。いまだに抱きかかえられたままのエミは、間抜けな発言の応酬に頭痛を覚えて額を押さえた。命のやり取りをしているはずなのに、ツッコミ役のドツキをよけてさらにボケ倒すコントに見えてくるから不思議である。

(てか、妙に息が合ってるワケ、こいつら)

 実は相性がいいのかもしれない。
 とは言え、既に半ばギャグに落とされつつあるベリアルは内心かなり焦っていた。

(チィ、コイツの回避能力、人間離れしてるキィ! ま、まさか、このまま時間いっぱい逃げ切られたり……?)

 たらりと冷や汗が流れる。ありえないと言えない辺りがコワい。

(冗談じゃネェ! これほどのチャンスはもう来ないキィ。あと3年もエミにコキ使われるのはゴメンだゼェ! 絶対にここでエミをブッ殺して自由の身になってやるキィ!)

 だが、このままでは本当に躱し切られてしまう可能性も考えられる。現状では決め手に欠けるのだ。
 しかし一方、横島も見た目ほど余裕があるわけではなかった。
 何しろ一度でもよけそこなえばそれで終わりであるし、かかっているのは自分の命だけではない。

(うひぃーー! 死ぬ死ぬ死んでしまう〜〜〜〜!!)

 体力的にはまだもつとは思うが、精神にのしかかるプレッシャーは尋常ではない。減らず口を叩きながらも、神経をヤスリで削られていくような心地を味わわされていた。このまま十分近く凌ぐなどというのは到底無理っぽい。

((このままではマズい!))

 結局、ほぼ同時に同じ結論に到達した。――やっぱりこの二人、気が合いそうではある。


 さて、夜の10時前とは言え東京都心部のオフィスビル街である。この騒ぎが人目につかないわけはなかった。少ないながら通行人はいたし、車はけっこう走っているし、路上に人影は少なくともビルの中ではまだそれなりの数のサラリーマンが残業していた。

「わっ! 何だ!?」
「怪物!?」
「誰か襲われてるぞ!」
「……って、ものすごい勢いでよけてる!?」
「ドラマか映画の撮影か?」
「いや、あれ霊障とかじゃないか」
「な、何かヤバそうだな」

 君子危うきに近寄らず、と逃げにかかるのがもっとも正常な感性の持ち主である。もう少し気の利いた者は、ついでに通報を行なった。ICPO超常犯罪課――通称オカルトGメンの日本支部は、この時期にはまだできていないので、通報先は警察だった。

「うおっ。凄ぇ」
「ナマでバケモン見るの、俺初めてだ」
「もうちょっと近くで見てみようぜ」

 が、中にはこういう類の、生存本能の回路がどこか断線してるんじゃないか? てな感じのしょーもない連中もいたりする。いわゆる野次馬と言うヤツだ。
 ベリアルが目をつけたのはこれだった。
 いきなり加速して横島を追い越し、跳躍したかと思うと、進路上のビルの窓から物見高く顔を出した背広を着た二十代男性の首を引っつかむ。

「うわぁああっ!?」

 まさか三階の窓からかっさらわれるとは思ってもいなかったのだろう、驚愕に満ちた悲鳴が上がった。横島の前方に着地した魔族は、捕まえた人間の首を握って、見せ付けるように差し上げた。

『キヒヒヒヒッ! さあ、コイツに限らず、周りの人間の命が惜しけりゃ……っと、わざわざ言わなくてもわかるキィ?』

 ギチッ! と爪が首筋に食い込むと、ようやく状況を理解したらしく、顔を真っ青にした男が弱々しく苦鳴を上げる。

「ひぃっ……た、助けてくれ……」

 さすがに横島も足を止めて、GSと妖魔とが正面から睨み合った。「コイツに限らず」と注釈したからには、エミを渡さなければ無差別殺戮に走る、と宣言したに等しい。が、はっきりそうと言ったわけではないため、周囲の野次馬連中はそこまで理解してはいなかった。一人が捕まったので、より遠巻きにはなっていたが、雪崩を打って逃げ出したりする様子はない。
 つい先日までは殺し屋だったエミだが、その魂は純粋だった。罪のない一般市民が虐殺されるのを見過ごすことなどできはしない。彼女が殺した相手は、どうしようもない悪党に限られてはいたが、自分の手が血に汚れているのは紛れもない事実だ。
 自分一人の命で済むのなら……。
 少女は悲壮な覚悟を固めた。

「ちょっとおたく、悪いけど降ろし……」

 と、少女を抱えた青年はくるりと後ろを向き、すたたたたっと走り出した。

「てぁっ!? って、ちょっと!?」

「喋ると舌噛むぞっ!」

「いや、待って。おたく、この状況で逃げていいと思ってるワケ!?」

 何やら揉めながら遠ざかる背中を呆然と見送っていたベリアルは、ふと我に返ると泡を食って怒声を浴びせた。

『コラコラコラーーーー! お前、人としてそれでいいと思ってるキィ!?』

 至極もっともな非難ではあるのだが、人道について魔物に説教されるゴーストスイーパーとゆーのこそ、人としてどーなのか。
 その点、横島も多少は自覚があるのか、魔族に言われる筋合いはない、などとありきたりな切り返しはしなかった。
 首だけ振り向いて――。

「美女ならともかく、見ず知らずの野郎のために張る命はねえっ!!」

 きっぱり言い切った。いっそ潔いほどである。聞いていた野次馬も一瞬、まーそりゃそーかな、と納得してしまうくらいに。
 さすがのベリアルも数瞬間、思考が空転した。

(なんか本気っぽいキィ!? なんつーヤツ……これじゃ人質は効かない? いや待て「美女ならともかく」とか言ってるし、若い女を捕まえれば……)

 強引に基本戦術の立て直しを迫られ、混乱に陥る。そのために、注目すべきポイントを一つ見落とした。――それは先程と違い、横島の逃走速度が普通の人間並みだったことだ。

「美少女は人類の宝だっ! それを守るためなんだから、捕まってるにーちゃんも納得してくれることだろう! ……アンタの尊い犠牲は忘れないからなー!」

 などと勝手な妄言を垂れ流していっそうの脱力を誘いつつ走っていた横島の輪郭が、ベリアルの視界内で突然ブレた。

『…………へ?』

 ドンッ! と爆発音が聞こえたかと思うと、ある意味完全に気を抜いていた悪魔の懐に、青い旋風が現れる。

「――ハンズ・オブ――」

 きらめく霊波の刃が、黒い魔物の鳩尾にまっすぐ突き立てられた。

「グローリー!!」


...to be continued!

The next story is ...
Patr2 : ”The innocent blade”

――――――――――――――――――――――――

あとがき

 はじめまして、折房と申します。
 こちらのサイトはいつもROM専で楽しませていただいていましたが、供給されるばかりでなくこちらからも供給してみようかな? と思い立ちまして投稿してみました。
 ちょっとでも楽しんでいただければ幸いです。
 よくある逆行(過去移動?)モノではありますが……。

 第二話は完成しているので明日にでもUPできると思います。
 先の方は書けていないので見切り発車もいいところなのですが、五〜六話は続けようかなー、と思っておりますので、よろしくお付き合い願えれば幸いです。

 一応初期設定を挙げておきますとこんな感じです。
・原作終了後数ヶ月(具体的には18歳の誕生日から2〜3ヶ月後)
・正規GS免許取得済み
・美神さんと深い仲になってたりします
・文珠の同時制御は戦闘時に二個、集中して三個がせいぜい
・文珠の生成速度は三日で一個程度(通常時)
・年代設定は横島タダスケ氏(未来横島)のGS免許の生年月日に準拠しています

 初めての投稿なので、読みにくいところや直したほうがいいところなど、教えていただければありがたいです。
 ではでは。

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