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「DAWN OF THE SPECTER 26(GS+オリジナル)」

丸々&とーり (2008-05-11 22:13)
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オカルトGメン東京本部。
早朝の一室で、一人の少年が熱心に過去の資料をめくっていた。
8月という真夏の季節。既に周囲は明るくなっているが、まだ街は寝静まっている。

「……見つけた……南武グループ事件。」

それは大霊障の数ヶ月前の出来事。
大まかに言ってしまうと、日本有数の大企業である南武グループの心霊部門が、魔族と手を結んで違法な実験の数々を行っていたというものだ。
一時期ニュースやワイドショーで連日連夜取り上げられていたのだが、あの大霊障のおかげでそれ以後はすっかり忘れ去られていた。
ピート自身、まだオカルトGメンに入隊していなかったので、あまり注意して見ていなかった。
だが、昨夜の横島の言葉によって、詳しく洗ってみようと考えたのだ。

当事者の一人だった横島によると、そこでは魔族や魔獣の実験が行われており、その性能を試す為に美神除霊事務所に依頼がきたらしい。
結果、相手の力を見誤った南武グループは、自ら招いた美神の手によってプロジェクト自体を壊滅に追いやられたと、いう顛末だった。
その研究施設で、横島は培養される様々な生き物――無論、自然界には生息していないような類のモノ――を目にしていた。
そして彼らの最高傑作として、魔族までもが培養・育成されていたのだ。

「……あれ……おかしいな。」

資料をめくっていたピートは眉を寄せる。
捜査結果として記述が残されていたのは、違法な心霊兵器を開発していたという証拠だけなのだ。
あくまで悪霊・幽霊を兵器化するという物で、魔獣・魔族に関しては全く触れられていない。

「捜査責任者は……秋 雄二……って、今の長官じゃないか!」

四年前、美神美智恵が長官を退いた後、後釜として長官に就任したのがこの秋雄二という男だった。
その仕事ぶりは実直で有能。美智恵のような派手さは無いが、彼の堅実なやり方は捜査員の頃から有名だったらしい。
美智恵、西条が日本支部から離れた以上、彼が責任者として就任するのは自然な事に思えた。

ちなみに、オカルトGメンには霊能という特殊な素質も必要とされる為、役人や政治家の天下り先にはならない。
故に、優秀な捜査官兼霊能力者が長官の任に就くのが慣例となっていた。

「横島さんの勘違い、か……?」

ろくな知識も無かった、高校時代の横島の記憶だ。
何かそれらしいものを見て、間違った認識をしてしまったのだろうか。
だが、昨夜の横島はかなり具体的な内容を話してくれていた。
ガルーダという培養魔族が存在したのは確かだろう。

当事者の残り二名である美神とおキヌに話を聞ければ、とも思ったが、多忙な二人だ。
大した根拠も無しに押しかけるのは、流石に気が引けた。
直接話を聞かずとも、裏を取る手段は幾らでもあるのだ。

裏を取る方法は後で考えるとして、横島の記憶が正しかった場合はどうなるだろうか。
もし横島が正しいとするなら、これは明らかな情報操作だ。
あの優秀な秋捜査官――現日本支部長官――が杜撰な捜査をするとはとても思えない。
となると。

「まさか、捜査記録を改ざんした……?」

不穏な言葉を口にしてしまい、思わず周囲に目を配る。
だが、流石にこんな時間から出勤している人間は外にいなかった。

何が真実であるにせよ、確かにこれは一度調べてみる必要がありそうだ。
ただ、目下調査中の魔獣の大量殺戮に関係があるかと言われれば……自信は無かった。

――――いや、この生き残った須狩という研究員の話は何か参考になるかもしれない。

資料によれば、もう一人の茂流田という研究員が主犯のようだが、彼は既にこの世にいない。
なら、せめて生き残った須狩の話だけでも聞いておこう。
もし横島の話が正しければ、彼女は魔獣の生態などにも精通している筈なのだ。

捜査の矛先を定めると、ピートは須狩の投獄先を調べるべく別の資料に手を伸ばすのだった。


「唐巣君、試験官としての君の役割は、彼らの取る行動がGSとして正しいかを判断する事だ。
霊圧や身体能力などは計器で測定できるが、行動の正否の判断は君のように現場で鍛えあげた熟練者でないと出来ないのだから。」

試験開始前、東堂老人と唐巣神父は最後の打ち合わせを行っていた。

「全員、同時に試験を開始するが心配しなくて良い。
試験の内容は全て記録してある。何度でも見直す事が可能だ。」

唐巣神父といえど、流石に数百人の人間の行動を全てチェックするのは不可能。
だが、記録を取っているのなら、その問題は解消できる。
途中棄権した者はそこで終わりになる以上、後は試験を通過した者だけを採点すれば良い。
予定では、この二次試験で十数名程度まで削る事になっていた。

「東堂支部長、二次試験で十名程度まで絞り込むとの事ですが、もしもそれ以上に残ってしまった場合はどうするのですか。
彼らは皆、経験を積んだ優秀なGSです。式神が相手ではそこまでの人数まで減らないのでは?」

二次試験は、特別に作り上げられた異空間での実技試験となる。
参加者は異空間で式神を相手に一人で戦い抜かなくてはならない。
とはいえ、所詮は式神だ。多対一であったとしても、優秀なGSならそうそう遅れを取る事も無いだろう。
唐巣神父の心配を聞き、東堂老人も同意するように頷く。

「確かに、君の言う通りだ。通常の式神では役不足と言わざるを得ないだろう。
だが、今回の試験で使役する式神は――――」

コンコン、と扉がノックされ、唐巣神父が振り返った。
試験開始にはまだ時間がある。来客だろうか?
予期していた東堂老人は相手を確かめる事も無く、部屋に招きいれる。

「ちょうど良いタイミングだ。この選抜試験の協力者を紹介しよう。
なに、君も面識がある人物だよ。」

東堂が入室するように促すと、ギィと蝶番を軋ませ、若い男が部屋に入ってきた。
長く艶やかな黒髪を結び上げ、長いまつ毛と切れ長の瞳。
ともすれば女性と見間違えてしまいそうな中性的な容貌の持ち主だった。
その青年を目にし、唐巣神父は驚きの――しかし、どこか納得したような――声を上げる。

「なるほど、確かに彼が協力してくれるのなら問題なさそうですね。」

青年は柔らかな笑みを浮かべ、二人に一礼した。

「どうも、おひさしぶりです唐巣さん。
今回は当主代行として精一杯協力させてもらいますんで、よろしゅうお願いします。」

「二年前に冥子くんとの結納に立ち会って以来だからね。
式神のエキスパートである君が手を貸してくれるとは心強いよ、鬼道君。」

鬼道と呼ばれた青年は、照れたように髪をかき上げた。

「あはは、いややなぁ唐巣さん。僕はもう『鬼道』やないですよ。」

鬼道青年と唐巣神父は互いに力強く握手をかわしている。

「そうだね、それじゃあ正式に六道家当主代行とお呼びしようかな。」

式神使いの名家、六道家と鬼道家は二年前に鬼道政樹が六道家に婿入りすることで統合されていた。
実際は衰退しつつあった鬼道家が、大きな力を持つ六道家に吸収された形なのだが、当人たちには些細な事らしく、神父も二人が円満な家庭生活を送っていると伝え聞いていた。

「本来であれば、六道家当主である彼女に来て頂くのが筋なのだが。
身重の女性に無理をさせる訳にもいかんのだよ。」

それを聞いた鬼道と神父は、顔を見合わせ苦笑いを浮かべていた。
冥子自身の霊力はずば抜けて高いが、彼女は十二神将以外の式神はほとんど扱えないのだ。
そして、もし仮に冥子の顔を立てるために、十二神将を相手に試験を行うとすれば、死人の山を築く事になりかねない。

「そういえば、今で何ヶ月だったかな。そろそろじゃないのかい?」

「ええ、そろそろ9ヶ月ってとこらしいです。年内には産まれるやろうって医者も言うてました。
出産より、一時的にでも十二神将を取り上げられる事の方が不安みたいでしたけどね。」

苦笑しながら、鬼道が懐から十二枚の札を唐巣に見せる。
優秀なGSを選抜するとなれば、名家の六道家としては参加しなければならない所だが、今回は当主が身重という事で参加を見合わせていた。
だが強力な力を持つとはいえ、六道冥子が参加したとしても――能力と精神のバランスが極端に取れていないため――結果は火を見るより明らかだろう。
なので六道家としては、このタイミングでの選抜試験は好都合だった。

むしろ、参加者としてではなく協力者として試験に関わり、後々までGS協会と良好な関係を築く方がより効率的なのだ。
そういう考えのもと、六道家に婿入りした鬼道政樹がこうして出向いてきたのだった。

「……失われた命があれば、新しく生まれる命がある……喜ばしい事だ。」

鬼道と唐巣神父の話を聞いていた東堂老人が、誰に言うでもなく呟いていた。


試験番号順に一列に並ばされた集団が、一人ずつ順番に扉を開けて小部屋へと入っていく。
既に先程、今から始まる実技試験についての説明は済んでいたのだが、いまいち理解できていない横島はそわそわと周囲を見渡していた。
どうやら特別に作られた異空間内で式神を相手に戦うようだが、詳しい内容まではわかっていなかった。
もっとも、横島としては『式神と戦う』という事より、『得体の知れない空間内に放り込まれる』という事の方に危機感を抱いていたのだが。

ちなみに主催者側も、現状残っている人間は一次試験である知識試験を突破している事を前提に話を進めていたので、術式の必要最低限の説明しかしていなかった。
説明を聞きながらタイガーや他の受験者がふむふむと頷く中、横島と雪之丞が顔を見合わせ苦笑いを浮べていたのは言うまでもない。

自分の番が回ってきたので、小部屋へと入る横島。
灰色の壁に囲まれた室内はせいぜい十畳程度の広さしかなく、先に入室した筈の連中の姿もない。
部屋の中央にテーブルが置かれ、その上に小さな機械のようなモノが置かれている。
自分が入ってきた入口以外に扉は無い。つまり他の連中は既に異空間に移動したという事なのだろう。

「たしか、この受験票を機械に差し込むって言ってたよな……」

一見すると、バイトの時に使用していたタイムカードのようにも見える。
無論、ここに置かれてある以上、ただの機械の訳がない。
とりあえず横島は自分の受験票を差し込んでみた。

「うぉ……!?」

その瞬間、術式が発動したらしく、不意に違和感に襲われた横島は小さくよろめいた。
エレベーターが止まった時の無重力感にも似た感覚。それはすぐに消え去ったが、部屋の空気は先程までとは一変していた。
まるで神佑地のように濃密な霊力が溢れ、この空間内なら全力以上の霊能力を発揮できる筈だ。
受験者としては嬉しい環境設定である。

(……つまり、それだけ手強い相手を用意してるって事かね。)

主催者側の意図を推測しつつ、何時の間にか転送機の隣に置いてあった御札を手に取る。
特殊な術式が施されたこの御札を身体に貼り付けることで、係員の指示を受験者の脳に直接伝える事ができるらしい。
事前の説明では、この御札からの指示に従いつつ試験を進めていくという話だった。
つまり、既に実技試験は開始されているのだ。

事前の指示通り、シャツを捲り上げて胸に御札を押し付けてみる。
すると、まるで皮膚の一部のように御札は肉体に同化していた。
もちろん、痛みや違和感は皆無である。

『――――試験番号103578番、これより二次試験の説明を始めます。』

不意に脳裏に響いた声。
どうやら協会の職員がオペレーターとして担当するようだ。
凛と響く声に聞き惚れそうになりながらも、そのどこかで聞いたような声に横島が眉を寄せる。

『入ってきた扉を出た時点で、試験は開始されます。
通路に従って進んでもらい実技試験を受けてもらいますが、命の危険を感じればすぐに棄権を申し出てください。』

細かな説明を聞いていた横島は、相手をようやく把握し、苦笑いを浮べる。

『制限時間はこの部屋を出てから三時間、禁止事項は特にありません。
霊装の持ち込み、自身の霊力。全てを活用し――――』

「いやぁ、ホント。とことん縁があるよなぁ。」

オペレーターの言葉を遮り、横島が楽しそうに笑う。
こちらから「棄権を申し出る」という事は、相互会話が可能な筈だった。

『アンタ、まさか……』

その言葉に、オペレーターが苦々しげに言葉を濁す。
予想通り、こちらからの言葉も向こうに伝わるようだ。

「あ、ひでーなぁ。職員が受験者をアンタ呼ばわりするのかー?」

そんな相手の反応を心底楽しそうにしつつ、横島がオペレーターに突っ込みを入れている。

『ああ、もう……なんなのこの腐れ縁は……』

横島は、モニターの前でがっくりと肩を落とすタマモの姿が目に浮かぶようだった。


試験官としての役割を果たすべく、唐巣神父は別室のモニター室へと移動していた。
一方、東堂老人と鬼道は二人で部屋に残り、部屋の外に声が漏れぬよう小声で話をしていた。

「東堂支部長、依頼でしたので指定されたモノを用意させてもらいました。
けど、本当にアレを人間相手に使用するつもりなんですか?」

「何か問題でもあるのかね。」

平然と問い返す東堂老人に、鬼道は思わず声を荒げそうになり、ぐっと下唇を噛んで堪える。

「あるに決まってるやないですか……!
支部長が僕に用意させた式神は、新たに六道家が開発した拠点防衛用の特注品ですよ……!?
そんなモノと戦えば、良くて重傷、悪ければ命に関わる事も充分にありうるでしょうが……!」

6年前のアシュタロスの事件で確認された数多の使い魔。
アシュタロスの眷属であるルシオラが創造したそれらは、あの頃の人間の力で太刀打ちできるものではなかった。
二つの神器を手にした美神ですら、真正面から戦えば相手にならなかったのだ。
横島と西条による自作自演の出来レースでもなければ、使い魔だけで攻め落とされていた可能性は充分にあった。
だが、あの自作自演のおかげで、人間側は強大な使い魔の組織を幾つも手に入れることに成功していた。
大霊障には間に合わなかったが、六道家は自分達の式神製造技術とあの強大な使い魔の融合を試みてきたのだ。
そうして完成したのが、今回鬼道が用意してきた拠点防衛用式神【阿修羅】だった。

神格の高い霊的拠点を防衛するためだけに設計された【阿修羅】は、式神として維持するだけで凄まじいまでの霊力を必要とする。
普通の土地で使用したとしても、その形状を維持できずに一瞬で崩れ去るだけだろう。
だがその力は凄まじく――活動可能時間も短いとはいえ――理論的にはあの強大な使い魔達とも互角以上に渡り合える筈だった。
そんなモノと一対一で戦うなど、鬼道からすれば無謀としか言いようが無かったのだ。
既に退室した唐巣神父も、受験者が何を相手にするかを知っていれば、強硬に反対したはずだ。

「構わんよ、そのための異空間だ。棄権すれば即座にこちら側に転送されるようになっている。
仮に、命の危険を感じながらも棄権しないような者がいるのなら、どうなったとしても自業自得だ。
命の重さを理解していない者がGSを名乗るなど、おこがましいにも程がある。」

そうハッキリと断じられては返す言葉も無い。
鬼道は了承するしかなかった。

「……わかりました。僕も最後の詰めがあるんで失礼します。」

「ああ、宜しく頼む。」

だが、そのまま退室しようとした鬼道を東堂が呼び止めた。

「鬼道君、私の部下がサポートにつく事になっている。
きっと役に立つだろう。協力して仕上げに取り掛かってくれたまえ。」

「それはありがたいですが……【阿修羅】の起動はかなり難しいんです。
正直、僕以外の人間に扱えるとは思えませんけど……」

「なに、彼女は優秀な研究者だ。邪魔にはならんだろう。」

それなら、と鬼道は頷き、準備に取り掛かるべく部屋を後にした。


誰もいなくなった部屋で、東堂は天井を仰ぎ見て呟く。

「ああ、そうとも……無理を要求しているなど承知の上。
それでも……彼らには死力を尽くしてもらわねばならんのだ。」

すう、と東堂の目が細まる。

「……そうでなければ意味が無い。」

一枚の写真を眺めながら、東堂は一人佇んでいた。


――ビキキ、ゴキィッ!――

「なあ、タマモ。実技試験ってこれで終わりだったっけ?」

『……オペレーター。』

「へ?」

『私の事はオペレーターと呼びなさい。公私混同は禁止です。』

柄にも無く丁寧な言葉遣いに、横島がひやかすように口笛を吹く。

「ハイハイ、それじゃあオペレーターさん。
試験はこれで終わりでございましょうか?」

横島のからかい口調に、タマモがうぐと言葉を詰まらせた。
本当は思いっきり言い返してやりたいのだが、仕事とあらばそれも出来ない話だ。

『……課題は後二つ残っています。
この試験は早くクリアする事が主旨ではありませんので、時間は有効に使ってください。』

――ミシミシ、ビギッ!――

「ふーん、なるほど……つまり時間いっぱい使うつもりで進んだ方が得策って事か。」

――ザクッ!――

『横し――じゃなくて103578番。試験に集中してください。』

「ん、まあ問題ない。これくらいなら雑談でもしてないと間が持たんの。」

霊波刀を持つ右手を無造作に振りながら、背後から襲ってきた式神を左手で掴み止める。
既に横島の足下には、両断、もしくは握り潰された鴉型の式神が大量に散らばっていた。
先程の部屋を出た先には――どういう仕組みになっているのかは不明だが――鬱蒼と茂る闇夜の森が広がっていた。
木々に止まり横島を見下ろす式神は、既に最初の2割程度しか残っていない。

「課題は後二つかぁ……まあ、それもそうだよな。こんな単純な動きしかしない式神なんて問題外だし。」

横島の独り言を聞きつつ、タマモは内心舌を巻く思いだった。
モニターで様子を見ているタマモも、この式神の行動パターンは見抜いていた。
常に数匹が正面から襲い掛かり、それを囮に死角から別の数匹が襲い掛かるという、言ってみれば単純なものだ。
だが、わかっていても死角から襲い掛かる式神を防げるかと言われれば、それはまた別の話。

この二次試験を受けている4百名強には、それぞれ一人ずつ専属のオペレーターがあてがわれている。
専属故に、受験者が棄権すればそのオペレーターもモニター室を後にする事になる。
ざっと周囲の気配を探ってみると、現時点でだいたい百名ほどが退室している感じだった。
ちなみにモニター室のオペレーターには小さな個室状のスペースが与えられており、横島が見れば「漫画喫茶みたいだな」などという感想をこぼしていた事だろう。

「はい、終了〜♪」

ちょっと目を放した隙に、横島が全部の式神を潰していたようだ。
近距離のハンズオブグローリー、中距離の霊波刀、遠距離のサイキックソーサー。
たとえ文珠が使えなくとも、横島の霊能力は戦闘に関しては非常にバランスが良い。

『……えー、それでは次の試験に進んでもらいますが、傷の手当などの時間は自由に取ってもらって構いません。
制限時間は三時間なので、それを超えない範囲で自身で判断してください。』

一応マニュアル通りの言葉を横島に伝えるが、言ってるタマモも正直無意味な事をしている感は否めなかった。
何故なら――――

「いや、別に問題ない。だって怪我なんてしてないしな。」

そう、そうなのだ。
数にして百羽以上いた鴉の式神を相手にしてかすり傷一つ負っていないのだ。
行動パターンを見切った後でならそれも納得だが、横島は初見から全ての攻撃を完璧に回避していた。
フィールドが闇夜の森。さらに相手が漆黒の鴉。これだけの悪条件でありながら、かすり傷一つ負っていないというのは驚嘆に値するだろう。

『そこから少し進んだ所に、次の課題への扉が用意されています。
準備が出来たなら、次の部屋に進んでください。』

「了解了解。また何かあったらアドバイスよろしくなー。」

『ちょ、変な事言わないでよ!――――じゃなくて!……えー、私は中立なのでアドバイスなどしませんが?』

まるで自分が手助けをしたかのような横島の言葉に、思わずタマモが噛み付いていた。
公私混同など自分の性格ではないし、何よりも横島のためなどもっての外なのだ。
だが横島は首をかしげて答えた。

「いや、さっき、『時間いっぱいまで休んだ方が良い』って教えてくれたじゃないか。
言われて確かに、なるほどなーって思ったんだよ。」

ああ、そんな事か。
それならアドバイスでも何でも無い。
……無い、わよね?

何となく不安になって周囲を見渡すが、残念ながら個室なので誰も答えてくれない。
頭を抱えるタマモを他所に、横島は意気揚々と次の課題へと進むのだった。


鬼道は最後の課題である【阿修羅】を起動させるべく、最後の仕上げを進めていた。
貸切の一室にしめ縄が張り巡らされ、壁には護符が敷き詰められている。
鬼道の手によって複雑な術式が展開されたこの空間は、一種の結界とでも呼ぶべきものだ。
ここから数百の異空間に干渉し、事前に仕掛けておいた【阿修羅】を起動させることになる。

既に試験が始まっている今に仕上げを行うなど、普通に考えれば手際が悪いように思える。
しかし、それにも理由があった。【阿修羅】の実働時間は非常に短く、今回のような霊的密度の濃い環境下でも数時間程度しか動かせないのだ。
もしも事前に起動させていたなら、試験時間の三時間が過ぎる前に【阿修羅】が崩壊する可能性があった。
それ以外に、特別製の式神を無駄にしない為にも、一つ目の課題で棄権した受験者の分は回収する狙いもある。

【阿修羅】の原理は、六道女学院の授業でも使用する、通常の式神ケント紙とあまり変わらない。
ただ、通常の物と明らかに違う点として、【阿修羅】は捕らえた魔獣や精霊を式神ケント紙に封入していた。
中に封入された魔獣を式神として自由に操る一方、施した術式で無理やりにその力を引き出す。
『暴走した魔獣を自由に操る』それこそが【阿修羅】の正体だった。
倫理的に問題がある事は言うまでもないが、あの大霊障以降、多少の倫理観より人間界の防衛を重視するという風潮が高まっていた。
再び魔族に蹂躙される事が無いよう、防衛手段の確保は急務と言えた。

術式に問題が無いか最後の確認をしながらも、鬼道は先程の東堂老人の姿が頭から離れなかった。
何故なら、【阿修羅】を使用することを強硬に主張するあの姿は、普段の東堂老人のものではなかったのだ。
そして、それに加えて、最後のあの言葉。

――――命の重さを理解していない者がGSを名乗るなど、おこがましいにも程がある。

鬼道はあの時、「貴方の方こそ、命の重さを理解してない!」と言い返したかった。
【阿修羅】の性能を知る鬼道からすれば、東堂老人は受験者に死ねと言っているに等しい。
だが、その言葉を口する事は出来なかった。

あの目を見たせいだ。
あの、憤怒と悲哀がないまぜになったような目。
それは一瞬だけだったが、それを見た鬼道は完全に呑まれてしまっていた。
狂気と呼んでも差し支えないような執念を、東堂老人は抱いているようにも見えた。
だが、何故? 何が目的で【阿修羅】を使う事にこだわる?
わからない。

「六道家当主代行、どうかされましたか?」

突然声をかけられ、鬼道はハッと振り返る。
そこには白衣を纏った金髪の女性が控えていた。
彼女が東堂が言っていたサポートにつくという部下だ。
術式の確認を頼んでいたのだが、どうやら終わったようだ。
怪訝な表情を浮べている事から察すると、少しばかり呆としすぎていたようだ。

「いや、何でもないですよ。少し考え事を。」

そう言いつつ、鬼道は次の仕事を指示する。
彼女は霊能力者ではないようだが、東堂老人が言っていたように優秀な研究者のようだった。
色々と話を聞いた感じでは、そこらのオカルト学者以上の知識を持っているように思えた。
それも、非合法で実務的な知識を。神話や伝承が誰でも知る事ができる体系的な知識とするなら、彼女の知識は特定の術式が生物にどのような影響を与えるか、などの専門的な知識だった。
霊能力を持たないにもかかわらず深い知識を持つという事は、国に規制されている筈の人体実験にでも手を出したのだろうか?

霊能力を持たない人間が実務的なオカルト知識を持っているとなると、それはかなり珍しいと言える。
見た感じ自分より少し上――恐らく三十路半ばか?――程度の女性が、深い知識を持っているとなると、国に所属する研究員だろうか。
ここ二・三年、オカルト分野の研究は以前と比較にならないくらい活発になっていた。
だが彼女の知識は、そんな短期間に身につけられるような浅いものでは無い。
少なくとも十年、いやそれ以上の年月を研究に費やしてきたはずだ。
とは言え、国にそれほど以前から非合法じみた研究をしてきた機関が存在するのか?
六道家はその情報を掴んでいなかった。知っていれば【阿修羅】の開発に協力させていた筈なのだ。

「式神の理論は私の専門外なんですけど、この【阿修羅】は素晴らしいシステムですね。
中に封入するモノさえあれば、いくらでも戦力を増強できるのでしょう?」

その言葉に、鬼道が微かに眉を寄せる。

「モノ呼ばわりはどうかと思いますよ。
人間じゃない種族やとしても、命には変わりないんですから。」

鬼道が【阿修羅】を使うことに躊躇うのは、これも理由の一つだった。
一度使用すれば、中に封入してある魔獣・精霊は【阿修羅】と共に崩壊する。
本来は拠点の防衛など、余程差し迫った場合でもなければ使用は控えるべきなのだ。

だがそれを聞いた白衣の女性はクスクスと冷たく笑った。

「六道家当主代行はお優しいんですね。あんなモノまで命扱いしてあげるなんて。」

ムッとした表情の鬼道に構うことなく、続ける。

「あら、お気に触りました?
でも、やっぱり最優先に考えるべきは私達人間の事じゃありません?
だからこそ、こんなシステムを考案されたんでしょうし。」

確かにその通りだ。
だが、幼い頃から式神の夜叉丸と家族同然に過ごしてきた鬼道には、そう簡単に割り切れる話ではない。

「私は別に批判している訳ではないんですよ。
むしろ私はこういう無駄の無いシステムは素晴らしいと思っていますし。
でも、果たして実用的かと言えば……」

「たしかに現時点の汎用性が乏しいのは否めません。
それも、今後の開発で改善されるでしょう。」

東堂老人が言っていたように、確かにサポートとしては優秀だ。
しかし鬼道は、どうにもこの女性が苦手だった。
研究に人生を捧げた人間に稀に見られる、何かを逸脱した思考をしている。
だが無視する訳にもいかず、淡々と社交辞令とばかりに返答だけは返しておく。

「改善……クスクス……でも、式神のような古いシステムは不要になるかもしれませんけど……」

「それはどういう――――」

自分の半身とも言うべき存在を否定されたように感じ、思わず鬼道は白衣の女性に向き直る。
だが、しかし――――

「六道家当主代行、こちらの確認は終わりました。」

――――女性は、鬼道が指示した仕事を終えたという報告を返すだけだった。
そこに先程までの浮世離れな空気は存在しない。

「……ありがとうございます。
後は僕の方で仕上げを行いますので、退室してください。」

ここからは六道家の最高機密にあたる。
女性もそれを理解しているらしく、鬼道に一礼して部屋を後にした。
最後の仕上げを行うべく精神を集中させようとした時、ふと先程の女性の事が脳裏に浮かんだ。

「あの顔……たしか、どこかで……?」

会ったのは今日が初めてだ。それは間違いない。
だが、鬼道はそれ以前から彼女の顔を知っていたような気がしてならなかった。


「なあ、オペレーターさんよ。
次はもう少し手応えがある相手なんだろうな?」

『ごめんなさい……試験の内容までは私達も知らされてないんです』

オペレーターの返事に、雪之丞はつまらなさそうに鼻を鳴らす。
一つ目の課題の鴉の式神は魔装術を使うまでも無かった。
次もあの程度のレベルだとすれば、拍子抜けも良い所だ。

『でも流石ですよね、雪之丞さん。きっと一番に通過されてますよ!』

どうやらこのオペレーターはタマモと違い、それほど事務的な性格ではないようだ。
横島が聞けば泣いて悔しがるところだが、当の雪之丞には他との違いなどわかる筈も無い。
一番に通過というのは、防ぐまでも無い相手だったので攻撃一辺倒で動いた為だろう。
おかげで幾つか引っかき傷のようなものを受けていたが、文字通りこんなものはかすり傷だ。

親しげに話しかけてくるオペレーターを適当に相手しつつ進んでいくと、不意に闇夜の森に扉が現れた。
そのシュールな光景はそれなりに笑いを誘うものであったが、扉の前に立った雪之丞の表情が一変した。
扉の先から漏れる霊圧は、先程の鴉とは比べ物にならない程に重厚だったのだ。

「……ククッ、なるほどな。さっきのヤツは主催者の親切って事か。」

雪之丞の口元が、獲物を見つけた肉食獣の如く吊り上がる。
あの程度の課題をクリアーできないような受験者が、これだけの霊圧を相手にすれば間違いなく命に関わる。
鴉は頭脳労働しかできない者をふるい落とす為の課題だったのだろう。

雪之丞が扉を開くと、そこにはジャングルとでも呼ぶべき密林が広がっていた。
鬱蒼と茂る木々のおかげで太陽は見えないが、先程とは違い薄暗いながらも光が溢れている。
様々な植物が生い茂る、熱帯雨林特有の熱気に包まれたそこは、戦場にするにはあまりに過酷な環境と言えよう。

――――ん、誰かに視られてる?

その時、木々が微かにざわめき、雪之丞の身体が揺らめいた。

「……悪くねぇ、やっぱこうでなきゃなあ!」

何時攻撃を受けたのか、雪之丞の頬に一筋の切り傷が走り、そこから血が溢れている。
突然の出血にもかかわらず、雪之丞はさらに嬉しそうに口元を歪ませた。
また先程とは別の方向の木々がざわめく――――

――――ゴシャァァァッッ!!

神速で振り抜かれた雪之丞の裏拳が「何か」を捉え、思い切り吹き飛ばした。
「何か」は木々をへし折りながらも、また体勢を立て直して雪之丞の方に突進を繰り返す。

「遅ェェんだよォォッッ!!」

狙い澄ました手刀を振り下ろし、襲撃者を地面に叩き落す。
動きを止め、ようやく視認できるようになった襲撃者は流線型をした鳥のような式神だった。
同じ鳥でも先程の鴉とは明らかに格が違う。
まだ息がある式神を踵でトドメを刺そうとする雪之丞だったが、何かを察知したのか瞬時に後方に飛び退いた。

一瞬前まで雪之丞がいた場所に閃光が走る。
落雷特有の轟音が鳴り響き、幾筋もの光が降り注いだ。
地を這いながら、落雷の主が姿を現す。

「おいおい……こいつァ驚いたな。」

次に現れた式神は海蛇に似ていたが、先程の鳥のような式神も含め、雪之丞は見覚えがあった。
そして気が付けば無数の気配が自分を取り囲んでいた。

木々の隙間から見え隠れする、動物を模した十二体の式神達。

――悪名高き式神

――――六道の切り札

――――――人が操る最強の「鬼神」

六道家が誇る最強の式神、十二神将。
予想を遥かに超えた強敵の出現に、雪之丞が雄叫びにも似た笑いを上げる。

「良い! 良いねェッ!!
やっぱ試験ってくらいなんだから、これくらいは歯応えが無ェとなあ!!」

前触れも無く、黒い霞が雪之丞の全身を包み込んでいく。
霞は凝固し、まるで意志を持つかの如くその形を変える。

『……す、すごい……これが魔装術。』

完成した魔装術は、漆黒の魔獣のようでもり、黒鉄の鎧のようでもある。
有機物と無機物両方の特性を兼ね備えたその姿は、明らかに戦闘のみに特化されていた。
オペレーターが呆気にとられた声を上げる中、戦闘準備を完了した雪之丞が式神の群れに飛びかかっていた。

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