「…」
「………」
「…………」
百合子が出て行った後の事務所の中は言いようの無い重苦しい沈黙に包まれていた。
おキヌは昨日の依頼で美神には内緒で退治した事にして隠した狐が何故横島の膝の上で丸まっているのか、先ほど出て行ってしまった横島の母親が何をしたのか知りたいことは有るのだが狐に関しては共犯者、母親の件に関しても先日の出来事があったため聞くに聞けなかった。
美神美智恵はいかに勝つためには手段を選ばないと教えてきたとはいえ、娘が脱税どころではない重犯罪までも犯していた事に驚くと共にその情報を詳細に渡って掴んでいた百合子に恐怖していた。
令子は今まで自分を中心に世界を回っていて、些細なことであれ必ず自分が勝利する事に執着しておりその為の手段は問わないと公言していたが先日の脱税騒ぎで今まで隠し通してきた物が全て露見してしまいその自信が揺らいでいたところに今回の銃火器のリストで追い討ちを掛けられた形となっていた。
「え~とですね…どこからどう話していいのか纏まっていないんですが…え~…」
横島が言いにくそうに何かを切り出そうとしている
「うじうじして鬱陶しいわね、言いたい事があるならとっとと言いなさいよ!」
ハッキリしない態度に痺れを切らした令子が横島に詰め寄った。
「はい、大変お世話になりましたが本日を持ちましてバイトを辞めさせていただきます。」
吹っ切ったように横島が告げるや否や
「何で辞めるなんていうんですか「あ~そう判ったわ、お金が手に入ったらもうサヨナラってわけね」辞めないでください横島さん」
おキヌが留めようとするのを遮るかのように令子が言い捨てた。
「横島君、良かったら何故かって教えてくれないかしら?」
美智恵が娘が激昂して決定的な事を言ってしまう前にと割り込むように問いかけた。美智恵も横島の待遇が非常に悪いことは以前から懸念事項であり、娘にとって重要な存在である横島が離れてしまう危機感を持ってはいたが素直に言うことを聞かない事は分かっていたため後回しにしてしまっていた事を後悔しつつ訊ねた。
「今回はギリギリの所で助ける事が出来ましたけどこんな事が起きないようにする為にですよ」
膝の上で丸くなっている子狐を撫でながら横島は答えた
「人の勝手な都合で殺される人でない者たちを無くしたいんです、その為には俺独りじゃできる事は限られてますから色々な人に助けて貰う必要があるんです。そんな時に唯のバイトじゃ誰も信じてくれませんから。」
娘の精神的な支えになっているだけでなく、霊能者としても能力は世界でもトップクラスで極め付けには文珠という三界でも貴重な能力の持ち主である横島を何とかして手の届く所に置いておきたい美智恵もあまりに正論な為言い返すことが出来ず
「オカルトGメンとしても協力できることがあると思うからいつでも相談してね」と言うので精一杯であった。
「ありがとうございます。今までお世話になりました。」
そう言うと横島は部屋を出て行ってしまった。そこで慌てたのがおキヌである、ルシオラが現れあっという間に横島と恋仲になってしまい一時は諦めかけたものの幽霊時代から好意を抱いている相手が居なくなってしまうというのであっては落ち着いてなど居られない慌てて横島を追いかけ部屋を出て行った。
「待ってください横島さん!」
丁度玄関で人工幽霊に別れの挨拶を済ませたところの横島に追いついたおキヌが呼び止めた。
「本当に辞めちゃうんですか横島さん?」
「うん、さっきも言った様に俺独りじゃ出来ないことをやろうとしてるからね、ここに居ちゃいくら世界最高峰の除霊事務所って言っても唯のバイトがそんなこと言ったって誰も信じてくれないだろ?
だからGS横島忠夫として話を聞いてもらわないとね。それに美神さん昨日みたいにお金に目が眩むことあるからね…」
「そんなことないです!横島さんはすごい人だって判ってる人は沢山居ます!確かにお金に目が眩むことは良く有りますが…」
「それにほら、ここを辞めたからって会えなくなる訳じゃないし」
「でも私は妖怪相手だと何もお手伝いできませんし…」
ネクロマンサーであるおキヌは霊相手であれば世界有数の力を持ってはいるが、魔族や妖怪といった相手では笛が効き難く実際アシュタロスの事件の時には横島の力になれなかった事が棘のように心に刺さっていた。
そのあまりの落ち込みように焦ったのは横島であった。幽霊時代からずっと横島を信じて助けてくれたおキヌの落ち込んだ姿を見てそのまま立ち去るわけにも行かずどうしたものかと必死に考えている時、ふと昨日の夜に百合子と話し合った事を思い出し思わず口走ってしまった。
「そうだ、おキヌちゃん、近いうちに世界有数のネクロマンサーであるあキヌちゃんに手伝ってもらえたらとっても助かる事が有るっちゃ有りそうなんだけど…」
「何ですか横島さん?私に出来る事だったら何でもお手伝いします!」
「あ…でも美神さんに依頼するわけにはいかんしな…」
思わず口走ってしまったもののおキヌは美神所霊事務所の助手でありネクロマンサーとして依頼するには高額な依頼料が必要なこと失念して居たことに気がついてしまった。
「そんな事、お仕事がお休みの日にお、おお友達のお手伝いするだけですから大丈夫です!それともただのバイト先の同僚だから辞めたらお友達でも何でもないんですか?」
「そんなわけ無いだろ!霊能力のない唯の荷物持ちだった俺がGS試験を受ける時に一人だけ応援してくれたのも、給料日前で食べるものが無い時に何も言わずご飯を作りに着てくれたのも、ただ泣くことしかできなかった時に一緒に居てくれたのも全部おキヌちゃんじゃないか」
「そんな事言ったら、山で独りぼっちなのが嫌で殺そうた私を許してくれた上に山から離してくれたのも、幽霊だった私に着れる服を雪山に登ってぷれぜんとしてくれたのも、人に戻してくれたのも横島さんじゃないですか」
横島の発言撤回とも取れるセリフに顔を真っ赤にして抗議するおキヌとそれに言い返す横島であったが、横島の腕の中のタマモから見れば友達どころかただの痴話喧嘩にしか聞こえない内容であった。
とりあえずバイト先の同僚では無くなったけどこれからも今まで通りよろしくということで決着が付いた横島とおキヌであった。
そんなこんなでアパートに戻ると百合子と一人の男性が部屋で横島の帰りを待っていた。
「忠夫、丁度いいところに帰ってきたね」
「あ、え~と確かクロサキさんでしたよね?お久しぶりです。」
「ご無沙汰しております」
そう、百合子と一緒に横島を待っていた男性は元百合子の部下であり現在は大樹の部下のクロサキであった。まだ横島が両親と暮らしていた頃、何度か会って面識はあったのである。
「チーフ横島夫人からご依頼のありました条件に該当する物件の資料ですご確認ください」
そういってクロサキが取り出した書類を仕事速いですね~と言いながら受け取り中を確認する横島であった。
「私はオカルトのことは門外漢だからわからないけど、それが忠夫の手で何とかなるんなら条件はいいと思うけどねどうだい?」
と先に確認を済ませていた百合子が尋ね横島が答えた
「確かに普通の人じゃこんなもの手を出せないよなぁ、実際に現地に行って見ないと何ともいえないけど何とかなると思う。」
その資料とは事務所兼住居としての候補物件のものであった。その物件は数年前にIPO(株式公開)したベンチャー企業の創業者が注文した邸宅であったが完成間近になってその企業の粉飾決算が明るみとなり倒産してしまい完成したけれども引き取り手の無い物であった。
それだけであれば建設会社が建設代金回収のために転売すれば良いのであるが大きな問題があったのであるその物件は神社の跡地に立てられており龍穴・霊穴と呼ばれる霊的に非常に強い立地であった為、付近の悪霊、浮遊霊が引き寄せられてしまい大幽霊屋敷と化してしまったのである。通常の幽霊屋敷であれば除霊費用はある程度掛かるものの済ませてしまえば買い手は見つかる、今回そのつもりで調査したところ霊的な立地の為、永続的に霊的メンテナンスを行わなければ直ぐに幽霊屋敷に戻ってしまうとの結果が出てしまった。
永続的なメンテナンスにかかる費用だけで何年かすれば同程度物件が購入可能となれば誰も見向きもしない、かといってそのまま泣き寝入りして放置しようにも企業イメージに少なくないダメージを与えるので建設会社も途方にくれているのがよく分かるものであった。
数日後、おキヌと共にその屋敷に訪れた横島が除霊と10年間の霊的メンテナンスの確約を条件に住居兼事務所を手に入れたのであった。
まぁその際、おキヌはデート気分だったとか横島が結界符を自作できるようになってるのに驚いたとかそれなりに色々あったのだがそれはまたの機会に。
ーあとがき
事務所退職のパターンを何度も書いては消しを繰り返してしまいました。個人的には美神親子は好きではないのでついついきつい書き方になってしまうため苦労しました。
文章の書き方も少しずつですが治して行こうと努力はしているのですが進歩は遅々として進みません。今後ともご指摘いただければ幸いです。