「ここが……この海底神殿の中心かしら?」
「そうみたいね、ママ」
美神母娘が言葉を交わす。
彼女たちは、ポセイドンの居城である海底神殿に乗り込んできていた。今いる場所は、どうやら、中央の広場のようなところらしい。神殿そのものの『中央』ではなく、この領域一帯の『中央』だ。
なお、二人の後ろでもガヤガヤ騒々しい話し声が聞こえるが、無理もない。
この場に来ているのは、美神と美智恵の他に、横島・シロ・タマモ・冥子・エミ・唐巣神父・ピート・タイガー・雪之丞・カオス・マリア・西条・魔鈴めぐみ・弓かおり・一文字魔理。
総勢17名のGS仲間なのである。
さらに、武器管理役としてアテナ側から派遣された貴鬼(きき)という子供まで同行している。
「静かにしなさいーッ!!」
美神が、全員を黙らせる。
「時間がないんだから、
手分けして早く柱攻略に行くのよッ!!」
彼らがここに来たのは、おキヌを救出するためだった。
魔神アシュタロスが滅び、神魔のパワーバランスが崩れた時代。神々同士の潰しあいを誰も制止できない時代でもある。
そんな中、アテナとポセイドンという神々のケンカに、神族上層部からの依頼もあって、巻き込まれてしまった美神たち。アテナ誘拐を未然に防いだまではよかったが、なぜか、代わりにおキヌがさらわれてしまったのだ!
ポセイドンの妃となるよう強要されて拒んだおキヌは、今、メインブレドウィナの中で水責めにあっている。
しかしメインブレドウィナを壊して開けるには、まず、別のところにある七本の柱を破壊しなければならない。
「でも……美神さん!?
どれが……七つの柱に至る道なんスか!?」
横島の疑問は、もっともである。
広場からは、どこに続くのか分からぬ道がいくつも伸びていた。基本的に来訪者など想定していないため、当然、道案内の看板もない。
「私が知ってるわけないでしょ!
……これだけ大人数で来たんだから、
みんなでバラバラのところに入れば、
誰かしら辿り着くわよ!!」
アバウトなことを言う美神だが、内心では、怒りをヒャクメに向けている。海底神殿の内情をかなり探り出したはずのヒャクメなのに、地図の類は一切なかったのだ。
(ヒャクメったら……!
肝心なところで役立たずなんだから!!)
と、いつものレッテルを貼り付けた時。
「ほう……本当に来たのですね」
道の一つから、人魚のような鎧に包まれた人影が、こちらへ歩いてきた。
第七話 ポセイドン編(その二)
マリーナの一人、人魚姫(マーメイド)のテティス。その正体は、かつて幼いジュリアンに助けられた魚が、恩義の念から化身した人魚である。だから、ジュリアンおよび彼に宿るポセイドンに対する忠義は、人一倍強いのであった。
しかし、人魚とはいえ、外見は、きれいな鎧に彩られたきれいなネーチャンでしかない。
そんなテティスを見て、西条が横島に声をかけた。
「横島クン……?
いつものセクハラがないな?」
「ギャグって言わんか、フツー」
「先生も成長してるでござるよ!」
皆の視線が、一瞬、横島のほうを向く。
確かに、普通ならば、『ぼく横島忠夫ーッ!!』とか言いながら飛びかかっていくケースである。敵も味方も関係ない男のはずだった。
だが、今の横島は、いつになく真剣な表情を見せている。
「今回は、おチャラケは無しです!!
おキヌちゃんの命がかかってるんスから!!」
「横島クン……」
彼の言葉は、美神の胸をチクリと突き刺した。
サンクチュアリでの事件以来、横島とおキヌの仲が少し変わったと感じている美神である。今の彼の態度も、彼女の想像を裏付けるものでしかない。
(おキヌちゃんの命がかかってる……。
それはそうなんだけど……
私の命が危なかったときは、
二人で何かヤッてたんでしょう……!?)
美神としては、怒っていい場面だ。しかし、彼女の胸にこみ上げてくる感情は、もっと別のものだった。
素直でない美神には、自分自身の気持ちを言葉で定義することは出来ない。しかし、もしも第三者が彼女の心を覗いたら、簡単に言い表せるだろう。
それは、寂しさ。
……美神が認めたくない感情の一つである。
父親とはうまくコミュニケーションがとれず、母親は子供の頃に死んだと思っていたからこそ、『愛』に飢えていた美神。母親が戻ってきて妹も出来た今、もう『家族愛』を強く欲する必要もない。それでも、『愛』を渇望する環境で人格形成期を過ごしてきた影響は、心の奥底に、しっかり残っている。
そして、そんな美神を理解できるのは、家族以外では、ただ二人の友人だけかもしれない。様々な事件を一緒にくぐり抜けてきた、貴重な仲間。横島とおキヌ。その二人が、いつのまにか……。
(横島クン……)
美神には、隣にいる横島が、どこか遠くへ行ってしまったように感じられるのだった。
___________
しかし、美神ですら知らないのだ。
おキヌが誘拐される直前、二人がキスしていたことを。
おキヌが『これが私のファーストキス』と思えるような、そんな甘い時間があったということを。
(おキヌちゃん……
絶対……俺が助けるからな!)
横島は、最後に見たおキヌの姿を忘れることができない。
おキヌが寝ている間に誘拐された以上、横島が最後に見た彼女は、部屋の前で別れた時のおキヌなのだ。
「へへへ……。
おやすみなさい……!!」
長い長いキスの後で唇をはなした少女は、とても幸せそうな表情で、そう言ったのだ。
その短い言葉の中に、どれだけの気持ちがこめられていたことか!
女心に疎い横島には、おキヌの具体的な感情は分からない。しかし、何かあるというくらいは、理解していた。その『何か』を確かめるためにも……。
(おキヌちゃん……
二人で……ゆっくり話し合おうな……)
横島は、おキヌを救出しなければいけないのだ!
___________
「シードラゴン様の御言葉とはいえ、私も半信半疑でしたが……」
身構える一同を前にして、テティスは、悠長に説明し始めた。
ジュリアン・ソロの中のポセイドンは、完全に覚醒しているわけではない。まだ半分眠っている状態であり、おキヌを望んだのも、ジュリアン個人の意志に過ぎなかった。プロポーズを断られた時点でジュリアン自身はキッパリ諦めたので、本来ならば、それで終わりになるはずだったが……。
「あのおキヌという娘……彼女は、
『美の女神アフロディーテ』の腹心の一人!
ただの人間とはいえ、彼女ならば、
ポセイドン様の妃としてふさわしい!!」
と言い出した者がいたのである。
それは、北大西洋の柱を守護するマリーナ、海龍(シードラゴン)のカノン。海将軍(ジェネラル)の筆頭格であり、眠っているポセイドンの代理として昔からポセイドン軍をまとめあげてきた男だ。
さらに、南大西洋の柱を担当する海魔女(セイレーン)のソレントも、おキヌを高く評価していた。ソロ邸でアフロディーテ軍と一戦を交えた際、自慢の必殺技を、おキヌの能力により破られたというのである。
ポセイドン軍の歴史の都合上、同じジェネラルの中でも、大西洋の二人は他の五人より格上な雰囲気がある。その二人がおキヌを認めた以上、アテナ誘拐計画は、急遽、おキヌをさらうことに変更されたのだった。
「しかし……それでは、
アテナと一戦を交える前に、
アフロディーテと戦うことになるのでは……」
「アテナ沙織とアフロディーテ美神は、
どうせ、すでに結託しているのだ……!!
それに……
アフロディーテ美神が乗り込んできたら
私が相手をしてやろう!!
くっくっくっく……」
反対意見もあったが、カノン自ら『神』を相手するとまで言われては、それも立ち消えてしまったのだ。
「……そういう事情ですので
アフロディーテ・ミカミ様は、
どうぞこちらへ……」
語り終えたテティスは、自分が来た道を指し示した。
さらに、
「ヨコシマ……!!
クラーケン様が、あなたと戦いたいと言っておられる」
「……えっ!? 俺を……ご指名!?」
と、横島に対して、クラーケンのアイザックが守る柱への順路も示してみせる。
「そういうことなら……行くわよ、横島クン!!」
「……はいッ!!」
たとえ罠があろうが、恐れる気持ちはなかった。
美神と横島は、それぞれの道へと走っていった。
___________
「それで……
他の五本の柱へも案内してくれるのかしら?」
二人の背中を見送りながら、美智恵が、テティスに問いかける。
「いや……サービスはここまで……」
「そう……!?
それじゃあ……勝手に探させてもらうわ!!」
美智恵の言葉とともに、残りのメンバーが散開した。
コンビで行動する者もいたが、基本的に、それぞれ別々の道へ入っていく。
「……気をつけろよ」
「安心なさって、私はヘマなんかしないから!」
すれ違いざま、雪之丞が弓かおりに声をかけた。
彼女は、どこへ進むでもなく、広場に立ったままだ。一文字魔理もいっしょである。
そんな二人を見て、テティスが問いかける。
「……どういうつもり?」
「あなたが誰かを後ろから襲ったりしないように
足止めする者が必要ですからね……!!」
「……というより、あたしたちの実力じゃ
ジェネラルとやらを相手するのは無理なんでね。
二人かがりで人魚と戦うのが、今回の役割さ」
「オイラも手伝うよ!
ジェネラルが倒されるまでは
オイラの出番もないからね……!」
弓と一文字が答える横で、貴鬼も言葉を足す。
そして、
「水晶観音!!」
「うおーっ!!」
一人は特殊な強化服を身にまとい、もう一人は拳に霊力をこめて。
二人の少女が、テティスに突撃した。
___________
「見えてきおった……!!
あれが問題の柱の一つじゃな!?」
「イエス・ドクター・カオス!
柱から・神気が・出ています」
ジェット噴射で飛行するマリアに抱えられ、ドクター・カオスは、全く疲れることなく、北太平洋の柱のもとへ到着した。
「誰もいないようじゃな?」
「ノー・ドクター・カオス!
あそこに・敵・います!」
マリアが指摘したように、今、柱の影から一人の男が姿を現した。
ここを守護するジェネラル、海馬(シーホース)のバイアンである。
「フッ……。
誰が来たかと思えば、ジジイとカタコトの小娘か……。
しかし……手加減はせんぞ!?」
「誰がジジイじゃ!!
マリア!! さっさとやっつけてしまえ!!」
「イエス・ドクター・カオス!
クレイモアキーック!!」
マリアの脚部から、無数の銀の銃弾が発射された。
特に防御もしていないように見えるバイアンだが、銃弾は、なぜか一発も当たらない。突然生じた空気の波紋に、全て弾き飛ばされてしまう。
そして、
「危ない、マリア……!! 後ろじゃ!!」
「……!?」
マリアのコンピューターでも察知出来ない速さで、バイアンが彼女の後ろに回った。
「ただの小娘ではないようだが……私の敵でもない!!
ゴッドブレス!!」
彼が一息吐くだけで、マリアは、近くの岩場に叩き付けられてしまう。
「マ、マリア……!?」
「ダ……ダイジョウブ……」
しかし、とても大丈夫には見えなかった。特殊素材で作られているマリアのボディに、いくつものヒビが入ったのだ。これは、今の衝撃の強さを物語っている。
「なんだ……機械人形だったのか……。
まあ、いい。
これで粉々にしてやろう!
ライジングビロウズ!!」
バイアンの必殺技が、マリアを上空へと吹き飛ばした。
その勢いは激しく、彼女の姿は、遥か頭上の海の中へと消えていく。
「心配ないぞ……。
今日のマリアは防水装備じゃ……
ワシのマリアは、あれくらい……」
「そういう問題ではない。
あれだけの力で海面に叩き付けられたら、
どんな物体もバラバラだ」
茫然としながらつぶやくドクター・カオスに、バイアンが歩み寄った。
「……で、機械の小娘が消えた今、
ジジイはどうするのだ……?
おまえも何か芸を見せてくれるのかな?」
余裕の笑みを浮かべるバイアンだが、カオスも、言葉では負けていない。
「ワシが動くまでもない。
おぬしは、ちゃんとマリアが片づけてくれるわ!
……ほれ、見ろ!!」
「……何?」
振り返ったバイアンの目前に、舞い戻ったマリアのロケットアームが迫っていた。
「そんなバカな……!!
いや……おまえたちこそバカだ!!」
不意打ちならばヒットしたかもしれない。しかし、カオスが指摘してしまった以上、バイアンには、彼独特の防御技を繰り出す余裕があった。もはや彼に直撃させるのは不可能。
そう思ったバイアンだったが……。
「なっ、なにーっ!?」
マリアのパンチをモロにみぞおちにくらい、驚愕の表情のまま、その場に崩れ落ちる。その一撃は、鱗衣(スケイル)を通しても伝わるほどの衝撃だった。
「な……なぜだ……。
なぜ……私に攻撃をあてることができる……!?
なぜ……ライジングビロウズから……生還できた!?」
「……教えてやろう。
まず一つ目の答えは……」
苦しそうにうめきながらも、疑問を口にしたバイアン。
カオスが、バーッとマントを翻しながら歩み寄り、大仰なポーズで答えた。
「マリアに一度見た技は通用せんのじゃ!!」
……もちろん、全ての技に適用できるわけではないが、今回は、適用範囲内だった。
バイアンの防御技は、気流による空気の壁である。素早く手を動かすことで、局所的に気圧を変化させ、強固な壁を形成していたのだ。
常人には見ることもできないシロモノだが、マリアのコンピューターには、それがキチンと記録されていた。リアルタイムでは不可視であっても、記録映像をスロー再生すれば、正体を分析することは可能。
一度見た際の記録から技の正体を分析し、かつ、その対策まで計算できてしまえば、その技は、もはや通用しないわけである。ごくごく常識的な理屈であった。
「空気の壁も・波だから・疎密・あります。
だから・弱いところ・あります」
「……というわけじゃ。
科学の勝利じゃな!!
そして、二つ目もやっぱり科学の……」
今のマリアの脚部にはロケット推進材が内蔵されているため、空も飛べるし海の中も進める。海面に叩き付けられそうになったら、逆噴射で勢いを殺すことだって出来るのだ。
そうした事情を得意げに説明するカオスだったが、彼の脇腹を、マリアがチョンチョンと小突く。
「ドクター・カオス!
敵・すでに・沈黙・してます」
「あ……?
……なんじゃ、あっけない」
なまじ防御壁が強固だったせいで、それを貫かれたダメージは大きかったのかもしれない。バイアンは、すでに意識を失っていた。
「……このまま科学の力で、あの柱も壊せんかの?」
「無理・です。
神さまの柱・壊すには・神さまの武器・必要。
御約束の壁・マリアにも・破れません」
そこに、貴鬼が現れた。ジェネラルの一人が敗北したことを察知したらしい。
「なぜ・わかりましたか?
これも・御約束・ですか?」
「違うよ! オイラの超能力だよ!」
それから、カオスにも一言、声をかける。
「やあ! ジイチャンが一番乗りだね!」
「……そうか!! ワシが最初か!!」
カオスの目が輝いた。
そもそも彼が海底神殿まで来たのは、おキヌが心配だからではない。もちろん彼女は知りあいではあるが、これだけ長生きしていれば、友人のピンチなど、もう腐るほど見てきた。彼にも人情はあるから、時には人助けだってするが、今回は、そんな感情的なものではなかった。
彼を引き寄せた理由は、ただ一つ。
美神から支払われる報酬である。しかも、柱を壊すか否か、また、何番目に壊すかによって、大きな金額差が設定されていた。
さすが美神、どうしたらこの老人をやる気にさせるか、ちゃんと心得ていたのである。
「それじゃ、さっそく……」
背負ってきた箱を貴鬼が開けると、中から飛び出してきたのは、天秤座(ライブラ)の黄金聖衣(ゴールドクロス)だった。
ライブラのクロスは、十二の武器をパーツの一部として含んでいる。武器の使用は嫌がるアテナなので、この武器も、特別に許可されるまでは、ただの飾りでしかない。
今回、柱を砕く時のみ、アテナは使用を認めたのだ。
「そんなすごい武器が十二個もあるなら
……ひとつくらい、くれんかの?」
「ダメに決まってるだろ!」
カオスと貴鬼の会話の横で、シールドのパーツがクロスから離れて、マリアの手に収まる。
それを彼女が投げつけ、今、一本目の柱が崩壊した!
___________
ぱっか、ぱっか、ぽっく、ぽっく……。
馬の背に横座りするお嬢様が、ノンキな口調でつぶやく。
「あれ~~!?
今~~遠くで大きな音がしたけど~~
さっそく~~柱を壊したのかしら~~!?」
六道冥子である。彼女を運んでいるのも、厳密には馬ではなく、馬タイプの式神インダラであった。
彼女は、さらにクビラを出して霊視、北太平洋の柱が崩壊したことを確認した。
「じゃあ~~私たちも急ぎましょうか~~。
あ~~! それよりも……」
冥子は、そのままクビラを使って、近くの柱の場所をチェックする。そして、
「メキラ!! おねがい~~っ!!」
短距離ならば瞬間移動出来る式神、メキラを利用。南太平洋の柱の前まで一気にジャンプした。
「うわっ!? おまえっ!?」
「は~~い! こんにちは~~」
驚いたのは、そこの柱の守護者、スキュラのイオである。
彼は、任務を忠実にこなす男だ。美の女神の戦士達『美闘士(ワンダフル)』が海底神殿まで乗り込んできたと聞き、命にかえても柱を守り抜く覚悟で待っていたのだが……。
やってきたのは、お嬢様ルックな服装の、いかにもノーテンキそうな女の子。だが、その『ノーテンキ』も雰囲気に合致しており、まるで絵本から飛び出してきたかのような可愛らしさがある。突然の出現も、考えようによっては、幻想的な美しさを助長していた。
だが……。
騙されてはいけない。この女も、敵の戦士の一人なのだ!
そもそも、異形の生き物を連れているではないか。まともな少女のわけがない。
そう思って、イオは、大きく首を横に振った。
「きさま……
みずからの美貌で男を惑わすつもりだな!?」
「ええ~~? なんのこと~~?」
「よりによって、
この『スキュラ』のイオを幻惑しようとは……」
スキュラとは、ギリシア神話にも登場する怪物である。上半身は美女であるが、下半身は複数の獣や魚などで構成されている。下半身の動物種には諸説あるが、このスケイルでは、鷲、狼、蜂、蛇、蝙蝠、熊の六匹。したがって、イオも、それら六匹の野獣を象徴する多彩な技を使えるのだった。
もちろん、上半身の『美女』で敵を惑わすことも得意だ。そもそも冥子がテレポートなどしてこなければ、美女の幻で敵を出迎えるつもりだったのだ。
「冥子~~よくわかんない~~!!
難しいこと言って~~
私を混乱させるつもりね~~!?」
プーッと頬をふくらます冥子。
これはこれで可愛らしいのだが、今のイオに、見とれている暇はない。
「ええーい、口で言っても分からんのならば!」
イオは、彼自身のコスモ……霊力で、背後に六匹の獣を描いてみせた。
「きさま自身に選ばせてやろう!
この中の……どの聖獣のワザで死にたいか!?」
相手は、か弱そうな女性である。普通の少女ではないとはいえ、クロスもスケイルもまとっていないのだ。いくらイオが手加減したところで、一撃で致命傷になるだろう。可憐な少女の命を奪うのは忍びないが、これも任務なのだから、仕方がない。そもそも、美人薄命というではないか。
そんな思惑のイオは、六つの技の説明までする。
イーグルクラッチは、鷲の爪。
ウルフズファングは、狼の牙。
クインビーズスティンガーは、蜂の一刺し。
サーパントストラングラーは、大蛇のように締め付ける。
バンパイアインヘイルは、吸血蝙蝠が意識を奪う。
グリズリースラップは、巨大グマが敵を張り倒す。
「……さあ、選べ!」
とイオは迫ったが、冥子の反応は、彼の予想外のものだった。
彼女は、浮かび上がった聖獣たちを見て、目をキラキラさせている。
「式神!!
あなたも式神使いなのね~~!?」
「…………え?」
美女の幻で敵を幻惑できるイオである。彼が霊力で描く幻は、実体を伴っているようにも見えてしまう。だから、冥子は勘違いしてしまった。彼女は、イオが六匹の式神を使役していると思ったのだ。告げられた『六つの技の名前』も、『六匹の式神の名前』だと誤解している。
「わ~~い!
みんな~~!!
一緒に遊びましょ~~!!」
ボン!!
冥子が、十二匹の式神を全て出現させた。
しかし、ただ『遊ぶ』というだけのアバウトな命令なので、式神たちは、勝手気ままに動き出す。
これではいけないと思ったのか、彼女は、もう少し具体的な命令に変えた。
「じゃ、みんなで鬼ごっこね~~!!」
「うわーっ!?」
哀れイオ。
式神十二匹の一斉突撃を受けて、あっというまに撃沈。
……相手が悪かったとしか言いようがない。かつて美神や横島でさえ、この『みんなで鬼ごっこ』に巻き込まれて三日間寝込んだくらいなのだから。
「ごめんなさい~~。
うれしくて、つい
はしゃぎすぎちゃった~~!!」
気絶したイオの横に座り込み、彼の頬をツンツン突きながら、冥子が語りかける。
「今から柱こわしちゃうけど~~
後でまた遊んでね~~!!」
ショウトラにヒーリングをさせながら、冥子は、立ち上がった。
ちょうど、そこへ、貴鬼もやってくる。
「今度はオネーチャンだね……!!」
「あら~~!!」
貴鬼のほうへ歩きながら、冥子は、ふとイオの方を振り返り、もう一言投げかけた。
「柱こわしたら~~
私~~イオくんが目を覚ますまで~~
ちゃんとここで待ってるからね~~」
どうやらイオは、冥子に、気に入られたらしい。新しいオモチャ……いやオトモダチとして。
もしかすると、このまま六道家に御持ち帰りされてしまうのかもしれない。
___________
「なんだか空気が湿ってきたでござる。
そらが落ちてくるのでござるか……?」
ここの『そら』は『空』でも『宇宙』でもない。『海』だ。
シロの感覚は、湿度の変化を的確に察知していた。
すでに、二度目である。しかも、どちらも大きな轟音の直後に生じている。誰かが柱を破壊したのは明白だった。
「拙者も頑張らねば……!」
と思いながら走るシロ。ようやく、一本の柱が見えてきた。
シロは知らぬが、これは、インド洋の柱である。
そこには、モヒカン髪と浅黒い肌を特徴とする鎧姿の男が立っていた。
長い槍を手に持つ彼は、ポツリとつぶやく。
「見たところ女……それも子供のようだが……。
このクリュサオルのクリシュナ、
女子供とはいえ手加減せんぞ!?
立ち向かってくるならば、
ひとりの『敵』として御相手しよう!」
「上等でござる!
それがしは、横島先生の一番弟子、犬塚シロ!
仲間の命を救うため……いざ尋常に勝負!!」
___________
「なんだか同じところを
ぐるぐる回っているような気がするが……」
その頃、西条は、途中まで一緒だった魔鈴めぐみともはぐれてしまい、一人で迷走していた。それでも、走り続けるうちに、一本の柱が視界に入ってきた。
「ん……!? あれは……!!」
柱の近くに、守護するジェネラルの姿は見えない。
しかし、そこには、深手を負った伊達雪之丞が倒れていたのだ!
「おい……!! しっかりしたまえ!!」
「マ……ママ……」
うわごとを口にするのだから、まだ息はあるらしい。
見たところ、ケガは、腹にくらった一発だけのようだ。
それにしても、雪之丞は、魔装術の極意をも習得した男。普通に戦ったら、自分だって苦戦するはずなのに、それを一撃で倒すとは……。
そう思って気を引き締めた西条の背中に、甘い声が投げかけられた。
「西条先輩……」
「魔鈴君……!?」
振り返った西条は驚いた。
魔鈴めぐみがヨロヨロと歩いてくるのだが、その態度が、どう見ても普通ではないのだ。
「助けてください……!!
私……このままでは……!!」
今の彼女が醸し出す独特の雰囲気。それは、一言で表現するならば……淫美!
___________
一方、インド洋の柱の前では……。
お互いに名乗りを終えた二人の武人が、それぞれの得物を手に、身構えていた。
男は槍を、そして、少女は霊波刀を。
しかし、後者は、突然、構えを解いてしまう。
「……忘れてござった。
拙者、先生から鎧をもらっていたでござる!」
「……おまえにも
クロスやスケイルのようなものがあるのか?
ならば着ろ! 待ってやろう!」
「御言葉に甘えるでござるよ」
その場に流れた『正々堂々』という空気の中、シロは、背中の小さなリュックから小さな子犬の像を取り出した。
シロのためのクロスである。
狼星座も猟犬星座も巨犬座も現時点でセイントがいるため、横島とムウは、小犬座をイメージしたクロスを作製したのだ。
幸い、シロは、これを狼だと思っている。だから……。
「カモーン! ウルフ・クロース!!
……って言うべきでござるよな!?」
シロの間違った叫びにも律儀に応じて、小犬のクロスがパーツに分解、シロの体を覆っていく。
かしゃーん。かしゃーん。かしゃーん……。
「なんだかパーフェクト過ぎるでござるよ?」
「おい……おまえ大丈夫か?」
なんとシロは、全身至る所をクロスに包まれてしまった。もはや目と口しか露出していない。
だが、これは、まだ前段階だった。このクロスには、横島のアイデアがキチンと取り入れられているのだ。
「先生が作ってくれたクロスでござる……
拙者……信じているから……」
シロの信頼が霊波となり、それを感じ取ったクロスが、特殊機能を発揮し始めた。シロの体とクロスとの間にある洋服の布地を、クロスが吸収し始めたのだ!
クロスが直に生肌に触れる形となり、シロは、ちょっと不思議な感覚になったが、まだ終わりではなかった。クロスが、さらに変形を始める!!
「な、なんとっ!?」
脚のパーツの一部はつま先へ移動、爪となった。残りは、すべて臀部へ回ってシッポをカバー、彼女の尾を実物以上に大きく見せていた。これで、脚は完全に生脚である。
手のパーツは、全て爪へ変化。腕と肩のパーツは、上腕部半ばから手の甲までを守るアーマーとなった。
胴体部のパーツも、大きく移動した。股間はハイレグであり、上も胸部までしかない。しかも胸の谷間からヘソまでは大きく露出している。バストトップと横チチこそ隠されているものの、大部分のパーツは側面をカバーするだけであり、なんだか、体の前面をガラ空きにしたような感じだ。背中も腰から下しか覆われていない。
顔のパーツは、小さな四つの部品に凝縮してしまった。一つは宝玉となって額にはり付き、もう一つは複雑な装飾の首輪となる。そして、残り二つは両耳を覆う。まるで耳そのものが上方へ巨大化したようで、よりケモノらしい雰囲気になっていた。
「防御面積の乏しい鎧だが、それでいいのか!?」
「もちろんでござる……!」
敵の問いかけにも、シロは笑顔で応じた。
なぜか、クロスが肌に直接触れる不快感もなかった。
鏡などないが、見える範囲内で自分の体を見回せば、もう明白だ。
この姿は……。
女神アルテミスが憑依したときと同じなのだ!
ただし、クロスには肉体そのものを変化させる力はない。
だから、言わば…… アルテミスシロ中学生バージョン である!!
「これが……拙者の最強形態でござるよ!!」
(番外編2 or 第八話に続く)
# 18歳以上で、かつ、18禁に抵抗のない方々は、『番外編2』へ進んでください。#
# 18歳未満、あるいは、18禁に抵抗のある方々は、『番外編2』を省略して『第八話』へ進んでください。#
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こんにちは。
この第七話だけ読むと、『聖闘士星矢』の世界の中でGSメンバーが戦っているように見えるかもしれませんが、これは『GS美神』の世界です(詳しくは、第一話及び第六話を御参照ください)。
ポセイドン編は『星矢』原作の順序にこだわるつもりはありませんが、バイアン戦は早く終わらせたかったし、イオ戦は早く書きたかったので、原作と同じになってしまいました。バイアン戦はアッサリしすぎかもしれませんが、『星矢』原作でも劣勢になった後すぐ負けたキャラですので、それを考慮していただければ幸いです。また、イオ戦は、『GS美神』原作の『式神デスマッチ!!』を意識して、あのような決着となりました。
なお、今回ラストで登場したシロのクロス、実は前話を投稿した時点では何も考えていませんでした。しかし、いりあすさんから頂いた感想を読んで、考える必要を感じ……。頭に浮かんできたのが、作中に記したものでした。いりあすさん、アイデアを刺激していただき、ありがとうございます。
そして、西条の前に出てきた魔鈴めぐみ。彼女は本物かニセモノか? 本物だとしたら何をされたのか? ニセモノだとしたらその正体は? ……詳細な種明かしは番外編にて(番外編を読めない方々のために簡単な説明も次話にて)行いますので、続きも、よろしくお願いします。
(なお、レス返しは、同じページ内のほうが分かりやすいかと思い、それぞれのページに記しています)