彼は生まれたときから、その身に王の力を抱えていた。
彼に近づく獣たちは皆、不安定な赤子の意思に流されて、周囲に迷惑をかけることも少なくない。
自分を意のままに操る術を知らないのだから、仕方のないことではあったものの、度のすぎた失敗もした。
意図せず家族を殺しかけたことすら、あったのだ。
故に彼は、普通の子供よりずっと早く精神が成長するよう、厳しい躾を受けなければならなかった。
のびのびと成長させてあげられない悲しさはあったものの、それは間違いなく彼のためになることだったから、彼の両親は心を鬼にして彼を育てた。
そして、また一人の王として彼の妹が生まれてきたときにはもう、彼が周囲に迷惑をかけるようなことはなくなった。
例え力に、一生拭えない恐怖を抱えたとしても、彼は負けなかった。本当に強くなった。
広大な従姉妹の家を目指して、外見も中も美しい、黒い車が走る。
それがあまりにも”それらしい”からか、忠夫は内心、とてもリッチな気分だった。
「……毎回冥ちゃんちに行くときは緊張するなぁ」
「別にそんなに気を張らなくても、冥子みたいにのほほんとしてていいのよぉ?」
そう言う叔母もそうとうにのほほんとしたイメージがあるような気がしたが、本当の彼女がそう生易しい人物でないのも、忠夫は知っている。
そうでなければ、彼は今ここにはいまい。必要とされたからといって、小学六年生の身でというのは早すぎる。
「冥ちゃんって、冥子のこと?」
「ん? せやけど、それがどうか?」
何か思うところがあるような素振りを見せる令子に問い返す。
出会いこそ阿呆なものになってしまったが、落ち込んでいた令子に対してはむしろそれが功を制したのか、今は普通に話せている。
もちろん、”思惑”通りだ。
「いや……アンタ本当にあの六道と繋がってるんだなぁって」
「……そういう風には見えんですか?」
「細かい身振り手振りは堂に入ってるけど、なんか妙なところあるじゃない、アンタ」
「そうなるように練習しましたから」
「へ?」
予想だにしない忠夫の意見に、令子はわけがわからないといった顔をする。
その反応に内心喜びながらも、忠夫は、真面目な顔で話し始めた。
「僕や小百合が血を引いてるからんだと思いますけど、僕らと初めて会った人って、皆緊張してばっかりなんですよ。特別扱いして、割れ物みたいに見られます」
「そりゃあ……そうなるんでしょうねぇ」
「だからそんなん嫌や思うて、小百合と練習したんです。あんまり遠慮されないように、偉い人の子供やて思われんように」
「へ? それじゃあさっきのアレも、そういう理由で? わざとやってたの?」
「半分は」
「は、半分?」
それなら「もう半分は?」と問う令子。果たしてそれに答えたのは、忠夫の隣で少し眠そうにしている小百合だった。
「……本能です」
「そ、そう……。まぁ、年下のガキに気を使われるよりは、本能で動かれる方が気分はいいわね」
本気でそのケがあるらしい小百合にどう対応するべきなのか、令子は迷っていた。
『忠夫様は今のようにしている時が素の忠夫様です』
『うんうん。忠夫はいつも真面目なんだよぉ!』
「そうなの……て! あ、アンタ、しゃ、喋れるの?」
忠夫の膝の上で、当然の如く人の言葉を口にするに二匹の猫。
それが”当然”だと思っている忠夫、小百合や、慣れている叔母は平気でいるものの、まだあまり霊能の世界に関わりのない令子には、異質な存在に違いなかった。
「令子さんは、喋る動物とか見たことないんですか?」
「う、うん。人の霊が喋るのは何度も見たけど、動物が人の言葉を話すところなんて……」
「妖怪とかは?」
「それもあんまり。昔一度だけあるけど、それっきり……。魔族なら最近……あ、いや、なんでもないわ」
どこからどう見ても何かあるようにしか見えない令子。
これでも好奇心旺盛な忠夫は、あまり聞かない方が言いと思いつつも……。
「……美智恵さんのことですか?」
「聞いてたのね、ママのこと。うん……そうよ」
「どんな魔族やったんですか?」
「……ハーピー」
「は、ハーピーって、魔界の暗殺者やないですかっ! て、あ、ゴメン、小百合。ビックリしたか?」
「……ううん」
思わず声を張り上げてしまい、寝入りそうなところだった妹を起こしてしまった。
「眠いか?」
「……うん」
車から新幹線、車の乗り継ぎで、疲れているらしい。
「……兄ちゃん、お膝、かして下さい」
「うん。もう起こしたりせんから、安心して寝てや」
「……うん」
兄の膝にもたれかかって、幸せそうに、穏やかな表情で寝入る小百合。
忠夫としては、そんな彼女が可愛らしくて仕方がない。周りに隠しながらも(隠せていないが)幸せを噛み締めていた。
「妹に好かれてるのね。兄弟いないから、そういうの羨ましいわ」
『忠夫様と小百合様は本当に仲がよろしいんですよ。ずっと二人で暮らしてきましたから』
「親は?」
「父さんと母さんは、あんまり家におらんのです。せやから、いっつも家で、ミイとケイや皆と一緒に、二人でおったんです」
「皆? この猫たちの他にも、誰かいるの?」
その質問に、忠夫の目が一瞬、光った。
「はい。虫がいっぱい」
「む、虫って……そんなのどこにでもいるじゃない」
「だから、本当にたくさんおるんですよ。皆友達やから」
『少々汚らしいですが、皆さん、とても良い方々です』
『ボクもたくさん友達になったんだよ。……直ぐに、いなくなっちゃうけど』
令子は、こいつら一体なにを言ってるんだといわんばかりの目で、見ていた。
忠夫たちは、家に置いてきた”家族”を思い、寂しそうな気持ちをこぼしている。
そんな中、叔母は、困ったような顔をしていた。実際、困っていた。
親との別れには”罪悪感”を持っていた忠夫が、虫との別れに”寂しさ”を表していることに、内心、気が気でいられないのだ。
「忠夫君と小百合ちゃんには、獣や虫たちを寄せ付けて、懐かせる力があるのよぉ~」
「懐かせる……? 服従させるっていうことですか?」
「そう言ういい方も出来るけどぉ、二人はそういうの、嫌がってるからぁ」
「あ……すいません」
不適切とも言い難いものだが、それでも素直に謝る令子。
母親が死んで、自暴自棄にもなっていた彼女だが、今は冷静でいる。
「でも、そんな力……危険じゃないの? 冥子みたいに、その、ぷっつんしちゃったりとかしたら……」
それに答えるのは、忠夫。
「はい。昔は、それでたくさん迷惑かけたみたいで、小さい頃両親に、厳しく教えられました」
「今はなんともないの?」
「無意識に寄り付かせてしまったりはするけど、もう暴れたりとかはしないっす」
「寄り付かせるって……その、虫も?」
「はい。それで半年前、ちょっと迷惑をかけてしまいました。けど、大丈夫っすよ。叔母様、家にはちゃんと結界張ってくれてますから」
「そうよぉ~。忠夫君の力はそのままにしてるけど、小百合ちゃんの方はちょっと特殊な人にしか適応できないから、ある程度の対応をとらせてもらったのぉ」
例の、一人で寝るのは寂しくてダメ事件だ。
それにより被害を被った使用人が今でも、虫を見るたびに発狂してしまうほどのトラウマを抱えている。
そのためその使用人は今、全面的に結界の力が及んでいる一階の雑用を担当に変えられた。
「どこもかしこも遮断しちゃったら小百合ちゃんが可哀想だから、少しだけ結界の範囲外になってるところがあるけど、近づかなければ何ともないわぁ」
「そ、そうですか……」
令子にとって見れば、自分の住む家の中に虫が大量にわくような場所があると思うだけでも、肌がゾワゾワするようだ。
「そういえば、冥子は今でも、ぷっつんしたり?」
「それも大丈夫。もしあれば私が止めちゃうし、そうでなくても、忠夫君がいれば式神たちは暴れることができないわぁ」
「あの子らも獣みたいなものやから」
『十二神将さんたちの指揮権は、半分忠夫様が持っていられますの。ご安心を』
冥子が式神の指揮者だとすれば、忠夫は調停者。沈める力の持ち主になれるのである。
これは冥子にも出来ることなのだが、彼女の場合、自分自身が混乱した時の対処を行えないため、忠夫がサポートに回っていた。
「へぇ。アンタ、けっこうすごいのね」
「褒められることでもないですよ。全部、親の血に貰ったもんですから」
「謙遜することないわぁ。今の六道家の中では一番強い力を持ってるのに、一番しっかりしてるものぉ」
「んなわけないですよ。それこそエミさんや政樹さんのほうがずっと大人ですやん。小百合だって、すごいしっかりしてますよ」
忠夫は、六道家に住む人の多くを尊敬している。それは居候の少年少女、小笠原エミ、鬼道政樹とて変わらない。
「少なくとも、出会い頭に飛びついてくるような変態マセ馬鹿がしっかりしてるとは思わないわね」
「……言い過ぎやぁ」
「どこが言いすぎなのよ?」
「二割くらい」
「二割ってどこ?」
「馬鹿の鹿の部分と、マセのセの部分」
変態なのは、全面的に否定しないようだ。とんでもない小学生である。
「じゃあ、変体マ馬?」
「それなら変態マバ! の方がカッコイイですよ」
「……自分のこと変態変態って言って、よく平気ね」
令子が、呆れたように言う。実際呆れていた。
思っていた以上に、少年が大人だったから。
「令子さんが変態やゆうたんやないですか……」
「あら、落ち込んでるの?」
「そりゃあ僕だってショックくらい受けますよ……。最低や……」
「え?」
「…………」
「ご、ごめん。そ、そんなに落ち込んでたの?」
慌てて気遣うような声をかける令子に、それを見ていた叔母は、(デジャブだわぁ~)とか思わずにいられない。
「……何で破廉恥変態マセ馬鹿やないねん」
「あ、アンタ年下の癖に私をおちょくってるわけっ?」
少女の額に青筋が入る。
「だって破廉恥やないですか、僕。飛びついたんですよ?」
「自分でそう思うならやめなさい!」
「現に今だってほら、こうやって手を忍ばせて胸とか触ろうとしてますし」
「触るなっ!」
触った。
「揉むなっ!」
揉んだ。
そして車の中でボコられた。
小学六年生のまだ背の低い少年が、頭から血を流して車の席にもたれている。
暴れてしまったため、もちろん寝ていた小百合は起こされてしまったようで、
「う……兄ちゃん? (……バストは?)」
「あ、ごめんなぁ小百合。ちょっとボケが過ぎたみたいや。ゆっくりしてんか (C……それも大きい方や)」
「……なんかコイツラ見ててぞわぞわするのよねぇ……」
実は起こされたのではなく、始めからずっと起きていたんではなかろうかという疑惑が薄く立ち込める。
その真実を知っているのは忠夫と小百合の二人だけ、いや、ネコの二匹、そして六道家現当主も事実を知っているのだろう。
「……兄ちゃん、頭、お願い」
「おぅ。撫でてるから、ぐっすり寝ぇや」
「……うん。気持ちいい」
それから数分ほどして、小百合は小さな寝息を立て始めた。
車に乗っているのはVIPもVIP。安全運転真っ最中の今、六道家までは後二十分ほどかかるだろう。
短い時間だが、それまで妹が安らかに眠れるよう、忠夫はその柔らかい黒い髪の毛を撫で続けていた。
そうするだけで、忠夫も幸せだった。
「……シスコン」
「僕のことですか? ようわかってますね」
「否定しないんだ」
「するわけないっすよ。僕はそないに世間体を気にする男やない」
「まぁ。相変わらず禁断の愛ねぇ~」
それでいいのかと問いたくなるが、令子は我慢した。
また、何か変なボケでごまかされそうな気がしたからだ。
「小百合は僕が一生守るんです。だから、ずっと一緒におる」
「ずいぶんと熱烈ね」
「ずっと前から、そう決めてます」
心なしか、寝ている小百合の忠夫の膝を掴む手の力が、強くなった気がした。
自分が妹に必要とされていること、自分が妹を必要としていることなんて、わかっていた。
妹が自分に兄に向けるもの以上の想いを抱いていることなんて、わかっていた。
何故なら彼自身も、そうだったから。
笑う妹が、悲しむ妹が、怒る妹が、照れる妹が。
そして何より、自分の手で守れる妹が、自分にしか守れない妹が、忠夫は大好きだった。
『ねぇ、お母さん。ボク時々、忠夫がすごく格好よく見えるよ』
『どんなところが?』
『今みたいなところ』
『まぁ、ケイったら……心も私に似ていますね』
『どんなところが?』
『女の子の、女性らしい好みが』
『ボク、女っぽい?』
『ええ。あなたはいつでも、とっても素敵なレディですよ』
『えへへ、そっか。やったっ。お母さんに似てるんだ!』
『はい……こういう”カンケイ”が大好きなところは、そっくりよ』
続く
あとがき
話がほとんど進んでいないのは自覚していますが、必ず書こうと思っていたシーンです。会話中心です。
世にも珍しく、令子から忠夫への問いで構成している話です。立場が逆転していると言っても過言ではありません。
次回からは賑やかな登場人物が参加し、話が盛り上がってくるはず……なので、ご期待ください。
レス返し(前回開けてしまったので、今回、初めにコメントを下さった方にもまとめて返答いたします)
芝京さん
なにぶん普通とはかけ離れた特徴の強い話なので、”先が気になる”と言ってもらえるのは嬉しいです。これからも頑張りますので、よろしくお願いします。
紅蓮さん
妹はメインヒロインなので、もちろん様々な”萌”を追求させるつもりです。立場的にはオリキャラに当たってしまうので、そう思われないような、違和感のないくらい存在感のある、作品に馴染んだキャラにしたいと思っています。
通りすがりさん
いつもワクワクさせる設定と展開を目指してます。どこか夢や悲しみのある良い話を形作れればいいなぁとか思って書いてます。
ナニハナクトモさん
拙い文章に対する指摘、どうもありがとうございました。走り書きしてしまった品ですので、直さなければいけないところは多くなりそうです……。
忠夫は祖母を嫌っていません。深く尊敬しています。
星の影さん
ブラコン、百合と、小百合はずいぶんアウトロー、禁断すぎる少女です。故に忠夫と並べて活躍させやすく作ったつもりなので、これからも大活躍(?)の予定です。
壊れ表記……というか、”まだ子供で優等生”だということを意識しすぎて、忠夫の性格が原作とかけ離れてしまい、それが今一番の悩みです。
DOMさん
はい、ぶっとんでます。それはもう豪快に、大胆に。
今回はずいぶんセーブさせましたが、またいつか、彼女ははじけてくれます。近いうちに……。
もちろん期待されている忠夫×狐×小百合のカップリングも予定しております。犬とどっちが先にしようか迷ってますが、設定的に忠夫と狐には共通点があるので、たぶん狐が先になるかと。
meoさん
はい、あります。今後も大量に。本気で大胆な設定の改変を行っているので、多少の違和感があるかもしれないことを危惧しております。
Tシローさん
当主様の愛称、本当にどうしようかと困っています。もうこのまま突っ切るしかないのだろうかと。
ひとまず何か打開案を思いつくまでは、叔母やら当主やらといった人称で使っていこうと思います。
その点、小百合は名前も含めてわかりやすくてよかった。作者にって書きやすいキャラです。
ROMさん
はい、似てます。設定に怖いぐらい似てるところがあり、本気で泣きそうでした。
絶対にネタ被りしないような頭が欲しい……。
通りすがりの六世さん
センターは面白いと思ったら基本なんでもやる男です。
前回のものは、オリキャラである小百合にそれを意識させないほどの魅力を感じさせるのが目的です。
方向転換さん
イケナイ女の子、小百合の活躍はまだまだ続きます。
ピートですが、彼は原作より長く神父の弟子でいたという設定で、Gs免許もしっかりと持っています。作中では珍しく、年齢が上方修正されたキャラ。
ラルダァさん
いえ、「見えてはいけません」で合っています。
これはミイいわく『悪魔の笑顔』が格好よく見えてはいけないというミイの教育方針を表したものです。
Februaryさん
どうも。ロリも百合も心の底から愛しているダメ人間仲間のセンターです。
原作よりずっと理性的でお茶目な兄と、それ以上にお茶目さんな妹の活躍をどうか見守っていてください。
次回は更新が遅くなってしまわないようにと祈るばかり……。
追記 Februaryさんの意見のおかげで誤字が直りました。
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