ガチャっという音と共に扉が開いた。
「! 忠夫!! 今何時だと思って――」
夜遅く、何の断りもなく家を抜け出した息子が帰ってきた。
どう叱ってやろうかと思い、音のした方を向く。
「た、忠夫!? その怪我っ……ちょ、あんた! 病院に行くから車出して! 起きろ!!」
鈍い音が眠っていた男の腹から聞こえた。
「ゴハッ……な、何を……って、忠夫!? お前、その怪我っ!」
「いいから早く! 車っ!!」
ドタバタと走り回る音が聞こえた。
だが、横島忠夫にはどうでもいいことだった。
身体の怪我よりも、心が悲鳴を上げていたから。
〜1〜
今考えてみれば、それは子供だからこそ起きたのだろう。
自分とは違う力を持つ人間。血まみれになった人間。子供に畏怖を抱かせるには十分だ。
恐怖、それこそが“化け物”になる。例え友人であったとしても。
自分と違う存在を排斥しようとする。人間として、子供として、当たり前になっている現象。ただそれだけのことだった。
ただ、それだけのこと……
「おい、どうだった!?」
「ええ、出血は多いけど、大した怪我じゃないらしいわ。傷跡もすぐになくなるって」
「そうか……」
駐車場が病院自体と離れているのが欠点な病院。先に病院前で二人を降ろして、自らは駐車場に車を止めてきた横島の父、横島大樹が走って来たときには既に治療は終わっていた。ドッと疲れが押し寄せて、思わず壁に寄りかかった。
妻である横島百合子はそのすぐ側にある長椅子に座っている。
二人して同時にため息をついた。
「全く……なんであんな怪我を……」
百合子は額に手を当ててもう一度ため息をついた。
血まみれになった我が子を見た時は、それはもう心臓が止まるかと思ったほどだ。
夜の病院は閑静としていた。
横島忠夫はボンヤリと天井を見ていた。
いや、見ていたのはその更に先か。
ショックだった。
親友から化け物と呼ばれたのは。
もう、この力を捨てて、ただの一般人に戻ろうかと思う。
恐かった。
自分が、親友にとっての“魔王”になってしまうことが。
横島の怪我はたいしたことはない。そのお陰で入院することもなく、治療が済んですぐに家に帰れることができた。
ただ、その心に負った怪我はまだ癒えることはない。
横島夫妻は、憔悴しているらしい我が子に直ぐさま言及することは流石にできなかった。
明日にでも聞こう。そう思って休ませたのである。
しかし、次の日になっても息子の疲れは癒えていない。むしろ、更に増している。
どうやら寝ていないらしい。
「……仕方ない」
このまま放っておいても休まないだろう。そう思った百合子は、どこからともなく注射器を取り出した。
ボンヤリとしている息子の腕を取り、注射する。
横島はそのままバタリと倒れ込んだ。
「……ゆ、百合子さん? な、何を……」
「ただの睡眠薬よ。即効性の。本来は子供に使って良い物じゃないんだけど、濃度も薄めてるから大丈夫よ」
そう言う問題では、と言いかけて大樹は口を噤んだ。言ってしまうと命が危ない。
横島が目を覚ましたのは次の日の朝だった。
寝過ぎたせいか、少し頭がボーッとする。
部屋に入ってきた両親は横島に食事を与えた。そのまま部屋から出て行く気配はない。じっと横島を見つめている。
食事が終わって一休みし、さすがに横島の居心地が悪くなってきた頃、やっと言葉を発した。
「――で、何があったの?」
ポツポツと語られた話。
全てが語られた後、二人は頭を抱えたくなった。
まさか、霊能力などに目覚めているとは……
最近、何かを熱心に取り組んでいて奇妙に思っていたが、それが霊能だとは流石に思わなかった。
『村枝の紅ユリ』と呼ばれた彼女でも、流石に霊能の事は一般程度しか知らない。
だが、今は関係ない。今我が子に必要なのは、休養であった。
〜2〜
夏休みの半ば、しばらくの休養を経た横島。トラウマにでもなってしまったのだろうか、ここ2週間ほど霊能には全く手をつけていなかった。
何かを考え込むかのように俯いていたりといった、普段とは違う行動をとったりしている。以前の活発さは鳴りを潜めてしまった。
唯一の救いは、そんな状態でも普通に生活する程度には回復したらしいということ。
そんな彼は、親友の家へと向かっていた。
太陽が眩しいほど空は晴れている。
彼の心とは反対の様をみせる天気が、今はとても憎く感じられた。
あの事件から約2週間。
今も、体中が恐怖に震えている。
来たくはなかった。だが、避けて通ることは出来ない。母親にそう諭された忠夫は、ゆっくりと、親友の家に向かう。母、百合子もまだ10才の子供には厳しいかとは思ったが、そろそろ何らかの決着をつけても良い頃だと思ったのである。
ふ、と道から少し外れた場所に、黄色い何かが転がっていた。視界に入りにくい、まるで隠れているかのような場所に転がっていた。見つけたのも偶然としか言いようがない。
好奇心旺盛だった今までの彼ならば、すぐさま確認しに行ったかもしれない。
だが、今はそんな考え、欠片も思いつかなかった。
恐怖という、唯一つの感情に支配されていたからだ。
恐い、恐い、恐い……
自分のことを恐怖に引きつった顔で見られるのは、恐い。
自分が“魔王”になるのは恐い。
後一つ角を曲がれば目的地に着く。着いてしまう。
そんな場所で、横島忠夫は立ち止まってしまった。
5分か、10分か、それとも1時間か。一体どれだけ立ち止まっていたのだろうか。
最後の審判を受けるかのように、前に歩き出した。
避けられることになるのか、それとも再び仲良く出来るのか。
恐怖と、ほんの少しの期待を込めて。
そして――
「は……はは……」
横島忠夫は、また立ち止まってしまった。
泣きながら笑っていた。
忌避されるか。許されるか。
どちらにしても、覚悟はしていたつもり。
だが、こういう結末は予想していなかった。
ああ、神様……
いくら何でも、
これはなしでしょう……
そこには、堂本銀一の家があった。
だが、そこには誰も住んでいない。
――捨てられた。
〜3〜
ゆっくり、ゆっくりと歩く。
晴れていたはずの天気は、いつの間にか雨に変わっていた。
雨に打たれながら、横島忠夫は一人になってしまった。
あまりにもあからさまな拒絶をされ、孤独になってしまった。
こんな結末の後に、もう一人の親友である夏子の元へ行く勇気はなかった。
雨はどんどん激しくなっていく。
まるで、自分の心のように。
さっきまでは自分の心と反対の天気だった癖に、落ち込んでいる今は心を反映したかのように雨を降らせる。
また空が憎くなった。
空は、激しく、激しく、雨という名の涙を零す。
「……この雨……すげー、しょっぱいな」
後少しで家に辿り着く。
帰るのが、辛い。
帰りたくない。
思わず道の脇に座り込んだ。水溜まりが出来ていたが、気にならなかった。
これからどうしようか。
何気なく視線を彷徨わせた。
黄色い、何か。
いや、よく見てみると赤い斑点のような物が見えた。
あれは、なんだろう。
さっきも見た黄色い何か。今も変わらずそこにあった。
動くのも億劫だったが、何故か気になった。立ち上がって近づく。
キツネだった。
血にまみれたキツネだった。
そう、何日か前の自分のように傷つき力果てている。
心も体もボロボロなのだろう。
一歩、二歩近づく。
三歩、四歩近づく。
キツネが目を開いた。
傷だらけの身体で必死に足を踏ん張って、精一杯威嚇する。
思わず抱きしめた。
手に噛みついてくる。それでも抱きしめていた。
雨に濡れ、血にまみれ、冷たくなっている身体。あまりにも弱々しい。
しばらくすると、キツネは抵抗を止めた。力がもうないらしい。
「お前も、俺と一緒で一人なんか……?」
ピクリ、と反応するキツネ。
まるで人間の言葉が理解出来るかのように反応を返す。
直感的に、このキツネが普通のキツネではないことはわかっていた。
だから、自分の霊力をキツネに与えてみた。
生憎と治癒の能力なんかない。だが、これで何とかなるかもしれないと思った。
キツネは霊力に反応して警戒するように動いたが、すぐに動くのをやめる。害のあるモノではないと判断したらしい。
霊波を当てていると、キツネが霊力を吸収していくのがわかった。
傷が治る訳ではないが、さっきよりは体力が戻ったようだ。
「お前、俺と似てるな」
孤独な人間。孤独なキツネ。
互いに仲間はいない。
力無く零した言葉に、キツネはうっすらと目を開いた。
疲れた目と疲れた目。しばらく見つめ合ったあと、キツネは再び目を瞑る。眠ったらしい。
横島忠夫は、キツネを家に連れ帰った。
これが、横島忠夫の最初の転機。
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あ〜と〜が〜き〜
最後の「化け物」のところをちょっと修正。言われてみるとそうかと思い……
本当は昨日の夜投稿するはずだったんですけど、疲れて眠ってしまいました……待っててくれた方、すいません。
以下、レス返しです。
>sinkingさん
子供って以外と残酷ですからね……恐い。
>仁火さん
おお、期待されちゃった……がんばらないといけないですな。
>2043
はい、がんばらせて頂きます。
>雲海さん
横島はどう育っていくのか……最初のプロットから既にずれてきているので、作者も分からなくなってきてしまって……(汗
……どうなるんでしょうね……
>星の影さん
「化け物」のところ、ちょっと変えてみました。
……すこしはマシになったでしょう、たぶん。おそらく。きっと。
以外と好評だったんで、これはもっとがんばらないといけませんね。
>芝京さん
ありがとうございます。
これからもよろしく!
>Tシローさん
お゛!?
引っ越しのこと……ズバリと来ましたね。
ま、とにかく横島君がどうなるのか、ご期待ください。作者も分かりませんけど(ぇ
>1さん
うーん、一言で簡潔に、となると他になさそうだったんですよ。
一応、二人で同じこと、あるいは似たようなことを言う場面だったんで。
>TMさん
あい。確かに理不尽な成長は大抵醒めますね。
そういった成長はないように気をつけています。
次回もよろしく!
>亀豚さん
ギャフン?
これは何かの暗号か!?
まあ、何となく意味は伝わりますが……
>RONさん
うぃ。ちょっと訂正しました。少しはマシになっているはずです。
少しは。
これからもよろしく〜!