私は魂の牢獄にいた。
死にたくても死ねない。
神族との戦い、それは絶対に勝手はいけない茶番劇。
そんなものに延々とつき合わされ、負けて殺されたとしても、世界のバランスを保つために何度でも蘇る。
私は、もううんざりだ。
いつまで付き合えばいい?
いつになれば、私はこの牢獄から抜け出せる?
この牢獄から抜け出せるのなら、私はこの世界の全てに宣戦を布告し、全てを灰燼に返してもよいと思っていた。
そう、彼女と出会うまでは。
その日、私は人間界の様子を見ていた。
「……人間は良いな。彼らにはいずれ死が訪れる。私には永遠に訪れることはないものだ……」
私はモニターのチャンネルを切り替え、別の場所を移す。
そこには一人の女性が映っていた。
赤い髪を片くらいで切りそろえ、白を基調としたスーツで身を包み、右手には神通棍を、左手には数枚の破魔札てにした、美しい女性だ。
恐らくゴーストスイーパーという職業を生業としているのであろう。
多数の悪霊に取り囲まれているものの、彼女の表情には余裕の笑みが浮かんでいた。
『何体来ようと、雑魚は雑魚よ。この私……美神美智恵の名をその身に刻んで極楽へ逝きなさいっ!!』
そういうと、彼女は悪霊どもに破魔札を投げつけ、その爆発にまぎれて、別の悪霊に神通棍で斬りかかる。
その姿はまるでワルツを踊るかのように優雅でありながらも、躍動感にあふれていた。
「美しい……」
私は、彼女の姿に心奪われていた。
彼女は戦い方が美しいだけではなく、性格も気高く、実に好感が持てた。
私はその日から暇があれば、彼女、美神美知恵を眺めていた。
彼女を見れば見るほど、彼女に会いたい思いが募った。
そして、私は人間界にいく決意を固めた。
彼女に会うために……。
私は離婚して、娘との生活を守るため仕事に打ち込んでいた。
離婚の理由は夫が大学の研究にのめり込んだ事だった。
研究にのめりこむあまり、家にはあまり帰らないようになり、いつの間にかすれ違いの生活になって、どちらからとも無く離婚をいいだしていた。
娘の令子に、そこのことを告げると
「好きにすれば?」
とそっけない答えが返ってきた。
私は慰謝料を求めない代わりに、令子を引き取った。
それからは母娘二人でがんばってきた。
娘には寂しい思いをさせていたが、休日はできるだけ一緒にいるよう努めた。
私があの人と出会ったのは、仕事の帰りだった。
その日はいつものように、Gメンの仕事を終え、娘の待つ家へと向かっていた。
いつもの家路、何の変哲も無いその道に私は違和感を感じた。
街灯の下に、一人の男がいた。
長身でがっちりとした体格、長い髪を後でまとめ、高そうなスーツを着ていた。
だが、その男からは魔力が流れていた。
男がこちらを見る。
「美神美知恵だな……」
男が呟くようにいう。
「ええ。……あなた魔族ね」
私は神通棍を取り出し構える。
「いかにも。私の名はアシュタロス。魔神の一人だ。物騒なものをしまってくれないかね?私は戦いに来たのではない。君に話があるのだ」
なんてことなの、魔神が人間界に現れるなんて!
しかも私に話があるですって?
彼の右手が内ポケットの中に入り、うっすらと笑みを浮かべて近付いてくる。
クッ!私の命もここまでかしら……。御免なさいね、令子。
私は神通棍を握る手に力を込めた。
「美神美知恵……」
彼の右手が内ポケットから抜き出される。
もう、終わりなのね……。
私が覚悟した次の瞬間、予想だにしない言葉が聞こえてきた。
「好きだ!私の妻になってはくれまいかっ!!」
私の目の前には、アシュタロスが差し出した一輪の花があった。
「……は?」
私は開いた口が塞がらなかった。
いってしまった……。
ずっとずっと思っていたことをいってしまった……。
私は、彼女の答えをまった。
「あ、あのぉ〜」
しばらくの沈黙の後、彼女が言葉を発する。
「あなた魔神よね?」
「……当たり前だろう?」
「私を殺すとか、世界征服が目的とかじゃないの?」
「君を殺す?とんでもない!!なぜ私が君を殺さなければならない!!それに世界征服など、いつでもできる!!!!」
なぜだろう?彼女があきれた顔をしている。
「……ごめんなさい。私、あなたと付き合えないし、妻になれないわ」
ガァァァァァァァァン!!!
私は頭に雷神トールのハンマーでぶん殴られたような衝撃を受けた。
この魔神は何を考えているのかしら……。
こんなのが魔界にいるなんて頭痛が走るわ。
私、結婚する気はないし、ましてや魔神なんかと……。
「なぜ……なぜだね!!私の何が悪いのかね!!!」
アシュタロスが目に涙をためて私を見る。
魔神がふられた位で、半泣きになるのはどうなんだろう……。
私はため息をつきながら、答える。
「私は、あなたがどういう人物だか知らない。まぁ伝説くらいなら知ってるけど、それはあくまで伝説。あなたの本当の性格を知らないし、あなたは魔界有数の魔神。そんな人と、一介のGSとじゃ敵同士だし、釣り合わないわ。それに、私には中学生になる子供もいるし。悪いけどごめんなさい」
私は構えていた神通棍をしまうと、アシュタロスに頭を下げる。
そして頭を上げると、そこにはぽろぽろと涙を流し、口をへの字に曲げているアシュタロスがいた。
私が頭を抱えると、次の瞬間、彼は驚くべき行動にでた。
それは……
「うわぁぁぁぁぁぁんっ!!付き合ってくれなきゃこんな世界ぶっ壊してやるぅぅぅぅ!!」
盛大に泣き声を上げ、その上世界を壊すとか言い出す始末……。
こんなのが魔神だなんて……。魔界って相当人材不足なのかしら?
しかも、何か近所の人が何事かと思って様子見にくるし……。
仕方ないはねぇ……。
私は心の中で呟くと、ため息を一つ付き、子供をあやすように声をかける。
「はいはい、泣かないの。仮にも魔神でしょ?涙拭きなさい」
「ぐすんっぐすんっ……うん……」
私はハンカチをアシュタロスに渡した。
彼は、ハンカチで涙を拭き見つめる。
その顔が子犬みたいで、少し見つめていた。
すると、彼は不思議そうな顔をして
「どうしたのかね?」
といって私にハンカチを返す。
「な、なんでもないわ!」
いけないいけない!まさか、魔神の泣き顔が子犬みたいで可愛いとは思わなかったわ!!
それに……ふったぐらいで泣くなんて……子供っぽいのね。
私は、魔神というものは玉座にふんぞり返って、ある意味神々しくあるものと思っていのに、目の前にいる存在は子供っぽいだけだ。
私は彼にちょっと興味をもった。
もっと彼を知ってみたい。
そう思った。
でも、ふった手前、今更付き合ってみない?とはいえないし……。
……そういえば、この人、世界を壊すとかいっていたわね……。これを利用すれば……。
「コホンッ!」
私は咳払いをして、彼を正面から真剣な表情で見つめた。
ふむ……。
彼女には少し、みっともないところを見せてしまった。
長いこと魔神を続けてきて、いまだかつて相手から拒絶などされたことが無かったので、どのような態度をとればよいのか、良くわからなくて混乱してしまったよ。
それにしても、彼女のハンカチはいい匂いがしたな……。
ふられてしまったし……帰りに思い出として、せめて彼女が使っている洗剤と同じものを買って帰るか……。
私がそんなことを考えていると、彼女が真剣な表情をして私を見る。
私もそれに対し、真剣な表情を向ける。
きちんと別れの挨拶をしなければ……。
そう思っていると、彼女が口を開く
「貴方、さっき泣きながら世界を壊すとかいっていたけど、本当なの?」
むっ!混乱のあまり、破棄しようかどうしようか迷っていたあの計画を言ってしまったか!!
どうする!正直に話せば、彼女と敵対してしまうし、かといって彼女に嘘をつくには後ろめたいものが……。
少し悩み、
「本当だ」
と短く答えた。
敵対してしまうのは仕方ない。私は、彼女にだけは嘘をつきたくない。
「……そう。私は、貴方を止めるわ。だから……付き合いましょう!」
……な、なんだってぇぇぇぇぇぇ!!
私は一瞬、我が耳を疑った。
彼女は今なんといった?
付き合うといったのか!?
心なしか、彼女の頬が少し赤い気がする!!
「か、勘違いしないでね!私は貴方の計画を止めるために、仕方なく付き合うんだからね!!」
そういって彼女は私に右手を差し出した。
「よろしく、アシュタロスさん」
「こ、ここここここちらこそっ!!」
私はどもりながら、彼女の右手を両手で握り締めた。
あとがき
初めましてラムダといいます。
色々、至らぬこともあるかもしれませんが、よろしくお願いいたします。
また、この作品は別のところに投稿させていただいていたものですが、あらためてこちらに投稿させていただきます。