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「DAWN OF THE SPECTER 24(GS+オリジナル)」

丸々&とーり (2007-11-20 01:06)
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「予想はしていたけど……やっぱり酷い有様だな……」

まだ日の出前の薄暗い早朝。
水平線の向こう側から、そろそろ太陽が顔を出すかという頃合。
スーツ姿の金髪の少年が周囲一面に立ち込める腐臭に顔をしかめていた。
すでに700年を越す年月を生きてきたバンパイア・ハーフの彼ですら、この目の前の光景は何度見ても慣れるものではなかった。

小さな漁港の砂浜に流れ着いたおびただしい量の肉・肉・肉。
バラバラに解体された何かの死骸は、分厚い鱗に覆われていたが、その断面部には海鳥が群がっていた。
海鳥が群れを成して腐りかけた死肉をあさる光景は、どうにも不気味なものを感じてしまう。

そして金髪の少年と並ぶ、銀髪に赤いメッシュを入れた長身のスーツ姿の女性。
対照的な美しい髪色の二人が並ぶ姿は、ともすれば映画のワンシーンにも見えたかもしれない。
もっとも、それは銀髪の女性がベストのコンディションであればの話だが。

「う……ッぷ。」

真夏の高温多湿な気候は、死肉を腐らせるには充分すぎる。
通報から半日程度しか経過しないというのに、既に死肉は変色し、蝿が周囲を飛び交っていた。
ハンカチで鼻と口を押さえる女性の顔色は青白く、少年が吐き気を紛らわせてやろうと背中をさすっている。

「く、ぅぅ……ピート殿、し、心配は御無用。
この程度の障害、どうという事もござらん。」

強がるその言葉とは裏腹に、女性は今にも倒れそうになっている。
しっかりと地面を踏みしめる両脚は頼もしいが、その上体はゆらりゆらりと揺らめいている。
流石に見ていられなくなったのか、ピートと呼ばれた少年が口を開いた。

「シロくん、ここは僕が調べるから君は漁師の方達から話を聞いてくれないか。
もしかしたら何かを見た人がいるかもしれない。」

「お、お心遣いはありがたいですが、拙者なら平気でござる……ピート殿一人に苦行を任せる訳には……」

恐らく義理堅い性格なのだろう。シロと呼ばれた女性は自分の職務を全うする事しか頭に無いようだ。
そこまで嗅覚が鋭くないピートには倒れそうになるほど臭いがキツイとは思わなかった。無論、彼とて出来れば避けたいとは思っている。
だが人狼である彼女にとっては、強烈な腐臭が漂うこの場所にいるだけで相当な『苦行』なのだろう。

「いや、時間的にそろそろ漁師の方達は漁に出てしまう時間だと思うんだ。
だからそれまでに話を聞いてみてくれないかな。この現場の検証に、二人も人数は要らないだろう?」

もっともらしい理由を付けた所で、本心はわかりきっていた。
シロは一礼し、ピートの心遣いに感謝を示すと、風のようにその場から走り去っていった。

「はは……そんなにキツイんだ。
捜査の役に立つとは言っても、感覚が鋭すぎるのも考えものだなぁ。」

全速力でこの場から離れていくシロの後ろ姿に、ピートが苦笑いを浮かべていた。
後輩の後ろ姿を見送ると、意を決して死骸の山へと足を進める。
人間より少し優れている程度の嗅覚とはいえ、流石にここまで近づけば臭気で胃液がせりあがりそうになる。
前もって準備しておいた、香水をふりかけたハンカチで口と鼻を覆うと少し楽になった。
この手の魔獣の殺戮現場に出向くのも一度や二度ではない。準備は完璧だ。

「魔獣の種類は……強固な竜鱗と……打ち上げられた死骸から察するに、多分脚は無い……となると、蛇竜族系統の魔獣か。
それにこの胴回りの大きさから推測するなら……海龍クラスと思って良いだろう。
でも、基本的に深海付近に生息する筈の海竜をどうやって――――」

ここまでバラバラに。
締めの言葉を胸の内に飲み込み、周囲の惨状を改めて見直す。
輪切り状に解体されているために全長は掴めないが、その胴回りの太さだけでワンボックスカー以上の超大型サイズなのは間違いない。
彼らは穏やかな気性とは言い難かったが、深海付近という生息場所もあり、基本的に人間と接触する事は滅多になかった。
そのため未だに生態系などに謎が多いが、一つだけハッキリしている事がある。
巨大な体躯を誇り、海中を高速で自在に泳ぐ彼らは、まさに深海の王者と呼ぶにふさわしい存在だ。

「まだ発見されていない、彼らの天敵がいるという事か……それとも……」

ピートは死骸の一つの側に膝をつき、その断面部をじっと観察する。
無数の肉片に輪切りにされているとはいえ、その欠片一つだけで自身を遥かに超える大きさだ。
これほどに巨大な海竜を屠るモノが存在するとは、にわかには信じ難かった。

「……やっぱり、これもだ。今までのと同じだ。」

鋼鉄を遥かに凌駕する硬度を持つであろう竜鱗。
竜鱗は一枚たりとも砕かれてはおらず、その全てが切断されていた。
その切り口は陶器のように滑らかで、凄まじい切れ味を持つ何かに両断された事を示唆している。

ピートの知る限り、かなり名のある霊刀でもなければこんな所業は不可能だ。
鍛え上げた霊刀をもってすれば、物理的な硬度はほとんど意味を成さない。
だが深海で霊刀を振るう事など不可能な以上、これは机上の空論と言うしかない。

「断面は今までのものと同じ……となると……」

別の肉片へと場所を変え、その周囲をぐるりと回って観察する。
予想通り、竜鱗が無くなっている部分がいくつか発見できた。
高熱で溶かされでもしたのか、その部分の竜鱗がガラス状になっている。
これもまた、これまでの魔獣の殺戮現場で発見されたものだ。

「やっぱり、同一犯なのか……?
だが、何の為に……そもそも“犯”と呼ぶべきなのか……?」

人間の法律に照らし合わせれば、これまでの殺戮を罪に問う事は出来ない。
いずれの事件も、全て“特定有害生物”に指定されているものばかりだった。
自分の生い立ちの事もあり、人間の法律が全てという考えが正しいとは思えない事もある。
しかしこの件に関しては、表彰こそされ、隠れて行うようなものではない。
前回の死骸のタクヒ――頻繁に大量発生し、中国全土に多大な被害をもたらす――にしても、その前の半魚人――ヨーロッパ沿岸部で様々な被害が発生している――にしても、知能が低く、己の欲望のみで行動するような害獣なのだ。
同じ人外のピートから見ても、彼らの存在は決して好ましいものではなかった。大量発生すれば、他の生態系にも甚大な被害を与えるのだから。

犯罪行為と呼べないのに何故オカルトGメンが調査しているか。
それは偏に、一連の実行者と動機が不明だからだ。
正体不明の殺戮者を放置するなど、危険極まりない。

「さてと。それにしても……この惨状はどうしたものかな。」

朝日が差し始めた事で気が付いたが、沖の方から、追加の肉片が次々に流れ着いている。
青く透明なはずの海が、真紅の血で濁り、周辺一体が地獄さながらの様相を呈していた。


その日の夕暮れ。
質素なビジネスホテルの一室で、ピートとシロが今日の調査の結果わかったことを確認しあっていた。

「遺体を回収していった海洋調査団の人達が喜んでたよ。
バラバラとはいえ、貴重な海竜のサンプルが10体以上も手に入ったってさ。」

「10体とはかなりの数でござるな……しかし、あれだけバラバラにされていたのに、よく数がわかりましたな。」

「もちろん大まかな数だよ。発見された頭部の数や、摘出した臓器の内容から判断したらしいんだ。
なんにせよ、大した数だって事には変わりないけどね。そっちは何か話を聞けたのかい?」

今日は結局漁に出るのは不可能だろうという事で、漁師の面々は海竜の死骸の引き上げを手伝ってくれていた。
結局、ピートはその陣頭指揮だけで一日が終わってしまっていた。つまりそれだけ死骸の量が膨大だったのだ。
浜辺からオカルトGメンの研究所まで、漁業組合のトラックでのピストン輸送が行われたのだが、死骸の回収だけで一日がかりだった。

「拙者の方は、一応目撃者らしき証言を聞く事が出来たのでござるが……」

うーむと唸り、腕を組んだ体勢で眉を寄せる。
その言うべきか否か思案している姿から、ピートはシロが何を聞いてきたかを察していた。

「当ててみようか。
……赤く輝くUFOを見たって話じゃないのかい?」

図星だったようだ。
シロは苦笑いを浮かべて頭をかいている。

「さすがに報告書には書けないでござるよ。『事件にはUFOが関わっている可能性があります』などとは。」

「僕も前の現場で同じ話を聞かされて、どうしたものかと頭を抱えたよ。」

キャトル・ミューティレーションならぬモンスター・ミューティレーション。
この21世紀の時代に、まさかのUFO(未確認飛行物体)ときたものだ。ワイドショーが聞けば大喜びするだろう。
そのあまりにズレた証言に、二人は思わず笑い声を上げてしまう。
ひとしきり笑った後、不意にピートは真面目な顔で考え込んだ。

「……うん、たしかに馬鹿げた証言だ。
けど、二つの現場で同一の証言が出たとなると……無視する訳にはいかないか。
もしかしたら、目撃証言が出ていないだけで、他の現場にも出現していたのかもしれないし。」

「たしかに、UFOの関与などという与太話は置いておくとしても、この証言を捨て置くわけには参らぬでしょうな。」

二人は各自の手帳に、この証言について書き込んでいる。
どれだけ馬鹿げていると思えても、僅かでも可能性があるのなら疎かには出来ないのだ。
UFOの可能性は流石に排除するとしても、目撃された物体が事件に関わっている可能性は大いにある。
と、その時ピートの携帯電話が鳴り出した。

「はい、もしもし。」

相手は海竜の死骸を回収したオカルトGメン直轄の研究所だった。
ピートは彼らに解剖を依頼しており、恐らくその報告だと思われた。
詳しい解剖結果は流石にまだだろうが、とりあえず現状でわかった事の報告だろう。

「ピート捜査官、今回の死骸も今までと同じだったよ。
鋭利な刃物による一刀両断と、超高熱による組織の融解。
いったいどんな手を使ったのか知らないけど、毎度毎度、鮮やかなもんだね まったく。」

低くしわがれた女性の声。
主任研究員である彼女はそろそろ引退すべき年齢なのだが、その仕事ぶりには些かの衰えも無い。
迅速で、そして何よりも性格な分析は、常にピート達現場の捜査員を支えてきた。

「海竜の生息場所から考えると、現場は深海の筈なんだけど……そんな条件下でいったいどうやって高熱を発生させたのかねぇ。
私も長くこの仕事をやってるけど、さっぱり見当もつかないよ。」

確かに。
それはピートも引っ掛かっていた。
深海であれだけの数の海竜を一晩で屠るなど、常識で考えれば不可能な筈だ。
まさか、この6年間姿を消していた神族・魔族の仕業か……?
だが神族・魔族に特有の、濃密な残留霊力も検出されていない。
ならば、いったい何者があれだけの数の海竜を――――

思考を反芻させた時、何かが引っ掛かった。
殺戮者の正体や殺戮の手段とは別のモノだ。もっと根本的な違和感。

――――あれだけの数の海竜。
そう、それだ。何故、ただでさえ珍しい筈の海竜が同じ場所に10体もいたのか?
おかしい。不自然だ。それ自体に作為的な臭いがする。
これまでの事件を振り返っても、それらは全て『大量』殺戮。
標的こそ毎回違えど、この点だけは共通していた。

「……霊基構造の解析。確か、もう解禁されてましたよね。」

「へぇ……面白い事を言うじゃないかい。『それ』を試せって事かね?」

霊基構造の解析。
神族・魔族に連なる者は独特の身体構造を持っている。
人とは比べ物にならない程の高出力の霊力を扱えるよう、全身に――それこそ髪の毛一本の先に至るまで――霊力を走らせる為のチャクラが張り巡らされているのだ。
それはまさに彼らの生命線と呼ぶべきもので、これを失えばその存在を維持することが出来なくなる。

そして、この霊基構造には一つの特徴があった。
人間の遺伝子のように、霊基構造もそれぞれの個体ごとに定まっており、二つと同じものは存在しないのだ。
だがこれを解析し暴くという事は、『神』への冒涜と考えられていた。
そう考えられていたのだが、この6年間彼らがすっかり姿を見せない為、オカルトGメンの捜査のみに限定し、極秘裏に解禁されたのだ。
信仰心が薄まった訳では無いが、あの大霊障以来、人間界の宗教観も色々と変化しつつあった。
そんな事情があり、長年研究員をしてきたベテランの彼女も、実際に試すのは初めてだった。

「僕の予想が正しかったら、面白い事がわかるかもしれません。」

正直、当たって欲しくないですが。
そう心の中で呟きながら、ピートは携帯を切っていた。

「『あれ』を試すのですか?
たしか、世界でもまだ数件程度しか前例がない筈でござるが……」

電話をそばで聞いていたシロも、口元を手で押さえて考え込む。
それなりに時間がかかる上、必要経費も膨大なのだ。よほどの確証が無ければわざわざ試そうとは思わない。

「結果次第では一気に核心に近付けるかもしれない。
まあ、結果が出るのに三日ほどかかるそうだから、しばらくここに滞在しなきゃいけないけどね。」

「三日でござるか!?」

弾かれたように声を上げたシロに、ピートは目をまたたかせる。
確かに予定では明日東京に帰るはずだったが、予定が変わるのは別に珍しい話じゃない。
何か予定でもあったのかと尋ねてみる。

「あ! い、いえ……別にそういう訳ではござらんが……」

少しうつむき気味で目を背け、誤魔化すように銀の髪をかき上げる。
ピートは今まで全く気付かなかったが、その仕草・雰囲気が記憶の中の彼女と違っている事に今更ながらに気が付いた。
「ああ、なるほど」と頷き、ピートは興味深そうに目を細める。

「な、何故笑っているのでござるか! せ、拙者は別に何も――――」

「いや、良いと思うよ。」

慌てて何かを弁解しようとするシロを、ピートは手を振って遮る。
捜査の時の張り詰めた表情とは違い、穏やかに微笑んでいる。

「『良いと思う』、って。何がでござるか?」

「『何が』って、できたんだろう?」

――――好きな人が。
続けて綴られた言葉に、シロは真っ赤な顔で立ち上がる。

「ち、ちが、そういう事じゃ!
拙者はそんな理由で言った訳じゃなくてッ!
だ、だって、そんなの公私混同だしッ!!」

残念ながら弁解する方向を間違えている。
『好きな人ができた』という指摘を否定するのではなく、東京に戻れない不満を口にした方を弁解しようとしている。
それではピートの指摘を逆に認めているようなものだ。

「恋愛は出来る時にやっておいた方が良いと思うよ。
僕みたいに長く生き過ぎると、そういう感情が磨耗してしまうからね。」

見透かされるように微笑まれ、「も、もう今日は休みます!」と耳まで赤く染めながら、シロは自室へと戻っていった。
一人残されたピートはクスリと笑みをこぼす。さっきのシロの慌てふためく姿が微笑ましかったからだけでは無い。
ピートは安心したのだ。行方不明になった『彼』の影を追い続け、神経を磨り減らしたシロの姿は、正直見ていて痛々しかった。
まだ彼女は若い。700年以上も生きた自分とは違い、まだ外見の年齢と実年齢にそれほど差が無い。
人間相手の恋愛でも、それほど問題は無いだろう。

「さて、と。僕もシャワーでも浴びて寝るとしようかな。」

気がかりだった件が一つ解決し、足取りも心なしか軽かった。
もっとも、後輩の想い人が『彼』本人だとわかっていれば、心配のあまり胃に穴の一つでも開いていたかもしれないが。


階段状に段差が設けられ、その一段一段に長机が並べられた一室。
その味気ない灰色の壁に囲まれた部屋は、一見すれば講演会の会場にも見えたかもしれない。
部屋の規模としてはかなり大きく、数百人程度なら余裕で収容できるだろう。
席のそれぞれに八桁の数字のラベルが貼られている。

既に席は全て埋められており、数百人の人間がいるというのにシンと静まり返っている。
その中に、横島の姿があった。腕を組んで目を閉じ、次の展開に進むのをじっと待ち続けている。

ここは東京都庁の地下に設けられた特別会議場。
本来はトップシークレットなのだが、特別に選抜GS試験の第二試験会場として使われていた。
机に張られた八桁の番号はそれぞれの受験番号で、皆自分に対応した数字の席に着席している。
予定時間になったその時、入り口の扉が開き、一人の老人が小さく靴音を響かせながら入ってきた。
豊かな白髪を撫で付け、漆黒の一本杖をつくその姿。
GS協会日本支部長、東堂巌その人である。

「まずはおめでとう、と言わせていただこう。
ここにいる一次試験を突破した諸君は、皆確かな知識を持っていると示し――――」

老齢による衰えを些かも感じさせない、低く良く通る声。
だが、横島は別のことを考えていた。
先日東堂から提案された、おキヌを国連専属GSから解任する条件。

――条件は一つ。君が選抜で最後まで勝ち残ることだ。
そうすれば私が国連と掛け合い、彼女の解任を要請しよう。

あの時の東堂が嘘をついているとはとても思えなかった。
しかし、そもそも東堂の権限とはどれくらいのものなのだろう。
幾つもの国家の連合体である、国連に影響を及ぼせるほどのモノなのか?
そして、自分が選抜に勝ち残る事と、何の関係があるのか?

アメリカでの生活で、裏社会の人間と仕事をする事もあった。
そんな生活の中で、大まかにだが相手が『善』か『悪』かを嗅ぎ分ける事が出来るようになった。
状況によって善悪の定義など変わるのは当然の事だが、これはもっと根源的な、いわば人間の性質を測る上での『善』『悪』だ。
そして、横島が嗅ぎ取った東堂という人間の性質は、間違いなく『善』だった。

理論的に考えれば、GS協会の支部長に過ぎない東堂に国連を動かすほどの力は無いだろう。
自分が選抜試験で勝ちあがろうと、負けようと、東堂の影響力に差が出ることは無い。
だが、あの日の東堂は嘘をついているようには見えなかった。
言っている事に矛盾があるのは間違い無いが、それでもあの言葉が偽りであったとは思えないのだ。
となると、東堂にはGS協会支部長という表の肩書きとは別に、国連と交渉出来るようなカードを隠し持っているという事なのだろうか。
わからない。今はまだ何もわからない。

「――――私の言葉は以上だ。諸君の健闘を祈る。」

そうこうしている内に、東堂の激励の言葉は終わったようだ。
東堂が退室するのと入れ替わりに、頭髪が少々寂しげな神父姿の男を先頭に、数名の人間が入室してくる。
神父姿の男を見た選抜参加者がどよめいた。未だ第一線で活躍する唐巣神父はかなりの知名度のようだ。
他の数名の入室者は、机をまわり、書類を参加者に配布している。恐らくGS協会の職員なのだろう。

目を伏せて考え事をしていた横島だったが、ふと見知った香水に気付き、目を上げた。
思わず声を上げそうになったが、どうにか抑え込む。

そこにいたのはスーツ姿の金髪の女性。
御馴染みの九房に纏めた髪が、書類を配るために身体を屈めるたび、上下に揺れている。

(何やってんだよ、こんなとこで……!)

自分の前に来た時に、小声で囁きかける。
タマモも今はGS協会の職員として働いているのだから、別にいてもおかしくはない。
だが、こういう地味な仕事を進んで引き受けるような性格じゃない事は、横島とてよく知っていたのだ。

(ちょっと、仕事中に話しかけないでよ。空気読みなさいよね、まったく……)

じと目で睨み、そのまま立ち去っていく。その姿は何処から見ても立派なGS協会の職員だ。
ポカンとした表情で見送るしかない横島だが、考えてみれば最近タマモの様子が微妙におかしい。
ハッキリと此処がおかしいと指摘する事は出来ないが、何となく自分への対応がソフトになった気がする。
そんな事を考えていると、じわりと全身に脂汗が浮かんできた。

(え、これもしかして死亡フラグ? 俺、知らない間に地雷踏んじゃった??)

かつてピートから聞いた言葉が脳裏をよぎる。
――ギャングは殺す対象に贈り物をおくるそうですよ。
結局あの時の恐怖の対象だった美神から殺されることは無かったが、今回はヤバイかもしれない。

油断させておいて、絶妙のタイミングで背後から……!
妖狐の化身であるタマモに似合うハンティング・スタイルだ。
帰国してから自由気ままに行動していたのだが、それがとうとうタマモの癪に触ったのか。
こっそりベッドに忍び込んだり、毎日ご飯をたかったりと、心当たりがあり過ぎる普段の自分の行いに、今更ながらに冷や汗を流していた。

「はじめまして、皆さん。私はこの実技試験の試験官を担当します唐巣という者です。
これから約一ヶ月間皆さんと行動を共にすることになりますが、どうぞよろしく。」

横島の恐慌をよそに、神父は簡潔に自己紹介を済ませ、試験の内容を説明し始める。
当然と言えば当然だが、教会のお世話になっている横島も試験の内容については一切教えられていない。
一ヶ月間泊り込みになるとは事前に書類で報されていたが、それ以外は何もわかっていなかった。

「皆さんには特別に創られた異空間の中で、実際に除霊を行っていただきます。
ただし相手は霊ではなく、式神を相手にする事になります。試験なので、かなり強力な設定を式神には施してあります。
その能力は、そこらの悪霊とは比べ物にならないと思ってください。」

ペーパーテストである一次試験を突破した者の中には、体力仕事に自信が無い者も少なからず存在した。
脅しをかけるような唐巣神父の言葉に、不安げに室内がざわめく。
だが神父は皆を安心させるように、いつもの穏やかな表情でにっこりと微笑んだ。

「もちろん、危ないと思ったらすぐに棄権してください。
棄権した瞬間から式神の攻撃対象からは除外されるようにできていますから。」

ホッと安堵のムードが漂った。
神父は穏やかな表情のまま、念を押すように続ける。

「試験だからと言って、決して無茶をしないように。
退くべき時に退く。それもまた優秀なGSの素質なのです。」

三十年以上も現役でGS業を続けている唐巣神父の言葉だ。その重みを感じ、皆素直に頷いている。
ここにいるのは皆、選抜試験に参加できるほどの優秀なGSなのだが、その彼らにとっても唐巣神父は別格だった。

「取り敢えず、実技試験は明日からです。今日はこれから皆さんに健康診断を受けていただきます。
もしも、検査の結果深刻な問題が見つかった場合は、残念ですが実技試験は辞退して頂きますので、悪しからず。」

ここから先は係員の指示に従うように、という言葉で締めくくり、神父は部屋を後にした。
残された受験者に、GS協会の職員が健康診断についての説明を始める。
その流れだけは一応耳に入れつつも、横島の頭はまた東堂のあの言葉の真意を考え始めていた。


結局、健康診断と言っても、心電図や脈拍の測定。
後は視力・聴力の確認と、医者による問診が行われる程度のものだった。
一日で数百人の人間を診断する以上、簡略化されるのは仕方ない。
確かに、これで引っ掛かるほどの疾患を抱えているのなら、選抜試験どころの話ではない。
さっさと病院に行くべきだろう。

検査を終え、これからどうしようか、などと横島が考えていると、見知った人間が視界に入ってきた。
黒髪を腰まで伸ばした長身の男。以前顔を合わせた時に、壮絶な殴り合いにまで発展した男である。
男はまっすぐに横島へと歩いてくる。

「まさか君が一次試験を突破するとはね。いったいどんな手を使ったんだか……」

無論、実力で筆記試験を通過した訳ではない。
だがそんな事をわざわざ申告する必要も無い。
特に目の前の男には。

「西条、喧嘩売ってるのなら買うぞ。この前の決着をつけるのも悪くないしな。」

ここは前回の空港以上に人の目がある。
だが、挑発されて黙って引き下がる横島ではない。
やるやらないは別にしても、自分の敵意だけはしっかりと伝えている。

西条も眉が吊り上がりかけたが、それも一瞬だけのこと。
今日は別の用件があるようだ。周囲に聞かれないように声を潜め、口を開いた。

「……この前のおキヌちゃんのコンサート。あの夜、令子ちゃんが悪霊に襲われた。」

「――――ッッ!」

予想外の言葉に、横島が電撃に打たれたように身体を震わせた。
まさかこのタイミングで、よりにもよって西条からこの話を聞かされようとは、完全に想定の範囲外だった。
あの日の東堂の言葉がフラッシュバックする。

――大丈夫、彼女は無事だ。そして、事件については既にオカルトGメンが動いている。
何か進展があれば私に報告する手筈になっている――

オカルトGメン。あの時、東堂は確かにそう言った。
つまり、あの夜は行き違いになったが、美神を助け出したのは西条だったのだ。
だが、何故西条は美神の危機を知る事ができたのか?

「けど西条……お前はどうして、美神さんに危機が迫ってるってわかったんだ。」

「子供だよ。」

その言葉に、横島の心臓が締め付けられるように痛んだ。
だが横島の態度の変化に気付かず、西条は続ける。

「いや、性格には子供の浮遊霊だ。
あの夜、前触れも無く現れ、令子ちゃんに危機が迫ってるとだけ言い残して成仏した。
霊感が騒いだから令子ちゃんが宿泊しているホテルを調べて駆けつけたら、案の定さ。」

同じだ。あの夜、自分の前に現れた浮遊霊と同じ事を、西条に告げたのだろう。
しかし、自分と西条の前にだけ現れたとも思えない。
となると、ある一定以上の霊力の保有者の前に、無作為に現れたと考えればどうか?
調べれば他にも目撃者がいるかもしれない。

「悪霊は確かに強力だった。正直なところ、その辺の悪霊とは比較にならないレベルだったよ。
だがその強力な霊力以上に気になった事があるんだ。行動が普通の悪霊のソレとは明らかに違っていた。」

西条の脳裏には、あの夜の不快な映像が蘇っていた。
まるで生身の男のように、美神を犯そうとしていた悪霊。
性欲は肉体に付随する。肉体を失ったのに性欲を持つなど、普通の霊魂の思考と比較すれば、その異質さは明白だった。
普通の悪霊であれば、本来の魂を追い出し、肉体を乗っ取ろうとした筈だ。

「それで君に聞きたい事がある。
君は以前、黒魔術の媒介にされた事があるそうだね。」

小笠原エミに引き抜かれ、利用された時の事だろう。

「その時、君に意識はあったのか? 君の意思で『呪い』を操る事ができたのか?」

西条の質問の意図がわからず、横島が怪訝な表情を浮かべる。
それが、美神が襲われた事件とどう関わりがあるのか。
それを知るためにも、今は素直に質問に答えるしかない。

「……あの時、俺に何かできた訳じゃない。俺はただ座らされてただけだ。
コントロールはおろか、『呪い』が向こうで何してるのかすら、俺にはわからなかったよ。
で、そんな昔の話が、あの夜の美神さんと何か関係があるってのか?」

西条は横島の答えに何やら考え込んでいる。
少し思案した後、横島に問いかけた。

「君は、南米の犯罪グループを仕切っている組織を知ってるか?」

「『ブードゥー・ギルド』だろ。
アメリカにいた頃、黒い噂を嫌になるほど聞かされたよ。
いや、そんな話はいいから、そろそろ本題に入れよ。」

ブードゥー・ギルド。
黒魔術を中心に様々な呪術を操る、世界でも指折りの危険なギルドだ。
各国の要人が暗殺された時など、決まってこのギルドの関与が噂されている。

「なら、そのギルドを現在誰が仕切ってるのかは?」

流石に横島もそこまでは知らないのだろう。
少し考え込むが、結局は首を傾げるだけだった。

「知らないなら教えてあげよう。君もよく知ってる名前だよ。
小笠原エミ、それが今現在のブードゥー・ギルドのマスターさ。」


「よお、タイガー。検査どうだった?」

「もちろん何の問題もなしジャー。明日からの実技試験が楽しみじゃノー。」

「へっ、潰し合いになっても恨むんじゃねーぞ?」

小柄だが引き締まった体型の男と、身長二メートルを超える大男が話している。
明日から始まる実技試験が待ちきれないのか、小柄な方の男が不敵な笑みを浮かべた。
とその時、通路の先から怒鳴り声が響き、皆が一斉にそちらに顔を向ける。

――――てめぇ、ふざけんなッ!
それじゃあ何か!? エミさんが仕組んだって言いたいのか!?

――――何の根拠があって、違うと言い切るんだ、君は?
それに僕は『彼女がやった』とは言っていない。『やれる立場にいる』と言っているんだ。

――――それを犯人扱いしてるって言うんだよ、このバカヤロウがッ!

茶色の髪の男が、凄まじい剣幕で黒い長髪の男に掴みかかっている。

「おいおい、アレって西条の旦那じゃねーか。
旦那に喧嘩売るとはどこの馬鹿だ、アイツ。」

「もし手でも出そうものなら、逮捕されるのが関の山なのにノー。
雪之丞、止めてやらないンか?」

めんどくせぇなあ、と呟きながら、雪之丞は二人に近づいていく。
言葉とは裏腹に、荒事に首を突っ込めるのが嬉しいのだろう。
その顔には笑みが浮かび、両目にはギラギラと凶暴な光が宿っている

「おい、アンタ。オカGの捜査官に手を出したらタダじゃすまねーぞ。
せっかく二次試験まで残ったのに、こんな事でチャンスを棒に振るなんて馬鹿のやる事だぜ?」

背後から茶色の髪の男の肩を掴む。

「関係ないヤツは引っ込んで――――!」

茶色の髪の男が雪之丞に振り返った途端、二人は互いに目を見開き言葉を失った。
離れた所から眺めているタイガーには、何故二人が突然動きを止めたのか理解できない。

「お、お前、もしかして――――」

先に我に返ったのは雪之丞。
震える声で、己の直感に従い、言葉を紡ぐ。

「――――横島、なのか。」

茶色の髪の男は、否定するでもなく、ただ目を逸らすだけだった。

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