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「DAWN OF THE SPECTER 22(GS+オリジナル)」

丸々&とーり (2007-09-30 23:56/2007-10-21 22:30)
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「おキヌちゃん……美神さんがどこにいるか教えてくれないかな。」

「もう、まだそんな事言ってるんですか。
美神さんなら何があったって平気――――」

「おキヌちゃん、お願いだから……!」

言葉にできない想いを込めて、おキヌを抱きしめる腕に力を入れる。
おキヌの記憶の中の美神は、初めて彼らが出会った頃の、あの自由で無敵で博識で、不可能な事などまるで感じさせない、完全無欠の女性なのだ。
だが、今は違う。今の美神は、力を失い、心にも深い傷を負ってしまった、ただの弱い一人の女性なのだ。
けれど、それをおキヌには言えない。決して言ってはいけない。
だから今横島に出来るのは、想いが通じる事を祈りつつ、抱きしめる事だけだった。

「せっかく横島さんと二人っきりなのに……仕方ないなぁ、もう。」

すねたように口をとがらせ、おキヌが肩を落とした。

「今美神さんはグランド・リベールホテルで記者会見をしてる筈ですけど……場所わかります?
私も地図とかもらってないんで、ホテルの名前だけしかわからなくて。」

その心配は無用だった。横島の頭の中には、既に関東一円のめぼしい宿泊施設が入っている。
美神仕込みの用心深さ故に加え、なによりいつでも女性を連れ込めるようにとの下心からの事ではあったが、この時ばかりは自身に感謝した。
場所どころか最短で辿り着く道筋すら、すぐに浮かんでくる。

「充分だよ。ありがとうおキヌちゃん、急ごう!」

来た時と同様、おキヌがバイクのタンデムシートにまたがる。
そして横島の体に手を回し、しっかりと体を固定する。

「あーあ、せっかくゆっくりとお話できると思ったのになぁ。」

残念そうにため息をつきながら、おキヌが不満をこぼしているが、横島は何も答えない。

「……横島さんの、鈍感。」

バカ、と小さく呟きうつむくおキヌを振り返りもせず、横島はアクセルを思い切り握り締めた。


安物の絨毯に色あせた壁紙、煙草の残り香が漂う、簡素な造りの廊下を、一人の女性が足早に歩いている。
すらりとしたスタイルと、艶のある亜麻色のロングヘアー。
そして、その見る者を惹き付ける美しい顔立ちは、この華の無い、いや華を必要としない質素なビジネスホテルにはあまりに不似合いだった。
一息に自分の部屋まで移動すると、部屋を引き払うべく、自分の荷物を整理し始めた。

荷物といっても、必要最低限の衣類と書類が数枚といった、極々僅かなものだ。
この部屋自体、ほとんど使用していなかったのか、生活の気配は感じられない。
衣服を詰め込んだスーツケースを手にし、チェックアウトをするため、フロントへと向かう。
だが、女性は部屋を出ようとした所で、何かを思い出したのか、足を止めて振り返った。


――――その、コンサートのチケットは送るけど、悪いけどおキヌちゃんには会わないでほしいの。
本当はあの娘のためを思うなら、日本での公演は断りたかったんだけど……」


「え……駄目なんですか?
出来たら、会って勝手に姿を消した事を謝りたかったんですけど……」


「うん……もう戻れないのに、昔の思い出に触れても、辛いだけだと思うのよ。
だから、お願い……出来たらあの娘をそっとしておいてあげて――――


おキヌと横島を会わそうとしなかった自分の判断が本当に正しかったかどうか、それはわからない。
ただ確実なのは、今更過去に想いを馳せても、あの頃に戻るのは不可能だという事だけだ。

おキヌ――中身はシルキィ――には六道から派遣された人間を警護につけているが、やはり自分が傍についていなければならない。
苦すぎる教訓になったアーレルギアでの一件は、何時になっても美神の頭から離れる事は無いだろう。
気を取り直し、部屋を出ようとしたその時、凄まじい破壊音とともにホテルに衝撃が走った。

一瞬、爆弾を使用したテロかと思ったが、独特の火薬の匂いが漂っていなければ火の気も感じられない。
先ほどの衝撃と爆音の方向から察するに、エレベーターの辺りで何かがあったようだ。
幸い、火災が発生した訳でもないらしく、廊下に煙が充満しているという事もなかった。
ホッとする半面、違和感も感じていた。
何らかの爆発物でのアクシデントでもなければ、さっきの爆音の説明がつかない。
もしかしたら、エレベーターを支えているワイヤーが切れたのだろうか?

だが、霊感を失った美神は気付いていなかった。
火の気を伴わぬ破壊。その原因の第一が霊障によるものだという事を。


アリーナ付近の交差点。ここは通行止めになっていたため、いつもなら点灯している信号機も、今は電気が通っていない。
交通規制のために設置しておいたバリケードが、その日の役目を終えて片付けられようとしていた。
コンサートも何事もなく無事に終了し、片付けをする警官達の表情も穏やかで、一安心といった様子だ。
10人ほどでの作業だが、上手く連携を取り、手際よく片付けていく。

「オーライ、オーライ、はいオッケー。」

最後のバリケードも輸送車に積み込まれ、物々しい様相を呈していた道路も、普段の表情を取り戻していた。
これで交通規制も終了で、警官達も通常の業務に戻る事になる。

「いやぁ〜、今日は疲れた!こんな夜は冷えたのを一気にいきたいねぇ。」

「良いよなぁ。これで帰れる奴は。俺なんか、このまま夜勤に突入だぜ?」

グラスをあおる仕草でおどける仲間に、別の警官が愚痴をこぼす。
信号機にも光が戻ったのを確認し、彼らはそれぞれ乗ってきたパトカーに乗り込んだ。
そのままその場を後にしようとしたが、視界の先から何かが近づいてくる。
警官達の目の前を、甲高いエンジン音を響かせ、一台のバイクが凄まじいスピードで交差点を突っ切っていった。

「おいコラァ!何キロ出してやがるんだ馬鹿野郎!!」

目の前の明らかな速度超過を見過ごすほど、彼らは職務怠慢ではない。
車上の警告灯をランランと光らせ、パトカー達もバイクを追跡するべく急発進した。

「おい、あの車輛って、あの時のアレじゃないか!?」

「俺も同じ事を考えていた所だ!本部に応援を要請するぞ!今日は絶対に逃がさん!!」

そう。彼らはあの時、横島と一戦交えた警官達だったのだ。
あの時逃げられた借りを返すべく、怒りに燃える警官達が先行する真紅のバイクを睨みつけていた。


気付いてない訳じゃない。昔とは違う。
今の自分は、相手の好意に気付かないような子供じゃ無い。
当然、背中の女性が自分に好意を抱いてくれている事もわかっている。
それも、今だけの話じゃない。彼女はずっと前から自分を好きでいてくれたのだ。
今ならそれがわかる。

だが、今は駄目だ。今だけは駄目なのだ。
今この胸の奥底でうずく、吐き気を感じさせるほどの緊張感。
この強烈な不安を、自分は以前にも経験していたからだ。
罠にかかった美神が、アシュタロスの手によって魂の結晶体を抜き取られたあの日。
美神が事実上の死を迎える直前、今と同様、いても立ってもいられないような激しい不安にかられたのだ。
不安は予感を超え、既に確信へと変わっていた。
美神に危機が迫っている。それも、命に関わるような、重大な危機が。
だから、今だけは、おキヌの気持ちに気付かない振りをするしかなかった。

おキヌのコンサートのために交通規制が行われていた為だろうか。周囲に車の影は無い。
実際は交通規制が解除された直後のため、他の車が走っていないのだが、細かい事はどうでも良かった。
アクセルを握り込むと、周囲の風景が、吹き飛ぶように背後に流れていく。
全力で飛ばせば、すぐに目的地まで辿り着く事ができるだろう。
だが――――

「そこのバイク、止まりなさい!」

耳ざわりなサイレンを響かせながら、背後からパトカーが迫っていた。
それも一台ではない。五台ものパトカーが追いかけてきていた。
遠くからもサイレンの音が近づいてきている事から考えて、応援まで呼ばれているようだ。

おかしい。妙だ。
ただのスピード違反にしては、あまりに大掛かりすぎる。
せめて一台か二台なら、この前のように、力で押し通る事も出来るというのに。

そう考えたところで、ようやく事情を理解した。
あの時の無茶が原因なのだ。
あの時は後ろからしか見られてないと思っていた。
だからナンバープレートを付け替え、ある程度時間が経てば大丈夫だろう、程度にしか考えていなかった。
だが、それは甘過ぎたようだ。

非があるのは自分だ。追われて当然だ。
牢屋に放り込まれるのも構わない。
罪を償えといわれれば喜んで償おう。
だが、今は駄目だ。今だけは――――

「邪魔ァ……するなぁぁーー!!」

横島の左手に霊気が凝縮され、瑠璃色の光に包まれた。


――――ず ずるぅ ずず ぶ ずずぅ


エレベーターへと続く通路を進みながら、美神はふと違和感を覚えた。
通路には自分以外の姿はなく、周囲の部屋も人の気配が感じられない。
普通なら、さっきの揺れと音の正体を探ろうと、他の客が出てきている筈なのに、だ。
冷たいものが背筋を走り、美神が足を止めた。

美神の視線の先は、通路が直角に曲がり、その先がエレベーターと階段になっている。
曲がり角の先から伸びる黒い影。
影はゆっくりとその形を伸ばし、こちらへ向けて近づいてくる。


――――ずず ずずぅ ずるぅ じゅる ず


通路の先からは何かを引きずるような音が響き、床に伸びた影はアメーバの如くうごめきながら近づいている。
喉はカラカラに渇き、息をする事さえ困難だ。
耳に入るのは、不快な粘ついた音と自分のかすれた吐息のみ。
無意識の内に、美神は後ずさっていた。


――――ずぶぅ じる じゅ ずず ず ぶじゅ


通路の先から、緩慢な動作で、影の主が美神の前に姿を現す。
かろうじて人間の形こそとってはいるが、アメーバ状に変化する不定形の身体。
窪んだ眼窩の奥に潜む、陰湿で淀んだ光を放つ瞳。
霊感を失った美神でさえハッキリと知覚できる程の、異常なまでの質量をともなった悪霊がそこにいた。

『おぉ……んな……』

美神の前に現れた悪霊は、うわごとのようにひび割れた声で呟く。
その瞳は、美神を捉えているのか、それとも別の何かを見ているのか。
焦点の定まらぬ視線からは判別できない。

『おん、なぁ……ぉおんな……』

焦点が定まっていなかった瞳が、徐々に一点に集中し始める。
美神の呼吸は荒くなり、その鼓動は張り裂けんばかりに早鐘を打つ。
目の前の相手は話が通じるような相手ではない。
霊感を失っていようと、過去の経験がそう告げているのだ。

『女だぁ…女! ギャアハハハァハハハハハッハァッ!!』

天を仰ぎ、悪霊が狂ったように耳ざわりな笑い声を上げた。
美神を完全に捉えたその瞳に、凶悪な眼光が宿る。
次の瞬間、狂気に身をよじらせ、猛然と美神に襲いかかっていた。


備えはある。
霊力を持っていた頃、あれだけ無茶な仕事をしていたのだ。
生きている人間、死んでいる人間にかかわらず、自分に敵意を持っているモノは数えきれないだろう。
だからこそ、どんな相手であろうと、常に自分とおキヌの身を護れるだけの備えはしてある。

火薬の力で高速で射出される、研磨済みの精霊石の弾丸。
相手が人間であろうと霊体であろうと――それこそ魔族であろうと――打ち倒す事が可能な、万能の道具、精霊石銃。
使用するのに霊力は必要とされず、引き金を引くだけで敵を滅ぼす事ができる。

「私に何の恨みがあるのか知らないけど……こっちはあんたに構ってる暇は無いのよ!」

霊体といえど急所はある。
経験上、たいていの悪霊は核が頭部にあると知っていた。
飛びかかる悪霊の頭部に狙いを定め、引き金を引く。

――――ガギッ

「え!?」

身構えていたのは、火薬が炸裂する音とそれに伴う衝撃。
だが、美神の引き金は、何かに引っ掛かり引く事ができない。

『イヒィハアヒャヒャアアァァッ!!』

悪霊が壁に突っ込み、壁に大穴を穿つ。
とっさに飛びのいた美神は、その威力を目の当たりにし、冷や汗を浮かべた。
この悪霊は、ただの低級霊ではない。
依頼であれば、安くても数千万は報酬を要求できるような、特に危険なタイプの悪霊だ。
だが、そんな悪霊が何故こんな場所に?

そんな事を考える余裕は無い。
たちこめる埃の奥で、悪霊の眼が鈍い光を放っている。
しかも最悪な事に、こんな時に限って銃が弾詰まりを起こしたらしい。
どんなにマメに整備をしていても、どうしても銃にはこういうアクシデントが付きまとう。
だからこそ、自分が現役の時は、銃ではなくボウガンを使用していたのだ。

しかし、今そんな事を言っても仕方が無い。
銃が使えないのならば、別の手段で対処するしかない。
美神は不利を自覚しながらも、精霊石を埋め込み対霊体用の改造を施した警棒を構え直していた。


視界の先では、先回りされたパトカーに道を塞がれている。
後方から追いすがるパトカーも徐々に距離を縮めて来ており、ここで速度を落とせば、逃げ切る事は不可能だろう。
頭を突き合わせる形で道を塞ぐ、前方の二台のパトカー。
その真ん中にソーサーを撃ち込めば、道を切り開く事は可能だ。
左手にまとわせていた霊力を圧縮凝固し、円盤状の霊力を形成させる。

吹っ飛べ!

既に横島の眼は狩る者のそれに変わっていた。
円盤を高速で回転させ、速度と威力を飛躍的に向上させる。
もはや凶器と化したそれを投げつけようとしたその時、腰に回された手にギュッと力が込められた。
そこでようやく気が付いた。その手が小さく震えている事に。

頭に上っていた血が一気に冷め、握り込んでいたアクセルを戻す。
おキヌを後ろに乗せたまま、自分がしようとしていた事に気付き、全身の血の気が一気に引いていた。
緩やかに速度を落とし、ついには停止したバイクを、追いついたパトカーが完全に包囲した。


キンと澄んだ音をたて、ひしゃげた警棒が廊下に転がった。
埋め込まれていた精霊石は砕け散り、既にその光は失われている。

『アヒャァアァ……女ァァ……オレのモンだァァ……』

かろうじて人の形を保っていた霊体は膨張し、繭のような球体へと変化していた。
粘つく霊体が四肢に絡みつき、飲み込まれた美神の自由を奪う。
繭の中で壁に押し付けられ、苦しげに呻く美神に、悪霊は満足げな笑みを浮かべる。
大の字に磔にされた美神が逃れようと必死にもがくが、霊力が失われた肉体では悪霊を振りほどく事など出来ない。
腹の中でもがく美神を、悪霊が歪んだ眼光で見下し笑う。

『あったけぇぇぇぇ……やぁぁらけぇぇぇぇ……オレんだ……オレのモンだァァ……』

絡み付いていた霊体が、美神のブラウスを掴み、乱暴に引き裂く。
温かみなど感じぬ、泥のような感触が素肌にまとわりついてきた。

「こ……の……ッ!」

肌を舐めまわされるような不快感に、美神が一層激しく抵抗するが、僅かに身体をよじる程度しかできない。
その間にも細長く枝分かれした霊体は肌を這い進み、腕を伝いわき腹から胴体へと伸びていた。
細長く枝分かれした無数の霊体は、まるで愛撫でもするかのようにわき腹から乳房へと這い上がる。

『アヒャァハァ! 硬くなんなよォ……一緒に楽しもうぜェ……!』

気力だけは負けまいと悪霊を睨み返した時、目と目が合った美神はようやく気付いた。
違う。この悪霊は違う。これは自分に取り憑こうとしているのではない。
この悪霊の目は、違う。この目は。この脂ぎった目の光は、まるで――――

美神の脳にフラッシュバックするのは、アーレ・ルギア解放戦線から救い出した時のシルキィの変わり果てた姿。
この悪霊は自分を犯そうとしている。それも魂を、ではない。肉体をだ。

そう気付いた瞬間、まったく別の種類の恐怖が美神を貫いた。
霊体が人を襲うのは、肉体を奪い自分のモノにするためだ。
たまに低級霊の中に色情霊が存在するが、そんな霊はたいした力を持たず、相手が霊能者でなくても手を出せないようなモノばかりだ。
そうでなければ、霊能力を持たない女性など一方的に餌食にされてしまうだろう。

だが、この悪霊は違う。
まるで人間の男のように、好色な目で自分を見ている。
それを意識した途端、自分にまとわりつく霊体が、まるで何人もの男にまさぐられているように感じられた。
肉体を奪われる以上のおぞましさに、美神は初めて叫び声を上げていた。

「やぁぁ! いやぁぁぁぁ!!」

ほとんど言葉になっていない、本能的に救いを求める声。
今までどんな危険な除霊の最中でも、こんな悲鳴を上げたことはなかった。

『ダァメだなぁぁぁぁ! オレの好きにして良いって約束だァからなぁ!!』

美神の悲鳴は、むしろ悪霊を喜ばせるだけだった。
ぬるりとした感触が背中を滑り降り、尻を伝い太股に絡みつく。
太股から足先へと絡みついた霊体は、両脚を左右に押し開かせようとまとわりついていく。
必死で美神が抵抗するが、霊力を失った身体ではどうにもならず、強引に脚を開かされた。
一番大切な部分を無防備にされた姿勢に、悪霊がより一層下卑た笑い声を上げる。

『さあぁぁたっぷり楽しもうぜェェ! 夜はまだまだァこれからだよなァァ!!』

引き千切られた白い下着が床に落ち、美神の叫び声が廊下に響いていた。


「美神女史はまだ来られていないようですね。そろそろ時間なのですが、参りましたな……」

記者会見が終わり、次は国の役人との打ち合わせが控えていた。
役人達の前で、一人待つおキヌはきょろきょろと周囲を見渡している。
役人をテロから護るためのSPに加え、六道から派遣された人間が警備を担当しているため、対霊の警護も万全だ。
少なくとも、ここは今日本で一番安全な場所だろう。

「おや、彼女はまだ来ていないのですか。時間に遅れるとは意外ですね。」

ぼんやりと佇むおキヌに話しかけてきた、白髪を撫で付けたグレースーツの老人。
黒い一本杖をついているが、その足取りに未だ衰えは感じさせない。
会った覚えの無い相手に、思案するようにおキヌが小首を傾げる。

「ああ、これは失礼。
初めまして、私は東堂と申します。」

穏やかな笑顔とともに差し出された右手。
おキヌの小さな手を包み込んだその手は、力強く、そして何より温かい。

「実は私、GS協会の日本支部の会長を務めている身でして。後で、色々とお話をうかがいたいものです。」

微笑を浮かべ、曖昧な返事を返すだけのおキヌ。
たとえおキヌの外見をしていても、中身はシルキィなのだ。
あまり迂闊な事は口に出来ない。

「それにしても本当に遅いですな、彼女は。
もしや、何かあったのでしょうか……」

東堂が時計を見ながら呟く。
約束の時間はとうに過ぎ、打ち合わせに集まった役人達が眉をひそめていた。


「霊力だけは大きいのに、中身は下劣極まりないのか。まるであの男と同じだな……」

『ギィ……何だぁテメェはッ!
こっちはお楽しみだってのに――――アァァギャァァァァーーッ!!』

悪霊の問いには答えず、言葉よりも先に閃光が走り、悪霊が形成していた繭を切り裂く。
霊体を切り裂かれた悪霊が耳ざわりな悲鳴を上げ、激痛に身体を硬直させた。
その隙に、男が切り開いた穴から繭の中に飛び込む。

「大丈夫か令子ちゃん!? さあ、しっかりするんだ!!」

「いやぁ……いやぁぁ……!」

男が声をかけるが、美神はかぶりを振るだけだった。
はだけられた胸、無理やり大きく開かされた両脚、そして下着さえも剥ぎ取られた下半身。
なんとか最悪の事態だけはまぬがれたようだが、あと僅かでも遅れれば、どうなっていたかわからない。
男の持つ西洋刀の刀身が光を放ち、美神に絡み付いていた霊体を焼き切る。
拘束を解かれた美神が崩れ落ちるのを抱きとめると、自分の背広を羽織らせた。

『あぁ! ああぁぁ! テメェ人のモンになにしやァァがるんだぁぁ!!』

繭の中の二人に霊体を伸ばし、絡め取ろうとするが、二人に触れる前にバラバラに切り裂かれた。
抜く瞬間はおろか、納刀さえも見えない、超高速の抜刀。
何をされたかすらわからない悪霊の顔に、初めて戸惑いの色が浮かんだ。

『オ、オレァ約束したんだ!その女はオレのモンなんだぁ!!』

「――――黙れ。」

有無を言わさぬ圧力を言葉に乗せ、悪霊を睨みつける。
男はゆったりとした動きで刃を抜き放ち、研ぎ澄まされた刃の上に霊力を走らせる。

『オレの……! オレのモンにさわってんじゃァねェェーー!!』

内にあるモノを圧し潰すべく、膨張していた繭が内側に縮まろうとする。
だが、それより早く、男の持つ西洋刀から伸びた光の刃が舞い踊り、悪霊を内側からバラバラに切り刻んでいた。

無言で刀を納めた男の眉間には深い皺が刻まれ、歯を食いしばるその表情はまるで仁王の如く激しい怒りが溢れていた。
バラバラにされた悪霊は、核がある頭部以外は蒸発するかのように消滅していく。
散らばる霊体を踏みにじりながら、男が悪霊に近づいていく。

『ヤ、ヤメロ! 何の恨みがあってこんな事ォしやがるんだぁぁ!?
その女はオレのモンなんだぞ!? ソレを横からかっさらうなんてぇぇ――――ヒィッ!』

頭部を鷲掴みにされた悪霊が男の目の前に吊り上げられる。
淀んだ光を浮かべるその男の眼を見てしまい、悪霊が恐怖に戦慄した。
深い、深い、まるで沼の底のように暗く濁った瞳。
そこにあるのは、ただ凄まじい殺意のみだった。

魂の底から震え上がる悪霊だったが、その恐怖も長くは続かなかった。
袈裟掛けに両断された悪霊には、男の暗く淀んだ両の眼が、この世で見た最後の光景だった。


わざわざ拳銃を構えて包囲されるまでもない。
横島はバイクを降り、両手を上げた。
その隣には不安げな表情のおキヌもいるのだが、ハーフ・ヘルメットをかぶっているため、警官達は彼女に気付いていない。
フルフェイス・ヘルメットを脱いだ横島は、警官達に見えるように身分証を掲げた。

「俺は民間のGSだ! この先で発生した霊障の現場に急行しなければならない!!あんた達にも協力を要請したい!事態は一刻を争うんだ!!」

その言葉に、警官隊の一人が横島の身分証を確認する。
こちらに戻ってからGS免許の申請は済ませていたので、これは正規のライセンスだ。
見た感じ偽造には見えないが、それでも登録番号などを照会しなければ確かな事はわからない。
相手が正規のGSだと――恐らくは、だが――わかり、警官の空気が目に見えて柔らかくなっていた。

「では、問い合わせますので少々お待ち――――」

「そんな暇は無いって言っただろ!アンタ一刻を争うって意味知ってんのか!?」

「い、いえ、しかし、事前の申請も受けておりませんし……」

正規のGSは、除霊をする際、多少なら法を無視しても良い権限を与えられていた。
先程の速度超過程度なら、超法規的措置が適用されるため、罪に問われることは無い。
だが、そのためには事前に申請を出しておかなければならない。
今夜、この周辺での除霊申請は出されていなかった。

「とにかく、少し時間を――――」

「そんな暇があるか!俺は罰金でも逮捕でも何でも良い!だから今は協力してくれ!」

横島の凄まじい剣幕に、警官が弱り果てて仲間の方に視線を向ける。
だが他の警官達も、規則を優先させるべきか否か、決めかねていた。

「あの……私たち、急がなくてはならないんです。
どうか、ここを通らせてはいただけないでしょうか。」

おキヌがヘルメットを外し、警官に深々と頭を下げる。

「いや、その、そんな風にされてもこちらにも規則が――――って、あれ、あなたは……?」

顔を上げたおキヌに、警官が目を丸くする。
シャツにパンツというラフな服装だったが、その顔は紛れもなく今日の警備の対象だった。
それまで、しどろもどろだった警官の雰囲気が一変した。

「あなたは先程まで記者会見に出席されていた筈では?」

「あ、それは……」

本来なら、おキヌはここにいるはずのない存在なのだ。
どう説明すれば良いのか口篭るおキヌだったが、その態度が警官の不信を招いた。
しかし、おキヌに疑いを抱いたのではない。
疑われたのは――――

「どういう事か、詳しく説明していただけますか。
もしや、この男に誘拐……では無いとしても、何らかの強制を受けておられるのでは?」

「おい、アンタ何言ってるんだ!!」

思わず声を荒げる横島だったが、警官は冷たい視線で一瞥しただけだった。

「この男には犯罪の疑いが掛けられているのはご存じですか?
そもそも、我々が追跡したのは、その件が理由だったんです。」

「そんなの何かの間違いです! 横島さんは、警察の人に捕まるような悪い事をする人じゃありません!!」

「そうですか、わかりました。
ですが、このまま行かせる訳にはいかなくなりました。
あなたは護衛もつけずに出歩いて良い方ではありませんから。」

そう言うと、警官達はおキヌと横島の間に割って入り、おキヌをパトカーへと案内した。
もちろん黙って見過ごす横島では無い。

「ちょっと待てよ、どういう事だ!」

だが警官が立ちふさがり、横島の動きを制止する。
その目は、取るべき職務を決定した目。先程までの動揺は、すでに影も形も無かった、

「あなたはこちらに来て頂きましょう。
なに、問い合わせが済むまでの短い時間だけです。
もしも抵抗するというのなら、不本意ですが――――」

そう言いながら懐から手錠を取り出す。
鈍い光を放つ鉄の環。常人ならばどうにもならないだろうが、横島の霊力ならどうとでも出来る。
だが、ここで抵抗すればおキヌを巻き添えにしかねない。

「……必要ない。あんた達に従う。
けど、忘れるなよ……もしもこれで、俺が間に合わなかったその時は……」

横島の瞳の奥に宿る冷たい光に、警官がビクリと身体を強張らせた。
しかしそれを認めたくないのだろう。警官は無言で横島をおキヌとは別のパトカーに誘導しただけった。

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