インデックスに戻る(フレーム有り無し

▽レス始▼レス末

「虚仮の一心<前編>(GS)」

のりまさ (2007-09-17 04:04/2007-09-20 21:46)
>NEXT

 虚仮

1.思慮の浅いこと。愚かなこと。また、その人。
2.真実でないこと。外面と内心とが一致しないこと。


 男がいた。
 歳は四十と少し、だが手入れの行き届いていないぼさぼさの髭が男をもう少し老けてみせる。
 古傷だらけの身体をぼろぼろのコートで隠している。
 男はGSだった。
 GSといえば特殊な才能を持った勝ち組と世間に思われていることが多い。
 だがそれはあくまで才能と実力、そして運を併せ持ったごく一部のGSだけである。
 大半のGSはせいぜいサラリーマンの平均収入を上回るかどうかや、それを下回る者も多くいる。
 男は後者だった。

 ただ、男は少しばかり狡猾だった。
 どんなに力の弱い悪霊でも、いかにも強い悪霊だと見せて、依頼料を多くせびる。
 依頼者の足元を見ながら、男はそうやって生きてきた。
 もちろんそのようなやり方を公にやっていればいずればれる。
 だからそういうことをする時は、GS教会を通さない個人的な仕事の場合のみである。
 そしてそういうことをしている内に、やがてそういう仕事しかやらなくなっていた。
 そういう仕事とは、つまるところ依頼者にとって後ろ暗い仕事である。
 そしてそれらの仕事には病院からの依頼が圧倒的に多い。

 大手の病院は、悪霊が出ても表立ってGSに依頼することは少ない。
 悪霊が出るということは、それだけ不満、無念を残して逝った人が多いということだ。
 それはその病院が不誠実なのではないかという不安を人々に抱かせるし、そんな噂が病院にとってプラスになることはない。
 だから多くの病院は、力の弱い下級霊程度ならば目立たない三流やモグリのGSに任せることが多い。
 病院はそこで悪霊が出たということを秘密にするため口止め料として報酬に色をつける。
 実力のないGSは弱い雑魚霊で安心して多額の報酬を得られる。
 病院とGSは裏ではそういった持ちつ持たれつの関係で繋がっている。

 男もそうやって金を稼ぎ、生きてきた。
 目的もなければ理由もなく、ただ生きる。
 もはやなぜGSとなったのかも覚えていない。
 今日もただ、新たな稼ぎ場を求めて彷徨う。 

 男が訪れた場所は、当然病院。
 もちろん怪我でも病気でもなく、自分の売り込みとそして病院との数年間の契約をするためだ。
 どこかで待っていても病院から秘密裏の仕事がそうそう来るわけがない。
 たいがい、そういった仕事は自分から売り込んでいかなければ得ることができないのだ。
 病院からすればちゃんと仕事をし、悪霊が出たということを洩らさなければ別に誰であろうといいのだから。

 門をくぐり、広い庭に出ると男は木の木陰に隠れた。
 辺りを見回して誰も自分を見ていないことを確認すると、懐から一枚の札を取り出す。
 それを投げると中から大した力も持たない雑魚霊が出てくる。
 だが雑魚とはいえ、霊能力を持たない一般人から見れば脅威以外の何物でもない。
 雑魚霊は辺りを暴れ回り、人々が逃げ惑う。
 男は周りの人たち、特に病院関係者がその場面を見ていることを確認すると、いかにも今気付いて出てきましたという風に木陰から飛び出す。
 一人、腰が抜けて逃げ遅れた人がいた。
 いかにも気の弱そう顔立をした三十代前後のの看護婦だった。
 別にその女性がどうなろうと知ったことではないが、怪我をさせると色々と面倒になる。
 男は舌打ちすると、女性の前に出て札を構える。
 そして無言で札を投げつけ、その雑魚霊を消滅させた。

 霊が出たことで騒がしくなった周りを気にせずぼんやりとしていると、中から白衣を着た白髪の老人が出てきた。
 年齢から見て恐らく病院の院長がそれに近いものだろう。

 ――いくら金をせびれるか?

 男はまだ混乱している周りのことなどまったく気にせずに、白衣の老人の案内するままに病院へ消えていった。


 結果は失敗だった。
 口止め料込みで今回の分の報酬は払ってもらったものの、それ以外の、つまりこれからの契約については了承を得られなかった。
 別に珍しいことではない、ただすでに男と同じようなことを考えて契約を結んでいた先客がいたというだけだ。
 先の八百長は元手はそこらで捕まえてきた下級霊と、あとはそれを封印していた安い札一枚だけなので、金はほとんど掛かってない。
 むしろしっかり報酬を得られた分今回はましな方だ。
 悪霊退治は頼んでもいないのにそちらが勝手にしたことと、まったく報酬を払わない病院もある。
 もちろん、今回のようなことはそもそもが茶番であり、そちらの言い分の方が正しいのだが。
 男はこの病院で仕事を得ることを諦めると、札束を懐に入れながら出口へと向かった。

「待ってください。あなた、GSですよね?」

 呼ばれてそちらを振り向くと、先ほど助けた看護婦がいた。
 温和な顔立ちをした看護婦は応えるのを待たずに男のもとへ来ると深々と頭を下げた。

「私、こちらの病院で働かせてもらってます、石井澄子と申します。
 先ほどはありがとうございました」

 男はその言葉に、澄子からは見えないように嘲笑を浮かべる。
 “先ほど”のことは全て男が行った茶番である。
 澄子はお礼を言うどころか、本当なら男を訴えてもよいのだ。
 だが当然男はそのことを指摘せず、それどころかこれを利用すれば、
 もしかしたらいくらか金をせびれるかもしれないとまで考える。

「ああ、今日という出会いは、運命かもしれません。
 GSであるあなたに一つ頼みたいことがあるのです。
 命を救ってくれたあなたにこんなことを頼むのは、心苦しいのですが」

 嬉しさの中に苦味を感じる顔で、澄子が懇願する。
 澄子はきっと人の良い女性なのだろう、彼女からみたら命の恩人である男に頼みごとをすることに申し訳なさを感じているようだった。

 男がそれは依頼ということでよいのかと聞くと、「ええ、ええ、構いません」と澄子は何度も頭を下げた。


 澄子の依頼内容は、簡単に言えばある入院患者の話し相手をするということだった。
 相手はまだ十歳にも満たない少女である。
 だが産まれた時からある病にかかっており、
 3つの頃から病院を入退院していて、彼女の人生では家にいる時間よりも入院している時間の方が多いらしい。
 澄子が言うには少女の両親は二人ともGSであり、少女自身もGSになるのが夢らしい。
 だが両親はGSになって欲しくなく、少女がいくらせがんでもGSの話をしようとしない。
 だから他人ではあるがGSの男に、GSの話をしてほしいとのことだった。
 両親がGSの話をしたがらないのに自分がしてもよいのだろうかとは思ったが、同時に別にいいかと思う。
 金さえもらえればそれでいい。後のことは知ったことではない。
 子供はあまり好きではないが、楽な内容な割りには報酬は良く断るつもりはなかった。

 澄子に教えてもらった少女の病室の前に立ち、一応はノックをしようと手を上げかけたところで、中から幼い声がした。

「おじさん、だぁれ?」

 ――!
 咄嗟にドアから離れ、身構える。
 男はまだドアに触れてもいなかったはずだ。
 なのに、今の声は明らかに男の存在を感知していた。
 GSとしては三流だが、気配を消す動きにはそれなりに自信があるだけに少女の言葉は驚愕だった。

「ごめんなさい、びっくりした? 今までこの病院で感じたことのない気配だったからつい声を掛けちゃったの」

 また中から幼い声が聞こえた。
 男は軽く深呼吸をすると、ノブを回して病室へ入る。

「ん、やっぱり知らないおじさんだ。おじさんだぁれ?」

 一人部屋のベッドに寝ているのは、おかっぱ頭にくりくりした目が可愛らしい少女だった。
 男はおじさんと呼ばれたことに愕然しながら、同時にやはりもう若くないのだとも思う。
 澄子の話をほとんどそのまま話すと、少女は嬉しそうに目を輝かせた。

「わぁ! おじさんはGSさんなの!? 私、パパとママ以外のGSさん初めて見た!」

「ねえねえ、GSってどうやってなるの? やっぱり試験とかあるの?」

「GSになるのってやっぱり大変? 六道女学園とか行かなきゃ駄目なのかな?」

 余程暇だったのか、マシンガンのように喋る少女に少し押されながらも応えていく。
 ある程度応えて質問が途切れた頃を見計らって、逆に男が少女に聞いた。

 なぜ自分が居たのか分かったのか。

 自分の気配を読んだだけでも驚きなのに、少女は性別どころか大体の年齢すらも当ててみせた。
 少女は少しうーんと考えると、

「あのね、昔からなんとなく分かっちゃうの。先生が言うにはね、私霊力が生まれた時から人並み以上にあるんだって。
 だから特に意識しなくても溢れ出る霊力が目に纏って、勝手に霊視しちゃうんだよ」

 笑顔で語る少女に、男は何か苦いものが胸に宿るのを感じた。
 これほど幼い頃から意識せず病院全体を霊視できる、いやこれはもはや霊視というレベルの問題ではない。
 この少女の能力は範囲の大小こそあれど神族の千里眼に匹敵する。
 それもその能力は少女の総霊力の高さが生み出した副産物に過ぎない。

 ――なんという才能。

 ぎりっと、無意識に歯を噛み締めた。


 少女の話相手という仕事の期間は一週間。
 その間、男は寝る所を捜さなければならない。
 人通りの少ない路地裏に回り座り込んだ。
 澄子は病院で空いている部屋を貸してくれるとは言ったが、仕事場所としてはともかく寝起きする場所として病院は好きではなかった。
 厚くコートを着込み、目を瞑る。

「おっさん、何寝てんだよ?」

「こんな所で寝てたら風邪引くぜ」

 声がして、すぐに目を開ける。
 男の前には十代後半ぐらいの少年が数人。
 髪を赤青緑とカラフルに染めた少年たちが、明らかに友好的ではない態度でこちらを見ている。
 恐らくホームレス狩りか何かで、社会的にも肉体的にも自分より弱いと思う人を襲ってストレスを解消しているのだろう。

 ――かかったか。

「おっさん、金は持ってる? もし持ってたら少しは手加減してあげるよ?」

「おいおいユージ。馬鹿なこと言うなよ。こんな薄汚れたおっさんが金持ってるわけねーだろ」

「つーかさっさと立てよおっさん。殴れねえだろが」

 チューリップみたいな頭だなと、頭の片隅で思う。
 コキコキと首を鳴らすと、男は立ち上がった。


 そしてそれは一分で終わった。
 気絶している少年たちを見下ろすと、少年たちは裕福そうな身なりをしていた。
 少年たちはそれなりに裕福な家の子なのかもしれない。
 金はあっても心が貧しい。

 ――クソみたいな世の中がクソみたいな子供たちを生み出す。

 少年たちの財布を取り、千円一枚だけ残して後の金は貰っていく。
 これで当分は安ホテルで暮らすことが出来る。

 ――そしてクソみたいなガキたちをクソみたいな大人が喰らう。

 分かっていながら、屑らしい行いをしなければ生きていけない自分に、少しだけ吐き気がする。
 今更だと思った。


 二日目。
 昨日と同じように少女の病室へと赴く。
 ノックをするが、返事がない。
 入ると中には誰もいなかった。
 そういえばこの時間帯の少女は検査をするとか澄子は言っていた気がする。
 自分の間抜けさを呪いながら、来客用のイスに座って少女を待つ。
 部屋は可愛らしいぬいぐるみや人形で飾ってあった。
 入退院繰り返していたというが最近ではもう入院の期間が圧倒的に長く、そのため個室はすでに少女の私室に近い。
 少女チックな部屋で一人という状況に少し居心地を悪く感じる。
 ベッドの側には机があり、ここで勉強をしているらしい跡がある。
 写真立てには男の位置からはよく見えないが、家族の写真があるように見えた。
 ノートがいくつかあり、「こくご」「さんすう」と書いてある物の他に「にっき」と書かれている物があった。
 使い込んである所を見ると、ちゃんと毎日書いているのだろう。
 子供の頃からどんなことも三日坊主で終わっていた男からすれば、随分と凄いことだと思う。

 ドアが開くと、少女と澄子が検査から帰ってきた。

「GSのおじさん! やっぱり今日も来てくれたんだ!
 ねえ、今日はおじさんの話を聞かせて!」

 少女は弾丸のようにこちらへ向かい、昨日のように目を輝かせる。 
 澄子は男に一礼すると、「後はお願いします」と言って出て行った。
 少女が「澄子さんまたねー」と手を振る。

「ねえおじさん! おじさんはどうしてGSになろうと思ったの?」


 ――なぜGSになろうと思ったか。

 もうあまり覚えてはない。
 男は裕福な家の生まれだった。
 裁判官の父親と教育者の母親を持ち、年の離れた兄は警察官だった。
 厳格な父親、優しい母親、弟思いの兄。
 どこまでも正しい家庭で生まれ暮らしながら、男だけがどこまでも間違った。
 気付けばGSになっていて、そして害虫のように人の汚い部分や弱い部分に寄生して金を得る。
 間違いなくGSの中でも最低の部類の人間だ。 
 少女の憧れるGSに自分のような人間が居ると教えたらどんな顔をするだろうか。
 そんな嗜虐心をそそられたが、止めた。
 金にならないし、男が少女の夢を壊したと知ったら依頼者の澄子は金を払ってくれないかもしれない。

 逆に言えば、金になるのならば男は躊躇いなく少女の夢を壊すのだから、救いがないと思った。

「ねえ! おじさん聞いてるの!?」

 頬の膨らませた少女の声で我に返った。
 過去はどうでもいいし、同じくらい未来もどうでもいい。
 男は自分の思考を断ち切ると、逆になぜ少女はGSになりたいのか尋ねる。

「私!? あのね、私パパが大好きなの。だけどパパ、GSのお仕事であまり私と一緒にいられないの。
 でも私もGSになれば、お仕事の時も一緒に居られるでしょ?
 それに一度だけパパがGSとしてお仕事しているところを見たことあるんだけど、とっても格好よかったの!
 それでねそれでね、とっても感謝されてた。
 私もパパみたいに格好良く、そして皆に感謝されるような人になりたいの」

 少女は心底嬉しそうに自分の夢を語る。
 その笑顔を見ながら男はまた胸に苦い物を感じた。
 溢れ出る程の才能に、それを生かすことの出来る夢。
 間違ってしまった男にはそんな物はない。


「だから私、早く退院してパパのお手伝いするんだ!
 そして一緒に事務所を開くの!」

 自分の夢を恥らいなく話す少女はとても眩しく見える。
 子供の持つ瑞々しいエネルギーは、才能も夢も持たない中年の男を圧倒する。

「ねえねえ、ところでおじさんはっ……ごほっごほっ!」

 胸を押さえて堰をする少女に、咄嗟に背を撫でてやる。
 少女はそれを制して机の上を指した。

「そ、そこお薬とお水あるから……取ってくれる?」

 いくつかの錠剤とコップに入った水を渡すと、手馴れた様にそれを飲み干す。
 まだ少し息が荒かったが、それもやがて落ち着いていった。

「はあ、はあ……。ありがとうおじさん。
 へへ、おじさんと話すのが楽しくて、ついついお薬飲む時間だったのを忘れちゃってた。
 でももう大丈夫だよ」

 ぺろっと舌を出して笑う少女は、だが言うほど大丈夫には見えなかった。
 なぜか少し気になって、そんなに身体が悪いのか聞いてみた。

「ううん、大したことないよ!
 ね、それより今度はおじさんの話を聞かせて!
 私のお話聞いたんだから今度はおじさんの番なんだからね」

 何か誤魔化すような少女の言葉には答えず、また違う話を振った。
 入院しているから当たり前なのだろうが、やはり少女の身体はかなり悪いようだ。
 少し考えようとして……止めた。
 別に少女がどうなろうが男には関係ない。
 生きようが死のうが、少女の人生がこれからの男の人生と交差することは無いだろう。
 生きれば少女はきっとその尋常ではない才能でGS界の花形となり、底辺である男と会うことはない。
 死ねば当然それまでである。
 だから少女がどうなるかなど男には全く興味がなかった。

 ……ただ、今死んでしまえば残りの契約期間分の報酬は貰えないだろうから、それは嫌だなとは思った。


 三日目。
 いつものように少女の病室へと向かう。
 だがその日はいつもと違いドアには張り紙が書いてあった。
 「面会謝絶」
 その言葉が意味することを想像して、流石に顔を歪める。

「あ、そちらに居られたのですか。すみません、今日はあの子とは会えないんです」

 ちょうどここを通りかかった澄子がすまなさそうに謝る。
 このことを伝えに男を捜していたのか、息が切れていた。
 澄子の性格からしてわざわざ話相手の依頼をしておいてこのことを伝え忘れるとは思えない。
 つまり今回のことは突発的なことということ。

「ああ、そんな心配なさらなくても結構です」

 少し笑いながら、澄子が言った。
 別に少女の心配をしたわけではなく、あくまで今日一日分の報酬が減ることを心配しただけだが、
 良いように誤解しているのなら別にわざわざ訂正する必要はない。
 そんな風に男が思っているとは気付かず、澄子は少し嬉しそうに話す。

「実はですね、昔からそうなんですけどあの子のお父様がいらっしゃる日は、毎回面会謝絶にしてるんです。
 お父様も忙しいから中々会えに来れないんですけど、だから会える日はああやって一日中ずっと一緒に居るんですよ」

 澄子の説明を聞きながら、大したファザコンぶりだと思う。
 少なくとも男の記憶では少女くらいの年頃だと父親を嫌いだすものだ。
 だが誰でも短い人生のほとんどを病院で過ごせば、そういう風になってしまうのかもしれない。

 とにかく、そういうことならば病院に用はない。
 帰ろうとしたところで、だが澄子に声を掛けられた。

「今日お暇ではないですか? もしよろしければ少しお話ししません?」

 特に断る理由はなかった。


「はい、どうぞ」

 缶コーヒーを渡されたので、それを開ける。
 正直ブラックは苦手だったが、それを言うと子供みたいなので黙って飲んだ。
 最初はお互い無言だったが、澄子がそれを破るように話を切り出した。

「あの子が入院したのと、私がこの病院に勤め始めたのは同時なんです。
 それで私の初めてのお仕事であの子の担当になって……。
 辛いことがあった時はついついあの子に愚痴を零したり、あの子が眠れない時は私がずっと手を握ってたり。
 無遠慮なことを言いますと、私たちは親子、ううん姉妹みたいな関係を築いてきました」

 そうか、と応える。
 実際そうとしか応えようがなかった。
 澄子はただの依頼主だし、少女はその依頼の相手でしかない。

「あの子がなぜ入院してるか、聞きました?」

 聞いていなかった。
 だが彼女の才能を見て大体の想像はついていた。

「あの子は……両親が少し普通の人間とは違ったために、
 人間の肉体では耐え切れない――あなたたちGSの間では霊力と言うのでしたっけ――、
 常人ではありえないほどの霊力を産まれた時から宿らせていました。
 霊力は身体能力を強化したり出来るらしいですが、あの子の溢れ出る霊力は常に肉体を強化しています。
 ですが所詮は人の肉体、強化しすぎれば当然肉体は痛みます。
 ……生きる力であるはずの霊力が肉体を蝕むのですから、皮肉な話ですね」

 澄子の言うとおり、少女の肉体はまるで歴戦の戦士のように引き締まっており、とても幼い子供の肉体とは思えなかった。
 今までは薬で霊力の発生を抑えて堪えてきたのだろう。

「あの子のお父様やお母様はGSのつてを使って神様や妖怪、果ては悪魔の力まで借りて彼女の霊力を封印しようとしました。
 でも、できなかった。
 あの子の莫大な霊力は半端な神様や悪魔では封印できないらしいです。
 力ずくでやればできないこともないらしいですが、その場合あの子の霊力全て、
 生きるための分も全て封印してしまう危険があるらしいです。
 だから今までどうにもできませんでした。
 ……今までは」

 男はコーヒーを飲み干すと、ゴミ箱に向かって投げた。
 澄子もそれを見習って行儀悪く投げたが入らず、慌てて拾いに行っている。

 カラン。

「……こほん。ドイツの方で、霊力中枢に関する手術が論文が発表がされました。
 それによれば患者の肉体にある霊力中枢を直接操作することで、自然発生する霊力も増減できるらしいです。
 もっとも少し手元が狂えば霊力中枢が傷つけられてしまうし、
 そもそも霊力中枢の手術は霊能力のある医師じゃないとできません。
 良い腕を持ち、なおかつ霊能力を持つ医師……そんな人がそうそういるわけありません」

 ですが、と間を取って澄子は続ける。

「一人だけ、条件に合う方が見つかりました。
 忙しい方でしたが三ヶ月前から予約を取ってやっとのことで捕まえました。
 後はあの子の体力だけが問題でしたが、今の状態を見たところ手術に耐えるだけの体力は充分残ってます。
 あの子のデータを送ったところ、その方は大体80%で成功するとおっしゃいました」

 万々歳ではないか、と思う。
 だが、澄子の目は険しかった。

「80%成功する。ほとんど成功するように聞こえますよね。
 でも、よく考えてみてください。
 五人に一人は失敗してしまうということでもあるんです。
 もし同じ症状の子が百人にいれば、二十人は死んでしまうんです」

 澄子の顔は複雑そうだった。
 もっと難しい手術はきっと見てきたはずだ。
 なのに患者の一人でしかない少女に肩入れする自分を看護婦として恥じているのだろう。
 澄子の想いは確かに看護婦としては失格かもしれない。
 だが男はそういう自分勝手さは嫌いではなかった。

「手術は四日後です。あなたとの契約がちょうど終わる日ですね。
 ……その日まで、あの子の憧れるGSとして話相手になってください。お願いします」

 ――なぜ自分なのか。
 もしあの時澄子を助けたことで自分が優しい人間だとでも思っているなら、見込み違いもいいとこだ。

 男は今度は澄子の言葉には何も応えず、病院を出て行った。


 四日目。
 男は病院へは向かわなかった。
 なんとなくだが、行く気が失せてしまった。
 ホテルの自室のベッドの上で横になる。
 うとうとしていると、そのまま昼寝をしてしまった。

 久しぶりにした昼寝は、男に昔の夢を見せた。
 まだ若い、だがすでに間違ってしまっていた男に、二番目の師が言う。


 ……あなたは――を完全に使いこなしては…―


 ――そして――を使いこなすだけの才能も……りません


 ですから、二度と――を使って……いけませ――


 ――もしも、一度でも――を使えば、あなたは……


 ――あなたは――


 ――


 時計を見るとすでに夕方の六時を回っていた。
 久しぶりの昔の夢を見たが、特になんの感慨も湧かなかった。
 ただ、自分がGSとしてまったく才能がなく、駄目な男であると認識しただけだ。
 師が今の自分を見たら何と言うだろうか。
 一番目の師ならきっと落ちぶれた自分を見てあざ笑うだろう。
 だが二番目の師なら自分のやっていることを見てきっと怒るに違いない。
 潔癖な性格の彼女なら打ち首もありそうだ。

 もっとも師といっても二番目の師には別に戦い方を教えてもらったわけではない。
 ただ師が居る場所が自分の治療に向いていて、ついでにそのリハビリを彼女にそこで施されたにすぎない。
 あちらがどう思っているかは分からないが、少なくとも自分は彼女の弟子ではないと思う。
 そう名乗れるほどの実力も品格も、才能もない。

 所詮は、間違った人間である。

……一瞬だけ、今の病室で目を輝かせるである少女の顔が浮かんだ。


 五日目。
 昨日一昨日と行かなかった分、今日は必ず行かなければならない。
「おじさん来たのー!?」と、いつかのようにノックする前から少女の声が病室から飛ぶ。

「久しぶりだね、おじさん! 昨日はどうして来てくれなかったの?」

 文句を言う少女の言葉を適当に誤魔化しながら、来客用のイスに座った。
 どうも澄子の話を聞いてから、少女と顔を合わしにくい。
 少女の方はいうと、相変わらず元気そうで明後日には生死を分ける手術が待っていることなどまるで嘘のようだ。
 一昨日父親と会ったお陰かもしれない。
 それだけで手術の怖さを忘れているのだとしたら、ファザコンも大したものだ。

「さあ、今日こそおじさんの話を聞かせてもらうからね!」

 腕を組んでベッドの座り込んだ少女は威圧感を出そうとしているらしいが、どう見ても可愛らしさしか出せてない。

 ――なぜこの少女は自分の話をそんなに聞きたいだろうか?

「だっておじさん、パパとママやそのお友達以外で、初めて見たGSさんだし……」

 それは、そうだ。
 少女にとって自分はその程度の認識でしかない。
 たまたま、少女にとって珍しい存在だったという以外にはない。

 だが少女は男の予想もしなかった言葉を続けた。

「それに、おじさん。どこかパパに似てるんだ。
 どこかな? うーん……目、かな?
 顔も全然違うけど、なんとなく目が似てるかも。
 本当のところでは、自分のことを一番を信じていないような目をしてるもん。
 パパもおじさんも」

 少女は、少し恥ずかしそうにしながらパパはもっとキラキラ綺麗な目をしてるけどね!と付け加えた。

 自分を信じていない目。
 それはそうかもしれない。
 何をやっても上手くいかず、GSとしても落ちこぼれの底辺。
 才気も向上心もなく、客の弱みを突き脅し騙し生きる。
 そんな自分の何を信じろというのか。
 そもそもそんな自分すら信じられない男の目の何が魅力的なのか。

「うーん……あのね、これはママの受け売りなんだけどね。
 ……自分を信じてないっていうのはね、自分のどこが悪いがちゃんと分かっているってことなんだって。
 完璧な人なんていない、悪いところ嫌なところ駄目なところみんな持ってるって。
 でも大人になっていくとみんなそれを隠そうとするから、歪んじゃうんだって。
 だけどパパは自分が一番信じることができなくて、それでもそれを認めて受け入れてる。
 パパの魅力の一つだよって、ママがこっそり教えてくれたの!」


 ……違う!

 男は叫びたくなるのを必死に堪えた。
 少女の言うことは、所詮少女の父親のことだ。
 男のことではない。
 自分が屑ということを確かに理解している。
 だがそれを理解しながら治そうともせず流されるままに生きている。 
 ある意味自分が悪だということを理解していない人間よりも性質が悪い。

「だからね、初めて見た時思ったの。そんなパパに似たおじさんは、きっと良い人だなって」

 屈託無く笑う少女を見ると、いつかのように心が痛む。

 ……もう認めるしかない、これは少女への嫉妬心だ。

 男とは比べ物にならないほどの霊力を持つことへの嫉妬。
 大きく立派な夢を持ちそれをきっと叶えるだけの才覚を持つことへの嫉妬。
 そしてそんな力を持ちながら自分のような者を誉めようとする優しさへの嫉妬。
 大らかな心を持つこんな少女に嫉妬心を抱く自分が、どうしようもなく矮小な存在に思える。


 ――同時に僅かに、本当に僅かにだが胸に暖かい物を感じた。

 少女の言うことは勘違いにすぎない。
 幼い少女が人を見誤っただけであり、本質的に自分は悪であり小物だ。
 長い間入院していたために世俗に染まらず、
 自分のような人間を見たことのない世間知らずだからこそ、自分のことを良い人だなどと言える。


 それでも、良い人と言われれば胸に何か、かつて失ってしまった大事な欠片が戻ってきたような感じがする。
 例え勘違いだとしても、例え間違いだとしても、少女は本心から男のことを良い人と言った。

「だ、か、ら! そんな良い人!なおじさんのお話聞かせてよー!」

 ぐいぐいと自分を引っ張る少女の手に手を重ねる。
 少女の手は思ったよりもずっと冷たかったが、だが安心できる暖かさがあった。

「もう、話してくれないこうだからね!」

 引っ張っても動かないと思ったのか、それともこっちの方が楽しいと思ったのか、
 少女は猿ような身軽さで男の背中を上り、肩に座って頭を揺らしだした。

「ねえねえねえってばー!」

 いい加減下ろそうと思ったところに、ドアが開いて澄子が入ってきた。

「こらこら、女の子がそんなことしちゃ駄目でしょ。
 検査の時間よ。いらっしゃい」

「ちぇ。おじさん、検査終わるまでここで待っててよ! 今日は絶対におじさんのお話聞かせてもらうんだからね!」

 少女が唇を尖らせながら澄子と共に出て行く。
 仕方ないと苦笑しつつ、イスに深く座った。

 ――苦笑したなんて、何年ぶりだろうか?

 少女と出会ったことによる心情変化に、少しだけ驚く。
 もしかしたら、自分はこれから変われるのかもしれない。
 もしかしたら、少女が思うような、良い人に――


 何気なく窓を見やる。
 そして硬直した。
 窓の外では何かが浮いていた。
 黒く、人よりも少し大きいぐらいの何か。
 男の身体に汗が浮き出る。

 ――違う、そんなことはない。

 その黒い何かは頭まですっぽり隠れるフードだった。
 そしてそのフードの中から光る目が覗く。

 ――見間違いだ。そうに決まってる。

 その鈍く光る目は、下で検査を受けている少女を睨んでいた。

 ――だってあれが、少女を見ているということは、少女は――

 死神が、少女を睨んでいた。


 駆け上がる。駆け上がる。駆け上がる。

 階段を駆け上がる速度をそのままに、男は屋上へ続くドアを開いた。
 そこには先ほどの黒いフード被った、人の死を司る神「死神」がいた。

「霊能力者か。何用だ」

死神が口を開く。
重厚で低い声は、まるでそれだけで聞くものを死へ誘うよう。

「いや、聞かずとも分かる。
 大方、あの少女の死の運命を止めに来たか。
 人間というのは行動パターンがひどく似通っているな」

 能面のような顔からは、感情が読み取れない。
 だが男をあざ笑っているように感じた。

「だが無理だ。あの少女の死は既に確定している。
 明後日、手術中にあの少女は死ぬ」

 男の胸に、まるで杭が刺さったかのような感触。
 死ぬ。
 あの少女が死ぬ。

 胸の鼓動が早まるのが分かる。
 汗がどんどん浮き出て行くのを感じる。


――おじさんは、きっと良い人だなって――


 その時自分が何を考え感じたのかは分からない。
 だが何か、自分がかつて忘れて無くした大切なもの。
 何らかの衝動を感じた。

 そして男は感じるその衝動そのままに死神に掴みかかった。

 右手で死神の頭を掴むと、その手の平にある傷から霊波刀が飛び出て突き刺そうとする。
 だが、

「傷口から霊波を出す能力、面白いな
 だが決定的に貧弱だ」

 霊波刀は死神に触れる寸前であっさりと折れ、粉々になった。
 まるでべっこう飴が割れるように。
 妖怪や悪霊ならそれだけで退治できるそれは、だが死神の前ではあまりにも無力だった。 

「死神は死の予定にない人間を攻撃、殺害することはできない。
 同時に人間は死神を倒すことができない。
 それが世界のルール。
 だが一つだけ例外がある……」

 死神は自身を掴んでいた男の手を取り、軽く投げた。
 投げ出された男は猛スピードで鉄柵にぶち当たり、倒れ伏す。

「魂を刈る仕事を邪魔する者にのみ、死神は自衛と仕事の遂行のために攻撃を行うことが許されている。
 死神は慈愛の心が強いというが、当然全てがそうではない。
 少なくともここに、そうでない死神がいる」

 死神にも様々な種類がいると聞いたことがある。
 時に死の運命を見逃す慈悲深い死神もいれば、人の心を省みず無慈悲な死を遂行する死神もいる。
 属する宗教によってその性質は大きく異なる。

 この死神は明らかに後者だろう。
 全身を打った痛みでマヒしかけている頭でぼんやりと考える。
 ずいぶんとお喋りな死神のようだ。

「明後日、あの少女の手術中に私は現われる。
 そして死神の死の領域に触れることによって、死の運命を持ったあの少女は強制的に死へと向かう。
 例え、どんな腕の良い医者が手術を行おうと、そしてどんな高い生命力を持つでもだ。
 そして死亡したところで私が魂の緒を絶ち、魂を神界へ運ぶ。
 魂は浄化、洗練されまた新しい命へと転生する。
 これは死の定めだ」

 本当にお喋りな死神のようだ。
 だがそのお陰で、少し体力が回復する。

 再び掴みかかろうとしたところに、だが死神の声が響く。

「貴様はなぜ少女の死の運命を妨げる?」

 何を言っているのか、よく分からなかった。
 男が戦う理由は、ただ自分のことを良い人だと言ってくれた少女を守るために

「それが正しい行いか?
 それが少女のために良いと思うか?」

 当たり前だ、言い返そうとして、その言葉を持たないことに気付く。

「違うな、それは貴様の独りよがりにすぎない。
 人間は増えすぎて、死の刈り取りはもはや死神だけでは足りない。
 つまり一日に多くの人間が死んでも、その多くが死神の手による死ではない。
 それら死神の手で刈り取られなかった魂はどうなるか?
 貴様たち霊能者は良く知っているのではないか?」

 死神に刈り取られず、世の中に多くの未練、憎しみを持った者たちが何になるか。
 GSの筆記試験でもあれば必ず出て、誰もが答えられる問題だ。


「それらはほとんどが悪霊となる。
 しっかりと成仏されればまだいい。
 成仏すれば転生することもできる。
 だが、もし無理やり退治されるようなことがあれば……
 完全なる消滅、無が待っている」

 再び立ち上がろうとした男から、力が抜けるの分かる。

「分かるか?
 生きていても、良い事があるとは限らない。
 不慮の死、突然の死などいくらでもある。
 そしてそのまま悪霊化するケースなど山ほどある。
 ならば今、しっかりと世界のシステム通りに死神に刈り取られることこそ本人にとって幸福だと思わないか?
 それが正しいことだと分からないか?
 分からないなら言ってやろう」


 ――止めろ、言うな


「お前は、全てにおいて間違っている」


 死神が去った後には、雨が降り出した。
 雨は仰向けになった男の顔に容赦なく降り注ぐ。
 だが男は動こうとはしなかった。
 傷自体は大したことは無い。
 ただ、動く気力が全く湧かなかった。

 結局自分は、間違い続けている。
 あの少女に会って、言葉を聞いて、もしかしたらこれから正しくなれるかもしれないと思った。
 少女の自分への認識が勘違いだとしても、その勘違いに近くなれるかもしれないと思った。

 だが違った。
 勘違いしているのは、むしろ自分の方だった。
 あの死神に反論する術は、少なくとも自分にはなかった。
 少女の幸せを考えた時、確かに死神の刈り取りに任せる方が良いのかもしれない。
 GSとして活動して数十年。
 様々な悪霊を見てきた。
 そしてそのほとんどを成仏などさせず消滅させることで終わらしてきた。
 彼等はきっと、転生もできず無になったのだろう。
 少女がいつか、その中に加わらないと誰が言えるか。
 だが今回、少女の元へ死神がやってきた。
 奴に任せれば少なくともその最悪はない。
 少女は確かに死に、周りは悲しむだろうがそれは周りの感情論にすぎない。
 本人の幸せを望むなら、ここで彼女が死神の手にかかる方がきっと正しい。

 そもそも、世界がそういうシステムで成り立っているのだ。

 自分ごときが何をしようと、変わるはずがない。

 間違っているのは自分で、死神の方が圧倒的に正しい。


 やはり一度間違った自分は、どこまでも間違っていた。


 六日目。
 眠ることができなかった。
 死神の言葉にやはり納得できない気持ちも無くは無かった。
 だが少女のことを考えると確かに死神の手にかかる方が幸せに思えた。
 だけど、感情の面で納得できない。
 分からない。
 死神が正しいことを言っているのは分かる。
 自分の言っていることが間違っているのも分かる。
 だけどこれでいいのか分からない。

 自分の中の、少女と出会って思い出したどこかが、何かを訴えているような気がする。

 だが、どうしようもない。
 仮に死神が間違っていて、自分が正しくても。
 あの死神に止めることはできない。
 人が死神を倒すことはできない。

 どうしようもなく無力で、屑だ。

 布団の中で何もせず丸まっていると、本当に自分がどうしようもなく思えてくる。
 今日ほど自分が腐っていると感じたことはない。

 少女と何を話したかもよく覚えてない。ただ少女の話すことに相槌を打っていただけのような気がする。


 運命の日。
 少女は今日の正午に、手術を行う。
 予定では手術は二時間かかる。
 澄子も一緒に手術室に入るらしい。
 澄子は手術の成功を祈っている。
 だが澄子は少女が生き残る確率が80%どころか0%になったということを知らない。
 それを知っている自分が、澄子に会う顔がなかった。

 手術の始まる一時間前、澄子の目を避けながら少女の部屋へと向かう。
 少女は穏やかな顔をしていた。

「おじさん、来てくれたの?」

 随分と落ち着いているようだ。
 澄子や先生を信頼しているのか、それとも死ということが実感がないのか。
 それとも、死を受け入れているのか。

 少女は笑顔を見せた。

「あーあ、結局おじさんの話、聞けなかったね。ずるいな」

 手術が終われば聞ける、とは言えなかった。
 少なくとも死神の存在という結果を知ってしまっている自分が言えることではなかった。

「じゃあおじさん、一つだけ聞いていい?」

 ああ、と答えた。
 今日はどんな願いも聞いてやろうと思った。

「おじさんは、どうしてGSになろうと思ったの?」

 なぜだったか。
 そもそもどうして自分はGSになろうなんて……。

 唐突に、思い出した。

 幼い頃、まだ幸せな家庭にいた頃。
 裁判官である父によって死刑となった犯罪人が悪霊化し、恨みを全て家族に向けた。
 父の首が飛び、母は悪霊に乗り移られて兄を包丁で刺した後、そのまま自分自身を突き刺した。
 その日、修学旅行から帰ってその光景を見た時、
 自分は思った。

 正しい人を救いたい。

 公平な裁判で弱者や被害者を救い続けた父と多くの立派な大人を社会に送り出した母、いつも危険な犯罪に自ら立ち向かった正義感の強い兄。
 どこまでも正しい人たちは、だがどこまでも間違っていた者に殺された。

 だからGSになって正しい人を救いたい。

 その時はそう思ったはずだった。

 だがやがて願いは現実によって捻じ曲げられていった。
 才能もなければ実力もない。
 そのほとんどが才能任せなGSという職業には、自分はとことん向いてなかった。

 そしていつしか願いは歪んでいき、あんな悪霊を野放しにしたGSを憎んでいくようになった。
 そんな時、一番目の師に出会い、そしてそこで自分の願いは完全に間違ってしまった。

 師により力は得た。だが間違った強さだった。
 そしてある男によって敗北し、第二の師に引き取られ、流れるままにGSとなり……。

 その全てを少女に言うことはできなかった。
 だけど、最初に本当に思った願いだけは本物だから、それを言った。

 正しい人たちを救いたかった、と。

「へへ、おじさん、やっぱり良い人だね」

 とびきり笑顔を見せた少女は、突然自分の手を握りだした。
 心なし、この前触った時よりも冷たく感じる。

 トントンというノックと共に、澄子が入ってきた。

「あ、居られたのですね。今までありがとうございました」

 自分を見て頭を下げた後、少女の方に向き直り

「それじゃあ、行こうか?」

「うん、澄子さん」

 少女の手を引いて、部屋から出て行った。

 これが最後の別れなのか……?


 未だに、どうすればよいのか分からなかった。
 分かっていることは死神は正しく、自分は間違っている。
 そしてそもそも死神には敵わない。

 自分にはどうすることもできない。


 開けっ放しの窓から、ぶわっと風が吹いた。
 その風で机の上から一つのノートが落ちた。
 「にっき」と書かれたそれが、開いたまま落ちていた。
 拾い、そのままつい中を見てしまう。
 いけないことだとは思ったが、少女がこの一週間自分といて幸せだったかだけは知りたかった。
 だから最後の一週間分だけ、見た。


「しゅじゅつまであと6日。

 今日から後一週間でしゅじゅつがある。
 だから今日から日にちでなくあと何日かを書いていこうとおもう。

 後一週間でしゅじゅつだとおもうと、やっぱりこわい。
 でもまけない。こわがっているとパパがしんぱいする。
 それだけはいやだった。
 こんどはいつかえってくるかな。
 しゅじゅつにまにあうといいけど。

 すみこさんがGSの人をしょうかいしてくれた。
 パパとおないどしぐらいの人だった。
 体がきずだらけでとてもいたそうでこわそうな人だったけど、はなしたらいい人だった。
 けっこう人みしりするわたしがあんなにしゃべれたのはふしぎだ。
 もしかしたらどこかパパとにてるからかもしれない。
 どこかな。」


「しゅじゅつまであと5日。
 今日もGSのおじさんがきてくれた。
 けんさではあまりよくなくて少しおちこんだけど、おじさんがきてくれてうれしくなった。
 ちょっとパパのじまんをしてしまってはずかしい。
 こんなんだからふぁざこんって言われるんだ。
 でもパパが好きなのはふつうだとおもうけど。

 おじさんとしょうらいのゆめについて話した。
 でもおじさんはなにもじぶんのことを言わなかった。
 おじさんはいいたくなさそうだったからとちゅうで聞くのやめたけど。
 しょうらい……わたしにあるのかな。

 だんだんくすりのききめが弱くなってきた。」


「しゅじゅつまであと4日。
 今日はパパが来てくれた! とってもうれしかった!
 パパにわたしはがんばってるよと言ったら「いいこだね」って撫でてくれた。えへへ。
 パパはいまも私をかくじつになおすほうほうをさがしてるんだって。
 しゅじゅつすれば助かるってすみこさんは言ってたけど、ぜったいじゃないから。
 しゅじゅつの日にはいっしょにしゅじゅつしつまで行くよって言ってくれた。
 うれしいな。

 今日はおじさんとは会えなかった。
 パパと会えたのはうれしかったけど、すこしさびしかった。」


「しゅじゅつまであと3日。
 今日もおじさんはこなかった。
 このまえあんまり私がしつこく効いたからおこったのかな。
 きのうパパが来たぶん、とてもさびしかった。
 さびしさといたみでねれなかったら、すみこさんが来てくれた。
 ねるまでずっと手をにぎってくれた。

 きのうパパと会って、おじさんがどこがパパとにてるのか分かった。
 あしたはきてくれるかな。

 さいきん、あるくのがつらくなってきた。
 からだがもうげんかいにちかいらしい。」


「しゅじゅつまであと2日。
 今日はおじさんちゃんと来てくれた。
 べつにぜんぜんおこってなかったみたい。
 あんしんしたら、またおじさんのことをききたくなって、こまらしちゃった。
 でもおじさんはおこらなかった。
 やっぱりパパににてよい人だった。
 そのことを話すと、すこしだけ顔がやわらかくなったきがする。
 いつもやさしい顔をしてればいいのにな。

 まっててって言ったのに、けんさから帰ったらおじさんはいなかった。
 けんさだともうぎりぎりだって言われた。
 しゅじゅつまであと2日じゃなくて、わたしのいのちがあと2日かもしれない。


 こわい。」


「しゅじゅつまであと1日。
 おじさんのようすがおかしかった。
 わたしのはなしを聞いてるようでぜんぜん聞いてない。
 そこにいるのにどこにもいないような気がして、きゅうに一人ぼっちなったようにかんじた。
 一ど考えるとどんこわくなってきた。
 でもそれはみせなかった。
 ようすがおかしいおじさんにあまりしんぱいさせたくなかった。


 ねむれないこわいやだたすけて」


 少女の日記には少女の思いが素直に書いてある。
 特に昨日のことを思うと、胸が痛む。
 もっとちゃんと話を聞いてやれば良かった。

 ノートを捲って、まだ最後に一ページだけ日記があるのに気付いた。
 今日の分だろうか? 自分が来る前に書いたのだろう。


「しゅじゅつまであと0日。


  生

       き


             た


                  い」


 ドクンと、胸が熱くなる。


 穏やかな顔をしていた?
 落ち着いているように見えた?

 バカか、自分は。

 もし目の前に自分が居れば、霊波刀で突き刺すところだ。

 まだ10にも満たない少女が、
 輝かしい夢を持つ少女が、

 今日死ぬかもしれないと言われて大丈夫なわけねーだろ!

 正しい? 間違い?


 アホか俺は!

 熱い何かが自分の体を巡っている。

 衝動だ。

 自分の衝動だ。
 ああ、もう限界だ、我慢できない。
 ああできるものかよ!


 時計を見る。

 11時55分。

 部屋を出て、すぐさまある場所へと向かった。


 屋上。
 一昨日と同じようなシチュエーション。
 再度黒い塊が問う。


「まだ、分からなかったのか?
 貴様は間違っているということが」

 死を運ぶ神が問う。

 一昨日は答えられなかった質問に、だが今は答えられる。

 分かってる。自分が間違ってることも、死神が正しいことも。


 だが関係ない。

 あの少女は夢があると言った。
 あの少女は生きたいと言った。

 そして自分はあの少女に生きていて欲しい。

 未来にどうなるかなど分からない。
 不慮の死を遂げるかもしれない、悪霊になるかもしれない、消滅して転生すらできないかもしれない。

 だからどうした。
 それがどうした。

 そんなことより怖いことがある。
 あの少女は知っている。

 あの少女は死ぬのが怖い以上に、夢が叶わないことの方が怖かった。
 夢を諦めなければいけないことが怖かった。
 生きたいという言葉は、夢があるから初め存在する。

 その誰かの夢を、俺は初めて守りたいと思った。

 死神は世界的に見て正しく、俺はきっと間違っているのだろう。

 

 ――だったら

 ――今の俺が間違っているというのならば

 ――あの少女を護るために、それだけのために


「俺は、間違い続ける!」


 ――魔装術――


 生まれて初めてあげた声のように、叫んだ。


 ――少女の手術が終わるまで、後一時間五十九分五十秒


後編へ続く


あとがき
作者名を見て馬鹿な話だと思った人は怒らないから手を挙げて。
嘘です。
ということでなんかおっさんと幼女によるハートフル熱血シリアスな話。訳分かりません。
主人公が最後の最後まで喋らなかったり、主人公とヒロインの名前が明かされなかったり、
三人称から少しずつ一人称へと変わっていったりと色々な試みをしてみました。

後編はちょっと時間掛かるかもしれません。

あと前作「つんつんつんでれ」において感想をくれた
Tシローさん、…さん、wooさん、Yu-sanさん、スカートメックリンガーさん、怒羅さん、鹿苑寺さん、Signさん、甲本昌利さん、
meoさん、ヒポさん、偽バルタンさん、ばーばろさん、読石さん、リーマンさん、プロミスさん、パチモンさん、紅白ハニワさん。
ご感想ありがとうございました。

では後編で。

*いしゅたるさんのご指摘を受けて弁護士の下りを修正しました。ご指摘ありがとうございました。

>NEXT

△記事頭

▲記事頭


名 前
メール
レ ス
※3KBまで
感想を記入される際には、この注意事項をよく読んでから記入して下さい
疑似タグが使えます、詳しくはこちらの一覧へ
画像投稿する(チェックを入れて送信を押すと画像投稿用のフォーム付きで記事が呼び出されます、投稿にはなりませんので注意)
文字色が選べます   パスワード必須!
     
  cookieを許可(名前、メール、パスワード:30日有効)

記事機能メニュー

記事の修正・削除および続編の投稿ができます
対象記事番号(記事番号0で親記事対象になります、続編投稿の場合不要)
 パスワード
    

e[NECir Yahoo yV LINEf[^[z500~`I
z[y[W NWbgJ[h COiq@COsI COze