朝の静かな時間、西郷は新鮮な空気を吸うため庭に出た。
「ふむ、今日は霧が少し出ているな」
西郷が伸びをして辺りを見回すと、木の根元にしゃがみこんでいるメイがいた。
「はて?このような朝早くに何を………」
西郷はそう漏らすと足音を立てずにメイの方へと近づいていった。
「ごめんね、昨日の残り物が少なくて今日はこれだけなんだ」
成る程、と西郷は理解する。メイが何か動物を隠れて餌付けしているのだろう。そういえば下働きのものが最近残り物が無くなると言っていた。
「私は西郷様のお世話になってるからこれ以上ご迷惑をかける訳にはいかないんだ」
実際の所メイは幼いながらもよく働いてくれている。“西郷”と言うだけで特権階級に座している連中よりもよほど役に立っている。ならばここで優しさを見せるのが、
「年長の者としての勤めと言うものか。メイ!」
西郷が未だ背中を見せたままのメイに話しかけると、メイは“ビク!”と肩を大きく震わせて振り向いた。
「さささささささ西郷様!な、なんでもないです!ええ!気の根っこの間の穴に何も居ません!」
やけに慌ててメイが聞かれていないことまで否定すると、西郷は苦笑するとメイの頭に手を置いた。
「私も幼い頃犬を拾ったことがあってね、その時は父に反対されて飼えなかった。今さらだが何か飼うというものいいかもしれない」
そんな風に西郷が言うとメイは“パア”と花咲くような笑顔を見せた。
「あ、ありがとう御座います!」
メイは小さな体を折り曲げて西郷に頭を下げた。
「大したことではないよ。どれ、何を隠しているのか見せてごらん」
西郷はメイにそう優しく問いかけると、メイは後ろに振返ってしゃがみ隠していた動物を取り出した。
「コン」
その瞬間西郷の頬が引きつる。
「メ、メイそれは………………」
「?狐さんです」
確かにメイの腕に抱かれているのは狐だった。
………………九尾の
それ時、最初の歯車
―メイ八歳初めての家出。雨の日に隠れて拾った子猫を抱えて神社の軒下に隠れるように―
提供 氷砂糖
「はあ!メイが家出した!?」
息を切らせてやって来た西郷の開口一番の台詞に、高島は大声を上げた。
「今探している途中だ、お前も探すのを手伝え」
西郷は壁に手を突き、高島に一方的に話を突きつける。
「先ず先になんでメイが家出するようなことになったんだ?それから話せや、じゃないと見つけたときどう説得したらいいんか解らん」
至極全うな高島の答えに西郷は口早に説明する。
「メイが九尾で九尾を狐で」
「いやわからんから」
どうやら西郷は大分混乱しているようだ。
† † † †
「お前が悪い」
「西郷様が悪いと思います」
「以下同文です」
「うぅ」
高島と千夜、それに絹の容赦ない断言に西郷はうめき声を上げた。
「大体、一度飼ってもいいと口にして取り消そうとすんなや」
「仕方無かろう、まさか九尾の狐とは欠片も思わなかったのだ」
「先に確認しろ」
高島の身も蓋も無い言葉に西郷は反論の言葉も出なかった。
「まあ昔のメイならともかく、今のメイならそんじょそこらの悪霊なんぞに襲われても平気だろうからな」
「メイは今それほどまでに?」
「そうなのです、今のメイの実力ならやり方次第では、草壁の当主すら倒す事が出来ます」
「それは………」
例え草壁の当主が結界を幾重にも張ろうとも、メキラを使えば意味が無い。アンチラを送り込めば細切れで、アジラを送れば石か黒こげ、サンチラであればアフロで、ビカラで大雪山おろしである。
「正直俺でも攻略法が余り思いつかんぞ、五行回帰を使えば話は別だが」
「メイはいい子だからな、式神達はお友達だそうだ。あの子がお友達を悪いことに使うとは思えない」
「もしメイが式神を子に継がせるんならそれは家訓にでもしてほしいな」
「まったくだ」
はっはっはっはっは、と二人は笑いあうが、それが自分達の転生後にどのような結果をもたらすか知らないので笑っていられるのだ。特に高嶋、とばっちりでメフィスト、おまけで唐巣神父、
「まあいくら強くても今現在はたった八歳の女の子だ、さっさと捜しに行くとするか」
高嶋がそう言うと西郷達も立ち上がった。
「九尾の件は如何為されるのです?」
絹の現状回帰の一言に高嶋は頭を掻いて言葉を漏らす。
「まあ、一応考えはある」
高嶋の台詞に、三人は首をかしげた。
† † † †
この時代の京には朽ちた建物が多い。地方に赴任した貴族などがそのまま帰ってこないことが多々あるからだ。そんな貴族の建物の一つに、一人と1匹の姿があった。
「おなかすいたね狐さん」
「コン」
狐は鳴き声一つ上げるとまるで慰めるかのようにメイの頬を舐める。
「あはは、くすぐったいよ」
メイは舐められるとくすぐったそうに笑い、狐を撫でる。
「なんで尻尾が多かったらいけないんだろう。こんなにふさふさして気持ちいいのに………」
メイはそう言うと九つある尻尾を順番に撫でていき、狐は嫌がる事無く目を細めて気持ちよさそうにしている。
「くぅ〜ん」
そんなほのぼのした空間の背後では、
『キョエーーーーー!!!』
『ギョワアアア!!!』
『ギュイイイイイイイ!!!』
式神たちとこの建物に取り付いていた悪霊との間にわりと一方的な阿鼻叫喚が繰り広げられていた。
‡ ‡ ‡ ‡
「家出して隠れる場所には事足りんからな、広大な京を虱潰しに捜すわけにもいかん。メイが式神を使えば一発で場所が分かると思っていたところでいきなりメイが式神を使ったわけだが」
「何を説明口調になっておるのだ、それよりもこれから如何するつもりなのだ?」
林の中から息を潜め四人は様子を伺っていた。
「実際の所如何されるんです?」
千夜は高嶋に問いかける。正直彼女にはこれから如何するか決めかねていた。
「まあ取りあえずは幼少に帰って遊戯だな」
「ほえ?」
絹は高嶋の返答に呆けた声を上げた。
式神たちが悪霊たちを掃討し終えたごろ、高嶋を先頭に四人はメイの前に姿を現した。
「高嶋様………」
「コン」
メイの表情に不安が浮かぶ。高嶋も自分から狐さんを取り上げてしまうのではないかと、
「メイそう不安そうにするな、いきなり九尾を取り上げたりはせん」
苦笑を一つ浮かべ高嶋はメイに笑いかけた。
「では………」
「いいかメイ、妖狐って言うのはな尻尾の数だけ力を持つんだ、それも人じゃ手に負えないようなものをな。時には世を乱す程の力を持った個体も現れることもある」
「………………」
だからといってこんなに小さい小狐を手放そうとはしないメイ、それどころかさらに狐を抱く手の力を強める。
その様子を見て高島は苦笑すると、
「と言うのが一般論だな」
自分の言った言葉を笑い飛ばす。
その一言を聞いてキョトンとした浮かべるメイに、悪戯が成功した時の悪戯っ子の顔をする高嶋、
「正直力があろうと無かろうと使う者しだいだろう、それに幼子が拾ってきた動物を取り上げるってのもなー」
大陸では国々を亡ぼした九尾が雨の日に拾われてきた犬猫扱いである。まあ最初からそんな扱いだったような気がするが、
「では如何するのです?」
メイは“ギュッ”と狐を抱きしめる。もう何が何でも渡さないつもりの様だ。
「なーに話は簡単だ、メイ俺たちと鬼ごっこをしよう」
まるで善良な一般市民を騙して高価な品物を買わせる悪徳業者のような笑顔の高嶋。
「鬼ごっこですか?」
その笑顔にころりと騙されてしまう純粋無垢なお姫様、
「そうだ俺たちは鬼役でメイが日暮れまで逃げ切ったらその狐は飼っていい、そのかわり………」
「インダラ!」
“バビュン!”と視界から消えていくインダラに乗ったメイ、そして取り残される呆気に取られた四人組み。
「って、メイ!話は最後まで!」
高嶋が正気に返ったときにはもうすでにメイの姿は見つけることが出来なかった。
「で、高嶋如何するんだ」
冷たい視線で西郷が話しかける。高嶋が説得を失敗したのは火を見るより明らかである。
「あ〜、とりあえず追いかけよう。うん多分まだ追いつけるだろう」
高嶋の現実を直視しない返答に、三人は冷たい視線を向けた。
† † † †
インダラに乗って距離を稼ぐとメイはインダラを降りた。彼女にはただ式神を出しているだけならなんとも無いが、式神の能力を使っている場合そう長くは式神を出していることが出来ないのだ。
もっとも一瞬ならば式神全てを行使出来たりするのだが。
「ここまでくれば大丈夫かな?」
「コン!」
インダラで移動したのだ、短時間しか乗っていないとはいえ十分に撒くことが出来ているはずだった。
「見つけたー!」
ほんの少しの間休んでいただけなのに高嶋が土煙を立てて角を曲がり姿を現した。
「イ、インダラで逃げたのになんでこの場所が!?」
高嶋は指を一本伸ばし天に掲げ、それから地面に向けた。そこには、
「蹄の後を追ってきたからだ!」
力強く地面をえぐった蹄の後が一つ。
「そ、そんな!」
実際の所、メイは素早く高嶋たちの前から消えただけであってそう距離を離したわけではなかったりするのだ。ゆえに、
「た、高嶋早過ぎるぞ………」
「ひい、ひい、ふう」
「……………………」
他の三人も追いつくのは時間の問題だった。
「絶対捕まりません!」
メイはそう言うと狐を抱え駆け出す。それに対して高嶋はというと、
「逃がさん!土行符よ壁を為せ!疾!」
土行符をメイの進行方向に投げつけ、岩で出来た分厚い壁を作り出した。
「ふはははははは!逃がさんぞ!!」
実に楽しそうに陰陽術を繰り出す高島。これでは、
「完璧な悪役だな………」
「お兄様………」
「あんな小さい子に本気で………」
全くである。だがそれに対してメイはというと、
「ビカラ!」
実に原始的で効率的な力技をもってして突破した。
“ドガァ!”とピカラ大の穴の開く岩の壁、そしてその穴をメイが通った後に、
「アンチラ!」
切り刻まれ積み重なる岩の壁、いや岩の塊。メイを止めるためのそれは見事に自分達の足止めとなってしまった。
「メイ………良くぞここまで!」
「西郷様、メイの成長が嬉しいのは分かりますが今ここで感極まって如何するのです」
「すごいですねー」
「メイもやるようになったな、だがまだまだ甘い」
“土克水”と高島の声がとどろくと同時に積み重なった岩は怒涛の水流に吹き飛ばされて道を作る。
「ふはははははは!待てーーー!!」
何処までも意味なくのりのりな高島、それに比例して三人んのやる気はどんどん急降下していく。
「如何した西郷そんな様子じゃあメイをつかまえれないぞー!」
「喧しい!大体捕まえた後は如何するつもりだ、私はそれを聞いてないぞ!」
視界が開かれるとメイが十字路を曲がっている所だった。左右に二人ずつ。
「片方はマコラか!」
「はっはっはっはっは!どっちが本物などと迷うまでも無い、狐を抱いているほうだ!」
高島の言うとおり片方は狐を抱き、もう片方は何も抱いてはいない。
「西郷、捕まえろ!」
“よし来た”と彼も幼いころに戻ったかのように走って狐を抱いているほうのメイに追いつきその肩を掴んだ。
見事にメイの肩を掴んだ西郷だが、今の彼の姿は見るも無残な物になっている。
「見事なアフロだな。アフロが何のことか解らんが」
「そうですね。アフロなんて言葉は知らないんですけど」
「全くですね。アフロが何なのか知りませんけど」
地面に転がる西郷はところどころ焦げ、見事だった彼の長髪はまるで大きな毬藻のようになっている。
「高島さま、メイの姿を完全に見失ったのですがこれから如何されるのですか?」
「まあ二人が居るのなら何とか見つけることは出来たりするんだがな」
「私たちですか?」
「ああ」
西郷は誰にも介抱されることは無かった。
‡ ‡ ‡ ‡
「狐さんって幻術も使えたんだ、すごいね」
「コン!」
先程の種明かしはこうである。
メイの姿に変わったマコラがサンチラを抱き、サンチラが狐に見えるよう幻術をかけて本物の方にも何も抱いていないように見せる幻術をかけたのだ。
「もう直ぐ日が暮れるね」
「コン」
京の町外れその一角にメイはしゃがみこんでいた。
「ここまでくれば大丈夫だね」
「クーン」
狐は同意するように鳴き、メイの手に頭を擦りつけた。
「あはは」
メイはそんな狐の様子に笑い声を上げた。
「そうだ!名前を付けないと」
「コン?」
狐は首を傾げる。
「何がいいかな………………そうだ!」
「キュ〜?」
「玉藻!玉藻って名前はどうかな?」
「コン!」
メイが玉藻を頭の上まで掲げ、玉藻は尻尾を揺らしながら嬉しそうに一鳴きして安心した瞬間。
「捕まえた」
背後から高島がメイの肩を掴んだ。
† † † †
「メイ、約束は覚えているか?」
西郷、千夜、絹は高島の背中を見つめる。彼らもこの件をどう片付けるか高島から聞いてはいない。
「………日暮れまで逃げ切ったら狐さんを飼っていい」
「負けた場合は?」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「……………あ」
「コン」
「聞いて無かったろ」
「はい」
あらためて気付いた事実に顔を真っ赤に染めるメイ、さながら熟れた林檎のようである。
「まったく。人の話は最後まで聞くようにしないと駄目だぞ?」
「す、すみません!」
高島がまともなことを言っている。その現実に西郷が何時もこの調子ならと嘆息する。
「高島様………………この子はどうなるのですか?」
メイは高島を真正面から見詰める。玉藻がこれからどうなるのか、それによってメイはもう一度逃亡する覚悟でいる。
「家で飼う」
が、予想外の返答にその場にいた皆が固まる。
「はへ?」
「コン?」
なかなか個性的な驚きの声を上げるメイと、分かっているのか分かってないのか同じく驚く玉藻。同時に首を傾げる仕草は中々可愛らしい。
「え〜と、もしかして私が負けた場合は元からそのつもりでしたか?」
「ああ、あのまま逃げなかったら話はそれで済んだんだがな」
やー、失敗だったなと頭をかく高島。すぐ後に肘で後頭部と脇腹を西郷と千夜にどつかれる。
「全ては高島様が回りくどかったのがいけないんですね」
「あはっはっはっは」
割と無自覚に高島を追いつめる絹であった。
「とりあえずその・・・」
「玉藻です、玉藻って名付けました」
「玉藻は家で預かる。好きな時に遊びに来たらいい」
「はい!」
メイは笑顔で頷いた。
「ときに高島。もし捕まえれなかったらどうするつもりだったんだ?」
「決まってるだろう。涙を飲んでお前に飼わせるつもりだった」
「………そうか」
「そうだ」
あれから何日かたった。
最初のうちはメイがいないこともあり怯えていた玉藻も今ではすっかり慣れたのか、日当たりのいい所で昼寝をしている高島の上で寝るようにまでなった。
「メイは今日も来るんだろうな」
メイは玉藻の様子を見に毎日来るようになった。
「ク〜」
玉藻はメイの名前を聞くと高島の上で嬉しそうに鳴いた。
「玉藻、そういえば狐火と幻術の他に何かできたりせんのか?ほら美人なねーちゃんに変わったりとか」
「コン?」
玉藻はそれを聴いて首を傾げるばかりである。
「ま、出来る訳ないか」
「コン!」
“ポン”
「は?」
騒動はまだまだ続く。
どうも氷砂糖です。
久方ぶりにこっちの投稿です。うーんなんか本編のほうがシリアスになるとこっちがギャグっぽくなるみたいです。
狐さん登場です。最後だけ人方に代わりましたが、その姿はデジャブーランドの時のタマモの姿がプチタマモだとするとプニ玉藻です。ええそりゃあもうちっこくて可愛らしいです。ロリっ子率高いなー
次回は本編の方になると思います。かつてない程千夜率が増大なものになると思います。
ではまた次回でお会いしましょう。
皇 翠輝様
こうきましたw「ぶらぼう」がこのことを覚えているかは複線だったりします。といっても出てくるのはかなり先になると思いますが………続くかなー
ぐだぐださん様
時期的には金髪ボケ親父がいてもおかしくないともいます。中世のころにはもう既に存在していましたし、それ以前からいきいていたと推測します。
紅白ハニハ様
おキヌと絹は基本別人です。もしかしたら本編のほうでそこら辺の話を出すかもしれません。ボケ親父なので自分の見たものの意味なんて考えたりしませんwですのであいかわらづ頭の中身は中世でとまってます。
趙孤某様
笑っていただけたようでよかったです。波紋はやり過ぎたかなとは思ったんですがそうでもなかったようですね。更新お待ちしています。
DOM様
きちゃいましたよー、使っちゃいましたよー、昔は二人の仲もよかったんです。だから昇竜権を教えたりしてます。シロのほうは三人出すつもりです。二人は分かりやすいかもしれないかど、三人目は分かりづらいかもしれません。
内海一弘様
おお受けた、ツボにはまったようで一安心。貿易風や偏西風などのジェット気流などは一日で地球一周するほどの速さだったと思います。波動拳や昇竜拳は大陸で覚えてきました。波紋はそれを元に天狗と開発したものです。体質改善はされてないです。