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「六道女学院クロニクル 盗人かささぎ編 1(GS)」

秋なすび (2007-07-25 03:06/2007-07-25 09:00)
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──本作品にはTS要素が含まれています。でも今回は一切出ません(本人すら)ご注意ください──

日曜の電話の男
顔の見えない少女について
携帯が壊れる瞬間


ボクは台所でラジオから流れる音楽にあわせて口笛を吹きながらスパゲティを茹でていた。専ら和食派のボクだが、たまには洋食も良いかと思ったのだ。あり得ないとか言うなかれ、人は時として新鮮な空気というものを必要とするものなのだ。ずっと締め切った部屋で同じ空気を吸っていては淀みが生まれるのが当然なのだ。
それにしても、この曲はなんという曲だったのか思い出せない、スパゲティを茹でるのにちょうどよいと何かに書いてあったのだが、なんとかかささぎと言ったような記憶がある。う〜ん、かささぎ……かささぎ……盗人かささぎ……?なんか違うような気がすんのやけど……
突然電話が鳴った。もう少しで茹で上がろうというところだったので無視しようかとも思ったのだが、結局火を弱め、今にも鳴り出しそうなアラームを止めると電話に出ることにした。
「もしもし」
『もしもし、鬼道先生ですか?吉田です』
「あぁ、吉田はん、鬼道ですけど」
電話の主は職場の同僚の吉田だった。年は一つ下だが数少ない男性教諭ということで付き合いが多い。
『お久しぶりですね、そちらの方はどうですか?』
「ん〜、ぼちぼちですな。やってることはそんなに変わりませんから、まぁそっちと似たようなもんですわ」
吉田は少し笑うとそうですかと答えた。
「で、用事はなんですの?」ボクは鍋の方をちらっと見て言った。
『あぁ、そうそう。最近──と言いましても昨日のことですけど──うちの二年に新しい生徒が転入してきましてね』
「ほう、そうですか。しかし、なんでまた今の時期に?」
『えぇ、突然のことで我々も驚いたのですが、どうやら理事長の肝いりだそうなんですよ』
「はぁ、理事長のねぇ……」
『本人の強い希望でうちの霊能科に転入してきたらしいです。それで、これもまた本人の希望でB組に配属されたそうなんですよ』
「そうですか……。で、吉田はんはそれをわざわざ知らせるために電話を?」
『えぇ、そうです。お知らせしておこうと思いまして』
「はぁ、そらどうも」ボクは鍋からのぼる白っぽい湯気をぼんやりと眺めながら答えた。あれから何分たっただろうか「すみませんが、ボクも久しぶりにいろいろ話したいこともありますけど、今スパゲティ茹でてますのや。用件はそれだけですか?」
『鬼道先生がスパゲティですか?それはまためずらしいですね』吉田はいかにも物珍しそうに言った『いや、それは時間を取らせて申し訳ありませんでしたね。用件というのはそれだけですんで』
ボクは別にかまいませんよと答えた。そして、それじゃと言って電話を切った。
ボクはスパゲティの鍋が気になって仕方がなかった。すぐに自分の存在を忘れないでくれと主張するように湯気を立てる鍋に向かった。しかし鍋にたどり着いたとたんにまた電話が鳴った。今度こそ無視してしまおうかと思ったが、すぐに諦めて出ることにした。出て切るぐらい数秒でできることだ。
「はい、鬼道ですけど」
『あ、鬼道先生、吉田です。たびたびすみません。一つ言い忘れてることがありまして』その声はまた吉田だった。
「別にええですけど、なんですの?」
『一つだけ禁止事項があるんですよ』
「禁止事項?」
『えぇ、鬼道先生、


あなたは彼女を泣かせてはいけません。


決して、絶対にです』
「……は?」
『それだけです、それじゃまた』そこで電話は切れた。
「あ、ちょっと、どういう意味です?」ボクは受話器に向かって話しかけたが応答はなく、返ってくるのは耳障りな電子音だけだった。ボクは訳のわからないまましばらく受話器を眺めていたが、スパゲティのことを思い出すと受話器を置き、慌てて鍋の方へ向かった。
スパゲティを手早くざるにあげると、作っておいたトマトソースとあえて皿に盛って食べた。電話のおかげで少し茹ですぎになっているようだった。しかし、はっきり言ってスパゲティのことはよくわからない。先にも言ったようにボクは和食派なのだ、それも子供の頃から重度の。(そもそも幼少期は貧窮していて食べ物自体ほとんどなかったのだが)そんなわけでスパゲティなんてものはほとんど食べたことがない。それでもまぁ味は悪い方ではないのではないかという程度のものだった。


食事を済ますと流しで食器を洗い、食器棚へとしまい時計を見た。時計の針は午後の一時を回ったところだった。今日は日曜で仕事もない。特にすることもなかったのでソファに腰掛けるとテーブルの雑誌を手にして読み始めた。特に興味を引くよう見出しはなかった。数ページめくり雑誌をテーブルに戻すと、ふとさっきの電話のことが頭に浮かんできた。“彼女を泣かせてはいけない”?彼は一体何のことを言っていたのだろうか。彼女とはおそらく転入生のことだろう。二年B組はボクが担任をしている(正確にはしていた)クラスだ。
ボクはしばらく東京を離れ、大阪に出ている。ボクの勤める六道女学院と最近大阪にできたとある高校との交換教員という形で6ヶ月ほど大阪で霊能関係の教鞭を執ることになっていたのだ。期間は後一ヶ月足らず。もうそろそろ身支度を調え、宿舎を引き払う準備を始めないといけないところだ。といっても、特に持ってきたというものもなかった。生活するための最低限必要なものにソファにテーブル、そして適当な本をいくつか持ってきただけだった。ボクの専門とするところは式神なわけだが、その手の道具はむしろ東京より大阪の方が豊富で質もよいので特に持ってくることもなかったのだ。テーブルの端に束にして置いてあった和紙を一枚取り手触りを確認してみた。指先にさらりとした心地よい感触が伝わってきた。
泣かせてはいけないというフレーズでまず頭に浮かんだのはやはり冥子はんのことだった。泣くという言葉であれほどインスピレーションと痛い思い出を呼び起こす相手もいないだろう。彼女を決して泣かせてはいけないというのなら大いに納得できる。しかし、彼女はすでに大人だ、しかもあれでもちゃんと大学を出ているのだ、教員としてならともかく生徒としてくるなどというのはありえないだろう。あるいはその生徒は冥子はんのような性格で、冥子はんのような危険な人物なのだろうか?あのような人物があの一族以外にいるとも思えないが、もしいるとすればボクは学院を辞めるかもしれない。いや本気で……。ボクと冥子はんは最近は特に問題なく付き合えている。それほど親密というわけでもないが、同じ式神使いとして友人以上という関係はできていると思っている。ただ、あの性格がなければ……
その生徒はB組に配属されることを望んだと言っていたが、そこは特に特徴のあるクラスというわけでもない。普通科目も霊能科目もこれといって抜きん出ているようなわけではなかった。となると誰か知り合いの生徒がいるのだろうか?いや、吉田は確かに“ボクを名指しして”泣かせてはいけないとわざわざ電話してきたのだ。つまりやはりその生徒はボクと何らかの関係があるということなのだろう。しかし、心当たりらしい心当たりは全く思いつかなかった。せめて名前だけでも聞いておけばよかったと少し後悔したが、よく考えてみれば、顔も見たこともない相手のことでなぜあれこれ悩まなくてはならないのかと思い直し、そのことを考えるのをやめることにした。時計の針は一時半にさしかかろうとしていた。そろそろ部屋の片付けでも始めることにした。


日はあっという間に過ぎゆき、明日の午後の間に宿舎を引き払うことになった。必要な手続きを全て済ませると、一通り挨拶を済ませ、ほとんど何もなくなってしまった部屋へと戻ったのは午後の三時を回ろうとしていた頃だった。それほど長く住み着いた部屋でもないし、愛着といえるものがあるわけではない。しかし、やはり多少の寂寥感というものを感じないわけにはいかなかった。部屋がきれいに何も無くなると、自分の中のものも全てどこかへともなく無くなってしまったかのような錯覚にとらわれてしまう。
ベランダに出て午後の日差しを浴び、生まれの土地をまた離れることになることに少しばかり思いをはせていると、部屋の中から甲高い電子音が鳴るのが聞こえてきた。ボクはこれでも携帯を持っている。だが、番号を登録しているのは今のところ冥子はんだけだし、こちらの番号を知っているのも──彼女が誰かに教えていなければ──彼女だけだ。ボクは部屋に入ると携帯を取りディスプレイを見た。やはり冥子はんだった。
「もしもし」
『もしもし〜〜〜マーくん〜〜〜?』
その独特の間延びした声は間違いなく冥子はんのものだった。
「あぁ、政樹やけど、どないしたん?」
『んと〜〜〜、別に〜〜〜特別な用があるわけじゃ〜〜〜ないんだけど〜〜〜』
彼女は時々──だいたい週に二度くらいだが──ボクの携帯に電話をかけてきた。彼女との会話はほぼ必ずこの出だしから始まる。もはや慣用句のようなものだった。
「どうかしたんか?」ボクは先を促した。
『えっと、元気〜〜〜?』
「あぁ、元気やで、そっちはどないや?」
『冥子も元気よ〜〜〜?』
そういえば冥子はんが元気でないところをあまり見たことがないな。
「そか。あぁ、ボク明日の夜には東京帰るで」
『うん〜〜〜、お母様から聞いてるわ〜〜〜』
「ほ、ほうか」
冥子はんには言い忘れていたのだ。どうやら気にしてはいないようで助かった。
『帰ったら〜〜〜、一緒に〜〜〜死ぬほど遊びましょ〜〜〜?』
「は、はは……。し、死ぬほどな……」
なんとも不吉な響きだ。冥子はんが言うと死というものがどういうものか具体的な形を帯びてくるから怖い。
『あ〜〜〜でも、しばらくはダメなのよね〜〜〜』
「ん?なんでや?」
『うん、ちょっとお母様が〜〜〜』冥子はんはそこまで言うと口をつぐんでしまった。
「理事長になんかあったんか?」ボクは少し不安になって訊いた。
『ううん〜〜〜、そうじゃないんだけど〜〜〜』そこまで言うとまた黙り込んでしまった。
ボクは黙って先を待つことにした。
『あのね〜〜〜、なんだかよくわからないんだけど〜〜〜、しばらく〜〜〜マーくんには〜〜〜会わない方がいいって〜〜〜、それがお互いのためだって〜〜〜お母様が言うの〜〜〜』
「は?理事長がそないなことを?」
『うん、そうなの〜〜〜。マーくん何か心当たりとかない〜〜〜?』
「いや、全然ないな……」全くの寝耳に水だった。
『マーくんが帰ってくるの〜〜〜ずっと待ってたのに〜〜〜、早く会いたいのに〜〜〜、遊びたいのに〜〜〜……』
「冥子はん……」
その言葉には少し胸に来るものがあった。ボクには東京では特に友人と言えるような人もいないのだ。
『なのに〜〜〜お母様ったら〜〜〜ひっく、なんで〜〜〜ひっく……』
「め、冥子はん?お、落ち着きや??」だんだん雲行きが怪しくなるのを感じた。
『お母様の……お母様の……バカ〜〜〜〜〜〜〜びええええええええええええええ!!』
「っ!!」
耳をつんざくような泣き声と共に、背後で激しく何かを叩きつけるような破壊音が鳴り響いているのが聞こえた。何かが携帯の電波の向こう側、遠く離れた東京のおそらく冥子はんの部屋で破壊活動をしているのだ。
「冥子はん!?とにかく落ち着き!?」
『ごとん……ぱき』
「あ……あぁ……」
何かが落ちる音が聞こえたかと思うと、何か堅くも柔らかいものが折れるような軽く乾いた音を立てた。その後にはいつまでも機械の発する音だけが鳴り続けていた。おそらく、嘗て携帯電話だったものは、今やその機能を停止し、全く意味をもたないプラスティックとシリコンの固まりへと姿を変えていることだろう。
「はぁ……全く……」
ボクはため息を一つつくと自分の右手にすっぽりとはまっている携帯を眺めた。これももう全く意味を持たないプラスティックとシリコンの固まりになってしまったのだ。この携帯はほとんど冥子はんとの直通電話のようなものだったのだ。冥子はんはすぐ携帯を買うだろうが、ボクの携帯番号なんておそらく覚えてはいないだろう。いや、あるいは買うこともできないかもしれない。理事長からしばらくは会うなと言われているからには、それどころか学院にもボクの家にも電話すらできなくなるかもしれない。あの人のことだ、そういうことには徹頭徹尾、徹底するはずなのだ。ボクは携帯をフローリングの床に放り投げるとその隣に仰向けに寝ころんだ。そこには無愛想な天井が見えた。
「そう嫌な顔せんでもええやん、明日には出て行くんやから」ボクは誰に言うともなく言った。
しばらく会わない方がいい、その方がお互いのため、か……。理由はよくわからないけどその方がいいのかもしれない。冥子はんとボクでは身分も立場も違うのだ、あんまりそんな男と親しくしていては親としてはあまりおもしろくないのかもしれない。正直なところを言うと、冥子はんに会えないというのは三割くらいが残念で、七割くらいは安心が占めていた。ボクも人の子、やはり死にたくはないのだ。でも今はその三割がひどく重いものに感じられた。
「会いたいわ……」ボクはまた誰に言うともなく言った。
しばらく目をつむっていると徐々に浅い眠りに入り込んでいくのがわかった。意識が沼の中へと徐々に沈み、溶け込んでいくような錯覚を覚えた。そのあやふやなまどろみの中、遠くで顔の見えない少女がこちらに笑いかけていた。


あとがき そして いいわけ


全く何を考えているのやら。自分でもよくわからんくなっている秋なすびです。
どれもまだ中途半端なまま別のものに手をつけるというのは、いつもの私の悪い癖です。しかもまたTS。
まぁ、これは誰か読んでくれる人がいれば読んでくれればいいかなといった感じで書きます。
ちなみに、この題と出だしを読んで解る人にはすぐお解りになったかと思いますけど、村上春樹のねじまき鳥クロニクルのぱくりです(題と出だしだけですけど)。それと同じで、主人公鬼道政樹の完全一人称になります。ねじまき鳥は出ません(笑

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