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「カオス博士の人生やり直しカルテ 始まり(GS)」

缶コーヒーのボスの手下 (2007-07-21 16:49/2007-07-25 13:53)
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 月日は過ぎていた。時間があるものだと意識していればいるほどに、足早に重なっていった。いつの間にか一年が、どうでもよくなっていた。

「完成……じゃな。マリア」

 二年が、取るに足らない時間に変わっていった。三年が、四年が、生ある意味を奪っていった。五年たち、六年がたち、気が付けば、十年がどうでもよくなっていた。

「はい。ドクター・カオス」

 五百年ほど過ぎて、一つの事に気が付いた。年を取れば思い出にすがって生きるようになるというが、まさしく自分はその通りで、昔のことばかり、一日中考えているようなことがよくあった。

「たったの百ミリリットルじゃが、効果は十分じゃろう」

 老けたこと自体は、別によかった。何も永遠の魔王たるために”このような”体を受け入れたわけでもない。ただ単に、生きていたかったというだけだ。

「成分の、割合から、加算すれば、そうだと思います。ドクター・カオス」

 それよりも辛かったのは、自分が毎日記憶のうちから掘り起こす思い出は、自分が、まだ若い頃のことばかりであることだ。ここ数十年のことなど、全然、意識して考えてみても、まったく思い出せなかった。

「テストは……不要じゃな。それが出来るほどの量でもない」

 考えれば考えるほどに、心が沈んでいくのを感じた。『思い出せない時間』の間、本当に自分は生きていたのだろうかと、自問自答しては泣き叫んで震えていた。

「肯定、します。ドクター・カオス」

 それからの自分は、あるたった一つを求めてがむしゃらに走り出していた。何が何でも、何をどうしたとしても、取り戻したかった! 生ある時間を取り戻したかった!

「……長かったな」

 必死に方法を模索した。そして見つけたのはたった一つだ。いく数千人もの学者たちが求め、しかし到達できなかった極限の域の宝物、そこにこそ答えはあった。

「二百六十五年と、約半年です。ドクター・カオス」

「バカモノッ! そういう意味で言ったのではないわ!」

 本当に長かったのだ。これまでの、死ぬ物狂いで生にすがって生きてきた時間が。意味を持たぬ空白の数百年などよりも、遥かに長かった。

「あぁ……そうとも。思い出せる! コレを作り始めてから、今日のこの日を迎えるまでの日々が、二百年ものだぞ! 二百年をも越える日々が、今、私の中にある!」

 燃える様な意思と共に生きてきた! あの場所に赴いたときのことを覚えている。あの地で、出会った人の事を覚えている。あの時に、見上げた空の色すら私は覚えている!

「あぁ、あぁ! そう、断言しよう! 私は……私はこの二百年も六十年も五年も半年も、その間、私は、私は生きていたっ! あぁ、そうだ私は生きていたっ!」

 より一層燃え上がる心が訴えている。自分が歩いた道に、確かに足跡が残っているのだ。生きた証は残されてきたのだ。

「イエス。ドクター・カオス」

 そして、遂に自分は完成させた。

「見ろ! これぞ、これぞ見まごう事なき真実の、本物の若返りをもたらす秘薬だ! 私は生きて、これを完成させた!」

「その通り、です。ドクター・カオス」

 私の中に、外の世界に時は流れていた。

 だから、秘薬は完成してくれたのだ。ネクタルも、ソーマも、賢者の石をも超越した至高の一滴を生み出せた。

「……のう、マリア」

 しかし……大きな不安が一つある。これを作っている間、ふと心に止まって、気付いた頃にはこの身が震えるほどになっていた悩み、先行きの恐怖だ。そのようなもののせいで、今になって自分は怯えている。

「はて……生きている私とは、これを作るまでの私なのか、それとも、これを飲んだ後の私なのか、どちらじゃろうか?」

 若くなれば、あのころの姿に戻れば、また輝ける日々を取り戻せると思っていた。しかし、この青い液体を作っているときの自分は、若返るまでもなく輝いていたように思う。
 今このときさえ、自分は光でも発しているように思える。生きていることを実感できる。

 ならば、既にこうやって生きている自分に、果たしてこのクスリは必要なのだろうか?

「……人は、自分の意思で、自分の心を、生かすことが出来ます」

 珍しく哲学を披露するマリア。それを聞くと、それまで悩んでいた分、強い驚きを感じた。

「そうか……なるほど、のう。うぬ……では、飲むとしよう」

 老いぼれた自分だけでは、マリアという掛け替えのないパートナーがいなければまともに生きながらえることも出来なかったろうが、心だけなら、自分の意思で生かすことが出来る。体が起用しなければ難しいが、不可能ではない。
 それは別に歴史的発言ではなく、むしろ哲学を好む者の多くが辿り着いたかも知れないようなものだが、勇気のわいてくる言葉だった。ふとした哲学で、力がわいてくるのだ。

「若返れば、脳が強くなるやもしれんからな」

 クスリを飲まなければ、常人三人か四人分の寿命ほどの年月をかけてまで作ったものの意味がなくなってしまう。何故なら、目の前にある毒々しい青い液体は、自分の体にしか正しく機能しないからだ。
 それは、人体の構造に関係がある。

 体を若返らせると言う事において、必須となるのは、”人体組織の内可能な限り全てを若返らせる”こと。腕や足だけ若かりし頃に戻って、肺や心臓が元の体のままだったりでもすれば、瞬く間に身体はその機能に不備を生じてしまうだろう。
 特に心臓に至っては年齢による機能の差が大きすぎて、バランスが狂えば取り返しの付かない事になりかねない。

 しかし、それでは駄目なのだ。自分の目的は『より強く生きられる日々を取り戻すこと』それのみ。若返って病気にかかるようでは、どうしようもない。

 だからクスリを作るに至って、自分の体の構成要素を一から全て解析しなければならなかった。そして、その要素の全てに調和し活動できる、自分専用のクスリを作る必要があったのだ。
 そして出来上がったのが、今この暗い研究室の中で、青く淡い光を放っている一デシリットルの液体。自分以外にはただの毒に他ならない、ほぼ完全な自分を込めた一品なのである。
 自分の体が絶えず変化を続けるものであることから、ある程度の問題が起こる可能性もないことはないが、うまくいくはずだ。何せこれは、生きている自分が作ったものなのだから。

「これを飲めば、予測では、私の身体は二十代前半程度まで若返る。私の身体が、最も良好な質を持っていたときだ」

 調整は済んでいる。後は若返らせるために入れた妖怪のヒゲやらなんやらに含まれる『霊的な質量』に絶えられるかという問題が残っているものの、何か合ったとしても、死ぬほどの恐れがないこともわかっている。
 むしろ怖いのは、その際のショックで記憶が飛んでしまうやもしれないことだ。これは非常に恐ろしい。念のためにある程度の準備はしているが、それでも不安は残る。

「しかし、どのような恐れがあるのか完全にはわからない。その時は、頼んだぞ、マリア」

「イエス。ドクター・カオス」

「うぬ」

 記憶を守るために必要なのは、痛みを耐え抜く精神力。単純だが、それだけに恐ろしい。

「では……実験を始める」

 実験。必要な器材はクスリと、自分の体。つまり飲むだけだ。飲めば液体に押さえ込まれた術式により、動力を得た主力となる要素たちが身体全体を活動範囲と定めて、必要な箇所に必要なだけ、それぞれが散らばっていくだろう。
 後は細胞組織の若返り時に生じる激しい痛み、痺れと、それによって出来る肉体に合わさろうとする霊核の再編成が生み出す精神的な強いストレスに耐えるのみ。

 要するに、飲む勇気が必要と言うことだ。無論、そのような覚悟、元から出来ている。


 午前一時三十分、実験開始。


 一度深呼吸をしたのち、不純物が最小限混ざらないよう、念入りに清掃された部屋の、これまた念の入ったピカピカな机の上にある、小さなガラス容器を手に取った。
 中身は青い液体。たったの百ミリリットルと言えど、一気に飲み干さなくてはならない。そうしなければ、このようなもの、二度と身体が受け付けてはくれないからだ。

 ゴクッ ゴクッ

 意を決するまでもなく、勢いに任せて流し込む。そのあまりの遺物的存在に、喉が猛烈な拒否反応を示そうとするが、クスリに込められた霊力がそれを許さない。
 無理矢理隙間をこじ開けられるような感覚に、めまいが生じるが、このくらいはまだいい。まだ十分に耐えられる。

「ウッ……マリア、すまないな。今までも……これからも、迷惑をかけるっ」

 私はマリアの胸に抱きついていた。別に、やましい思いでのものではない。ただ、精神を繋ぎとめるより所が欲しかった。

「そんな事は、ありません。ドクター・カオス。迷惑では、ありません」

「そうか……そうか……ヌッ!」

 遂に訪れた衝撃、まるで体内の血が針と化して、内側から器である肉を突き刺しているような痛みが暴れている。だんだん、目に見えるものが色を失っていく。

「ドクター・カオス……。マリアは、あなたを守りたい」

 轟音そのものの耳鳴りが響くなか、優しい言葉を投げかけてくれるマリア。守られている温かさが、少しだけ、痛みを和らげる。
 もう何百年と自分の面倒を見てきてくれたパートナー。既にその名の由来となった女性とも違う、個を持ったような人格を形成したマリアに、自分は人としての温もりを感じていた。

「ドクター・カオス。マリアは……っ!」

「……!」

 突然、少し冷たくて柔らかい何かが、口に押し付けられた。それが唇だと気付いた時には、もうそれは離れていたのだが、瞬間、痛みが消え去ったような感覚に捕らわれる。

「……愛して、います。ドクター・カオス」

 そのような、耳を疑ってしまいそうにもなる言葉を聞いたはずなのだが、呆けていたからか、そう気にならなかった。それよりも、真に人間らしくなったマリアに対しての、製作者としての達成感が沸いてくる。
 過ぎて言った数百年、その中で、ゆっくりとだが、彼女の精神が成長していたことを、自分は身を持って知らされた。

「マリ……ア……! ぬっ……ぬあっ、うあっくぅっ」

 しかし、束の間の奇跡もそう長くは続かず、痛みが再度襲いかかってくる。先程よりも強いっ! 意識が飛びそうだっ。

 おかしい……。これほどの激痛、想定外だ。

「何!? 身体が……縮んでおる……っ」

 縮むなど有り得ない。自分は二十代前半の頃に戻るのだ。身長などもうほとんど伸びきっているころ。過去の書類でも確認したが、今の自分とあの頃の自分とで体格もそう変わらなかったはずだ。
 もしや……クスリが聞きすぎているのか? そうだ。それしか考えられない。でなければ、身体が縮むなど……しかもこの目線の高さは……!

「これは……十五歳の頃の、私なのか……?」

 身長151センチ。周りだけヒマワリみたいに伸びていく中、何時までたっても成長期の訪れない自分にコンプレックスを抱いていた頃の自分。
 それは結局、十六歳から急激に伸び始めた事によって消え去ったのだが、一時は気っても切れないトラウマのような存在であった過去が、今再び掘り起こされた。
 マリアよりも圧倒的に低い、自分をマッドサイエンティストへと変えた目線の低さ。周りを退けて、それまでは単なる趣味だったはずが、初めて研究に一日の全てを費やすようになった時の自分だ。
 大人だけでなく同年代の友人たちを見上げていたのを覚えている。女性には、自分より低いものもいたにはいたが、男友達の間では自分が一番小さかった。

 いつの間にか、痛みは引いていて、途端に暗い疲労感に襲われる。体がだるく、それにイライラする。破壊衝動、破滅衝動。思わず歯を軋ませてしまう。

「……成功、のようじゃな。ちと、若返り過ぎたようじゃが」

 珍しく困惑している様子のマリアの視線に、少々心が痛む。思いを告げた相手の身体がこのようになってしまったのだ、仕方がないのだろう。

「すっかり、声も高くなってしまったな。まるで子供のようだ」

 実験自体は成功した。効果があった時点で完璧といっていい。それも、予想を大きく上回るほどだ。

「お美しい、です。ドクター・カオス」

「哀れみか、マリア?」

「そんなことは、ありません」

 励ましてくれているのか、本心で言ってくれているのか、どちらにせよ、この憂鬱はしばらく止まりそうにない。

「……胸を貸してくれるか、マリア?」

 無言で頷いた自分の半身ともいえる体に身を寄せる。どうしようもない虚脱感、喪失感から抜け出したかった。寂しかった。

「妙な話だ。輝いていた頃の自分になろうとしたはずが、”輝きを求めていた頃の自分”に帰ってしまった」

 周囲の環境に反感を覚え、一人で閉じこもり、馬鹿な実験ばかりを続けていた自分。全身全霊で足掻こうとしていた過去の肉体に、どうやら切っても切れない縁があったようだ。

「初心に帰れ、とでも神が命じたのじゃろうか」

「……やり直すことを、提案します」

「今度は玉手箱を作る、そういうことかのう?」

「いえ。そうでは、ありません」

 マリアは正面から私と向き合って、言った。

「人生を、また、やり直すことを、提案、します。ドクター・カオス」

「心は生きられる、か? マリア」

「はい」

 人生のやり直し……それも、いいかもしれない。私はその時、本気でそう考えた。憂鬱だったからかもしれないが、それ以上に、まだ絆があることを理解したからだ。マリアと、自分との間に。

「また、面倒を見てもらえるか、マリア?」

「もちろん、です。ドクター・カオス」

 硬くも柔らかいマリアの指先が、何時の間にやら色の戻っていた、クリーム色の頭髪を撫でる。これではまるで、母と子のようだ。

「私の身も、心も、永久に、あなたと共に」

「……そうか」

 その時、一度だけ、そっくりそのままに造り上げてしまったマリアの顔に、”姫”のあの笑顔が重なった気がした。

 輝きを求める人生が、今一度、始まる。


 ご挨拶

 どうも、缶コーヒーのボスの手下、コードネーム『HETARE』と申します。
 以前、今から半年ほど前に『マウチュ! 天使と悪魔な女の子』なるものをここで書いていたのですが、覚えている方はいるのでしょうか? 途中で音沙汰のなくなってしまった粗大ゴミです。
 もし覚えている方がいらっしゃったら、ここで謝罪させてください。本当に、申し訳ありませんでした。

 それで過去を反省し、今一度完結に向けて書き出そうと思った次第です。
 そのため、一部前に書いていたものと似た流れを組んでおります。
 話の流れ自体はまったくの別物となる予定ですが、『マウチュ』にて登場した武器『マウスブラスター』の設定を見直ししたリメイク武装なども登場しますので、ある程度の持ちネタの重複がありますことを記しておきます。

 タイトルに関するご指摘がありましたのでドクター部分だけ消しました。そういや同じ意味になるよなぁと思ったのでスッキリして気持ちがいいです。ちょっと長かったですしね、タイトル。

 では、また次回に。

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