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「蛇姉様の憂鬱6(GS)」

テイル (2007-06-24 04:12)
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 横島のアパート近くに公園が一つある。かなり寂れた公園で、普段から人間の姿は少ない。他者の目を気にするあたしでも比較的訪れやすく、散歩の際や一人になりたいときなどによく利用する場所だ。
 その日もあたしはその公園にいた。
 公園にはいつものように人影はなく、さびたブランコの鎖に絡まるあたしはぼーっと空を見上げていた。
 一面に灰色の雲が広がる鬱々とした曇り空……この面白みのない空を、あたしは朝から飽きることなく眺め続けている。輝く太陽も透き通る青さもない空だったが、だからこそ、物思いにふけるにこれほど適しているものはない。
 この灰色の空を眺めていると、やがて目が焦点を失っていく。徐々に世界が遠くなり、心が自分の内側へと向かい、そしてゆっくりゆっくりと、自分の世界へと落ちていく。
 あたしの脳裏に、あの時のことが鮮やかに思い出された。
 あの時、あたしは居候しているぼろアパートの布団の上にいた。
 布団の下にはアパートの住人であり、現時点のあたしの保護者たる横島が寝ている。布団越しに横島の体温を感じながら、あたしはうとうととしていた。
 横島が意識を失ったのはその日の前日のことだった。あたしの付きっきりの看病が効を奏したのか、今朝には熱は下がり呼吸も落ち着いていた。しかし未だに目が覚める様子はなかった。
 徹夜で看病したあたしはその時かなり疲れており、うとうとと舟をこいでしまっていた。
 もちろん、本格的に寝入ってしまっていたわけではない。横島はまだ目覚めていないのだから、安心出来るものではなかった。襲いくる眠気と戦いながら、あたしは半覚醒状態のままで横島が目覚めるのを待っていたのだ。
 やがて、あたしが待ちわびた時が来た。
 顔色の良くなった横島が目を開き、あたしをまっすぐに見たのだ。そのことにあたしは半分夢の世界の住人になりつつも、ほっとしたのを覚えている。
 しかし事件はその後に起きた。
 横島はあたしの身体に優しく触れると、微笑みながら唇を寄せ、そして――。


(ああああああああ!)
 その感触を思い出したあたしは、一瞬で現実の世界へと戻っていた。思わずくねらせた身体が、からみつくブランコをがちゃがちゃと揺らす。
 あたしの顔は灼熱していた。顔が赤くなっているのが、見なくてもわかった。あれを思い出すたびにこれだ。何度思い出しても身体が熱くなるわ全身かゆくなるわ、どうして良いのかよくわからず暴れたくなるわで大変なのだ。
 あたしは未だ収まらない動悸を感じながら、息も荒く再び空を見上げた。そしてこれで何度目かわからない思考に没頭し、そして横島の、温かで、やわらかな唇を思い出して――。
(あああああああ!)
 もう幾度目かわからない叫びを発した。もう何がなんだか、自分でもよくわからない。
 そもそも何故なのだろうか。どうしてあたしはこんなにも動揺しているのだろう。
 あれはそれほど大したことではないはずだ。以前敵同士だった時、もっと深い奴をぶちかましたことがある。月で一度横島達に破れた時、転生する目的で横島と唇を重ねたのがそれだ。それを今思い出してもどうってことないのに、何故あれだけがこれほどあたしを動揺させるのか。
 朝からひたすら悩んでいるが、答えは出ない。そもそも答えなど無いのかもしれない。しかし自分の心に決着をつけなければ、横島のそばで普通にしていられる自信がない。きっと横島の顔をまともに見られなくて困ってしまうだろう。
 何故自分がこうなってしまうのかわからないが、それでもなんとかしなくてはならない。だからこそあたしはこうしてたった一人、誰もいない公園で延々と空を眺めているのだ。
 あたしは息を整えると、空へと視線を動かした。何度でもあの時のことを思い出す為に。自分の心に向き合う為に、何度でも。
 ……そしてあたしは、その回数だけ身もだえしながら頭を抱えた。当然のように、得るものなどは何もない。
 そもそもの話、どうすればいいのかわからないから悩むのだ。答えなど出ようはずもない。
 あたしは自分でも如何とし難い感情に苛まれながら、天に向かって叫んだ。
(ああああああ! あたしはどうしたらいいっていうんだ!?)
「? 何を、どうするの〜?」
(その何をってところすら、よくわからないから困ってるんだよ!)
 不意に掛けられた声に勢いで返答し、次の瞬間、あたしは誰もいないはずの公園で声を掛けられるという不自然に我へと返った。
 いつの間にかあたしの背後に気配があった。何時からそこにいたのかわからない。声を掛けられるまで、あたしは全くその存在に気づかなかった。
 背筋に冷たいものが走った。
 あたしには敵が多い。元々が神族のブラックリストにも載っている凶悪な魔族である上に、アシュタロス事変の際にはアシュ様に荷担もしている。つまりアシュ様同様、あたしも三界全てを敵に回したという事だ。
 現在は横島に保護して貰っているが、もしあたしの存在がばれたならそれも終わりだ。あたしは三界全てに追われ、そして滅せられる……それは想像に難くない未来だ。
 だからあたしは、いついかなる時でも周囲の気配には気を配っていた。油断することはなく、常に自分を戒めていた。戦士として過ごした経験から、一瞬の油断が死を招くこともよく知っていた。
 この公園でもそれは同じだ。魔族としての感覚、そして蛇としての感覚を公園の隅々にまで広げ、絶えず警戒していた。物思いに耽っていても、公園の気配を探ることは忘れていなかった。
 ……それなのに、あたしの背後には何時の間にか何者かが立っている。それも、この身を圧迫する程の霊圧を放つ何者かが。
 信じられなかった。現実のこととは思えなかった。
 しかし、命運が尽きるときはこのように理不尽な状況になるものなのかもしれない……。
 あたしはそっと目を閉じた。次の瞬間訪れるだろう最後に怯えながら、それでも脳裏に描くのは、横島の顔だった。
 もう一度、会いたい。……そう思った。
「わあ、よく見ると綺麗な蛇さん〜」
 そして背後の存在が行動を起こす。暢気そうな声で呟きながら、あたしの身体に手を伸ばした。
 身体を硬くしたあたしのうなじ辺りに触れた手は、ゆっくりとあたしの身体の半ばまでを撫でるように移動する。
 そしてその手は、そのままあたしに危害を加えることなく離された。
 背後からやはり暢気そうな、間延びした声があたしの耳に届く。
「きゃー。触っちゃったわ〜」
 何がしたかったのだろう? もちろんそのまま考えるなら、ただあたしに触れたかったということになるが、そんなわけはない……と思う。
 いやしかし。でも……?
 混乱しつつ必死で気配を窺うあたしは、霊圧の凄まじさ故に気づかなかったが、そもそも背後の存在から敵意が感じられないことにやっと気づいた。
 わけがわからなくなったあたしは、目を開けると思い切って背後を振り向く。
「わあ。目は金色なんだ。綺麗〜」
 あたしを正面から見たそいつは、手を叩きながら子供のような笑顔を見せた。敵意など欠片も感じられない、純粋な笑顔だ。
 ……どうやら、あたしをどうこうする気はないらしい。そう悟ったあたしの身体から力が抜けた。ブランコの上でへたり込みながら、安堵の息を深く深く吐く。
 視線を上げると、そいつはへたり込んだあたしを不思議そうに見ていた。あたしに死の覚悟すらさせたことに、そいつは全く気づいていないようだった。
 そいつは妙齢の女だった。大きさから時価数億はするだろう精霊石を身につけ、さらに首には蛇に似た式神を巻き付けている。
 その式神はただの式神ではないようだった。下手な霊能力者ではあっという間に霊力が枯渇してしまうような、使役にかなりの霊力を要する高位の式神のようだ。女はそんな式神を無造作に首に巻き付けて、のほほんとしていた。
 一体この女は何者なのか。
 どっと疲れたあたしがそう考えていると、女がまるであたしの考えを読んだかのように口を開いた。
「えへへ、あたし冥子。六道冥子って言うの〜」
 よろしくね〜とにこにこと笑う女を見ながら、あたしは眉間に皺を寄せた。六道冥子という名に聞き覚えがあるような気がしたからだ。それも、かなり不穏当な名前だったような……?
(あ!)
 少し考えてあたしは思い出した。
 六道冥子とは、以前人間界の主要なGSのリストを確認した時、要注意人物として記載があった存在だ。

『六道冥子。性別、女。式神十二神将の使い手であり、美神令子の友人。人間界でも屈指の霊能力を有する六道家の出だが、家系特有の精神的弱さをも有している。精神年齢は幼子と同様、その脆弱な精神によって引き起こされる式神の暴走はGS界でも有名。適当に手を出せば勝手に暴走する可能性大だが、方向性の予測が難しく利用は難しい』

 リストの内容を思い出したあたしの頬が、思いっきり引きつった。
 暴走とは確か、冥子が今首に掛けているクラスの式神が十二体、周囲一帯を縦横無尽に暴れ回るというものだったはずだ。そして、今のあたしが巻き込まれたら軽く百回は死ねるだろうその暴走の引き金は、冥子の脆弱な心。
 何時引火するかわからない巨大な火薬、もとい爆薬庫。それが六道冥子という存在だ。
 その事を思い出したあたしは、可及的速やかにこの場を去るべく冥子に背を向け、
「お話しましょー」
 後ろからそう声を掛けられ、びしり、と硬直した。


「それでね〜、遊園地に行った時も結局追い出されちゃったの〜。他にもねー……」
 つらつらと冥子が自分の失敗談を語っているのを、結局あたしは隣で聞いていた。
 冥子が話しているのは自らの失敗談だった。ブランコを軽く揺らしながら語る失敗談は次から次へときりがなく、そのどれもが式神を暴走させてしまった話であり、その程度で暴走するなと思うようなものばかりなのが恐ろしい。
 当然のようにあたしは何度かこの場から逃げ出そうと考えていたが、しかしそれがひたすら難しい。冥子の視線自体はこちらを向いていないものの、代わりに首に巻きつく蛇の式神がしっかりとこちらを監視しており、これがまた忌々しいことに全く隙がないのだ。
 結局何事も起こらないよう祈りながら、あたしは冥子の繰り言をひたすら聞く羽目になっている。
「それでね〜、他にも」
 どれだけ失敗話があるのか、冥子の話が尽きる様子はない。
 既に冥子が話し始めてから、裕に一時間が過ぎていた。
(いい加減にしてくれないかねえ)
 思わず溜息と共にずぼやきもする。
 すると、なぜか冥子がピタリと口を閉じた。そしてあたしを見て困ったように微笑む。
 突然の様子に驚くあたしに向かって、冥子は口を開いた。
「えへへ、ごめん。冥子ばっかり喋ってちゃ駄目だよね〜。あなたにも悩みがあるんだから〜。……うん。じゃあそれ、冥子が聞いてあげる〜」
(……気持ちは嬉しいけどね、どうやってあたしとあんたが意思の疎通をするんだい)
 冥子の言葉に戸惑いながらもあたしは言い返した。当然、蛇であるあたしの言葉が通じるわけはないのだが……。
 しかし。
「どうして〜? ちゃんと冥子の言葉も、あなたの言葉も通じてるじゃないの〜」
 不思議そうな表情を浮かべる冥子に、あたしは思わず固まった。
(あんた、あたしの言っていることがわかるのかい!?)
「? 冥子、耳は悪くないわ〜」
 首をかしげる冥子。どう考えても言葉が通じている。
 あたしは混乱しつつ、最初に冥子が声を掛けてきた時のことを思い出した。
 思えばあの時も冥子はあたしの叫びに返すように声を掛けてきた。あたしの叫びを理解できていなければ、そんなことはできないはずなのに。
(……あの時に、気づくべきだった。しかし、一体どうして)
 考えるあたしは、ふと冥子の首に巻き付く蛇の式神を見た。
 相も変わらずこちらに視線を向けている式神。片時たりとも目を離さず、まるであたしを見透かすような視線を送り続けている式神……。
 瞬間、あたしの中で理解が広がった。
(おまえか!)
 この式神だ。
 この式神が、あたしと冥子との間を取り持っているのだ。だから言葉が通じるのだろう。またあたしの蛇としての感覚をくぐり抜けて背後に立つことが出来たのも、その力であたしの感覚を誤魔化したからに違いない。
 あたしがまじまじと式神を見ていることに気づいたのだろう。冥子がにこにこしながら式神を撫でる。
「この子、サンチラちゃんっていうの〜。同じ蛇さん同士だし、仲良くしてあげてね〜」
 あたしは軽く頷いて見せながら、さてどうしようかと迷った。なんと言っても、全く想像していなかった、この姿のままで完全な意思の疎通が出来る相手なのだ。言うまでもなく最大の利点は、正体を晒さずに会話が出来ること……。
 いっそのこと相談してみるのも悪くないかもしれない。しかし相手はあくまであの六道冥子だ。不安はかなりある。
 あたしは唸りながら改めて冥子を見上げた。相談しても良いのか、その判断をする為だ。
 そしてあたしは気づいた。……冥子がいつの間にか、空を見上げていることに。
 整った横顔がじっと空を眺める姿は、年相応の大人の女に見えた。話に聞く幼さ、未熟さはそこには見えなかった。冥子の目に浮かぶ憂いの色が、冥子に大人びた印象を与えている……。
(なあ)
「えっ!? ……あ、ごめんなさい〜。ついぼーっとしちゃって。えへへ。……おなはし聞くっていったもの。冥子、しっかりと聞くわ〜」
(いや、それよりもあんたの話を聞かせて欲しいね。さっきまでぐだぐだ喋ってた失敗話……あれ、あんたが本当に話したかったことじゃないんだろ?)
 冥子の目が驚いたように見開かれた。
「なんで、わかったの〜?」
(雰囲気)
 先ほど空を見上げていた雰囲気と、失敗話を語っていた雰囲気。そこには明確な重さの違いがあった。
 冥子はつと視線を外すと、しばし視線を泳がせ、やがてぽつりと口を開く。
「……まーくん」
(まーくん? なんだいそれ)
「冥子の、一番大事なお友達……は、令子ちゃんだから〜。えっと、まーくんは〜」
 冥子はおどおどとしながらさらに視線をきょろきょろとさせ、やがて恥ずかしそうに言った。
「冥子の……一番大事な人」


 どうしてだろうね。そう冥子は言った。
「冥子、ずっとずっと失敗ばかりだったの。でもそれは仕方ないって自分で思ってたわー。どうしようもないって、思ってたのー。……でも、それが最近とても嫌。まーくんのことを考えると、本当に嫌」
 なんでだい? そうあたしが訊ねると、冥子は笑った。泣き笑いのような顔で笑った。
「冥子、みんな大好き。だから嫌われたくなかった。令子ちゃんにも、エミちゃんにも、横島くんにも……。でも、まーくんは違うの。冥子、まーくんには嫌われたくないってだけじゃないの。……好かれたいの。まーくんに、好きって言って貰いたいの」
 でもね……。そう言った冥子の顔が歪んだ。今度こそ、涙をぼろぼろとこぼしながら。
 式神の暴走はなかった。冥子は子供のように泣きじゃくっている訳じゃない。ぼろぼろと涙をこぼしながら、それでも思いを綴っていく。
「まーくんはずっと冥子のことを守ってくれていたの。ずっと迷惑を掛けて、何度も暴走に巻き込んで……それでもまーくんは『いいんや』って、そう言ってくれていたの。冥子は、それに甘えていた……」
 ひっくひっくとしゃっくりをしながら、冥子は両手で涙をぬぐう。
「何日か前に、お母様にまーくんが言ってたの。『そろそろええやろ。借りは十分に返したはずや。学院の教師として雇って貰った分も、馬鹿親父が迷惑掛けた分も……。冥子はんの面倒を見ろいうのがあんたの条件やった。せやけど、もうそれもええやろ。もう、限界や』……そう、言ってたの。悲しかった。悲しかった! ……冥子、まーくんのそばにいたいのに。でも冥子、駄目なの。失敗ばかりなの。いつもいつも、ずっとずっと!」
 嫌いな自分からの脱却。
 それを望み、しかし叶えられない現実。
 そしてその為に掌から零れる、大事な存在……。
「冥子、どうすればいいんだろう……」
 涙に濡れた目であたしを見て、冥子は縋り付くようにそう言った。


 端から見たら、それはとても奇異な光景に見えたろう。いい年した大人の女が、ブランコに絡まる白蛇に対して涙ながらに話しかけているのだ。
 当然あたしはただの蛇じゃない。冥子がどこまでわかっているのか知らないが、それなりに心の問題も理解できる魔族だ。神魔は人の姿をとることもできるし、そもそも中には人と結ばれたものだっている。
 しかしそういった事実を差し引いても、人間の心の問題を蛇に相談するというのはやはりおかしなことだと思う。たとえ魔族と知っていたとしても、見た目はやはり蛇だし、ましてや相手は今日会ったばかりなのだ。
 しかし冥子は相談した。まっすぐにあたしを見て、涙を流しながら。
 心が脆弱だと周知され、周囲一帯を破壊する暴走を起こすと恐れられている冥子が、必死に心の痛みに耐えながら、助けを求めるように縋り付いてきた。
 ならば、あたしも真剣に答えなければいけないだろう。
 といってもあたしだって経験が豊富な訳じゃない。だからあたしが言えるのは、あたしだったらどうするか。
(そのまーくんとやらを、お前は失いたくないんだね?)
 あたしの言葉に、冥子は涙をぬぐいもせず頷く。
(なら、まずはそれをしっかりと伝えるべきじゃないかい? まーくんとやらは、あんたの気持ちを知らないんだろう?)
「でも、冥子……迷惑ばかり掛けてきた」
(そんなの関係ない! ぼやぼやしている時間も、うじうじしている時間もないんだろ? 失いたくないなら、やれることをやれるだけやるしかないだろうさ。人間には人事を尽くして天命を待つって言葉もあるんだろ?)
「でも……でもっ。こ、断られたら? 冥子なんて、き、嫌いだっていったら?」
 自分の言葉で傷ついたのか、冥子の目から流れる涙の量が増した。
(だから! やってみなければわからないだろっ)
「う〜」
 あたしの強い言葉に冥子は俯いた。言い返してこないところを見ると、本人もそれしかないと思ったのだろうか。
 やがて冥子はごしごしと涙を子供のようにぬぐうと、顔を上げた。まだ若干涙の残る顔で不安そうに訊ねる。
「で、でも冥子、まーくんに、どう伝えればいいのかわからないの。こ、ことばになるとは思えないし、緊張で万が一みんなを暴走でもさせたら……」
 その言葉を聞いた瞬間、すとん、と何かが腹の中に落ちた。いわゆる腑に落ちたという奴だ。
 魔族の直感か、それとも女としての勘なのか……なんとなくあたしは理解したのだ。今の冥子の言葉、それが冥子の一番の相談事だったのではないか、と。
 だとしたら、あたしのやることは背中を押すこと……。
(言葉にならないってんなら、手紙とか?)
 取りあえず思いついたことを提案してみる。
「駄目〜。冥子、字を書くのも、文章にするのも下手なの〜」
 再びこんもり涙が溢れてくる様子を見ながら、あたしも頷く。
 確かに下手そうだ。
(なら言うべきことを決めて、何も考えず言うとか)
「無理よう〜。まーくんの前で、上手くしゃべれる自信がないの〜」
 むむむ、とあたしは唸った。
 わかっていたことだが、どうも冥子は言語中枢が幼いというか未熟というか。ちょっとしたストレスで舌が回らなくなるのは、十分に想像できる。
 しかしこうなると、他にどうすればいいのか……。
 あたしはさらに考えて、そして思いついた。
(なら! いきなり抱きついてみるとか!)
「え〜!」
 冥子の顔がみるみる赤くなった。
「で、でも〜」
(しゃべる必要ないし、抱きつくことだけ考えていれば式神の暴走だってしづらいだろうし、万が一したってあんたと密着していれば被害もないだろうさ。加えてあんたの好意もしっかり伝わるはずだし、単純だがいい手じゃないかい?)
 決めていたことを言うよりも、決めていたことをする方がまだ簡単だ。
 これなら冥子にも出来る。
「う〜」
 冥子はしばらく唸っていたが、やがてこくりと頷いた。
「そ、それだけなら、出来るかも〜。……でも、それで本当に伝わるかなぁ?」
(伝わるだろうさ。まあそれだけで不安なら、キスの一つや二つでも……)
 言いかけて、あたしは口を開いたまま固まった。
 その様子に気づかない冥子が、顔を赤くして嫌々と首を振る
「そこまでは無理よう〜。……でも、抱きつくまでは頑張ってみる〜。それでまーくんが、居なくならないなら〜」
 冥子がごしごしと目元をこすりながら立ち上がった。
「そうと決まれば、膳は急いで……食せ?」
 善は急げ、と言いたいらしい。もっとも今のあたしは、そんな突っ込みを入れる余裕はない。
「それじゃあ、蛇さん〜。冥子、頑張ってみるから〜」
 依然固まっているあたしを見下ろし、
「ありがとう〜」
 にこりと大人びた表情で微笑み、冥子は去っていった。
 ……あたしはその後も固まっていた。


 冥子がいなくなってからしばらくの時が経ち、あたしは呟く。
(横島とキ、キスをしたから、じゃない)
 何故あたしが動揺していたのか。悶々と考え込む羽目になったのか。
 その理由を、あたしは自分の言葉から理解してしまった。
(横島が、横島の方からあたしに、キスしたから……)
 だから、あたしは動揺していたのだ。
 好意の象徴であるキスを、横島の方から……。
(あああああああああ!)
 あたしはブランコの上で、空に向かって叫びながら、自分の如何ともし難い感情に翻弄され……くねくねとのたくった。


 その日、結局あたしの悩みは深くなりこそしたが……解決はしなかった。


 あとがき。

 早五ヶ月が経っていたりします。
 次も何時になるのか、さっぱりです。
 しかし完結するまではこつこつとでも続けていきますので、
 今後ともどうぞよろしくお願いします。

 それではまた。

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