「あいつは……正社員の癖に遅刻するかぁ!!」
美神令子は神通棍片手に事務所の中をうろうろしている。表情は誰が見ても不機嫌そのものだった。
「時給換算じゃないからって遅刻するとは……いい度胸よねぇ」
「美神さんじゃないんだからそれで遅刻が……いえ、ホント横島さんひどいですよねぇ」
横島のフォローをしようとした氷室キヌであったが令子のあまりの剣幕に仕切れなかった。むしろ自分の選んだフォローの言葉が余計に令子のストレスを増やしてしまった。神通棍が鞭状に変形している。
キヌは声にこそ出さないが今にも「ひーん」と泣き出しそうな表情でキッチンに逃げ出していった。
「オーナー、横島さんが来ました」
無機質な人口幽霊壱号の声が響いた。
「そう……」
令子はすっと神通棍を構えた。自分の怒りを今から飛び込んでくる社員に叩きこもうと……しかし、いくら待っても入ってこない。
「何やっとるかー! 人口幽霊壱号! あいつは!」
「それが……玄関で座り込んでます」
「さっさとこい!」
廊下からゆっくりと足音が近づいてくる。令子の表情から怒りの色が少し薄くなる。「横島の身に何かあった」ただの遅刻ではない事がその足音でわかる。しかもその「何か」は彼にとって、そしておそらく令子自身にとっても悪いことであると想像がつく。
彼と出会ってから三年の月日をすごしてきた彼女だからわかる。ただの遅刻ならさっさと扉を開け神通棍の餌食となるし、彼自身だけの問題ならばすぐに相談し助けを令子に求める。不安と心配がふつふつとわいてくるがそれが怒りの感情を超えることはなかった。
「さっさと入れぇ!」
扉の向こうでビクッとしているのがわかる。カチャと扉が開き青白い顔の横島忠夫が入ってくる。
「すいません、美神さん……」
「ここでは所長と呼べと言ってるでしょうが!正社員の自覚もてぇ!」
「すいません所長!」
「せっかく正社員にしてあげたのにもう遅刻するか!」
「いや、それは」
「言い訳するなぁ!」
「ふぎゃぁ!!」
鞭状の神通棍が忠夫の顔面を捕らえる。吹っ飛んだ忠夫はキッチンの方まで転がっていく。
「大丈夫ですか?」
「……あぁ、大丈夫だよおきぬちゃん」
「で、何があったの?! まさか理由なしじゃないわよね!」
「それが……えっと」
「さっさと言え!」
「文珠が作れなくなってまして!」
「なにぃ!」
「い、いや、まだストックが5個ほどあるんですけど、新しい文珠が作れないんですよ!」
「いつから!」
「……2週間前からです」
「……………え?」
「ですから……2週間……」
「2週間って……2週間よね」
「はい……」
さっきまでの壮絶な雰囲気から一転、俯いて黙ってしまった二人を見て、キヌはもどかしくなり二人に抗議する。
「ちょっと、文珠が作れないって一大事じゃないですか! どうするんですか!」
「どうしましょうか……所長」
「ど……どうしようって……」
「妙神山行くとか!」
「妙神山……か」
「そうですよ!、妙神山でヒャクメ様に見てもらいましょうよ!」
顔を真っ赤に説得するキヌに令子は他に選択肢が無いことを認め、キヌの提案を受け入れる。
「そうね……じゃぁ行きましょう。 おきぬちゃん、悪いけど今日明日のスケジュール全部パスね。あと妙神山に連絡しといてくれる?」
「わかりました……あのシロちゃんとタマモちゃんは?」
「まだ寝てるんでしょ? ……一応起こして、それで、留守番頼みましょう。」
「連れて行かないんですか?」
「連れて行ってもしょうがないでしょ、妙神山から戻って説明すればいいわ」
「はい」
「じゃぁ用意するから、横島君もガレージに来て。荷物運んでちょうだい」
「はい」
並んで出て行く二人をみているキヌの表情は疑問に満ちていた。
「2週間前……?」
と独り言を言いながらキヌは、屋根裏部屋に向かった。
三人が妙神山に到着した時にはもう日が沈みかけていた。ストックの少ない文珠を使うわけにも行かず、コブラが法定速度を無視しながら進んだが、時間がかかってしまった。
「おお、美神殿! 到着したか」
「どうも、連絡しておいたけど、小竜姫と……ヒャクメいる?」
「お二人とも心配しておられる。ささ、早く早く」
普段ならこの修行場に来るものを拒むはずの鬼門の二人がすぐに門を開く。
「じゃぁ行くわよ」
「あぁ、あと斉天大聖様もおられるぞ」
「え?……サルまでいるの?」
「サルとは何だ! まぁ事がことだけに小竜姫様がお呼びしたのだ。文珠の才能を引き出したのはあの方だからなぁ」
「何か大事になっちゃいましたね」
忠夫の他人事のような発言が本気で心配しているキヌの感情を逆なでする。
「最初から大事でしょ!」
「いやでも他の霊能力は変わりないし……わかった、わかったからね、おきぬちゃん」
涙目で抗議するキヌに忠夫は言葉をつなげられなかった。
妙神山の奥の間に小竜姫がいることを鬼門から聞き、三人は廊下を奥へと進んで言った。何度か来たことがあるので、勝手知ったるものであった。
「横島さん、文珠が作れないって本当ですか?」
奥の間に入ってきた三人と久しぶりに再会した小竜姫は、忠夫の顔を見るなり開口一番に問い詰めた。
「えぇ、そうなんですよ……」
「いったい何があったんですか?」
「何がって……何も……」
「何も?」
忠夫に食いつくように質問を重ねる小竜姫に、令子は横から疑問をぶつける。
「ねぇ、ヒャクメはどうしたの? いないの?」
「すぐに来ます」
その発言にを待ってたかの様にトランクに乗ったヒャクメが突然現れる。
「来たのね! お久しぶりなのねぇ、美神さん、横島さん!」
そのあまりに都合のいい登場に小竜姫はヒャクメが出るタイミングを計って出てきた事を直感的に理解し、そのあまりに自体を把握してない行動に怒りを覚える。
「ヒャクメ! いるならさっさとでなさい!」
「ごめんなのねぇ~小竜姫 」
竜の怒りを肌で感じたヒャクメは同じ神族でありながら、その神気に泣きそうになる。
「あいかわらず、軽い神様だな」
「ひどいのねぇ、横島さん! ……それより文珠が作れなくなったって本当なのね?」
急に態度を変え確信に迫るヒャクメに忠夫はたじろぎながら答える。
「あぁ、でも霊感が弱くなった感じもないし、ほかの能力は今までと変わらないんだ」
「うーん……霊視してみても特に変化はないのね……むしろ丹田に霊力が集まって安定してるのね……」
異常を発見できないヒャクメに対しキヌが食って掛かる
「じゃぁ何で2週間も文珠がつくれないんですか?」
「うーん、もっと詳しく調べなきゃわからないのね……」
「じゃぁ調べてくださいよ! 早く!」
「落ち着くのねおきぬちゃん! 詳しくってのは神界に行かなきゃ無理なのね。でも横島さんを神界に簡単に連れて行けないのね」
「そんな!どうにかしてくださいよ!」
ヒャクメの言葉を聴いたキヌはヒャクメの胸倉をつかみ力いっぱいの抗議を試みる。
「ちょっ やめてなのねぇ~」
「おきぬちゃん、ヒャクメの胸倉つかんで振らないの!」
「おきぬさん、一応それ神様ですよ!」
「一応って、やっぱ軽いなぁヒャクメ」
「やっぱり、横島さんひどいのねぇ!!見てないで助けてなのねぇ」
いつもは静かな修行場に大声のが響き渡る。
「うるさいぞ!」
急に襖が開き斉天大聖が入ると、水を差したように一瞬で静かになった。
「……申し訳ございません。斉天大聖様」
冷静さを戻した小竜姫はそういうと膝をつき斉天大聖に向け頭を下げ、ヒャクメも同じ格好をする。
令子たちは立ったまま頭を下げる。
「頭さげんでいい。それより横島よのぉ」
困った奴だ、と言う呟きが聞こえてきそうな斉天大聖の顔に頬を掻きながらバツの悪い表情を浮かべる
「……久しぶり」
情けない返事をする弟子に斉天大聖は一つため息をついてしまう。
「まったく……能力失うとは情けないのぉ」
「悪かったなぁ……それよりどうにかしてくれないのか?」
「そう簡単にどうこう出来る訳なかろうが。何か思い当たる節はないのか?」
「節ねぇ……」
「2週間前に何かあったんじゃないんですか?」
「え?」
キヌの言葉に、忠夫と令子は互いに目をあわせ顔を真っ赤にさせる。その様子から二人以外のこの部屋にいる者は二人に何かあったことを直感的に感じた。
その何かとは多分……
「ヒャクメ、悪いが心眼を貸してくれぬか?」
「え?はい」
ヒャクメは左の耳からイヤリングを外し言われた通りに渡す
「何だよ、霊視できないのか?」
「出来るには出来るがこいつの方が能力が高いからのう」
「でも、ヒャクメにはさっき霊視してもらったわよ?」
「わしはこいつより知識がある。見えてもそれが何かわかるには知識が必要じゃろ」
ヒャクメから受け取ったイヤリングを斉天大聖は耳に付け、じっと三つの目で横島をなめるように観察する。
「イヤリングしたサルにこう見られると鳥肌が立つんだけどなぁ」
「わしだってそんな趣味ないがのぉ……ふむ……横島」
「はい」
一拍おいて忠夫に告げる
「お主、妊娠しておるわ」
「え?」
~続く~
あとがき、むしろ言い訳
えーお初にお目にかかります『一夜』と言います。
このサイトでは、ずっと読むだけで、レスもしたことないんですが……皆様の素敵な作品に刺激を受け、自分も書いてみようと思い立ちました。
初の作品ですが、暖かく見てやってください。