「…はあなるほど。お話は良く分かりました。何だかごめんなさい、新参者が出しゃばってしまったみたいで…」
「いあ、そう素直に謝られると逆に居心地悪いんだけど」
伊代に案内されたリビングは、別段お客様用に設えられたスペースではなく、普通にお茶の間でした。ソファを挟んだ向こう側には対面型のキッチンが見えます。
「私、開業したばかりで右も左も分からなくて。三上って、字面的に凄く地味でしょう? 日本でGSをやるには、とにかくはったりとインパクトが必要だって協会の人に言われたから…思い切って、美神なんてゴージャスな感じにしてみたんです」
「あー…インパクトっつか濃ゆ目っつーか…確かに生半可なキャラ造形じゃGS業界は渡っていけないよな」
そのキッチンでお茶の用意をしながら、少し沈んだ様子で事情を説明する伊代に、横島は隣に座るインパクト代表みたいな上司をチラ見しつつ頷きます。
「ところで伊代さんは独し…んじゅつは得意だったりしませんか?」
調子に乗った質問は、四方から降り注いだ殺気によって有耶無耶に軌道修正。実際手の届く位置に美神もキヌもシロも座っているので、殺気が具体化した瞬間、肉塊決定です。
冷や汗を拭う間に、伊代がお茶を運んできました。
「いえ、私の除霊術はちょっと変わってて…あ、でも皆さんにしてみたら、多分驚くようなレベルじゃないと思います」
横島の邪な質問を、GSとしての好奇心だと勘違いした伊代は肩を竦めてそう答えました。
お茶を配膳して、自身もソファに座ります。
「霊能なんて千差万別あって当たり前だしね」
美神の周囲に限らずとも、霊能者は個性の塊です。GSを営むクラスの霊能者なら尚更に自分の個性を前面に出す必要があります。
伊代の話を聞いてみると、彼女は元々舞台役者で、小さな劇団の団員だったそうで。
霊能がある、と分かってからは役者をしつつ霊能修行を行い、それが劇団の解散をきっかけにGSの道を本格的に歩むことにしたとか。
「去年のGS試験でぎりぎり合格は出来たんですけど、自信が無くて…ずっと地方の先生に着いて勉強させて頂いてました。東京の実家、ここに事務所を開けるようになったのはつい先日の事です」
「それにしたって私の名前を知らないなんて、よっぽどド田舎で修行してたのね」
「ご、ごめんなさい…小さな島の祈祷所みたいな所だったので…中央の情報は中々…」
美神の素性を知ってから、伊代は恐縮しっ放しです。
横島は何度も伊代を慰めに擦り寄ろうとしますが、視線の結界は強固で動くに動けません。というか動くな。
ぶはーっ、と盛大なため息を吐いた美神は、額を押さえて天を仰ぎました。相手が美神の名を売名行為に利用する悪党なら叩き潰し、よしんば悪意は無くても美神令子の存在を意識してない筈がありません。
と、美神は考えて対策を練ってきたのですが…これは想定外もいいところです。
「ああ…まさか世界一のGSさんの名前を騙ることになるだなんて…何て恥知らずな。本当に申し訳ありません、美神さん」
「はあ、もういいわよ。既登録されたモンはしゃあないし…悪気あってのものでもなし。責めるつもりはもうないわ」
「…まあ悪いのはこっちだしな」
「逆切れだもんねー…」
出されたお茶を粛々と啜る横島とタマモ。伊代に罪が無いのは明白なので、美神も敢えて言い返したりはしません。後でどうなるか分かってるわね的オーラだけ、横島に照射します。
「そんな事より、三上殿! 是非痩身術のご教授を! このままでは将来性に富んだ魅惑のすれんだーぼでーが失われてしまうのでござるよっ!!」
「私もちょっぴり興味あったんですけど、シロちゃん達の勢いに負けて…えへへ」
どうやら美神の用事が一段落したらしいと踏んで、シロはここぞと身を乗り出します。頬をうっすらと朱色に染めたキヌも恥ずかしげに追従したり。
「え…? 皆さん痩せなきゃいけないようには見えませんけど…」
「色々あんのよ、同じ女なら分かるでしょ?」
商売っ気のまるで無い伊代に、美神は呆れ顔で言いました。
少しだけ考え込んでから、伊代は顔を上げて決意に満ちた声で高らかに宣言しました。元舞台役者というだけあって、良い声です。
「分かりました! ご迷惑をお掛けした分、私のとっておきのダイエット法を皆さんにご披露しますね! お金はいらないけど、最初のお客様として精一杯頑張らせてもらいます!」
「え、私は別に…」
「美神さんはムッチムチの肉感が売りだからして下手なダイエットでチチが萎んだりしたら目も当てられないし止めといたほぶがばっ!?」
「そんなに肉が好きならキン肉星でも逝ってこい!!」
凄絶な打撃音が、お茶の間に響きました。もうちょっと広かったら、48の殺人技でも仕掛けていたかも知れませんね。いや、美神なら地獄の断頭台一択でしょうか。
春に出でしは… (後編)
「というわけで、廃屋にやってきました」
「何で!?」
美神流痩身術の教えを受けるために、伊代に一行が連れてこられたのは…人通りの絶えた路地裏にどうにか建っている印象の、古びた屋敷でした。平屋の屋根には雑草が繁っていて、年季の深さを感じさせます。
伊代は動き易い運動服に着替えており、身なりだけは確かにスポーツインストラクターのように整っていました。
が、場所と雰囲気とダイエットが気持ちの中で一本に繋がらず、美神は思わず疑問の声を上げてしまいます。
「何で、って美神さん。私の痩身術を実践するには、霊がいないと」
「あんたねえ…まさか除霊でダイエットしようなんて甘い考えで、美神流痩身術なんて登録したんじゃないでしょうね!?」
美神もダイエットには一方ならぬ思い入れがあります。女の子ですし。
そして痩身の道が何かのついでに出来るような、いわんや除霊しながら簡単楽々ダイエットなんて甘っちょろいものではないことも、熟知しています。
確かに除霊は肉体労働です。ですがそれ以上に精神を磨り減らす過酷な作業でもあります。あわよくばダイエットも~…なんて考えでは、体重どころか命を落としかねません。
美神が除霊&痩身術の&の部分に苦虫を噛み潰したのには、そういう理由もありました。付加価値なんて、後からついてくるものだと彼女は思っているのでしょう。
「あ、誤解しないでください! 私の痩身術は除霊しながらではありませんし!」
「はあ? でも現にこのボロ家からは霊の気配がびんびんに漂ってくるわよ?」
「はい。ここは私が借りているお家で…低級霊を雇って結界内に放してあります」
「うわ美神さんみたいなことやってるんや…」
「えと、類は友を呼ぶ…で合ってましたっけこの場合」
「あんた達ねえ…霊を使役するとか隷従させるのなんかはGSの常套手段よっ! えげつない奴なら妖怪雇ったり悪魔と契約したりするんだから可愛いもんでしょうに!」
具体的な誰かを思い浮かべながら、美神は心外だとばかりに怒鳴ります。
「ふぇくしょっ!!」
「エミさん風邪ですかノー?」
「ピートがきっと噂してんのよっ」
「…春風邪には気をつけてほしいですジャー……」
哀愁のカラっ風が、虎の大きな背中を慰めるように吹き抜けていきました。
「…つまり、『除霊体験ダイエット』なわけね。除霊時にありがちなシチュエーションを各ステップに分割してレッスン化、一つの体系として完成させたと」
「そんな大仰なものじゃありませんけど…コースは二つあって、一般コースとプロコースをご用意してます。美神さんの仰ったのはプロコースですね」
「どっちがより痩せるでござるか? やはりぷろこーす?」
準備体操に余念の無いシロの質問に、伊代は笑顔で答えました。
「消費カロリー的には、そう大差ありません」
ならばそもそもコース別にすることないのでは、と美神は怪訝な表情で伊代の説明を待ちます。
因みに美神達一行もトレーニングウェアへ着替えております。何だかんだ言って気合の入った格好なのは、痩身術の魔力が為せる技でしょうか。
シロは何時ぞやの霊波刀修行時に着ていたショートトップとスパッツを。タマモも何故かシロとお揃い色違いの格好で、姉妹のようです。
キヌは一見すると普通のジャージなのですが、どうやらサウナスーツ仕様の特別製の代物のようで、準備運動に少し動いただけで軽く汗ばんでいます。
美神は珍しく髪をアップに纏め、ポニーテールにしています、ジャージ姿でもその色気は変わりません。
横島は割愛。どうでもいいし。
「ただ、お客様の好みに応じて方法を変えようと。ほら、除霊&痩身術なんて怪しげな看板出してるところに来るなんて、物好きな方でしょうし」
「それ自分で言っちゃお終いのよーな」
ころころと笑いながらぶっちゃけた伊代に、横島の呟きは届いていませんでした。
ぽん、と手を打ち合わせると名案とばかりに言い出します。
「そうだ! 折角ですから、二組に分かれて体験されては如何ですか? そうですね、美神さんとシロさんタマモさんはプロコース。横島さんと氷室さんは一般人コースで」
「いっぺんに進められるの、それ? インストラクターは貴女一人なんでしょ?」
「あ、ルートとかシチュエーションは同じですから。皆さんの対応が変わるだけで」
「遊園地のアトラクションみたいですねー…デート、みたいだなあ」
「ぬ!? おキヌ殿ずっこいでござる!! 拙者も先生とでーとしたいでござるよ!!」
「俺は出来れば伊代先生と二人っきりのプライベートレッス「ねーさっさと始めようよ」」
アトラクション、と聞いてタマモはデジャブーランドでも思い出したのか、ソレまで以上にやる気を見せて皆をせっつきます。お陰で横島の悪癖も流されてしまいました。ツッコまれないボケの苦しみたるや、水底の如く。
「では始めましょうか。結界の一部を解放しますので、離れていてください!」
伊代の初舞台でもあります今回、印を切って結界を開く手にも緊張の様子が窺えます。
東京に出てきて最初のお仕事の相手が、業界最高位の先輩GSなのですからさもありなん。
屋敷の玄関部分だけ四角く切り抜くようにして、結界が開きました。美神が見た限り、駆け出しにありがちな無駄や力みの無い、合格点をあげられる手際です。
「では私の指示に従って、順路を移動しながら進めていきますね」
「ダイエット教室には見えねーなあ」
「これは奥義の匂いがするでござるな!」
「ダイエットの奥義って…部分痩せとかです?」
ぞろぞろと一列になって移動する一行。最初のステップは廊下でした。
『カーエーレェ―』
『カーエーレェ―』
『カーエーレェ―』
荒れ果てた屋敷内に入り、上がり框から板張りの廊下へと先頭の伊代が足を踏み入れた瞬間でした。
ぽんぽんぽんと三匹現れて帰れコールを繰り出したのは、小さな灯火にいかつい顔の付いた人魂でした。
「ああ!? 屋敷の中には悪霊が犇いていたのね!? さあ一般コースのお二方はここでレッツ悲鳴っ!!」
「悲鳴って…今更アレで驚けと言われても…」
「きゃ、きゃあああああああああ……なんか恥ずかしい…」
一般と括られても仕方の無い高校生二人組ですが、そんじょそこらのGSでは体験出来ない数々の試練を乗り越えてきた、プロ顔負けのコンビです。
霊波刀の一薙ぎ、笛の一吹きで除霊可能なかわいい低級霊相手では、羞恥が先に立ちます。
「何を仰います! ロールプレイです! お二人は今正に悪霊に襲われようとしているんです! お腹の底から大声を出してカロリーを消費するんですよ!」
「うーむ…こんなんで本当に痩せるんか…まあとりあえず…う、うぎゃああああああああああああああああああ死ぬうううううううううううううううううううう美神さんの生乳もガン見しない内に死ねるかああああああああああああああ!!!!」
「見せるか馬鹿!!」
「え、えと…きゃあああああああああああああああああああ一緒に映画とか波打ち際であははうふふもしないうちに死ぬのはやだああああああああああああっ!!」
「おキヌちゃんも真似しないっ!!」
お得意の妄想で無理矢理テンションを高めて叫んだ横島に続いて、キヌもいやに赤裸々な台詞を叫びました。美神は危うく横島をしばいた返す刃で、キヌにも折檻するとこでした。
「そこでプロコースのお三方! 怯える一般人に一言!」
「拙者が来たからには先生とおキヌ殿には指一本触れさせぬでござるうううううううっ!!」
「もうこの空気に馴染んでるし…たんじゅーん」
「私もやんの…?」
命じられた通りなのか、帰れ帰れと連呼するだけの低級霊トリオは、一定距離から近寄ってはきません。美神はちょろちょろと鬱陶しい人魂を薙ぎ払いたい誘惑に駆られながらも、こほんと咳払いをしてから息を大きく吸いました。
見栄や口上なら、美神にもとっておきのものがあります。皆様御馴染み、例のアレが。
「現世に仇なす不浄なりし者よ!! このGS美神令子が極楽へお「人狼族犬塚家が一子シロ!! 我が牙の輝きを恐れぬならば、あ、かかってこいでござあるうーーっ!!」被るな馬鹿犬!!」
台無しです。
「ずっとこんな調子で進むんですか…?」
流石に不安になったキヌに、伊代は深く大きく頷きます。
「基本、このテンションですね」
「…やっぱり普通じゃないんだ…みかみ姓って…」
痩身術の講義を始めてからやけに生気が漲ってきた三上に、キヌは諦めと悟りの混じったため息を吐きました。
「さあどんどん行きましょう! 全コースを終えれば2キロは固いですよ!」
奥でタマモが「きつねうどんには七味より一味ー!」と叫んでいます。とにかく叫べばいいと思ったようですが、伊代は全く気にせずに次の絶叫スポットへとずんずか進んでいくのでした。
『ワタシハコノヤシキノアルジジツハアクトウニネコソギザイサンヲウバワレテニクシミノアマリジョウブツデキズニイルノダドウカコノクルシミカラカイホウシテクレ』
「ああ!? なんてことでしょう、このお屋敷のご主人は自縛霊となって囚われているのです! さあ一般コースのお二人はここで号泣っ!」
「泣けるかこんな三文芝居で!! 棒読みってレベルじゃねーぞっ!!」
「うええええええええええええええんっ!! 可哀想ですううううっ!!」
「おキヌちゃんがスイッチ入っちゃってる…具体的な数字聞いたせいかしら」
「ご主人の無念、拙者が必ずや晴らしてみせるでござるうううっ!!」
「…プロコースも泣くの? シロの男泣き、ウザイんだけど」
「プロコースの方は夕日に向かって、この血塗られた悲しみの連鎖を止めるために新たな決意を叫んで下さい」
「シチュエ-ションに凝り始めた!?」
『グハハハハハハハハコノヤシキニトラワレテイルタマシイヲカイホウシタクバコノワタシヲタオスガヨイ』
「ああ、何という事でしょう!? 雑霊が集まってこんなに巨大な悪霊と化してしまうなんて!? ここは一般とプロ双方の力を合わせて退治しましょう!!」
「…浮遊霊が組体操してるわ…」
「頑張って大きく見せようとしてるんですね…健気だなあ」
「おー、扇や。体重無いと支えるのも楽だろうな」
「先生!? それは拙者に対するあてつけでござるか!?」
「どーやって力を合わせるわけ?」
「一緒に叫ぶんです!!」
「………あっそ」
表玄関から伊代の示す順路に沿って、床の抜けそうな各部屋を巡ってきた一行。
腹の底から大声を上げつつ、シチュエーションに応じて適度なストレッチや体操を組み込む美神流痩身術は、なるほど全身運動の連続です。キヌやタマモは勿論、体力には定評のあるシロも舌を出して喘いでいました。
「まあ素人には受けるかもね、コレ」
「なん、で、美神さんは、平気、なんです、かあ?」
「…途中からめんどくさくなってさー」
「むー…」
美神のボディラインはキヌから見ても完璧です。横島じゃありませんが、ダイエットでバランスを崩すのは勿体無いかあ、と。
更衣室で盗み見た美神の下着姿を思い出して、横島の好みも加味するとやはり彼我のボリュームの差は否めません。どうにかダイエットしつつぼんきゅっぼーんな体型には出来やしないかと、女子高生にありがちな夢想を膨らませるキヌでした。
「さあ!! 自縛霊を解放し悪霊を滅し謎の鍵から行ける地下室に封印されていた悪魔を祓ったまではいいけれど封印の壷の底に貼られていた護符まで破壊してしまったために地獄と現世が繋がり無尽蔵に湧き出す亡霊達の侵攻を持ち前の愛と勇気で乗り越えてきた皆さん!!」
クライマックス目前でテンション爆高の伊代は、今にもスキップから三段跳びを繰り出しそうなほどに浮かれています。さきほどのお茶の間で見せた殊勝な様子など、今の彼女には似合いません。どちらが素なのかは、判断に困るところです。
一人…否、一人と一匹だけが盛り上がったままコースは終盤を迎え、残すは裏庭での最終レッスンのみとなりました。
「これが最後のステップとなります! 張り切って参りましょうっ!」
「…一番叫んで動いてる三上さんが一番元気…」
「さす、がは、しは、んどのぉぉぉ……」
「テンション高すぎて、疲れとか痛みとかマヒしてんじゃないのこの人…」
「犬神がバテてるっつーのになー…人は見た目じゃ分からんなあ…」
「先生それは拙者に内臓脂肪が付いているという意味でござるか!?」
「お前は少し休め!」
脳内麻薬が出過ぎているようなシロの襟首を持ち上げて、横島は無理矢理お座りをさせました。立派な飼い主です。
やけにごつい鍵束から一本を取り出し、伊代は錆び付いた錠前を手間取りつつもこじ開けました。どうやら裏庭に通じている通用口のようです。
薄暗かった廊下に、伊代が開いていく扉から漏れ入る光が満ちていきます。
そして、もう一つ。
「え…これ、花びら?」
美神の鼻先に舞ってきた小さな花弁は、一枚だけではありません。
「うわ、あああ……!」
「ほー…」
「…きれー」
「この香り…桜でござるな!」
完全に開け放った通用口の向こう側に広がっていたのは、桜色に染まった裏庭の姿でした。
庭の中央に聳える樹齢豊かな桜の老木。
その身に湛える桜の花の美しさ。
一行が唖然とする中、伊代だけが桜を思わせるような微笑を浮かべていました。
「…よく見つけたわね、こんな場所…」
「…美神さんは気付かれましたか。流石です」
季節は春で、桜の咲き乱れる時期でもあります。けれど、この桜は異常だと美神は一目で看破しました。そこからこの土地が持つ力にまで考えが至ったのです。
「霊木化してるのね、この桜。絨毯みたいに敷き詰まってる花びらの量で分かったわ。年中咲いてるんでしょ?」
「はい。東京で開業するときに偶然見つけた物件なんですが…風水師の先生に見て頂いたら、地脈の浅い部分に根を張ってるそうで。豊富な養分と霊力で育ったために一年中花の咲く霊木になったって」
「くわあー! あんたねえ、これ一般開放するだけで十分稼げるわよ!? 訳わかんないダイエットで日銭稼ぐよりよっぽど効率的じゃない!!」
自分がもし見つけていたら、迷わずそうしていた。美神は伊代に詰め寄ると、一年中咲く桜の魅力とそれが生む巨額の利益を、やけに具体的な数字を交えて力説しました。
…宝の持ち腐れに、見えたのでしょう。
けれど、伊代はそんな美神に軽く首を振ると、言いました。それまでのハイテンションが嘘のように、静かでしっとりとした声音で。
「私が霊能修行を行った小さな島にも、御神木と崇められていた大きな桜があったんです。村の方たちが毎日のようにお参りに来て、お供えをしていって…桜からも力を分けてもらって」
二人が話をしている間に、シロは故郷を思い出したのか桜の幹によじ登り。
タマモは手のひら一杯に集めた花びらを、頭上にぱっと散らせて目を細めて。
横島はキヌがはしゃいでくるくると回る様を堪能したり。黒髪の美少女と桜は鉄板的取り合わせだと心の煩悩手帳に書き込んでます。
「だから、東京に戻ってきて心細かったとき、この桜を見つけた幸運に私はとても勇気付けられました。…そんなの、お金とって見せられます?」
見せられます、と美神は心の中で断言。
流石に空気を読んだのか、声には出しませんが。
しかしどんなに利益が絡んでも、美神だって人の子です。伊代の想いも頭で理解は出来るので、それ以上言葉を連ねて大切なものを事業展開に活用しろとは言えません。
それに…
「…損な性格ねえ、同じミカミだってのに」
「いえ、私は貴女もきっと、似たような気持ちを持っていると思いますよ?」
「ん…まあ今回はいいもんを見せてもらえたし、これ以上首は突っ込まないわ」
微笑む伊代に肩を竦めて見せる美神。ちらっと脳裏に過ぎるのは、母との思い出や、桜の下で戯れる仲間達との日々。それに、横島のふにゃっとした笑顔。
恥ずかしくて言葉には出来ないけれど、いつか必ず、と大切に思う心。
「さ、美神流痩身術最後の仕上げをしますよ! 皆さんこちらへ来て下さい!」
まるで引率の先生のようですが、生徒達も素直にはーいと返事をして伊代の許へ集まります。
美神だけは髪を纏めていたゴムを外して、桜の根元に腰を下ろしてしまいました。
「私一抜けー。後は適当にヨロシク」
彼女は大きな欠伸を一つすると、桜の幹に体重を預けました。
桜色に染まった地面と、頭上を仰げば散っては咲きを繰り返す桜色の天蓋。
オカルト世界らしい、春爛漫の風景。
お昼寝と洒落込むには少し遅い時間になりましたが、美神の眦は直ぐに落ちてきました。
耳に届く従業員達の叫び声も、あっという間に遠くへ。
(あれー…? 私、何しに来たんだっけ……ま、いっか)
とうに毒気は抜かれていましたが、美神は伊代を訪ねた当初の目的も怒りも忘れ、うとうとと心地良い眠りの中へ無防備に沈んでいくのでした。
春に出でしは、暖かな思い出。
…良い夢を。
おまけ
裏庭での最終行程、『怪奇! 甦る桜の下の死体! みんなの力で埋め直そう!』も終わり、ふとタマモは汗を拭きながら伊代に尋ねました。
「そういえば、アンタの除霊術って結局どんなのなの?」
「え? 散々見せてきたじゃないですか?」
「は? 除霊なんて一度もしてないじゃん。ねーおキヌちゃん?」
「出てきた霊の皆さんは、三上さんが雇ったものでしょう? 除霊は出来なかったと思うんですけど…」
「あ、そうか…お話してなかったですもんね。多分美神さんなら…ってお昼寝されてますね」
「む! なんと無防備な寝姿…これはチャンス!?」
横島の視線は、桜に寄りかかって眠る美神の全身に注がれています。
「…三上さん、丁度良いです。横島さんを仮想悪霊に見立てて貴女の除霊方法を教えて下さい」
「おキヌ殿が今怖いこと言ったでござる…」
「じゃあちょっとお見せしますね。横島さん横島さん」
何故でしょう、横島を生贄扱いすることに、こちらのミカミ女史も些かの躊躇いもありませんでした。
伊代のお誘いに、横島はニヤついた笑顔を引き締めないまま、まんまと近寄っていきます。ほっぺたを膨らませるキヌの方には気付きません。
「なんすか三上さん?」
「はい、ちょっとこちらに立っていて下さい。あ、皆さんは耳を塞いでいてくださいね。本気でやるので」
「???」
すぅ、と一つ。伊代は細く深く深呼吸をして、真正面に立つ横島の肩に手を添えました。目に見えて横島が狼狽します。
「な、こっちの三上さんは積極て「キエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!!!」 ―――――――――――――――――っ!?」
音響兵器炸裂。
細い体のどこにそんな声量を秘めていたのか…桜の花びらが彼女を中心に吹き上がり、至近距離から霊波の爆発を喰らいぶっ飛んでいった横島の上から、堆く降り注ぎます。
「…とまあ、声に霊力を乗せて吹き飛ばすのが私の最大奥義です。劇団でのお仕事が役に立ちました!」
「誰も奥義撃てなんて言ってないんだけど…ヨコシマ死んだんじゃないこれ?」
「せんせーーいっ!? 痩身術の結果もご披露しないうちに死ぬなんてっ!?」
「…私も美神さんみたくならないと駄目かなぁ…」
「うるさいわねもう…横島減給するわよ…」
…桜の下には、死体っぽい丁稚が埋まっているようです。
自業自得?
おまけ2
「何でよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
美神流除霊術の登録が出来なかった我らが美神でしたが、転んでもタダでは起きません。
伊代の除霊&痩身術が意外に好評だという噂を聞いて、大人気ないですがその尻馬とブームに乗っかって一山当てようと動き出したのです。
が、しかし。
「何で売れないのよおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
美神が厄珍堂と共同開発したダイエットプログラム…その名も『MIKAMI‘S BOOTCAMP』は、一時間で10キロ痩せるを謳い文句に大々的に売り出しはしたものの、某魔界の現役軍人姉弟ですら音を上げる苛烈さに誰も着いていけず、出荷数僅かに50本程度で沈黙。
大量の不良在庫に囲まれた美神の悲痛な悲鳴は、三日三晩続いたといいます。
「ダイエットに命懸けてる女なんて山ほどいるじゃない!? ならちょっぴりほんとに寿命削れたって結果オーライじゃないの!?」
「…あっちの三上さんとこでバイトしよかなー……」
モニターテストで散々な目に遭った横島は、げっそりとやつれ果てた体を杖で支えながら、恨めしげに言うのでした。
終わり
後書き
竜の庵です。
大変お待たせ致しました、後編をお届けします。
春のお話…あんまり季節感が出なかった。三上氏が元いた島は某枯れない桜の島ではありませんよ? 分かる人いるのかコレ。
スランプの続きはもうしばらくお時間を下さい…必ず完結までは続けますので。
前編に頂いたレスのお返事も、最後にまとめてしますね。
ではこの辺で。
最後までお読みいただき、本当に有難うございました!