「美神、令子ちゃん?」
「ちゃんは要らないの! れいこお姉さんだもん!」
二度目の出会い。忠夫少年は度々、二度目の出会いを経験してきた。知り合う前から相手のことを知っているなんてざらにある。
今回もそうだ。一度出会ってしまっている忠夫は美神美知恵の娘、美神令子のことを知っているが、令子からすれば初対面。奇妙な客人であった。
「うん。じゃあ……令子姉ちゃんや」
相手の気持ちを察する能力がまだ弱い令子に対して、忠夫は違っている。これは自分の年の二倍生きているからというよりも、その成長の仕方に理由がある。
普通に一日を一日として生きていれば、相対する相手のどんな反応もさほど気にならないことが多いだろう。だからこそ時より見えることのある強い『表情』が心に残ったりするのだが、そう何度もあることじゃない。
しかし、忠夫の場合は全然違ってくるのだ。何せ忠夫は、同じ一日の中でいくつもの違いを体験しているのである。一日目に泣いていた人が、二度目のその日に笑っていたとしたら、どうしても彼は考える羽目になるのだろう。何が今を変えてしまったのか、それについて頭を回さざるをえない。
まぁ、それでも、初めの頃は本当にわけがわからないというだけで済ましていた。しかしずっとそれが続くわけじゃない。『違う表情』を見る回数が増えていく度に、彼は毎回毎回自分なりの考えを張り巡らせて、少しでもその答えの断片を導き出そうとしてきた。小さな子供でありながら、必死に頭を使用してきたのだ。
そんな幼少時代を過ごしていれば、当然の結果だが、頭の使い方に人一倍慣れて、とても頭の良い子供に育つ。
それが、今の忠夫なのである。まだまだ幼い所はあるものの、人との触れ合い方、話し方、相手の心情の見方、それらの点で彼はずば抜けている。他の子供よりもずっと、人という存在に関して理解が深い。
人の変化を見続けるというのは、どうもひどく心を刺激させられるようだ。
「忠夫君」
「……? あぁ! そうやったそうやった!」
忠夫が令子との自己紹介を少しばかり楽しんでいた頃、居間から現れたのは美知恵。その手に小さなペンダントを持っている。表に青で、裏側に赤い色をした少し奇妙なデザインのペンダントだ。
それを見て何かを思い出したらしい忠夫は、なんだかすごく楽しそうな顔をしてウンウンと頷いた。
「そうだったって……あぁ、そっかぁ。昨日にもう貰っちゃったのね」
そう、美知恵はペンダントを忠夫にあげるつもりで持ってきたのだ。別にそれほど高級なわけでもないが、忠夫にとっては、『とても重宝する』ペンダントなのである。
「うんうん、違うよ。昨日に美知恵さんがな、今日になったらプレゼントをくれるて言っとったんや。それって、その綺麗なやつなんやろ?」
「え……そうだけど……よくわかったわね?」
ペンダントを見ただけでプレゼントに思える人は少ないだろう。それも、別に贅沢して生きてきたわけじゃない忠夫にとっては尚更だ。
「ペンダント! れいこもいりゅー!」
飛びつく若き日の令子。まだ小さいながらも、光物は好むようだ。
「あ、令子ちゃんにはね、はい、これ」
「……あ! 精霊石やぁ!」
銀の輪に繋がれた、写真で見たことのあるとても美しい石、精霊石の輝くブローチが、令子の胸ポッケにそっと添えられた。
そんなことがあったのが昨日。忠夫が初めて美神家宅で一日を過ごした日の、思い出である。
そして今日は二日目。忠夫にとっては一度目の、少し不思議な二日目だ。
その日、忠夫は美知恵と令子と共に、美知恵の除霊依頼先を訪れていた。
もう大分雪が積もって美しい山の宿、人骨温泉ホテルという名の建物の待つ坂道を、一台のラリーカーが走り抜けていく。
「はぁ……すごいわぁ……」
地球は美しい。それほどの美しさを感じない住宅地での暮らしに慣れた人でも、一度見てみたいと、強く願うことはあるだろう。それほどに世界は美しい。
外国に行けば、日本に住んでいてもわからない、まるでRPGのような町並みや風景に出会えるかもしれない。次代が移り進む真っ只中にある日本にはないものが、たくさん見られるかもしれない。
だけど日本だって美しい。例えば、雪。世界中のいろんな国で見られる雪と見比べてみても、どうしてか、異なる空気を感じてしまう人も少なくないそうだ。
それは言ってみれば、日本がまだまだ強く持つ和の空気によるものが大きいだろう。ただ雪を見るだけでも、それに洋を感じるか和を感じるかでは、その見え方は全然違ってくるからだ。
世界中で探してみても、和の空気を持つような国はそう多くない。時より垣間見ることはあるかもしれないが、大抵は和よりも、涼しげな洋を感じてしまうはずだ。
涼しげな洋がある。涼しげな和がある。それは人によって感じ方の異なるものだが、日本人ならば、おそらくはこの二つに決定的な差を覚えられる人も多いだろう。
「この地域で見られる雪景色はとても心地がいいの。人骨温泉ホテルだって、そういう雰囲気を大切に扱うのを目標にして造られたのよ……て、ちょっと難しい話だったわね」
冷たい風に、安らかな吐息が混じる。
「あの! 美知恵さん! ホテルに着いたらちょっと遊んでもええですか?」
寒いのに慣れているのか、それとも寒さに強い体質なのか、それとも、少年らしい強い冒険心に掻き立てられるのか、忠夫の気分は最高だ。今ならこの雪の中、どこまでも駆けていけるのではないかと本気で思えるほどに、彼は元気一杯! 微笑ましい限りである。
がしかし……。
「此処……さゆい」
相当寒いのだろう。鼻水を詰まらせた鼻に霞む声が、白い息と共に吐き出された。母親と違って、どうやら寒くてたまらないらしい。
「令子姉ちゃん大丈夫?」
「! れ、れいこそんなにしゃむくないもん!」
「そ……そうなんや。せやったらええけど……」
忠夫が平気でいるのに、お姉さんだとか言い張った自分が寒がっているのが芽生え始めたプライドを刺激したのだろう。奇妙な強気で反発する令子。
忠夫からしてみれば、あまり意味がわからない。彼がもっと大きくなれば理解できることなのだが、流石に五歳に至るか至らないかの精神年齢では無理だった。
「あんまり無理せんといてや……。近所のおっちゃんもよく言っとるもん。あんまり親に迷惑かけたらアカンて……」
だから彼から出てくるのは本心一直線の気遣い。しかしそれが余計に癪に障るのか、その後も令子は、少し不機嫌だった。
「一度目の今日……かぁ。結構憂鬱なものね」
いかした車の運転手が吐くため息よりも白い色が、景色の九割を彩っている。
この一日をどれだけ頑張ったところで、その頑張った自分は実際のところ存在すらしておらず、明日になれば跡形もなく消え去っているのだと思うと、美知恵は正直苦しかった。
それが、一日を二度体験するものに近い憂鬱。それでも彼女は手を抜くつもりはないし、何より今日は、実際の依頼の達成よりも重要なことがある。
美知恵が忠夫を連れてきた理由、それは、忠夫の能力が実際いかほどの効果を示すのか、どんな特性を持っているのかについて調べるためだ。
とはいっても、どれだけ緻密にデータを残したところで実際に残るのは『明日忠夫が覚えている限り』だけ。自分がいくら頑張っても、忠夫がそれを覚えていなければ全てが水の泡になる。実際、忠夫の記憶以外のほとんどの事柄が消え去ってしまうのだろうが、それを考えるとどうしてもモヤモヤした気持ちが込み上げてくるため、余計に憂鬱だ。
忠夫本人には悪いが、彼の事を知っている上で彼と付き合っていくのは相当疲れることだろう。出来ることなら、彼に能力に関してはあまり世間に知られたくない。知られればろくでもないことが起こるのは明白だからだ。
忠夫の力は危険過ぎる。どうすれば押さえ込むことが出来るのか検討もつかない。しかし、それでも美知恵には確かな希望があった。
忠夫の力について知っている人物がいる。それが、彼女の内にあるたった一つの活路。それも、彼女にしか実現できない突破口だった。
「あの、美知恵さん。どうして一日目が赤で、明日が青なんですか?」
考え事にふけっている途中、突然忠夫からの問いかけが耳に届く。それは昨夜美知恵が忠夫にプレゼントした、表裏で色の違うペンダントの石についてのものだ。
「あ、それね……。信号機にちなんでみたの」
「信号機?」
「そう、信号機。ほら、横断歩道の信号って、赤だと渡れなくて、青の間なら渡れるじゃない。あなたもそれと同じで、赤の日……つまり一日目には、自分以外の誰にも覚えてもらえない時間を過ごす事になるけど、二日目の今日になら、他の全ての人と同じ時間を普通に生きることができる。これもちょっと、難しいかな?」
美知恵はペンダントをあげるときに、一日目には赤、二日目には青の側を前に向けているようにと言いつけてある。そして今忠夫は赤を向けているから、事実上、今日は消えてしまう一日目となるわけだ。
その現象を彼女は歩いて渡る横断歩道にからませてみたのだが、やはり、難しい説明だったかもしれないと苦い笑みを浮かべるも、それを見せはしなかった。
「うんうん、僕も信号はよう見とるからわかりやすいわ。赤だと渡っちゃアカンのやろ?」
「渡っちゃいけないっていうより、渡れないんだけど……ね」
まぁ、意味はそう変わらないだろう。それに、渡れないと考えるよりも、渡ってはいけないと考えた方がこの言いようのない憂鬱も少しはなくなるだろうと思っている、そんな自分がいるのに美知恵は少し驚いた。まだ出会ったばかりなのに、もう一日が二回あるような気でいる自分が、少しおかしかったのだ。
「あれ?」
「ん? どうしたの、忠夫君?」
「どうしたのぉ?」
何かに気付いたらしい忠夫が、白い景色の中へと視線を向けている。それが気になって問いかけてみると、直ぐ後に娘のちょっと間抜けに思えてしまう声が続いた。
「美知恵さん! 今、あそこに女の人がおったよ!」
「え……? あそこって……」
忠夫が指差す方向にあるのは、空。空中。普通の人間には『いる』ことなど到底出来ない空間。
「なんか向こうに行ってもうたけど、もう出てきてくれへんのかな……?」
空にいられる人。翼人、特殊な力を持った霊能力者、霊……霊!
「忠夫君! もしかしてあなた、霊が見えているの?」
「へ……? うん、そうやけど……なんやおかしな人がたくさんおって、オモロイから好きやねん」
霊が見えているということ。それは、霊能の分野に対して多少の素質を持っている表しになる。それも雪の中を舞う霊が見えるとなると、二歳半とは思えないセンスの霊視だ。おそらくは無意識のうちに行っているのだろう。
「でも綺麗な人やったなぁ。長い髪がめっちゃ綺麗やったわぁ」
表情も輪郭も、髪のことまで見えていた……。令子にも霊ははっきり見えているのを彼女は知っているが、それは自分の、強いては自分が受け継いできた霊能力を彼女が持っているからであって、偶発的なものじゃない。しかし忠夫の両親は間違いなく一般人……つまり彼の能力は、偶発的なものとなる。すごい才能だ。
なんにしても、一つ確かな事がある。
(今のこの子を世に出しちゃいけない……隠さないと!)
無邪気な少年とは、度々女性の母性を刺激するものである。今回もその一例であって、これが後に、横島家と美神家が縁と縁で関わっていく証明になったことを、彼女は知らない。
やっぱり早めの後書き
面白くしようと考えながら書いていると、すごく悩みます。ここはこうすれば面白いけど、この後もその面白さを持続するにはどうつなげていけばいいのか……みたいな感じに考えながら書いてるので、短いのにだいぶ時間がかかってしまうようなことに。
丁寧に物語を書くっていうのはかなり疲れます。
それはそうと、今回は人骨温泉ホテル編! 原作でも一番最初のエピソードでしたが、今作でもそれは変わりません。おキヌちゃんが大分年季の入った幽霊なおかげで原作開始から十五年近くも前に実行可能な便利なイベントだったりします。
ただ原作と違っておキヌちゃんが忠夫を『殺してもいんじゃないかなぁと思う理由』がないのでやっぱり原作どおりに行かない模様。
次回、次々回と続いて序幕最終話に移る予定です。
ではでは、レス返しをば。
ラーメン大王さま
実際に話にアクセルがかかり始めるのは次回からです。特に次々回に予定している話ではアクセルを全開まで強めるつもりなので、それまで読んでいただけると大分話しに入り込んでもらえると思ってます。
鹿苑寺さま
登場する神様は教えられません。また、予想するのもおそらく無理です。ヒントを言うならば『よく名前を間違われている神様』ですね。
今作の忠夫は序盤ショタ系です。小学校卒業あたりまではずっとこのノリで行こうと思っているので、可愛い横島が見たい人はどうぞ。
ちなみに令子ちゃんは序幕のヒロインです。西条は出番なし。
ぐだぐださんさま
序幕は謎多き話が展開するので多少頭が疲れるやも知れません。ですが、プロット段階ではなかなか面白い流れがある程度出来上がってますので序幕〜小学生編までは安定して面白い話に出来そうな感じです。
アミーゴさま
横島と美神には原作以上に『相棒』らしい関係になってもらうつもりです。ただそれだと仲良しなだけになってしまうので、今回はうまくツンを出させるように少し力を入れました。小さな子供にツンデレ要素を持たせるのってかなり難しいです。
趙孤某さま
序幕は全編を通して忠夫の謎に触れていく話なので、今はまだまだ謎ばかりです。導入部と呼ぶことも出来ますが、今回『美神除霊事務所、出撃せよ!』の話を出したとおり、既に本編は初めっておりますので定義しきれない感じです。
レジェムさま
あのゲームはyahooのゲームコーナーでキャッチコピーとあらすじを見ただけだったりするので、ほとんど知りません……。ですんで、忠夫が一日を繰り返している理由も、今作独自のものとなっております。『説得力のある無理矢理』を狙った設定です。あんまり複雑なものにすると話がねじれてしまいそうで怖かったので。
D・ARKMANさま
ライゼリート! PS2で僕が一番好きなRPGの一つじゃないですか! まさかレスでその名前が出てくるとは思いませんでしたが、あぁそういえば確かにあれもループ物でしたよね。島が結構広くて、造りも丁寧で話も面白かったからかなり好きな作品です。特に音楽面、パチモでの演奏が大好きだった……。
初期型のPS2じゃないとフリーズバグが多発するのだけは勘弁して欲しかったですけど……。
次回は人骨温泉編のラストです。一日目後半〜二日目終了までを書くのでなかなかのボリュームになると思います。
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