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「Step by step(GS)」

カシム (2007-04-11 07:08)
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            part3

         Case by Reiko Mikami
          俺だっていつまでも


 美神事務所総出の依頼は、“大霊障”以後霊の動きが鈍くなっていたこともあり、ほとんどない。強力な霊が現れる、多くの霊が暴れている、などといったことがほとんど起きなくなっているのだ。
 しかし、思い出したかのように発生することがあり、そうなると依頼人達は依頼料が破格であっても、有名かつ優秀と評判の美神除霊事務所に縋るのだった。


 都内某所のビジネス街の一角、大通りから一本脇道に入った通り沿いにそのビルはあった。今回の依頼現場である。

「不況の煽りからオーナーが破産、テナントは軒並み撤退。今度我が社が支店を出すのにこのビルを買い取ったのですがね、壊して造りなおすか整備して再利用するかの点検中に悪霊に襲われたのですよ」

 今回の依頼人は某大手企業のプロジェクトチーム代表者である中川という男性である。年の頃四十代の脂ののった働き盛りであるが、その表情は沈鬱に彩られていた。

「オカルトとは無関係な人生を歩んできたのですがね、寄りによって昇進のかかったこの大事なときに」
「人生そんなものですよ。犬に咬まれたものと思うほかありませんわ」

 中川の思いはどこ吹く風と、気楽な返事を返す美神令子であった。

「でもまー、お金さえ払えばもう心配いらないんですから、ご安心くださいな」
「ふふ、こちらの納得のいく成果をお願いしますよ」

 聞きようによっては無礼にも思える美神のセリフに、中川は渋い笑みを残して去っていった。
 余裕のある大人の態度、と言っていい。それに対してこちらと言えば、

「ったく、横島クン! なんであんたはいきなり依頼人を呪おうとするのっ!」
「堪忍やーっ、仕方なかったんやーっ!」

 頭から血を、目からは涙をだくだくと流す横島忠夫。中川を見たとたんに

『チクショーッ、なんだかとってもドチクショーッ!!』

 と、どこにしまっていたのか、懐から藁人形と木槌と杭までも取り出し、電柱に打ち付けようとした寸前で美神の神通棍の一撃を受けて地に沈んだ。それを見て、顔を引きつらせた中川だが、仕事の説明になると気を取り直していた。ビジネスマンの鏡である。

「だってあのオッサン、親父と同じ臭いがしたんスよ! 絶対あのオッサンは仕事が終わった後美神さんを食事に誘うに決まってる! だったら年上と金に弱い美神さんはそれについてってしまうんや! あかん、美神さんの乳、尻、太ももは俺んだーっ!」
「私の身体は私のだ!」

 叫びながら美神に詰め寄った馬鹿への追撃の一撃はとうとう神通鞭になり、横島は表現しづらい音を発し、電柱に抱きついていた。上下逆さまに。

「ったく、人を中年好きみたいに言って」
「ま、まーまー、美神さん。あんまりやりすぎるといくら横島さんだって怪我しちゃいますよ」
「おキヌちゃん、本気で言ってる?」
「え、えーと……」

 止めに入ったおキヌと共に横島の方を見れば、すでに血は止まり身を起こしていた。渾身の一撃を、あー痛かったの一言ですます姿に改めて不条理を思う美神だった。


 シロと横島を先頭にビルへ入る。続いて美神、その後ろにおキヌとタマモが続く。美神除霊事務所全員で仕事をする場合、態勢としてはこのようになる。
 シロは前衛しかできずおキヌも後衛しかできない。タマモも人外の身体能力はあるにしろ、幻術や狐火といった能力からすれば後衛向きである。美神は道具さえあれば、横島は自らの能力のみでどちらでもこなすことができるが、中盤に位置し戦局のコントロールをすることができるのは、現段階では美神だけである。
 そんなわけで、一行はエントランスに入るなり現れた悪霊を祓いつつ、周囲の警戒をしながら屋上へ向かっていた。

「しかし、何も変哲もない建物なのに、気持ちの悪い霊気が漂っているでござるな。原因は何なのでござるか、美神殿?」

 依頼人と会うときに、シロとタマモは後方に控えるようにしている。理由は簡単、人外であるからだ。
日常的にオカルトに接しているGSと違い、一般人は悪霊と浮遊霊の区別は付かないし、騒霊騒動のある現場に人外である二人がいればそれだけで厄介ごとが増えかねない。無用な摩擦は避けるに限る。
 さておき、美神はシロに答えようと億劫そうに口を開くが、横島に向き直った。

「横島クン、あんた教えたげなさい」
「うぇっ、俺っスか!?」
「あんたシロの師匠でしょ、あんたのせいで仕事の前に疲れちゃったんだから責任とんなさい」
「だったらば不肖横島、疲れを取るためにマッサージ、な、ど、いえ、なんでもないです」

 殺すという意志を視線に乗せた美神に、横島はメロン大の何かを握るかのような手つきを中止した。

「えーとだな、図面とか今まで見た限りではこのビルの構造にはオカルト的におかしいところは見当たらない。となると、時期から考えて倒産したからなんだろうな」
「倒産すると、このような状況になるのでござるか?」
「絶対そうなるってわけじゃない。例えば借金苦に自殺したオーナーが『ここは俺のビルだーっ』なんて暴れたのもあった。でも、今回はそういうのじゃない」
「オーナー殿は生きておられると聞いたでござる」
「そう。で、人が集まる所って霊的に乱れるものなんだ。人の色んな思惑が飛び交うビジネス街なんて特にな。このビルは倒産したから急に人がいなくなって乱れがない空白地帯になったから、乱れが集まってきて、一緒に悪霊も集まってきたんだ、ろうな」

 説明の最後の方で自信なさげに声が小さくなり、美神の様子をうかがう横島。不十分でたどたどしい説明だが、これまでの経験を生かせていると判断するには十分な内容ではあった。美神は多少機嫌を直したが表情は変わらず、しかし横島はつっこみがないことから概ねはあっているのだとほっとしていた。

「だったらそこらへんの浮遊霊だって呼び寄せるんじゃないの?」
「んー、俺も霊的な空白を経験したことあるけど、悪霊が集まってきたな。おキヌちゃんもそうだったよね」
「私が生き返った直後のことですか? 肉体と霊体にズレがあったときの」
「うん、人間の肉体目当てなんだろうな。じゃあ今回はっつーと……」

 後方からのタマモの問いに答えられない横島を見て美神が助け船を出そうとしたのだが、横島は廊下の端々に落ちているものに目を向けた。

「多分、あれが原因じゃーないかと思う」
「あれって、タバコ?」
「空き缶もいっぱい落ちていますね」
「酒の類でござるな」

 横島が見ていたのはタバコの吸い殻とアルコール類の空き缶である。首をかしげるおキヌ、シロ、タマモ。

「ここ、元は商業ビルなんだからこんなに汚いわけないだろ。いわゆる不良がここに入り込んでたむろしてたんじゃないかな。そいつらが乱れが集まっているところにいたから、乱れが引きずられちゃったんだと、思う」
「へー、一応免許持ちってことかしら?」
「美神さんにくっついて色んな現場いったからな、俺だっていつまでも受け売りばっかじゃないんだぜ。あってるかはわからんけど」

 横島はまたもや自信なさげに美神を見るが、その表情は変わらず不機嫌である。駄目だったかと嘆く横島であるが、美神は単に驚いていただけだった。
 ニュートラルな状態だった乱れに負の想念を持つ少年達がいたため、悪霊を呼び寄せる苗床となってしまったのではないか。横島の推測は美神のそれとほぼ一致していた。もっとも、横島の説明は穴があるし、美神だったらもっと上手く説明できるだろう。それでも、概ねの所は合っているのだ。
そのことに驚く反面、美神の不機嫌は復活していた。

「え、えーと美神さん?」
「……先を急ぐわ」
「へ?」
「さっさとしなさい、前衛がもたもたしてたらいつまでたっても終わらないわよ」
「は、はいっ!」

 正解とも間違いとも言わない美神に横島が声をかけるも、柳眉の角度が変化していくのを目の当たりにした横島は前進を再開した。経験上、横島は知っているのだ。今の美神に逆らってはいけないことを。


 後ろから美神の不機嫌な霊圧を浴びて横島とシロが怯えつつも、悪霊を祓いながら順調に進みビルの屋上に到達。依頼はけが人を出すことなく、不測の事態が起きることもなく、異常なく終了した。だと言うのに美神の不機嫌さは収まる様子がなかった。

「ねえ、おキヌちゃん。俺、なんか悪いことしたんかな?」
「いえ、そんなことはなかったと思いますけど」
「拙者も同感でござる。むしろ、いつもより良い連携をとれていたかと」
「じゃあ、どさくさまぎれにセクハラしたとか?」
「いや、そのチャンスはなかった」
「あったら、してたんですか?」
「あー、いや、うん、何でもないです。っつーか、そういうことしたらその場でしばかれて後に引かないんだけどな」
「確信犯なの?」
「確信犯でござるな」
「冗談だから。お願いだからそんな目で見ないで」

 美神の後方で四人が寄り集まって何やら話し込んでいた。
 美神の不機嫌は、言うまでもなく横島である。
 シロとの見事なコンビネーションをみせる。かと思えば、後衛を狙いに向かう悪霊の足を止めさせ、美神や後衛組に動きやすい状況を造る。撃破数はさほどでもないが、アシストを加えればMVPと言える活躍ぶりである。
 自身は目立たず、しかし要所は押さえる厄介な存在。かつて敵対した魔族は、最も無能そうなドタバタしているイメージしかない横島に何度も煮え湯を飲まされたことにずいぶんと腹を立てていたようだ。
もともと、横島とはそういう男だったのだ。霊能に目覚めてから戦闘に参加するようになったが、メインで戦うのは美神であることが多かった。しかし、美神を勝利へと導くのは、横島の場を引っかき回すサポートの効果が大きかったことも確か。
 広い視野を持って行動できているし、まだまだ心許ないが知識だってそこそこにある。精彩のなかった最近に比べれば、霊能の師匠であり雇い主なのだから喜ぶべきなのだろう。だが、以前横島と戦って敗北した時といい、今回といい、

(なんであんたは私の知らないところでばかり何かがあるのよ!)

と、不機嫌に思ってしまうのだ。生来の意地っ張りは簡単には治らない。
 依頼終了の報告を待っていた中川のもとへ着くまでにも、美神の機嫌が晴れることはなかった。

「やあ、お待ちしておりましたよ。首尾はどうです?」
「お待たせしました。巣くっていた悪霊は全て祓い、お札で結界を張りました。これでご心配いりませんわ」
「それはそれは、何よりです」

 とはいえ、不機嫌な表情で依頼人と会うわけにもいかず、表面上は取り繕って中川に笑みを向ける。中川も渋さたっぷりの笑みを美神に向ける。
 離れたところで様子を見ていた横島は、それを見て血の涙を流さんばかりだったが、他の三人になだめられていた。

「原因はなんだったのでしょう?」
「急に人がいなくなったことによるものです。再開発のために業者などが入ればこれからも大丈夫、お札も剥がしてしまって構いません」
「そうですか、アフターケアまでしていただけるとはね。さすが業界最大手の美神除霊事務所だ」
「いえ、それほどでもありませんわ」

 繰り返すが、今の美神の笑顔は表面上なのである。

「ああ、そうそう。もう結構いい時間だ。これからも良いお付き合いを続けるため、食事でもどうです? ホテルですから、他の方は無理かもしれませんが」
「あら、それはいいですね。でも、残念ですがこの後も用事がありますので」

 にこやかに、表面上はにこやかに横島の想像通りの中川の誘いを断る美神である。

「まあ、そう言わずに。近くですから」
「残念ですが、この後も、用事がありますので」

 笑顔で繰り返す。さて、時に笑顔とは恐ろしいものであることをご存じだろうか。今の美神は内に秘めた不機嫌を表情に出してはいない。しかし、放射される霊圧は、横島がさらされれば無条件で腹を出して服従するだろう勢いがあった。

「そ、そうですか。それは残念、ではこれで」

 霊感のない人間には、霊圧を感じ取ることは出来ない。しかし、感じられないからこそ、わけのわからぬ悪寒を生じる。理解できないものを怖がるのが人間である。
 中川は顔を引きつらせ、そそくさと引き上げていった。

「さ、帰るわよ」

 中川の車を見送り、美神がため息一つつき撤収の号令をかけた。しかし、それに応じる事務所員達はいなかった。
 何事かと振り返り見れば、横島を壁にするかのようにして身を隠す三人。その表情は一様に恐怖に彩られていた。美神の霊圧を察知できたが故である。

「何よ……そんなに怖がること無いじゃない」
「いや、無理っス」

 唇をとがらせる美神は、その前を知らなければ可愛らしいと言えるかも知れない。


             Extra case by Mitie Mikami

              俺は勘違いしてたんスよ


 黒一点の横島が例によってご飯を三杯以上お代わりした夕食をすませて、帰宅してから少しの時が過ぎていた。
 おキヌが全員分のお茶とお茶請けを用意し、腰を落ち着けて何を話すでもなく、ただ時が経つのを待っているかのように過ごしていた。
 想いはそれぞれであるが、考えていることは皆一緒だった。横島のことである。
 いつも通りを装い馬鹿をやり、好みの女性を見ればナンパし、セクハラをし、美神にどつかれていた行為が無理をしているように見えたのは、彼女らだけでなく彼を知る大多数もそう感じていた。
 美神やおキヌからすれば横島の現状をどうにかしてあげたいとも思うのだが、慰めるのか、背を押してあげるのか、何をどうすればいいのかと、スタンスを決めかねていた。
 シロは“大霊障”以前からの付き合いであるが、師と慕っている横島の様子がおかしいことは肌身に感じていても、事情を知らぬ身としては踏み込んだ行動が出来なかった。
 タマモは“大霊障”以後の付き合いである事務所内の雰囲気に違和感を感じており、その中心が横島であることもわかっていたが、気にしつつも様子見に徹していた。
 つまりは、それぞれに考えていることは異なるが、各々が横島のことを気にかけてはいたのだ。
 しかし、ここ最近の横島は自然に振る舞っている。何かがあったのは確かだが、それがわからないので、ほっとしたような拍子抜けしたような、四人とも気持ちの悪い状態なのだった。


 帰宅途中の横島の隣に高級そうな外車が横付けする。思いも寄らぬ状況に横島は一瞬混乱し、開いた窓ガラスの向こうに見知った顔があるのを見て納得した。

「こんばんは横島クン」
「隊長じゃないですか。どうしたんです?」

 美神の母である美智恵であった。助手席のチャイルドシートには美神家次女のひのめの姿もある。

「仕事帰りなのよ。送っていくわよ、乗っていきなさいな」
「それじゃ、遠慮無く」

 給料日前であるから電車賃を節約できるのなら横島には好都合な話だった。もとより人妻とはいえ、美人さんとの接触の機会を減らすほど横島はプラトニックでもなかった。

「あ〜う」
「こんばんは、ひのめちゃん」
「あらあら、お兄ちゃんが来て嬉しそうね、ひのめ」

 ひのめが何とかして後部座席の横島の方を向こうとしているようだ。とはいえ、チャイルドシートがそれを許すはずもない。

「ねえ、横島クン。もしよかったらひのめを抱っこしてあげてくれないかしら?」
「いいっスよ。ほ〜らひのめちゃん、お兄ちゃんだよ」
「きゃお〜」

 さすがに人外と子供に好かれやすい横島である。抱き上げられたひのめはとても嬉しそうだ。人に好かれて嬉しくない人間などいないし、それが赤ん坊ならなおさらである。横島はとりあえず、ひのめの目の前で百面相をしてみせた。


 横島からすれば、自分の母親とほぼ同年代であるが美人で、美神の母親である。
 美智恵からすれば長女の部下で、次女も懐いているし、将来有望な若手である。
 学校や成績の話、事務所や依頼の話、オカルトGメンの状況、ひのめの成長具合、横島のアパートまでの短い時間だが、話すことは多数あった。

「ところで、横島クン」
「はい、何スか?」
「まだ、ちゃんと話してなかったわね。あのころの話」

 アパートまであと僅か、見覚えのある風景が見え始めた頃、美智恵の談笑をしていたそれまでと違い神妙な雰囲気に横島も顔を引き締める。

「私も、ちゃんと話さなきゃいけないとは思ってたんだけど、決心がね、つかなかったの」
「あのころ、具体的にどの辺を指すのかわかりませんけど、つまりはアシュタロス関係の時期ですね」
「ええ」

 先ほどまでは時折横島の方を向いて話していたのに、今では真正面を向いている。運転する時の態勢としては正しいのだが、緊張が伝わってくるようだ。

「私は、あなたを利用したわ。まだ高校生なのに敵地に潜入させたり、戦艦ごと倒そうとしたり」

 結果良ければ全てよし。世間から見れば少ない犠牲で世界を救ったと賞賛するだろう。しかし、過程で犠牲になった者には何の価値もない。『死んだあとで銅像立てられても、空に顔が浮かんでも、俺はちっとも嬉しくない』とは横島の弁であるが、人間死んでしまえばそれまでである。

「私がもっと上手くやっていれば、ひょっとしたら、ルシオラも……」

 口にするのが躊躇われたのだろう。美智恵は口ごもりながらも、禁句を口にした。これを聞いた横島が冷静ではいられないだろうとわかっていながらも、これだけは言わないといけないことだからと。
 しかし、

「敵を倒すために手段を選ばないってのは、美神家の戦法じゃないっすか。慣れてますよ」

 横島の言葉は思いの外軽かった。怒りも、憎しみもなく、覚悟していた罵りの言葉もない。

「最高のハッピーエンドじゃなかった、でも最悪のバッドエンドでもなかった。隊長はそう思っているんでしょう?」
「……ええ」
「隊長が何もかも忘れてるってんなら怒りますけど、俺に申し訳なく思うくらいにルシオラのこと考えてくれているんなら、俺からは何も言うことはありません」
「でも、それでいいの!? 私は、娘可愛さにあの結末を知っていて黙っていたのよ。見殺しにしたようなものなのに」

 赤信号で止まり、横島に振り向く美智恵の顔は必死であった。
 結末を思い返す。宇宙意思だとか追い風だとかで、アシュタロスを倒す切り札が懐に舞い込み、自分にはそれを壊す手段があった。
 美神に任され、ルシオラに後押しされて、横島は決断した。

「結晶を壊すのは俺じゃなきゃ駄目だった。もし、あの場で誰かの意見を受け入れてたら、俺が自分でやらなかったら、もっと後悔してたでしょうから。青ですよ」
「え? ああ、青ね」

 もうすぐ横島のアパートに到着する。進み出した車の中で横島は改めて思う。

「今、言いましたよね、娘可愛さにって。隊長が世界平和のためにって考えてたのなら、いい気はしません。隊長はルシオラを、世界とじゃなくて美神さんと天秤にかけた。だったらいいです」

 横島は世界を救ったが、それはあくまで結果だ。横島はドタバタに巻き込まれ、しかし戦うと、助けると誓い、できなかっただけなのだ。あの事件のことで横島が恨むとしたら、それはもっとどうにかできたかもしれない自分しかない。

「横島クン、変わったわね」
「へ? そうスか?」
「ええ、ちょっと前まで張りつめたような、無理をしているような感じがしていたのだけど」

 美智恵は横島の以前を知らない。だから、横島がかつての自分を装っていたことなど知るよしもないはずだが、人生経験か観察力か、彼女も横島の行動に違和感を感じていた一人である。

「あー、そうっスね。俺は勘違いしてたんスよ」
「勘違い?」
「ええ。俺、ルシオラがガッカリするからって、俺らしくしていなきゃって思ってたんです」

 最終決戦前から、ルシオラをなくした横島はシリアスだった。それこそ別人かと思えるほどに。だが、それは無理をした状態だったのだろう。霊能力は劇的なパワーダウンを果たしていた。

「あれ、ベスパにルシオラに化けてもらったの、隊長でしょ?」
「……そうよ。横島クンの霊能力が落ちているのがわかっていたから、どう思われようと魔体を倒してもらいたかったからね」
「おかげで、気負っていたのが解けたんですけどね」

 照れたように笑い頬をかく。

「まあ、それはおいといて。俺らしくってのと、それまでの俺でいるってのとがごっちゃになってたんス」
「どういうことかしら?」
「あんな事件に関わったんだから、俺の内面になにがしかの変化がなきゃ、それこそおかしいでしょう? でも俺は、悲しむことをやめようとして、前みたいなスケベな馬鹿でいようって思ってたんです」

 ひのめの頭を撫でる。サラサラの髪の感触が心地よかった。

「でも、それってルシオラのことを忘れるのとどう違いがあります? あいつと会って楽しかったこと、嬉しかったこともあったのに、それを無しにしたようなもんだったんです」
「……それで?」
「ルシオラと出会えて嬉しかった、ルシオラがいなくなって寂しい、ルシオラを死なせて情けない、そう思う感情は全部俺のもんです。だから受け入れようって思った、ただそれだけです」

 話しきった横島は言葉を発さず、美智恵も同様だった。それきり会話はなく、横島のアパートに到着した。

「隊長、ありがとうございました。それじゃあね、ひのめちゃん」
「あ〜」
「……横島クン」
「はい?」

 ひのめをチャイルドシートに乗せ、アパートへ戻ろうとした横島へ美智恵が声をかける。しかし、そこで少し時間が止まる。
 なんと言えばいいのだろうか。ありがとう、ごめんね、どれも彼の求める言葉ではなく、自分が言いたい言葉ではない気がする。
 改めて横島の顔を見る。きょとんとした表情。自身の言うとおり、嬉しさや寂しさや情けなさがない交ぜになった、つまるところ普通の顔、無理のない顔、それは前を向いた顔。
 そう、横島は前を向いたのだから、こちらも前を向かなくてはならないのだ。

「これからも、令子のことよろしくね」

 美智恵の言葉に横島は顔をほころばせた。

「もちろんですよ。何せ、俺は美神さんの丁稚ですからね」

 では、と手を振り部屋に戻る横島を美智恵とひのめが見送る。
 ほうとため息をつく。本当に、男の子というのは成長が早い、などと年寄り臭いことを思ってしまう。
 そして同時に思うのだった。

「……欲しいわね」

 どんな意味で言ったのか、誰にもわからない。しかし、横島が色々な意味で美神を超える強者にロックオンされたのは確かだった。


あとがき

 ってなところで2ndstep終了です。
 ちょっとだけ前を向いた横島への事務所のメンバーの心情ですが、いかがだったでしょうか。
 推敲を重ねても、やはりなかなか納得のいく作品には仕上がりません。難しいところです。

>たぬきち氏
確かに栄光の手、ハンズオブグローリーという名称は格好いいですよね。
私も、栄光の手という魔術用具を知るまではそうでした。
ここらへんにも横島の素人具合がでている、というのは深読みしすぎかもしれませんが。

>アミーゴ氏
美神は強い。勝つために手段を選ばない美神家の戦法を書くことができるか、ちょっと不安だったりします。

>偽バルタン氏
丁寧な描写と冗長な説明の狭間に毎度悩んでおります。本格的な心情吐露はまた後のお話で。

>鹿苑寺氏
心が強くなった横島の漢っぷりにご注目くださいw
美神でしたので10ptいただきです。

>アイク氏
横島はいたって真面目なのです。例えふざけているようにしか見えなくとも、真面目にふざけているのです。

それでは3rdstepで。ありがとうございました。

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