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▽レス始

「Step by step(GS)」

カシム (2007-04-05 00:19/2007-04-05 00:44)
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    GS美神
    Step by step
   2nd step
 
    part1

    Case by Kinu Himuro
      がんばるだけじゃ駄目なんだ


 おキヌと横島だけで一緒に仕事をする頻度は、そう多くはない。
 美神が言うには、預かっている子を半人前に任せるわけにはいかない、とのことではあるが、それだけが真実ではないことをおキヌは知っている。
 おキヌが怪我をした場合に横島に責任が行かないようにしているのである。もっとも、横島自身は美神の言い分を信じているし、美神の真意もまだ他にもあるのだが。
 だが、その日は他のメンバーの依頼の関係もあり、おキヌと横島のペアで除霊現場に向かっていた。
 ビル内に集まった悪霊を除霊する。言ってしまえば簡単な依頼であった。


 依頼は高層ビルの最上階に悪霊が現れたのでどうにかして欲しい、というもの。
 おキヌと横島はエレベーターで最上階から五階下の階まで上がる。出た瞬間に襲われることや、エレベーターの中に悪霊が入ってくるといった、狭い空間での戦いになってしまう可能性を避けるためだ。
 降りた階はオフィスになっていたが、退去命令が出ているため夕方にもかかわらず人はいない。おキヌと横島は顔を見合わせ、階段を登る。
 周囲に気を配りながら歩く。おキヌの霊を感知する感覚は彼女自身が幽霊だったこともあり鋭い。横島は自身の感覚の鈍さを知っているので、いつでも反応できるよう立ち位置を考えながら歩いていた。
 最上階へ辿り着き、悪霊が怨嗟の叫びを発しながら浮遊しているのを確認し、おキヌはネクロマンサーの笛を口に当てる。おキヌの除霊方法はネクロマンサーの笛を使い、悪霊と交感し成仏してもらうというものである。三百年間幽霊をやっていた経験があるので強力ではあるが、笛を吹く間無防備になってしまう欠点がある。
 横島が背負っていた荷物を降ろし縄でできた簡易結界をおキヌの周りに張る。横島の割り当てはおキヌがネクロマンサーの笛を吹いている間、周囲をガードすることだ。

「行くよ、おキヌちゃん。フォローよろしく!」
「はい、横島さん!」

 かん高い音がオフィス内に響き渡る。
 ネクロマンサーの笛の音は霊体と使用者を接続する。使用者が霊への想いを込めて吹けば、霊は共感し自分の死を受け入れ成仏していく。しかし、自意識を保っていられないほど摩耗した霊体へは気持ちが伝わらない。
笛の音に気付いた霊群がおキヌの元へ殺到する。脅えず、怯まず、笛を吹き続けるおキヌの前に立ちふさがる護衛が一人。

「美少女巫女さんに萌える気持ちはわからんでもないが、観客が舞台に上がるんじゃねえよっと!」

 横島が手に<サイキック・ソーサー>を展開して投げつける。さらに、

「もういっちょ、行ったれ!!」

 投擲したものとは別に、横島はさらに<サイキック・ソーサー>を展開し投擲する。展開することすら一苦労だった頃に比べれば随分安定したものである。
 二枚のソーサーが宙を舞い、悪霊を貫いていく。<サイキック・ソーサー>は撃ったらそれきりの霊波砲とは違い、ためが必要であるが使用者がコントロールできる利点がある。横島も霊能に目覚めた当初とは違い、自在に操れるようになっていた。
 一枚目のソーサーと二枚目のソーサーの射線が交錯する。

「新技<遠隔サイキック猫だまし>!」

 <サイキック・ソーサー>が衝突し、激しい閃光と破裂音が発生する。のみならず、弾けたソーサーのエネルギーで数体の霊が祓われた。
 ネクロマンシーと横島の技で数を減らしたものの、まだ残っている悪霊達が二人へ吶喊する。横島は<栄光の手>を発動させ、手甲部分から伸ばした霊波刀で立ち向かう。
 霊波刀を振るう横島の後方で笛を吹き続けるおキヌ。笛の音による成仏はさせられなくとも霊圧放射で霊群の動きを鈍らせることができ、横島への援護にもなっている。
 横島が霊波刀を幾度か振るえば、集まっていた悪霊の姿はもういなくなっていた。


 周囲を見渡す。悪霊が暴れ回っていただけあって、荒れ果てたとまではいかずとも数日おキヌが留守にしていた事務所ほどには散らかっていた。

「これで依頼終了ですね、横島さん」

 目に見える悪霊がいなくなり、安心したのかおキヌは笛をしまい簡易結界から足を踏み出す。しかし、横島は怪訝な顔で周囲を見渡していた。

「横島さん?」
「……っ、おキヌちゃん!」
「え、きゃあっ!?」
「ぶっ!?」

 急に、横島がおキヌに飛びかかる。
 横島は少々というか、かなりとても大変煩悩に素直であるが、おキヌに対しては常々、おキヌちゃんに手を出したら悪者じゃないか、と何もすることはなかった。
 おキヌも横島には友人以上の好意を寄せてはいるが、あまりにも急であったため反射的に頬を張っていた。それでも横島はおキヌを抱きかかえる。
 もうちょっと雰囲気のあるところで、とか私に魅力を感じてくれたのかな、とかおキヌが考えたのは混乱のため頭が沸いていたということにしておこう。
 横島はおキヌを俗に言うお姫様抱っこをして飛び退く。その刹那、おキヌのいた場所の直上が崩れる。

「きゃああっ!!」
「おおっ、おキヌちゃんのやーらかいのがぁっ!」

 驚愕におキヌは横島に抱きつき、横島は視界をおキヌに塞がれながらも何やら叫びながら安全地帯まで運ぶ。
 振り向き見れば、舞い上がる粉塵の中に人型を保ち、恨みを呟く一体の悪霊が立っていた。

「ま、まだいたんですね……ごめんなさい横島さん、ぶっちゃって」
「いや、それはいいから、おキヌちゃん離れて。理性が飛びそう」
「え……きゃあっごめんなさい!」

 くぐもった声におキヌが見下ろせば、自らの胸に横島の顔を押しつけている状況。抱きかかえられている体勢で抱きつけばそうなるというものである。
 頬を赤面させているおキヌを下ろした横島は<栄光の手>を構える。おキヌも頬をはたきネクロマンサーの笛を取り出す。
横島の霊波刀の一撃でその霊を祓うまで、そう時間はかからなかった。


 今回の霊障の原因は、依頼人の前に赴任していた支社長からリストラされ、心臓発作で死亡したサラリーマンが霊群を引き連れてお礼参りにきたことだった。霊圧を隠すという高等技術も窓際に追いやられて影が薄かったためとかなんとか。信じがたい話ではあるが、当人が言うのだからそうなのだろう。
 ともあれ、依頼終了の挨拶をしての帰所途中、油断により危うい状況を招き落ち込んでいたおキヌに気付いたのか、横島が声をかける。

「おキヌちゃん、落ち込んでる?」
「……はい」
「そっか」
「私、まだまだ未熟ですけど、なんとか足手纏いにならないようにってがんばってたつもりでした。でも、やっぱりダメですね」

 より暗い雰囲気を醸し出すおキヌに、横島はどう言ったものかと頭をかく。

「そんなことはないよ」
「どうしてですか? 私のせいで横島さんまで危ない目にあわせちゃって」
「相方のフォローは当然するだろ。俺なんか、今まで色んな人に助けられてきたし、上手くいったら助けることができた。今回だって、親玉はいなかったのかなって回り見ていたら、たまたま天井にひびが入るのが見えたってだけ。おキヌちゃんに怪我が無くて良かったとは思うけど、おキヌちゃんのせいだなんて思わないよ」

 横島の言葉にうつむいていた顔を上げるおキヌだが、顔色は晴れない。

「それに、がんばってることがダメなんてことない。なんつーか、努力が絶対に報われるなんてことないけど、がんばるって心構えは必要だし、えーっと……」

 次第にしどろもどろになっていく横島。元々彼は人を諭すなんて器用なことができるタイプではなく、説教はよくされていたが人にするなど考えたこともない。言葉にできない自分の語彙のなさをジェスチャーで補足するかのように、手で何かを表現しようとしていた。

「あー、とにかく! ただがんばるだけじゃだめなんだ。どうにもならないときが来たときに、少しでもなんとかできるように色んなことをがんばって、どうすればいいか悩むんだ。そうしないと自分しかどうにか出来ないとき、後悔することになっちゃうから」

 ついにはおキヌの肩に手をやり、勢いで乗り切った。言いたいこと、思ったことの半分も伝えられないと嘆く横島だが、当のおキヌは横島の実体験からの言葉に気付いていた。

(横島さんはあの時のことを言ってるんだ)

 “大霊障”決着の時、横島が悩みつつもとった行動は結果的に世界を救った。ルシオラの命と引き換えにして。
 おキヌは横島の一番身近な異性であるという自負があった。幽霊時代から何かと世話を焼き、親族や雇い主よりも身近な同年代の異性として理解していると思っていたのだが、“大霊障”以降、自分らしさを演じているようにしか見えない横島の行動に、自分はどうするべきなのかわからなかった。

(でも、もう横島さんは吹っ切って……ううん、上手く表現できないけど、立ち直っている?)

 かつてはど素人で霊能力のかけらも見せず、戦闘ではいの一番に逃げ出そうとしていた。無論、情けないところは今でもあるのだが、今では強大な敵に立ち向かい、そして自分自身に向かいあうことが出来ている。どちらもおキヌにはまだ出来ないことである。

「……はい、私、考えます。いっぱい考えて、悩んで」
(そしてあなたのように強くなれるように、がんばります)

 混乱は収まらなかったが、なんとかそれだけの返事をすることができた。

「うう、上手く言えなくてごめんなぁ」
「そ、そんなこと無いですよ」

 横島に何があったのかおキヌにはわからないが、あえて言うなれば本当の自分らしさを取り戻した、であろうか。
横島の復調は喜ばしいが、しかしおキヌは自身の力の足りなさを改めて思い知っていた。


          part2

        Case by Shiro and Tamamo
         心配なんだよ


 美神除霊事務所の居候であり、被保護者ならぬ被保護妖怪である人狼族のシロと金毛白面九尾の狐の転生体であるタマモは、基本的に暇である。
 二人は学校に行ってはいないし、保護されている身としては勝手に出歩くわけにはいかない、ということになっている。もっとも、シロは横島のもとを訪れては散歩をねだり、タマモは見識を深めるために街を歩いたりしているが。
 そんな二人は反発しつつも抜群のコンビネーションという仲である。気分屋のタマモがたまにはシロの散歩に付き合おうかな、と考えることもある。


 シロが横島の部屋を訪れるのは早朝で、かつ彼女には常識がなかった。よって横島の部屋に鍵がかかっており、インターホンもないとなれば、大声で呼ぶのはある意味必然であった。
近所迷惑と睡眠妨害でこりた横島は、それ以来寝るときに鍵をかけないようにしている。盗まれて困るような物もないのだからいいか、とのことである。不用心極まりない。
シロよりは常識を持ち合わせていたタマモは、シロが勝手にドアを開けて訪問したことに驚き、横島がそれを当たり前のことと受け止めていることに驚いた。もしや、この二人ただならぬ関係なのでは、と一瞬考えたが、妖孤の嗅覚を持ってしても感じられないし、どうしてもそのような関係になれる二人ではないとすぐに思い至る。

「よお、おはようタマモ。今日はお前も来たんか」
「おはよ、ヨコシマ。たまにはね」
「ささ、先生! 散歩に行くでござるよ!」
「わーったから、外で待っとれ。朝の男の着替えなんて女の子が見るもんじゃねえよ」

 お手伝いするでござると申し出たシロの首根っこを掴み、タマモは部屋を出た。何をするでござるかとわめくシロを見て、やはりありえないなと思う。
 待つこと数分、上下ジャージに着替えた横島がアクビをかきながら現れた。

「お待たせ。ううー、まださみいな」
「散歩を始めればすぐ暖かくなるでござるよ!」
「漢字を考えろ。走るのは散歩じゃねえ」

 ぶつくさ言いながらもシロのわがままに付き合う辺り、面倒見はいいのだろうが押しに弱すぎるのではなかろうか。
 ともあれ、横島が自転車にまたがり、シロが自転車にくくりつけてある紐を手に持って散歩の準備完了。

「では、先生との久々の散歩でござるーっ!」
「いつも言ってることだけどよ、もうちょっと周りの風景を楽しむ心のゆとりをだなーっ!

 シロのトップギアへの変速はあっという間で、横島の悲鳴が遠ざかっていった。タマモはドップラー効果という現象を学んだ。

「なるほどね。これのどこが散歩なんだか」

 ため息一つつき、タマモは走り出した。もはや二人の姿は見えないが、狐の追跡能力を持ってすれば十分追いつける。
 今日は休日。横島の出勤が昼頃ということを考えれば、シロがどこまで遠くに行くのかわかったものではない。


 結論から言って、散歩は都境の山の中腹で終わった。さらに言えば、横島の体感では授業を受けているのと同じぐらいの時間のノンストップジェットコースターであった。いや、これに比べればジェットコースターなど、所詮レールの上を走るだけだから起伏が穏やかである。
 自身は全く漕いでおらず、自転車にしがみついていただけであるのに横島はぐったりと天を仰いでいた。

「あー、こないだっからこんなんばっかや。もー、遊園地の絶叫マシーンなんて怖くねえぞ」
「あ、いたいた」

 横島の視界にタマモが現れた。どこぞの学校の制服ような服装にローファーと、運動には向かない格好であるのに少し汗を掻いているだけというのもまた、タマモが普通ではないことを示しており、横島は羨んだ。

「あれ、シロは?」
「川で魚取ってる。ちょうどいいや、タマモ火頼む」

 周辺から集めたのだろう、横島の指す先には薪が積んであった。時間としても朝食にするにはちょうど良かった。

「狐火使えっての?」
「ちょっとぐらいいいやんか。木をこするのはめんどいし、文珠をこんなことに使いたかないしな」
「こんなことで文珠使ったら本気で美神さんに殺されるわよ」

 文句を言いながらも、タマモが手を一振りすれば薪に火が灯る。
 待つことしばし、シロが魚を両手に現れた。横島が待ってましたとばかり、拾った枝で串刺しにして火であぶり、はらわたごと食いちぎる。横島はよく遭難してサバイバルをするし、シロは自然と共に寝起きする人狼族である。こういった食事は慣れっこであった。
 しかし、そうでないのがタマモである。転生前は宮廷で傅かれ当時としては最上級の生活をしており、今ではおキヌによる手の込んだ食事を毎食食べているのだ。元は野生とはいえ今では言ってしまえばお嬢様、味付けも何もしていない焼いただけの魚にかぶりつくのに抵抗ができてしまった。

「ん、タマモ食べないのか? ならくれ」
「ふん。上品ぶった女狐め。野生の心を忘れたでござるか」

 常日頃、口げんかとなればシロを飼い慣らされた犬、と称していたタマモである。シロにその気がなくとも、飼い慣らされているのはどっちだ、とタマモは言われているような気がした。

「ば、馬鹿にすんじゃないわよ。こんなものっ」

 物欲しそうな顔で見る横島と、呆れたような顔で見るシロへの対抗意識から、タマモは魚にかぶりついた。何のかんのと言って、タマモもまだまだ子供なのである。

「ん、む。結構美味しい」
「素材の味を十分に生かした食事だろ?」
「まんまでござるが」

 シロが取ってきた大量の魚は瞬く間に三人の腹へと消えていった。
 食後、腹ごなしに修行をつけてくれと言いだしたシロに、文句を言いながらも応じる横島。タマモからすると、これは少々意外だった。横島という男は修行などと言う言葉からはほど遠い印象である。

「ふっ、甘いぞタマモ。この横島、楽をするためには努力を惜しまんのだ」

 考えるだけでなく実際言葉にしていたタマモの言葉に、横島は渋さの足りないニヒルな笑みを浮かべる。小首をかしげるタマモをよそに、横島は<栄光の手>を発動する。

「さあシロ、今回も俺が一撃を当てれば次回の散歩は来週だ!」
「応でござる! 今度こそ拙者が五分凌ぎきれば明日から毎朝散歩でござる!」

 馬鹿さ加減にタマモはため息をついた。横島はただ散歩を断ればいいだけだし、シロは一撃を当てるという条件の曖昧さに気付いていない。なるほど、似たもの同士というわけである。

「おりゃあっ!」
「甘いでござる!」

 横島の飛び込みざまの斬撃をシロは簡単に捌く。続く攻撃にシロは霊波刀でかわし、そらす。横島は霊波刀だけでなく時折蹴りなども含めているが、シロは鉄壁の防御でこれを凌ぐ。

「ま、そうよね。いくら横島が腕の立つGSだって、人間と人狼族の能力はかけ離れてるし。あれ、でも横島が前に勝ったみたいなこと言ってたっけ?」
「<サイキック・ソーサー>!」
「なんのっ!」

 近距離での攻略を諦めたのか、横島が飛び退きながら<サイキック・ソーサー>を放つ。しかし、シロは体さばきのみでかわす。動きが完全に見切られていた。

「残り三ぷーん」
「ええい、こうなりゃ前と同じの行くぞっ!」
「望むところでござる!」
「伸びろっ」

 タマモのタイムリミットを告げる声に、横島のかけ声と同時、振りかぶった<栄光の手>が伸びる。直線的な攻撃ではまぐれでも当たることもないだろうとのタマモの感想は覆される。

「<栄光の指>!」

 さらに、貫手の形で伸びていた霊波が横島の手の根本から五本に分かれる。おそらくは閉じていた指を開きそれぞれの指に霊波を纏わせたのだろうが、器用すぎる横島の技に驚きを通り越して呆れるタマモだった。

「その手はもうくわんでござるよ」

 五本の細い霊波刀が不規則無軌道に降りそそぐ中、シロは霊波刀で冷静に捌いていた。一本の霊波刀でも防げるのに出力が弱くなった五本の霊波刀では防御を抜くことは出来ず、シロの動体視力をくぐり抜けることも出来ないようだ。

「あと三〇びょ〜う」
「先生っ! 今日は拙者の勝ちでござるな!」

 嬉しそうに笑うシロに、横島は笑みを返す。

「シロ、勝負は最後までわからないんだぜ」

 横島が掲げていたのは右手。そして今度は左手を構え、

「<栄光の指>っ!」
「なぁっ!?」

 左手からも五本の霊波刀を展開した。突然倍になった霊波刀にシロは面食らう。さらに横島は両手首を合わせて指を開き、シロの全方位を十本の霊波刀で取り囲む。
 横島はにやりと笑い手を閉じた。ほぼ同時に襲い来る霊波刀は、片手でしか霊波刀を展開できないシロには回避不能である。上下左右前方と塞がれ、シロは唯一空いている後方へ全力でバックステップ。
 半ば賭であったが、横島の攻撃はシロに触れることなく、一本の霊波刀へ収束した。

「五、四、三」
「かわしきった、拙者の勝ちでっ!?」

 タマモの秒読みも最終段階、仮に出力が倍になったとしても横島の太刀筋ならばシロは防ぎきる自信があった。防ぎきったと勝利の宣言を叫ぼうとしたシロは後頭部に衝撃を感じ、意識を飛ばした。


 後頭部の痛みとひんやりとした心地よさ、何か暖かいものに身体を埋めている感触にシロは目を覚ました。とはいえ、意識が朦朧としているためすぐに行動に移すことは出来そうにない。

「ヨコシマ、ずいぶんとがんばったじゃない」
「狼とか狐と違って、人間には牙も爪もないからな。狩りをするときは武器と罠を張るもんだ」

 聞こえてきたのは相棒と敬愛する師匠の声。そこでシロは、自分が精霊石のネックレスを外され後頭部に濡れたタオルを置かれていることに、そしてあぐらを掻いた横島の足に寝ころんでいることに気付いた。

「随分上手くいったとは思うけどな」
「シロが猪突猛進だからでしょ。端から見てれば、外れた<サイキック・ソーサー>が後ろで留まってるのなんかすぐにわかるけど」
「こいつ、全力で突っ込んだもんなぁ」

 タマモの言葉でシロは全てを理解した。<サイキック・ソーサー>の投擲からが全て一撃への布石だったのだと。回避されることを前提とした<サイキック・ソーサー>の投擲、<栄光の指>の発動宣言とこちらの行動の操作、そして最後の両手同時展開。
 見事策にはまったわけだが、シロは悔しいと思う前に横島がいつの間に修練を積んだのかの方に興味を持った。
霊波刀の使い手に二刀流の者はシロの知識の中には存在しない。人狼の里では一刀流が主流で二刀流の使い手はいなかった。いったいどのような訓練を積めば可能なのかと、続く言葉を待つ。

「<栄光の手>って両手でもできたのね」
「英語で言うなら<ハンズ・オブ・グローリー>、複数形だろ。言うても俺だって昨夜、そういや明日はシロとの散歩だなー、なんか奥の手用意しておくかーって、試したらできたんだ。やろうと思えば<栄光の足>もできるんじゃねえかな」
「……確かに霊能にはできるって思い込みは必要だけど、真面目に修行してる人が聞いたら怒りそうな理由よね」

そんなに拙者と散歩は嫌でござるか、と起きるタイミングをなくしてしまったシロが、横島の足の上で静かに泣いた。

「そんなにシロとの散歩っていやなの?」
「うんにゃ。散歩する分には構わないんだけど、今日みたいのが続くと洒落にならんわい」
「日が空くから一気に散歩しようとするんじゃないの?」
「……はっ、そうか! だったら毎朝した方が、いや、それでも休日には確実に遠出するな。あ、勢いはもっとましになるか?」

 ぶつぶつ呟く横島、本気で考え込んでいるようだ。
 タマモはシロが起きて会話を聞いていたことに気付きつつも、別にいいかと放置していた。まさか泣き出してしまうとは思わなかったが。
普段からけなし合っている仲だが、それでも泣かせたいなどと思ってはいないので、フォローをいれてみる。

「だったらさ、もうちょっと構ってあげたら? 霊波刀のバリエーションを教えてあげるとか」

タマモの言葉に、シロは耳をぴくつかせる。心中でよく言った、でかした、と喝采を挙げたが、横島の返事は望むものではなかった。

「いや、それはこいつのためにならねえよ」
「む、どうしてよ」

 息を呑む。横島の言葉は、聞きようによっては師弟関係の放棄につながりかねない。しかし、背を撫でる師の手は優しく温かかった。

「俺のやり方は勝ってなんぼだ。武士道重視のシロには合わねえよ。横道にそれないでまっとうな剣術を学んだ方がシロのためになる」
「じゃあ何でシロの師匠やってるのよ。あんたにそのまっとうな剣術を教えられるとは思えないけど」
「ああ、無理だ。最初は霊波刀の作り方を教えたけど、あのころからシロは俺より強かったしな。俺が教えられるのは経験だけだよ」
「経験?」
「俺がシロに勝ってるもんがあるとしたらそれだけだからな。世の中には色んな手を使ってくる奴がいるぞってのを教えてやろうと思ってさ」

 正邪相打てば邪が勝つとはよく言われる。そもそも正統への対抗手段として邪剣が生まれたのだ。しかし、正攻法とは何に対しても有効であるからこそ正である。

「俺は思いつく限りの汚い手をシロに使ってやる。俺に勝てるようになれば、そんじょそこらの汚い手を使う奴には負けんだろ」
「妙な自信ね」
「美神さん直伝だしな。あの人に勝てる奴なんて、それこそそこらにはいないだろうけど」
「あー、納得できるわね、それ。でさ、シロは成長できてるの?」
「勝って得るものより負けから得るものの方が多いんじゃねえか、多分」
「なによ多分て」
「俺は人を教えるのに向いてないんだって。最初の師匠には基本しか教われなかったし、他には死にたくなければ潜在能力を目覚めさせろっつー一発勝負のデッドオアアライブ修行しか経験ねえんだ」

 と言ったところで、思い出したのか震え出す横島。冷や汗まで掻いている。

「とにかく、シロは考え無しで突っ込むところがあるから、心配なんだよ」

 できるかぎりのことはしてやりたいしな、とシロの背を撫でる。その様はいつもタマモが揶揄するペットを慈しむ飼い主のようにしか見えなかったが、からかう気にはなれなかった。

「だけどな、次の散歩は来週だぞ、シロ」
「……くぅ〜ん(気付いておられたでござるか)」
「膝の上でしっぽ振って、狸寝入りに気付かないと思うか?」

 シロはタマモから精霊石のネックレスをかけてもらうと、横島に抱きつき押し倒した。

「狸じゃないもん!」
「どわっ、ちょ、やめ、外はいやーっ!」
「せんせ〜、拙者は嬉しいでござるよ! 先生が拙者のことをそんなに考えてくれていたとは!」

 半ば暴走状態に陥っているシロは、アイスを舐め尽くすかのごとくの勢いで横島を舐め倒した。
 恍惚とした顔のシロと、実はそれほど嫌がってはいない横島の緩んだ顔を見て、タマモは少しいらついた。理由はわからないが、わかったらそれはそれで嫌な感じになりそうだったのでおいておき、ちょっと二人に対して嫌がらせをしてみたくなった。

「ヨコシマ、今度は私とやってみない?」
「あ?」
「何を言うか、タマモ! 先生は拙者の師匠でござるぞ」
「はいはい、とりゃしないわよ」

 詰め寄るシロをなだめ、横島に目を向ける。タマモの急な提案にどう答えようか迷っているようだった。

「何よ、シロは心配して私は心配じゃないの?」
「いや、そういうわけじゃねえけど、俺とやってお前にいいことがあるんか?」
「私だって少しは身体動かした方がいいかなって思っただけよ。狐火最大出力でもあんたなら死なないでしょうし」
「人を化け物扱いするな!」
「あんたとシロにはいい経験になるでしょ。それに、私が勝ったらこれから一週間、お昼はきつねうどん。十分なメリットよ」
「お前は俺の貧困を知ってそういうこと言うのか!」

 吠える横島だが、タマモは馬耳東風とばかりである。文句を言ったところでタマモは意見を変えないだろうと半ば諦めた横島だった。相手が誰であろうと押しには弱い男である。

「ったく、それでお前が勝ったら一週間きつねうどんで、俺が勝ったら?」
「そうね、シロと同じで休みの日だけきつねうどんでいいわ」
「まあそれなら……って俺にメリットねえじゃねえか!」
「ちっ、気付いたか」
「気付かねえわけねえだろうが!」
「何よ、今と変わりないでしょ」
「先生、バシッと女狐に言ってやってくだされ! 俺の弟子はシロだけだと!」
「いや、ちょっと待てよ……そうだよ、俺が散歩断りゃいい話じゃねえか!」

 それぞれがバラバラに言いたいことを言い合っていれば収拾がつかなくなるのはわかりきったことである。
 何とか収拾がついたのは、急いで帰らないと仕事の時間に間に合わないギリギリになってからであった。さすがに横島も土だらけ汗まみれのジャージ姿で仕事に出るわけにはいかない。アパートに戻り、身体を洗い、着替える必要があった。
 横島は泣く泣く、もう一度シロの散歩に付き合うしか手がなかったのである。
 山に男の悲鳴が響き渡る。近くのサービスエリアでは怪奇現象としてGSに相談しようかとの話が出ていたという。


あとがき
 ずいぶんと間が空いてしまいました、感想をくれた方々申し訳ありません、そしてありがとうございます。。
 2ndstepなんですが、ちょっと長くなってしまったので分割投稿です。中々区切りのいいところが見つからず悪戦苦闘しました。
 とりあえず、1ststepでちょっと考えを改めた横島と、彼に関わる女性陣の想い何ぞを書いてみましたが、いかがでしたでしょうか。
 横島に劇的な変化はありません。ただ少し考え方を改めただけです。人間が変化するにはほんのちょっとのきっかけでいい、という考えがこのssの根幹にあります。
 全く事件のこととかに触れていないのですが、これから事件に巻き込まれていきますので、ご期待いただければ幸いです。

>アイク氏
 横島は自分の発言について深く考えていませんw。横島から見たベスパは身内ですからああいう発言が出たんです。ベスパも、ヨコシマと呼んだことから察してください。
 これからも良い味出せるようがんばりますので、よろしくお付き合いくださいませ。

>アミーゴ氏
 完結までは頭に入っているのですが、遅筆のため形にするのがおそくなりそうです。でもがんばります!

>鴨氏
 ああ、そう言っていただけると助かります。説明が冗長じゃないかと思っていたものですから。

>BAN氏
 題名については、むしろ一歩一歩の方があっています。
 少しずつでも前へ、といった感じです。

>鹿苑寺氏
 や、何かものすごく期待されているレスいただきまして恐縮です。
 クオリティは落とさぬよう、遅筆なりにがんばります。

>偽バルタン氏
 二人に共通した、大事な人を亡くしたという境遇が上手く表現できていればいいのですが。
 ご期待にそえるようやっていきます。

ありがとうございました。

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