「あら」
美神は拍子抜けしていた。なぜならそこにいたのが、
「女のコだったの?」
『は、はい……』
おずおずと姿を現したのは、長く艶やかな黒髪を腰の辺りで束ねた、巫女姿の美少女……の、幽霊だった。死人なのに妙に生き生きしてるわね、というのが最初の感想である。
敵意、害意どころか、美神が持つ神通棍に対する恐怖すら感じられない。あるのは迷い、いやむしろ、悩みだろうか。
『話を……聞いていただけませんでしょうか?』
「さっき聞いてあげるって言ったでしょう。聞いてあげるからお話なさいな」
『そ、そうですね。実は……』
美神が構えを解いて腕組みをすると、少女は自らのことを語りだした。
それによると、彼女の名前はキヌ。死んだのは300年前で、この辺りの山を鎮めるために人柱が必要となり自ら進んでその役目を引き受けたのだという。
『普通、人柱となった人は山の神になってその土地に恵みをもたらすものらしいんです。だけど私、才能ないみたいでずっとこのままなんですよ。山に縛られているせいで成仏することもできないし、どうしたらいいのかわからなかったんです』
「あんたの境遇はわかったけど……それと覗きと何の関係があるのよ?」
精神的な頭痛を堪えつつ美神が聞くと、少女はぽかんとした。
「私はね、この宿の主人から『幽霊が出て風呂を覗くから退治してくれ』って依頼されたゴーストスイーパー……つまり、悪霊払い。要するに、あんたを退治するなり何なりするのが仕事なわけ。
……にしても、まさか女の子だとは思わなかったわ。女色趣味なの?」
『へ?』
美神の言葉に少女は一瞬考えこみ……ボッと顔を真っ赤にした。
『ち、違います! 私そんなことしてません!!
だいいち、ここに来たのだって今日が初めてです!!』
「……はい?」
今度は美神がぽかんとする番だった。
「ちょ、ちょっと待って。あなたじゃないの? 本当に?」
『本当です!』
「じゃあ、どうしてここに来たのよ!?」
『それは……お散歩していたら、この宿に妖怪退治屋さんが来てるっていううわさを聞いて。その人ならなんとかしてくださるんじゃないかと』
「……あ、そう……」
お散歩、って。何なんだろうこのほのぼのした幽霊少女は。せっかく楽にカタがつきそうだと思ったのに、勘違いだったなんて。
仕事に全く進展がないことを理解し、美神はげんなりした。
◇◆◇◆◇◆
その頃の横島。
「く、くそぉぉぉぉ……。あの二人はとっくに宿に着いてのんびりしてんだろうなあ……」
まだ歩いていた。その足取りはよたよたとして頼りない。
それでも荷物を投げ出していない点は、認められてしかるべきところだろう。
と。彼はあることに気がついた。
「ん? 今回の仕事先は温泉宿だったよな……。
ってことはひょっとして、今頃美神さん入浴中!?
───急がねばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
横島忠夫、フルスロットル。
死に体だったのが嘘のように、彼はとてつもないスピードでぶっ飛んでいった。
……ぶっ飛びすぎて依頼主の宿を通り過ぎてしまったことに、彼はしばらく気づかなかった。
◇◆◇◆◇◆
『はい、どうぞ』
「ありがと♪」
結局美神は酒盛りを再開していた。その側には、キヌと名乗った少女が浮遊している。美神が言葉巧みに口説いて(別にアヤシイ意味ではない)、酌をしてもらっているのだった。
(幽霊とはいえ、巫女さん侍らせてお酌してもらえるなんてツイてるわー♪)
などと考えて上機嫌だ。自分の言動・思考がかなりオヤジ趣味なことに対しては無自覚なのである。これで仕事さえさっさと片付けばなあ、と美神は思った。
大神の声が聞こえたのは、そんな時だった。
「美神さん、聞こえますかー!」
おキヌがきょとんとする(本人が『おキヌって呼んでください』と言っていた)。
男湯と女湯は少し離れているので、普通にしゃべっている程度では声は届かない。美神はおキヌに助手の存在を教え、心持ち大きな声で返事をした。
「どうしたのー?」
「幽霊捕まえましたよー!」
「あっそー。おめでとー」
それは良かった。じゃあ、さっさと元のまったりした雰囲気に戻しましょうか。美神はそう思い、再びおキヌにお猪口を差し出そうとして、
「……へ?」
動きを止めた。
幽霊を?
捕まえた?
「いやあの、『あっそー』ではなくてですね。早く来ていただけませんか?」
「わ、わかったわ!!」
美神の混乱を余所に普通に呼びかけてくる大神。どういうことなのか困惑しつつも、美神はプロの顔に戻り湯から上がった。
『あのー、私はどうすれば?』
「……ま、いらっしゃいな」
とりあえずおキヌにはそう言っておいて、素早く体の水滴を拭い、浴衣を纏う。
なぜ女湯ではなく男湯に出たのか。
覗き、と聞いてすぐに男だと思ってしまったが、間違っていたのかもしれない。
大神はどうやって幽霊を捕えたのだろうか。
確かに霊的な意味での素質はある。それは間違いない。だが現時点では彼はほぼ一般人並、特に何の力も持っていなかったはずだ。だが、だからといって大神が嘘をついている、あるいは勘違いをしているとは美神は思わなかった。あの少年が当然のように言うのだから、幽霊であることに間違いはないだろう。
一体何がどうなっているのやら。
次々と浮かぶ疑問をとりあえず棚上げにしておいて、美神は男湯へと急いだ。
◇◆◇◆◇◆
「入るわよ」
とりあえずそう言ってから、美神は男湯の浴場の扉を開いた。途端に湿度100%のもわっとした空気が押し寄せてくる。浴衣を着たばかりなのに、いきなり汗をかいてしまいそうだと美神は思った。まったく、浴場に服を着て入るべきではない。
「美神さん」
大神が振り向いた。一度脱衣所まで戻ったのだろう。浴衣姿が、年齢不相応に様になっている。
彼の足元には、防寒具に身を包んだ男が倒れていた。もじゃもじゃと髭を生やしているのが熊に似ている。体格もよさげで、いかにもという感じの山男だった。
「これ?」
「ええ」
「何があったの」
「一発殴ったら気絶したんです」
「……それも気になるけどそうじゃなくて、その前」
「…………」
大神は顔を逸らし、実に嫌そうな顔をして黙り込んだ。いいテンポで交わされていた会話が停止する。
……依頼人の説明を美神と共に受けていたから、大神は幽霊の特徴を知っていたわけだ。だからこそ彼はこの男を見た時幽霊だと判断できたのである。殴って幽霊を昏倒させた辺りが少しどころじゃなく気にかかるが、とりあえずそれは後に回そう。
さて、思い返してみる。今回の幽霊の特徴は……。
「……ひょっとして大神クン、覗かれたの?」
「……………………」
沈黙が、何よりも雄弁に真実を物語っている。
よりによってホモの幽霊か。男の子なのに男に覗かれたのか。
あんまりにもあんまりなので、フォローの言葉も思いつかない美神であった。
『あ、あの〜』
この上なく居心地の悪い雰囲気を打ち破ったのは、おキヌであった。大神が弾かれたように振り返り、目を白黒させる。
「ゆ、幽霊!?」
「や、あんたがぶん殴ったそいつも幽霊なんだけどね」
「た、確かにそうですが……美神さんの方にも?」
『ええと、はじめまして。おキヌっていいます』
「あ、はい、はじめまして。大神一郎です」
ほとんど反射的に挨拶を交わす大神。どうなってるんです? と視線で問う彼に、美神は簡単に説明した。
「……とまあ、そういうことらしいわ」
「はあ……」
ふよふよと鬼火を浮かべ、自身も空中に浮遊する如何にもな感じの幽霊少女を大神は見やる。どこか困ったような、ぎこちない笑みを返してくれた彼女は、よく見ると……否、よく見なくても、ずいぶんと可愛かった。
(……くっ、仕事中だぞ大神一郎!)
浴衣姿、しかも風呂上りという美神だけでもとんでもなく刺激的なのに、それに加えて巫女装束の幽霊が結構な美少女であることを発見してしまった彼は、わりと動揺していた。自らに喝を入れ、精神的に体勢を立て直す。
「それにしても……あなたはまだ霊能には目覚めてなかったはずだけど。
危険にさらされて反射的に霊力が出たのかしら?」
「……さあ? 正直さっぱりわかりません」
危険。確かに危険だったな精神的貞操の。
男の熱い視線を思い出し、大神は改めて身震いした。
───と。
『…………はっ!』
「っ!」
「気づいたみたいね」
大神が反射的に距離をとってしまったのは仕方ないことだろう。
哀れだったので、美神は彼の前に出てやった。
「さて、そこのあんた。何か言い分はある?」
『……? はっ!!
申し訳ないであります! みっともない姿をお見せしてしまいました!
GSの方でありますか!?』
「そうだけど」
しばし呆けていた幽霊(山男風)であったが、美神が軽く霊圧をかけてやると正気を取り戻した。
『よ、よかったであります!
じ、自分は明侍大学ワンダーホーゲル部員であります!
寒いであります! 助けてほしいであります!』
「……さっきのことは丸々無視か、この男……」
『ま、まあまあ』
目の幅涙で美神に訴える幽霊(山男風)を見て、大神は微妙にやさぐれていた。
実害はなかったがわりと深刻に嫌な思いをしたのである。もう一度ぶん殴ってやりたいくらいだが、それをやっては話が進まないし、第一殴れるかどうかも不明だ。結果として彼の鬱屈は溜め込まれるのであった。
同じ幽霊の仕業ということで多少罪悪感を覚えたのか、おキヌがフォローしようとしている。
早くも仲良くなりつつある少年少女(片方は幽霊だが)をちらりと見やってから、美神は先を促した。
「で?」
『自分は仲間とはぐれ、雪に埋もれて死んだのであります。しかし、死体は未だ発見してもらえず、放置されております!』
「ふーん、遭難者か。
つまり、死体を見つけてあげればちゃんと成仏するってわけね?」
『そのつもりであります!』
「そうねえ……」
美神は顎に手を当てた。
正直なところ、彼の願いを聞く必要はない。お札で吸引して燃やせばそれまでだ。
だが霊具の類はたいてい高価で、吸引符もその例外ではない。条件付とはいえ自ら成仏すると言っている幽霊相手に使うのはいささかもったいない。
それに、ここまで人格を残した幽霊を問答無用で除霊するのは流石に気が引けた。
(でも面倒よね)
乱暴な方向に思考が向かう。───やっぱ強制的に除霊するか?
と、その時、
「美ー神さーーーーーんっ!!」
この場にいなかったもう一人の事務所メンバーが、怒涛の勢いで飛び込んできた!
「幽霊だかなんだか知りませんがこの横島、美神さんを守るためなら喜んで盾となりましょう! ってことでおっじゃまっしま───」
飛び込んできて、その場の光景に硬直する。
完全にぶち壊されたこの場の空気は、100%に達した湿度にもかかわらず徹底的に乾いていた。
束の間の静寂の後、横島が騒ぎ出す。
「って、なんで浴衣着てるんすかぁぁぁぁあっ!! サギだ! 俺の期待を返せーーーーーーっ!!」
「黙れこのバカ!」
げしぃっ
「ちくしょう……ちくしょう……っ!」
「……ちゃんと【男湯】って書いたのれんがあったはずなんだが……何を勘違いしたんだ君は?」
吹っ飛ばされた横島を特に気にかけるでもなく、大神は首をひねった。
横島の美女レーダーが男湯にいる美神を捉えていたため、そんなのれんなんぞ見ずに爆走してきた───なんてことは、彼の想像力を超えていたのである。当たり前だが。
横島は男泣きに泣き、新たなる怪人物の登場におキヌとワンゲル男は盛大に顔を引きつらせていた。
……幽霊にヒかれる一般人、横島忠夫。
◇◆◇◆◇◆
「ふーん……よし、こうしましょう。
横島クン、あんたがコイツの身体、探しに行きなさい!」
「はあ?」
要領を得ない横島。さっきの場にいなかったのだから当たり前だ。
美神が説明してやると、彼はパニックに陥った。
「ちょ、俺今着い、ってかこの山まだ雪が残って、」
「大神クンはちゃんと仕事したもの。あんただけサボるつもり? 言い訳は聞かないわよ」
「……美神さん、いくらなんでもそれはどうかと───」
「ちゃんとやり遂げたらキスしてあげる」
「この横島、全身全霊をかけて任務を達成してみせましょう!!!!」
……助け舟を入れようとしていた大神は、横島の変わり身の早さに思わず目眩を覚えた。
こうして死体探しトレッキングの実行が決まった。
メンバーは横島、ワンゲル男、そして生身の人間を赴かせることを心配して自ら志願したおキヌの三名である。
なるほど、もし横島が動けないような事態になった場合、ワンゲルとおキヌのどちらかが残り、どちらかが知らせに来るという形をとることができる。おキヌちゃんっていい子だなあ、と大神は思った。
ちなみに。
横島の身を(性的な意味でも)心配した大神であったが、美神曰く、
「大神クンが好みなら、横島クンじゃ食指が動かないでしょ」。
クスクス笑いながら言われた彼は、聞くんじゃなかったと後悔した。
【作者より】
お待たせしました。第一話その2投稿です。
その1が2ページ目にいくまでになんとかしたかったんだけどなあ。新歓担当の忙しさを舐めておりました。
これまで読む方に時間をかけすぎていたので、これからは書く方に力を入れようと思います。
【レス返し】
>Februaryさま
オモチャとドレイは果たしてどちらが幸せなんでしょうか。検討に値する命題ですね(笑)
しっかし、本当に眼鏡キャラいないなあ。万が一オリキャラが必要になったら眼鏡キャラにするのもいいかもしれません。
感想ありがとうございました!
>文月さま
原作でも実はこの程度には評価しつつ、ドレイとしてこき使ってたのではないかと推察している真田です。あまり同意してくれる人はいないでしょうけど(苦笑)
あれ、椎名先生って眼鏡っ娘は好きじゃないんですか? ふーむ、あまりにも記号的な萌えはイヤだ、とかそういうことなんでしょうかね?
感想ありがとうございました!