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▽レス始

「少女の知らない両親のはなし(GS)」

いりあす (2007-02-10 02:16/2007-02-12 13:37)
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――作者註――

 このお話は、だいぶ前にいりあすが書いたSSを土台にしています……が、別に前作を無理に読まなくてもさほど問題はありません……たぶん。
 あと本編は原作の連載終了後の1年後ぐらいの話という事で、2000年ぐらいを意識して書いています。ですから、中途半端にその時代を考証してありますのでご了承下さい。


 《横島忠夫のクラスメート・愛子の証言》

 最近、クラスでコソコソと囁かれている噂……って言うより、公然の秘密って言った方がいいのかしら?
 これを聞いた男子は揃いもそろっていきり立ち、女子は女子で“え〜!?”“うっそ〜!?”“やだ〜!?”な〜んて、一昔前のギャル用語(こういう名詞も我ながら古いと思うけどね)を乱発する始末。驚いたことに、いつもつるんでるはずのピートくんやタイガーくんまでひっくり返っていたから、相当意外性の高い情報だったらしいわね。
 その噂っていうのが、ズバリ“横島くんに彼女ができた”って事。いえね、ここまではまだ何となく納得できるのよ。横島くんって、あれで女の子に縁あるし。問題はその続き、“ただし、それはおキヌちゃんでもシロちゃんでもタマモちゃんでも小鳩ちゃんでも、いつかの魔族の女の子でも、ましてや美神さんでもない”……って事。じゃあ一体、その彼女って誰なんだって疑惑の渦なのよね。

 ……私? それも違うのよ。って言うかね、最初に“横島くんの彼女”の存在に気がついたのは、隣の席だった私だったのよ。

 とにかく、お弁当が変わったのが最初の兆候だったわ。その日のお弁当がね……いつもは購買のアンパンとかパン屋で買った食パンの耳とかケーキ屋で買ったケーキの切れっ端とかで、時々おキヌちゃんのお手製のお弁当じゃない? それで、その日のお弁当の内容って言うのが、タイガーくんのドカ弁みたいな大きなお弁当箱に、三色のそぼろご飯がギッシリ! 明らかにおキヌちゃんのお弁当とは、作りが違うのよ……なんて言うのかな、カンタン、ゴーカイって感じで。しかも横島くんがそのお弁当を、
『何だよアイツ、恩着せがましく押しつけたクセに大ざっぱな弁当やな〜……』
 って小声でブツブツ言いながら食べてるのを見ちゃったし、聞いちゃったのよ! こ、これは間違いなく“彼女”にもらったお弁当に対するセリフでしょ!? それも、何だか痴話ゲンカっぽいし! 何、なに? 私の知らないところで、横島くんはどんな青春を繰り広げてるの〜〜〜!?……って内心絶叫したわね。その後も、そういうタイプのお弁当をちょくちょく食べるようになったのよね、横島くん。

 ………で、最近目撃情報があったのよ。横島くんとおキヌちゃんと、知らない女の子が三人で連れ立って歩いているのを見た、って。
 つまり、“横島くんの彼女”って、おキヌちゃんの関係者なのかな? おキヌちゃんのクラスメート……考えにくいわね。おキヌちゃんの友達が横島くんに好意を……まではいいけど、おキヌちゃんを交えて、っていうのは変だもの。そうすると、お姉さんとか妹さんとか……って、元幽霊のおキヌちゃんに姉妹がいるとは考えられないし………う〜〜ん………


   『少女の知らない両親のはなし』 Written by いりあす


 《横島忠夫の隣人・花戸小鳩による談話》

 直接お話しした事は無いんですけど……時々見かける事はありますね。何となく横島さんと似たような感じのヘアスタイルをした、健康そうな人ですよ。
 でもお付き合いしているという割には、しょっちゅうケンカばかりしているみたいですよ。壁越しにですけど、言い争うような声がよく聞こえてきますから。ええ、私がアルバイトに出かけている間家で留守番してくれる母や貧ちゃんによると、“部屋が汚い”とか“往来の真ん中で人を引っぱたくな”とか……まあ、痴話ゲンカなのかも知れませんけど。

 おキヌちゃんの知り合いというのは、確かですよ。二人そろって横島さんの家を訪ねるところ、何度か見てますから。年も近いですから、お姉さんじゃないかなって思うんですけど……
 幽霊に姉妹がいるか、って? でもおキヌちゃんの苗字って“氷室”さんでしょう? “美神”さんでも“横島”さんでもないって事は、“氷室”さんの家の養子か何かになった、って事だと思うんですよ。だから、その氷室さんの家の女の子じゃないかなあって。あくまでも、私の推測ですけど。


 (以下オフレコの、小鳩の独白)

 ケンカはしょっちゅうしてるみたいだけど、仲はいいみたいなんですよね……特に、真夜中なんかは特に、ええと、そのう……とても仲がいいと言うか…………
 ああもうっ! なんで私達がこんなに気を使わなきゃいけないんですかっ! それで次の日の朝になると、またいつものように大騒ぎしてるし! 聞こえてくるこっちの方が、ストレスと欲求がダブルでたまっちゃうじゃないですか?


 ふぅ…………
 ………でも横島さん、生き生きとしてるんですよね。いつか魔族の事件が終わってからこっち、時々元気が無いみたいでしたから。普段は何ともないんですけど、時々壁の向こうが痛いぐらいに静かに感じられて………何となく分かるんです、横島さんが落ち込んでるって。
 あのルシオラさんって人の事で何かあったんだとは思いますけど、皆さん言い出しにくいのかその事には誰も触れたがらないみたいですし、私も事情を詳しい知らないから言葉のかけようがなくって……

 多分あの人みたいな、言いたい事・言うべき事をハッキリ言葉にできる人が、横島さんの気持ちを動かす事ができたんだろうな、って思うんです。私が横島さんの隣にいられないのは残念だけど……おキヌちゃんのお姉さんのおかげで横島さんが正真正銘以前の……ううん、これまで以上の元気を手に入れる事ができたのなら、その事は素直に喜ぶべきなんでしょうね。


 《美神除霊事務所の同僚兼氷室早苗の義妹・氷室キヌは語る》

 金曜日の午後。学校帰りの通学路はいつもより一駅手前で降りて、商店街を歩きながら帰るのが習慣――だって、週末は仕事も多いし横島さんも必ず来るし、食材は多めに用意しておかないと。
 ……まあ、最近は横島さん、時々お姉ちゃんとお食事してるみたいだけど。


 そんなこんなで、特売日のスーパーを目指して歩いていると。
「あれ? お姉ちゃん?」
 ゲームセンターの入り口近くでゲーム機と向かい合っているお姉ちゃんを発見。やっぱり珍しいんだろうなあ、アーケードゲームなんて人骨温泉のホテルぐらいでしか見た事無かったんだろうし(私は横島さんと美神さんに連れられて東京に来て結構たつから、そんなに目新しいってものでもないんですけど)。

「う゛〜〜〜っ、簡単そうに見えて難しいもんだべなぁ〜〜……取れそうで取れないようなゲームなんでねえか、これ?」
 あ、クレーンゲームにかじりついてる。それも、なかなかお目当ての物が取れないみたいでイライラしてるみたい。
「取れなくて困ってるの?」
「う゛〜〜ん、やっぱりわたすがヘタだからなんかな……って!? お、おキヌちゃん……」
 声をかけられて初めて気がついたみたい、ビックリしてる。
「難しいでしょう? 私もやった事あるんだけど、なかなか取れなくって」
「う〜〜ん……よーく角度とか計算しないとダメなんだべか?」
「どうなのかな? お姉ちゃんが取りたいのって、どのぬいぐるみ?」
「ほら、そこにある『踊るGS・ザ・ムービー』の横山GS」
 お姉ちゃんが指差したのは、いつか事務所に取材に来た近畿剛一クンを可愛くしたぬいぐるみ。あの近畿クンって、横島さんの昔の友達なんだよね。でも、これはお姉ちゃんには内緒にしておこうっと。

「いくつかクレーンゲームを見てたら何となく一つ欲しくなったもんで、チャレンジしてみたんだけども……見た目によらず難しいもんだべなあ」
 いくつか並んでいるクレーンゲームの筐体を見回しながら、お姉ちゃんはため息をつく。お姉ちゃんを真似するように、私も筐体を見回してみた。
「それで、いくら使っちゃったの?」
「………2000円」
 うわっ、20回も失敗しちゃったんだ……ムキになっちゃったんだろうなあ、お姉ちゃんも。
「と言って、ここで諦めたらお金の使い損になってしまうし。で、困ってるんだ」
「ん〜……確かに、それだけ使って一個も取れないのはくやしいし……」
 これって、ギャンブルにハマってスッテンテンになった美神さんの二の舞じゃないかと、ふと思ったその時。

「あれ? おキヌちゃんに早苗ちゃん、何してんの?」
「わあっ!?」「きゃっ!?」
 ガラスケースとにらめっこしているところへ後ろから声をかけられたもんだから、二人そろって飛び上がっちゃった。
「横島さん!」「よよよ、横島っ!?」
 振り返った先にいたのは、学生服にカバン姿の横島さんでした。私以上に、お姉ちゃんの方が驚いてる……つきあい始めて1ヶ月ぐらいたってるのに、まだ急に呼ばれるとビックリするみたい。
「ななな、なんであんたこそここにいるんだべか!?」
「ああ、ちょっと寄ってみたら二人がいたもんで。ん? どれどれ、クレーンゲーム? どれ狙ってんの?」
 私達の間にヒョイと割り込んで、筐体の中をのぞき込む横島さん。その前にお姉ちゃんに気の利いた事の一つも言えばいいのに……って、何言ってんだろ私。
「え、あ、その、ええと……」
「ほら、あの“横山GS”なんですけど。なかなか取れないんですよ〜」
「……ああ、アレ? こりゃちょっと、取りづらい場所にあるな〜。それにしても、こんなのにまでなってんのかよ銀ちゃんの奴
 あ、そうか。横島さん、クレーンゲームは得意でしたっけ。

「オーケー、そんじゃ久しぶりにやってみますか。ええと、500円500円……あった」
 500円玉を取り出してチャリンと投入する横島さん。500円玉だと、6回チャレンジできるからお得なんですね。

 ぱらっぱらっぱ〜、ぱ〜らっぱ〜♪

 電子音のファンファーレと共に、ゲーム機がチカチカと光り出す。横島さんは景品のぬいぐるみをじっと眺めながら、注意深くボタンを操作する。クレーンはスルスルと動いて、近畿クンのぬいぐるみ……の隣のぬいぐるみを綺麗にキャッチした。
「あ、横島! それじゃなくって、その隣だべ!?」
「いや、これでいーの」
 そして、お目当てではないぬいぐるみが取り出し口に落ちてくる。横島さんはそれを無造作に操作パネルの隣にポンと置いて、すぐさま2回目のゲームを始めた。
「だから、それじゃ……」
 これまたお姉ちゃんの抗議を聞き流して、横島さんはさっきとは反対側のぬいぐるみを捕まえた。
「こーゆーゲームってさ、欲しいものを無理して取ろうとするとスるもんなんだよな。だから、まずはその周りの物を取っていって、お目当ての物を取れるように仕向けていくってワケ」
「そ……そういうモノだったんだべか?」
「もっとも時間制限があるから、素早く、的確に見極めないといけねーんだよな。これって結構、除霊の時の咄嗟の判断力とか一目見ての計算とかを鍛えるのにいい……って、どこかの教養バラエティ番組で言ってた」
「どこかって……」
 教養バラエティ番組の豆知識は大げさに言ってる事があるから、何でもかんでも鵜呑みにしない方がいい……って、美神さんは前に言ってたんだけどな。多分、横島さんも本気で信じてるわけじゃないんだろうけど。

 なんて事を言っているうちに、6回目で近畿クンのぬいぐるみが取り出し口にカタンと落ちてきました。さすが横島さん、6回で4個も取っちゃいましたよ。
「ほれ、お目当ての景品」
 そう言いながら無造作に“横山GS”を手に取った横島さんは、それをヒョイと差し出しました―――お姉ちゃんの目の前に。
「え゛? あ、いや、その、それはだな」
「いや、こ〜ゆ〜の欲しがりそうなのは、どう考えてもおキヌちゃんよりお前の方だろ」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜………」
 わあ、お姉ちゃん耳まで真っ赤になってる。ちょっとだけいいムードになったこの二人……と、思ったら。

「………だぁぁ、チクショー、チクショー! そんなに近畿剛一がええんか、銀ちゃんがええのんか〜〜っ!? 女という生き物は、所詮近くの十人並みより遠くの美形の方がええっちゅーんかっ!?」
「「だああっ!?」」
 いきなりわめきだす横島さんに、二人そろってコケてしまった。
「俺と銀ちゃんの関係は、どこまでもこーなる宿命だとゆーのか!? 俺の周りにいる女の子は、一人残らずアイツに吸い寄せられてしまうんかーっ!?」
「アホかーっ!!」

 どげしっ!!「ブルバキューン!!」

 あ〜あ、やっちゃった……みんなが見てるのに、グーで……
「何を人聞きの悪い事言ってるんだべか!? 勝手に人のする事さ邪推するでねえ! わたすが、あんたを、ほっぽり出して、他の男のところへ、行くだなんて、どこをどう勘違いしたらそういう結論さ出るんだ!!? わたすとあんたの間は、そーゆー浅薄な仲でねえだろ!」
 しかも尻餅ついた横島さんの前で、腰に手を当てて高らかに宣言しちゃってる。うわあ、うわあ……

(ざわざわ……)(おお、凄い痴話ゲンカだ……)(しかも、彼氏一筋だって断言してるみたいなもんだし……)(ヒソヒソ……)

「「………あ゛」」
 横島さんもお姉ちゃんも、野次馬のみんなまで赤くなっちゃってますね……あ、よく見るとご近所の浮遊霊の皆さんまで面白そうな顔で見てる。

「……だから、その、何だ……あ〜……」
「ああ、うん……悪い。我ながら、悪い病気だとは思ってんだ……けどな」
「はい、それじゃあ仲直りしたところで」
 しどろもどろになっている二人の間を取り持ちながら、横島さんを立たせる。こうしないと、二人ともカチコチになったままさらし者になっちゃうからね。
「横島さんもお姉ちゃんも、そろそろ本題に入りましょうよ」
「……んだな」
「そうするか。おキヌちゃん、美神さんに電話頼むよ」
「はいっ」 
 横島さんはサイフから一万円札(最近、横島さんはある程度のお金を持ち歩くようになった。たぶん、デート資金だろう)を取り出してこの場を離れ、お姉ちゃんがショルダーバッグを開け、そして私が携帯電話を取り出して美神さんに連絡を入れる。

 ――で、数分後。横島さんが500円玉をたくさん持って戻ってきて、さっきのクレーンゲームの隣の台にコインを入れた。
「………まずは、この辺りから、っと」

 ♪ピロリラ〜ッ ピロリロリラリロッ♪

 取りやすそうな位置にあるらしい女子大生風のぬいぐるみをまずは横島さんの動かすクレーンがつかみ、持ち上げる。そのまま取り出し口に落とされたぬいぐるみは……

 ボシュゥゥッ!

「え……ここは………!?」
「あ、やっぱり……」
「そうだったんですね……」
「ま、そ〜ゆ〜類のゲーム機だとは思ってただ……」
 ……本物の女の人になって外へ出てきました。さっきまでは知らん顔で様子を見てましたけど、これって横島さんが以前に美神さん達を助け出した“呪いのクレーンゲーム”です。
『ヘイ、ヘイ、ヘイ! また会ったね兄さん!』
 一番てっぺんの看板に浮き上がったデスマスクのような顔も、一年前とおんなじです。
「テメー、またこの界隈に舞い戻ってやがったのか!? 今度こそ綺麗サッパリ退治してやる!」
「そうですっ! あの後私も横島さんも、あなたを逃がしちゃったせいで美神さんから叱られたんですからっ!」
『退治できるんならしてくれて構わないんですぜ! ただし、今あっしを祓ったら人形は一生人形のままだぜ、ヘイ!』
「たりめーだ、全員助け出したら次はテメーだからな! 数はこの前の3分の1程度だから、サクサクやればまー2時間ってところだな」
 そう言いながら、横島さんは今度は取れるものから順々に取っていきます……次に取ったのは、何だかヘンテコな姿の怪獣……あ、でもこの怪獣のぬいぐるみって……

『シギャ――――ッ!!』
「「「キャ――!?」」」「「「「わ゛――――っ!!」」」」
 あ、やっぱり。後ろで見ていたみんながビックリしてる――って、見ている場合じゃない!
「こんな人混みの中で……暴れるでねえっ!!」
『ギィッ!!??』

 でも私や横島さんより素早く、お姉ちゃんが怪獣に破魔札を叩きつけて除霊していた。
「変なのはわたすとおキヌちゃんと何とかするべ! 横島はゲームに集中さしてけろ!」
「すまん、危ない時は言ってくれ! 文珠でも何でも用意するからな」
 横島さんはクレーンの操作に集中していて、お姉ちゃんの方向を振り向きもしない。これって薄情なように見えるけど、本当はお姉ちゃんの事を信用してるからなんだろうな。

「ところで……あのケースの中の怪獣って、どこから連れてきてどうやって中に入れたんでしょうか? 低級霊さんを無理矢理吸い込んで、一塊にしたりしたんでしょうか?」
「お、おキヌちゃん、何をピントのずれた心配をしてるだ……?」


 ―――1時間30分経過。
『ヘイヘイ、さすがだね〜兄さん! でもどーする? 後がもうないんじゃねーのかい?』
「うるせーな。気が散るだろ」
 下ろされたクレーンが、またギリギリのところで空を切ってしまいました。残ったぬいぐるみはたった一つ……なんだけど。
「どーするんだべ? あの子、クレーンの届かない場所にいるでねえか!」
「ンな事は分かってんだ! 前の時も、美神さんが死角に入っちまったんだ……」
 最後に残った小学生の女の子らしいぬいぐるみは、ケースの隅っこに落っこちてしまってクレーンが届かなくなっちゃってる。一年前にああいう場所に取り残された美神さんは、ど根性でヒモを動かす事でクレーンに引っかける事ができたけど……
「霊力のない普通の女の子じゃ、自力で動くなんてできねーよなあ……さて、どーしたもんか」
「台を揺すったり傾けたりして、あの子を真ん中の方に移動させられないんだべか?」
「そりゃダメだ。揺すったりすると安全装置が働いて機械が止まる事があるし、大体インチキって事で即座に中に引きずり込まれる」
『そーゆー事だぜ、田舎モンのねーちゃん! 外の人間がマシンに直接細工しようとしたら、即座に人形だぜ! ヘイ、ヘイッ!』
 助け出された被害者の皆さんやいつの間にやら集まってきていた野次馬の皆さんも、固唾を呑んで私たち3人を見ているのが分かります。でも…まずいなあ、チャンスはあと1回。これで失敗したら、今度は横島さんが人形になっちゃう。
「あ、そうだ! 私が最後の一回をやってみます! そうすれば、人形になるのは私の方で、横島さんにまたチャンスが……」
『そりゃダメだぜ! 6回のチャレンジで全部失敗したら、その6回に挑んだ全員が人形だぜ!』
「あ、あう……」
「……ま、なるよーになるだろ」
 けど、横島さんは案外涼しい顔で。
「早苗ちゃん、それにおキヌちゃん」
 それどころか、両脇の私たちを落ち着けるように笑ってくれるんです。
「俺がラストチャンスでしくじったら、後の事頼むぜ!」
 そう言いながら、ラストゲームを始めたんです! ギリギリまでクレーンを移動させ、何とか人形に引っかかるところまで幅寄せして、そしてクレーンを降ろす―――

 ――――すかっ。

「「!」」
 次の瞬間、クレーンゲームが光を放ち――収まった時には横島さんの姿は筐体の前になくて、代わりにケースの中に横島さんそっくりのぬいぐるみが転がっていました。
「横島―――!」
「よ、横島さん――!?」
『ヘイ、ヘイ、ヘイッ! 残念だったねぇ、この勝負あっしの勝ちだぜっ?』
 言葉もない私とお姉ちゃんの前で、呪いのクレーンゲームが心底嬉しそうに顔をゆがめています。
「こ、今度はわたすだ! 見てろ、絶対二人とも取り返してやるからな!」
 その不気味な顔を睨みつけながら、お姉ちゃんが500円玉を片手にパネルの前に進み出ました。
『ヘイ、ねーちゃん! 下手くそなクセに大きく出たねえ! ねーちゃんが2000円使って24回チャレンジしたのにカスリもしなかった様子は、ちゃーんと見させてもらってるんだぜ!』
「そだら事は、やってみないと分からないのと違うけ!?」
 そしてお姉ちゃんは何の躊躇いもなくコインを投入して、操作スイッチに手を――


 にっこり。×2


 むくっ☆

『………え゛?』

 と同時にぬいぐるみの横島さんがヒョコッと立ち上がった次の瞬間、クレーンゲームの声が引きつりました。

 とてとて ひょい とてとて☆

 そして横島さんはケースの隅っこにいたぬいぐるみの女の子のところに歩み寄って器用に抱き上げ――

 がしっ。

 そして、二人一緒にクレーンのアームの中に滑り込んでしまいました。クレーンはそのまま二人を持ち上げて、取り出し口へ落っことし……
「はい、これで全員救出ッ、と」
「ふぇ……助かりましたあ……」
 横島さんと小学生の女の子が、無事に外に出てきました。あ、そう言えばこの子、2ヶ月ほど前に行方不明のニュースがテレビで取り上げられてたっけ。

『な、な、なんだそりゃ!? ズ、ズルイぞぉっ!?』
「外からはなーんにもしてねーぞ。ま、自力で動ける人形なんて中に入れちまったお前の負けって事」
 そう言いながらニヤリと笑った横島さん、ポケットから“動”と書かれた文珠を取り出しました。
「あの時は文珠を使えなかったから、こーゆー方法は使えなかったけどな。さて、これでゲーム機の中はカラッポだ」
「ま、そういうこった」
「そうですね」
『ひ……』
 呪いの顔が笑いから泣き顔に変わりかけましたけど、今さら泣き落としが通じるでもなく。

「「「極楽に行かせて(やるぜ)(やるだ)(あげます)!!!」」」
『プロお断りィィィィィッ!!??』

 こうして呪いのクレーンゲームとの因縁に、無事決着がついたのでした。


「けどな、文珠が作動しなかったらどうするつもりだったんだべか? 危ない橋を渡るのも大概にした方がええぞ?」
「しょーがねーだろ? アイツはその気になったら一人で逃げ出す事だってあるんだ。手間の掛かる方法を探してたら、その隙に逃げられちまってたかも知れねーし」
「でも、見てる方も結構心臓に悪かったんですよ? 作戦を口に出すのはまずかったって分かりますけど」
 なんて事を言いながら、帰り道を急ぐ私たち3人。ゲームセンター側への説明や助け出された人達へのアフターケアを済ませたら、日はとっぷりと沈んでいました。
「あ〜〜あ、今夜の除霊は俺とおキヌちゃん抜きか〜〜……おキヌちゃんはともかく、俺は美神さんにしこたま叱られるんやろーなぁ」
「呪いのクレーンゲームを見かけたから除霊するって連絡したんだろ? それでも怒られるんけ?」
「怒られるんだよ。まあ今夜の除霊は3人でも充分何とかなるレベルらしいから、二、三発殴られるぐらいで済むとは思うけどな」
「大丈夫ですよ横島さん、美神さんだってあのクレーンゲームには借りがあるんですから。それに、いざとなったらそのお礼を見せれば機嫌も治りますよ」
 横島さんの手には、それなりに厚みのある封筒やのし袋がいくつか。お店や被害者の皆さん、それと警察(行方不明事件をいくつか解決したからだそうです)から受け取った金一封を集めると、それなりの金額になるみたいです。美神さんのことだから、“安い!”って怒るかも知れないけど………

「悪いね、二人とも。こんな事に付き合わせちゃってさ」
「別にいいですよ。これも立派なGSのお仕事ですから」
「んだな。手間は取ったけど、終わってみればけっこう楽しかったし」
 そんな事を言い合いながら、スーパーマーケットの前で横島さんが立ち止まりました。
「じゃ、俺はこれから美神さんの現場へ行ってくる。おキヌちゃんは、事務所で晩御飯――ってか、夜食でも作って待っててくれよ」
「はいっ」
「気をつけるんだべ? さっきの除霊で、文珠とかいくつか使ったんだろ」
「サンキュ。あ、そうそう早苗ちゃん」
 カバンをゴソゴソとまさぐる横島さん。ややあって取り出したのは―――最初に横島さんが近畿クンのぬいぐるみを取った時に、一緒に取る事になった3つのぬいぐるみでした。
「俺が持ってても何の役にも立たないからな。捨てるなり人にあげるなり、好きにしてくれ」
「う、うん……」
 そう言って、横島さんはその3つのあまり大事ではないぬいぐるみをお姉ちゃんに手渡しました。
「そんじゃ!」
 で、横島さんはそのまま走り去っていったのです。


「う〜〜ん……」
 横島さんを見送ってから、お姉ちゃんは受け取った3つのぬいぐるみをまじまじと眺めています。
「お姉ちゃん、どうするの? その人形」
「ん〜……そうだな」
 少し考えてからお姉ちゃんはカバンを開け、さっきの近畿クンのぬいぐるみを取り出しました。
「これ、おキヌちゃんにあげる。さすがに4つは多すぎるもんな」
 そして横島さんにもらった3つをカバンにしまって、近畿クンの方を私に押しつけたのです。
「いいの? せっかく横島さんに取ってもらったのに」
「ん〜……ホントの事言うとだな、別にそんなに欲しいってわけでもなかっただよ。ただどうしても取れないんで、ちょっとムキになってただけなんだ」
 ほっぺをポリポリ掻きながら、バツが悪そうに苦笑いするお姉ちゃん。
「ほ、ほら、早いとこ買い物を済ましてしまうべ! 夜食作るの、わたすも手伝うから」
「あ、ちょっとお姉ちゃん、押さないで……」
 お姉ちゃんに押される形で、私はスーパーの中に入っていきました。


 でも、お姉ちゃんの気持ちもちょっと分かるかな。
 近畿クンの人形は横島さんに代わりに取ってもらった物だけど、あとの3つは純粋なプレゼントだもん。そっちの方を大事に取っておきたいって思っちゃうんだろうなあ。

 相変わらずケンカはしてるけど、二人とも仲がいいよね。お姉ちゃんも横島さんも、楽しそうだもん。横島さんの隣にいるのが私じゃないのは少し残念だけど、お姉ちゃんが元気づけてくれるおかげで横島さんもすっかり元気になったし……二人がうまくやってて、それで二人が幸せなら………それでもいいかな。


 《美神除霊事務所の同僚・犬塚シロの視点》

 土曜日の朝は、二週に一度は先生とのサンポの日! これは拙者にとって、絶対欠かせぬ習慣でござる! なぜ二週に一度かというと、先生の高校は土曜日は休んだり休まなかったりするからでござれば、仕方のない事なので……拙者も、先生の学校に通ってみたいなあ、と秘かに思案している今日この頃でござる。


 さて、朝7時にアパートにたどり着いた時、階段脇の洗濯機で洗い物をしている先生を見つけたでござる。
「先生、おはようございまする! 今日はずいぶんと早いでござるな」
「ようシロ、悪いけどちょっと待ってろよ? 散歩は洗濯が終わってからな」
 ちなみに、先生の傍らには普段着の入った籠……どうやら、服と下着類は別々に洗っているようでござるな。無頓着そうに見えて、意外にきれい好きなのでござろうか?
「白い物と色物を一緒くたに洗うと色が移るっつーからな。洗剤ぐらいならそんな高いモンでもねーし、あんまり洗濯しないでためておくとカビるもんでな」
「……と、おキヌ殿の姉上に言われたのでござるな」
「な゛!?」
 あ〜あ、洗濯籠を蹴倒して……これから洗う分だったのが、不幸中の幸いでござるな。
「やはりそうでござったか。ダメでござるよ先生、拙者は里で白地と藍染めを一緒に洗おうとしてマダラ模様になってしまった襦袢や褌、あるいは長い間放っておいて腐ってしまった下着などを何度か見ているでござる。先生の“しゃつ”や“ぶりーふ”がその様になってしまったら、同道されるおキヌ殿の姉上とて気になるでござろうからな」
「ブリーフって決めつけるな! 柄物のトランクスだって履いてる!」
「で、日頃それを一緒くたにして洗濯していたのでござろう?」

 ………答えに詰まったようでござるな。まあ先生の事だから、元々はその辺り意識していたとは到底思えませんからな。
「……ま、ともあれだ。洗濯が終わるまで、テレビでも見て待ってろ」
「承知したでござる」
 洗濯が終わるまで、先生の部屋でテレビを見る事にするでござる。先生はさほど興味を持たれぬようでござるが、朝のニュースというのはなかなか見ていて飽きないものでござるよ。


 そんなこんなでしばらく時間を潰しているうちに、洗い終わった洗濯物を抱えて先生が戻ってこられ、窓の外で吊しに掛かり始めたのでござるが――そこへ近づく一つの足音。その足音は先生の部屋の前に来たところで、無遠慮にドアを開けたのでござる。
「お、珍しく朝早くから洗濯してるだか? うん、感心感心」
「なーにが、感心感心じゃ! ノックぐらいしろよ! 何の遠慮もなしに玄関を開けるんじゃねー!」
「別にええでないか。いきなり開けられてオタつくのは、後ろめたいところがあるからだべ」
 先生の苦情などどこ吹く風で、早苗どのはビニール袋を片手に上がり込んだのでござる。
「朝ごはん、まだなんだろ? 昨日の残り物でよかったら、食べるけ?」
「……いやちょっと待て、その前にシロとひとっ走りしてくる。食前の運動だ」
 そう言いながら、先生は洗濯物を部屋の隅の物干し台に引っかけ終えたでござる。
「オーケー、行ってこい。どーせシロちゃんの散歩なんて、食事の後に行ったらえらい事になっちまうしな? 戻ってくるまで、テレビでも見て時間さつぶしてるから」
 う゛…………朝餉の前のサンポ、しかも早苗どのが待っておられるとなると、あまり長丁場にはできぬでござるな……さすがおキヌ殿の姉上、そのあたりの計算もしっかりしている様でござる。
「そいじゃ、ちょっとその辺を流してくるな。ほれシロ、行くぞ?」
「りょーかいでござるっ!!」
 まあ、追い返されないのはお二人の厚意には違いござらぬゆえ、ここは短距離を思いっきり走る事で満足させてもらう事にいたそう。こうして拙者と先生は早苗どのに見送られて、意気揚々とサンポに出立した次第でござる。


「いや〜、今日は車や信号にさしたるジャマもされない、いいサンポでござったな〜〜♪」
「お、俺は最近、競輪の選手にでもなった方がいいように思えてきた……」
 4、5里ばかり思いっきり駆け回ってから二人そろって意気揚々と戻ってきたのは1時間足らずの後でござった。しかし先生は自転車だったのに息が荒いでござるな……運動不足でござろうか?
「たっだいま〜でござる!」
「ここはお前の家じゃねーだろ!?」
 何やら堅い事を先生は申しておられるが、先生の家は拙者の家も同然でござる!
「ああ、お帰り〜。朝ごはんできてるけど、シロちゃんも食べていくだろ?」
 ……もっとも、こうして朝餉の膳を並べている早苗どのの前では、若干気が引ける事もあるのでござるが。
「食ってけよシロ。こいつのメシは二、三食分まとめて作るから、中途半端に余るんや」
「肉は何かあるでござるか?」
「ソーセージの焼いたのでいいんなら、用意してあるだよ」
 言われてみると、ソーセージのいいニオイがするでござるな。人狼の里では猪肉はともかく豚肉は食べる機会が無かったのでござるが、なかなか美味なものでござるよ―――じゅるり。

「で、今日は除霊の予定は入ってるんだべか?」
「いや、今のところ入ってないな。急な依頼でもあれば別だけど」
「おキヌ殿は学校のお友達がたと出かけられるようだし、タマモも今日は駅そばのきつねうどんの食べ歩きをするとか言ってたでござるな」
 三人でテーブルを囲んで朝餉……はいいのでござるが、若干居心地が良くないのでござる。よくテレビのドラマでは懸想する男女は向かい合ってお茶などをするものでござるが(と、タマモは言っていた)、この二人はテーブルの片側に並んで座って、一緒にテレビを見ながら膳を進めるようで……しかも、テレビは拙者の後ろにあるものだから、何やら拙者がお二人に見つめられているようでどうにも恥ずかしいでござるよ。
「予定が無いなら、どっか出かけるか? どーせあんたの事だべ、用のない時はHな本やビデオでも見て暇を潰すしかねえだろ?」
「大きなお世話じゃ! しかも、中途半端に的を射た予測だから余計に腹が立つやないか!」
 まだそういう物を見ておられるのでござるか先生……実物を拝む機会など今となってはしょっちゅうでござろうに……(お二人は隠しているつもりでござろうが、拙者やタマモの鼻は誤魔化せぬでござるよ!)
「……さて、ご馳走様でござった。それでは拙者はこれにて」
 幾分かの意趣返しのつもりでソーセージの3分の2を平らげて、拙者は席を立つ。お二方が一緒にどこかへ出かけるとなると、同道しても許されるのはおキヌ殿だけでござるからな。
「おう、急ぎの除霊とか入ったら呼べよ?」
「おキヌちゃん達によろしく伝えといてけろ〜」
「承知つかまつった」
 そんな風に返事を返してから、拙者は先生の家を出たでござる。


 ……お二人とも仲のむつまじい事でござるなあ。しかし、アレでは遠からず美神どのにもバレるでござろうな……いや、もうバレてるのかも知れませぬが。いくら美神どのとてあのお二方の仲を裂いたりはなさるまいが、その分先生が受けるであろう折檻を想像すると………ううっ、シッポの毛が逆立ってきたでござるよ。


 《ある日の氷室早苗 ――昼の巻――》

「東京っていうのも、良いところもあれば悪いところもあるもんだな」
「何だ、それ?」
 シロちゃんを見送ってから、街中をブラブラと歩き回りながらそんな事を言ってみた。
「いろんな物が手に入るのは確かだし、娯楽も多いし、テレビやラジオの放送局が多いのもええもんだべ(ウチの地元じゃ、テレビの民放なんて2局しかなかっただ)。けど空気は悪いし水は薬くさいし、人が多すぎるのも考えもんだ」
「そういうもんなのか? 俺は大阪生まれの東京育ちだから、あんまり気にはならないけどな」
「……それに、隣近所同士がよそよそしい割に道を歩くと馴れ馴れしい奴が多いんだべ。『ねえ彼女、一人? もしヒマなら、お茶でも一緒にどう?』な〜んて言ってくる奴が多いし」
 これは事実。特に、おキヌちゃんと二人で歩いていたりするとよく引っかけられる。トーゼン、二人そろって丁重にお断りするんだけど。
「それって、よーするにナンパだよな?」
「まーね。あんたより顔が多少マシで、あんたより口が上手くて、あんたほど下心が丸出しになってないのがちょくちょく」
「……ちょっと待て」
 あらら、顔色が少し変わったな。まあ、ああいう言い方をされれば傷つきもするか。
「お、お前まさか……そーゆーナンパにホイホイつき合ったりしてるんじゃないだろーな?」
「まさか」
 こればかりは一言で斬って捨てる。そうでないと、またコイツの事だからわめき出しかねないもんな。
「見え見えのスケベ根性押し隠して表面だけ格好つけてたって、答える気なんて湧くもんか。あんたみたいにストレートに迫ってくる方がよっぽどマシに思えてくるさ」
「……そういうモンなのか?」
「そーゆーもんなのだべ」
 コイツと来たら表面上はただの色ボケなんだけど、内面はいいところあるんだもんな。ある程度時間が経たないと内面の良さに気付かないもんだから、ナンパにはまるっきり向いてないんだけど。

「それともう一つ、どうしても気に障るのは」
「ん?」
「ほら、わたすはこうやって地元の言葉で喋るべ? こういう風に訛った喋り方さしてると、時々小馬鹿にするような目で見る奴がいるだよ」
 これも事実。実際、ナンパしてきた連中が私の喋り方を聞いた途端に一斉に吹き出したりした事もある。この事は、さすがに口にする気すら起こらないけど。
「東京の人間つっても、全部が全部東京生まれの東京育ちってわけでもねえし、当然お国言葉を直した奴だっているに違いないだろ? だけんど、そだら奴がわたすみたいに言葉遣いを直さない奴さ小馬鹿にするのは頭に来るし、東京育ちの奴が田舎モンを馬鹿にしてるとしても、それはそれで腹が立つだよ」
「そういう奴も、そりゃいるさ。山出しの女の子をカモ扱いする連中だって、探せばいるやろーし」
 そう言えば、コイツは大阪生まれとか言ってたっけ。でも、関西弁を全部隠してるわけじゃないみたいで、普段からイントネーションはどこか関西っぽいな。
「やっぱり、少しは言葉遣いを直した方が……いいの、かな? 大学の知り合い……とかも、やっぱり東京弁で喋ってる……みたいだし……」
 ううっ、こういう喋り方はやっぱしガラじゃない。
「そりゃ、お前の考え方次第だろ? 言葉遣いがネックになって人間関係がうまくいかないんなら、多少は使い分けできるようになるのも生き方の一つには違いない。ここいらじゃ普通の共通語で喋っても、少しコビ売ってシナつけた言葉遣いを覚えたってさ」
「そ、そういうものな……の、かしら?」
 多少つっかえながらそれっぽい返事をしたら、横島は立ち止まってしまった。
「言っておくけど、俺はそーゆーのは気にしないからな。もしお前が変に言葉遣いを変えて、万が一『ぱぎゅ〜☆ よろしくお願いしますですの〜♪』とでも言いだしたら俺はひっくり返る」
「ぶっ!?」

 ずるっ。

 い、一体どういう例えをするんだコイツは……わたすの方がひっくり返ってもたでねか!?
「な、な、な、何をバカげた事さ言うんだべか!? わたすがそだらふざけた喋り方さすると思ってるんけ!?」
「思ってねーよ。念のために言ってみただけだ、気にすんな」
 そう言って、横島は私の手を取って引き起こしてくれた。
「大体俺は……まあ、そうやって自然な喋り方で言いたい事をスパッと言ってくれる方が魅力的だと思うし、それにそっちの方が好きだな」
「―――――!」

 時々思うけど、コイツはズルい。普段はバカな事ばかりしているくせに、時々ハッとなるような事を言ってくれる。いや、コイツは単に言いたい事を口にしているだけなのだが、その“言いたい事”が時として私を揺さぶるんだ。今だってそう、何の気無しのはずの一言が、嬉しくてしょうがない。

「…………」
「えっと……俺、何かまずい事言ったか?」
「い、いや、何でもない……えっと、歩きっぱなしも何だし、どこか入ってみるべか?」
 慌てて周りを見回すと、ちょうどいい具合に映画館街に差し掛かったらしい。そ、そうだな。たまの休日ぐらい映画でも見て過ごすのも悪くないだな。
「お? ……ああ、映画か〜。もう何年も映画館なんて入ってないけど、たまにはいいか」
 よし、うまい具合に誤魔化せた。それにしても、映画館がいくつも並んでいるなんて東京へ出てきて初めて見た光景かも知れない。
「……で、どれを見る?」
「ん〜……5つも並んでると、どれにしようか迷っちまうだなあ」
 人骨温泉の近所に一つだけあった映画館は一軒きりで、しかも一日三本だったもんな。どの映画を見ようか玄関前で迷うなんて、実は初めてだ。
「そんじゃ、適当に決めるか。時間はあるし、二、三本は見られるだろ」
 そう言いながら、横島は並んだ映画の看板を指で順々に差し始めた。
「ど・れ・に・し・よ・う、か・な・キ・ー・や・ん、と・サ・ッ・ちゃ・ん・の、い・う」
「……ちょっと待て」
 あることに気付いて、私は横島の手をハッシと捕まえた。
「映画は5本なのに、なんであんたは“6つ”の看板を指差してるんだべか? その“6本目”ってのは、もしかしてアレの事け?」
 そのままコイツの手首をひねってその方向……“18歳未満お断り”の映画の看板に指を向けた。
「ええと、その、なんだ……」
「な・ん・だ・べ・か、アレは!?」
「え〜………『国天んらんい妻人』
「逆読みして誤魔化すでねえっ!!」

 ったく……人を惹きつけておいて、その直後には落とすんだよなあ……コイツは。
 でもまあ、この男のこういう落差を、ひょっとすると私は楽しんでいるのかも知れない、かな。


「なかなか、GSの世界をよく表現できてたんでねえの?」
「う〜ん……まあ確かに、GSの“華やかな面”は過不足なしに、だな」
 結局最初は、くだんの近畿剛一主演の『踊るGS・ザ・ムービー完全版』なる映画で手を打った。横島はどこか抵抗があったのか、この映画……はおろか、元のドラマも見た事が無かったらしい。
「あんたみたいな半分非合法な働き方してる姿なんて、さすがに映像化はできないべ。裏の裏まで行くとそういう世界、やっぱりあるんだろ?」
「まーな。そもそも俺の時給、未だに法律上の最低賃金をクリアしてねーし」
 それでも新米の頃の倍以上はもらってるし、仕事次第じゃボーナスも少しだけ出るけどな、とコイツは苦笑いしている。個人的には、そのボーナスとやらがいくら程度なのか、とても気になるけど。
「まあいいか、次だ次! GSの視点で重箱の隅をつつきだしたらキリがない」
「そうだな。ちょうどお昼だし、どこかでご飯でも食べてから次の映画にするけ」
 実のところ、隣で見ているコイツの反応も映画そのものに負けず劣らず面白くて仕方がなかったんだけど――言ってしまうと面白みがなくなるから黙っておこうか。


「と、言うわけでまずはコレから見ようと思うだ」
「げ、こいつか……」
 ちょっと前にSF映画の大御所シリーズの最新として公開されたこの映画の看板を見た途端に、横島は何やら眉をしかめた。
「何かイヤな事でもあるだか? 見た事あるんけ?」
「そんなんじゃなくてな……字幕スーパーって、どうも苦手でな。どうせ見るなら吹き替え版の方が……」
「ああ、ダメダメ。吹き替え版なんてどうせそのうちテレビで流すだ、映画館で見るならやっぱ字幕でねえとな」
「それはアレじゃねーのか、たまの映画だからテレビとは違うバージョンで見たいだけなんじゃ……おい、押すなって!」
 コイツが文句を言うのは丁重に無視して、強引にチケット売り場へ押して行くことにする。何たってコイツは貧乏性……と言うか本当の貧乏だから、一度チケットを買ってしまえばこっちのものなんだな。


――フィール、ドンシンク。ユーズ・ヨー・インスティンクツ!――
――アイ・ウィル――
――メイ・ザ・フォース・ビー・ウィズユー!――

 まあ、何だかんだ言って字幕を読むのも一苦労だけど、映画館では俳優の生の声を聞きたいと思うのだ。映画館と縁の薄かった身ゆえの貧乏性、と言われるとぐうの音も出ないけど。

「ああ、いたいた。こちらでござったか」
「悪いけど横島、大人しくついて来てよね」
 みんな静かにしているはずの館内で、どこかで聞いたような声が聞こえたと思った途端、暗がりの中で二つの影が寄ってきた……と思ったら、
「な、何だなんだあ? し、シロにタマモか? おい、引っ張るな!」
「大声は迷惑でござろう? ほら先生、まずは外に出てきて下され」
「こっちだって急いでるんだから、ジタバタするのはやめてよね」
「な゛……ちょ、ちょっとシロちゃんにタマモちゃん、一体何がどうしたんだべか!?」
 あっと言う間に、横島は突如闖入したこの二人に両脇から連れ去られてしまった。

「何なんだべか、取り込み中に人の事さ連れ出したりして!」
「取り込み中なのはこっちの方よ。緊急の依頼が入ったから、すぐ全員集合して出動だってさ」
「げ! ほ、本当に依頼が入ったのか!?」
「本当の本当でござる。しかも人命が懸かっているそうで、危急を要するらしいのでござる」
 エントランスホールにまで引っぱり出されて、こうして4人で口論している。こうしている間にも映画はドンドン進行しているというのに、だ!
「だからってなあ……こういう時に限ってスクランブルがかかるんかい……」
「そりゃ、あんた達二人が悪い。さっさと美神に『俺達つき合ってるんです!』とか打ち明けとけば、ひょっとするとシフトから外してくれるかも知れないじゃない?」
「それはそうなのかも知れないけど……なあ?」
「言い出しにくい事、だべなあ……」
 横島と二人、顔を見合わせてため息をつく。おキヌちゃんは最初から承知しているし、シロちゃんとタマモちゃんには嗅ぎつけられた(それも、どうも文字通りの意味でらしい)けど、確かに私たちの仲って公言は一度もしていないし、この三人にもそれとなく口止めはしている――だって、周りからはやし立てられたら恥ずかしいでねえか!
「はあ……ま、しょうがねえか」
 ため息を一つ派手についてから、横島は一歩前に進み出た。
「ちょ、ちょっと横島!? せっかく……」
「……早苗ちゃん、悪いとは思う。でも俺も見習いと言ってもGSだからな、依頼されたからには逃げ出すわけにはいかねーんだ」
 そして私の方に向き直って、肩に手を置いて人の顔をのぞき込むように言う。そしてコイツは何の気なしに顔をヒョイと近づけ……

 ちゅ。

「〜〜〜〜〜!? な、な、な……」
「わ〜っはははは! 気にすんな、仕事前の景気づけじゃ! よ〜し、煩悩もたまった事だし行くぜシロにタマモ!」
「了解でござるっ!」
「あんた、そういう事やってると正真正銘バレバレになるわよ……」
 私が口を押さえてボーっとしている間に、アイツはさっさと映画館を飛び出してしまっていた。
「な、な、こ、この……ドバカっ! スケベ!! ハレンチっ!!!」
 駆け去って行く三人に向かって、思いっきり怒鳴りつける。その叫び声にビックリして、周囲にいた時間待ちの人達が一斉にこっちを向いた。
「……え、あ、いや、何でもねえだよ」
 叫んでから急に我に返ると、周囲のジト目が痛くなってきて……私は映画館をそそくさと後にした。

「全くアイツはなあ、ああいうところさあるから困ったもんだべ……」
 と、昼の日差しに目を細めながら、そんなグチを口に出してみた。横島が自分の欲望や感性に正直すぎるところに対して、私の理性が辟易しているのは、まあ事実だ。
 でも一方で、感性の方で“まあ、それがアイツのいいところだ”と認めてしまっているのもまた事実らしい。アイツの前では、私は自分というものを一切飾らないでいられる。虚飾のないありのままの“氷室早苗”を受け止めてくれている。だから、アイツが“横島忠夫”としてごく自然に振る舞ってくれるのは、何となく嬉しい。
 おキヌちゃんの祠の前で初めて出会ってから何だかんだあったけど、こうして私が横島に惚れ込んでしまったのは……まあそういうあたりからなんだろうな。
「………気をつけて、な」
 とっくに見えなくなった横島の姿に向かって、私はもう一言だけそっと投げかけた。


 《ある日の横島忠夫 ――夜の巻――》

「は〜、やっと終わった……げ、もうすぐ日付が変わる」
 今日に限って、立て続けに緊急の依頼が入るんだもんな。まあ緊急って事で実入りもだいぶ良かったみたいだけど、あっちこっち駆け回って疲れた。
「あ〜……もう寝るか。明日になったら謝りに行こう……怒られるだろーなあ」
 最後のアレは、さすがに軽率だったかな〜……でもアレのおかげで文珠が一個余計に出せて、それで依頼がうまくいったのも事実だし。

「………あれ? 俺、出がけに電気消すの忘れてたか?」
 部屋の明かりが消えてない事に首をかしげながら、俺は階段を登る。“まさか空き巣って事もねーよな、金目の物なんて殆ど無いのに……”とか考えながら、それでも慎重にドアを開ける……と。

「……おいおい……」
 壁に寄りかかって、彼女が眠っていた。ご丁寧に、ちゃぶ台の上には晩メシまでしっかり並べてある。
「ひょっとして、ずっと待ってたのか……こいつ?」
 どう見ても二人分はある食事をチラッと見ながら、こいつのそばで片膝を突く。その気配を感じたのか、早苗ちゃんは(呼び捨てにすると怒るんだよな、こいつ)うっすらと目を開けた。
「……………遅い」
「す、すまん。色々あって、遅くなっちまった」
 不機嫌そうな彼女に向かって、とにかく俺は頭を下げる。理由はどうあれ、心配かけたのは事実らしいし。
「………ケガ、してねえだか?」
「ああ、大丈夫。俺もおキヌちゃんも、美神さんもシロもタマモも全員無事だ」
「ん、そっか……そんならええだ」
 ほんの少しだけ笑って、彼女は頷いてくれた。少なくとも、今夜のところは勘弁してもらえたらしい。
「………もう、寝る」
「ああ、もう寝ろよ。俺も寝る」
「ん……」
 そう頷いてから、こいつは俺の布団の上にコテンと横になってしまった。ご丁寧に、一つしかない枕まで独り占めしてしまっている。今さら頭の下の枕を取り上げる気にもならないので、俺は苦笑いしながらフトンをかけてやる事にした。
「なぁ、忠夫〜………」
「ん?」
 こいつが俺の事を名前で呼ぶのは本当に珍しい事だ。俺も彼女を呼び捨てにはしないし、彼女は普段は俺の事を名字で呼ぶ。その辺はまだ、お互いの間に照れが残っている証拠だって事なんだろうな。まあ、現にこっぱずかしいし。
「映画の続き、ちゃんと見ような………楽しみにしてるから………」
 それだけ言ってから、もう何も言わずに寝息を立てるだけになっちまった。どうも、横になった途端に熟睡モードに入ってしまったらしい。
「……俺も寝るか」
 夕食の膳の上に大きめのハンカチをかぶせてから、彼女の寝ているフトンにそっと潜り込む。そして俺は若干のイタズラ心を働かせて、彼女を後ろからそっと抱き寄せた。普段は気付かないけど、こういう無防備な姿って肩が細いんだよな、こいつ。そう言えばおキヌちゃんが取り憑いていた時も、全然違和感なかったっけ。

 ……この娘もな、普段は喧嘩っ早いし強引だしあけすけ過ぎるところもあるけど、時々ハッとなるぐらい可愛いんだよな。今の一言だって、バテてさえいなけりゃ思いっきり飛びついてただろーし。


 そんな事を考えていたら、疲れと眠気がドッと出てきた。腕の中の温かさを何となく感じながら、寝入り際に一言だけ、彼女の耳元にそっと告げる。
「………おやすみ、早苗」

 …………ったく。こんなセリフ、お互いシラフじゃ言えるかってんだ。


   おしまい。


  あとがき


 どうもお久しぶり〜の、いりあすです。最近公人として色々あったので、こっちの寄稿に対するモチベーションにも悪影響が出ているのかな〜と思わないでもない今日この頃です(言い訳じみていて申し訳ありませんが)。

 最近この掲示板に書いてる作品がどんどんアクション路線になってきてるな〜……と思い起こし、何となくラブコメものを久しぶりに書きたいな〜と思って本編を書いてみました……って、何でまた横島×早苗ものやねん! この二人がひっつくSSなんて書くの、いりあすぐらいのもんじゃないでしょうかw
 しかもあまりラブコメっぽくないし……できればもっとこう、『歯がガタガタ浮くぜバカヤロー!!』的な話にしたかったんですが。まあ、研鑽あるのみのようです。

 なおいりあすは基本的に『早苗は横島のセクハラが嫌いなのであって、横島そのものを嫌っているわけではない』という観点で原作内の二人を捉えてますので、この前提を受け入れられないと若干本編に違和感を感じるかも知れません――って言うか、そもそもいりあすはこの二人には微妙に似たもの同士っぽいニオイを感じてるもので。


 なお前にもボソッと言いましたが、いりあすは早苗の声を宮村優子さんのイメージで考えてます…………どこかで聞いたような声優さんの組み合わせになっていますが、あまり気になさらないで下さいwww

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