『…まだ……疲れて立てないの?』
東京の真ん中に立つ赤い鉄塔。浅黄色の夕焼けが、その巨大な建造物をさらに紅く染め上げる。
騒がしい都心の中で、その塔だけはどこか、幻想的な風景を見せていた。
かつて、この地で世界の命運をかけた、人間と魔族の戦いが行われていたことすら忘れさせる神秘の光景。
その戦いは、時が流れるに連れて人々にとって遠い記憶へと変わっていくのであった。
その333メートルの鉄塔の展望台の屋根の上、くたびれた上下のデニムに身を包み、跳ねた癖毛を赤いバンダナで纏め上げた少年が佇んでいた。
その表情は、どこか遠い目をしていた。まるで何か大切なものを「失っている」かのように。
この美しい風景も、彼にとってはひどく色褪せて見えていた。
「………………」
少年の遠い目の前には、黒髪のショートボブに昆虫のような触覚を揺らす少女が虚空にたたずんでいた。
それはかつて、永遠に悪役を演じ続けなければならない哀しき魔神によって生み出されたいびつな生命。
魔族として生まれながら、人間の少年に心を奪われ、その愛おしさ故に創造主に背いた少女。
そして愛した少年と彼の住む世界を守るために、その儚い命を散らした少女。
『…やっぱり……あの日のことを……まだ……』
「…まさか……ちょっと休んでるだけさ………」
少年は寂しげな表情と声で、浅黄色の光をバックに宙に浮いている少女に向かって応える。それはどこか強がってるように、そして無理をしているようにも見えた。
『…嘘よ』
少女は、そんな少年の強がりをあっさりと見抜いていた。
『…そんな顔して言ったって、全然説得力なんて無いわ。…口では気にしていないように言ったって、心の中では弱くなっている…』
「……」
『おまえは不完全な存在でしかなかった私を受け入れてくれて、そのために努力もしてきた。そんなおまえだったからこそ、私はおまえについてきた。そして…おまえの幸せを願ってこの命を捧げた…』
そう、少女にとって少年は全てだったのだ。
魔神の下僕として生を受け、人類の敵として出現した彼女を許容し、そして命を懸けて守り通そうとした少年。
その少年を救うため、未来の幸せを願って、彼女は『彼と二人で幸せになりたい』という願いを捨ててまで、彼にその命を捧げたのであった。
『それでもまだ、私がいなくなってしまったことに…縛られてるのね。それではおまえが幸せになることはありえない。そうなるくらいなら……私なんて、最初から存在してなかった……そう思って欲しいわ…』
「お、おい!!何言ってるんだよ!!」
少女の言葉が、少年の心に突き刺さる。
彼は、彼女の為に死に物狂いで霊能力者としての力を上げ、魔神を出し抜くまでに至ったのである。今彼が霊能力者としてトップクラスの位置にいるのは、ひとえに彼女への思いがあったから他ならない。
そんな状況で、今更彼女の存在を最初から『無かったこと』にするなど、彼には出来るはずも無かろう。
『私の望みは…おまえの幸せ唯一つだから……。ヨコシマ、……と幸せになってね……』
そういうと少女の身体は、突然透明感を帯び始めた。そう、彼女の姿が消えようとしていたのである。そのせいか、少女の言葉の最後のほうも明確には聞き取れなかった。
「ちょ、ま、待てよ!!俺は……」
少年は手を伸ばし、彼女の手をとろうとした。しかし、彼の手は空しく空を切るだけだった。そのときには、既に少女の姿は虚空の中へと溶け込んでいたのであった…。
「…!?今のは…夢だったのか?」
気がついたとき、俺はいつものアパートの布団の中にいた。時計の針は午前六時四十五分。俺にしてはずいぶん早起きだった。
俺は『ふぁぁ〜っ』と欠伸をして立ち上がる。
相変わらず俺の部屋はゴミ屋敷である。一人暮らしの男の宿命って奴か?
「それにしてもなぁ…」
ずいぶん久しぶりに見たな、ルシオラの夢なんて。
だけど、ルシオラはもう死んだ。
俺の…好きだった女の子。
アシュタロスの下僕として創り出された存在、即ち人類の敵でありながら、俺のことを真剣に愛してくれた魔族の少女。
「やっぱ、俺がだらしねぇから、心配して夢の中に出てきてくれたんだろうな…」
そう、俺はあいつが死んだ日から、寂しい眼をしていた。心を閉ざしてしまった。俺の時間は止まった。
つまりは、過去に縛られたってことだ。
そして、周囲の人間との関係もギスギスしてしまったんだよな。
でも、そんな俺を励まして、叱ってくれた人もいた。
だからこそ、闇に堕ちかけた俺は少しずつ自分を取り戻すことが出来、そしてあいつの…ルシオラの本当の気持ちも解ってきた。
「…そうだよな。お前は俺に幸せになって欲しくて、その命を捧げたんだよな。それなのに…俺はバカだな」
『死』という現実を受け入れず、死してなお生前の概念に囚われ、生き人に災いをもたらす……それこそまさに『亡霊』だよな。
仮にGS資格所有者が亡霊になっちまったら笑えねーよな。
それこそあいつに申し訳ねーよ。
せっかくあいつが俺の為に命捧げたっつーのに、その俺が亡霊になっちまったらあいつの死はそれこそ無駄死にになっちまうし。
「…でもよ、俺の幸せのためなら自分がどうなろうとも厭わねーなんてさ、ホント、お前は不器用な奴だよ…」
夢の中でも『忘れてくれ』だってさ。
確かにあの時はお前のことに縛られるあまり、精神の袋小路に迷い込んで、その自分の弱さをお前のせいにしてごまかそうとして、周りにも嫌な思いさせちまったしな。
俺がお前との未来を望む限り、俺に本当の幸せが訪れることはねーし、俺が幸せになるためにはお前に関する思い出が邪魔になるから…俺に『忘れて欲しい』って叫んだんだな。
現実から逃げずに、強い心を取り戻して、あの時止まった時間を動かして欲しい、目覚めて欲しい、幸せになって欲しい。
そのためなら、自分のことが忘れ去られても構わない。いやむしろ、自分は忘れられなければならないと悟ったんだろうな。
本当はお前だって、忘れて欲しくは無いんだろ。
相変わらず無理しやがって。
「バカ言ってんじゃねーよ。俺がお前を忘れるわけ無いだろ…。だけどさ、お前には余計な心配かけさせねーようにはするぜ」
この先俺は、誰かを好きになったり、結婚したりするだろうけどさ…って、四十人連続でナンパ失敗するような俺が出来るかという保証はどこにもねーけどよ。
ま、お前のことは、俺の遠い記憶として、特別にとっといてやるからよ。
それならお前も……納得してくれるだろ?
ルシオラ。
俺は、お前と約束するぜ。
「絶対幸せになってやる」ってな。
んじゃ、幸せになるために……今日もナンパ百人斬りやーっ!!!!!!
コケッ
…なんか、俺の心の奥でルシオラがずっこけたような気がした。
横島忠夫、18歳。
彼の新しい人生が今、始まろうとしている。
「極楽大冒険」プロローグ
あとがき
平松タクヤです。
今回は、長編モノで行こうってことで、まずプロローグを投下しました。
私は基本的に、暗い話とか過去に縛られてウジウジするような話はあまり好きじゃないので、「お気楽極楽、未来志向」をテーマに書いていきたいと思います。
なので、しょっぱなからルシオラのことに関する心の整理をつけさせたい、ってことでこのようなスタートとなりました。
私のボキャブラリーではどうも上手く表現しきれないみたいですが、その辺はご容赦を。
さて、プロローグ後の第一話ですが、季節柄バレンタインのネタになりそうですね。
横島が18歳だってことを考えれば…そう、もう一つのイベントも迫ってきています。
それは次をお楽しみに。
では、前作「特急『きぬ』大暴走!」のレスです。
>いりあすさん
おキヌちゃん、普段真面目なだけに暴走するとタガが外れてもう大変、って感じですわ。
やっぱり一途に「横島さんが大好きです」っていうおキヌちゃんが可愛くてしょうがないですよ(笑)。
横島には出来すぎた伴侶ですなあ(汗)。
一介の横キヌ派として、今後も精進いたしますので。
>いしゅたるさん
おかげさまでバカな話が作れました。ありがとうございます(感謝)。
…実は私も最初の目的、すっかり忘れてました(ヲイ!!)
横島は幸せなのか、ある意味不幸なのか?
まあ、あの時おキヌちゃんにとり憑かれた時点で彼の運命は決まったのかもね…(ニヤソ)
>ばーばろさん
キヌ川温泉、私も行ってみたいぞ(爆笑)。
ちなみに私は元ネタの特急「きぬ」の模型持ってたりします(大爆笑)。
といっても今の「スペー○ア」じゃなくて「D○C」と呼ばれた昔のタイプですが。
…おキヌちゃんのイラストが入った特急「きぬ」ってのもいいかも(ひええ!)
>ゆんさん
見事なまでに作者までも最初の目的忘れてます(爆死)。
なんだかんだいっても、私はおキヌちゃんには幸せになって欲しいですからね。
>ZEROSさん
おキヌちゃんの願望は「横島さんとずっと一緒にいたい」ですからね。
念願かなってなにより、と(汗)
>LINUSさん
シロどころか、タマモまでペットになってたり(笑)
>SSさん
妄想大和撫子は私、大好きです(笑)
>寿さん
こういう娘こそ暴走させると面白いのです(大爆笑)。
>虚空さん
黒でも桃でもない、暴走おキヌちゃん。
明るく優しい女の子っていうのは基本ですよね。