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!警告!インモラル、ダーク、バイオレンス、男女の絡み有り
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「DAWN OF THE SPECTER  −−夜明け前のおキヌ−− (GS+オリジナル)」

とおり&丸々 (2006-12-25 03:09/2006-12-25 05:21)
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※この作品では、道徳上も法規上も犯罪とされる描写がなされています。インモラル、ダーク、バイオレンス表記がなされておりますが、この点考慮の上、お読みいただきますようお願い申し上げます。


「わざわざご足労頂き、申し訳ありませんな」

茶褐色に統一された天井が高い石壁の広間に、対面している者達がいた。
主とおぼしき年配の男と、娘にしても肌の色が違う、うら若い女性が強ばった面持ちで座っている。
男の左右には、銃を下げた従者が二人、姿勢を正し控えていた。
勝手知ったる部屋なのだろう、くつろぎにこやかな面持ちの男に対し、若い女性は警戒心をあらわにしている。
テーブルを挟んであまりに違う両者の雰囲気は、しかし男の従者に何かさせる訳でもない。
淀んだ空気が重たく床に横たわる中で、どれほどの時間が経ったろうか。
純白のクロスの向こう、ターバンを巻いた初老の男が口を開いた。

「ふむ。どうやら客人は緊張されているらしい。茶の一つでもお持ちせねばいけませんでしたかな」

客人と呼ぶ女性に供するものを何一つ出しもせず、あえてそれを確認する言葉を発する男は、余裕たっぷりに口ひげをさする。
病的なまでに彫りが深く、くぼんだ目はギラギラ妖しい光を湛えている男は、女性をじっとり品定めしているかのごとく。
そんな男を、女性はきっとにらみ返す。

「おやおや、これはご気分を害しましたかな。」

「……暴力を持って警護の方を傷つけ、私達を拉致して連行する。
これは犯罪だと分かっていますか?
これが貴方達のやり方なら、私は決して協力しません。」

女性が肩をいからせ、妖しい視線に目をそらせもせず断言する。
よほど、この線の細い小柄な女性が見せる精一杯の抵抗がおかしかったのか。
年配の男は、わざとらしく体を揺らし笑う。

「これはこれは。なんとも勇ましいことだ。平和の象徴たる、鎮魂の聖女の言葉とも思われない」

頬杖をつき、楽しげに顔を傾ける男に、女性は苛立ちを隠せない。
そもそも、この国に来た訳にしても政府からの依頼があったからだが、それだけではない。
この一年余り、寸暇を惜しんで世界を巡っているのは、三年前の大霊障の際に不幸な最後を遂げた人たちを、等しくあの世に送り出してやりたい、その想いがあればこそ。
先程の村での除霊は、就いたばかりのこの国での除霊がうまくいくかどうか、それを推し量る女性にとって大事な意味を持つ除霊だった。

そして、除霊自体は万事滞りなく終える事ができた。
だが除霊を終えた直後、この目の前の男の部隊――アーレ・ルギア解放戦線――が自分を連れ去るべく襲撃してきたのだ。
その時の混乱を思い出し、女性は膝の上に乗せた小さな拳をぎゅっと握り締める。


「あの人も…ハジャルさんも、あなた方の一員だったんですか……?」


女性の口から不意に飛び出した同胞の名前に、男が思案顔で口ひげをいじる。
どこかで聞いた名前だったが、いったい誰の事かが思い出せないのだ。


「この国に着いたばかりの私たちに色々と気を遣ってくれた……
道の案内やこの国の習慣を丁寧に教えてくれた、あの人も……」


そこまで聞いてようやく思い出したのか、男は笑みを浮かべ相槌を打つ。


「もちろんですとも。あなたに同行する警護の人員から移動ルートの詳細な情報。
彼を通じて、全ては筒抜けでしたよ。おかげでこれ以上無い程の最高の条件で襲撃をかけることが出来ました。」


「だったら、どうしてあの人を撃ったんですか!」


ダン、と両手をテーブルに叩きつけ、女性が立ち上がる。
男は物憂げに、身動きすらせず見やると、表情を硬くし言った。


「アリから聞いていますよ。彼は何を思ったか、土壇場であなたを逃がそうとしたらしいではないですか。
それは神の御意志に背く行為だ。撃たれて当然でしょうな。」


一種の信念のようなものを感じさせるその口調に、女性は呆気に取られる。
人一人の命が失われたというのに、男にとってそれは些細な事のようだ。


「我々が、あなたを通じて全世界に要求する事は唯一つ。
わが国から国連とそれに連なる者の即時撤退。この国に異教徒など不要なのですよ。」


大霊障後、各地に発生した霊団の慰霊と鎮魂の為、おキヌは各地を飛び回っていた。
霊的な被害がもたらす混乱と、それにつけ込み多発する犯罪が、今多くの人々を苦しめていた。
それはこの地でもたいして変わりなかった。

少し違っていたところと言えば、この地は以前より民族紛争が絶えなかったという所くらいであろうか。
だが、大霊障後の混乱を契機に、各民族が一致して事に当たろう、そんな雰囲気が生まれかけていた。
結局は実現しなかったが。

それと言うのも、突然この国に土足で入り込んできた者達がいたからだ。
この地に平和と安定を――そんなスローガンを掲げて国連の平和維持軍が乗り込んできたのだ。
大混乱に陥った世界でも特に混乱のひどい地域に軍と顧問団を派遣し、一人でも多く救う、そんな考えから派遣された平和維持軍だった。

結果として、それは衝突を繰り返しながらも自立し、独自の判断で動いていた各民族が乗り出した和解への道のりを遮断するものとなった。
突然現れた正義という名の第3勢力。
その彼らを受け入れるか、拒絶するか。
せっかく一つになろうとしていた民族が、彼らの扱いを巡り、またも真っ二つに別れてしまった。

さらに悪い事に、拒絶する事を選んだ者達に待っていたのは力による抑圧だった。
この地に生き、この地で死んでいく者達から見れば、彼らの行動はいかにも傲慢で醜悪であった。
やられたらやりかえす。
今この地を支配するのは、そんな単純な理屈だった。

だがそれは人間のもっとも原始的にして、本能とも言える奥底に潜んだ感情から生まれていた。
誰も押さえることが出来ない。

平和をもたらすはずのモノが、彼ら自身を火種としてより戦火が拡大していく。
いたずらに命を奪われる者が後を絶たず、それを治めるためにまた力が使われる。
そんな力の応酬がもう三年以上も続いていた。
もはや、彼らが最初何のためにこの国に派遣されたのかなど、どの人間の記憶にも無い。
あるのは、激しい憎しみと闘争心、そして怒りだけ。

「やつらが何をしたか、ご存じないとは言わせませんぞ。
うら若い二人の結婚式の会場に、体の悪い一人暮らしの老婆に、サッカーをして遊んでいた子供達に、正義の旗を振りかざしながら爆弾をたたき込んだ事を、我々は決して忘れない。
それを支援する腰抜け共も許さない」

「そんな事を言って――――」

「おおっと」

男が、しわがれた手をかざし制する。
虚を突かれたか、女性は口を閉ざしてしまう。

「私はあなたと交渉したいのではない。わかりますな、ミス・ヒムロ」

部屋を沈黙が支配した。
そう、捕らわれの身であるヒムロと呼ばれた女性、氷室キヌには、この男に対して取れる事など、無いに等しかった。
この荒れた地において、人生の終わりが見えるという程に生き抜き、なお野心を隠そうともしない古狸に腹芸で勝てというのは、未だ二十歳にも届かぬおキヌには無理な話だった。
一つあるとすれば、自身の人質としての価値をゼロにすること、すなわち命を自ら絶つ事くらいしかないだろう。
だが自分の力を必要とする人々が居ると知っているのにそんな選択を選べる訳もなく、ただおキヌは立ちつくすばかりだった。
それが余計彼女に、無力さをかみしめさせた。

「シルキィは」

おキヌが呼んだ名は、国連専属GSとなってから、常に旅先に随伴する少女の名前。
一緒に拉致されてきた少女は、この部屋に入る前おキヌとは引き離されていた。

「無事なのでしょうね」

「客人に手荒な扱いはいたしませんよ、ミス・ヒムロ。ただし、それはあなたが我々にとって良い客人である限りは、だが」

もし、かつての美神事務所の面々がそこにいたなら、背中を汗が伝ったに違いない。
冷ややかで厳しい彼女の顔は、間違いなく怒りを湛えていた。
彼女が怒る。
それがどれほどの事なのか、よく分かっていただろうから。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


荒野を一台のジープが疾走している。
悪路を物ともせず、月明かりしかない荒野を一直線に突き進んでいた。
運転席に座る女性は、膝の上に光を放つ何かを乗せ、射抜くようにただ前のみを見つめている。

見る者が見ればすぐにわかっただろう。
その膝の上で光を放っている物は複雑な呪式を何層にも重ねて造られた、途方もなく高度な誓約書。
その誓約書に誓った者は様々な制約をその身に科せられる事となる。

行動の制限、能力の制限、居場所の明示等々、その制約は多岐に渡る。
それを破る事は出来ない。破れば苦痛を感じるというレベルではなく、破ろうとする事自体が不可能なのだ。
仮に会話を制限するような制約ならば、言語を司る器官に封印が施され、言葉を発する事そのものが不可能になるのだ。
恐ろしく強力な制約――それこそ呪いと言っても過言ではない――であるが故に、この誓約書を交わすには相手の全面的な同意が必要になる。

生殺与奪の全権を委ねる。
この誓約書を交わすという事は、そういう事だ。

この誓約書の主権者、つまりは持ち主であるこの女性は、制約の一つとして、誓約を交わした相手が何処にいるか感じ取ることが出来た。
その存在を感じ取る場所へ向かい、ただ一心にアクセルを踏み続けていた。


「お前、人が離れてる間に何をしているんだ!
いくらなんでもそれは不味いぞ……! 」

「この少女は重要ではないだろう。重要なのはあの巫女だ。」

薄暗い半地下の部屋で、兵士達の声が密やかに聞えてくる。
慌てた声を上げる一人とは対照的に、もう一人の声は低く落ち着いている。
高い位置に空いた、格子がはめられた窓からは仄かな月明かりが差し込むだけで、ここはおキヌが男と対面していた部屋よりも、よほどに空気が淀んでいた。
澱がたまったじっとり熱い部屋の一角に、着衣をはぎ取られた女性がいた。

いや女性というよりは少女というべきだろう、まだ幼いシルキィというおキヌの従者であった。
落ち着いた口調の男はこの少女の監視をしていた男で、もう一人の監視の男が用を足しに部屋を離れた途端、暗い光をその双眸に湛え少女に襲いかかったのだ。
もう一人の見張りが戻ってきた時には、既に少女の衣服は乱暴に引き剥がされ男に組み伏されていた。
戻ってきた男が慌てて覆いかぶさっていた男を引き剥がしたが、当の男は冷静に続きを行おうとしている。

少女の細く未熟な体が、片側だけ月の光に照らされ浮かび上がっている。
まだ女性として丸みを帯びる前の体型は、どこか少年の面影を残していた。
髪は長く腰まで掛かり――この暗がりではせいぜい茶色にしか見えないが――その色は金髪だった。
もう一人の制止の声も聞かず、男はシルキィの腕を掴み引き寄せる。

「私には、神もきっとお許しを下さる。死の病に侵され、先の無いこの身体。
それを治す為なら私は何でもする。この少女を抱けば、今度こそ……」

社会組織が崩壊して以後、教育医療福祉衛生など、人が安寧に暮らす基盤の肩代わりを出来る環境は整られる事は無かった。
その結果、様々な分野での極端な程度の低下がこの国では深刻な問題となって久しかった。
根拠のない、外から見れば狂信的と言える呪法すら、立派に医学として通用する有様であった。
シルキィを襲おうとしている兵士にしても、蔓延する病に侵され発病すれば余命の計算すら出来ない状態であった。
それを逃れるためなのか、それとも単なる劣情からなのか。
感情の抑揚の無いその暗い双眸からは、何も窺い知る事は出来ない。

「そんな迷信、まだ信じてるのか?
だいたいお前、そのガキで何人目――――」

やめるよう声をかけるが、その双眸に浮かぶ暗い光を目にした途端、それ以上言葉を紡ぐ事ができなかった。
もはや他に手も無く、理性を失いつつあるこの男を止める事は出来ないと悟ったのだ。

止める者もいなくなった兵士は強引に少女に覆いかぶさるが、しかし少女は悲鳴すら上げなかった。
そして悲鳴の代わりに、冷ややかな視線が兵士を貫く。
肌を隠すものも無い状態で男に覆い被さられているというのに、シルキィは表情一つ変えない。
だが悲鳴が無いとはいえ、この状況に兵士はわずかな良心の呵責を覚えたのか。
早く終わりにしてやろうと既に堅くなっている自身のものを取り出す。
シルキィの股を開き指でなぞり具合を確かめるが、当然の事ながら全く濡れてなどいない。

「神の祝福があらん事を……」

唾液を潤滑剤代わりに塗りつけ、一思いに少女を貫いた。


DAWN OF THE SPECTER  −−夜明け前のおキヌ−−


土煉瓦造りのこの館には、彼らを含め三十名近くの兵士が集合していた。
いや、厳密には彼らを兵士と呼ぶことは出来ない。
国家の正式な軍に入隊した存在ではないからだ。
彼らが所属する組織の名はアーレ・ルギア解放戦線。
西エイジア某国を根拠地として数々のテロ行為を行ってきた非合法武装集団だ。
一見するに富裕な家族の邸宅にしか過ぎないこの家は、彼らの隠れ家の一つであり、見方によってはその支持層の広さを印象づけるものだろう。
部屋の中にいる者達の他に、隠れ家の庭先には暗がりの物陰に隠れ警戒する兵士の姿があった。
この街は断続的なテロ活動のため深夜には明かりもまばらになり、人通りも少なくなる。
そのため見張りを立てれば目に付く危険性もあったが、今回は攫った相手が相手だった故に、警戒を怠れ無い。

「おい、交代の時間だ」

「もうそんな時間か? まだ歩哨の時間だと思うが・・・」

訝しげに聞き返す見張りの男に、口元を歪ませポンと肩を叩く。

「違う。お前も楽しんでこい、って事だよ」

「楽しんでこい、だと……?
まさか、お前ら!」

仲間の言葉が持つ意味に気づいたのか、声を荒げた兵士の口をもう一人が慌ててふさぐ。
指を立てて自制を促すと、ゆっくりと手を離した。

「全く……ただでさえ人っ子一人歩いていないんだ。注意を惹くような真似をするな。」

「すまない。だが……まさか、あの聖女に手をつけたってのか。」

――――あの聖女。
今やおキヌは、そのネクロマンサーの力を振い不幸な霊を助け導く女性として広く知られていた。
近年、アシュタロス事件で引き起こされた大霊障による死者達が各地で霊団となり、二次的な霊症を引き起こしていた。
そんな彼らの為に、また天災、戦争、飢餓、事故、その形は様々あれど無念の想いを残し死神の恩恵を受けることが出来なかった存在の為に、身を削って尽くす現代の聖女。
それがテロリストですら畏敬の念を込めて呼ぶ、今や全世界の尊敬を一身に集める存在だった。

「おいおい、流石にそりゃ無理な話だ。あのヒトは大事な客人なんだからな。
一緒にさらってきたガキがいたろ?なかなか具合が良いらしいぜ。」

「お前ら、子供を……!」


険しい顔を浮かべる男を、手を振って遮る。


「最初に手を出したのはアジムだ。泣けるよな、まだあんな迷信を信じてるんだからな。
まあ、命が掛かってるんだから藁にもすがりたい心境なんだろうが。」

「他人に……それもまだ幼い少女に己の病を伝染してまで、生き長らえたいのか……!?」

「なんだよ。俺に言うなっての。
生きるためなら、神もお許しになるさ。」


最近入隊したばかりの兵士には、どうしてもこの言い様に馴染めない。
この者達は自分たちが行う事への言い訳に神の名を語っているだけに過ぎないのではないか、その疑念がどうしても頭から離れない。
確かにアーレ・ルギアの理想実現のため、身を捧げる事を決意した。
だがそれは貧困に喘ぎ腐敗したこの国を立て直すため、腐敗を進行させる手引きをする傀儡政権、また我が物顔で振舞う国連の治安維持軍を叩き出すためであって、決して女子供を陵辱するためではない。
それは彼自身の矜持であって、越えてはならない一線。
禁忌な誘惑の言葉に耳を傾けまいと、そっと胸ポケットに忍ばせた妹の写真を握りしめ、兵士は同僚の誘いを断った。

「……俺は、まだここで警戒を続ける。なんせあの聖女を拉致したんだ。それこそ政府も国連も、血眼になって探しているだろうしな。」

「へぇ、奇特な奴だな。」

「今日の除霊、あの浄霊された霊団の中に、俺の妹もいた筈だ。恩人に手を出す気にはなれん。
そもそも、お前の家族もあの中に居たかもしれないんだ。恩を仇で返すつもりなのか?」

明らかに咎めているとわかる鋭い言葉に、軽薄な笑いを浮かべていた男も思わずたじろいた。

「そ、そりゃあ……俺だって感謝してるさ。けどよ、別にあのヒトに手ぇ出す訳じゃないんだからよぉ……
それに、あのガキには気の毒だが、もう十分ヤられてるんだから今更言っても仕方ねぇって。」

「お前がどうしようと、俺は知らん。
行きたかったら一人で行ってくるんだな。」


蔑むように突き放され、軽薄そうな男が苛立たしげに舌打ちする。
よくよく考えれば自分が悪い訳ではない筈だ。だと言うのに非難めいた言葉を投げかけられ、かなり機嫌が悪くなっていた。

「ハッ!ご大層な事だ。
で、仲間があれこれやっている最中に、お前は一人マスをかいてるって訳だな。手を出してないって言い訳をしながら」

「なんだと……!」

兵士は軽薄な同僚の胸ぐらを掴み引き寄せる。
怒気で沸騰した顔は、月明かりすら無い暗がりでもはっきりと分かる殺意を向けていた。
しかし相手はせせら笑うと、手を振り払い部屋に戻っていく。
お前がどう思っていようが、あのガキからすりゃお前も同類なんだぜー。
そんな捨て台詞を残しながら。

「くそっ!! 」

膝をつき、治まらない怒りを何度も何度も地面に叩きつける。
草もあまり生えない、いつも乾燥した大地は人の心をこそ荒ませる。
だが珍しくわずかに湿り気を帯びた砂は、拳に張りついた。
雲が動き、完全に闇に包まれても、男が拳を止めることは無かった。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「これは一体何の真似だ!」


不快な臭いが立ち込める薄暗い一室に、突如怒声が響き渡った。
部屋の中にいた男達が一斉に振り返ると、開け放たれた扉の傍に、怒りで顔を紅潮させた初老の男が肩を震わせていた。
男達は慌ててズボンを上げると、姿勢を正して敬礼の姿勢を取る。
だがいくら姿勢を正そうと、その表情に浮かぶ後ろめたさは隠せていない。

男達の輪の中心には、埃と体液で汚れた少女が倒れ伏しており、床には少女の着ていた衣服と白く濁った液体が溜まった避妊具が乱雑に放り投げられている。
使用済みの避妊具は少女に気を遣った訳ではなく、最初に手を出した男の死病に感染するのを防ぐためだろう。
薄絹のような羽衣も衣服に埋もれていたが、それを少女に渡してやる者はいない。

少女を取り囲み弄んでいた四人の男達。そして順番を待っていた五人の男達と、壁にもたれて座り込んでいる一人の男。
初老の男と護衛の二人を合わせると、十人以上もの人員がこの部屋に集まってしまっていた。
この拠点の約半数の人間がここに集まっている事になる。

長に睨みつけられ、バツが悪そうに一人の男が前にでる。
他の兵士より一回り年長者のその男が釈明を始めると、他の兵士達は安堵の息を吐いた。
どうやら、この年長の男は若い兵士達の取り纏め役をしているようだ。


「申し訳ありません……アジムの奴の悪い癖が出てしまいまして……」


壁にもたれて座っている男にちらりと目をやる。
最初に少女に手を出した男は、虚ろな眼差しで何やら呟きながら天井を見上げていた。
長が叱責するようにその男の名を叫ぶと、男は長の方に向き直り口を開いた。


「病を癒すに足る少女だと思ったのに……とんだ見込み違いでした……
これでは私の病は治らない……治らない……治らない……治らない……」


焦点の定まらぬ瞳で同じ言葉を繰り返す男に、長が苛立たしげに舌打ちする。
この男の病の事は知っていた。過去にも同様の問題を起こしていたのだが罰を与える事はしなかった。
それはこの男を哀れんでいるからではなく、恩情をかけてやっているように振舞う事で、他の兵士の人望を集めるためだ。
また、この男が主張する、『命のためなら神も許すだろう』という言葉を容認する事で、自分達の非合法な活動に他の兵士が迷いを抱かないようにするという狙いもあった。

どうせすぐに病で命を落とすだろうと思って放置していたのだが、今回は完全に裏目に出てしまった。
今更皆の前でこの男を責めるのは、今までの自分の方針を否定する事に他ならない。
ならばこの現状を少しでも有益になるようにしなければ――――


「――――続けろ。」


少し間を置き、長から飛び出したのは意外な言葉だった。


「は?
い、いや、しかしそれは……!」


思わず呆けた返事をしてしまい、慌てて取り繕う。
年長の男だけでなく、他の兵士達も顔を見合わせていた。


「好きにして構わん、と言ったのだ。これからあの巫女をここに連れてくる。
連れの変わり果てた姿を見れば、あの頑なな態度も少しは和らぐやも知れんしな。」


ようやく長の狙いを察し、兵士達の頬が緩んだ。
許可が出たのだからこれで思う存分楽しめる。
それどころか、上手くいけばあの巫女も――――

下卑た笑みを浮かべる兵士達をよそに、長の内心は爆発しそうな怒りを抑えるのに必死だった。
多少時間を掛けてでもあの巫女と友好な関係を築き、後々利用できるように何らかのコネを残しておく予定だったのだが、馬鹿な兵士のせいで水の泡になってしまった。
誘拐現場の村からこのアジトまでは地下の坑道を通って連れて来たため、足が付く恐れは無い。
仮に人工衛星が見下ろしていたとしても、複雑な構造の地下坑道のどこを抜けたかなどわかる筈がないのだ。

発信機の類も既に処分済みである以上、少なく見積もっても一月程の猶予はあった筈だ。
それだけ時間があれば、話術で丸め込むなり少しずつ薬物で洗脳するなり、どうとでも出来た。
これさえなければ!

この少女は逃がしてやったと偽る事も出来なくは無いが、一度も顔を合わさぬままではどうしても不自然になってしまう。
余計な警戒心を抱かせたままでは、舌先三寸で利用するのは難しいだろう。
この仕打ちを受けた少女に自ら命でも断たれようものなら、あらゆる交渉は不可能になるだろう。
何故なら、霊となってあの巫女の枕元にでも立たれれば、どれだけ隠そうとしても隠し切れないからだ。
それならば最低限必要な、あの巫女の口から平和維持軍の撤退要請だけでも今の内に引き出さなければ。


「お前達四人はその少女の相手をしてやれ。巫女に見せ付けるためにも、良い声で鳴いて貰わなければな。
残りの六人は見張りに戻れ。警戒するに越した事は無いのだぞ。」


クスクスクスクス


不意に響いた妖しい笑い声に、長がその出所に目をやる。
それまで横になっていた少女だったが、その美しい金色の髪を梳きながら身体を起こそうとしていた。
長い髪の隙間から見えるその肢体は、成熟した女性のものとは言い難かった。
だがその整った顔立ちに浮かぶ妖艶な笑みが、えも言えぬ艶めかしさを漂わせている。


「たった四人の相手なら、大した事ないわね……
さっきまでと同じ様に、徒労に終わると思うけど、精々頑張ってね……?」


少女の瞳に浮かぶ、熟達の娼婦にも勝るような蔑んだ光。
そのあまりに不似合いな光に、老獪な長ですら思わずたじろがされた。
年長の男が、そっと長に耳打ちする。


「この娘……どこか普通ではありません。
先程までも三人で相手をしていたのですが……鳴き声一つ、表情一つ変えませんでした……」


貧しい親が幾ばくかの金のために子供を売るのは珍しい事ではない。
そういった子供が、幼い頃から欲望を満たすための玩具に仕立て上げられる事も。

長はこの少女もそういう経歴の持ち主なのだろうと判断した。
少女の前に歩み出ると、その美しい髪を掴み乱暴に自分の方に向き直らせる。


「巫女に衝撃を与えるためにも、泣き叫ぶくらいでなければ困るのだよ。
お前達――――!」


見張りに戻ろうとしていた兵士達を呼び止めた。
立ち止まる兵士達を背に、長が冷酷な瞳で少女を見下ろす。


「お前達もこの娘の相手をしてやれ。
乱暴に扱って構わん……どんな手を使ってでも、この娘に絶望の叫びを上げさせるのだ。」


その言葉と共に、まるで獣のように兵士達が少女に覆いかぶさる。
長直々に命令された彼らに、先程までの遠慮は無い。
荒々しく全身に爪を立てられ、容赦なく前後の穴を責められる少女に、長は口元を歪めていた。


男との会見後、案内された寝室の片隅でおキヌは膝を抱えていた。
窓を閉ざされた部屋で明かりもつけず、自身の手すら見えない暗闇の中、規則的な鼓動音だけが鮮明になっていく。
そんな中、胸の内から溢れ出る、ある一つの感情に飲み込まれそうになっていた。

自分はこれからどうなってしまうのかという絶望。
引き離されてしまった、従者の少女の身を案じる不安。
強引に自分達を拉致した、あの男達への怒り。
目の前で亡くなっていった者達への哀悼。

他にも、おキヌが感じるであろう感情は幾らでもあった筈だ。
だが、おキヌを支配していた感情はそのどれでもなかった。


「こんな事をしてる暇なんて無いのに……早く、次の除霊に取り掛からなきゃ駄目なのに……!」


奥底から湧き起こる強烈な焦燥感が、今のおキヌを支配していた。
それこそ、無意識に立ち上がって駆け出しそうになる程の衝動を、ぎゅっと目を瞑り耐え凌ぐ。


「私は、必要とされてるの……皆が私の能力を必要としてくれるんだもの……!
だから……だから……私はここに居ていいんでしょう……!?」


無いとわかっていながらも、手を伸ばし何時も身に付けている半透明の羽衣が無いか探し回る。
あれさえあれば、この焦燥感にも耐えられる。自分は必要とされているのだと実感できる。
皆の声さえ聞ければ、どんなに辛くても気にならない。

次第におキヌの呼吸が荒くなり、身体が震え始める。
額には汗が浮かび、真っ青な顔で目を見開く。


――――なあ、忠夫。死んだ人間は生き返らないんだ。


やめて……そんな事言わないで……


――――だからこそ、今この瞬間こそが何よりも大切なんだろう。


そんな事わかってる……でも、だったら私はどうなるの……


――――今この瞬間から目を逸らすな。前を見据え、本当に大切なものを見極めるんだ。


いやだ……やめて……そんな事言わないで……私を否定しないで……


――――死人は思い出の中でしか生きられないんだ。だから、もうこれ以上……望むのはよせ。


やめて……やめて……やめて……やめて……!
他の誰に言われても構わない……でも、貴方だけはそんな事言わないで……!
横島さんはそんな事言わないですよね……!?
貴方はそんな事絶対に言わないですよね……!?


――――そうだな、親父。確かに……そうかもしれないな。


不意に強い光が差しこみ、おキヌは我に返った。
顔を背けると、警備の兵士がずかずか入り込んできた。

「ミス・ヒムロ。場所を移動することになったので、ご同行願います」

それは要請でも確認でもなく、命令であった。
おキヌは静かに立ち上がる。

「……あの……シルキィはどこですか?」

美神と同じく、いつも側で甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる、あの少女はどこに。
こちらです、と廊下を進む兵士の後を、おキヌは黙ってついて行く。
先程の幻視のためか、その全身には嫌な汗がじっとりと浮かんでいた。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


おキヌが案内され向かっていた部屋の傍らに、兵士達とは装いが違った青年が一人佇んでいた。
だが、その姿は周りの物に見えてはいない。
そう、青年は霊だった。
霊になってなお、考えていた。
暗がりで男に囲まれている少女の傍ら、考え続けていた。

どうしてこんな事になった。
俺はただ、一歩踏み出したかっただけだ。
貧しい故郷の村に留まり続けても、良い暮らしなど出来る筈も無い。
村には飢えと渇きが蔓延し、毎日を乗り切る事だけで精一杯だった。
あの村にいた頃から、常に答えの無い問題を考え続けていた。


何故だ。
何故この村は、常に死と隣りあわせなのか。
一緒に育った仲間は、既に何人もこの世を去っている。
常に飢え、渇き、ろくに体力も無い状態では何時死病に侵されてもおかしくない。
一度病が発症すれば、そのまま回復しないのが常だった。


何故だ。
何故この村は、これ程までに貧しいのか。
俺が無事に成長できたのは、奇跡のようなものだと理解している。
ここまで自分を育ててくれた父も母も、今はもうこの世にいない。
俺には弟がいたらしいが、顔すら憶えていない。


何故だ。


何故。


俺は、ある時気が付いた。
村に無いのならば、有る所から持ってくれば良い。
神が恵んで下さらないのならば、自分で手に入れれば良い。
それが他人の持ち物なら奪えば良い。

強盗、殺し、誘拐。
村を出た後は、金になる事ならなんでもやった。
刃物片手に夜を渡り歩き、暴力に酔いしれた。
俺は生まれつき要領が良かった。
証拠を残すようなヘマもせず、貪欲に業を重ね続け、気付けば裏の世界で名が一人歩きし、アーレ・ルギアにスカウトされた。

アーレ・ルギアは仕事に応じて報酬を与えてくれた。
貧しかった故郷にも定期的に仕送りを出来るようになり、村は飢えと渇きに苦しまなくてもすむようになった。
俺をスカウトしたアーレ・ルギアは、異教徒の傀儡となり果てた現政府を打倒し、この国を建て直すと言っていた。
故郷がどれほど貧困に喘いでいても、何の助けも寄越さなかった現政府の奴らなど知った事ではない。
教師だった父のお陰で、それなり以上の教養は身に付いていた。
少なくとも、政府に工作員として潜り込める程度には。

そこで入手した情報を組織に流す事で、要人の暗殺や爆破工作など、アーレ・ルギアの活動の成功率は飛躍的に高まった。
情報源を秘匿するため、他の職員が巻き添えになった事も、気になりはしなかった。
少しずつだが、時を置かず送付される仕送りにより、村はより裕福になっていった。


だが、それもある時、あっけなく終わりを告げた。
全世界を巻き込んだあの大霊障が、故郷の村を飲み込んだのだ。
俺が政府の一員として被害の確認のために訪れた時、そこに動く者は存在しなかった。
村に漂っていた腐臭と死の匂いが、今でも忘れられない。

神は、汚れた富に依存したあの村を許さなかったのだろうか。
もしそうなら、何故、神は恵みを与えてくれなかったのだろうか。
狂信的なアーレ・ルギアの連中とは違い、俺はこの頃から神に疑問を抱くようになっていた。
無論、そんな事を表立って口走ろうものなら、即座に粛清されていただろうが。

そんなある日、各地で霊団が発生し始めていた。
あの大霊障による死者は全世界で莫大な数に上り、それらの全てを供養する事など不可能だった。
この国でも、何時大規模な霊団が発生してもおかしくない状況だった。
そして、その不安は的中した。

廃村から発生した霊団が、周囲の霊魂を取り込み始めたという報告を受けたのだ。
その廃村は、俺の故郷のあの村だった。
霊団発生の報せを受けた政府の高官は、即座に国連に助けを求めた。
復興のためと称してこの国に居座った、平和維持軍を利用してやろうと考えたのだろう。
そして俺は彼女と対面する事になった。

俺は、彼女を高慢な女だと思った。
金持ちの国からこんな掃きだめにわざわざやってきて、ご大層にも彷徨う魂を救ってくださると言う。
挨拶の際に一目見たその美しい姿も、苦労を知らない綺麗な指も、日に焼けたことなど無いのだろう白い肌も、全てが気に入らなかった。
政府の上層部はあの村出身の俺を案内役として選び、彼女の手伝いをするように命じた。
しかし凄腕の霊力者が相手では、俺の内に秘めた敵意や悪意を感じ取られるかもしれない。
万全を期すため、俺は常に安定剤を服用し、気持ちを隠した。
アーレ・ルギアの霊能力者から情報を流すよう指示された時も、何の疑問も持たず従った。
彼女を襲撃し、拉致すると聞いた時も、感慨ひとつ湧かなかった。

巡礼の日取りも決まり、俺は正式に彼女と同行するようになった。
外を出歩く時、彼女は暑さをしのぐ長袖の上に、薄絹の羽衣とでも言えば良いのか、透けた白っぽい外套を常にかけていた。
なんでも霊装の一種らしいが、さすがにどういう物かまでは教えてもらえなかった。
彼女はとても小さく、ほっそりと穏やかで、光を湛えた黒髪は眩しく、そして朗らかな笑顔が印象に残る。
それらはやがて、俺の先入観にほんの少しだけ穴を空けていった。

だがそれで何が変わる訳でも無く、友好的な役人として少しでも彼女の信頼を得ようと動き、そして目的は果たされたように思えた。
少なくとも彼女の信頼は得る事が出来た筈だ。彼女に同行していた、少し年上の亜麻色の髪の女はどうかわからなかったが。
それと後もう一人、十を少し越えたばかりであろう金髪の少女も、常に彼女の傍を離れようとしなかった。
この三人に気に入られようと、友好的に振舞い続けた。

ボディチェックの厳しさが変わる事は無かったが、国連が派遣した警護の人間達とも多少なりとも気心を通じる事が出来、彼女達と一緒に過ごす時間も増えていった。
巡礼計画を立て終わり、数箇所ある霊団発生現場の中から最初に選ばれた先が故郷の村だったのは好都合だった。
あそこなら、周囲の地形も知り尽くしている。襲撃のために身を隠す場所にも事欠かない。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


その日は、とても暑い日だった。
群霊が頻出するとして、彼女は霊衣をまとい現場へと向かった。
かつてこの村に住んでいた人間よりも多くの警護の人間がぐるりと囲み、砂埃が舞う中を進み出た。

さあいよいよだ。
暗い感情が表に出ようとして体をうねっていたその時、口を開いたまま呆然と見つめてしまった自分がいた。

村を埋め尽くす、もはや人の原型すら留めていない霊達を見つめるその横顔。
それを見てしまった時、俺の時間は凍りついたようだった。
命を懸けた除霊に対する緊張、醜く変わり果てた者達への嫌悪、普通の人間なら先ず浮かべるであろうそれらは、彼女の横顔には存在しなかった。
浮かんでいたのは相手を心の底から思いやるような、深く穏やかな聖母の慈愛のみ。

彼女が使う笛の音を、舞いのような所作を、眺め感じ、そして流したのは涙だと気づくのに随分と時間がかかった。
笛の音に惹かれ集まった霊団が、発光して天に帰っていく様はこの上もなく美しい物で、死んでいった者達に安らぎを与えてくれる、そう信じるに足る光景であった。
どうした、前に出ろ。
口を開け。
固まった自分を動かそうとしてもどうにもならず、やがて白銀の光と共に霊団が完全に浄化され、空が青さを取り戻したときに、それは起こった。

――――ドォン!

聞き慣れた炸裂音、村の外からの砲撃があたり一面に降り注ぐ。
アーレ・ルギアだ、誰かが声を上げ、その口を塞ぐように砲弾が声がした場所に落ちた。
伏せた地面に、四散した肉片が転がってきて、はたと気づく。
そうだ、あの彼女は。

物好きにも世界の果てからやってきて、死んでいった者達を天に返してくれた、あの巫女はどうした。
視線を巡らせると、相変わらず砲弾と砂が雨の様に降り注ぐ中、彼女を煙の中に確認した。
意図的に外しているのか、周囲には警護が健在で、亜麻色の髪をした少し年上の女性が彼女を抱きしめ、従者の少女も同じ場所にいた。
しばらくして、砲火の雨が止んだ。
代わりに起こったのは、いくつもの銃声。

捕獲しろ、ほかは殺しても構わん。
長らしい人間が次々に兵士を突入させてくる。
今になって、自分がアーレルギアの協力者であったことが悔やまれる。
俺はどうすればいい、考えあぐねているとまた一人眼前で警護が倒れた。
突入する兵士達の前に、いかな選りすぐりの警護とはいえ多勢に無勢、次々倒れ行く。

亜麻色の女性が奮闘し鼓舞するも、全体としての趨勢は覆しようが無かった。
反撃の銃声もあまり聞えなくなり、劣勢なのは確実だというのに、巫女は倒れた警護達の介抱にまわっていた。
あの巫女の性格を考えれば分からないことではない、だがこれは決定的な失策だった。

より薄くなった弾幕にも、アーレ・ルギアは一切の遠慮をしない。
とうとう最後のラインをアーレ・ルギアが突破しようとしたとき、俺は喉が裂けるほどの叫びを上げながら走り出していた。
意味など為していない単なる大声を上げ、落ちた銃を拾い上げると引き金を引いてとにかく走った。
虚を突かれたのか面白いように兵士に当り、彼らは一度後退していく。
その隙に巫女のそばに走り込むと、俺は一心不乱に叫んでいた。
こっちだ、と。
場所を変えるべきだという俺の意図を理解してくれたのか、残った警護と女性達も頷いていた。
お互いに確認すると一人が乱射しながら脱出を援護し、隠れる場所も無い荒野から廃村の中へと逃げ込むことに成功した。

無事だった警護の連中が陣形を取り、民家に篭城しようとしたその時。
突如、俺たちの前に雷が降り注いだ。

呆気に取られる俺達の前に現れたのは、ターバンを美々しく巻き、迷彩服にネクタイを締めたアーレ・ルギアの霊能力者。
その細長い顔には、見覚えがあった。俺に巫女の情報を流すよう言ってきた男だ。
思った時には遅かった。

「無駄な抵抗はやめるんだな。完全に取り囲まれたお前達に逃げ道は無い。」

意味あり気な視線を俺に送る。
なるほど、俺とアーレ・ルギアの関係は隠蔽し、今後も俺から情報を引き出すつもりなのだろう。
だが、俺はもうこいつらに情報を流す気は無かった。
相手の不意を突き、発砲しようとしたのだが、男の掌から迸った雷が俺の右手を貫いた。
焼けるような痛みに、力無く垂れ下がった腕から銃が滑り落ちた。

「貴様、どういうつもりだ・・・?」

思わず口にしてしまったのだろう。
だが、それだけで俺とこいつが初対面ではない事はわかってくれたようだ。
これで俺のスパイとしての価値は無くなった訳だ。

「あんた、まさか――――」

亜麻色の髪の女が呻き、少女も厳しい視線を寄越した。
ああ、そうだとも。俺は薄汚い裏切り者の蝙蝠だ。
しかし、それも今日この時までだ。

「この巫女達を、逃がしてやってはくれないか。・・・頼む」

「どうした、妙な事を言う。今になって怖くなったか? 」

「そうではない。この国に巫女が入ってから、ずっと側にいた俺には分かった。この巫女達は、この国に多少なりともの平安をもたらしてくれる。それは、我々にとっても、マイナスでは無いはずだ」

距離を置いて、視線を戦わせる。
男が部下たちに手を上げる。
どうしようもないと悟ったのか、俺の後ろで警護の連中がドサドサと銃を放り投げる音がした。

「巫女は連れて行く。悪名高き美神令子は置いていくがな・・・。
下手に手を出して呪いでも掛けられたらかなわん」

男が亜麻色の女性をさし、兵士達が現場から美神を始め残った警護を移動させようと動く。
だが従者の少女だけは巫女と腕を組み離れようとせず、気丈に兵士に抵抗する。
俺は左手で銃を拾い上げ、男の顔に向かって狙いを定めた。

「何をしている。神の思し召しに逆らう気か? 」

「思し召し? 神などどこにいるというのだ! そこにいるのは、お前じゃないか」

自分はなぜこんな事をしている。
この巫女に見ほれて、突然の事に飛び出して、体を張って。
アーレ・ルギアを裏切ったのではない、そもこの国の為になるべき事、それがアーレ・ルギアの理念だったはず。
それがなんでこんな事になっている。

「この巫女を人質に我々の要求を通せば、何千何万という同胞が救われる。
わかるか、この国が少しでもマトモになるんだ。お前はその邪魔をするのか」

「違う、そのやり方では決して変わりはしないんだ」

ほんの1時間前までは、そう思っていたが。
だけども、今俺は、お前らが間違っていることが分かる。
だからこそ、俺は。
あの時、飛び出した。
駆け出す前の、あの一歩を、踏み出したんだ。

「そうか。残念だ」

男が手を下ろす。
パスンと軽い音がして、血が噴き出した。
力が抜けた。
血溜まりがやけに暖かい。
倒れているのは自分だと気づいたとき、意識が急に遠のいていった。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「チッ……結局、鳴き声一つ上げないとはな。
不感症なんじゃねーのか、このガキ……」

金切り声に青年は意識を引戻される
転がっているのは、あの少女だ。

「シルキィ!シルキィ! しっかりして、やだ、嫌だ・・・」

転がっている少女を抱きしめ半狂乱で体を拭っているのはあの巫女だ。
10人以上の兵士がぐるりと二人を取り囲み、その様子をいかにも楽しそうに眺めている。
悪趣味な兵士はわざと着衣の切れ端を渡して面白がっていた。
汗と体液とカビの匂いが入り交じった部屋で、それは異様な光景だった。


――――そうか、俺は巫女を守ろうとして。
そこまで気づいて、青年は、いや青年の霊は改めて思い返す。
踏み出したあの一歩は無駄だったのか。
せせら笑われ、徒労に終わる運命だったのか。

巫女と少女を囲む兵士達の輪がじわじわと狭まっていく。
彼らの顔に浮かぶ下卑た表情から、これから何が起こるかは明らかだ。

青年の霊はその時、片隅に放り出された羽衣に目をとめた。
巫女が身につけていた羽衣。白く発光し、穏やかに息吹を繰り返すモノ。

ざわざわと、ふつふつと。
休火山の如く、奥底から力の奔流が吹き出している。
その奔流に乗った巨大な、しかし独立した幾万もの意志を青年は感じとった。

――――そうか、そうだったか。
この羽衣は、巫女が供養した者達の。

青年は自分もそこに飛び込むことを決意して、この場にいるものには聞えない、今はおキヌですら聞き取れないであろう声で、もう一度だけ叫んだ。

――――それが本当にあるなら

兵士達が再び事に及ぼうとし、おキヌの服に手を掛けた時。
この優しい者達に、本当の、本当の慈悲をと願いながら。

――――あの巫女に、神の祝福を与えたまえ!

引き金となった声に応じるようにして、光があふれ出し、そして。
真の惨劇が幕を開けた。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「・・・悪く思わないでね」

音が立たぬよう注意を払いながら、兵士の肉体を物陰に引き込む。
ここはアーレルギアのアジトなのだ、もし他の者に気づかれればたちまち兵士が殺到してくるだろう。
美神は全身黒いタイツスーツで暗がりに身を隠しつつ、巡回に回ってきた、また警備に立っていた者達を叩きのめしていた。
殺すための襲撃では無かったが、かといって殺さないように手加減している訳でもない。
と言うより、とどめを刺す時間すらが惜しいと言う方が正しいだろう。

霊力を失い神通棍が使えない今、その代用品として精霊石を仕込んだ警棒を使っているのだが、それは人間相手にも威力を発揮する。
たとえ霊力を失おうと、その体術が衰える訳ではない。悪霊や魔族相手に渡り合える美神の戦闘力は健在だった。
首筋や頭頂に振り下ろされる強烈な一撃は、抵抗する暇も与えぬまま、容赦なく相手を沈めていった。

「早くしないと、国連軍が乗り込んでくる・・・。その前におキヌちゃんの身柄を確保しないと」

美神の焦れを、単身乗り込むという行動が示していた。
その裏には、おキヌを攫った敵とそれを防げなかった自身への怒りがあった。

「必ず、必ず助ける」

必ず守るとの誓いを立てたあの日を忘れたことはない。
事務所が解散してから美神はこの誓いを支えとして生きてきたのだ。
一昔前なら命まで奪おうなどとは考えこそすれ、実行することはなかったろう。
だが無惨にそれが打ち砕かれた今、目に入るモノたちを排除することに、もはやなんの躊躇もなかった。

注意深く処理をしはしたが、さほど広くもないアジトだ。
さすがに気づかれるまであまり時間もなかろう。
扉に身をよせ、慎重にしかし手早く開けては閉めを繰り返し、廊下を曲がった先、残り二つの部屋から叫び声が上がったのを美神は聞いた。

「まさか! 」

美神が走りだしたのとほぼ同時に、背筋に何か悪寒のようなものが走った。
そして瞬間。
息を吸い込んのと同じくらいの間をおいて、部屋が轟音と共に爆裂した。
吹き飛んだ建材や土煉瓦が、美神をも襲う。
反射的に物陰に飛び込み頭を伏せ、爆発がこれ以上広がらない事を確認すると煙のただ中突入した。

「おキヌちゃん! 」

ダメか。
爆発のすさまじさに美神でさえ最悪の事態が頭をよぎった。
火薬による破壊ではなく、何か凄まじい圧力で吹き飛ばされたのだろう。煙の臭いは無い。
だが土壁が破壊された影響で砂煙が舞い上がり、視界が利く状況でもなかった。

この砂煙が引いたら、そこにあるのはただの肉片と化した巫女だったモノ。
今にも崩れ落ちそうな美神を嘲笑うかの如く、風が吹き抜け砂煙を払った。
あらわになった惨状を受け止めようとまぶたを開く。
しかし、美神の目に映ったのは、全く想像だにしない光景だった。

「これは・・・」

まるで胎児のような姿勢で光に包まれたおキヌが、宙に浮かび漂っていた。
静かにおキヌが床へ着地し、淡い光はおキヌから分離した後、半透明の羽衣となりおキヌの身体へと巻き付いた。
その幻想的な光景とは対照的に、足下にはおそらく人間であったろう肉片が転がっていた。
切り刻まれたのとは違う、不揃いな肉片の断片。それは凄まじい圧力で全身を引き千切られた事を指し示していた。
床一面に広がる血の量から考えて、生きたままバラバラにされたと見て間違いないだろう。

部屋の壁面には飛び散った肉片が張り付き、人の原形を留めている死体は一つも無かった。
恐らく10人分以上はありそうな肉片の量だったが、抵抗する間もなかったのか、室内には弾痕一つ付いていない。
眼前に広がる不思議と惨状にしばし硬直した美神だったが、ボロ布を纏っただけのシルキィの姿に気付き、問い質す。

「今の爆発は!? おキヌちゃんは無事なの!?」

シルキィの肩を掴んだ拍子に、布切れ以外何も着けていない素肌と、肌に付着した体液が美神の目に映った。
その無惨な姿と、微かに漂う生臭い不快な臭いから何をされたかを察し、美神は思わず口元を覆い、言葉を失う。
だが、そんな美神をよそに、シルキィはいつもの様に淡々と状況を説明するだけだった。

「首謀者は死んだわ。後はマスターを連れて脱出するだけ。」

意識を失ったおキヌを抱き起こそうとするが、汚れた自分の身体に気付き、美神の方を見る。
シルキィとしては、早くおキヌを介抱するするよう促しているつもりなのだが、当の美神は今にも崩れ落ちそうな表情でシルキィを見ていた。
美神は声を震わせながら、シルキィに言葉を投げかけた。

「抵抗、しなかったの……?
そりゃあ、私はあんたを目印にして急行した。でもその気になれば、あんた一人で逃げ出す事くらい出来た筈でしょう……?」

だが、シルキィは美神の質問の意図がわからないとでも言いたげに、首を傾げる。

「マスターを置いて逃走する理由が何処にあるの?
それに、抵抗する理由も無かったわ。すぐに助けに来るだろうと思って、警備を手薄にするために相手をしてやってたのだし。
おかげでマスターは無事に救助された。さあ、早くマスターを連れてここを脱出して。」

思い返せば、明らかに警備の配置がおかしかった。
どう考えても人員を配置すべき場所なのに、誰もいないという箇所が幾つもあったのだ。
おかげでこの場まで大過なく侵入できたのだが、警備の男達がシルキィを弄ぶために持ち場を離れていたのならそれも納得できる。
しかしそれも、シルキィが身を投げ出してのこと。
美神は男達の下劣さに、そして未然に防ぐ事が出来なかった自分自身の迂闊さに虫唾が走る思いだった。

「本当に・・・」

美神が続けざまに口を開こうとしたとき、部屋に向かって突進してくる気配を感じ、美神は初めて銃を取り出した。
シルキィ達を背にし、部屋の入り口にて銃を額に当て誰にだろうか祈り、そして構えた。
先ほどの爆発を聞いて残った兵士が駆けつけてこないはずもない。
残った兵士は何人いるのだろうか。
急行したあまりに情報が少ない美神には、廊下を駆け抜け迫り来る足音がやけに甲高く聞えた。
おキヌ達を襲う危険を排除しなければならない。
ここまでやった以上、もはやアーレルギアもおキヌに対して遠慮はすまい。
美神は、シルキィ以上に自分自身の身を危険にさらしたとしても、おキヌを守ろうと、守り抜こうと改めて心に誓った。
足音に合わせ、息を繰り返す。
一、二、三。一、二、三・・・。
完璧にシンクロした、瞬間。
壁際から身を乗り出し、引き金に当てた指に力を入れた途端、声が聞えた。

「突撃だ! 氷室嬢を奪還しろ!! 」

いくらかの銃声と共に、複数の兵士がこの部屋めがけて一直線に向かってくる。
構えを崩さない美神は、国連軍の印章を確認すると、ようやく銃を下げた。

「・・・案外早かったわね」

兵士達も美神の姿を確認すると、室内に雪崩れ込み安全を確保するために陣形を取った。
おキヌ達の周囲を固め、銃を下げることもせず警戒にあたる。
肉塊と化したテロリスト達の惨状に尻込みするそぶりも見せなかったのは、さすがに国連軍の精鋭というべきか。
テロリストとの銃撃戦を覚悟していたのだろう、その仕事ぶりは幾分か気勢をそがれた物であったが、そつなく周辺の探索を続行した。

「この子の体を拭く物と、着る物を用意してやってちょうだい」

背を向け警戒を続ける兵士に声を掛けると、美神は倒れ込んだおキヌを抱きかかえた。
遠くで少し銃声と声が響いたのは、残敵の掃討だろうか。
美神は気づいてはいなかったが、なにしろアジトの兵力の半分を片付け、残りは爆発に浮き足だっている間に特殊部隊の突入を受けたのだ、アーレルギアは反撃のしようもなかったろう。
美神がおキヌと共に移動しようとすると、特殊部隊の隊長だろう人物が進み出てきた。

「ミス・美神、あなたは大層な事をしてくれましたな。
無事だったから良かったものの、何故我々の到着を待たれなかったのですか。」

素人に作戦領域を侵されたのだ、救出失敗の可能性すらあった。
このアジトの場所を連絡してきたまでは良かったが、一人で突入する必要など無かった筈だ。

軍人として激昂してもおかしくはなかったろう、だがわずかに漏れ伝わる感情以外は表に出すこともなかった。
おキヌの寝顔を見て安心したか、美神に経過を聞き、驚き、やがて呆れ、そして最後には深いため息をついた。

「やり方はともかく。ミス・氷室の救出へのご尽力、感謝します」

「当たり前よ、アタシがやらずに誰がやるっての・・・」

抱きかかえたおキヌを見やりつつ、呟く。

「さ、敵の応援が来ないとも限りません。基地への移動を願います」

「そうするわ」

隊長が促すと、美神はゆっくり歩き出す。
美神の背後を、担架に乗せられたシルキィも続く。
ここで繰り広げられた狂宴がどんなものだったか、想像に難くはない。
部隊員は一様に押し黙りつつ背後を守り、アジトから脱出していく。

建物を出ると、月は未だ空を照らし庭をぼんやり浮かび上がらせていた。
ぐるり取り囲む兵員に多少の驚きを覚えつつも口には出さず、装甲輸送車に医療兵の姿を確認すると、抱きかかえたおキヌをシルキィと同じように担架に乗せた。
安全な車内でメディカルチェックが始まり、自分も装甲輸送車に乗り込もうと足を進めた際、足下におかしな感触を覚えた。
見れば、なにかのフィルム。

血糊が付いたそれを裏返して見てみれば、そこに映っていたのは軒先で写真に収った男性と女の子で、兄と妹だろうか。
兄が妹の頭に手をのせ、はにかんだ妹が朗らかに笑っていた。
いつかこの国にあった風景が、確かに閉じこめられていた。

「・・・ったく。クソッタレよね」

それはテロリストに向けた言葉か、自分に向けた言葉だったのか。
写真を握りしめると、美神は再び歩き出した。
この国にとどまるか、否か。
アーレルギアがどう出てくるかわからない。
だがきっと、おキヌは慰霊をやりとげるだろう。
伴う困難に頭を抱えつつも、当面の危険が去った事にひとまずの安堵を覚え、そっとおキヌに向かってささやいた。

「それでも、止まってなんていられないんでしょう・・・?」

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