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「異なる道へ 後編(GS)」

タケ (2006-11-03 17:04)
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警告します!以下の項目に耐えられない方は戻る事をお勧めします!

・この話はアシュタロスの事件の再構成物ですが、原作とはかけ離れています。
・諸事情により、横島君の煩悩が低めで、性格も少しシリアス風味で嘘つきです。
・横島君の1人称で進む為、人類側のメンバーの出番は少なくなってます。
・ヘイトのつもりはありませんが、美神親娘の扱いはあまり良くありません。

それでも構わない方は、どうぞお読みください。


――― ◆ ――― ◇ ――― ◆ ――― ◇ ――― ◆ ――― ◇ ―――


「……今頃あいつら、必死で私達を捜しているでしょうね。」

「灯台もと暗し。まさかこんな所にいるとは思うまい。」

ルシオラ達三姉妹と俺、そして土偶羅は特急電車の四人がけの座席に座っていた。
ルシオラ達の服装は人間と同じものだ。こうすると只の人間にしか見えない。

「太平洋で姿を消して、我々がこっそり東京に戻って電車に乗り換えているとは!
 まさに完璧なトリック!」

土偶羅が勝ち誇ったかのように喋っている。俺の持ったリュックから顔を覗かせて。

「トリックって言うか、反則なのでは……。」

俺は軽くあいづちをいれた。

「逆天号は兵鬼だからね。いつもあの大きさだと思うのが盲点さ。」

べスパは小さくなった逆天号を入れたガラスケースを抱えてながら言う。
俺とルシオラが窓際の席で、向かい合って座っている。
偶に本越しでチラッと俺に軽い上目使いの視線を向けてくる。

「……退屈でちゅね。ヨコシマ、トランプをやるでちゅ!」

隣に座っていたパピリオが、笑顔で俺に要求する。

「いいぜ。何をやるかな?」

「面白そうだね。あたしにも配っておくれよ、ヨコシマ。」

「それじゃ、私も混ざろうかな?」

「わしにも頼むぞ。」

「それじゃ、大貧民にしますか。ルールは前に教えましたよね?」

俺はリュックからトランプを取り出すと、シャッフルを始めた。


太平洋の戦闘の後、ルシオラが俺をヨコシマと呼ぶようになった。
「助けてもらったし、もう仲間なのにペット扱いは悪いでしょ。」との意見に、
べスパもパピリオも土偶羅までもが賛同してくれたのだ。
仕事の内容は殆ど変わらないが首輪は外されたし。司令室にも普通に行ける。
パピリオはよく抱きついて甘えてくるし、べスパも良く俺に笑顔を向けるようになった。
ちなみに、あれから隊長達には一切連絡を取っていない。

修理中は夕焼けを見る事は出来なかったが、手が空くとルシオラが遊びに来た。
俺の話を聞きたがるので、今までの除霊体験を脚色して話してやった。
魔族関係じゃなく、悪霊や妖怪を中心に。彼女は楽しそうに聞いていた。
以前の俺ならムードを無視して飛び掛る所だが、そんな気は起こらなかった。
ただ、彼女が傍に居てくれるだけで、俺は満足していた。それだけで嬉しかった。


異なる道へ  第四話


二時間ほど電車に揺られた後、俺達はある駅で電車を降りた。
駅から海へと向かう道を歩いて、海がよく見える小高い丘の上に建つ別荘に到着する。

「あんた等、本気で世界を征服する気か!?何て小ぢんまりした基地なんだ!」

「目立たんし、落ち着くし、安いのだ。」

背中に背負ったリュックの中にいる土偶羅が答えた。それは色々違うだろ。

「ゆっくり休んでケガを治しな、逆天号!」

ベスパは小さくなった逆天号を手近な木の幹に放す。

「治るまでどのくらいかな?」

ベスパがルシオラに尋ねた。

「二、三日ってとこかしらね。それまでは、ここで大人しくしてましょう。」

ベスパとパピリオが別荘の中に入っていく。
後を追って中に入ろうとした俺を、ルシオラが呼び止めた。

「それじゃ、ヨコシマ。買い物につきあってくれない?」

「ああ、いいよ。」


◆◇◆◇


俺とルシオラは、車でスーパーへと向かった。

「パピリオに蜂蜜、ベスパはタンパク質、私は水と砂糖と……。」

女の子が買い物が好きなのは、種族を超えた摂理なのだろうか?
ルシオラは楽しそうに品物を選んでいく。

「ねえ、何か買いたい物ある?」

ルシオラが振りかえって、俺に尋ねた。

「冷蔵庫あるんだろ?少し新鮮な食材が欲しいな。おっ、生ラーメン!焼きソバもいいな!」

「お金はあるから、適当に好きな物を買っていいわよ。」

ちょっとデートしているみたいだな。そう思うと少し恥ずかしくなる。


「じゃ、お願いね。」

「ギィッ!」

買い物を済ませた俺達は車に荷物を積み込み、スーパーを後にした。
呼び掛けと共にチラッと開いたエンジンルームからは不気味なシルエットと鳴き声が。
どうやら普通の車ではないらしい。一体どんなエンジンを積んでいるんだろう?

「……ねえ、私達がどうしてお金持っていると思う?」

「あっ。そういや、何で?」

「南米で最初の基地を作ったとき、骨と一緒に金が出てきたのよ。
 それを土偶羅様が日本企業に売り飛ばして円に換えて……。」

ルシオラが何処からとも無く、冠や指輪などの金細工を取り出した。

「おかしいでしょ?」

「確かに。知らずに片棒担いでるんだもんな。知ったら、驚くぞ。」

金の為なら魔族とも取引する。流石、世界に名だたるジャパニーズ・ビジネスマン。
まあ、金の絡んだ事なら美神さんに勝る存在は三界を探してもいないだろうが。

「……ねえ、私とドライブしていて、楽しい?」

「ああ。……何かデートみたいでいいよな。」

「本当!?ヨコシマもそう思ってくれてたの!?……嬉しい!」

「え、えらい喜びようやな……。」

「だって、ヨコシマを無理やり逆天号に連れてきて、それから色々仕事を押し付けてたし、
 私を受け入れてくれたのは同情じゃないかって……。」

そんな事を考えていたのか、ルシオラ。

「下っ端魔族は惚れやすいのよ。知能の割に経験が少なくて、アンバランスなのね。
 子供と同じだわ。」

「俺もよく『生まれる前から愛してましたー!』って飛び掛ってたけど、
 ちゃんと付き合った経験無いしな。経験が少ないのは、お互い様だ。」

「ありがとう。あーあ、もういい時間だけど、こっちは東側だから夕陽は見えないのね。
 せっかく2人で見たかったのに。」

「この辺なら、人も殆ど来ないだろ?車を端に止めて、見に行こうぜ。」

「うん!」


俺はルシオラに車を止めさせると、『翼』の文珠で宙に浮かび上がる。
2人で崖の上まで飛んでいくと、ちょうど山の彼方に沈んでいく夕陽を見る事ができた。

「綺麗ね……。」

「そうだな……。」

余計な言葉は要らない。俺達は大自然の織り成す奇跡に見とれていた。
やがて夕陽は沈み、俺達は車の所に戻るとアジトに向けて移動する。

「あと何回、貴方と夕日が見れるのかしら?」

「……回数は解んねーけど、俺はルシオラが望む限り付き合うさ。」

唐突に車が止まる。シートベルトが無ければ、フロントガラスに頭から突っ込む所だった。

「鹿でも出……ルシオラ……。」

ルシオラは俺の首に手をまわすと、顔をギュッと俺の肩にうずめてくる。
俺は黙って彼女の細い身体を抱きしめた。背中をポンポンと優しく叩いてやる。

「ヨコシマは……優しすぎるよ。」

ルシオラは顔を上げる。見つめ合う俺達。ゆっくりと目を閉じるルシオラ。
俺は彼女の頬に手を添えると、そっと唇と唇を重ね合わせた……。

やがて、ゆっくりと唇を離す。すると、ルシオラが俺の耳元に口を寄せて来た。

「今夜、貴方の部屋に行くわ。私を抱いて……。」

その言葉は小竜姫様の仏罰をも上回る力で、俺の意識を刈り取った。

「ちょっと、ヨコシマ……!?」

だから、俺は気づかなかった。
俺達の帰りが遅いのを心配して、べスパが迎えに来ていた事を。話を聞かれた事を。


◆◇◆◇


――― これは全てが終わった後、べスパとヒャクメに聞いた話。

魔族と神族は遥か昔より、世界の覇権をめぐって何度も激しく争ってきた。
己の理想とする生態系や社会秩序を実現しようとしたが、相手も決して引かなかった。
対決がエスカレートし続け、最後には魔族と神族の直接対決……ハルマゲドンが起こる。

この衝突を何度か繰り返した後、魔族と神族の上層部で話し合いが行われ、
ハルマゲドンの回避に向けて互いが自制する事で合意した。
その結果、神族が人間を守護する立場となり、魔族は邪悪な存在とされた。
そう定義付けられたまま、どちらかが勝ってはいけない戦いを繰り返す事になった。

最上級の神・魔族は勢力バランスを保つ為、たとえ死んでも強制的に復活させられる。
故に最上級の魔族は永遠に邪悪な存在として、生き続けなければならなかった。
だが、元が豊穣神イシュタルであるアシュタロスは、生命を踏みにじる事に絶えられなくなった。
彼はその運命から逃れん為に、自分の理想とする世界を築き上げるという望みを叶えるか、
もしくは神界・魔界・人界の秩序を乱した罪により滅ぼさせるか、そのどちらかを望んだ。

――― アシュタロスは世界の支配など、望んでいなかった。

――― あいつは永劫の苦しみに悩んだ末に自分の滅びを願っただけ。

――― その望みは最高指導者達により叶えられ、永き眠りにつく事を許された。

――― 眠りは、小さな死。死は、大いなる眠り。


◆◇◆◇


「……何だ、今の夢は?」

気がつくと、俺はベットの中にいた。何時の間に眠っていたのだろう。
……そうだ。ルシオラの必殺発言のショックで気を失ったんだ。馬鹿みたいだな、俺。

だが、それよりも今の夢は何なんだ!?あれがアシュタロスの望みだと!?
どうにも信じられない。こんな事を美神さんに話せば、呆れられるだろう。
だが一方で、俺は今の夢は真実であると何故か理解していた。

「ヨコシマー!いい加減に起きるでちゅ!御飯でちゅよ!」

考え事の途中で、パピリオがドアを蹴破らんばかりの勢いで部屋に入ってきた。

「あー、悪い悪い。今、何時だ?」

「もう、7時30分でちゅ。ルシオラちゃんが焼くソバを作ったから、呼びにきたでちゅ。」

「焼きソバだろ?そうだな、せっかく豚肉とキャベツとモヤシを買ってきたんだし。」

「さあ、行くでちゅよ。」

食堂に行くと、山盛りの焼きソバが俺を待っていた。ルシオラが作ったのか、嬉しいな。
まあ、他の席には砂糖水と蜂蜜とプロテインが並んでいるのが異常ではある。

「やっと起きたのね。さあ、熱い内に召し上がれ!」

ルシオラは俺と目が合うと、恥ずかしそうに逸らした。大胆発言のすぐ後だしな。
べスパは何故か少し険しいような悲しそうな目で俺を見ている。どうしたんだ?

「おお、サンキュー。それじゃ、頂きまーす。」

熱々の焼きソバは充分に炒めた肉と野菜がたっぷりで、最高に美味かった。
皆が和気藹々と楽しむ中で、唯一人表情のすぐれないべスパの事が気になったが。


「……だからな、わしゃ、アシュタロス様に申し上げた!『短気を起こしてはなりません』とな!
 『その女が未来から来たメフィストの生まれ変わりなら、まだ捕まえる事はできます』
 ……おい。きーとんのか、ヨコシマ!?」

「聞いてますけど!!放射能くさい息を吹きかけんでくださいよっ!!
 被爆したらどうするんですか!?」

どうでもいいが、放射能とはかなり臭いな。それとも、別の匂いか?
放射能入りの水を飲みながら、蒸気を吹き上げてくだを巻く土偶羅の相手を俺がしている。

「思えば、あれから千年。野望が叶うまで間も無くだ。」

「そーですね。」

「テケレッツのパ……。」

「……ハッパフミフミ。」

「ちゃんと聞いておったか。」

「今まで何度、同じやり取りを繰り返したと思ってるんスか?」

「……言うな。あいつ等は付き合いが悪くてな。」

確かにルシオラ達は、精神的には普通の女の子と変わらない。
そして余程の奇特な娘で無い限り、上司の自棄酒に自ら付き合おうとはしないだろう。

「お風呂空いたわよ……。」

其処へ髪を拭きながら、パジャマ姿のルシオラがやってきた。
湯上りで顔が少し火照っていて……色っぽいな。

「先に休みますね、土偶羅様!」

「ン、おつかれさーん。」

「お前も早く部屋にね……ヨコシマ。」

「あ、ああ。オヤスミ。」

俺を見るルシオラの眼差しは潤んでいた。勿論、さっきの話は頭のど真ん中に鎮座している。
ああ、父さん!母さん!俺はこれから大人への階段を上ります!

ズキン!

突然、得体の知れぬ感覚が俺を襲う。同時に久し振りに込み上げて来た煩悩が霧散した。
……さっきの夢を見てから、また調子がおかしくなったな。

「こらっ、ちゃんと頭拭きなっ!!」

「ヨコシマー!!ゲームステーションやろっ!!」

バスタオルを持ったべスパとゲームステーションを持ったパピリオが部屋に入ってきた。
うーむ、逆天号が治るまでは休暇みたいなものだから、気持ちは解るが。

「悪い!今日は何か疲れてんだ!明日にしてくれないか?」

「そう言えば、買い物の途中で倒れたんでちゅよね。仕方ないでちゅ。」

「ありがとな。お休み、パピリオ、べスパ。土偶羅様、お先に。」

「おーっ。ゆっくり休めよー。」


俺は部屋に戻るとベットに横になる。
ルシオラの事を考えると興奮してくるので、さっきの夢の内容を反芻していた。

「要するに最上級の神・魔族は、世界を支える天秤の錘と考えていいのか?
 バランスが取れなくなる、つまり片方が軽くなるとハルマゲドンが発生してしまう。」

「厳密には、アシュタロスと呼ばれる存在が滅びたわけじゃない。錘は必要だから。
 だが、錘があればバランスは取れるので、永遠に眠らせる事にした。……待てよ。」

バランスが取れていて、ハルマゲドンが起こり難い方法。それが一番望ましい。
どうせなら……いや、そんな事は不可能だよな。


◆◇◆◇


ふと気がつくと2時間ほど経っていた。
そんなに長く考えていたのか?テスト勉強でも其処までしないのに。

ドガン!

「……ん!?」

不意に外から爆発音が聞こえた気がした。

ドガン!
ドガン!

気のせいじゃない!何があったんだ!?

誰も気付いてないのが疑問だが、とにかく窓から外に出ると爆発音がする方向へ走る。
すると其処では、ルシオラとべスパが互いに霊波砲を打ち合っていた!?
どう考えても、姉妹喧嘩で済む様なレベルではない。止めさせないと!
流れ弾を食らう危険を考慮して、『防』の文珠を発動させ、近づいていく。

「姉さんがヨコシマを好きなのは解っている!でも、認められないよ!」

「解って、べスパ!私達の寿命はあまりにも短い。だから、恋をしたら躊躇いたくないの!」

「忘れたわけじゃないだろ!千年前にメフィストが人間と逃げて……。
 アシュ様は、二度と部下が裏切らないように安全装置をつけたんだ!!
 私達の霊体ゲノムには監視ウィルスが組み込まれていて、
 テン・コマンドメント(10の指令)に触れる行動をとれば、その場で消滅しちまう!!
 人間とヤる事は、コード7に引っ掛かる。ヤったら、姉さんは消滅してしまうんだよ!」

べスパの言葉に、俺は心臓を貫かれたような衝撃を受けた。
そんな……それなら、ルシオラは何故……!?

「それでもいい!どうせ短い命なら、最後に惚れた男に抱かれて死ぬのも悪くないわ!」

その言葉を聞いた時、俺の頭をある光景がよぎる。

死にかけた俺に限界を超えて霊基構造を与え、俺を美神さんの元へ向かわせた後……、
微笑みながら眠る様に目を閉じ、消えて行く……ルシオラの最後の姿……。

一瞬、時が止まった様に思えた。
そして時が動き出した瞬間、俺の頭の中を大量の情報が激流の如く駆け巡った。
それは何度も繰り返して見た夢の内容。もう一人の俺の体験した記憶が解放されたのだ。

「うわぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!」

その衝撃的な内容に、俺はショックを抑えきれずに絶叫した。

「ヨコシマッ!?」

「何!?」

パシッ

「……ぐっ!」

「ごめんなさい、べスパ……。」

2人が俺が隠れていた事に気づいたようだが、そんな事はどうでも良かった。
認められなかった。世界も人類も救われた。アシュタロスは永遠の苦しみから解放された。
だが、ルシオラは俺を救う為に命を落とした!惚れた女の命を犠牲に俺は生き延びた!
そんな馬鹿げた話があるか!一体、何が間違っていたんだ!?

「ヨコシマ!しっかりして!」

嘗て無い程の怒りを覚えながら、俺の頭は逆に冷えていった。
冷静に記憶を反芻し、内容を把握していく。ふと、ある思い付きが浮かんだ。

「待てよ?…………は、ははは……ははははは!!」

アシュタロスの望みは、決して死ぬ事の出来ない魂の牢獄から開放される事。
世界の均衡の為に滅びる事は出来ず、未来で永き眠りに着く事で叶えられた。
すなわち神・魔族の均衡さえ崩さなければ、宇宙意思は特に干渉してこないという事。
簡単な事だ。初めからそれだけを望めば良かったのだ。

「ヨコシマ!」

ギュっとルシオラに抱きしめられた事で、俺は漸く意識を戻した。

「ルシオラ……べスパはどうした?」

「麻酔で眠らせたわ。どうしてこんな所に居るの!?」

「爆発音に気づいて、見に来たんだ。」

文珠に『覚』と込めて、べスパに使う。

「ヨコシマ、何を!?」

「くっ……ヨコシマ!?ルシオラは!姉さんは!?」

頭を振って起き上がったべスパが、俺の襟を掴む。

「……大丈夫。何もしてないし、何もしやしないよ。……ルシオラ。」

俺はルシオラをじっと見つめる。

「正直に言えば、お前を抱きたい。気持ちいいだろうし、お前も満足かもな。
 だけどな……好きな女を殺した俺はどうすりゃいいんだよ!?
 残されたべスパとパピリオがどんなに悲しむと思っているんだよ!?」

「「ヨコシマ……。」」

「だから何とかしてやる。寿命も何もかも解決させて、この戦いを終わらせる!」

俺の記憶を隊長達に伝えれば、アシュタロスとの戦いには役立つだろう。
だが、俺はルシオラ達三姉妹の味方になる事を選んだのだ。彼女達を救いたいのだ。

「アシュ様に逆らうって言うの!?そんなの無理に決まっているでしょ!」

「人間風情がどうにか出来る御方じゃないんだよ!馬鹿な事を考えんじゃないよ!」

「そんな事は嫌になるほど解っている。それに誰が喧嘩を売るなんて言った?」

そう、俺がアシュタロスと敵対する必要は無い。

「え!?」

「取引さ。メフィストは魂を代償に、高島の願いを3つ叶えると言った。
 奴にとって何よりも知りたい情報を与える代わりに、俺の願いを叶えさせる!」

望む事は三姉妹の束縛を解放し、誰も失わない事。アシュタロスの望みを叶える事。
そして、この世界に与える影響を最小限にする事。

「ルシオラ……土偶羅が次にアシュタロスへ連絡するのは何時だ?」

「……8時間後よ。」

俺のやろうとしている事は、世界から見れば決して褒められた行為ではない。
正義とも反する行為だ。例えそれで被害を最小限に出来るとはいっても。
だが、あんな結末を迎えるくらいなら、世界すらも騙してみせよう。

「全てはそれからだ。」


◆◇◆◇


「……土偶羅様。ちょっと話があるんですが。」

「何だ、ヨコシマ?」

翌朝、朝飯の後で土偶羅に話しかける。
ルシオラとべスパは不安そうに、何も知らないパピリオは不思議そうにしている。

「アシュタロスへの連絡に俺も連れて行ってください。」

「はあっ!?……おい、何を馬鹿な事を言い出すんだ!」

「人間が魔族に話を持ちかけると言ったら、1つしかないでしょ。取引ですよ。
 俺の持つ情報を担保に、叶えて欲しい願いがあるんです。」

「馬鹿もん!あの方の機嫌を損ねたら、魂ごと消されちまうんだぞ!
 ……聞かなかった事にしてやる。さっさと仕事にかかれ!」

「メフィストの転生先を教えますよ。
 それに『コスモプロセッサ』、『究極の魔体』なんてどうですか?」

「何だと!?何故、お前がそんな事を知っている!?」

「だから言ってるんです。取引がしたいと。」

「……待っておれ。アシュタロス様に話してみる。」

土偶羅は奥の部屋へと消えていった。

「ヨコシマッ!メフィストの転生先を知ってるの!?」

「お前、本気でアシュ様と取引するつもりなのか!?」

「さっきから訳が解りまちぇん。ちゃんと説明するでちゅ!」

今にも俺を振り回しそうな勢いの3人に向かって、両手を挙げる。

「降参、降参だ。まず、ルシオラ。メフィストの転生先は、俺の仕事先の上司なんだ。
 あの時はまだアシュタロスの目的を知らなかったからな。悪いが邪魔させてもらった。
 尤も、こないだの戦い以来、連絡は取ってない。もう、お前達の味方になったしな。
 ……べスパ。取引は勿論本気だ。1年の寿命も命がけのHも御免だからな。
 ……パピリオ。もうじき見せる事になるから、ちょっとだけ我慢してくれ。」

10分ほど経って、土偶羅が部屋に戻って来た。

「ヨコシマ、来い。アシュタロス様が話を聞くそうだ。ついでにお前達も来い。」


第五話に続く


――― ◆ ――― ◇ ――― ◆ ――― ◇ ――― ◆ ――― ◇ ―――


暗い部屋の中。アシュタロスの姿を模した巨大な像が鎮座している。

『……ほう。その魂の色には見覚えがあるな。メフィストを誑かした奴と同じだ。』

「察しの通り、俺の前世は平安時代の陰陽師、高島だ。それに俺にも会っただろう?」

さっき、頭を貫かれた記憶までも思い出しちまった。
つーか額から血が出てるぞ、今。魂の記憶という奴か?

『……それで、人間風情が私に話とは何だ?そして、何を知っている?』

その言葉を受けて、文珠を呼び出す。込める文字は『伝』『達』。

「今から見せてやるよ。だが、まず約束してもらおう。」

『……何だ?』

「取引は信用が第一だ。俺が情報を渡した後で、いきなり殺されたら堪らない。
 だから、あんたが俺の話に興味を持ったなら、俺の身を保障する契約をして欲しい。」

『……ふむ。そう馬鹿でも無いようだ。よかろう、我が名に誓いて。』

「なら、受け取れ……起こり得た、もう一つの未来の記憶を。」

俺は文珠を発動させた。


異なる道へ  第五話


「う、嘘だろ……。」

「信じられないでちゅ……。」

「そんな……私……。」

べスパとパピリオは驚愕を隠せない。ルシオラに至っては肩を抱きしめて座り込んでいる。
この場に居る全員が当事者となるので一緒に伝えたのだが、不味かったろうか?

『ふ……ふふ……ふはははは!予想外だ!人間達にここまでやられるとは!』

「どうだ、アシュタロス?」

俺はルシオラを抱き寄せて慰めながら、アシュタロスに話しかける。

『ヨコシマと言ったな。君のくれた情報は素晴らしい。
 アシュタロスの名において、君を我が契約者と認めよう。』

「安心したか?自分の本当の望みが叶う事が解って……。」

『ああ。君も解るのだろう、この永劫の枷に縛られた私の気持ちが。
 ……だが、何故だ?世界の切り札である筈の君が、何故こちらに居る?』

「この記憶に目覚めたのは昨日だし、何故この記憶を持つのかも良く解らない。
 少し前から、この内容を夢で見続けていたんだが、起きたら殆ど忘れてたしな。
 しかし……俺はあの未来には納得がいかない!お前は望みを叶えられた!
 でも、お前の娘達は不幸になった!そんなものが宇宙の意思でたまるか!」

『では、私の娘達に感謝せねばならないな。御蔭で世界の切り札はこちらに来たのだから。
 そうすると、この世界は君の知る未来とは異なる平行世界となったわけか?』

「おそらく、途中までは殆ど変わらんと思うがな。
 この記憶を見た上で聞くが、今でも自分の理想世界を創造する気なのか?」

『其処まで私は馬鹿ではないよ。宇宙の修正力は私の想像を遥かに超えていたのだからな。
 それで君は私にどうして欲しいのだね?』

「お前には不本意かも知れんが、俺の居る人間界が今のままであって欲しいし、
 神族や魔族にも知り合いがいる。だから被害を最小限に、お前の願いを叶えたい。」

『そんな都合の良過ぎる方法があるのか!?』

「おいおい……あれだけ御都合主義な道具を開発しておいて、今更何を言うんだ?」

『コスモ・プロセッサか……。だが、宇宙の修正力の件はどうする!?』

「あの記憶の中で、お前は死んだ魔族達を復活させた。世界の法則を書き換えているんだ。
 つまり宇宙意思の反発が少ない条件なら、装置は問題無く動く。だから……。」

俺は自分が考えた方法を説明した。

『……成程。それは面白い!理には適っている!』

「お前から見ても、問題は無さそうか?」

『ああ、これなら修正力は殆ど働かないだろう!詳細な詰めはまかせたまえ!』

「では、俺の望みを聞いてもらえるな。」

『テン・コマンドメントは、私の意志で消す事は簡単だ。今、解くとしよう。』

アシュタロスの像の目が赤く輝く。すると、ルシオラ達が光に包まれる。

『……これでいい。寿命の件は時間が掛かるし、力が下がるから作戦に支障が出る。
 コスモ・プロセッサを使うまで待ってくれ。』

「解った。それじゃ俺は明日にでも都庁に向かう。南極までは同じ流れで行くからな。
 到達不能極でなら、コスモ・プロセッサを使うのには最適だろうし。
 悪いが宇宙意思には、しばらく悪夢を見てもらうとしよう。」

『さしずめ君は悪夢の元凶、宇宙のタナトスと言う所か。』

唐突に謎な言葉をアシュタロスが紡ぐ。

「何だそりゃ?」

「退屈しのぎに読んだ本に書いてあったものだ。戻ったら誰かに聞いてみたまえ。
 では、そろそろ私は眠りにつくとしよう。さらばだ、ヨコシマ。」


アシュタロスの声が消えると、部屋は静かになった。誰も話そうとしない。

「おい、皆。起きてるか?」

声を掛けると、しばらく呆けていたルシオラ達の意識が戻ってきた。

「……ヨコシマ!」

ルシオラは俺に抱きついてきた。

「信じられない!アシュタロス様が貴方を契約者と認めたなんて!本当に凄いわ!」

「嬉しいでちゅ!この戦いが終わっても消えなくていいんでちゅね!!
 大きくなれるんでちゅね!皆で楽しく暮らせるんでちゅね!」

「参ったね……。あんた、最高だよ!」

べスパとパピリオも喜びを隠せない。まだ、これからが大変なんだけどな。
さっきのやり取りは、実は自分でも意外だった。俺って本番に強いんだな。
うっ……今になって、震えが来てるぜ。

「とことん規格外な奴だな、お前は……。」

土偶羅、居たんだ。

「ところで、コードは間違い無く解除されたのか?」

「さっき、私達の霊基構造が変質したのが解ったわ。一応、確認しとくけど。」

「そうしてくれ。さて、それじゃパピリオ。約束通り、一緒にゲームするか。」

「やったー!」

今日は、ゆっくり休もう。明日から、あちら側に行かなきゃならんしな。


◆◇◆◇


あれから2日後。

「君が話してくれたアジトらしき所を調べたが、もぬけの空だな。
 何の手がかりも残っていない。」

「逆天号の修理が終わったんだな。あいつ等も延々と留まっては居なかったか。」

今、俺が居るのは都庁地下のアシュタロス対策本部である。
とりあえずオカルトGメン東京支部に向かったが、隊長達は居ない。解ってはいたが。
2,3の質問の後、受付嬢に何とか納得してもらえたので、西条に連絡を入れた。
西条は部下を昨日まで居たアジトに向かわせ、俺は取調室で飯を喰っている。

「……ところで、横島君。何故もっと早く連絡を寄越さなかったんだね!?
 そうすれば、船を下りた所で相手を出来た筈だ!」

「お前な……。俺は隊長に捨て駒にされた事を許した覚えは無いぞ。
 応急修理中は怒りで何も考えられなかったわい!
 その後、あのアジトに移動する事になったが、通信鬼を船に置き忘れたんだ。」

「相変わらず抜けているな、君は……。」

「やかましい!……隙を見て、アジトから夜中に脱走したんだが金持ってなかったし。
 東京にだって、飲まず食わずにヒッチハイクを繰り返して、やっと着いたんだぞ!」

「ふう……民間人の君に期待したのが、そもそも間違いだしな。
 無事の帰還をおめでとう、と言っておこうか。」

「お前……俺を疑ってんのか!?俺がアシュタロスの手下になったと!?」

因みにあいつとは契約で結ばれた協力者であって、主従関係ではない。

「いや、僕が危惧しているのは……あの女幹部とデキてたりしてないかだな。」

「おいおい……美神さんと違って、相手は俺なんか片手で殺せるんだぞ!?
 小竜姫様みたいに手加減してはくれないし、俺だって最初の覗きでこりたわい!」

「それでも覗かないという選択肢を選ばない所が凄いな……。
 いや、すまない。僕の勘繰り過ぎだった。」

危なかったな。いつもの俺なら慌てふためいて墓穴を掘る所だが、そんな場合ではない。
此処に来る前に『演』『技』と込めた文珠を飲み込んでおいた。
これで、いくら心の動揺があっても表に出る事は無い。大体、1ヶ月は持続するだろう。

「何か話は聞いていないのかね?」

「……いよいよアシュ様の下に合流するって、パピリオが言ってたな。」

「あの少女型魔族か……。」

まあ、嘘ではないしな。情報自体は。

「所で、西条。タナトスって知ってるか?」

「心理学用語で言う所の死の衝動という奴だ。生物は生まれながらに死を望む本能を持つ。
 フロイトは、このタナトスこそが悪夢を見る原因だと仮説を立てている。」

成程ね。俺が平行世界の記憶に目覚めたのは、宇宙のタナトスの導きかもな。
俺の選択次第では、世界は滅びの道を歩む可能性も起こり得たのだから。
まあ、俺の目的は世界を滅ぼさない事なんだけどな。

「良く知ってるな?」

「君がこの言葉を知っていた方が驚きだよ。」

悪かったな。どうせ、又聞きだよ。


「横島君が戻ったんですって!」

「横島さん!?」

勢い良く扉が開かれると、美神さんとおキヌちゃんが駆け込んできた。
後ろにヒャクメも居る。美神さんは身体に傷が増えているようだが、元気そうだ。
3人とも俺の事を心配してくれているので胸が痛いが、堪えねばならない。

「美神さん!おキヌちゃん!……ただいま!」

少しでも安心させようと、軽く微笑みながら挨拶する。
すると、何故か美神さんとおキヌちゃんは言葉を無くした様に俺の事を見つめる。

「お……おかえり。」

「横島さん、なんか…感じが…更に落ち着いたってゆーか…。」

「そうかな?別に前と変わらないと思うけど……。」

いや、思いっきり変わっていますが。何せ平行世界の未来の記憶に目覚めてますし。
その所為で精神的に一気に成長した様だし、煩悩をあまり湧かなくなった。
理由は不明だが霊力の出力と制御が高まったし、文珠の生成ペースも上がった。
今の俺は、霊力面では南極で対峙した時と同等という所だろう。

「所で美神さん、そのケガは?西条が言っていた特殊訓練ですか?」

「え、ええ……まあね。」

「随分、きついみたいですね。どんな訓練なんですか?」

平行世界では自分にもやらせろと言ったら、魔女狩りさながらの拷問を受けるほど疑われた。
俺は決してマゾではない。痛いのは嫌いなのだから、無駄な事はしない。

「今まで戦った事のある敵を相手にした、シミュレーション訓練なのよ。
 バイパーとかハーピーとかね。しかも10倍の強さになっているの。
 それを100人抜きしろってのよ!漸く70匹を超えたんだけど、ママは認めてくれないし!」

「……それは辛いッスね。」

だが、俺の霊力が美神さんと同レベルまで成長した事を示す必要がある。
それに、まだ身体と意識にズレがあるから、実践訓練は必要だ。

「それで、おキヌちゃんはどんな訓練しているの?」

記憶の通りに夜中に訓練を始めよう。そう思いつつ、会話を横に逸らした。


◆◇◆◇


その後、隊長に帰還の報告をして、前に言った事を一応謝罪する。
隊長も悪いと思っているのか、少し困った顔で労ってくれた。
俺にも護りたい者達が出来たから、娘を想う気持ちは解らんでもない。
それに美神さんと南極に行く為は、この人の進言が必要になるのだから。

それから夜が更けるのを待って、霊動実験室に忍び込む。
スイッチを入れると1体目の魔物が出てきた。右手にハンズ・オブ・グローリーを作り出す。

「目標、100匹!……行くぜ!」

最初の数匹は、いまいち感覚がつかめずに苦戦したが、段々と慣れてくる。
相手の動きに目を配れば、動きの起点が解る。後は冷静にかわすだけだ。
今までは動揺し過ぎて、必要以上に回避動作が大きくなった。よく生きてたな。
今は身体能力を霊力で強化し、自慢の反射神経と併用させて最小限の動きで回避できる。
体勢が崩れないので疲労も少ないし、攻撃への動作が容易となる。随分変わるものだ。

「……37匹目、クリア!」

流石に少し辛くなってきたので、文珠を呼び出す。『剣』と『鎧』と込めて発動する。
ハンズ・オブ・グローリーが双剣の霊波刀となり、俺の纏う服は道士服の様になった。
制御の事を考えると、2文字の熟語よりも1文字の言葉を2種類行使する方が楽らしい。
そして、自分の霊能力強化に使用するのが尤も効率がいいそうだ。
この辺の知識は、平行世界の記憶から得たものである。自分と同じ存在とは思えん!

両手で構えた双剣の霊波刀で、バイパーを一刀両断にする。
さっきとは切れ味が段違いだ。しかも刃が両端にあるから、武器を戻す手間が要らない。

「こりゃ、凄いな。頼むぜ、ツイン・オブ・グローリー!」

また、道士服も優れものだ。霊波砲を数発食らったが、大したダメージは無い。
防御力は、雪之丞の魔装術にも匹敵するだろう。これならば……いける!

犬飼ポチを連続攻撃で切り捨て、ガルーダの攻撃をかわし、胸を貫く。
身体が頭で考えたとおりに動いてくれるのが楽しい。もう雪之丞の事、笑えないな。
これが実戦だったら、そう考えるわけにはいかんのだがな。只の殺戮者だし。


そうして88匹目を倒した時、俺の前に美神さんが現れた。
そして、隊長の声が実験室に響き渡る。

「勝手に施設を使った事は、今回は目を瞑ります!それは貴方用の特別な相手よ!」

「美神さんが相手ッスか……。実は本物って事は無いでしょうね?」

実は彼女から酒の匂いがプンプンしてるから、本物だってのは解ってんだが。

「本物じゃないですよね?プログラムですよね?」

一応とぼけて演技を続ける俺に向かって、美神さんは神通棍を勢い良く振るう。
それを距離を取ってかわす。すると、お得意の鞭状態にして縦横無尽に振るってくる。
ツイン・オブ・グローリーで全て弾くが、間合いに踏み込ませてくれない。流石だな。

「ちっ!」

美神さんが舌打ちする。防御に徹している俺は、彼女でも攻め切れない様だ。
とは言え、あの鞭が厄介なのでツイン・オブ・グローリーの間合いに踏み込めない。

「喋った!?やっぱり、本物なんですか!?」

「横島クンが私を越えたなんて……そんな怪奇現象、認めないわ!」

まあ、まだ美神さんは俺を舐めたままだから、やり様はある。
俺はサイキック・ソーサーを2つ、ツイン・オブ・グローリーの両端に作り出す。

「いけっ!」

「同時に2つ!?」

左右に大きく弧を描きつつ、2方向からソーサーが美神さんを狙う。
その威力も多少の制御が出来る事も知っている彼女だから、神通棍を元の状態に戻す。
同時に俺は一気に距離を詰めるべく、彼女に向かって走り出す。

「嘘!?ソーサーはおとり!?」

「爆ぜろ!」

片方のソーサーが自壊して、サイキック猫騙しと同じく閃光で目を晦ませる。
怯んだ美神さんの背中に、もう片方のソーサーが当たり、爆発する。
威力を抑えたんで大したダメージは与えてないが、充分な隙が出来た。

「ぐっ!」

「終わりです!」

体勢を崩した美神さんの手から神通棍を弾き飛ばし、もう一方の刃を首筋に当てる。

「……俺の勝ちですね。」

「信じたくないけど……私の負けだわ。」

俺の言葉に美神さんは項垂れる。この人も普段からこうなら可愛いのに。
だが、今の戦闘はいい経験になった。力任せでない美神さんの戦い方は参考になる。
身体もイメージ通りに動けるようになったし、霊力の制御は想像以上に高まった様だ。

「いけるわ、横島君!……これなら、令子を救えるわ!」

ええ、俺の計画通りです。これで俺が南極に同行する口実が出来ました。


◆◇◆◇


「アシュタロスの狙いが令子にある以上、対決は避けられません。
 ですが令子の霊力は既に限界まで引き出されています。これ以上の強化は無理でした。」

俺と美神さんにおキヌちゃん、そして西条とヒャクメに向かって、熱弁をふるう隊長。

「そこで新しいアプローチです。令子のパワーに他人のパワーを上乗せします。
 霊波が共鳴すれば、相乗効果で数十〜数千倍のパワーを得る事ができます。
 しかし人間である以上、わずかなブレは不可避です。それを解決出来るのは……。」

「文珠ですね。霊力の流れを100%制御できる能力……。」

「ええ。今後は同期訓練をメインに進めます。令子、今日から彼は貴方のパートナーよ。
 彼を尊敬し、信じ合える様になりなさい。」

「まさか、バイトの荷物持ちに抜かされるとは思わなかったけど。しょうがないわね。」

すみません。俺は初めから、あなた達を裏切っています。
俺達の望みを叶える為には、どうしても美神さんのエネルギー結晶が必要なんです。

バタン!

「失礼します!緊急事態です!」

突然、オカルトGメンの制服を着た男が、会議室に入ってきた。

「何があったの!」

「実はですね…………メフィストがここに居ると聞いて、逢いに来たのだよ。」

「!?……貴様、何者だ!」

「落ち着きたまえ。其処の神族の娘、私の事を覚えているかね?」

「……いいえ?」

「そうか、君はピントを霊波に合わせているな。だから、ちょっとした迷彩で誤魔化される。
 では、こうすれば解るかな?」

男の顔をじっと見ていたヒャクメの顔が一気に青褪める。

「ア、アシュタロス!?」

「何だと!」

「嘘!」

全員が立ち上がって身構える。俺以外は予想しなかった事態に半ばパニックに陥っている。
勿論、こいつは本物ではない。俺達の望みを代弁する為の人形だ。そして、もう1つ。

「ここで君達とやり合う気は無い。これは只の人形だからな。」

そう言った瞬間、隊長が拳銃を抜いて人形の身体を撃つ。一歩遅れて、西条も撃つ。
全弾を食らった人形はあっけなく倒れ、首だけがずるずると伸びて来る。

「君達はどうもマナーが悪いな。せっかく話し合いに来たというのに。」

「話し合うならチャチな分身じゃなく、本人が来なさい。」

「そうしたいのは山々だが、知っての通り、私は神・魔界への妨害で手が離せない。
 そこで、この様な方法を取らせてもらった。」

どうでもいいが、この光景は目の毒だな。直視したいものじゃない。

「単刀直入に言おう。私には其処の美神令子の魂と同化したエネルギー結晶が必要なのだ。
 そこでだ……私の居場所を教えるから、彼女を連れて来てくれないか?」

「……何を言うかと思えば。貴方が神・魔界を妨害出来るのは、あと数ヶ月が限度。
 その後は全ての神様と悪魔が貴方を殺すでしょう。私達が行く必要が何処にあるの?」

「そう言うと思って、色々と準備したよ。まず第一に、母親を人質にする。」

さっきの騒ぎの間に隊長の後ろに移動したべスパの妖蜂が、隊長の首筋を刺す。

「ぐっ!」

首を抑えながら、隊長は床に崩れ落ちた。

「ママ!」

「その毒の解毒剤は私しか持っていない。大体8〜12週間で死に至るだろう。」

「わ、私1人の命と世界を引き換えには出来ないわ。
 ゴースト・スイーパーに悪魔の誘惑は通じないのよ!」

母は強し、と言う所か。自分の命と娘の命なら、隊長は娘を選ぶだろうな。
何せ、娘を犠牲にしない為に時間移動までして来たんだから。

「では、もう一つ条件を加えよう。私は全人類を滅ぼせるだけの核ミサイルを手に入れた。
 私の願いが聞き届けられないなら、世界の主要都市へ向けて使用する。」

「な、何ですって!!」

「馬鹿な!」

「あんな潜水艦数隻で世界が滅ぼせるとはね、人間も侮れんものだ。
 その気になったら、さっさと来てくれ。場所は、この蛍が教えてくれる。」

その言葉と同時に現れた蛍が、俺の肩に止まる。

「これと同じ人形を世界GS本部にも送っておいた。賢明な判断に期待するよ。」

最後の言葉を言い終えると、人形は崩れてしまった。

「西条君、本部に連絡を!私は……。」

言い掛けた途中で、隊長は意識を失った。

「ママッ!」

「救急車を呼べ!」

流石に電波ジャックをすると、暴動が起きる可能性がある。無駄な犠牲は出したくない。
だから、こういう方法を取った。潜水艦が行方不明になった情報は直に入るだろう。
核ジャックだけで充分ではあるが、隊長が無事だと面倒だ。さっさと退場してもらった。

幕が上がる。舞台は南極。悲劇となるか喜劇となるかは、宇宙意思にも解らない。


第六話に続く


――― ◆ ――― ◇ ――― ◆ ――― ◇ ――― ◆ ――― ◇ ―――


「さて。世界GS本部から、美神令子を連れて南極に向かう様、命令が来た。
 それにアメリカ、ロシア船籍の原子力潜水艦が数隻、行方不明になっている。
 最早、世界の命運は我々に委ねられたと言っていい。」

今や事実上の指揮官となった西条が、俺達に状況を説明する。

「命がけの任務となるが、どうか協力してもらいたい!」

「当たり前だぜ。あいつ等には恨みもあるしな。」

「人類の命運が掛かっている以上、手助けするのは当たり前だ。」

「微力ながら、お手伝いします。」

「お友達〜じゃな〜い。」

「魔神と遭遇する等、出来るとは思わなんだ。逃す手はあるまい。」

「イエス、ドクター・カオス。」

「世界が滅ぶのに手をこまねいているほど、馬鹿じゃないワケ。」

「不安じゃが、引けませんノー。」

雪之丞、唐巣神父とピート、エミさんにタイガー、カオスのジーさんにマリア、
そして冥子ちゃんというお馴染みのメンバーだ。
と言うか、俺の知り合いって凄い人達ばかりだな。

「ヒャクメ様。お預かりした心眼、何とか役立てて見せます。」

動けなくなったヒャクメの代わりに、おキヌちゃん。

「……協力、感謝するわ。」

母親が心配な所為か、美神さんは元気が無い。

「大丈夫ですよ。訓練はうまくいったんですし。皆、無事に帰れますよ。」

いや、無事に帰しますよ。犠牲は最小限で済ませます。

「横島君、随分頼もしくなったわね……。」

「いやいや、御礼ならその身体で……げぼっ!」

「……前言撤回するわ!」

偶にボケないと俺も参っちまうからな。シリアスは性に合わない。
今の内に和んでおこう。

「あー、それで目的地だが……。」

西条が世界地図を取り出す。すると、蛍が南極のある地点に止まった。

「ほほう。南緯82度、東経75度。到達不能極じゃな。」

「地球のチャクラと言うべき場所だ。アシュタロスがアジトにするのも頷ける。」

こうして、俺達は決戦の舞台へと向かうのだった。


異なる道へ  第六話


世界GS本部がチャーターした飛行機で、俺達は南極へと向かった。

到達不能極までは輸送ヘリを使い、漸く大氷原の真ん中に着陸したのだが。
……寒い。特注のモコモコな防寒着を着ているのに、寒くて仕方ない。
文珠を使いたいが周りが許してくれず、我慢するしかなかった。

「……誰か先に降りなさいよ。到着よ。」

「……お先にどうぞ。」

誰も降りたくないらしい……。外はもっと寒いしな。

「……全員で降りましょう。」

寒さのあまり、ボケる気も起きない。さっさと降りる事にした。

全員が降りた瞬間、俺の肩に止まっていた蛍が、光を発する。
同時に目の前の空間が歪んでいく。

「な、何よこれ!?」

気が付くと、俺達の目の前に天高くそびえる巨大な塔が出現していた。

「バベルの塔だと!?」

「これがアシュタロス様の力。あの方の魔力を以ってすれば、容易い事。」

ルシオラ、べスパ、パピリオが空間から湧き出るように現れた。

「随分と遅かったね。アシュ様は、お待ちかねだよ。」

「ポチ……。可愛がってやったのに、よくも裏切ってくれまちたね!」

パピリオが俺を睨みつける。演技と解っていても、結構怖い。

「パ、パピリオ様……。」

「……ポチの処遇は後回しだ。ついて来な。」

踵を返したべスパの後にルシオラとパピリオが従う。
俺達は黙って従うしかなかった。

「暑くなってきたわ。どうやら、この不細工な服は脱げそうね。」

服を小脇に抱え、ついていく俺達の目の前に、巨大な岩の扉が現れた。

「横島君、離れるんじゃないわよ。」

「この戦いが終わった後で、もう1度言って欲しいですね。」

「……馬鹿。」

美神さんが珍しく軽く、俺の頭を小突いた。


「止まれ!この先は、美神令子一人だ。来い!」

「待ちなさいよ!魔神ともあろう者が人間を恐れるってーの!」

「アシュ様の望みは美神令子のみ!おまけは要らない!」

「……言ってくれんじゃねーか。」

「べスパちゃん、ポチも連れて行きまちょう……。」

「そうね……お仕置きをしないとね。」

「え、遠慮いたします!」

演技と解っていても、お仕置きという言葉には反応してしまう。悲しいな……。

「お前達は私のペットと遊んでいるでちゅ。出ておいで!」

パピリオが右手を上げると、4体の化け物が現れる。
随分デフォルメされているが、熊に犬に鳥に蛇という所か。

「キャメランほどでは無いでちが、そこそこ強いでちゅよ!」

化け物達は、雪之丞達に一斉に襲い掛かる。
その隙にべスパが美神さんの腕を掴み、ルシオラが俺を羽交い絞めにして、
塔の中へと連れ込んだ。

「畜生、これじゃ旦那の考えは使えねーな!」

「くっ!おキヌ君、何とか魔力の源を見つけ出してくれ!君は僕が守る!」

「は、はい!」

「行け、マリア!」

「イエス、ドクター・カオス。」

「いやー!蛇きらーい!」

「あんたの式神に似たようなのいるでしょ!」

「サンチラちゃんは〜お友達だもーん!」

後ろで大騒ぎになっているのを気にもかけずに、パピリオも俺達に合流する。
そして扉は閉まった。全て計画通りに。


◆◇◆◇


「ポチのお仕置きはパピリオに任すとして……来い、美神令子!」

「そ、そげな……美神さーん!!」

「待った!そうは行かないわよ!」

美神さんが俺の腕を掴む。

「そっちの頼みを聞いて、態々来てやったのよ。
 そう何もかも、あんた達の言いなりにはならないわよ!」

「立場が良く解っていないみたいだね。この場で決着をつけてやろうか?」

睨み合うべスパと美神さん。その時、頭上から声が響いてきた。

『構わんよ、べスパ。』

「しかし、アシュ様……。」

『彼らの言い分も尤もだ。私を倒す為に、何か準備をしてきたようだしね。
 人間の身で何をするのか興味がある。二人とも連れて来たまえ。其処の通路からな。』

その言葉が終わると同時に、壁に新たな扉が現れた。

「アシュ様の命令だ。中に入れ。」


通路の先は、石畳が敷き詰められた大広間へとつながっていた。
数十メートル四方の広さがあり、正面には石で作られた階段がある。
そして階段の上の広間に、黒色のマントを身に纏ったアシュタロスの姿があった。

「アシュ様。メフィスト……いや、美神令子が参りました。」

アシュタロスの足元にいる土偶羅が、そう告げた。
俺は『演』『技』の維持を止め、アシュタロスの方を見る。
俺達の視線が重なった。そして、観客が1人だけの芝居が始まる……。

「……神は自分の創った物全てを愛すると言う。よく戻って来てくれた、我が娘よ。
 信じないかもしれないが、愛しているよ。」

アシュタロスはこちらに歩み寄り、階段の上でその歩みを止める。
美神さんの足が、突然ガクガクと震え始めた。前世の記憶が蘇りつつあるのだ。

「大丈夫ですか……美神さん。」

「か、体中の力が抜けていくわ……何故!?」

俺は美神さんに駆け寄りながら、潜在意識下から3つの文珠を呼び出す。

「私は『道具』を作ってきたつもりだったが、お前は『作品』なのだよ。
 この違いが解るかな?道具とは目的の為に機能するだけの存在だ。
 一方『作品』には作者の心が反映される。意図しようがしまいがね……。」

美神さんの足の震えが、一層強くなった。もう少しだ。

「千年前、お前にやられた時には屈辱を感じたが、後で私は嬉しくなったよ。
 私もまた造物主に反旗を翻す者。お前は私の子供、私の分身なのだ!」

アシュタロスはマントを翻し、階段の下まで一気に跳躍する。
美神さんを揺さぶる為、手の届く位置に近づく為。

「独り戦い続ける私の孤独を、お前という存在が和らげてくれる。
 私は創造する喜びを知った。……戻って来い、メフィスト!私の愛が理解出来るな!」

アシュタロスが美神さんに向かって差し伸べた手から、膨大な霊波が発せられる。
その霊力の波が、美神さんの全身を包み込んだ。

「!!」

アシュタロスの霊波に包まれた美神さんの目が、一瞬大きく開かれた。

「ア……アシュ様!」

ここだ!美神さんは前世の記憶に翻弄され、完全に無防備になっている。
この機を逃さず、俺は文珠を発動させる。込められた文字は『封』『眠』。

「すみませんね……美神さん。」

「高島殿…いえ…横島君!?……ま…まさ、か…!?」

「利害が一致したんです。少し眠っていて下さい。目覚めたら全て終わっています。」

彼女の意識を『眠』らせて、抵抗を『封』じる。次に『模』の文珠を発動させる。
俺の体は、顔を除いてアシュタロスそっくりの姿に変身した。
アシュタロスは美神さんの胸に手を差し込むと、エネルギー結晶を手に掴んだ。
変身したと同時に流れてきたアシュタロスの知識に従い、美神さんの魂を呪縛する。

「そうだ……しっかりと押さえておいてくれ。彼女を消すのは不本意なのだろう?」

そう。エネルギー結晶を無理矢理奪い取れば、美神さんの魂はズタズタになるだろう。
そんな結果を俺達は望まない。だから俺はアシュタロスを『模』して、サポートに回る。
アシュタロスの思うとおりに術を使い、傷ついた箇所を修復し補強していく。

「……よし、切り離し完了だ。とうとう手に入れたぞ!」

アシュタロスが引き抜いた手には、燦然と輝くエネルギー結晶が握られていた。


◆◇◆◇


「よくやってくれた、ヨコシマ。全て計画通りだな。」

俺は美神さんの魂にダメージが無い事を確認して、変身を解く。

「大した事じゃないさ。……それよりもパピリオ、雪之丞達は大丈夫か?」

「あの子達の仕事は牽制でちゅから、攻撃力は大した事無いでちゅ。
 もう、何人か気を失ってまちゅよ。」

「美神令子は此処に置いとけばいいかい?」

「そうだな。」

べスパが美神さんを玉座に座らせる。

「よし、土偶羅。コスモ・プロセッサ、起動準備!」

「はっ!」

大広間の壁が崩れると、隣の部屋に巨大な宇宙のタマゴを載せた台座が現れた。
土偶羅は台座のパネルに融合する。台座の壁の一部が開き、中からトレイが現れる。
アシュタロスは、その上にエネルギー結晶を載せ、台座の中へと戻す。

「エネルギーの奔流に巻き込まれぬ様、其処に居てくれ。……コスモ・プロセッサ起動!」

台座の上の宇宙のタマゴが、高速で回転し始める。
同時に宇宙のタマゴから大量のエネルギーが流れ出すのが見えた。
やがて、キノコの様な笠が形成される。これが……コスモ・プロセッサか!
そして、アシュタロスは設置された鍵盤の上に手を置く。

「コスモ・プロセッサ、無事に起動完了!現在、待機中。」

土偶羅が準備が整った事を告げる。

「では、試運転だ。功労者に財宝を!」

アシュタロスの言葉が終わると共に、俺達の前に小さな宝箱が現れた。
同時に蓋が開くと、中には大粒で美しい精霊石が数十個、布に包まれて入っていた。
俺の主観だが、美神さんが身に付けている石と比較しても大差無い上物だ。

「よし、試運転は問題無いな。ヨコシマ、それは私の気持ちとして受け取ってくれ。
 では、いよいよ本番だ。私の娘達の寿命を延ばすぞ!」

「了解です!」

アシュタロスの指がピアノ奏者の様に動き回る。

「強くイメージするのだ、お前達の願いを!」

「「「ああー!!」」」

コスモ・プロセッサが輝きを放ち、ルシオラ達が光に包まれた。

「とりあえず1000年に設定したが問題無いだろう。パワーは多少落ちるが勘弁してくれ。」

光が収まっていく。これで、第1段階は終了したのだが……。

「…………おい、アシュタロス。」

「…………何だね、ヨコシマ。」

「あれは……何でだ。」

「聞かないでくれ……だが3人とも、寿命は間違い無く延びているぞ。」

光が収まった後には、3姉妹の姿があった。寿命は目に見えないので、俺には解らん。
だが、はっきりと解る変化がルシオラとパピリオには現れていた。

「やったわ!さようなら、Aカップ!今日は、Cカップ!」

「なかなかです!これならヨコシマも満足するですよ!」

ルシオラの、パピリオ曰くぺチャパイは目測で2カップ以上大きくなり、
パピリオは15,6才の、俺の許容範囲ばっちりな美少女にクラスチェンジしていた。

「あんた達……何、考えてんだよ!?」

「試してみるものね!……って、パピリオ!?今の私と同じくらい!?」

「ルシオラちゃん!?……シリコンですか、シリコンですね!?」

はあー、シリアスな雰囲気が台無しになってしまった……。

ゴン!ゴン!

「……とりあえず。おめでとう、3人とも。」

「……ああ。ありがとう、ヨコシマ。」

俺の祝いの言葉に、ベスパだけが返事を返した。
後の2人は頭を押さえて蹲っている。べスパの拳骨が炸裂したのだ。

「痛い……。」

「横暴ですよ、ベスパちゃん。」


「さあ、本命を始めるぞ!」

気を取り直して、アシュタロスに声を掛ける。

「ああ……とうとう私の悲願が叶う時が来た!土偶羅、演算開始だ!」

「はっ!…………準備OKです!」

「行くぞ!……666秒後に、私を決して覚める事無き永き眠りへと導け!
 そして神・魔のバランスを取るべく、大天使サリエルにも同様の処置をせよ!」

その言葉が響いた後、場が静まり返る。やがて、土偶羅の嬉しそうな声が響いた。

「…………エラー発生せず。成功です!おめでとうございます!」

アシュタロスの切なる願いに、コスモ・プロセッサは答えた……。
遂にアシュタロスは魂の牢獄から解放されたのだ!

「永かった……。理想世界の実現には至れなかったが、今、私は満足している……。」

平行世界で、アシュタロスは最高指導者達により、永き眠りにつく事を許された。
最上級の神・魔族は世界を支える天秤の錘と考えれば、存在さえあればいいと言う事。
彼の望む完全な滅びでは無いが、もう生命を踏みにじる行為に苦しむ事は無い。
そして世界の修正力と神・魔のバランスを考え、神族側にも泥を被ってもらう。
大天使サリエルを選んだのはアシュタロスだ。どんな因縁があったのかは解らないが。

「結果だけを見れば、神・魔族の痛み分けって所だな。」

「「「おめでとうございます、アシュタロス様!」」」

「うむ、あと少しだ。……ヨコシマ、我が契約者よ。頼みがある。」

「何だ?」

「ルシオラ達は、これから長い時を生きる事になる。彼女達を支える者が必要だ。
 だが、残念な事に君の寿命は精々100年しかない。種族が違うのだからな。」

「それはそうだが……。」

「強い存在の1部を受け入れると、その存在の力が宿ると言う話は世界中に存在する。
 何故なら事実だからな。……私の魂の欠片をその身に宿してはくれないか?」

「何ー!?」

いきなり、何を言い出すんだ。お前は。

「見れば解るが、ルシオラとパピリオはお前を慕っているし、べスパも満更ではない様だ。
 私もお前ならば娘達を任せられる。勿論、お前の本質が失われるわけではない。
 東洋の仙人の様なものだ。人間の肉体のまま、不老長寿となる。」

「こんな場面で言う事無いだろ……。」

三姉妹の方に目を向ける。ルシオラとパピリオは、期待と不安を湛えて俺を見る。
ベスパも掌を合わせて、こちらを見ている。

「……約束したからな。ずっと傍に居るって。」

その言葉に、三姉妹は笑顔を向けてきた。

「すまんな。ベスパ、あれを……。」

ベスパが俺に手渡したのは……竜の牙とニーベルンゲンの指輪?

「私の欠片を取り込めば、神魔のアイテムとの親和性が高まる。きっと役立つだろう。」

「お前、前から内緒で検討してやがったな……。」

アシュタロスの手の中に小さな光の塊が生まれる。ふわりと宙を舞い、俺の許に来た。
それを受け取ると、俺の体が光に包まれる。同時に凄まじい力が漲ってきた。
同時に竜の牙とニーベルンゲンの指輪が、俺の中へと溶け込んでいく。

「……よし、成功だ。霊力は500マイトだな。文珠は使えるか?」

その言葉に霊力を収束させると文珠が生成される。出力は段違いだ。

「後は記憶の改竄だけだ。これで私の憂いは無い。」

アシュタロスが最後の操作を行なう。

「……よし。後1分で、私はサリエルと共に永き眠りにつく。
 私が消えたら、土偶羅とエネルギー結晶を外し、コスモ・プロセッサごと破壊してくれ。」

「ああ……いい夢が見られるといいな。」

「お休みなさいです。」

「生み出してくれて、ありがとうございます。」

「お休みなさい……お父様。」

「お疲れ様でした。アシュ様。」

「さらばだ、ヨコシマ。そして、我が娘達……愛していたよ。」

その言葉を最後にアシュタロスの姿は消えた。満足そうに目を閉じたまま。


◆◇◆◇


パピリオは土偶羅を抱え、ベスパは美神さんを背負う。
ルシオラに宝箱と『転』の文珠を渡し、皆を先に塔の外に向かわせた。
俺は右手に『破』『壊』、左手に『移』の文珠を持ち、肩に蛍を乗せている。
この蛍はルシオラの眷属。感覚を共有出来るそうだ。

ゆっくりと塔が震えている。主の消えた塔も眠りにつこうとしているのだ。
蛍の合図を受けて、エネルギー結晶へ『破』『壊』を発動させる。
エネルギー結晶の破壊と同時に、コスモ・プロセッサも崩壊した。
間髪入れずに『移』の文珠を発動させ、塔の外に転移する。
同時に塔が消滅し、覆っていた結界も消失した。

雪之丞達は全員意識を失っている。見た所、大した傷も無い様だ。
凍死しない様に『結』『界』を発動させる。それから、土偶羅へと尋ねる。

「アシュタロスは、どんな風に記憶を改竄したんだ?」

「ルシオラ達については、わし等以外は誰もその姿を覚えていない。
 お前の画像共々、別人に変えてあるぞ。アジトの場所も記録から消去した。
 美神令子の記憶は、大広間からの記憶を曖昧にしてある。」

「それじゃ、しばらくはあの別荘に住んで貰うか。まだ、金はあるんだろ?」

「当分は大丈夫よ。精霊石に手をつけなくてもね。でも、早く迎えに来てよね。」

「ああ。すぐに逢いに行くよ。」

「待ってるですよ。」

「それじゃあね。」

ルシオラとパピリオは、交互に俺に抱きついてきた。ベスパは手を握ってくる。
3人に向けて、『転』『移』を発動させる。3人の姿が揺らぎ、消え去った。

「あんたはどうするんだ?」

「わしはアシュタロス様の遺言代わりだ。魔界正規軍に引き渡されるだろう。
 それよりも、霊力を隠蔽しろ。何か近づいて来るぞ。」

土偶羅の言葉に、俺は霊力を50マイトまで抑える。
すると、羽を生やした2つの人影が近づいてきた。あれは……。

「ワルキューレ!ジーク!」

「ヨコシマさん、無事でしたか!?」

「何とかな。お前達も無事で良かった。」

「ヨコシマ、アシュタロスはどうなった!?」

「塔でアシュタロスと対峙した事までは何とか覚えているが……後は良く解らない。
 気がついたら此処に居たんで、凍死しない様に結界を張ったんだ。」

「お前達、魔界正規軍所属だな。わしはアシュタロス様の遺言を預かっている。
 連れて行くがいい。」

「そうか……では、御同行願おう。ジークはヨコシマ達を無事に帰還させろ。」

「解りました、姉上。」

ワルキューレが土偶羅を連れて、消える。ジークはトランシーバーで連絡を取る。
結界の維持をジークに頼み、俺は冥子ちゃんとおキヌちゃんを『癒』す。
気がついた2人に、残りのメンバーのヒーリングをお願いする。
とは言っても、全員が大してダメージを受けていなかったが。

30分後、やって来たヘリに乗り込み、俺達は無事に南極から離脱した。


エピローグに続く。


――― ◆ ――― ◇ ――― ◆ ――― ◇ ――― ◆ ――― ◇ ―――


「要するに、アシュタロスは自分が魔神である事に絶えられなくなったわけね。」

「ええ。でも、アシュタロス程の魔神だと、世界から死ぬ事を許されないんです。
 それを彼は魂の牢獄と言ってましたが……。」

「滅ぼされる理由を得る為に、こんな三界を揺るがす大事件を引き起こしたっての!?」

「最初はそうするか、或いは自分の理想世界を創造するかと考えていたそうです。
 でも、後者は世界の修正力と対立するので望みは薄いと考えた様で……。」

「あれ!?それじゃあ、美神さんの魂のエネルギー結晶を奪う必要は無いんじゃ!?」

「流石は魔神と言いますか、只滅びれば神・魔族の勢力バランスが崩れると予測し、
 神・魔族の双方が損も得もせずに自分が役目から解放される道を望んだと……。」

アシュタロスが永き眠りについてから、1ヶ月が過ぎた。
気がつけばアシュタロスの姿は無く、妨害電波も無くなり、大団円。
何事も無く目覚めた隊長も美神さん達も状況が理解できずに首を捻っていた。
その公式回答が今、ヒャクメの口から聞かされた所である。

当初は魔神の世界支配かと思いきや、事が終わってみれば人間界に大した被害は無い。
だが、神界では大天使の1柱が封印されてしまったとあって、大騒ぎになったそうだ。
自ら魔界正規軍に投降した土偶羅のメモリと、神・魔界の調査団の調査の結果、
今回の騒ぎはアシュタロスが魔神という立場のジレンマ故に起こしたと結論付けた様だ。

「まあ、いいわ。要するに、これでまた悪霊をしばいて大儲け出来るのね!」

「……でも、最近は依頼が来ませんね?」

「ああ……何せ、あの騒ぎの後ですから。台風が過ぎた様なものですね。
 当分は悪霊達の活動も沈静化するんじゃないですか?」

「な、何ですってー!それじゃ私の金儲けは、ストレス解消はどうなるのよ!?
 最近は横島君がセクハラしないから、しばけないのに!」

「あんた……やはり、憂さ晴らしで人を殴ってたんスか!?」

ああ、今日も平和だ……。このバイト、マジでどうするかな?


異なる道へ  エピローグ


「そうそう、横島さん。」

ヒャクメが怒れる美神さんから目を逸らしながら、すっと俺に手紙を差し出す。

「何だ、これ。」

「小竜姫から預かってきたのねー。」

ゴゴゴゴゴ!

瞬間、美神さんとおキヌちゃんから黒い気が発せられる。

「な、何なのねー!」

「……横島君、見せてくれない!?」

「ど、どうぞ。」

ささっと手紙を渡す。それを2人は食い入るように読んだ。
しばらくして、美神さんがつまらなそうに俺に返す。

「近況報告とバイトの募集ね。妙神山の建物がこの前吹き飛ばされて、そのままだから。」

「そういや、前にあそこで工事のバイトをやりましたっけね。」

「後は、あんたが急に強くなったって聞いて、興味が湧いたみたいね。
 ……ヒャクメ、あんたがしゃべったんでしょ。」

「ついでに急に雰囲気が落ち着いてセクハラしなくなったって話したら、驚いてたのね。」

俺もざっと目を通す。確かにそのような事が書いてある。
だが、途中で気になる内容があった。

”老師も話を聞いて、会いたがっています。甘い水と蜂蜜の菓子を土産に持って来いと。”

これは、もしかして!?


◆◇◆◇


次の土曜日。

俺はルシオラ達を連れて、妙神山へ移動した。
態々老師が会いたいと言う事。そして、その後の言葉が気になったから。

「孫悟空が私達の事を知ってるですか?」

「蛍と言えば甘い水。蜂はそのままで、蜜は蝶。偶然にしては出来過ぎだろ?」

「でも、土偶羅様は私達の記憶は改竄されたって言ってたんでしょ。」

確かに改竄はされている。間違い無く、ルシオラ達の姿は誰の記憶にも残っていない。
ビデオで確認した、あの事件の画像は、蟲の仮面をつけた3人の男に変わっていたし。
こないだ雪之丞と弓さんにルシオラ達の写真を見せても、覚えが無い様だった。
「ナンパして振られたのか」とからかわれたが、適当に誤魔化した。

「まあ、その内に相談には行こうと思ってたしな。一応土産も買ったし。」

「別にいいけどね。」

入り口に着いてみると、妙神山の門は無かった。

「……鬼門達、大丈夫だったのかな?」

「アシュ様の命令とは言え、悪い事したわね。」

因みにルシオラ達は、今は昆虫形態で俺の肩に止まっている。

「とりあえず、入るか。」

敷地に入ると修行場の建物は跡形も無く、プレハブの建物が5つほど建てられている。
仮設住宅なのだろうか?

とりあえず、1つの建物の戸を叩く。すぐに戸が開いた。

「あ、ヨコシマさん。お久し振りです。」

「ジーク……軍に戻ったと思ってたけど、違うのか?」

「何せ妙神山がこうですので。交換留学ですし、当分はここに居ますね。」

「そうか……鬼門達、どうした?」

「大丈夫です。美神さんの爆弾発言を聞いて、全員脱出してましたし。」

ああ、良かった。

「これ、差し入れだ。老師が食いたがってるみたいでな。蜂蜜菓子と日本酒だ。」

デパートの包みと一升瓶をジークに手渡す。

「すみませんね。すぐに老師の所に案内します。」

ジークが案内してくれた場所には、見覚えのあるドアだけが不自然に立っていた。

「この中に居られます。」

「流石は老師。自分の部屋だけは守り抜いたか……。」

せっかく収集したゲームソフトを失いたくは無かったんだろうな。
俺ですら解るほど強力な結界が張ってあるのが解る。多分、小竜姫様対策だと思うが。

「……戻ってきた時、ガッツポーズをしてましたよ。」

「まあ、いいや。サンキュー、ジーク。」

「用が済んだら、こちらに顔を出してください。お茶にしますから。」

ドアをノックすると、「入れ」と声が聞こえた。


「久し振りじゃな、横島。」

「老師もゲームソフトが無事で何よりです。俺に話があるそうで。」

「ああ、連れてきた様じゃな。この大嘘つきめが。」

……間違いない。老師は俺達の企みに気付いている様だ。

「心配するな。神・魔界の公式発表ではアシュタロスの部下達は死んだ事になっておる。
 知っているのは神・魔の最高指導者とそれに連なる方達だけじゃ。
 わしとて上から聞かされたに過ぎぬ。お前達は世界を見事に騙したのじゃ。」

ルシオラ達が元の姿に戻る。俺は彼女達を背に庇いつつ、老師に目を向ける。

「それで……俺達をどうするんですか?」

「お前達の企みどおり、神・魔界の双方痛み分けで騒動の決着がついた。
 お前の持つ記憶よりも遥かに少ない被害でな。その功労者を罰する必要も無い。」

「俺の記憶の事も知ってるんですね?」

「うむ。そこの3人はデタントの試みとして、妙神山で保護されたものとする。
 問題を起こさぬ様に、わしの弟子が面倒を見るという形でな。」

「小竜姫様がですが?」

「馬鹿もん。お前とて、わしの弟子じゃろう。」

「老師……。」

ゲーム猿と馬鹿にして済みませんでした。許してください。
俺は今、猛烈に感動しています。

むんず!

「……所で、小僧。ヒャクメに見せてもらったが、随分腕を上げたようじゃな。」

「え、ちょっと……!?」

「仙人に近い存在となり、更に全体的に強くなった事じゃろう。
 お主の力がどれ程のものか、この身で確かめさせてもらうぞ!」

し、しまった!老師もバトルマニアだったんだー!


◆◇◆◇


異空間の修行場にて、俺は老師と対峙していた。

「本気で来い、小僧。」

「嫌じゃー!俺は雪之丞とは違うんやー!」

「そういう所は変わらんのう……だが、そんな事ではあの娘達を護れんぞ。」

叫ぶのを止めて、老師を見る。

「……どういう意味です?」

「中途半端な者を護っても詰まらんしな。御主の覚悟をわしに見せよ。
 わしの目に適わぬのであれば、あの娘達は…………やっと戦う気になったか。」

「あんたがルシオラ達を見捨てるとは思わない。だが、そこまで言われては引けないな。
 そんなに見たいなら、目を見開いて刻みやがれ!」

右手に文珠を2つ呼び出す。

「『同』『調』開始!」

右手に霊波の双剣が、左手に大皿くらいの霊波の盾が具現する。
その瞬間、俺の霊力は前の美神さんと同じ様に、急激に増大していく。

「ほう。竜の牙とニーベルンゲンの指輪の力か。霊力は5000マイトと言う所じゃな。
 小竜姫以上とは予想外じゃ。やはり、お主は面白い!」

老師は如意棒を軽く振ると、勢い良く振り下ろした。

「じゃがな。力だけ上げても、動けねば意味は無いぞ!」

その一撃を一歩踏み込む事でかわすと、双剣で下段から切り上げる。
老師が振り下ろした如意棒は地面に当たる事無く半回転し、双剣を弾き返した。
更に横薙ぎに振るわれる一撃を盾で逸らし、手首を返して胸を突きにいくが防がれる。
老師は風車の如く回転させた如意棒を十文字に振り回し、左右から連撃を加えるが、
一撃目を双剣で受け流し、二撃目を盾で受け止める。その勢いを利用して、距離を取る。

「悉くかわすとは……お主、何時の間にこれだけの武術を?」

「実は全然学んでいませんよ。教えてもらったとおりに動いてるんです。」

双剣の両端からサイキック・ソーサーを生成し、同時に放つ。
老師の如意棒が瞬時に2つとも破壊する。だが、ソーサーの爆発で動きが一瞬止まった。
その僅かな隙を付いて、再び飛び込む。双剣を縦横無尽に振るうが、全て受け止められた。

「ふん!」

神速の速さで突き出される如意棒を盾で受け止めたが、衝撃を殺しきれずに吹き飛ばされた。

「そう言えば、最初に同調と言っておったな。まさか……。」

「ええ。同調したのは霊力を増幅する為ですが、それだけじゃないです。
 俺は竜の牙とニーベルンゲンの指輪の持ち主の念とも同調したんです。」

優れた道具には使い手の念が込められていると言う。最初に同調した時に、それを感じた。
アイテムの持ち主である、武神小竜姫と魔界の戦士ワルキューレの残留思念を。
彼女達の、剣を振るう術と相手の攻撃をかわして攻撃へと切り替える術を模倣しているのだ。。

「只の模倣とは言え、我流で振り回すのに比べれば雲泥の差ですよ。」

「つくづく反則じゃな。文珠と言うよりもお主が。だが、それだけかの?」

「まさか……これからだぜ!」

空中に文珠を召喚する。込める文字は『神』『速』。
発動した瞬間、周りの時の流れが緩やかになる。動きが止まった老師に向かって走り出す。
突然、老師の姿が光を発すると、俺に向けて如意棒がまっすぐに突き出される。
それを盾で何とか逸らした。後退して、距離を取る。

「超加速か。悪くは無いが、弟子に使えてわしが使えぬと思ったか。」

「いいや、これからが本番だ。」

ドク…ン!

強く意識を集中する。脈拍が瞬間、いやに長く聞こえる。
眼前の風景の殆どが色を失う様な感覚が起きると共に、老師の動きが再びゆっくりになる。
ニーベルンゲンの指輪を左手の指に移し、両手で双剣を構える。老師の顔に驚愕が浮かぶ。

「はあああぁぁぁ!!!」

先程の老師の様に風車の如く回転させた双剣を振り回し、捨て身で4連撃を放つ。
それでも3撃までは如意棒に弾かれる。だが、最後の一撃が老師の右腕を切り裂いた。

……そして、時間の流れは元に戻る。

「……まさか、超加速から更に加速するとはのう。傷を受けたのは久し振りじゃぞ。」

「超加速は前に使った事があります。竜の牙だけでも何とか再現できるんですよ。
 それに文珠の補助があったんで、僅かな集中だけで済みました。
 その状態で更に集中したら、あんな事も出来るんです。精々5秒ですけどね。」

「見事じゃ!所で、さっきから随分と文珠を使っておるが、直接攻撃はしてないな?
 『爆』とかを使うと予想していたのじゃが。」

「それが欠点です。霊力を増幅したからといって、文珠も都合良くは増幅されません。
 戦闘中に何度も文珠を作れませんから、前以って作っておいたのを使うんですが。
 その威力は生成した際の出力のままなんです。霊波砲なら『反』『射』出来ますがね。」

「では、攻撃力はこれが限界かの?」

「いいえ、この状態で新たに生成すればいいんです。まあ、1個が限界ですけどね。
 今の俺の切り札ですよ。」

「見てみたい気もするが、それは次とするか。お主の覚悟、確かに見せてもらったぞ。」

「どうでしたか?」

「わしに一撃食らわせた奴を認めぬわけにもいくまい。合格じゃ。
 だが、基礎が出来ておらぬし、無駄な動きも多い。鍛錬を積まねばならぬぞ!」

「解っています……よろしくお願いします、老師。」


礼が終わると、静かに見守っていたルシオラとパピリオが飛びついて来た。

「素敵だったわ、ヨコシマ……!まさか、あんなに強いなんて!」

「また惚れ直したですよ!もう、何時でも来いです!」

べスパも呆れ顔で近づいてくる。

「凄まじいね……もう、勝てる気がしないよ。」

「そんな事ないさ。全部綱渡りだったからな。実際、打ち合えるかどうか不安だったし。」

「最初の動きで意表をつかれたのは確かじゃな。
 しかし道具に残った記憶までも引き出すとは…つくづく常識の通用しない男じゃの…。」

「それ、褒めてるんスか?」

「……さて、その娘達の事を小竜姫にも説明せぬとな。もうあいつとは会ったか?」

「まだですけど……誤魔化さんで下さいよ。」

急にあさっての方に話を向ける老師に呆れながら、俺達は修行場を出た。


◆◇◆◇


「うー、いい湯だけど傷に沁みるー。」

「この温泉は外傷に効果がある。お主なら直ぐ治るじゃろ。」

「それが最近は以前よりも回復が遅いんですよ。」

「いや、以前が異常だっただけじゃい。良く死ななかったもんじゃのう。」

確かに。今思えば、自分が人間なのか信じ難い。そういや、もう違うんだっけ。

小竜姫様には、さっき挨拶してきた。反射的に身構えられて、少し悲しかったが。
ルシオラ達の事は、老師がそれらしく説明してくれて、納得してもらえた。
当分の間は妙神山の修理を手伝う為に、3人には此処に住んでもらおうと思っている。
とりあえず、自分達が犯した罪は償わないとな。俺も住み込んで修行する事にした。
学校には、『扉』の文珠で自分の部屋とを行き来する。俺1人なら往復分使えるし。

「住み込みであれば、朝夕みっちり修行に使えるのう。」

「事務所のバイトをどうするかなんですけどね。納得してもらえるかな……?」

アシュタロス戦の欠席は隊長の説得で公欠扱いとなったが、大量の補習が待っていた。
おまけに「今度サボったら、留年」と脅かされては、全面降伏するしかない。
だが、流石に勉強と修行の他にバイトをするのは不可能だしな。
アシュタロスから財宝を貰ったから、生活の心配は全く無いのが救いだが。

「卒業までバイト休業なんて言ったら、即クビになるだろうし……。」

「別にGSに拘る必要もあるまい。あと1年ちょっとじゃ、学業が優先せよ。
 お主も長い人生が待っているんじゃ。もっと余裕を持て。」

「1000年か……。100年も経ったら、人間界の知り合いはもう居ないんスね。
 カオスとピートくらいか……。」

「そうじゃな……後悔しておるか?」

「約束しましたから……ずっと傍に居るって。護ってみせるって。」

1人きりでは寂しいけれど、大切な人達が傍に居てくれるのなら……。
きっと1000年という長ささえ物足りなく思えるかもしれない。

「それよりも、ずっと嘘をつき続ける方が辛いですけど……。」

人間界で生きていく以上、俺はこれからも真実を告げる事無く、皆を騙し続ける。
この罪悪感を抱えつつも、生きていく事。それも大切な人達を護る事だ。

「ヨコシマー、まだ居るの?」

「もうすぐ、日が沈むですよ。」

柵を隔てた女湯から、ルシオラとパピリオの声が聞こえてきた。
そうだ、約束があるんだ。

「今、出る!……じゃ、お先に。」

「夕飯に遅れるなよ。小竜姫が張り切っていたからな。」


◆◇◆◇


「間に合ったみたいだな。」

「綺麗……。」

「ロマンチックです……。」

俺とルシオラとパピリオは崖の上に並んで、沈み行く夕陽を見つめていた。

「あれ、べスパはどうした?誘わなかったのか?」

「ジークって人と話してたわ。結構、いい雰囲気でね。」

「ジークはいい奴だからな。案外、お似合いかもな。」

「ヨコシマにはルシオラちゃんと私が居れば、充分です!」

「そうだな。充分過ぎるくらいだ。」

ルシオラとは無事に結ばれたが、最近はパピリオにも迫られている。
俺の守備範囲な美少女になったので、ロリコンじゃ無いし。断る理由も無いんだよな。
魔族は一夫多妻OKだから、ルシオラも別に気にしていない。ベスパは呆れてたが……。

「昼と夜の一瞬の隙間……短時間しか見れないから、よけい美しい……。」

「ルシオラちゃん、詩人ですね。でも、本当にそうです。」

確かに夕焼けは綺麗だけど、何となく悲しい。
その言葉は大事な思い出だけど、もっと色々教えてやりたい。

「夕焼けもいいけど、明日は朝焼けを見に来ようぜ。夜から朝へと代わる瞬間をな…。
 それに、儚いもの以外にも綺麗なものは沢山あるんだ…。」

俺は両腕でルシオラとパピリオを抱き寄せる。2人ともそのまま抱きついて来る。

「春が来たら、咲き誇る花を見に行こう。夏が来たら、海に出かけよう。
 秋が来たら、赤く染まる山を見に行こう。冬が来たら、スキーをしに行こう。
 この世界には、まだまだ美しいものが、見せたいものが沢山あるんだぜ。」

「そうね……ありがとう、ヨコシマ。」

「……楽しみですね。」

アシュタロス、まだまだ問題は山積みであるが、俺は必ず彼女達を護るよ。
だから安心して、ゆっくりと眠っていてくれ。

いつか目覚めし時に、貴方が望む未来である事を切に願う。
お休み…………義父さん。


終わり


後書き

ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。
皆さんの反応が怖かったのですが、予想よりも好評で嬉しいです。
尤も、この後半で「つまんねー!」と言われなきゃいいですけど。凄く不安ですが。

レス返しです。

>案山子な名無し様。
ありがとうございます。横島君の性格が原作とかなり違うので、壊れ表記にしました。

>ローメン様。
ありがとうございます。ご期待に添えたかどうか。つまらなかったら、お許しを。

>LINUS様。
ありがとうございます。世界には小さなズレですが、物語は大きく変わりました。
面白いと思って頂ければいいのですが。

>RYO様。
ありがとうございます。結構とんでもない行動に出ました。
ああ、反応が怖い。

>夢識様。
ありがとうございます。この横島君は美神親娘よりも手段を選びませんでした。

>文月様。
ありがとうございます。後半を読んだ後でも、そう思って頂けるといいのですが。

それでは、また別の作品で会えます様に。

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