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「異なる道へ 前編(GS)」

タケ (2006-11-02 22:07)
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警告します!以下の項目に耐えられない方は戻る事をお勧めします!

・この話はアシュタロスの事件の再構成物ですが、原作とはかけ離れています。
・諸事情により、横島君の煩悩が低めで、性格も少しシリアス風味です。
・横島君の1人称で進む為、人類側のメンバーの出番は少なくなってます。
・ヘイトのつもりはありませんが、美神親娘の扱いはあまり良くありません。

それでも構わない方は、どうぞお読みください。


異なる道へ  プロローグ


―――起こってしまった未来にて。


アシュタロスとの戦いから1年の月日が過ぎた、ある日の夕方。

久しぶりにやって来た東京タワーの上で夕日を見ながら、視線を手の中に移す。
其処にはルシオラの形見と言うべき、大極図にも似た2文字入る文珠があった。

1度使用しても消える事無く、文字を変更して何度でも使える。
込められた霊力を使い果たしても俺の霊気を吸収して、数日経てば再び使えるようになる。
何よりも普通の文珠を2個使うよりも大きな力が得られる。
今まで危機に陥る度に消えてしまわない事を祈りながら、使用してきた。
こいつが無ければ、俺は大切な人を失う苦しみを再び味わう事になっていただろう。

でも、とうとう限界の様だ。俺の感覚だが、後1回使用すれば消えてしまうだろう。
また、結晶に歪みが生じているから、無文字のままで保管していても結果は同じ。
だが、ルシオラの形見が消えてしまうのを見過ごしたくは無い。ならば……。

『記/憶』

この中にアイツの、ルシオラとの思い出を込めよう。これなら発動させない限り、消えない。
アイツとの出会い、逆天号での会話、一緒に夕焼けを見た事……大極文珠に全て移していく。
どんどん記憶が鮮明になっていく。あの戦いの詳細までも蘇ってきた。

「アシュタロスの望みが解っていたら、そして俺が無茶をしなければ……。」

そうすれば、ルシオラは消えてしまわなかったかもしれない。苦い後悔が俺を襲う。

ドクン

心臓の鼓動が強く感じられる。不意に俺の潜在意識下から2つの文珠が現れた。
しばし呆然としていると、3つの文珠が突然俺の制御下を離れて、宙を舞う。
2つの文珠に『転』『送』の文字が浮かび上がり、『記/憶』を包み込むように回転する。
やがて光を放ったかと思うと、一瞬後には3つとも消えてしまった。
俺はそれを見ている事しか出来なかった。


「ヨコシマ、どうしたのよ。」

後ろから聞こえた声に驚いて振り向く。
其処には、最近いつも俺の傍に居るようになった、タマモの姿があった。

「今日は給料日だから、お揚げ御膳を食べに行くんでしょ。忘れたの。」

その言葉に俺は腕時計に眼をやる。

「何だ。まだ、待ち合わせの時間じゃないだろ?」

「いいじゃない!……少しでも長く傍に居たかったんだから……。」

「……サンキュ。」

その小さな身体を優しく抱き寄せる。

何時の間にか、タマモの存在が俺の中で大きくなっていた。
他人を寄せ付けぬように振舞っているのに、誰よりも温もりを求めるコイツが愛おしい。
ルシオラを知らないが故に躊躇い無く俺の心に踏み込んできた。
そして、ルシオラを知ってからも去るどころか更に俺を求めるようになった。
俺達は互いに惹かれ合い、恋に落ちた。種族の違いなど気にもならなかった。
高校を卒業すれば、俺は正式に美神除霊事務所に社員として雇われる事が内定している。
その時にタマモを引き取るつもりだ。家族として、恋人として。

「それじゃ、ちょっと早いけど食べに行くか?」

「……もうしばらく、こうしていてよ。」

甘えるタマモを抱きしめる俺の頭からは、さっきの異常現象の事は消えていた。


◆◇◆◇


―――未来が確定していない、ある過去の世界にて。


一体何時建てられたのか想像出来ないほどのオンボロアパートの1室。
殆ど家具は無く、コンビ二弁当の空箱やカップ麺の容器が周りに転がっている。
その中で1人の貧乏そうな少年が、煎餅布団に包まってグースカ眠っている。

不意に少年の頭上で揺らぎが生じたと思うと、小さな珠が其処に出現した。
大極図にも似た、小さな珠。表面には『記/憶』という文字が浮かんでいる。
珠はそのまま少年の額に落ちると、『記/憶』という文字が金色に輝いた。
そして見る見るうちに珠は崩れて光の粒子となり、少年の中に吸い込まれていった。


第一話に続く


――― ◆ ――― ◇ ――― ◆ ――― ◇ ――― ◆ ――― ◇ ―――


一体何度同じ夢を見せれば気が済むのだろうか?あの馬面魔族の親戚にでも憑かれてんのか?
等と思っても終わりまで目覚められないし、魔族関係なら美神さんが気付くだろう。

毎晩、その夢を見る訳ではない。充分に睡眠は取れているし、疲れが残るわけでもない。
別に内容が詰まらない訳でも飽きた訳でもない。ただこんな悲しい夢は見たくなかった。
それは現実に起こりそうで、絶対に起きて欲しくない物語。


美神さんの魂の中に存在するエネルギー結晶を奪う為に、
魔界を統べる六大魔王の一柱であるアシュタロスが、人間界への本格的な侵攻を始めた。
その尖兵として彼が創造した、ルシオラ、べスパ、パピリオの三姉妹。
小竜姫様を上回る魔力と凄まじい兵鬼によって、妙神山を含む神・魔族の拠点を強襲した。
世界中に108ある神界と魔界をつなぐゲートを破壊し、妨害霊波で人間界への接触を禁じた。
その所為で主神・魔王クラスの神族や魔族の協力は得られず、人間だけで戦う羽目になった。

俺は文珠の能力をパピリオに気に入られて、ペットとして逆天号に連れて行かれた。
そして娘を護る為に時間移動してきた美神さんの母親にスパイとして潜り込む様に命令され、
俺は人類の裏切り者の汚名を受けながらも、彼女達との奇妙な生活が始まった。
段々馴染んでペットから使用人となり、何時の間にか違和感無く溶け込んでいった。

「えへへ!良かった!私の事……ずっと覚えててね!!」

パピリオは手作りの衣装を俺に着せて、喜びつつも寂しげな笑みを浮かべていた。

「昼と夜の一瞬の隙間……短時間しか見れないから、よけい美しいのね。」

偶然にルシオラと夕焼けを見る事になった。そして彼女から悲しい事実を聞かされた。

「魔界、神界とのアクセスを妨害できるのは、あと一年が限度。
 その間にアシュ様の復活を果たすのが私達の仕事だから、
土偶羅は私達の寿命を一年に設定して作ったの。」

俺の手を握ってくれた彼女の掌は温かくて、思ったよりも華奢で。
だから俺は逆天号から振り落とされたルシオラを見殺しには出来なかった。

「……敵でもいい。また一緒に夕焼けを見て、ヨコシマ。」

俺達は惹かれあってしまった。こんな俺を彼女は命がけで愛してくれた。
だから俺はアシュタロスを倒すとルシオラに約束した。その為に強くなった。

南極での死闘でアシュタロスを倒し、ルシオラとパピリオを解放した。
それからの数日間だけのルシオラとの平和な暮らし。しかしその暮らしは突然壊された。

倒したと思っていたアシュタロスが美神さんを罠にかけ、エネルギー結晶を手にした。
奴はそれを動力に、あらゆる法則を根本から書き換える力を持つ、コスモプロセッサを起動した。
とは言っても、彼の望みである既存の世界の消滅と自分の望む新たな世界の構築には時間を要する。
そこでアシュタロスは時間を稼ぐ為、世界中に悪霊や邪悪な魔物たちを顕現させ、暴れさせた。

コスモプロセッサの元に辿り着こうとする俺達の前に、ベスパが立ち塞がった。
その戦いの中、俺はルシオラを庇ってべスパの妖毒を受け、霊基構造が崩壊していった。
そんな俺の命を救う為にルシオラは自分の魂を俺に与えてくれた。

美神さんを救い出した後、アシュタロスとの対決が俺を待っていた。
『奥/手』で出し抜いてエネルギー結晶を奪取し破壊しようとするが、

「いいのかね?それを破壊すれば、ルシオラは復活できなくなるぞ!」

世界か、ルシオラか。究極の選択だった。

「……後悔するなら、おまえを倒してからだ。アシュタロス!!」

俺は世界を取ってしまった……。

世界は救われ、アシュタロスは望みどおり魂の牢獄から解放された。
でも俺の手には何も残らなかった。もうルシオラは居ない。
あの時の俺の行動は正しかったのか、と何度悔やんでも答えは出ない。


起きた時には、この夢の内容は断片しか思い出せない。ただ、深い悲しみを覚えるだけだ。
御蔭で最近はナンパする気も起きない。何時まで続くのだろう、この悪循環は……。


異なる道へ  第一話


「アシュタロスの人間界侵攻…魔族三姉妹…夕陽…。駄目だ、殆ど思い出せない。」

目を開けると、古びた天井が目に入ってくる。ゆっくりと身体を起こした。
昨日大掃除をしたので塵が無くなっているが、間違いなく俺の部屋だ。
何時もの様に何とか夢の内容を思い出そうとするが、今回も無理だった。
ただ、何故か魔族三姉妹とは仲良くなった気がする。特にルシオラという魔族とは。

この良く解らない夢を見る様になったのは、何時だったか?良く覚えていない。
しょっちゅう美神さんにタコ殴りにされているので、記憶があやふやになる事も多いし。
そう言えば、この間なんて数日間の記憶が飛んでいた事があった。
確か、いい加減にこの元が取れないバイトを辞めようと思っていた筈だったような。
美神さんに相談するのがいいのだろうが、何故かする気にならない。
まず内容は断片しか覚えていないし、魔王の侵略なんてあまりにも荒唐無稽すぎる。
只、顔は覚えている。全員、印象深かったから。アシュタロスは悔しいが美形だったな。

あの夢の所為か解らないが、最近は俺の溢れんばかりの煩悩が、なりを潜めてしまった。
今まで綺麗な姉ちゃんを見ると条件反射で飛び掛っていたのに、何故かブレーキが掛かる。
御蔭でクラスメート達には偽者扱いされかけた。妙に腹が立って、軽い乱闘になったが。
美神さん達も最初は気味悪がっていたな。まあ、折檻が無いのはいい事だ。

「やっぱアシュタロスって、あのアシュタロスだよな?でも俺が何とか出来る訳ないだろ。」

平安時代に時間移動した時に出会った、想像すら出来ぬ力を秘めた魔王。
フェンリルや猿の老師と相対した時よりも深い絶望感を覚えた。

「ルシオラ、べスパ、パピリオ、か……。」

不意に夢に出てきた三姉妹の姿が脳裏に浮かんだ。
スレンダーで清楚な感じの美女にワイルドでグラマーな美女、そして将来が楽しみな美少女。
どれも魅力的な娘達だった。それだけは俺の夢だと納得できる。ロリコンの気は無い筈だが。

「やべ……。学校行かないと。」

この前、お袋が学校にやって来て大騒ぎになったんで、担任に注意されたんだよな。
「今度サポったら母親に連絡する」と言われてサポるほど命知らずではない。

夢の残滓を振り払うと、急いで着替えてアパートを出る。今日もいい天気だ。


◆◇◆◇


数日後。

何時もの様に事務所にやってきた俺の耳に驚くべき知らせが入ってきた。
雪之丞と弓さんが正体不明の魔族に襲われて入院したというのだ。
俺は美神さんとおキヌちゃんと一緒に、急いで病院へと向かった。

「いったい何があったの?」

「いきなり攻撃を受けて、センサーみたいなもので霊力を探られた。
 パワーを無理矢理吸い出す荒っぽいやり方でな。」

「酷い……全身のチャクラがズタズタに……!?」

「御蔭で、怪我は大した事無いのに立てやしねえ。」

雪之丞はボソボソとその時の様子を語り始める。
弓さんの方は口を開くのも大変なのか、横になったまま動かない。

「西条のダンナは、オカルトGメンは連中の事を何か知ってないのか?」

「生憎、西条さんは別件でいないのよ。
 データは調べてもらったけれど、それらしい魔族や妖怪は記録に無いって……。」

俺は目を閉じて、雪之丞の話を反芻していた。
外見の特徴は夢の中の三姉妹と合致している。こんな偶然が起こり得るものなのか?
あまりの驚きに、何故弓さんと映画館の前に居たのかを雪之丞に問い詰める気も起きない。

「その娘はハズレって、誰かを、あるいは何かを探している感じだったのね?」

「ああ……何か心当たりがあるのか?」

雪之丞が美神さんに尋ねる。

「え!?何でもないわ。でも、小竜姫やワルキューレ達には知らせといた方が良さそうね。」

美神さんがそう言った次の瞬間、俺は強い霊圧を感じた。
非常に強い霊力をもった存在が、この部屋に近づいてくる。

「こ、これは!?」

「間違い無い。あの時と同じだ!」

医師の体に重なる様にして、スレンダーな美女が現れる。

「あら、嫌だ。前に調べた男じゃない。」

ル、ルシオラ!?

更に背後の壁からは小さな女の子が、そして天井から気の強そうなグラマーな美女が現れた。
パピリオとベスパ!?……その娘達は、夢で見た魔族の三姉妹と全く同じ姿だった。

「違うでちゅ、ルシオラちゃん。髪の長い女の方でちゅ。」

「もー、さっさと帰ろうぜ。そんな簡単に見つかるなら苦労しないって!」

パピリオがルシオラの名前を呼んだ事で、姿だけでなく名前まで一致しているのが解った。
これが偶然とは言えないだろう。何時の間に俺は予知夢なんてスキルを手にしたんだ?

「そうねえ。でもせっかくだから、この女だけ調べて行きましょ。
 メフィストが日本に転生している確率は高いんだから。
 この女を連れて行けば、アシュタロス様も喜ぶと思うわ。」

「ルシオラは相変わらず仕事熱心で、真面目だねー。」

「ぺチャパイで性的魅力に欠けるから、真面目じゃないと立場が無いでちゅ。」

ああっ!?……とは言っても、今後の展開とかは覚えていないんじゃ何にもならん!
何やら口論している三姉妹からは、小竜姫様を上回る魔力を感じる!勝ち目など無い!

「こいつ、ちょっとメフィストと魂の色が似てるでちゅ。楽しみでちゅね。」

「美神さん、戦っちゃダメです!この人達、もの凄く強い!」

「わかっているわ、おキヌちゃん。ここは……脱出よ!」

美神さんは突進する振りをして、窓から脱出しようとする。
だが、ルシオラは窓から脱出しようとする美神さんに変なリングを投げつける。

「往生際が悪いわね!」

バチバチバチッ!

「霊力5.6マイト……。何だ、低過ぎて話にならないじゃない。」

「美神さん!」

俺は床に倒れた美神さんの体を抱えた。美神さんはぐったりとして動かない。
だが良く見ると、美神さんから魂が分離しているのが解った。……幽体離脱か!
それにチャクラもどうやら無事だし、大したダメージでは無さそうだ。
……あれ?俺は霊視は出来ない筈なのに、何で解るんだ?

「なーんだ、見掛け倒しでちゅね。」

「そうよねえ。そんなに都合よく見つからないわよね。」

どうやら美神さんの策が功を奏し、彼女達の求める結果は得られなかったようだ。
美神さんの魂が何処に居るのか解らないが、あの人なら多分大丈夫だろう。
だから、ここは大人しく三姉妹が興味を無くして立ち去るのを待てば良かったのだが……。
不意に、寂しげな微笑を見せるパピリオと夕焼けを見つめるルシオラの姿が鮮明に浮かんだ。

「まて、コラ!」

気がつくと、俺は引き上げようとする三姉妹を呼び止めていた。
……って何やってんだよ!?

「こいつはどう思う?」

「調べるまでもないわね、ベスパ。霊力は精々10マイトってとこかしら。」

相手は俺の事など眼中に無いのだろう。油断していて隙だらけだ。やるだけやるしかない!
ここの所、使う機会が無かった文珠を潜在意識下から2つ呼び出す。何と込めるか……。
俺は凍り付く彼女達を強くイメージする。浮かび上がる文字は『凍』と『結』。

「美神さんの敵だ!食らえ!」

一瞬にして三姉妹は凍り付いた。前に使った時よりも遥かに出力が大きい。
……俺、こんなに凄い力持ってたっけ!?それ以前に2文字の制御なんて初めてだぞ!?

「す、すげえじゃねーか、横島。何時の間にそんなに強くなりやがった!?」

「格好いいです……はっ!?そうだ、美神さんを早く!」

「……残念ながら、それは無理そうだ。」

凍りついた彼女達から、大きな魔力が解放されるのが解った。

パキィィン

あっけなく内側から崩れ去る。三姉妹はまるでダメージを負っていない。

「……驚いた。今の絶対零度近くまで下がったわよ。下級魔族なら瞬殺ものね。」

「一瞬だけど霊力にして800マイトはあったね。溜めたパワーを一気に放出するのか……。
 それに、さっきは上手く隠してたみたいだね。霊力は50マイトって所か。」

「おっもしろ〜〜い!パピリオ、こいつ気にいったでちゅ!」

パピリオがパンと手を叩いた。何か、嫌な予感が止まらないんですけど……。

「ルシオラちゃん、こいつ飼ってもいい?」

「また?躾はちゃんとするのよ。」

「うんっ!」

速攻で話がまとまった。逃げ出す暇もない……逃げても多分すぐに捕まっただろうが。
隙を見て、『治』と込めた文珠をおキヌちゃんに向かって投げるのがやっとだった。

「えっ……。」

おキヌちゃんは手渡した文珠と俺を交互に見やる。雪之丞を頼むよ。

「よしっ、今日からお前の名前は『ポチ』でちゅ!」

パピリオはそう言うと、俺の首に首輪をはめた。俺は犬じゃないし人斬りでもない!
三姉妹が窓から外に飛び出すと首輪から紐が伸び、俺も空中へと引っ張り上げられる。
俺は必死でもがくが状況は改善せず、異空間へと引きずりこまれた。

やがて、俺の目の前に巨大なヘラクレスオオツノカブトムシの姿が入ってきた。
少年時代の憧れが目の前にある。色々な意味で呆然としてしまった。

「あれが移動要塞『逆天号』。アシュタロス様がお創りになった兵鬼でちゅ!」


◆◇◆◇


「グガ!!ガァアッ!!」

ガルル!

「よーちよち、たんとお食べ、ケルベロス!」

ウガガー!

「ぐけぇ――っ」

カサカサカサ

俺は逆天号に連れ込まれると、すぐに檻に入れられてしまった。
鉄格子越しには人間界じゃ見る事の無い凶悪そうな獣達?と、それを世話する幼い少女。
あまりにもシュールな光景だ。と言うか、その貪る様な食い方は止めてー!怖いじゃん!
精神の均衡を保つ為、獣達?では無くパピリオの姿を目に捉える。現実逃避とも言うが。

……その時、彼女は楽しそうなのだが、寂しそうにも見えたのが少し気になった。

「ほーら、ポチ。あんたのご飯でちゅよ。腐った肉でちゅ。」

いきなりピンチである。こんなの食ったら命に関わる。
少なくとも言葉は通じているのだ。駄目元で交渉してみるか……。

「あのー、申し訳ありません。人間は腐った肉を食ったら、まず死んでしまうんですけど。」

「そうなんでちゅか?ひ弱でちゅねー。」

「餌の種類が違うんですよ。御主人様だって、俺が死んだら面白くないでしょ?
 腐ってない物ってありませんか?贅沢を言えば、火を通した物だと嬉しいな。」

俺は何度も頭を下げながら、懇願する。

「うーん……そうだ、お魚はどうでちゅか?タマの残りがあるでちゅよ?」

「それを火であぶった物をお願い出来ませんか?御主人様。」

「それじゃ、ベスと一緒に待ってるでちゅよー♪」

パピリオが部屋を出て行くと、ホッと一息つく。何でもやってみるものだ。
生き残る為にはプライドなど邪魔なのだ!でも、ちょっと悲しい……。
俺は檻の奥の暗がりに目を向ける。誰か居るような気配が……って目が沢山!?

「横島さん!」

暗がりから出てきたのはヒャクメだった。泣きながら、俺に抱きついて来る。

「良かったー!一人で、もうどうしようかと……。」

おおぅ、柔らかい。ヒャクメはドジだけど、中々いい体つきをしていたもんな。
良かった。俺の煩悩は全く無くなったわけじゃない。やはり、女体はいいものだ。
等とやっていると、俺の耳の中から幽体の美神さんが出てきた。

「魂が抜けていると思ったら、俺の中に居たんですかー!?」

「まあね。それよりもヒャクメ、何であんたがここに?」

「それは今から説明します。」

ヒャクメは南米にアシュタロス補足に向かった神族・魔族混成チームの1人だったが、
チームは敵の逆襲に遭い、自分は捕まってしまったと話した。

「私は今まで、この兵鬼が世界中の神・魔族の拠点を破壊するのを見てきました。
 残りは妙神山だけです。……でも、このままじゃ小竜姫達に勝ち目は無いですね。」

妙神山が破壊されれば、神界と魔界をつなぐゲートは全て破壊された事になるそうだ。
小竜姫様とワルキューレがどうなっているか心配であるが、問題はそれだけじゃない。
今後、神・魔界からの増援は望めないし、在住の神・魔族も直に行動不能になるらしい。

「霊力増幅器の性能が違いすぎます。旧式の妙神山の装備じゃ返り討ちだわ!
 すぐに警告しないと!」

「今の私は幽体だけだから、船からすぐに脱出できるわ。
 檻を開けて一足先に妙神山へ行くから、あんた達は自力で脱出して頂戴!」

「美神さん、ドアの脇に開閉スイッチがありますから。」

美神さんは檻の鍵を開けた後、壁を抜けて脱出した。
いや、俺達だけでどうやって脱出しろと。それに脱出していいんだろうか?

しばらくヒャクメと一緒に無い知恵を絞っていると、

ドーーン!

この船?の船体が激しく揺れた。

ウッギャァアァアッ!!

そして、もの凄く趣味の悪い大絶叫?が、船内に響き渡る。

「妙神山からの砲撃が命中したわ!でもシールドが頑丈なんで殆どダメージを受けてない!
 …………ああっ!妙神山が吹き飛んだ!」

その言葉は凄いショックだったが、ふと閃いた。

「こういう頑丈な船は、実は内側は脆いのがお約束!」

自分の直感を信じて、『爆』の文珠を作り出す。それを美神さんが脱出した辺りに投げつける。

ドーーン!

予想よりも大きな爆発音と共に船体に大きな穴を開けた。

「凄いわ、横島さん!何時の間にそんな強力な霊力を!?」

「俺も驚いている……。それより、其処から出られそうか!?」

「私は飛べるから何とか平気だけど、横島さんはどうすれば……。」

「文珠で『翼』を作れば俺も飛べる。それよりも美神さんが気になるが。」

「解りました!私は小竜姫達が心配だから、そちらに急行します。何とか逃げて下さい!
 あと、もしもの時の為に、この通信鬼を持ってて!じゃ、お先に!」

そう言って、ヒャクメは飛び出していった。


さて。ああは言ったものの、あの夢によれば三姉妹と行動を共にしていた筈だ。
そうでなければ、いくら俺でもあんなに鮮明に記憶が残ってたりしないだろう。
それに、さっき脳裏に浮かんだルシオラとパピリオの姿が妙に気にかかるしな。

うーむ。壁に穴が開いていた場合、俺が真っ先に疑われる。文珠はさっき見せてるし。

「『木の葉を隠すは森の中に。其処に森が無ければ森を作れ。』って、親父が言ってたな。」

文珠を2つ呼び出し、1つに『爆』と込めると、ケルベロスの檻を爆破する。
既にさっきの爆発音で凶暴化していたケルベロスは、狂ったように暴れ出した。
それに巻き込まれて他の魔獣の檻も壊れ、大騒ぎが起きる。

ズシーーン!

ケルベロスは外壁にぶつかると、そこに大穴を開けた。カモフラージュ完了!

俺は残りの1つに『隠』と込めると、被害に合わない所に移動する。
これだけの騒ぎになれば多分……。

「おまえか、このクソ犬!霊波エンジンのシリンダーがメチャメチャじゃないの!」

ベスパはフルパワーで、ケルベロスをシバキ倒した。うわ、痛そう。

「パピリオ、あんたがこんな道楽やっているから……!もう、全部殺しちまいな!」

「あーん。怒っちゃ嫌、ベスパちゃん!」

「御二人とも!今はこの騒ぎを何とかするべきでは!?」

俺は何食わぬ顔で、自然に会話に潜り込む。

「おー!いい事言うでちゅ、ポチ!主人思いのいい子でちゅ!」

「む……解ったよ!話は後だ!……所でポチ。お前、よく無事だったな?」

「はっはっはっ!逃げ足としぶとさで、俺に勝てる人間は居ませんよ!」

その後、逃げ出さなかった事と使えそうという理由で、俺は檻の生活からは解放された。
これが正しい選択だったかは解らないが、何故か不安はあまり感じなかった。


第二話に続く


――― ◆ ――― ◇ ――― ◆ ――― ◇ ――― ◆ ――― ◇ ――― 


あの後、パピリオに気に入られた俺は小さな部屋を与えられ、様々な雑用をこなしている。
初めはきつかったが、伊達に美神さんに扱き使われてきた訳ではない。もう慣れてしまった。
結構疲れるのだが、命の危険が無い分、結構恵まれているのかもしれない。

結構話が解る様で、思い切って食事のメニュー改善を訴えた所、あっさり認めてもらった。
缶詰とレトルト、カップ麺に米の飯という所だが、あぶった魚の頭と骨よりましである。
襲撃のドサクサにキャンプ用品と燃料を借りてきた。御蔭で温かい食事にありつける。
そう言えば、この食料は何処で手に入れたんだろうか?


異なる道へ  第二話


「できました!転生計算鬼『見つけた君』です。手元にあるメフィストのデータを残さず入力。
 そしてボタンを押せば、あとは数分から数時間で生まれ変わりを高精度で予測するってわけ。
 当てずっぽうで捜すより、遥かに効率が良くなります。」

シャワー室の水漏れの修理と居住区の掃除を終えて広間に入ると、
ルシオラが土偶羅・ベスパ・パピリオに、何やら説明をしている所であった。
ルシオラは明るい笑顔で熱心に話している。魔族とは言え、紛れも無い美女だよなあ。
しかし何故か煩悩が沸いて来ない。小竜姫様だろうとメドーサだろうと飛び掛った俺なのに。
何故かは解らんが、あの笑顔を見ていると心が満たされる気がする。

「……あの。居住区の掃除が終わりました。」

俺は目一杯愛想笑いを浮かべ、仕事が終わった事を告げる。

「よーし。偉いぞ、ポチ。」

「はい、ありがとうございます。」

俺が頭を下げると、パピリオが背伸びをして俺の頭を撫でた。

「シャワールームの水漏れも直してくれた?」

「勿論っす!!切れかけてた電球と、立て付けもついでにやっておきました!!」

俺はルシオラに向かって、サムズアップを返す。

「パピリオのペットにしては、役に立つじゃん。」

「ほんと。細かい所に気がきくし、大助かりだわ。」

「パピリオの愛情が通じたんでちゅ。」

いや、俺もこんなに自分が家事に向いているとは思わなかった。
無事に帰れたら、バイト先を変えようかな。最近、煩悩湧かないし……給料低いし。

「それじゃ、この部屋も片付けてくれるかしら?急いで作ったから散らかしっぱなしなのよ。」

「はい、喜んでやらせて頂きます!」

俺は揉み手をしながら、愛想よくルシオラに返事をした。
……卑屈と言う無かれ。命とプライドを秤に掛ければ、命をとるのは当たり前だ!
それに彼女達に笑顔で頼まれると嫌と言えんのだ。何せ、本当に感謝してるのが解るから。

「じゃ、計算が終わるまで私達は休憩にしましょう。」

「ポチ、後でおやつをあげるでちゅ。」

三姉妹が部屋を出ていくと、俺は通信鬼を呼び出した。

「ヒャクメから連絡は?」

「キイーッ!」

通信鬼は、プルプルと首を横に振った。何も連絡は無い様だ。
溜息を1つつくと、部屋の片づけを始める。昨日のおやつはケーキだったな。今日はなんだろ?

やがてピーという音が鳴り、『見つけた君』が計算結果をディスプレイに出力した。

「計算終了シマシタ。めふぃすとノ転生先ヲ確定。名前ハ『美神令子』。確率ハ99.8%デス。」

凄いな、1発で見つけちゃったよ……って、このままじゃ美神さんが危ない!
その時、通信鬼に連絡が入った。

「横島さん、聞こえますか?」

「ヒャクメか!良かった。やっと通じた。美神さんは居るか?」

「私も居るわよ!」

「大変です!あいつ等は美神さんを……。」

その時、俺の耳に彼女達の足音が近づいてくるのが解った。

「ヤバイ!また後で連絡します!」

俺は急いで交信を切り、通信鬼を隠した。同時に『障』の文珠を『見つけた君』に発動させる。

「計算は終了シテイマス。」

「どれどれ。『奈室安美江』。職業は歌手。確率は66.8%か。」

土偶羅が『見つけた君』の表示を確認する。

「ようし、手始めはこいつだ。魂を引きずり出して徹底的に調べろ!」


◆◇◆◇


「何ーっ!人気歌手の奈室安美江を狙っているって!」

通信鬼の向こうから、西条が驚く声が聞こえてきた。

「文珠で転生先の計算を狂わせたんだ。それであいつ等、美神さんと勘違いして……。」

「でも、これはチャンスかもね。戦艦から降りている今が、あいつ等を叩くチャンスかも。」

「これから、テレビ局に向かいますんで。」

俺はそこで通信を切った。気が重かった。何故かテレビ局には向かいたくは無かった。
美神さん達に会えるのは嬉しいが、西条より苦手な人にも会いそうな気がするのだ。
この手の感覚は信用できる。とは言え、パピリオに逆らえる筈は無いのだが。


◆◇◆◇


数時間後、俺とパピリオはテレビ局のスタジオの天井に身を潜めていた。

「さー、ますます盛りあがってきました!
 次のゲストは、人気絶好調の奈室安美江ちゃんでーす!」

「キャー!カワイイ!」

「アミエちゃーん!」

俺の真下のステージでスモークが舞い上がり、奈室安美江が入場してきた。
彼女が入場すると、観客席からの声援が大きくなる。俺も実はファンなんだよな。

「ポチ、始めるでちゅよ。」

映像を映していたカメラが、そのまま5mほどの大きさの亀の化け物になる。

ギャーーース!

亀の化け物が唸り声をあげると、パピリオは俺の首輪を掴んで、ステージ上空に飛び出す。
え!?ちょっと待……。

「ジャジャーーン!パピちゃんの登場でちゅ!」

観客の視線が俺とパピリオに集まった。……って、おい!これ、全国放送だぞ!?

「な、何故に俺がここまで同伴を!?せめて、覆面をプリーズ!!」

「やっちゃうでちゅよ、キャメラン!!」

俺の魂の叫びを無視したパピリオの指令を受けて、
キャメロンがステージの上にいた司会の男性と女性に襲いかかろうとした時、

「芝居もここまでね!」

司会の男性と女性、それに安美江ちゃんの顔がビリッと剥がれる。
特殊マスク?で変装していたのは美神さんと西条、そしておキヌちゃんであった。

「オカルトGメン見参!!」

「ギャラリーも全員、公安関係者だ!!」

「『ライオンはオリに入った!!』結界展開!!奴らを一歩も出すな!!」

観客席にいた観客も変装を解き、ポケットやバッグの中から拳銃を取り出す。

「結界出力は三千マイト!これでもう、逃げられませんねー!」

ヒャクメが意気揚々と、パピリオに告げる。

「………全部ワナってわけでちゅか。本物の奈室安美江はどこでちゅ!?」

「今頃は安全な場所に退避しているわ。諦めなさい!」

その時ステージの脇のドアがバタンと開き、
さっきまで見ていた女性とその後ろからスーツ姿の男性が中に入ってきた。

「おはようございます。道が混んでて遅刻しちゃいました!」

どうやら、本物の奈室安美江ちゃんのようだ。何てタイミング!?

「な、何かあったんですか?」

安美江ちゃんはステージ内の緊迫した空気を感じ、一瞬たじろぐ。

「くおらっ!マネージャー!あんた、何も聞いてないの!」

「え!?ブッキングにミスが!?」

「なーんだ。そこにいるじゃないでちゅか!」

パピリオが、リング状の霊力探査装置を投げつける。

バチバチバチッ!

「キャーーッ!」

霊力探査装置が発する衝撃で安美江ちゃんは気絶し、そのまま倒れ込んでしまった。

「わーっ!一般市民が!」

「霊力22.45マイト、結晶存在せず。あれ、ハズレでちゅか……。
 それじゃ、もう用は無いから帰るでちゅ!」

「このっ!逃がさないって言ってるのよ!竜の牙!二ーベルンゲンの指輪!」

美神さんがポケットから勾玉と指輪のような物を取り出すと、長剣と盾に変化する。
同時に美神さんの霊力が格段に上がった。どうやら戦局打開の切り札のようだ。

「パワーはこれで互角よ!知恵と度胸をプラスアルファで、小竜姫達の仇を取ってやる!」

「互角……?何を寝ボケてるんでちゅか?」

突進する美神さんの前にキャメロンが立ちふさがると、美神さんめがけて霊波砲を発射した。

ドン!

美神さんはそれを盾で受け止めたが、パワーに圧倒的な差があり過ぎて、弾き飛ばされた。
止む事の無い高出力の霊波砲は、結界をあっさりと突き破る。

「け、結界に穴が!?そんな馬鹿な……!?」

「これだけの結界じゃ足りないっていうの!?そんな……!!」

「どうやったか知らないけれど、たかが千マイトでやる気でちゅか?
 お前なんかウチのペットで十分でちゅ。」

パピリオは指を立てて、チッチッと振る。

「あとは頼むでちゅ、ポチ。早目に帰ってくるでちゅよ。」

そう言い残すとパピリオは、結界を脱出して引き上げていった。
うーむ、感動の再会と行きたいのは山々だが、流石に言い出せる雰囲気じゃない。

「ヒャクメ!あいつの本当のパワーは!」

「ご、五千くらいです……。」

「え!?……単純計算で、こっちのパワーの五倍じゃないの!何それ!?話が違うわー!」

「こうなったら、知恵と度胸で四千マイトの差を埋めてください!」

「そんなに埋まるかー!!」


シャアァァァ!

キャメロンが、奇妙なうなり声をあげつつ、額の一つ目から霊波砲を連射する。

「ダメだ!もう手が出せん……!心霊装備の無い者は外に退避しろ!!
 く……!!追いつめられたのはこっちの方か……!?」

西条が一般隊員に撤退の指示を出す。

「えいっ!」

美神さんが隙を見て亀の甲羅に切りつけたが、いとも簡単に弾かれてしまった。

「横島クン、ヒャクメ!こいつの弱点は!?」

「見えないです……すみません。」

「お、俺も知らないッス。」

「この役立たずー!」

美神さんが俺に足蹴りを加えてきた。久し振りの折檻は、やっぱり痛い。

「美神さん、そんな事している場合じゃないでしょう!」

何時もの様におキヌちゃんがフォローに入ってくれた。いい子やな……。

「あの化け物、連中の作った雑魚なんですよ。それがこんなに強いなんて……。」

「ざ、雑魚!?」

「ええ。パピリオが拾ってきた亀に、ルシオラが術をかけて化け物にしたんです。」

「ちょ、ちょっと!それじゃあの女幹部達は、更に強いパワーを持っているって事!?」

「わ、私は少なく見積もって千以上と……。
 それに連中が本気を出して戦っている所を見たわけじゃないですし……。」

「あーもーやる気無くした!雑魚を相手にこれじゃ、どの道もうダメだわ!」

「諦めないで下さいよー!!」

おキヌちゃんのフォローも、今度ばかりは効果が薄い。
しかし『盾』も『護』も『縛』も無意味だろうし、『転』『移』は数人がやっとだ。
せめて美神さんとおキヌちゃんとヒャクメだけでも……。男は根性で何とかしてくれ、西条。
そう考えていた俺の耳に、突然、バイクのエンジン音が聞こえて来た。
そちらに見るとスタジオの扉がぶち破られ、一台のバイクがキャメランの下へと突っ込んでいく。

「竜の牙は変幻自在の神の武器!相手によって用途を変えてこそ、効果があるわ!」

バイクに乗っていた女性はキャメランにぶち当てるように飛び降りると、美神さんの隣に着地。
美神さんの落とした竜の牙をランスに変え、キャメランの懐へ飛び込む。

「たとえ力で劣っていても、立ちはだかる敵を倒すのが美神家の戦いです!!
 しっかりなさい、令子!!」

「マ……ママ!!」

ヘルメットの下から出てきたのは、とうが立っているが紛れも無い美女。
パーピーの事件で会った、死んだ筈の美神さんのお母さんだった。
『竜の牙』で巧みにヨリシロと魔力の源を切り離す。キャメランは元の小さな亀に戻った。

「美神先生!!どうやって……。」

「ママ!!来てくれたの……。」

「来てくれたの、ではありません!!諦めたのは途中で持ち直したから不問にするとしても、
 戦いで自分の状態すら把握し損ねるとは何事!!私はそんな子に育てた覚えはありません!!」

思わず駆け寄ろうとした美神さんだったが、ぴしゃりと叱責を受けて身を縮ませる。
……確か美神さんって、貴方が死んでから1人で生きて来たのでは?

「西条君!」

「は、はい、先生ッ!!」

「今日から私もICPO付です!本部からの連絡を伝えます。
 ただ今から、貴方達は全員私の指揮下に入る事!」

「え……!!」

「当分の間、お前もICPO付よ、令子!他の皆さんもね!」

「俺達もですか!?」

「この事件は人類全体の将来を左右するものです!異議は認めません!!」

ピクッ

何故か、その高圧的な態度に反感を覚えた。

「私はICPOと日本政府に、全権を委任されています。
 未熟な貴方達だけでは、アシュタロスに対抗できないからです。
 以後、指揮官として鍛え直してあげますから、覚悟なさい!」

「ママ……ひょっとして今のママって、私が中学生の時の……?」

「その話は今は無しよ、令子。任務中は私情は忘れなさい。
 それから皆さんも、私の事は美神隊長と呼んでください」

おキヌちゃんは「私、女性捜査官ですか!?」とはしゃいでいたが、俺は納得できなかった。

「さて、横島隊員。」

「はっ、はい!隊長!」

突然向けられた強い視線に怯えた俺は、つい条件反射的に敬礼をする。

「オカルトGメン・対アシュタロス特捜部として、最初の作戦行動を命じます。
 重要な任務です!」

「何でしょう!」

「当分の間、敵中から情報提供してください!信用され、正体を悟られない様に……!」

その言葉を理解した瞬間、頭が冷えた。姿勢を楽にする。

「つまりスパイですか?……で、事後のフォローと俺の命は保障してくれるんですか?」

「ちょっと、横島君!何、当たり前の事言ってんのよ!ねえ、ママ!」

「……勿論です!」

一瞬、躊躇いがあった様に俺には見えた。気の所為だと思いたいがな。


◆◇◆◇


逆天号の一室で、ルシオラ・ベスパ・パピリオの三姉妹が、テレビのニュース番組を見ていた。

『テレビ局が正体不明の魔族に襲撃されました。
 この襲撃により、歌手の奈室安美江さんが負傷して入院しています。』

「あーっ。今日の事件が、もうテレビで放送されているでちゅ。」

『現場は一時騒然となりましたが、出動した特命捜査官の活躍により妖怪一体を退治。
 敵幹部は逃走しました。その映像を御覧下さい。』

画面が切り替わり、危ない目つきの男が画面に登場する。

『ハーッハッハッハ!愚かなる人間どもよ、いずれお前達は我々の前に跪くのだ!』

画面に映し出されていたのは……信じたくないが、俺だった。
関西人の気質なのか、つい悪乗りして中指立てて人類の敵をアピールしてしまったし。

『この男は「ポチ」と呼ばれております。今のところ、その正体は解っておりません。』

ばれたら、やば過ぎる。不本意だが頼むぞ、西条!?

「なかなかやるじゃん!」

「パピリオの愛情の賜物でちゅね♪」

「ターゲットはハズレだったけど人間達が縮みあがって、
 これからの仕事がやりやすくなるかもね。」

ううっ。事が済んだ後、俺は無事に元の生活に戻れるんだろうか?
お茶の用意をしながら、皆に見えないように涙を流す。

「ポチ。この調子で働くなら、いずれこの島国の支配者にしてやってもいいぞ!!」

「えっ!?本当ですか!?一生懸命頑張ります!」

土偶羅の言葉に、俺は思わず隊長の時よりもきっちりした敬礼で答えた。
今のはマジで心が傾いたぞ。


第三話に続く


――― ◆ ――― ◇ ――― ◆ ――― ◇ ――― ◆ ――― ◇ ―――


「うー、腰が痛え……!!」

逆天号に戻ってから、数日が経った。今日も俺は家事に勤しんでいる。
洗濯板とタライという時代錯誤なアイテムと共に、俺は溜まった洗濯物と格闘している。
隣には“ぽー”と相づちを打つハニワ兵。簡単な意思相通が図れてるのは性能の凄さか?
どうでもいいが、『見つけた君』とか凄い兵鬼が作れるのに、何で洗濯機は作らないんだ?

「お〜い、ポチー♪」

「あ、パピリオ様。」

「新しい服を作ったんでちゅ。着てみて!着てみて!」

その無邪気な笑顔に逆らえるほど、俺の意志は強くなかった。

「思ったとおり、よく似合うでちゅー!」

「……はは、は……。」

肋骨服に肩パット付きの黒マント、そしてアヤシゲなヘルメットをかぶった格好は、
どっから見ても、ヒーロー番組に登場する悪役の姿そのものである。
そう言えば、その手のビデオがラックに並んでいたなあ。

「……気に入らないかなあ。」

パピリオの口調が少し悲しそうになった気がした。

「そ、そんな事無いッスよ!何か、やる気がビンビンと湧いてきました!」

何か、年齢相応の子供の様に思えて。彼女を喜ばせたくなって。

「フハハハハ!死ね、愚かなる地球人類ども!なんちって!」

つい、馬鹿みたいなポーズを取ってしまった。しかし、リアクションが無い……。
ああ、何でもいいから突っ込んでくれ!放置プレイはダメージがデカ過ぎる!

「えへへ!よかった!」

パピリオがニッコリと微笑んだ。満面の笑みなのに何故か儚く思えた。

「私の事……ずっと覚えててね!!」

パピリオは手を振って、走り去って行った。
ずっと覚えていてって……別れが近い事を意識している様な言い方が気に掛かった。


異なる道へ  第三話


パタパタパタパタ

ロープに吊るした洗濯物が、風を受けて大きくはためいている。
俺はロープの端を、ポールにギュッと結びつけると、さっきのパピリオの事を考えていた。

「ぷっ。クスクス……。」

その時、近くで女の笑い声が聞こえてきた。

「なーに、そのヘンな格好!?どっかの古本屋のコスプレ店員みたい。」

逆天号の羽根の上にいたルシオラが、俺の方に滑り降りてくる。
いや、あんた達の服装も充分コスプレっぽいじゃねーか。

「ルシオラ様、どうしたんですか?」

「ちょっと涼みに出てたのよ。座標誤差修正に、通常空間へ出る時間だしね。」

促されて逆天号の前方に視線を移すと、目の前が発光していた。
気が付くと逆天号は、夕陽で朱く染められた大海原を見下ろしていた。

「ちょっといい眺めでしょ?」

「へー、ちょうど夕陽が沈むところですね。」

「昼と夜の一瞬の隙間……短時間しか見れないから、よけい美しいのね。」

そう言ったルシオラの姿は儚げで、この綺麗な風景の一部の様で、俺は目が離せなかった。
そして手すりに掴まったまま、ゆっくりと俺の方を振り向く。

「その服、パピリオが作ったんでしょ?」

「え!?は、はい。そーですけど…。」

「あのコ、何でペットなんか飼うか知ってる?動物が育つのが好きなの。
 自分が大きくなれないの知っているのよ。」

「………どういう意味ですか?」

ルシオラは正面を向き、そっと目を細めた。

「魔界、神界とのアクセスを妨害できるのは、あと一年が限度。
その間にアシュ様の復活を果たすのが私達の仕事だから、
 土偶羅は私達の寿命を一年に設定して作ったの。」

「え!?あ、あんた達、あと一年しか生きられないのか……!?」

「寿命を短くして、その分パワーを大きくしたのよ。
 一年後にアシュ様が復活すれば私達は用無しだし、失敗は許されないもの。」

「そんな……用無しだなんて……。」

「人間のお前の寿命は、あと50年以上……。
 パピリオは、きっとお気に入りのお前に自分の思い出を残したいのね。」

ルシオラは俺の正面に立つと、スッと手を出した。

「私はまだお前を信用したわけじゃないけど……。
 とりあえず、そのバカな服を着てくれて感謝してるわ!」

ルシオラが俺の手をぎゅっと握る。その手は小さく、そして柔らかかった。

「もう行くわ。陽が沈んじゃった……。」

そう言うと、ルシオラは立ち去った。

俺は彼女が握った手を見つめる。温かくて柔らかくて、普通の女の子の手だった。

「何だよ、それ……。悲しすぎるじゃないか……。」

不意に気付いた。俺は夢で見たんだ。パピリオの寂しげな笑顔とルシオラの今の姿を。
それがどうしても頭から離れなかったんだ。あまりに印象が強すぎて。悲しくて。

「何の為に生まれてきたんだよ!?道具としてか!そんなの生きてるって言えんのか!?」

胸に手を当てて、ゆっくりと深呼吸をして、苛立ちを抑える。

随分と迷ったが、隊長にアシュタロスの活動期限は1年だと、それだけを伝えた。
何か褒め言葉のような事が聞こえていたが……別にどうでも良かった。


◆◇◆◇


「うわあぁぁぁ!」

「ああっっ!クワガタ投手!」

プロ野球のデイゲーム、観客も大勢なグラウンドで、ピッチャーの悲鳴があがった。

「霊力9.8マイト、結晶存在せず。なんだい、またハズレ?」

今回襲撃したのは、俺とベスパだ。しかし、何で俺は何時も連れてこられるんだろう?
勿論、今回も『見つけた君』を狂わしている。有名人に当たる確率が高いのは謎であるが。

「私は帰るわ。あと頼んだよ、ポチ!」

「はっ。おまかせを、ベスパ様!」

球場に怒号と悲鳴が飛び交う。

「大変な事になりました!試合中に乱入した魔族が、クワガタ投手に暴行を──。」

「この裏切り者ー!」

「人類の敵!」

一人現場に残った俺に向けて、観客席から罵倒する声が一斉に上がる。
やはり、俺は人間だと何故かバレとるな。

「好きでこんな事やっとるんと違うぞ!俺にも事情があるんだ!」

「クワガタのカタキじゃ――――!!」

「いてまえ!!乱闘じゃ――っ!!」

「この野郎!!」

「死ねーッ!!」

ジャイアンズの選手達がベンチから飛び出し、一斉に俺に襲いかかってきた。

「バ……バカ、止めろーっ!!」

バリバリバリバリ……!!

「「「ぎゃー!!」」」

「普通の人間じゃ、こいつに敵うわけないだろ……。」

雑魚モンスター『大魔球1号』の電撃が、俺に襲いかかった選手達を一掃する。
尤も非殺傷なので気絶しているだけだが。ピクピクと痙攣しているし。
パピリオ達に「殺しちゃうとテレビで詳細を放映してくれない」と言っといて良かった。
彼女達はニュースで見るのを楽しみにしているのだ。生の迫力がいいらしい。
ちゃんと理由を説明すれば、多少の我侭は聞き届けられるのは少し嬉しいな。

「オカルトGメン見参ッ!!」

漸く、西条が現れた。霊剣ジャスティスを構えて、俺に斬りかかってくる。
俺は手にもっていた杖で、西条の一撃を受け止めた。手前……今、本気だったろ!

「ワーッ!」

「がんばれーオカルトGメン――!!」

「いよっ、大統領ーっ!」

西条には熱い声援が。

「ブー」

「くたばれーっ、悪の手先――っ!!」

「死にさらせーっ!」

俺には酷い罵声が浴びせられる。ど畜生っっ!!この待遇の差は何だ!
俺だって必死に頑張ってんのに!掃除も洗濯も俺1人でやってんだぞ!大変なんだぞ!

「おいっ!美神さん達はどうした?今日はここを襲うって連絡しただろう!」

「みんな、忙しくて来れないんだ。」

鍔迫り合いをしながら、声を潜めて西条に話しかける。

「忙しい?宴会の約束じゃねーんだぞ!御蔭で、また一人犠牲者が出たじゃないか!」

「……まあ、今シーズンの優勝は難しかったからいいけど……。」

「……ファンなのか?」

「隊長には何か考えがあるんだろう。令子ちゃんもおキヌちゃんも特殊訓練中なんだ。」

「特殊訓練!?」

「そーゆー事なわけだ。早いとこ怪物の弱点を教えたまえ。」

一瞬、このまま立ち去るかという誘惑に駆られたが、止めた。
こいつも大分苦労してるみたいだし。

「美神さんのフォローを頼むぞ……雨だ。大魔球1号は雨に弱い。
 あと、俺の事はちゃんと誤魔化してくれよ!」

それを聞いた西条はすぐさま消防車が呼び出し、大魔球に放水する。
弱点をつかれた大魔球は力を失って地面に落ち、西条にとどめを刺された。

「くそぉっ!覚えていろ、愚かなる人類ども!」

「お疲れさーん。」

悪役らしく捨てゼリフを残して、俺は空中に浮かび上がり退散していった。


◆◇◆◇


「おっ、あんな所に居た。」

首輪についている誘導装置に導かれるまま、浮かんでいた俺の前方に逆天号の姿が見えた。
俺は逆天号に着地すると、ハッチを通って中に入る。

<危険物感知せず。ドアロック、解除。>

まだ全然信用されてないよな。チェックを受けないと中に入れてくれないし。

「これか!」

「やっぱり……。」

突然ベスパとルシオラが、俺の背後に現れた。

「わっ!な、何です!?」

「発信機さ。あんた、尾行されてたんだよ!」

ベスパが俺のマントの端に付いていた発信機を取り外した。
って、何時の間に!?西条か、あの野郎!?

「外を見てみな。」

「く、空母ですか!」

「こざかしい……!!あんなオモチャで我々とやる気とはな。
 空母だろーが核ミサイルだろーが、我々には傷一つつけられんわい!」

土偶羅がフンと鼻を鳴らす。

「……でも、おかしいわ。飛行機がいないし、それにあの魔方陣は何?」

逆天号の司令室から外を眺めると、遥か遠くに原子力空母が見えた。
ルシオラの言う様に甲板には艦載機は一機もなく、巨大な魔方陣が空母の甲板に描かれている。
その魔方陣の中に立っているのは……隊長!?

「フン!!この実力差に多少の小細工どーだというのだ!?断末魔砲発射用意!!」

相手方の不敵な態度に、土偶羅は主砲のスイッチに付いたカバーを開けて手を添えた。

「アシュタロス一味に告げる!無駄な抵抗はやめて、速やかに降伏しなさい!」

空母から隊長が呼びかけてきた。降伏勧告!?
そして空母のハッチが次々と開かれる。其処には……、

「横島くーん!無駄な抵抗はやめてー」

「似てると思ったら、やっぱりお前だったのかーっ!」

「この裏切り者!」

「忠夫――っ!!お前は何て事を……!!」

「諦めろ、あいつはもう俺達の息子じゃないッ!!」

ピート、タイガー、愛子を初めとする俺のクラスメート達が一斉に文句を並べてきた!?
しかも、親父とお袋まで居やがる!?

「ポチ、どうしたの?」

思いっきりずっこけた俺を心配して、ルシオラが声を掛けてくる。
俺は全身のバネで瞬時に起き上がると、マイクを掴んで大声で吼えた。

「コラーッ!おばはん!全部俺の関係者じゃないか!何考えとるんじゃー!」

「……って事は?」

「もしかして、人質?」

「な、なんという卑怯な事を!」

ベスパとルシオラが額をつきあわせて、ひそひそと話す。

「でも気にせず主砲発射ー!」

土偶羅が笑いながら、発射ボタンに指をかける。

「どちくしょうおおぉぉぉー!!」

俺は全力で司令室を駆け出していった。今なら世界を狙えるだろう。


「もしもしっ!こちら横島!」

俺はトイレで通信鬼を呼び出し、連絡を入れた。
発信機も含めて、糾弾せぬわけにはいかん!何を考えとんだ!

「横島君か!?こちら西条…!」

「なんなんだよ、あれは!作戦なら俺にもきちんと説明してくれ!」

「ぼ、ボクにも解らんのだ!」

「解らんですむかああぁぁ!それに無断で発信機つけたろ、手前!
 俺の身もヤバイじゃないか!それが大人のやる事か!」

「よく聞け、横島君。僕にも隊長が何を考えているのか、全く解らん!
 こっちから連絡するまでは、君は独自の判断で行動しろ!無事を祈る!」

ブツッ!

ツー・ツー・ツー

そこで通信が切れた。

「もしもしっ!西条!まだ話の途中……!!」

コンコン

そこにドアをノックする音が聞こえた。俺はあわてて通信鬼を隠す。

「ポチ、いる?」

ドアの外から声をかけてきたのは、パピリオだった。俺はトイレの水を流し、外に出た。

「は、はい。すいません、急に。ちょっと腹の具合が……。」

「もう心配いらないでちゅよ。土偶羅様が攻撃をちょっと待ってくれるでちゅ。
 しばらく様子を見るでちゅよ!」

「え!?お…俺の為に…?」

予想もしなかった言葉に思わず我が耳を疑った。
信じられないという気持ちのままで、パピリオと一緒に司令室へと戻ると……。

「あ、あの……。」

「早かったね。」

「ちゃんと手は洗った?」

振り向いたベスパとルシオラが、軽い口調で俺に声をかけた。

「……悪かったな。向こうの出方がわかるまで、手は出さんから心配するな。」

同じく振り向いた土偶羅も、少し決まり悪そうに口を開く。

「土偶羅……様。」

「気にしなくていいよ。」

「別にお前の為だけって、わけでもないから。」

「うっ…うっ…すみません。ありがとうございます。」

「ほら、ポチ。泣いちゃ駄目でちゅよ。」

感動した。はっきり言って、今までこんなに温かく接してくれた人達が居ただろうか?
しかも俺は只の使用人だというのに、まるで本当の仲間のように心配してくれている。
思わず、その場で泣き出してしまった。


「飛行物体、多数接近!」

逆天号の前方より、空母上から姿を消していた多数の艦載機が接近した。

「霊波バリヤー展開!!何をしてもムダだと解らせてやる!!」

確かに艦載機の攻撃で、この逆天号が沈むわけが無い。妙神山の攻撃にも耐えたのだ。
だが其の時、魔方陣から凄まじい霊気が立ち昇った。

「気を付けて!!下でも何かやる気よ!!」

思わずそちらに注意を逸らした隙に、多数の艦載機が逆天号への肉薄に成功した。
だが艦載機達は、一発の直接攻撃も行わずにすれ違いざまに多量の煙幕を発生させる。

「な…煙幕!?」

「あれだけの飛行機を、煙幕を張る為だけに?」

「ただの煙じゃないわ。霊波を帯びてる。視界ゼロよ!」

霊波レーダーを見ていたルシオラが、警告を発する。

「何かの罠には違いないが、視界を奪ってどうする?我々の優位は変わらんぞ。」

嫌な予感がした。何かヤバイ事が起ころうとしている。

「……ヤバイ、逃げろっ!」

「正面に逆天号と同じ大きさの飛行物体!高エネルギー反応を検知。撃ってくるわ!」

ウッギャァアァアッ!!

前方の飛行物体から発射された高出力のエネルギー波が、逆天号に襲いかかってきた。
ギリギリのタイミングでかわしたが、余波による衝撃で逆天号が激しく揺さぶられた。

「「「「「う…うわああああッ!?」」」」」

「応戦しろ!こっちも撃て!」

ウッギャァアァアッ!!

逆天号が断末魔砲を発射した。
その一撃は前方の飛行物体を捉えたかに見えたが、命中寸前にフッとその姿が消えてしまう。

「かわされた!?何だ、あの相手は!」

「それにあっちの主砲も、断末魔砲と同じ音が……!」

「ま、まさか人間ども、我々と同じ威力の魔法兵鬼を!?信じられん!」

「空母も人質も、魔法兵鬼から注意をそらす為のオトリだったのよ!異空間に退避を……!」

その時、逆天号のすぐ前面に先ほどの飛行物体が姿を現した。

「ダメだ、進路を塞がれた。撃て!」

ウッギャァアァアッ!!

しかし相手の方が早かった。逆天号はその攻撃を回避できず、右の翼に命中してしまう。

「やられた!」

「異空間潜行装置大破!異空間に脱出できなくなりました!」

(……は、はははは。これは、ひょっとしなくても……切り捨てられちまったかっ!!)

怒りのあまり、全身が熱い。胸を焼くのは純然たる怒り。

(俺は捨て駒かよ!?ふざけんじゃねーぞ!!)

俺の怒りに引きずられるように、霊力が活性化する。右手に文珠が3つ生成された。
煩悩全開時ほどではないが、高出力の霊力がチャクラから全身に供給されていく。
それも今までと違い、不安定ではなく俺の意志で完全に制御されていた。
知り合いが見れば、驚愕したであろう。既に美神さんと同等まで高まっていたのだから。


◆◇◆◇


「ポチ、バルブを閉めて。あ、違う。その横。」

「これッスか!?」

「オーケー!!そのまま!」

逆天号の船体は所々炎上し、敵の砲撃をかわす度に船体が軋みを上げている。
俺はルシオラと一緒に、船外に出て逆天号の応急修理に取り組んでいた。
と言っても、俺は少し離れた所でルシオラの指示に従っているだけだが。

「主動力部がやられなかったのがせめてもの救いね…。
 何とか予備回線だけでも応急修理して、ここから逃げなくっちゃ…!」

「手持ちのだけで平気か?」

「多分大丈夫、必要になったら言うわ。」

作業に集中しつつも、俺の頭では激情が渦巻いていた。

(死んだ後で銅像建てられても、空に顔が浮かんでも、俺はちっとも嬉しくないッ!!
 生きてやるッ!!絶対に生き抜いて、あの隊長に土下座させるまで死ねねえ!!)

(大体、手前の策が何の役に立ったんだ!毒にやられて寝込んだ後は何もしとらんぞ!
 結局、美神さんを復活させたのはルシオラと俺だし………って、何だ!?)

突然、おかしな記憶が頭をよぎった。 

ブォン

その時、逆天号の前面に飛行物体が出現した。逆天号が慌てて回避行動に移る。

バリバリバリバリ!

正面の飛行物体からエネルギー波が発射された。

ガクン!

逆天号は急転回し、射線を外したものの激しい衝撃が船外の俺達を襲う。
俺は衝撃で壁に叩きつけられた。其の時……俺は左脇腹に熱い何かを感じた!

「ぐ…あっ…!」

手を見ると、真っ赤に染まっている。脇腹から焼け付くような痛みが俺を襲う。
破片が刺さったようだ。痛みで薄れそうな意識の中、ルシオラの悲鳴が聞こえた。

「あっ、しまっ……!」

目をやると、船から振り落とされたルシオラがエネルギー波に飲み込まれようとしていた。
それは夢で見た光景が蘇る。……ルシオラが消える。俺の前から居なくなる。

「……させるかっ!!」

ドクン!

その瞬間、俺は痛みを忘れた。瞬時に先程生成した3つの文殊を呼び出し、念を込める。
1つには『活』。力が抜けた身体に1時的に活力を送り込む。そして『神』『速』。
発動した瞬間、周りの時の流れが緩やかになる。その中を俺は全力で駆け抜ける。
勢いのままに跳躍し、ルシオラの身体を空中で抱きしめる。そこで、時の流れが戻った。

「ポチ!?」

「伸びろ!ハンズ・オブ・グローリー!」

瞬時に作り出したハンズ・オブ・グローリーが高速で伸びると、壁に開いた穴を爪で掴む。
ハンズ・オブ・グローリーは何時もよりも収速しており、輝きも強くなっていた。

「よし……戻れ!」

俺のイメージに従い、高速で収縮するハンズ・オブ・グローリー。
その勢いを利用して、俺達はデッキにもつれる様に転がった。

「痛てて……。」

「……お前…何で?自分も危ないのに、放っておけば逃げられたかもしれないのに…。
 なのに何で……。」

信じられないものを見るかのような眼差しで、ルシオラが俺を見る。
俺は顔を上げると、ルシオラの目をじっと見つめる。

「俺はお前を失いたくなかった……。」

「え!?」

「夕焼け一緒に見ちまったろ…好きだって、言ってたのに…あれが最後じゃ、悲しいよ。」

「お前……。」

「ぐっ!」

安心したら、痛みが戻って来た。急いで呼び出した文珠に『治』と込めて発動させる。
もう戦闘は無理だが、とりあえず大丈夫だろう。

「怪我してたのに……私を……。」

「嬉しかったんだ……。人間の俺を本当の仲間として扱ってくれて……。」

ウッギャァアァアッ!!

再度、正面の飛行物体から攻撃された。
今度は余裕をもって回避できたが、このまま放っておくと撃沈されかねない。
其の時、俺はある事に気づいた。

「……そういうわけか!」

「ポ、ポチ……?」

「向こうのトリックが読めた。司令室に急ぐぞ。このままだと時間が無い。説明は後だ!」

「ちょ、ちょっと、お前っ……!?」

俺はルシオラの手を取ると船内に入り、司令室へと向かった。
ううっ、まだ身体が重いぜ。無くした血が戻るわけじゃないしな。


「何!?攻撃せず、反転して逃げろと?」

「そうです。」

「アホかいっ!敵の前でそんな事したら、後ろから直撃を食らうわっ!」

「そうじゃないんです。敵艦なんか初めから居なかったんですよ!」

「?」

土偶羅が不思議そうな表情で、俺を見つめた。

「俺達が交戦しているのは、時間軸のずれた俺達自身です。
 自分の攻撃で死ぬところだったんですよ!」

「思い出した!あの女、魔族のファイルに載っていた時間移動能力者だわ!」

ルシオラが隊長の情報を思い出した。

「妨害霊波で時間移動を封じているのを逆に利用して、
 数秒から数分の時間の僅かなズレを……!」

「ひとまずここから離れましょう。
 正面に逆天号が現れたら迂回して、あの女から離れた所で異空間に潜航を……。」

「ちょっと待って!ベスパちゃんが今、外に出てるでちゅよ!」

「な、何ですって!」

「このままじゃやられるから、せめてあの女をぶっ殺すって……。」

「なんで止めなかったのよ、このチン○口!」

「チ、チン……!」

ルシオラからチン○呼ばわりされた土偶羅が、酷いショックを受ける。
自分の部下に、それも美女に言われたら、俺なら立ち直れんな。

「これだけの罠を張る相手なのよ!ノコノコ船から降りたりしたら、ベスパが危ない!」


◆◇◆◇


パピリオと俺は逆天号を出て、眼下の空母へと向かった。
クラスメートと両親は、特殊マスクで変装していた海兵隊員だったようだ。
海兵隊員達は甲板の上でベスパに向かって、銀の弾丸を乱射している。

「痛てててっ!こりゃ、銀の銃弾か!」

「悪ガキにお仕置きするのに、手段を選ぶつもりは無いのよ!」

隊長が手にしたハルバードを大きく振りかぶり、ベスパに向かって突進した時、
俺は『閃』の文珠を発動させた。

カッ!

空母の甲板が閃光に包まれる。サングラスをした俺達はベスパの傍に降り立つ。

「逃げるでちゅ、ベスパちゃん!」

「ルシオラが潜航装置を応急修理した。一時撤退だ!」

「ポチ……!」

「横島君!」

パピリオがベスパの腕を掴むと空中高く跳躍し、そのまま撤退した。
俺は隊長を睨みつける。

「隊長、俺を奴らと一緒に始末しようとしたでしょう……意図的にね。」

「……これが、そのお返し!?」

「あんたを信じた俺が馬鹿でした。見事に約束を破りやがって……。」

隊長がにっこり笑って、俺の肩をポンと叩いた。虫唾が走る。

「助かったんだから、いーじゃない。男が細かい事を気にしちゃダメ♪」

「ふざけんな!」

俺は隊長を怒鳴りつけると、首輪の力で空中へ飛び上がる。その途中で、

「横島君!?」

「美神さん!?」

美神さんとすれ違った。怪我をしているが元気そうなので少し安心した。

途中でべスパとパピリオに追いつく。

「良くやってくれたでちゅ、ポチ!」

「さっきはマジで危なかったよ。ありがとな。」

パピリオは凄く嬉しそうに、べスパは少し照れた感じで礼を言ってくる。

「仲間のピンチに駆けつけるのは当たり前だろ?」

「仲間か……そうだな。」

俺の言葉に、べスパは嬉しそうに微笑んだ。


◆◇◆◇


「……ポチ、ちょっとつきあってくれない?」

「はあ、いいッスけど……。」

俺はルシオラに連れられて、デッキへと上がっていった。何か思いつめたような表情だな。

「あ、あのー、何の話でしょう?」

「怪我はもう大丈夫なの?」

「ええ、もう塞がってましたし。」

「……ポチ、おまえ何て名前なの?」

「は?」

「人間の名前よ。ちゃんと聞いてなかったから……。」

「横島忠夫ですけど……。」

ルシオラがキッとした目つきで、俺を顔を見つめる。

「『ここで一緒に夕焼けを見たから』って言ったわね。バカじゃない?
 あんな些細な事が引っかかって、敵を見殺しにできないなんて……。」

「あんた達を見殺しにするのが正しいってんなら、俺は馬鹿で結構です。
 あんた達だって、さっき攻撃を待ってくれたじゃないですか?」

「……何でお前はそんなに優しいの!?私達は、一年で何も残さず消えるのよ!
 それで自分を納得させてきたのよ!それなのに……。」

ルシオラがギュッと俺の胸に抱きついてきた。その手は震えていた。

「もっとおまえの心に残りたい……。敵でもいい。また一緒に夕焼けを見て。ヨコシマ。」

それは紛れも無い告白だった。俺の心の中に温かいものが溢れて来る。
笑顔が見れて嬉しかった。護れて嬉しかった。俺を想ってくれるのが嬉しかった。
例え様の無い幸福感が俺を包んでいた。そう、俺は彼女達を護りたくて来たんだ……。

「……今すぐ消えるわけじゃないんだろ?手柄によっては延命の機会もあるだろうし。
 これから何度だって一緒に見れるさ。俺はずっとお前の傍に居るんだから。」

俺はルシオラの背中に手を回し、しっかりと抱きしめる。

この時、俺は決心した。
俺はルシオラと一緒にいる。俺を仲間と認めてくれた彼女達の傍に居ると。
美神さんやおキヌちゃん、雪之丞とピートとタイガー達には何て謝ろうか?

―――覚醒の時は、近づいていた。


第四話に続く


補足説明 その1

プロローグで大極文殊に記憶を込めた横島君は、アシュタロス戦後で原作と分岐しました。
本気で女性を愛し愛された事で精神的に成長し、煩悩少年では無くなっています。
2度と大切な人を失わない様に、今まで疎かにしていた霊力の基礎訓練や勉強を始めました。
格闘術は雪之丞と同レベル、霊力量は冥子クラスであり、世界でも有数の実力者です。
人間界唯一の文珠使いであり、5文字の制御を可能とし、1日で1個の文珠を生成できます。
美神令子の事は姉の様に、氷室キヌとシロの事は妹の様に感じています。恋人はタマモです。

補足説明 その2

本編の横島君は、平行世界の記憶を受け継いだ事で、煩悩が抑えられています。
この話の設定では、彼の霊力の源が煩悩なのではなく、霊力を引き出す為の術が煩悩です。
ですが大極文殊が吸収される際に、普通に霊力を汲み出せる様にラインを調整しています。
セクハラと自爆が無くなった為、不必要に治癒に廻していた霊力の分、霊力量が上昇しています。
更に霊力の制御の方も大分安定しております。


後書き

私は恥を捨てた男……覚えていますか、タケです。
前作は賛否両論が激しくて、思わずビビリました。
まぶらほもどきの小説の方は、皆さん好意的でしたので、ちょっと予想外でした。
それだけ、このGSという作品は愛されているんですね。

と言いつつも、懲りずに好き勝手な話を作っちゃいました。
色々苦情が来そうですが、実は前から考えていたんです。アシュタロス戦の再構成。
管理人様、このサイトの主旨に合わない場合は、削除してもらって結構です。
翌日、消えていなければ、続きを投稿します。次で終わりです。更にぶっ飛びますが。

それでは。

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