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15禁注意

「風の日(GS)」

岐阜海運夢組 (2006-10-11 02:33)
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横島がワルキューレの部屋に転がり込んでから、六年ちょっと。


その日、横島はベッドで寝ていた。
傍らでは、ワルキューレが今では珍しくなった水銀体温計の目盛りを数えている。

「三十九度七分……。完全に風邪だな」


「うー、頭痛い……」


「ほら、無駄なことを喋っていないで、ちゃんと寝ていろ。無駄に体力を浪費していたら、治るものも治らないぞ」


「おう……ところで、蛍と魔姫は?」


「お前の提案どおり、風邪をうつさないように、しばらく妙神山で預かってもらうことになった。もうすぐジークが迎えに来る」


「そうか……みんなに迷惑かけちゃうな」


「すまないと思っているなら、さっさと治せ。……まあ、すぐに治るだろうがな。たぶん、数時間以内に」


意味深な言葉に、二人は目を見合わせてから、いたずらっぽく笑った。


ワルキューレが寝室からリビングに戻ると、娘たちがはしゃぎながらお泊まりの準備をしていた。
長女の蛍も、次女の魔姫も、お気に入りの遊び道具を、何とか全部リュックに詰めようと頑張っている。

(あーあー、そんな大きなぬいぐるみ、入るわけ無いだろう)

リュックよりも大きなぬいぐるみを無理やり詰め込もうとしている蛍に、ワルキューレは苦笑する。
あのぬいぐるみは、ジークに渡すぶんのトランクに入れてやろう。着替えは三日分もあれば十分だから、まだ余裕があるはずだ。
そんなことを考えながら、ワルキューレは娘たちを優しく抱きしめる。

「ごめんな? 二、三日したら、迎えに行くからな」

「「はーい!」」

世話をしてやれないことを謝る彼女に、久しぶりのお泊まりでご機嫌な娘たちは、気にしないでと言わんばかりの元気な声で答える。
無邪気に笑う子供たちの頭を撫でてから、ワルキューレはお泊まりセットの準備を手伝ってやる。
案の定、子供たちのリュックはすぐにパンパンになった。
もちろん、もともと入るはずも無かったぬいぐるみなど入っているはずは無く、ソファの上で寂しげに鎮座している。

「クマ吉はジークおじさんに持っていってもらおうか」

「うん!」

今にも泣き出しそうに潤んだ目で見つめてくる蛍に、ワルキューレはぬいぐるみを着替え用のトランクに入れてあげると言ってやる。
嬉しそうな返事とともに、蛍の顔に再び弾けんばかりの笑顔が戻った。
と、それを見た魔姫が、ワルキューレの袖を横から引っ張ってくる。

「……魔姫のウサ美ちゃんもぉ……」

言いながら、少し離れた床の上で、これまた寂しそうにたたずんでいるウサギのぬいぐるみを指差してきた。
お姉ちゃんがクマ吉を連れて行くなら、自分もと思ったのだろう。

「うん。ウサ美ちゃんも連れてってあげような」

ワルキューレはそう言って、魔姫の頭を撫で、クマ吉とウサ美を玄関まで持って行って、既に二人の着替えを入れてあるトランクに詰めてやる。
娘たちの着替えが少し入っている以外、全くガラガラだったトランクは、あっと言う間にクマ吉とウサ美に占領されてしまった。
それを見てワルキューレは、まるでぬいぐるみ専用トランクだな、と思う。
まあ、それも、悪くは無い。ぬいぐるみたちも、たまには二人きりになりたいときもあるだろうから。
そんなことを考えながら、彼女がトランクの金具をロックしたところで、タイミングを計ったように玄関のチャイムが鳴った。
開錠して玄関のドアを開ける。
ドアの前には、ジークが心配そうな顔をしながら立っていた。
人外の生命力を誇る横島が風邪をひくなんて、早々無いことだから、それも当然だろう。
とりあえず、玄関で立ち話も何だから、家に入れてやろうと、ワルキューレはドアチェーンに手をかける。

「よく来てくれたな、ジーク」

「姉上の頼みを断るなんてできませんよ。……それより、横島さんの風邪の具合はどうですか?」

「ああ、熱は高いが、すぐに治るはずだ。手間をかけさせて悪いな」

「いえ、姉上も体には気をつけてくださいね」

世間話をしながら、ワルキューレはチェーンを外し、ジークを家の中に招き入れる。
と、その時、迎えが到着したことに気付いた娘たちが、リュックを背負って玄関まで走ってきた。

「「きゃーーーー!」」

はしゃぎながら、走ってきた勢いのまま、ブレーキ代わりに左右から母の腰にしがみつく。
妙神山でパピリオや小竜姫に遊んでもらうのが楽しみでしょうがないようだ。
休む暇も無いジークには悪いが、子供たちのことを考えるとこのまま送り出してやったほうがいいだろう。

「こら、パパが寝てるんだから静かにしなさい。ほら、靴を履かないと外に出られないぞ?」

ワルキューレは早く出かけたくてうずうずしている娘たちを、やれやれといった調子でたしなめる。
母の言葉に、娘たちは我先にと靴を履きはじめた。
まったく子供というものは現金なものだ。
あまりの切り替えの早さに、ワルキューレは再び苦笑する。
同じく苦笑しているジークに、娘たちの着替えとぬいぐるみ、その他もろもろの入ったトランクを渡す。

「ジーク、妙神山まで、この娘たちをくれぐれもよろしく頼む」

「任せてください姉上」

トランクを受け取ったジークは、もちろんだと言わんばかりに大きく頷く。

とんっとんっ

ワルキューレが靴を鳴らす音に振り返ると、子供たちが靴を履き終えて、笑顔で母を見上げている。

「お前たちも、ジークおじさんの言うことをよく聞くんだぞ?」

「「はーい!」」

注意するワルキューレに、子供たちは元気な返事を返してドアの外に飛び出していった。
そのままあっという間にジークの車の後部座席に飛び込み、窓から顔を出して手を振ってくる。

「「行ってきまーす!」」

「うむ、行ってらっしゃい! 小竜姫のお姉ちゃんとパピリオお姉ちゃんによろしくな!」

「「はーい!」」

本当にわかっているのかいないのか、相変わらずの答えが返ってくる。
返事自体はとても素直な返事で、それはそれでいいことなのだが。
そうこうしているうちに、運転席にジークが乗り込み、車が動き出す。
進み始めた車のリアウインドから、子供たちが手を振ってきた。
母もそれに応えて手を振り返す。
そうやって、ワルキューレと子供たちは、お互いが見えなくなるまで手を振りあっていた。


「……さて、不肖の夫の、風邪を治しに行くか」

娘を見送り終わったワルキューレは、ぽつりと呟いて家の中に戻り、夫の眠る寝室に向かう。
寝室のドアを開けると、夫はあいかわらずベッドでふせっていた。
わざとらしく、頭まですっぽり布団をかぶっている。
いくらなんでも、修飾過剰だ。
仮病と言っているのも同然の横島に、ワルキューレはため息混じりの声をかける。

「ほら、二人とも行ったぞ。そろそろ起きろ、忠夫」

布団を掴み、持ち上げる。
予想通り、下から満面の笑みを浮かべた横島が現れた。

「やっぱり、わかったか?」

「体温計がわざわざ細工しやすいものにすりかえられていれば、な。…………それに、去年と一昨年も、似たようなことをしただろう……一昨年は除霊先の隠れ湯で、偶然車が壊れて二人きり。去年は突然蛍たちが伊達家にお泊まりに呼ばれて二人きり……で、今年の結婚記念日は、風邪で二人きりか」

最近毎年、夫は結婚記念日になると、何かと二人きりになれるように仕掛けてくる。
この日だけは、夫婦から恋人に戻って楽しみたい。ということらしい。
横島の意外に可愛いところに、ワルキューレはちょっと胸がきゅんとなる。
と言っても、ずっとベッドの上に居座っていたら、折角二人で過ごす結婚記念日も台無しだ。
ワルキューレはとりあえず、横島の体に乗っかっている布団を引っぺがしにかかる。

「ほら、起きろ」

「嫌じゃー! 可愛く起こしてくれねーと、俺は起きんぞー!」

横島は全力で駄々をこねて、それに抵抗してきた。
どうして欲しいかは、何と無しにわかる。要は、甘えたいのだ。
娘たちと同レベルの夫のその行動に、ワルキューレはまた苦笑させられる。
いつもなら、ここで銃の一つも突きつけて、無理矢理ベッドから叩き出すところである。
が、ここでいつも通り無理矢理ベッドから叩き出すのも、夫の企みが成功したことを考えると、普段通りでいま一つ面白くない。
そこで、ワルキューレはあえて夫の要求を飲んでやることにした。
甘い表情を作って、そっと横島の耳元に唇を寄せ、そっと囁く。

「あなた、起きて」

そして、”ちゅっ”と音を立てて、頬に口付ける。
少し考えれば自明だが、横島がそんな誘惑に耐え切れるはずはない。
これまでと違う意味でベッドの上に居座ることになるのは、目に見えている。
ワルキューレがそうと気づいたときには、時既に遅し。

「辛抱たまらーん!」

「きゃっ」

叫びを上げつつ飛びついてきた横島に、がばっとベッドに引きずり込まれてしまった。
ワルキューレは抵抗こそしないものの、そのあまりに強引な求愛に、諭すように抗議する。
やっぱり、ここまで二人きりになるために気を使ってくれたのだから、最後までちゃんと演出して欲しい。

「ちょ、忠夫! もうちょっと、ムードというものを考えろ!」

「じゃあ、結婚記念日にふさわしく、ロマンチックに……」

注意された横島は、今度は真面目に考えてから、結婚記念日にふさわしいように、ロマンチックに事に及ぶという結論に達した。
が、不幸なことにその宣言は、ワルキューレの笑いのツボにぴったりはまってしまった。
ロマンチックが最も似合わない男のロマンチック宣言に、ワルキューレは思わず噴き出してしまう。
こうなったらもう、ムード以前の問題だ。

「あはは! そんな、忠夫が、ロマンチック! あははは!」

「……そんなに笑うことないじゃねえか……」

横島は大爆笑する妻に背を向け、ベッドの隅に丸まっていじけてしまった。
一人寂しく、シーツにのの字を書いたりしている。
それを見て、ワルキューレの心には、感情を素直に全身で表現する、この男への愛しさがこみ上げてきた。
こらえきれずに背後から夫に抱きついて、かねてからずっと考えていたことを囁く。

「ふふっ……なあ、忠夫。三人目、作ろうか?」

「え?」

「蛍も魔姫も、手がかからなくなってきたし……ダメか?」

滅多に無い、妻からのストレートなお誘い。
当然ながら、煩悩魔人。再点火。
再び雄叫びを上げつつワルキューレに飛びかかる。

「うぉぉぉぉぉぉぉ! 今夜は止まらんぞー!」

「あ、おい、今日はロマンチックにすると…………あん♪」

…………その後は、いつもの二人のリズム。

まったくもって、結婚当時から変わらない。

進歩がないと言われれば、そうかもしれない。

しかし、結婚して六年。

夫婦仲はより燃え上がり、

可愛い二人の娘に恵まれ。

家庭もすこぶる円満で、

二人は年を経るごとに幸せになっていく。

それでも変わらず二人は思う。

幸せになるのだ。

他の誰でもない、自分たちのやり方で。

もっと、もっと。

それは二人の、始まりの誓い。

とても大事な、始まりの願い。

そう。

幸せになるのだ。

自分たちのやり方で。


そんな感じで、両親がベッドでいちゃついている頃、ジークの運転する車内では、非常に偏ったしりとり大会が……。

「なーす」

「すくーるみずぎ」

「…………………」

「「おじさーん! 『ぎ』だよー! 『ぎりのいもうと』とか、あるよー!」」

「…………負けを認めさせてください」

「「だめー!」」

ジークは姪たちにトラウマを的確に、かつ容赦なくえぐられていたが、彼を助けてくれるものなんて、この世に存在しなかった。


で、ジークは不幸になったけど、ハッピーエンドで良いですか?


おしまい。


あとがき

最終話、いかがだったでしょうか? レス返しを二重投稿してしまった、岐阜海運夢組です。チクショウ。インターネッツは恐ろしい。
今回は、温いとはいええっちを予見させる部分があったので、一応15禁です。
さて、それはさておき。
まず、見切り発車かつノープランで始まった、この未熟な作品に、ここまで付き合ってくださった皆様、この場をお貸しくださった管理人様、レスを下さった皆様に、深くお礼を申し上げたいと思います。

本当にありがとうございました!

皆様無しには、単発で終わる予定だったこの作品が、ここまで来ることはありえませんでした。毎回が、作品は書く人と読む人で作るもんなんだなあ、と実感させられる、貴重な体験でした。本当に、深くお礼を申し上げます。

……こんなことを言っていると、今生の別れみたいですが、たぶんまた、近いうちに、現れます。というか、まだ書き足りない!というのが、本当の気持ちです。
美知恵さんも書きたい。小竜姫様も書きたい。コント風味のギャグも書きたい。
そんな感じで、次はどっちに進もうか、迷っているところです。

では、ご縁があれば、また。

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