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「在りし日の魔王・1453(前編)(GS+オリキャラ)」

いりあす (2006-09-20 01:23/2006-09-23 13:57)
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注:この二次創作は史実を元にしたフィクションです。作中に出てくる人物・団体・事柄・事件は、過去に実際に起きた出来事と密接に関係していますが、かなりの創作が混じっていますのでご了承下さい。
  ついでに言うと、別に塩野七生先生に喧嘩を売っているわけでもないので、その辺もご了承下さい。


 かつてこの地は、世界に冠たる帝国の都だった。
 何十万もの市民が街角で笑いさざめき、富は山を、船は列を為し、
 兵士達の武具が陽光に煌めき、壮麗な宮殿・邸宅・寺院が建ち並んでいた。

 だが、時は流れ、全ては移ろい、過ぎ去ろうとしている。
 喧噪で満ち溢れた道々は人影もまばらになり、港から船は去り、
 かつては美しかった街並みは、年月に耐えきれず多くが老い朽ちた。

 そして世界の一翼として栄えたローマ帝国の系譜はすでに滅びに面している。
 雲霞の如き人馬が、軍船が、この街を打ち毀たんと、ひたひたと押し寄せている。


 だが、全ての人々がこの街を見捨てたわけではない。
 僅かながら、この都の誇りを、この地への愛着を、
 そしてこの街での彼らの神の栄光を忘れ得ぬ者も在る。
 この地に足を踏み入れた奇妙な一組の男女も、おそらくはその一片。


 これは故意に歴史から削除された、彼らの知られざる物語。

 時はユリウス太陽暦1453年3月。
 ここは千年の長きに渡り東ローマ帝国の都で在った地、コンスタンティノポリス―――


   『在りし日の魔王・1453』 Written by いりあす


    〜〜〜〜前編・斜陽の都〜〜〜〜


 流石にこの城壁もだいぶ傷んでいるな……と彼は考えた。
「まあ無理もあるまい、この城壁も建造されて千年を超すからな。私の若いころでさえ、盛んに修繕が行われていたものだ。まして多くの戦いを経た今となっては、な」
 はて、この城壁は何フィートの高さがあっただろうか……と彼は首をひねる。
 彼女に測らせればコンマ2ケタ程度までは即座に割り出してくれるだろうが、まあそこまでする程のものでもないだろう。どうせ、近々派手に壊れる運命にある城壁だから。
 そんな事をつらつらと考えながら、彼は城壁の上をブラブラと歩きつつ左右の――街の内と外の光景を眺めていた。生まれて初めてこの城壁に立ってから、すでに480年ばかりが過ぎた街の景色を。

「こんな所に居られたのですか」
 と、背後から声がかかった。
「いかにも。この街をこうして眺めるのも、久しぶりの事ですからな」
 そう鷹揚に答えながら、彼は7フィート近い長身を翻した。40がらみの中年の相貌に黒いマント、そして城壁に似合わぬ平服という出で立ちが、不思議な風格を醸し出している。
 振り向いた先には、甲冑の上から双頭の鷲をあしらった徽章と深紅の衣を身につけた、40代後半の男がいた。その姿は、幾たびかの戦場を往来した故の剛毅さが感じられる。
「お初にお目に掛かります。コンスタンティヌス帝陛下」
「ようこそコンスタンティノポリスへ。ドクター・カオス」
 そして、同年代程度の――実際は軽く一桁は年齢の異なる二人は挨拶を交わした。


「まさか、貴方ほどの方が援軍に加わって下さるとは思っても見ませんでした」
 近衛兵をも下がらせ、ドクター・カオスと並んで城壁を歩く。彼の名はコンスタンティヌス11世。アルカディウス1世以来連綿と続く東ローマ帝国の現在の皇帝であり、アウグストゥス以来のローマ皇帝の系譜を受け継ぐ者であり――そしておそらくは最後の皇帝となるであろう、と囁かれている男でもある。
「この都には、もはや貴方の働きに報いるほどの財貨も残ってはおらんのですが」
「報酬なら、すでに貰っているよ。バシレイオス2世陛下にな」

 ドクター・カオス、本名と出身地は不明。カトリック教圏では世界最高の錬金術師と称えられ、反面恐るべき魔術師と畏怖されている。それもそのはず、見た目は40そこそこにしか見えないが、これでも500歳は超している。かつて錬金術をメインに北欧のドルイド術やオリエントの魔術などを修め、以来彼は常人の10分の1以下のペースでしか老化しなくなっている。

「それはまた、ずいぶん昔の事ですな」
「ああ、お前さんにゃ本でしか知らん奴だろうが、私にとっては古い恩人さ。まだこの街の片隅で研究をしていた、駆け出しの錬金術師でしかなかった頃の私の、な」
 バシレイオス2世、10世紀末から11世紀初頭にかけてこの地の玉座に就いていた人物である。“ブルガリア人殺し”とまで呼ばれた勇猛な征服者であり、東ローマ帝国の長い歴史の中でも最良の時代の一つを創出した名君でもあった。大体、カオスが30代から70代までの頃の皇帝である。
「あの仁とは年も近かったせいもあって、気が合ってな。随分と援助してもらったものさ。で、その時バシレイオス帝が言ったのだよ。『私の代で無理に恩を返さなくてもいいから、いずれこの街に対して何かしらの貢献をしてくれればいい』とな。気難しい仁だったが、その時の借りをまだ返していなかったのでな……250年前の時は、イングランドで野人の騎士と遊んでいたもので、力になれんかった」
「有り難い事です。貴方を迎える事が出来て、1万の味方を得た気分ですよ」
 苦笑するコンスタンティヌス。確かにこの状況で、1万人に匹敵する援助というのはあまりに貴重だろう。
「して、貴方が普段連れているという従卒の女性は?」
「ああ、あいつならオスマンの連中の様子を見に行っておるよ。そのうち戻ってくるはずさ」
 城壁の外側を親指で指差して、カオスはニヤリと笑った。その先に広がっている起伏ある平地の先、地平線の彼方では既に彼らが動き始めている事だろう。


 東ローマ帝国。千年以上前にヨーロッパを支配していた大国から系譜の連なる帝国。395年にローマ帝国が東西に分裂して以来、このコンスタンティノポリスを拠点に東地中海に繁栄した。その中にはユスティニアヌス大帝、ヘラクレイオス、ロマノス1世、バシレイオス2世、アレクシオス1世、ヨハネス2世など名のある君主もしばしば現れ、この街はかつてキリスト教世界最大の都市として富と栄華に満ちていた。
 が、栄えと盛んがあれば、枯れと衰えが訪れるのもまた歴史の摂理である。度重なる内紛が、西のカトリック諸国との摩擦が、北の異民族との紛争が、そして東から次々と押し寄せるイスラム教諸国がこの国から力を奪っていった。一度は同胞のはずのカトリック教徒によって帝都を奪われ、50年余に渡り辺境で雌伏の時代を過ごした時期もあった。
 既にこの帝国には領土と呼べる地はペロポネソス半島とエーゲ海島嶼のごく一部のみとなっている。そして、既にイスラム世界最強の軍事国家に成長したオスマン朝の勢力範囲のほぼ中心に、帝都コンスタンティノポリスが荒海の中の孤島の如くなおも残っているのだ。そのオスマン朝の若きスルタン・メフメト2世は、この地から目と鼻の先に当たるボスポラス海峡に新たな城を建造。いよいよこの千年の都を攻め落とさんと兵を募っている。


「おお、戻ってきた。案外早いな」
「早いという事は、いよいよ敵も近いという事ですか」
 カオスが指差した先の空からは、風切り音と共に一つの影がグングンと迫ってくる。やがて影は一人の女性の姿と確認できるようになり、そして背中に背負った翼から吹き出す炎を弱めながら城壁の上に降り立った。
「ただ今・戻りました・ドクター・カオス」
「おう、ご苦労だったなマリアよ」
 一礼しつつ、マリアと呼ばれた女性は背中から生やした金属製の翼を折りたたみ、それを取り付けた背嚢状の器具を背中のジョイントから外した。
「彼女がマリア殿ですか。錬金術で生み出した人形と聞き及びましたが、人間と寸分変わりがありませんな」
「いかにも。マリアよ、こちらはローマ皇帝コンスタンティヌス陛下だ」
「初めまして・皇帝陛下・マリアと・申します」
 このマリアは、ドクター・カオスが知識の粋を結集して創り上げた人造人間(アンドロイド)であり、完成してからすでに200年を過ぎている。名前と姿はかつてのカオスの想い人から取ったとも言われるが、実情は定かではない。
「いや、堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。よろしく、マリア殿」
 さして恐れる事もなく、コンスタンティヌスはマリアと握手を交わした。

「で、状況は?」
「ハドリアノポリスより・オスマン陸軍・コンスタンティノポリスに・向けて・進軍中。先陣は・4月1日6時17分・±48時間以内に・コンスタンティノポリス城壁に・到達の見込み。スルタン直属・イエニチェリ兵団・4月2日16時35分・±48時間以内に・着陣の見込み。イェニチェリ兵団・通常騎兵・通常歩兵・砲兵・セルビア兵・輜重兵・推定総兵力10万3200名±10000名以内」
「オスマン海軍の動向は?」
「3時間17分前・ダーダネルス海峡・ガリポリ港より・マルマラ海に・向けて・出港を確認。4月5日15時9分・±48時間以内に・金角湾口に・進入の見込み。大型ガレー船・23隻を中心に・小型艦・輸送船等・総数448隻・推定乗員1万5500名±12000名以内」
 見てきた結果を元に、かなり実数に近いであろう数字を淡々と並べるマリア。なお海軍の方が想定に幅があるのは、輸送船の中身が兵員か物資かで人数が大きく異なるせいだろう。
「しかし参りましたね、総勢10万人以上とは想像を絶する」
「かつてのこの国なら、片手間で集める事のできた兵力さ」
 それなりに予想していたとは言え、天を仰いで嘆息する二人。
「答えにくい質問だろうだが……この街の守備隊の兵力はどの程度だ?」
「……ここだけの話、近衛兵・騎士団・常備軍・民兵・ギリシア人傭兵・ジェノバ傭兵・ヴェネチア傭兵・軍船28隻、全てかき集めて7000人に足りません」
「兵力差はざっと20対1か、確かに厳しいな……」

 コンスタンティノポリスは、大体三角形をしていると言っていい。そのうち西側が陸地、南側は大型船での上陸が困難なマルマラ海、そして北東側が港を構成する金角湾に面している。が、この大都市を囲む城壁は総延長にして13マイルを越し、オスマン軍が直接攻撃して来るであろう西側だけでも4マイルある。仮に7000人弱の兵士を西側だけにズラリと均等に並べたとしても、兵士一人当たりの守備範囲の割り当ては何と3フィートになってしまう。いかに空堀と三重の城壁に守られているとは言え、果たしてどこまで食い止める事が出来るものか。
「ドクターの魔術でまとめて吹っ飛ばす事はできないものでしょうか?」
「私の専門は錬金術であって、魔術ではないからな。それに大規模な魔術となると、それなりの魔法陣だの魔法の材料だのが必要になってくるし、大体過度に強力な魔術はこのコンスタンティノポリスという土地そのものに悪影響を及ぼしかねん」
 かつて縁のあった人物の居城に作られていた“地獄炉”の事を思い出し、カオスはいささか不快な気持ちになった。あの地獄炉を撤去して魔界への穴を完璧に処分するのに、なにせ3年かかったのだから。
「オスマン軍の・スルタンを・人質に取って・撤兵を・要求するというのは・いかがでしょうか?」
「いや、その策は危険でしょう。彼らの軍事行動がスルタン一人の意思によるものかどうか断定は出来ませんし、その種の陰謀が彼らを逆上させる恐れもあります。何より、あの大軍に潜入してもスルタンを捕捉できるかどうか」
「スルタンの面相など我々は知らないし、連中とて影武者の一ダースは用意するだろうからな」
 結局のところ、このテオドシウスの城壁を盾にして敵を撃退するという正防法を根幹にするしかない、という事らしい。だがかつて幾たびもの敵の攻勢をはじき返したこの城壁とて、老朽化と攻城技術の進歩、そして圧倒的な数の差という諸々の悪条件を克服できるものだろうか?
「ま、私も可能な限り最善と思える援助はするつもりだから、その点は信頼してくれ。なんせこの都は、私がまだ若かった頃の50年ばかりを過ごした、いわば第三の故郷だからな。荒々しきムスリム達によって、かつてのカルタゴのような廃墟と化すのは見るに忍びん」
「500年になる人生で、第三の故郷とは名誉な事です。すると、第二の故郷は?」
「秘密だよ。ま、無闇に長生きした私とて、青春のほろ苦い思い出というのがあるものさ」
「なるほど」
 ドクター・カオスの脳裏を、かつてその生涯を見届けた一人の女性の姿がよぎった。


「どうやら始まるようです。このビュザンティオンを巡る有史以来最大の戦が」
 暗がりの中で、抑揚のない声が響く。
「まずは、高みの見物と行こうではないか。血で血を洗うこの地上で、奴らは真の闇を見出す事になるであろう」
 常人には見つける事はできないだろうが、コンスタンティノポリスを見下ろす丘の上に、三人の男女が立っていた。古式ゆかしき4頭立ての戦車に座る男と、その両脇に立つ男と女。だが真に彼らを見る事ができたなら、人々は彼らの吹き上げる凄まじいオーラに凍りつく事だろう。
「その凄惨なる場でのたうつ者で、生と勝利への誘惑に耐えられる者が果たしてどれだけ居るかな? 楽しみな事だて」
「閣下の仰る通りでございます」
「ギリシア人であれローマ人であれ、あるいはサラセンの蛮族であれ、遠からず偉大なる我らの存在を思い知る事になりましょうぞ」
「そして彼らは、唯一絶対の神などという存在を崇める愚行の報いを受けるのでございます」
 戦車に座る男の嘲笑に、両脇の男女は一礼する事で答えた。


 4月4日。戦いは、耳をつんざく大砲の轟音と共に幕を開けた。
「オスマン軍・城壁より・平均1マイルの地点に・大砲・多数・設置・砲撃準備中」
「種類は?」
「データベース・該当有り。“ウルバン砲”を確認・砲弾重量1200ポンド±150ポンド・砲身30フィート±1フィート・最大射程距離1マイル±150ヤード。砲撃精度・照準より・±18度と推定。その他、小型500ポンド砲・多数確認」
「ウルバンと言えば、確かハンガリー人の技術者だな。奴の造った最新鋭の大砲の設計図を、スルタンが高値で買ったという事か」
 城壁の外に展開するオスマン軍は、コンスタンティノポリスの正門の一つ・聖ロマノス門付近にいるカオスとマリアから見ればまるで人の海である。その前列からやや後方に、確かに大砲らしきものが置かれているのが見て取れた。
「おい、ジュスティニアーニ! 敵の砲撃への備えは、どうなんだ?」
 と、カオスは傍らの男へ問いかけた。
「心配は御無用ですよ。発射音が鳴ったら、守備要員は全員城壁の内側へ退避させる。着弾したら、その場所を守備兵と市民の協力者が補修する。ま、そういう手はずで」
 この男は遠くジェノバからコンスタンティノポリス救援に派遣された傭兵隊の隊長で、ジョバンニ・ジュスティニアーニという。カオスや皇帝に比べてやや若く見える、いかにも陽気なイタリア人といった感じの男だが、この男もまた、イタリアやエーゲ海で幾多の戦いをくぐり抜けた歴戦の勇士だという事は広く知られている。コンスタンティヌス帝の下で、陸上の防衛の実質的な総指揮を執っているのはこの男だ。
「よし、それはそれでいい。それから、こいつの近くにはあまり部下を近づけてくれるなよ。威力がありすぎて、撃った側にも余波が来るはずだからな」
「威力がありすぎて、って事ですかね? 火ぃつけたら大砲自体がドッカーンなんてのは、勘弁して下さいよ」
 ジュスティニアーニとカオスの間に置かれているのは、一門の巨大な大砲である。
「そんな事はない。確かにこの“カオス・キャノン1450年式”は実射試験こそやっとらんが、設計書との誤差は10万分の1も無い。心配は要らんよ」
「なら、いいんですがね」
 そんな会話を交わしながら、カオスは大砲に火薬を詰め、マリアや兵士達と共同して特製の砲弾を装填する。ちなみにこの時代の火薬は硝石・硫黄・黒鉛を配合したいわゆる黒色火薬だが、このカオス・キャノンにはカオスが研究して新開発した特製の爆薬が使われる。石油を特殊な工法で精製して特定の成分を抽出し、それに硫酸と硝酸etcを加えてじっくりコトコト煮込んだ代物だ。20世紀の言い方をすれば、2−4−6−トリニトロトルエンという物質とほぼ一致する。さらに物騒な事に砲弾は中にその爆薬を詰めた、石や金属の固まりとは比べ物にならない殺傷力を持った、いわゆる榴弾である。
 そんな間に、オスマンの陣営から光がポツポツと放たれた。
「敵・砲撃を・開始しました!」
 真っ先にマリアがそれに気づき、報告した。それが終わって間もなく、砲撃の轟音が立て続けに城壁に届く。
「総員、手はず通りに退避しろ!」
 音を聞いたジュスティニアーニが、大声で周囲に呼びかけた。
「どこに着弾する!? ここに直撃するようなら何とかしろ!」
「ノー・プロブレム! 初弾・最外壁手前・5フィートの地点に・着弾します!」
 マリアが言い終わるのとほぼ同時に、オスマン軍が放った巨砲の砲弾は、彼女の予測通り一段目の城壁に僅かに届かなかった。やや遅れて着弾した小型砲の砲弾も、同じように多くは城壁手前に落ちた。
「初弾ならこんなものか……」
「オスマン軍・射撃の反動で・砲身が大幅に・ズレています。次の砲撃まで・ウルバン砲・推定90分±30分、小型砲・推定30分±15分を・所要の模様」
「でも、次からは射角を調整してきますな。そのうちボツボツ直撃弾が出てくるでしょうよ」
「ドクター・カオス!」
 城壁各所の様子を見て回っていた皇帝が、馬を飛ばして駆けつけてきた。
「おう、陛下。ご無事でしたか」
「お陰様で。それよりも、始まりましたが、こちらの準備は?」
「………ン、今終わった。よーし、やるぞぉ! 陛下、ジュスティニアーニ! 悪いが、大砲の左右10フィート以内に近寄ってくれるな! 前と後ろにも回ってくれるなよ〜……」
 そう警告しながら、カオスとマリアは慎重に大砲の位置を調整した。
「照準・良し! 目標・聖ロマノス門正面・ウルバン砲!」
「よ〜し、全員耳をふさげ! それ行けッ!!」
 そう叫んでから、思い切りよく発射用のロープを引っ張るカオス。

 ズドン!!

 とほぼ同時に、物凄い轟音が城壁に鳴り響いた。そしてキ――――ンという風切り音が遠ざかっていき……

 ズガァァァァン……!!

 数秒後、オスマン軍の陣中で大爆発が起きた。遠目にも、爆風に巻き込まれた人馬が吹き飛ぶのが見えた。
「……どうだ?」
 一番の至近距離にいたせいで耳鳴りがするカオスが、それでも煙に咳き込みながら双眼鏡を取り出した。それより先に着弾を観測していたマリアが、正確な数字を並べる。
「目標・外れました。目標地点より・102.63フィート奥に着弾・死傷者・36名±3名」
「100フィート以上もか? おかしいな、砲身の設計ミスか……ナヌ?」
 大砲の方に視線を戻したカオスだったが、そこにはカオス・キャノンは無かった。ついでに言えば、カオス・キャノンの据え付けられていた城壁の石積みが崩落していた。
「………なんだ、こりゃ?」
「城壁・崩落しました。砲撃の・反動による・確率・99.8%」
「何だって?」
 マリアの指摘に目を点にしたカオスが慌てて城壁の場内側に駆け寄ると、城壁の下には崩れた石が散乱し、そのほぼ中央に城壁から転げ落ちたカオス・キャノンが横たわっていて……さらにその2フィート向こう側に、腰を抜かして尻餅をついている兵士が一人いた。
「……何やってんだ、お前?」
「そりゃこっちのセリフッスよ! なんで頭の上から大砲が降ってくるんですか!? 俺を殺す気ですか!?」
 下から怒鳴りつけているのは、戦いの前にカオスの助手として配属された若いギリシア人の傭兵だった。
「……ドクターの大砲ならばと思いましたが、やはり無理でしたか」
 カオスの隣で大砲の崩落現場を見下ろしながら、沈痛な表情でコンスタンティヌスが言った。
「正直なところこの城壁も老朽化が進んでいるせいで、大砲の反動に耐えられなくなっているのです」
「……無理もない。なんせ古代ローマ時代の城壁だ、そもそも投石機程度ならともかく大砲の使用など想定はされておらん。ましてあれから1000年も経っていれば尚更、か」
 確かに妙ではあったのだ。このコンスタンティノポリスとて大砲の一門や二門備えていないはずがない。なのに何故城壁のどこにも、ただの一門も据えられていないのか……これが答えだ。砲撃をすればするほど、城壁が傷んでいくのだ。
「しかし、どうします? あのままじゃ、あの大砲も宝の持ち腐れですが」
「確かに、手を加えんと使えんな……炸薬の爆発ガスを砲身の後ろから意図的に逃がして、反動を減らすか? しかし、改造するだけの設備があるかな……?」
 カオスのアイデアは、20世紀で言うところの無反動砲のそれである。が、
「ドクター・カオス、落下の・衝撃で・砲身に・若干の歪みが・発生しました。現状での・応急処理による・改造は・暴発の危険・3.2%±2%・増加します」
 マリアの指摘は、残念ながら正確無比である。ある程度の設備と時間がないと使用可能には出来ない、という結論に至った。
「やむを得ん、か………ところで、タディアス」
 ため息を一つついてから、カオスは城壁の下に呼びかけた。さっきの若い兵士は、ようやくおっかなびっくりながらも立ち上がったところだった。
「お前、こんな所で何をしとるんだ?」
「何してるとは何ですか!? カオス・フライヤーの用意が済んだら呼べって言ったのはドクターでしょうが!」
「呼べって……そりゃ確かに言ったが、ここまで来る必要は無いだろうが? 何のためにラボに連絡用の小型魔法陣を描いたと思っとる」
「そりゃ描いてもらいましたがね、まだ使い方を聞いてません!」
「……………そうだっけ?」
「イエス、ドクター・カオス。ミスター・コジナに・魔法陣の・使用法・説明して・いません」
 “あちゃあ”という表情になるカオスであった。
「給弾と給油、それと“ギリシアの火”の充填は済んだのだな?」
「それはバッチリ、手引書通りに済ませました! 最後のチェックさえしてもらえば、すぐにでも飛べますよ!」
「よし、分かった! すぐに行くから、滑走路に出しておけ」
「了解!」 
 そう答えて、助手のタディアス青年は傍らに停めておいた馬に乗って駆け出していった。
「そういうわけだから、私は空から敵の大砲を潰す。陛下もジュスティニアーニ隊長も、それぞれの持ち場へ戻っていただこう。改良型“ギリシアの火”と、ライフル銃の支給は済んでますな?」
「滞りなく。攻撃の集中が予想される最北西のブラケルナエ宮殿周辺と聖ロマノス門、それとその中間のカリシウス門に重点的に配備させて頂きました」

 ちなみに皇宮周辺の城壁はヴェネチアのミノット大使を筆頭とするヴェネチア傭兵隊、カリシウス門はジュスティニアーニ率いるジェノバ傭兵隊、そして最も標高の低い聖ロマノス門には皇帝自らが近衛兵主体の選りすぐりと共に守備する事になっている。さらにオスマン海軍の侵入が予想される金角湾には、湾口に鉄鎖で封鎖がなされ、その後ろにヴェネチアのトレヴィザン提督が統率するギリシア・ジェノバ・ヴェネチアの混成艦隊が固めている。現在の兵力では、恐らくは最善の布陣であろう。
 さらに今回、カオスが持ち込んだ改良型“ギリシアの火”と、銃器が普及され始めたばかりのこの時代にはごく珍しいライフル銃が数十丁ある。最新鋭の試作型大砲は役に立たなかったが、これで数の不利は僅かながら緩和できるはずであった。問題は、どれだけ城壁がこの絶え間ないオスマン軍の砲火に耐えられるかである。

「よろしい。それでは、お互いのご武運を。行くぞ、マリア!」
「イエス、ドクター・カオス!」
「ドクターも落っこちてケガなんぞしないで下さいよ」
 城壁を駆け下りるカオスに、ジュスティニアーニが軽口を叩いた。


 オスマン側としては、コンスタンティノポリスの防衛戦力をさほど高くは見積もっていなかっただろう。滅び行く老国家にもはや昔日の力無く、地中海最大の城塞都市は年月と戦乱により荒廃しつつある。彼らが恐れるべきはコンスタンティノポリスそのものの戦力ではなく、エジプト、イタリア、ハンガリー、ペルシア等周辺諸国の動向と、トルコ人としても重要な貿易相手であるこの都を破壊する事による経済的悪影響の方だっただろう。
 だから、この戦闘自体に対しては、スルタンも諸侯もさして悲観してはいなかった。海路イタリア諸都市あたりからの援軍が早期に来ない限り、火力にものを言わせて鎧袖一触……と思っていたのかも知れない。しかし、彼らの前には、思いも寄らぬ障害が立ちはだかった。


「き、来たぁっ!! また来たぞぉっ!!」
「ヨ、ヨーロッパの魔王だぁっ!! 魔王とその従卒の魔女だぁっ!!」
 “それ”を目の当たりにしたオスマン軍の歩兵達が、算を乱して逃げ惑っている。
「ええい、怯むなっ! 撃て、撃てぇ!!」
 それでも勇気ある一団はその場に踏みとどまり、飛んでくるその怪鳥にも似た姿の“それ”と、それに付き従う翼ある“魔女”に向けて小銃弾の一斉射撃を試みる。だがその一対の飛行物体は、銃弾をものともせずに急降下してきた。そして怪鳥から信じられないスピードで大量の銃弾が逆に降り注ぎ、次々と兵達が倒れてゆく。
「な、何なんだアレはぁっ!?」
「と、鳥だ!!」
「空飛ぶ絨毯だ!!」
「いいえ、このドクター・カオスによる魔法科学の結晶、最新型航空機“カオス・フライヤー6号”ですっ!!」
 怪鳥……カオス・フライヤー6号のコクピットで得意げに叫ぶカオスは、無線機のインカムを引っつかむ。
「マリア、大砲を狙え! 砲身の破壊が困難なら砲車、あるいはそのジョイントだ! とにかく砲撃不能に追い込め! 私は弾薬庫を狙う! 爆発に巻き込まれるな!」
「イエス、ドクター・カオス!!」
 大砲目がけて着陸しようとするマリアを横目に、カオスもその後方の弾薬庫と思しき一角へと機体を降下させる。そこには、火薬入りと思われる大量の樽と巨大な金属球、そしてそれを運搬する荷車が大量に置かれていた。
「悪いが、いただく! ファイアーっ!!」
 その弾薬庫を照準機に収めて、カオスはスイッチの一つを押す。数秒後、胴体中央に設置された装置から、猛烈な火炎が吹き出した。“ギリシアの火”と総称される、石油系の溶剤を使った火炎放射器である。
「マリア、退避!!」
「イエス、ドクター・カオス!!」
 大砲を引き倒していたマリアがカオス・フライヤーに追随して急上昇をかけたほんの数秒後、火の海と化した弾薬庫は大爆発を起こした。

 ズドドドン!!

 発生した大爆発で、逃げ遅れた兵士達がまた吹っ飛ばされる。
「ひゅう、間一髪! よしマリア、次の砲台を叩くぞ!」
「イエス、ドクター・カオス」
 マリアの返事を待つのもそこそこに、カオスはコクピットの中で次の獲物を求めて機体を旋回させる。
「マリア、次の目標は城壁南側、ペガエ門前の砲台だ! 私は砲台に対して爆弾投下後、後方の輜重庫を攻撃する! マリアは低空から進入、今の要領で大砲を引きずり倒せ!」
「了解!! 目標・至近!」
「よし、投下!!」
 カオス・フライヤーから爆弾が二発投下され、ペガエ門の手前に設置されていた大砲群の至近距離で爆発する。
「ロケット・アームっ!!」
 続いて高度8フィート、オスマン兵達の頭上ギリギリから、マリアが両腕を飛ばして大砲を殴りつける。元々重すぎるウルバン砲を積んだ貨車がその衝撃に耐えきれず、見事に破壊された。そうやってマリアが大砲を使用不能にしている間に、カオスはオスマン軍の1マイル後方に設置された仮設の輜重庫に機銃弾と“ギリシアの火”を叩き込んでいた。
「た、助けてくれ――!! ま、魔王が! ヨーロッパの魔王が来た!!」
「うろたえるな、火を消せ! 物資を守れ、守るんだ!」
「ええい、撃て、撃てえ!!」
 たちまち火に包まれる大量の食料や武具、そしてそれを消そうと必死で作業にあたる一団、逃げ惑う兵士、そしてカオス・フライヤーを撃墜しようと小銃弾やクロスボウの矢を浴びせてくる部隊。そんな光景を若干の苦みと共に見下ろしながら、カオスはマリアと合流すべく機体を180度旋回させるのだった。


 カオス・フライヤーはドクター・カオスが製作した飛行機で、現在の機体は名前のごとく6機目である。200年ほど前に作った1号以来研究・設計・改良を重ね、総合性能は飛躍的に向上した。もっとも、対吸血鬼用だった1号機が速度・旋回性能等の空戦能力を重視した戦闘機仕様だったのに対し、この6号機は“ワン・マン・アーミー”を目標に万単位の軍隊と対抗する事を主眼とした、防御力・対地攻撃力・ペイロードを重視した攻撃機仕様になっている。


《カオス・フライヤー6号−1452年式 性能諸元》

 全長……………23.0フィート
 全高………………8.5フィート(但し車輪収納状態)
 全幅……………29.8フィート(但し主翼展開時)
 本体重量………推定1800ポンド
 材質……………カオス式擬似ウーツ・ダマスカス鋼
 推進装置………カオス式魔法ジェットエンジン・1443年式 2基
 燃料……………カオス式精製石油(20世紀で言う灯油)
 最高速度………220ノット(高度1000フィート時)
 巡航速度………80〜100ノット(同上)
 航続距離………400マイル(巡航速度時)
 限界高度………推定12000〜15000フィート(晴天時)
 武装……………0.5インチ機銃 2門
        (毎分240発発射・各240発携行可能)
        カオス式“ギリシアの火”放射装置 1基
        爆弾懸架装置 2基(爆弾はカオス・キャノンと共用)
 その他…………可動式エンジンによるホバリング及びV/STOL可能


 まだ小銃は初歩的なマスケット銃しか造られていなかったこの時代において、この新兵器に対抗する事は困難だろう。大砲の砲弾がまともに当たれば、さすがに話は別だが。その上、オプションとしてジェットエンジンを背中に追加装備したマリアがこれに随伴している(20世紀末にカオスが追加装備した脚部ロケットエンジン、エルボー・バズーカ、脚部クレイモアはまだ開発されていない)。
 すでにこのコンビはコンスタンティノポリスの上空を我が物顔で飛び回り、オスマン陸軍10万をして恐怖させるに充分な戦果を挙げている。初出撃から僅か数日にして、カオスとマリアは“ヨーロッパの魔王と従者の魔女”と呼ばれ始めていた。


「タディアス! 応答しろ、タディアス・コジナ!」
 と、無線機に向かって呼びかける。この声がコンスタンティノポリス市内のラボに設置した、通信用小型魔法陣からラボの中に届く事は実験済みである。
『はいは〜い』
 無線機から、どこか緊張感の無い声が返ってきた。
「帰還するぞ、ラボの用意をしとけ! 用意できたら信号弾を上げろ!」
『了解っす』
 市街地の上空1000フィートばかりのあたりを旋回しながら、カオスはグルグルと回転する都の光景を観察する。全盛期の10分の1程度にまで人口が激減したこの都の周囲を、コンスタンティノポリスの総人口に3倍する数の敵軍が取り巻いている。都の西側・テオドシウス城壁前に8万余り、金角湾を挟んで北側・ガラタ地区(この戦争に対して中立を表明したジェノバ共和国の居住区)の周囲に2万余り、そしてボスポラス海峡出口には4〜500隻もの軍船。これだけの大軍を空から見下ろすのも、これはこれで壮観というものだとも思う。
 が、そんな感慨にふけるのもつかの間、市街地の一角から一発の信号弾が上がった。ラボで待機していた助手のタディアス青年が打ち上げた、“着陸OK”の合図だった。多少興をそがれたような気がしつつも、彼はカオス・フライヤーの着陸準備にかかった。

「オーライ、オーライ……!」
 タディアスが紅白の旗を振り回して誘導するのに従って、カオス・フライヤーは翼を折りたたみながら都の広場の一つに着陸した。城壁から1マイル半ほど東に行った市街地内の広場を離着陸場にして、近くの空き家になっていたホール状の大きな建物を借り切り、カオスのラボとして使用している。

「お疲れさまー! 今日はどんなもんでしたか〜?」
「お怪我等は、何もしてはおりませんか?」
 コクピットから降りたカオスを出迎えたのは、タディアスと何とコンスタンティヌスの二人だった。
「陛下……何も、このような所まで来なくても……」
「いえ、ドクターは単身敵陣に突入して戦果を挙げる事すでに数度に及んでいます。これほどの勇者を自ら出迎えずして、何のための皇帝だと仰るのですか」
「そうそう、ホントに大したモンですよ」
 カオス・フライヤーをラボに格納すべくエッチラオッチラ押しながら相づちを打つタディアスの横で、カオスと皇帝はガッチリ握手した。そしてカオス・フライヤーが僅かにどいたスペースに、今度はマリアが着陸する。
「皇帝陛下、ミスター・コジナ、マリア・ただ今・戻りました」
「ああ、マリア殿もよくご無事で……っと」
 出迎えをしようとした皇帝が、慌てて目を逸らした。
「? どうか・なさいましたか?」
「いや、その、マリア殿……そのお姿は、少々目の毒でして」
「?」
 戻ってきたマリアは、やはり爆発の余波を食らったり刀や槍で多少斬りつけられたりしたせいか、いつものノースリーブのドレスがボロボロになっていた。ハタから見たら妙齢の女性がセミヌードの一歩手前になっているわけだから、目の毒あるいは目の保養になる事は間違いない。
「おお、こりゃいかん。おいタディアス、マリアの替えのドレスの場所は知ってるか?」
「あ、は、はい! すんません、今取ってきます!」
 逆にマリアの扇情的な出で立ちをボケッと見ていたタディアスは、慌ててラボの中に駆け込んでいった。
「……全く。マリアは私が創ったアンドロイドであって、人間ではないっつーに」
「し、しかし人間ではないかも知れませんが、女性には違いありますまい。しかも、綺麗ですし」
 コンスタンティヌスはまだうろたえていた。50も近いというのに。
「……マリア・綺麗・ですか?」
「少なくとも、私の他界した女房よりは遙かに」
「サンキュー・皇帝陛下」
 社交辞令と受け取ったのか、マリアは丁重に一礼した。そして、飛び出してきたタディアスから替えのドレスを受け取り、ラボの奥のマリアの部屋へと引っ込んでいった。マリアの部屋にはこれまた魔法陣が描いてあって、マリアのエネルギーの充電はここで行っている。

 そんなマリアのセクシー(?)な後ろ姿を目で追うタディアスに、カオスは声をかける。
「何だなんだ、マリアにデレデレしおって。お前さんも女を知らんと言うわけではないだろうが」
「そりゃ、まあね。でも何つったって、マリアさん美人の上にナイスバディだし」
「おだてた所で、男と女の関係にゃなれんぞ?」
「でも凄い美人なんだから、しゃーないでしょうが」
 このタディアス・コジナという青年もなかなか面白い、とカオスは思う。まだ20代前半の若いギリシア人の、さして剣も弓も達者でないボンクラそうなこの男をジュスティニアーニが助手として推薦した時には“何だこのバカっぽい奴は”と思ったものだ。
 しかし、こうして二週間ばかり一緒に行動していると、なかなか興味深い奴だと思えるようになった。カオス・フライヤーの整備に関しては飲み込みは悪くない方だし、何よりこいつのおべっかが面白い。カオスも500歳を少し過ぎ、数え切れない程の人間に接してきた。自分に阿諛追従する連中は掃いて捨てるほど見てきたが、その態度の裏にはどうしてもカオスに対する恐れ・嫌悪感・下心が見え透いていたものだ。
 ところが、このタディアスという男にはそれが無い。歯の浮くようなヨイショを口にする奴だが、まるで裏表のない幇間ぶりが逆に好感が持てる。確かにおべっか使いだが、一本筋の通ったおべっか使いだ、と思える。名も顔もよく覚えていないが、200年ばかり前に魔族の事件で出会った未来人の魔女の従者が、どことなくこいつに似ていただろうか。

「大体お前、恋人の一人ぐらいおらんのか?」
「痛い所を突くなあ……そりゃいましたけど、別れてから5年経つし」
 作業の邪魔になるので鎧を脱いでいたタディアスは、少し収まりの悪いブラウンの髪をボリボリと掻いた。
「一応俺、この街の生まれでして。それで、幼馴染みだった一つ年下の女の子と……まあその、付き合ってたワケで」
「ほほう」
「でも俺、手に職なんてつけてなかったんですよね。親父はやっぱり傭兵で、そのまた2年前にイタリアのどっかで戦死しまして。お袋は病気で他界しちまってて、残ったのって親父の残した剣と槍と鎧だけだったんすよね。で、まあしょうがないんで、俺も傭兵にでもなるかって」
 要するに“でもしか傭兵”って奴か、とカオスは内心思った。
「そーゆーワケで、傭兵として一財産稼いだら戻ってくるってその子に言い残して出てきたんですけど、戦場に出ても剣も弓も下手っぴいなもんで右往左往するばっかりで。おかげで食ってくのにやっとの報酬しか貰えなくって、5年経ってもまだピーピーなんです。我ながら情けなくて、あの子に顔向けできませんよ」
 そこまでまくし立ててから、タディアスはため息と共に肩をガックリ落とした。
「キリュネーのやつ、元気でやってんのかな……ちゃんといい縁を見つけて結婚でもしてくれてるといいんだけど……うまい事この街から疎開してくれれば言う事無しなんだけどな」
 今のキリュネーというのが、その元彼女の名前らしい。
「この戦争が終わったら、会いに行けばいいだろうが」
「今さら、ですよ。どーせ顔出したって、“今頃になって何の用よ”ってなモンでしょ」
 なんて事を言い合いながら、タディアスとカオス達三人はラボの中にカオス・フライヤーを押し込んだ。
「で、この後何の作業をすればよろしいのです?」
「えっと、まずはジェットエンジンのホコリや目詰まりを綺麗に掃除して……って、まだいたんすか陛下!?」
 自分の隣で皇帝がカオス・フライヤーを押していた事に気付き、タディアスはひっくり返った。
「ん? ああ、済まんね。なかなか面白い話なので、つい立ち聞きしてしまった」
「人の失恋譚を面白がらないで下さいよ……」
「いやいや、私なんぞは恋愛結婚と縁のない身分だったからな。羨ましいんだよ」
 そんなものかも知れない、とカオスもタディアスも思った。なにせこの皇帝、二度政略結婚して二度とも数年で皇妃に先立たれている。三度目の政略結婚話も出ているらしいが、はてそれまでこの都が保つかどうか?
「さてと、そろそろ前線に戻らねば。ダベっている間に城壁が破られたら大変だ」
 そう話を逸らしながら、皇帝はラボをそそくさと出て行った。
「………私も、マリアの様子を見ておこう。お前さんは、エンジンのメンテと給弾・給油だぞ」
「へいへい……」
 ブツブツ言いながらエンジンのカバーを外すタディアスを横目に、カオスはマリアの部屋へと入っていった。

「調子はどうだ、マリア?」
「ノー・プロブレム。各部・オールグリーン・現在・給弾中」
 充電用の魔法陣の傍らに座り込んで、マリアは左腕のサブマシンガンに弾を込めていた。
「全く、人それぞれだな」
 と、マリアの隣の椅子に座りながら、カオスはクツクツと笑う。
「生まれてこの方500年経つが、面白い人間というのは出会えるものだ。何の才能もないが、人の心を惹きつける奴とか、な」
「ミスター・タディアス・コジナのように・ですか?」
「まあな。ああいう奴に時々出くわすから、人間の俗世間に揉まれる価値があるというものさ」
 男と女の関係だったかのマリア姫は別格として、興味深い奴ランキングではかなりの上位だろう。同率トップクラスには200年前に出会った未来人の魔女と従者、250年前に知り合ったアングロサクソン人の野人の騎士、二十数年前に関わったドンレミー村生まれの数奇な生涯の少女あたりだろうか。
「逆に才能は有り余ってて、なのに人をどこか惹きつけない奴もいる」
「………ミスター・ミカエル・レーヴのように……ですか?」
「……そっちに関しては、具体名を挙げるべきではないな」
「…ソーリー、ドクター・カオス」
 しゃべりすぎた事を悟ったか、マリアも口をつぐんだ。


 20世紀から21世紀にかけての感覚だと、傭兵と言えば思想や信条に欠け、金目当てで戦場に群がり、形勢不利と見たりより高額の報酬をチラつかされたりすれば、すぐに属する陣営を変えるような、あまりいい職業ではないイメージを持っているだろう。
 が、この時代の傭兵というのはもっと社会に深く寄与している職種だった。この頃の軍隊は封建領主による騎士、農民をかき集めて編成する徴兵、そして契約によって雇われる傭兵の三種でおおかた占められていた。契約してやっているわけだから、これは一種の事業のようなものだ。20世紀末の日本人の尺度で言えば、契約を結んで公共事業の請負やら大企業の下請けをするのとさして変わらない感覚である。
 だから、この時代の傭兵というのは後世のイメージよりずっと信用というものを大事にする。そりゃ確かに身体が資本の商売だから、生還の見込みがない作戦だとか雇い主(つまり総大将)が逃げる間の捨て駒だとか、そういうロクでもない状況はさすがに忌避するが、それ以外は契約した以上はキッチリ仕事はするのである。何せ雇い主あっての稼業である以上、“あいつは信用できないから雇わない方がいい”なんて言われだしたら食っていけなくなるのだ。まあ、契約期間が終了したらでは次は敵国の側に雇われて、なんてドライさも持ち合わせてはいるが。
 ましてこれが個人の傭兵でなく“傭兵団”になると一人の傭兵の背信が隊全体の存続に関わるから、ますます軍紀には(雇い主との契約の枠内で許された行為はともかく)うるさくなる。研究資金稼ぎのため色んな戦場に立ってきたドクター・カオスに言わせれば、そこら辺の騎士連中よりよほど行儀がいい。何せカオスには、吟遊詩人達が美しい物語にしている騎士達が、時として例えば第1次十字軍としてエルサレムで、また第4次十字軍としてコンスタンティノポリスで、目を背けたくなるような酸鼻な光景を生み出す様を見ている事情もある。
 とにかく、この時代の傭兵というのは軍事力としては一般的な、特にイタリア諸都市や東ローマのような商業国家では軍の主力を担う兵種だった。傭兵という職業が戦場の花形から退くのは16〜17世紀になって各国の集権化が進み、職業軍人による常備軍が拡充されるようになってからであり、特にフランス革命以降に徴兵制による“国民軍”が組織化されてからの事である。


 が、当然この時代にもちょっとモラルに問題のある傭兵というのはいるもので。それが腕の悪い奴なら社会淘汰されて終わるのだが、その中に自他共に認める敏腕の戦士なんてのがいると、ちょっと扱いに困ったりする。

 今カオスの隣にいるミカエル・レーヴも、そういう類の腕はいいが素行の面で不安が残る傭兵である。傭兵団に属さない一匹狼の傭兵ながら、ジュスティニアーニに次ぐジェノバ傭兵のナンバー2であり、剣術・弓術・射撃・戦闘指揮、どれをとっても一級品。が、何せ二言目には
『街が落ちようが国が滅びようが、俺一人は生き残ってみせるさ』
 なんて言ってるような奴である。まあ確かに、傭兵に自己犠牲精神を強要するのは少々酷と言えば酷なのだが、ここまであけすけに言うのはどうかと思う。

「さて、オスマン軍の砲撃が始まってそろそろ半月になりますが」
 作戦会議の席上でも、皇帝は慇懃な物言いを崩さない。会議と言っても、テオドシウスの大城壁のうち内壁の塔の一つ、戦場を見下ろす望楼を使っての前線指揮官達の会議である。席にはコンスタンティヌス帝、ノタラス宰相、陸軍指揮官ジュスティニアーニ隊長、海軍指揮官トレヴィザン提督、ヴェネチア大使ミノット、イシドロス枢機卿、ジェノバ傭兵副隊長ミカエル・レーヴといった面々の中に、オブザーバーとしてカオスとマリアもテーブルの一角を占めていた。
「これまでは敵も砲撃と堀越しの銃撃、そして堀を埋める作業等の下準備に終始していましたが、遠からず全面攻撃が始まると見ていいでしょう。各部署共に夜間も警戒を怠らないように」
 とは言っている今時点でも、外では相変わらず砲撃と銃射撃が繰り返されている。無論、城壁越しでは人的被害はさして出ておらず、逆に城内からの撃ち降ろしの矢弾や城壁後方からの投石機でオスマン軍も出血を強いられているのが現状である。
 なお、この会議は4月18日の早朝に行われている。
「ご心配ありません。ギリシア人やヴェネチア人ならともかく、我々にそのような手抜かりがありますか?」
 相変わらずトゲのある物言いをするレーヴだが、すでに彼らは慣れてしまったのか咎めようとはしなかった。

「……さて、ドクターとマリア殿には別な頼み事をしたいのですが」
 皇帝がカオスに向き直るとほぼ同時に、部下の一人がカオスの目の前に一枚の地図を差し出す。それは、コンスタンティノポリスを中心に300マイルばかりの地域を書き記した、バルカン・アナトリア・エーゲ海の大地図である。
「この街の生命線は、一つはテオドシウスの大城壁であり、もう一つは金角湾を起点とする海からの輸送路です。エーゲ海からの輸送船にせよイタリアからの救援にせよ、海路で来るのは間違いないでしょう」
 まあ、都周辺の陸地はビッチリとオスマン領になっているから、陸路の援軍は難しいだろうが。
「ところが、連中も金角湾の出口に海軍を集結させているから、船で連絡を取り合うのは難しい。そこで」
 と、皇帝の話をガブリエレ・トレヴィザン提督が引き継ぐ。彼もまたヴェネチアでは名の知れた歴戦の勇士で、50を幾つか過ぎた偉丈夫である。彼が指差したのは、アナトリア半島の西の沖にある一つの島である。
「マリア殿にこのキオス島にあるジェノバ軍港まで、ひとっ飛び行ってもらいたい。コンスタンティノポリスから海路で250マイル、船だと往復で7日はかかる……が、空をまっすぐ飛べば200マイル、マリア殿なら先方での作業を含めても往復で2日で済むはずだ。この港で、輸送船あるいは援軍の消息を調査していただきたい。皇帝陛下と私、それとジュスティニアーニ隊長の連名で書状をしたためておいた。あくまで、正確な報告を頼む」
 そう言って、トレヴィザンは羊皮紙の文書を一通手紙の上に置いた。それをしばらく見つめていたマリアは、視線をカオスの方に向けた。
「……頼む、マリア」
「イエス、ドクター・カオス。アドミラル・トレヴィザン、マリア・指令・実行します」
 書状を受け取り、マリアは善は急げとばかりに外へ出て行った。おそらく、その足でラボに向かって支度を始めるのだろう。
「……さて、ドクターには別の頼み事があります」
 そう言って、皇帝が地図の上に身を乗り出した。
「オスマン軍は10万を超える大軍ですが、それだけに消費する食料・武器弾薬も相当な量になるはずです」
「結論から言えば、カオス・フライヤーで城外の軍に届く輸送物資を襲って焼き払え、かね?」
「お察しの通りですよ」
 そう言って、今度はジュスティニアーニが説明を引き継ぐ。
「オスマン軍の輸送ルートは想定されるのが二つ。一つはアナトリアの物資を副都ブルサに集め、イズミット〜アナドル・ヒサルを経由してルメリ・ヒサル(ボスポラス海峡のヨーロッパ側に建造されたオスマン軍の城)に持ち込むルート。二つ目はバルカンの物資を首都ハドリアノポリスに集め、陸路城外まで運ぶルートです」
 そう言って、二つの集積地点を指で叩くジュスティニアーニ。距離はいずれもコンスタンティノポリスまで陸路で100マイル余り。
「ドクターにはこの二つの輸送ルートを捜索して、物資を叩いてもらいます。こっちが音を上げるより先に、連中が腹をすかせて引き返してくれれば重畳極まりませんからね」
 籠城戦で勝つためには、単に受け太刀ではいけない。外からやって来る援軍と呼応して攻撃軍を外と内から挟み撃ちにする、これが常道である。この当てが無いなら無いで、こうやって遊撃戦を仕掛けて外の連中の兵站に負担をかけるのも一つの戦術的常道である。
「よろしい。その役目、私が引き受けよう」
「ま、よろしくお願いしますよドクター」
 席を立ったカオスの横で、レーヴが皮肉っぽい言い方をした。
「我々が生き残るためにも、万能の錬金術師であるドクターには頑張ってもらいませんと」
「……勘違いしてもらっては困るな、レーヴ」
 その長身を生かして、頭上から威圧するように見下ろすカオス。
「私が守るべき義務を負っているのは、第一にこの都そのものだ。傭兵一人一人の命なんぞは、その次の次の次のそのまた次ぐらいでしかない。それに」
 塔の外に出る扉を開けながら、カオスは背中越しに言い捨てる。
「私も500年ばかし生きてきたが、真に万能な人間なんぞ見た事がないぞ」
「人間は神が創りたもうた最大の未完成品である、ですか?」
「未完成であるがゆえに、完成に近づく楽しみがあるとも言える」
 禅問答のようなやり取りの間にも、若干思惟の火花が散った。


 カオス・フライヤーのコクピットから見下ろすボスポラス海峡の景色は、実に美しいものだとカオスは思う。こうして空の上にいると、地上で今繰り広げられる戦いもちっぽけな物に思える――
「と、言うのは天の高きにいまします御身でなければ抱いてはいけない感慨なのかも知れんがな」
 そう呟いて、自分の意識を地上のレベルに引き下げるカオス。キャノピーのすぐ外側に設置された俯瞰用のサイドミラー(キャノピーに使われるガラスの防弾に若干の不安があるので、真下の様子は鏡に映して見る)から海峡の様子を観察する。その中に、移動する人馬の一団が映っている事に気付いた。
「あれだな……場所はアナドル・ヒサルの手前2マイル、ってところか」
 ボスポラス海峡のアナトリア側に建造されたアナドル・ヒサルに向かって進む輜重隊の列を、ミラー越しにカオスは捕捉した。
「悪いが、その物資を届けさせるわけにはいかんな」
 何百両もの馬車に乗せられた荷物は、一体何十何百万食分の食料、何百何千発分の砲弾と炸薬なのかまるで見当もつかない。が、まるで羊の群れに襲いかかる猛禽のように、カオス・フライヤーはグングンと高度を下げてゆく。その影に向かって、荷馬車からは次々と矢弾が飛んできた。
「流石に有名になったか! しかし、カオス・フライヤーを落としたければ大砲でも持ってこい……おおっ!?」
 調子に乗って避けなかったのがまずかったらしく、キャノピーのガラスをクロスボウの矢が突き破った。矢は3インチほどコクピット側に突き抜けて止まっていた。
「ちょ、調子に乗るのはやめよう……うっかり死んじまったら、後でレーヴが大笑いするに決まっとる」
 ともあれ、ウーツ・ダマスカス鋼製の機体自体は矢や小銃弾程度ではちょっと凹む程度の被害しか受けないのは立証されている。こういう事態にさえ気をつけておけば、不覚を取る事はそうそうあり得ない。


「さて、次はバルカン側の輸送部隊だが……あれか?」
 キャノピーに矢が刺さった以外はさして問題もなく輸送物資を焼き払い(護衛部隊は機銃掃射と火炎放射で軽く追い払った)、カオス・フライヤーは今度は西側の輸送ルート上空に移動していた。これがまた、馬車の数からして先ほどの輸送隊に比べて数が一回り多い事は明白だった。だが、
「……? 妙だな、動きが無い?」
 たかだか高度200フィートの地点を飛んでいるのだから、地上の兵士達とてカオス・フライヤーに気付かぬはずがない。だのに、輸送部隊が動く様子もなければ護衛部隊が警戒態勢をとる様子もない。
「いや、待て! それは違うぞ、これは!」
 半信半疑で高度を100フィートまで落としてから、ようやくカオスは異変に気付いた。彼らに動きがないのは当たり前だった、なぜなら一人残らず地に倒れ臥していたからだ。
「全滅している、だと……?」
 血の流れている者もいたから、それは明らかだった。

 輜重兵に護衛兵、全部合わせれば100人や200人は下らない筈だった。それが一人残らず死んでいるというのはただ事ではない。その上カオスにとってワケが分からないのは、
「……兵を全滅させておいて、何故食料弾薬が手つかずで残っているのだ?」
 肝心の荷馬車は特に手をつけた様子がないのが奇妙なのだ。カオス・フライヤーから降りて実況を見分するに、輜重に火をつけた様子など全くない。一部をかすめ取るぐらいはされたかも知れないが、だとしても残りを処分しようとしなかったのは何故なのか。
「まるで、輜重隊の兵士を皆殺しにする事が目的だったようじゃないか?」
 そういう疑惑に駆られたカオスが現場をもう一度注意深く観察し、ある事に気付いた頃……この場に多数の馬蹄の音が迫ってきていた。

「これは一体何事だ!?」
 騎馬隊の先頭に立っていた若い男が空しく立ちつくす荷馬車に呆然としていると、騎兵の一人が騎兵銃で傍らを示した。
「隊長、あれを!」
「あれは……“ヨーロッパの魔王”の操る鋼の鳥か!?」
 その異様な物体にギョッとした彼が注意深く輜重隊を見渡すと、一つの遺体の傍らにしゃがみ込むマント姿のヨーロッパ人を見つける事ができた。
「……あれが“ヨーロッパの魔王”その人か」
 そう呟いて、彼は一人馬を進めた。

「動きが速いな。流石にトルコ人は、騎馬慣れしていると見える」
 検分をやめたカオスが向き直ると、そこには馬から降りた一人のオスマン騎兵が自分に向けて三日月刀(シャムシール)を突きつけていた。砂漠の民であるムスリムらしく、革鎧にターバンという軽装である。甲冑に全身を包んだヨーロッパの騎士に比べれば(この時代の彼らの甲冑は、鉄の環をつなぎ合わせたいわゆるチェインメイル)、確かにこの方が距離も速度も稼げるだろう。左腰に三日月刀の鞘を差し、背中には騎兵銃を背負っている。彼はごく薄い口ひげの下から、若干テュルク訛りのあるギリシア語を発した。
「この惨状は貴方の仕業ですか? ヨーロッパの魔王殿」
「ドクター・カオスと呼んで貰おうか。人前ではそう名乗ってるのでな」
「……承知しました。私はサガノス・パシャ将軍麾下のアナトリア騎兵百騎長、イーサー・ケマルです。それで、最初の質問にご返答を、ドクター・カオス」
 イーサー・ケマルと名乗ったその男は、まだ20代前半ぐらいの(と言っても、ヨーロッパ暮らしの長いカオスにはトルコ人の年齢というのが外見からピンと来ないのだが)若い武官だった。恐らく、それなりに名のある家の出なのだろう。
「こいつは私のやった事ではない。補給隊を襲っておいて人間しか殺傷しないなんて奇妙な真似、普通はあり得ないだろうが」
「……それは仰る通りですが」
「それに、死に方が奇妙だと気付かんか? 斬られた者、刺された者、馬車に轢かれたらしい者、首を絞められた者、火で焼かれた者に、傷一つ無いのに死んでいる者もいる。そのくせ、矢傷や銃創が皆無だ。おかしいとは思わんかね」
「確かに……ローマ兵や貴方の仕業にしては、妙と言えば妙ですが」
 一歩引き下がって刀を降ろしながら、イーサー・ケマルも周囲を見渡してその奇妙さを目で追った。
「それにこの一帯、魔力が感じられる」
「魔力?」
「そうだ。正確に言えば、魔力の残り香のようなもんだがね。恐らく、輸送隊を襲った奴が魔力で兵士をやったのではないかな?」
「誰が?」
「私ではない。東ローマ側の誰かでもない。当然、オスマン軍がやるわけがない」
 つまり、この戦争に直接関係しない第三者がやった、という事になる。
「どうもこの戦、何か裏で動いている奴がいるような気がしてならん。そのあたりの事を、スルタンにも伝えておいてもらおうか」
 そう言って、悠然とカオス・フライヤーに歩み寄るカオス。オスマン騎兵達はそのあまりに無造作な所作に、遠巻きにして見守るばかりである。
「では諸君、また会おう」
 カオス・フライヤーのキャノピーを開け、今まさに乗り込もうとした時、

 タ―――ン!!

 遠巻きにしていたオスマン兵が撃った一発の小銃弾が、カオスの背中に命中した。
「……よせよ、痛いじゃないかね」
 振り向いてそうニヤリと笑い、カオスは平然とキャノピーを閉めた。
「な、な……」
 唖然とする騎兵達の前で、カオス・フライヤーは悠然と離陸していった。
「あいてて……なかなかいい狙いだ、よく訓練されている」
 コクピットの中で、撃たれた背中をさすりながらカオスは顔をしかめていた。色々と術を修めた結果彼自身は多少身体が頑丈になっているし(それでも脳天とか心臓とか、当たり所が悪いと即座に死ぬが)、このマントにしても防弾仕様でマスケット銃の丸い鉛弾程度では貫通はできない。それでも、打撲傷にはなっているのでそれなりに痛かった。
「……さて、戻るか。あの騎兵隊を追い散らすのは、少々面倒だ」
 イーサー・ケマルの配下らしい100人ばかりの騎兵が一糸乱れぬ統制の元に騎兵銃の銃口をカオス・フライヤーに向けているのを見て、カオスは苦笑した。キャノピーに銃弾を集中されると流石にタダでは済むまいし、射撃の腕がいいのは今撃たれた一件を見ても明らかだ。ここで彼らを全滅させて輜重を焼き払う事は可能だが、ああも統制の取れた迎撃体勢を取られると、最初の襲撃で爆弾を使ってしまった現状ではこちらも無傷とはいくまい。無理をするわけにもいかず、彼はひとまずコンスタンティノポリスのラボに帰投する事にした。
「しかし、あの輜重隊を皆殺しにしたのは……一体何者だ?」
 かつて魔族に出会った事もある彼にとっては、きな臭いものを感じずにはいられなかった。


「不用意に街道をうろつき回るのは不注意ではなかったか、アイギストスよ?」
「……申し訳ござりませぬ。サラセンの蛮族も、いささか注意深かったようでございます」
 街道から数マイル離れた森の中で、戦車の上の男に対して傍らの男が頭を下げていた。
「まあ、よい。鏖殺しておけば、すぐに我らの事に気付く事もあるまい」
「はっ……」
 興味無さげに視線を正面に戻し、戦車の男は正面に視線を戻す。そこには、一人の女性が片膝を突いていた。
「さて、クリュタイムネストラよ。首尾はどうであったか?」
「全て閣下の首尾通りに。10日もあれば、奴もこの地に到着する事でしょう」
「それはそれでよい。誘導を誤るな」
「はっ」
 アイギストスと呼ばれた男性とクリュタイムネストラと呼ばれた女性が、ほぼ同時に戦車の男に向けて恭しく一礼した。


「ドクター・カオスだと?」
 オスマン朝の若きスルタン・メフメト2世は、イーサー・ケマルの出した名前に眉をしかめた。
「スルタンにはご存じなのですか?」
「ギリシア人の間では多少名前の知られた錬金術師だ。かつてヨーロッパ人が十字軍と称してエルサレムに攻め寄せた際、ある時は十字軍、またある時はサラーフ・アッディーン公に協力したという伝承がある」
「200年以上も前とは……」
 あの異様な風体を思い起こし、首をひねるイーサー・ケマル。
「だが“ヨーロッパの魔王”がかのドクター・カオスとなれば、尚更あの都を手に入れねばならん。あの男がコンスタンティノポリスの人間だとすれば、彼を生み出すだけの研究の土壌があの地にはあると考えねばなるまい……我々に、あの都を手に入れる理由がまた一つ増えたというわけだ」
 東ローマ帝国に昔日の力無く、イタリア諸都市は国家としてまとまりを欠き、ペルシアを支配するティムール朝は分裂状態、エジプトのマムルーク朝も内紛に汲々としている。今、オスマン朝に比肩する軍事力を持った勢力はこの東地中海周辺には存在しないという確信はある。
 だが、それはあくまでも軍事力の話。文化や学術では歴史の浅い遊牧民故周辺各国に一歩立ち後れている。特にオカルト関係の伝統は逆に浅い…いや、無いに等しい。故に、コンスタンティノポリス。この二千年の歴史を誇る都市を手に入れ、現存するであろう魔術・錬金術に関する資料を我が物とすれば、東の“暗殺教団”の手を気にする必要もなくなり、地中海に棲むという吸血鬼の脅威を恐れる事もなくなる。
「確か、魔王の従者が都を飛び立ち、南へ去っていったという報告があったな?」
「はい。その後、コンスタンティノポリスに戻ったという報告は入っておりません」
「つまり今あの都は、かの鋼鉄の乙女が不在か……」
 秘書官の回答を得て、この国の最高権力者の座に就いてわずか2年の青年は僅かに考え込み、数秒で決断を下して立ち上がった。
「全軍に伝達せよ! 本日、日没後に総攻撃を開始する! 各軍団は、日没1時間前までに全ての準備を完了させよ、と!!」
「「「「「ははっ!!」」」」」
 命令を受けた武官たちが、都の周囲に布陣する各軍団に指示を伝えるべく、天幕を飛び出してゆく。その中には、最も距離的に遠いガラタ城外に陣取るサガノス・パシャの軍へと駆け戻るイーサー・ケマルの姿もあった。


 こうして4月18日夜、オスマン軍による最初の総攻撃が始まった。
「ちっ! マリアがキオスへ行った事を知っていると見える。さもなくば、このタイミングで仕掛けてくるものか」
 カオス・フライヤーの整備が終わっていないため、カオスはラボから城壁へ移動していた。すでに視界は迫り来るオスマン兵の掲げる松明で埋め尽くされている。
「ど、ど、どーするんすかこんなの!? こんな大勢でかかられたら、あっ!という間におしまいやないですか〜っ!」
「慌てるな! 外壁の内側に一人として入れなければ、後はどうにかなる!」
 うろたえて弱音を吐きまくるタディアスをなだめながら、カオスも自分の造ったライフル銃を手に取った。面白いもので、この能無しのクセに愛すべきギリシア人の青年が狼狽しているのを宥め賺していると、逆に周囲は落ち着きを取り戻して善後策を考える事ができるようになるのだ。現に周りの守備兵達は各々の武器を手にしながら苦笑していて、動揺が伝染する感じは全くない。
「ドクター! カオス・フライヤーは!?」
 カオスとタディアスが今いるのは、皇帝が直接指揮する聖ロマノス門だった。
「済まん! 意外にダメージがあったんで、今はオーバーホール中だ! 今夜のところは、ここで手を貸すしかない!」
「分かりました! ドクター、それにタディアスも城壁に配置を!」
「承知!」
 近衛兵達に混じって、二人も銃を手に外壁の胸壁際に並ぶ。すでにオスマン軍の先頭が、数ヤードの幅で土嚢に埋められた堀を渡って最外壁をよじ登ろうとしている。そのあたりの最外壁は、ここ二週間の砲撃でかなりの部分が崩れていた。しかし、

「撃てっ!!」

 タタタタタタタ――――ン!!!

「うおっ!」「ぐわっ!」「ぐっ!」
 最外壁を乗り越えた歩兵達が、次々と銃弾を食らって倒れてゆく。相手が生きている人間だけあってあまり気持ちのいいものではないが、戦争中にンなセンチな事を言っているヒマはない。さらに数こそ少ないが二射目が数秒置いて発射され、また数人が倒れた。
「これ、便利ですよ。狙いもつけやすいし、何たって弾込めが楽だ」
「だろう? 私の自信作さ」
 カオスが持ち込んだのは、銃身内に線条を切った、後世で言うライフル銃である。しかも独自に研究した薬莢式の元込式で、なおかつ6連発である。20世紀末の知識で言えば、モーゼルのようなものだと考えればわかりやすい。この新型銃は、普通出回っているマスケット銃に比べて射程距離・精度・連射能力・操作性共に格段に高かった。
 続けて第三射、第四射と続き、三日月刀や銃、あるいは梯子や鉤縄を手にした敵兵が次々と倒れていく。なお、タディアスが撃った弾は全て地面に食い込む結果に終わっている。
「よし、ここは当分大丈夫だな。ちょっとばかり、よその様子を見て来る」
「え〜〜〜っ!? そりゃないですよ〜、か弱い従卒を置いて行く気ですか〜!?」
「お前ほど図太く図々しい従卒が他にいるか!」
 そう言い捨てて、カオスは北のカリシウス門目指して走り去った。

 カリシウス門でも、激戦は続いている。ここでも、防衛部隊が矢弾を撃ち込んで寄せ手を二段目の外壁まで近づけなかった。
「おい、レーヴ! ジュスティニアーニはどうした!?」
「……………」
 近くにいたミカエル・レーヴに呼びかけるが、返事はない。レーヴの射撃は正確で、撃たれた兵士は胸のど真ん中を撃ち抜かれて倒れていった。彼自身は手近な兵士に銃身を半ばで固定させながら狙撃しているのが、兵士を盾にしているようで気に入らなかった。
「おい、ミカエル・レーヴ! 聞こえんのか!?」
「うるさいな、気が散る! 質問は後にしてくれ! 隊長なら、皇宮の様子を見に行った!」
 カオスの方を見ようともせず、射撃を続けながらレーヴは答えた。
「分かった! 恩に着る」
「そうしてくれ」
 この非常時にここまで図々しい物言いができるのも、ある意味大したものかも知れない。そんな事を思いながら、カオスはさらに北へと走っていった。

「ああ、ドクター! いい所に!」
 このブラケルナエ宮殿は小高い所にあるが、その分城壁が三重になっていない。皇宮周辺の城壁にたどり着いたカオスを出迎えたのは、少々狼狽気味のジュスティニアーニだった。
「空堀を掘り返していた連中が、敵の中に取り残されていたんだ! 今は堀の中に隠れているが、バレたら命がない! 何とか救出できませんか!?」
「うかつな連中だな……で、場所は?」
「ケルコポルタ門のすぐ外! 数はヴェネチア傭兵3名ギリシア人守備兵2名民間人11名!」
「ロープで吊り上げる余裕は!?」
「よじ登ってくる連中を追っ払うのに手一杯ですよ! ついでに言えば、アレも何とかしてほしいんですが?」
 言われてみれば、城壁の上のヴェネチア傭兵達は銃や弓で下に向けて射撃すると共に、鉤縄を切り落としたり梯子を突き落としたりするのに大わらわだった。恐らくケルコポルタ門を初めとする城門では、オスマン軍が必死で扉を破ろうとしている事だろう。
「携帯用の“ギリシアの火”が一丁あるか?」
 取り残された工兵達の真上の地点まで来て、隣のジュスティニアーニに尋ねる。
「一丁と言わず、二丁用意します。で、どうします?」
「ここから飛び降りて、連中をまとめて焼き払うしかなかろう。こいつの取り回しは、私が一番知っている」
「ちょいと待った! そりゃいくら何でも無茶でしょ!」
「無茶でもやらねばならん! 取り残された味方を見殺しにしたら、まず全軍の士気が下がる! マリアがおらん以上、誰かが降りんと……」
 問題は、誰がその“誰か”として決死の任務に就くかだったのだろう。ジュスティニアーニの制止を振り切って、カオスが無謀にもロープを伝って下へ降りようとした時、
「マリア殿だ! マリア殿が戻ってきた!」
「本当か?」
 一人のヴェネチア傭兵が叫んだのを皮切りに、カオスやジュスティニアーニ達は上を見上げた。そして、その声は正しかった。
「ドクター・カオス、ただ今・戻りました」
「マンマ・ミーヤ! マリアさん、あなた何てステキなタイミングで戻るんですか!」
 絶妙のタイミングで城壁に降り立った事にイタリア語で感嘆して、ジュスティニアーニは感極まってマリアに抱きついた。
「おいおい、よさんか! 空飛んだ後だ、今のマリアはかなり熱くなっとる」
「ああ、こりゃ失礼」
「ドント・マインド、コマンダー・ジュスティニアーニ」
 慌てて身を離すジュスティニアーニに対して、マリアは相変わらず平然としていた。
「話は後だ。マリア、すまんがケルコポルタ門の城門前まで降りろ! 外に取り残された味方を救出する!」
「イエス、ドクター・カオス!」
 言うが早いか、迷わずマリアは城壁の上から飛び降りた。

 ズン!!

「わあっ!? な、何だぁ!?」
「ロケット・アーム!!」
 降りるが早いか、マリアが飛ばした両手に突き飛ばされて兵士達がはね飛ばされた。
「警告・します! ケルコポルタ門・前の・オスマン兵・全てに・退去・要求します」
 そして積まれた土嚢の上に仁王立ちして、寄せ手の兵士達の前に立ちはだかるマリア。剣を抜いて斬りかかる兵士もいたが、一人残らず殴り倒された。
「マリアさんを援護するぞ! 全員、撃ち方始め!」
 ここぞとばかりに城壁の上からも、弾幕がひときわ激しくなった。
「ま、まさか……ヨーロッパの魔王の従卒の魔女!?」
「い、いかん! 退け、退けーっ!」
 慌てた寄せ手の兵士達が後ずさってゆく。後ろから迫ってくる後続部隊と押し合いへし合いしながら、彼らは城壁へと続く緩やかな斜面をジリジリと遠ざかっていった。
「今のうちだ、城門を開けろ! 味方を救出しろ!」
「了解!」
 寄せ手が50ヤード以上離れたところで、僅かに開けられたケルコポルタ門から救出部隊が飛び出してゆく。5分ばかりして、城外に取り残された人々は無事救出された。


「さて、これでマリア殿の報告を聞ける余裕ができたわけですが」
 と、昨朝の塔で開かれた作戦会議の席上で、皇帝がまず口を開いた。結局、4月18日夜の総攻撃は無事に(?)撃退された。未明のうちにオスマン軍が撤退した後で仮眠をとり、ただ今翌日の昼下がりである。
「マリア殿、キオス島での情報は?」
「イエス、皇帝陛下。マリア・報告します」
 そう前置きして、マリアは直立不動で報告する。
「現在・イタリアからの・救援艦隊・編成中との・情報あり。コンスタンティノポリス到着の予定・未定です」
「……つまり、本格的な援軍はまだ先という事か」
 これは、昨夜金角湾口でもオスマン海軍と小競り合いをしていたトレヴィザン提督。
「輸送船団・4月18日現在・エーゲ海・北上中、18日15時16分に・接触済。大型輸送船4隻・4月20日12時23分±4時間以内に・コンスタンティノポリス・到着の見込み」
「おっ、それでは補給は明日届くって事ですか」
 こちらは確かに朗報だった。運ばれる物資がどの程度の量かは知れないが、食料・武器弾薬は多いに越した事はないのも事実である。それにしても、皇帝やトレヴィザンが2日かかると考えていた情報収集を1日で済ませてきたとは、マリアの情報処理能力と機動力の高さの証と言っていい。
「となれば、久々に海軍の出番ですな。出迎えの準備を急がなければ」
 と、トレヴィザンが腕を組んで重々しく頷いた。
「ドクター・カオスとマリア殿も、ご協力をよろしく」
「…私は構わんが、マリアは全面的には協力できんぞ」
 三分の苦みをこめて、カオスはジロリと睨み返した。
「マリア殿が全面的に協力できない理由は?」
「マリアは泳げない。海に落ちたら助からん」
「……単純明快にして重大な理由ですな」
 マリアの普段歩いている足音からして、彼女が絶対水に浮かない事は周囲も承知の上である。ついでに言えば防水もしていないので、雨ぐらいならともかく海に落ちたら確実にブッ壊れる事だろう(この致命的な欠点は、20世紀末になるまでついぞ改善されなかった)。
「ああ、もちろん空から援護射撃ぐらいはできる。要は、輸送船団が金角湾に無傷で入ればいいのだろう?」
「正しいご指摘です。マリア殿、よろしいですね?」
「イエス、アドミラル・トレヴィザン」
 相変わらず、マリアの返答はシンプルかつ力強かった。


 明けて4月20日午前11時、マルマラ海上のマリアから、金角湾口近くまでカオス・フライヤーを運搬したカオスに第一報が届く。
『輸送船団・コンスタンティノポリスに・接近中。オスマン海軍の・哨戒艇と・接触しました』
「よし、そのまま上空で警戒を続行しろ。別命あるまで、お前の判断で輸送船団を護衛してくれ」
『イエス、ドクター・カオス』
「……とまあ、そういうわけだ。トレヴィザン提督もよろしいな」
「了解した。あとは、風がうまく吹いてくれる事を祈りましょう」
 輸送船団は全て帆船というのが、若干の不安材料である。帆船はガレー船に比べて船脚も速いし漕ぎ手を乗せないのでペイロードも大きいが、風向きが悪いと行きたい方向へ行けないという難点がある。風と潮に流されてオスマン陣営に流れてしまったりしたら、笑い話では済まない。
「ちなみにドクター、風向きを変える魔術なんてのは……」
「できん!!」
「……明快なご回答、ありがとうございます」
 そもそも、そんな魔術が実在するかどうかだってカオスには分からない。ま、無いなら無いで開発すればいいだけなのかも知れないが……

『オスマン艦隊・輸送船団に・接近中! 18分37秒±2分以内に・小銃の・有効射程内に・入ります』
「よし、分かった! そのまま上空から援護しろ! 私もカオス・フライヤーで援護を……」
「ちょっと待った、ドクター」
 駆け出そうとしたカオスを、力強い手がガッチリと引き留めた。
「まあ、慌てなさんな。地中海育ちの本職の船乗りってのは、トルコ人のにわか造りの海軍にゃそう簡単に負けはしませんて」
 乗船準備をしていたトレヴィザン提督が、カオスを引っつかまえてニヤリと笑う。
「うまくやり過ごして入港できればそれで良し、危なくなったらドクターにも出てもらいます。第一、マリア殿やあの飛行機の燃料だって無尽蔵とはいかんのでしょう?」
「……それはそうだが」
 そう呟いて、カオスは走るのをやめた。実際問題ジェットエンジンというのは燃料をバカ食いするし、この二週間強でかなりの量を消費したのも事実だ。そして、この頃の石油は20世紀末〜21世紀初頭のようにミネラルウォーターよりちょっと高い程度の値段で手軽に手に入るような代物ではない。
「ま、まずは様子を見ましょう。風がうまく吹いてくれればよし、悪い時はこっちからガレー船を出して曳航しなければなりません。その時こそ、ドクターにお願いします」
「ン…わかった」
 そんなわけで、カオスはトレヴィザン達船乗り達としばらく待つ事にした。


 一方、その頃。
「ロケット・アームっ!!」
「うぐっ!」「へぶっ!」「むほっ!」「あうち!」
 オスマン海軍の艦列に斬り込む形になった輸送船団を援護すべく、マリアも激闘を演じていた。敵艦隊の甲板には切り込みを任とする戦闘要員がズラリと並んでいるのを見た彼女は、臆せずその甲板に乗り込んで激しい白兵戦を演じていたのである。この時代はまだ船に大砲を搭載する運用法が確立されておらず、まだボーディングやラミングも一般的に行われていたのだ。
「ええい、怯むな! 斬れ、斬れっ!!」
「「「うおお―――っ!!」」」
 それでも怯まずに一斉に斬りかかる海兵達。このあたりは、元々陸での戦いを本分とするトルコ人の面目躍如と言うべきか。だが、

 キン! キン! ガキン!

「な! き、傷もついてない!?」
「一体何でできてるんだ、この女は!?」
 何本もの刀を腕だの身体だので受け止め、しかも傷一つつかないのだから驚愕するなと言うのは酷だろう。わずかに、スリットの深いいつものドレスが破れただけである(このドレス、別に特殊加工は何一つされていない普通のシルク製である。カオスは彼女にあまりおめかしさせていない印象があるが、このあたりは彼のこだわりと言うべきか)。
「ハッ!」
「「「「おわ―――っ!?」」」」

 ドバッシャァァァン!!

 マリアが両腕をひと振るいすると、彼女に斬りかかっていた兵士達が数名まとめてはね飛ばされ、そのうち2〜3人は避けきれずに海に落ちた。軽い革鎧を着ただけの軽装だからそう簡単に溺れたりはするまいが、携行している武具なんかは浮かぶために海の底だろう。
「!」
 直後にマリアは左手のロケット・アームを目一杯伸ばし、近くを浮いていた別な船の船縁をつかむ。そして、今度はウインチを一気に巻き上げてその船を引き寄せた。

 ドガン! バキバキバキ!

「「「わぁあぁっ!!」」」
 船と船が引き寄せられあって激突し、船縁が衝撃で砕けた。そのまま二隻は仲良く横転するが、マリアはすぐさま次の船へ飛び移っていた。


「……いかんな、風向きが良くない。曳航しないと湾内に収容できない」
 指にツバをつけて外気にさらしながら、トレヴィザン提督が眉をひそめた。
「出番です、ドクター。我々の船で輸送船を曳きますから、カオス・フライヤーで向こうさんの船の足止めを」
「よし、任せろ。チョイと派手にやるかも知れん、気をつけろ」
 二人はうなずき合って、それぞれ乗り込む先に向けてパッと駆け出した。すでに太陽は西に傾き、東の空は少しずつ暗くなってきている。
「タディアス! 待たせたな、発進するぞ……って、おい!!」
 タディアスはカオス・フライヤーの傍らで船を漕いでいた。鬼の居ぬ間に洗濯という奴なのか、図々しい男である。
「おい、起きんか!」 ドゲシ!
「あいて! って、あ、ドクター!」
 軽く蹴りを入れたら、裏返った声をあげながらはね起きた。
「準備はできとるんだろうな!?」
「燃料・弾薬、全部準備済んでます!!」
「よし!」
 コクピットに素早く乗り込み、エンジンを回す。数十秒後、機体は市内の建物の屋根をかすめながら離陸していった。

「マリア、状況を報告しろ!」
『現在・金角湾口・東1.0277マイルの地点で・オスマン艦隊と・交戦中。輸送船4隻・全て健在。帆走による・金角湾への移動・困難・敵艦隊の追撃・振り切れません!』
「今から曳航用の船がそっちへ向かう! 曳航作業を援護するぞ!」
『イエス、ドクター・カオス!』
 無線越しの相変わらず淡々としたマリアの声とやり取りしながら、カオスは操縦桿を押し込む。やがて、何百隻ものオスマン艦隊に囲まれた4隻の輸送船、そしてそれを救出すべく、鎖の封鎖を解いた金角湾口から繰り出してゆく東ローマ海軍の姿が見えた。東ローマ方の船は双頭の鷲の旗、オスマン軍の船は赤字に白い星と三日月の旗で識別できる。
「まずは、あの一団からか!」
 最初に狙いをつけたのは、輸送船団と救出部隊の間に位置する十数隻の船だった。まずは最初の船の喫水線下を狙い、0.5インチ機銃の銃弾を叩き込む。たちまち、その船は浸水を起こして沈み始めた。
「よし、0.5インチで船は沈められる!」
 そのまま2隻、3隻と敵の船をブクブクと沈めてゆく。戦闘要員や漕ぎ手が船から逃げ出せているかまでは、残念ながら気にしている余裕はなかった。
「マリア! そっちは大丈夫か!?」
『ノー・プロブレム! ただし・マシンガンアーム・残弾エンプティ!』
「場所は!?」
『輸送船団・最東端! オスマン艦隊による・移乗白兵戦・対応中!』
「よし、わかった! これからそっちの援護に向かう!」
『イエス、ドクター・カオス!』
 数隻が沈められて浮き足立つオスマン艦隊の列に東ローマ艦隊が敢然と割り込んでゆくのを確認して、カオスはカオス・フライヤーを輸送船団の東側へ向けた。
「おおう、いるわいるわ! まるで魚の群れのようだ」
 低空からさっきのように喫水線下を狙おうとするカオスだが、今度は先方も黙ってはいなかった。カオス・フライヤーが近づいてくる事に気付いた艦隊から、次々と小銃弾と矢が飛んできたのだ。
「ちいい……うほっ! わひょっ! どぉぉっ!!」
 クロスボウから放たれたらしい鋼矢が3本キャノピーをぶち抜いて、操縦席はカオスの身体スレスレのところに刺さったので、呑気してた流石のカオスもビビった。
「て、低空飛行は危険か! ならば、空から一発ブチかますしかあるまい!」
 というワケで、今度は高度を100フィートばかり上げながら旋回する。この程度まで上昇すれば、小銃弾やクロスボウが擬似とは言えウーツ・ダマスカス鋼の機体に傷をつける事はまず無い。
「マリア! 大至急、上空へ退避しろ!!」
『イエス、ドクター・カオス!』
「よし、それ行け!」
 とスイッチを入れると、翼の下の爆弾が投下される。その二発の爆弾はオスマン艦隊の中心部からやや東側、船と船の間の水面に落ち……

 ズドドン!!

 大音響と共に、でかい水柱が二つ上がった。その衝撃で、着弾地点の周囲にある船はあるものは水圧で船底を破壊されて沈み始め、またある船はたちまち横転・転覆する。大混乱に陥るオスマン艦隊の間で、東ローマ艦隊が輸送船団に接舷してゆくのが見える。輸送船団は風と潮に流されないように碇をしっかり降ろしていたのか、水中爆発による影響はほとんど無いらしい。
「よし、これで任務は完了だ。あの混乱ぶりでは、牽引中で脚の遅い船にも追いつけまい」
『ドクター・カオス、ご無事・ですか?』
 いつの間にか、マリアがカオス・フライヤーのキャノピーの横にピッタリとつけていた。
「ああ、大丈夫だ……しかし、これでキャノピーはまた修繕せにゃならんな。このまま、金角湾口の封鎖が完了するまで上空で警戒を続けるぞ」
『イエス、ドクター・カオス』
 マリアのドレスがまたビリビリに破けているのに気付いて、カオスは苦笑した。
「さて、これで連中もこの都を攻めあぐんでいる事に気付くだろう。このまま進んでくれれば、援軍が来るまで城壁を直し〜の輸送を受け〜ので何とか保たせる事ができそうだな」
『ドクター・カオス、油断・禁物です』
「ん? ああ、まあな」
 やがて船団が無事に金角湾に入っていくのを見届けてから、二人もラボまで戻る事にした。


 この日の海戦により、オスマン軍の軍船数十隻がマリアとカオスの二名及び東ローマ海軍の前に沈められ、コンスタンティノポリスへの輸送船は無事に到着した。
 こうして、海上からの輸送を受けながら、陸上からの攻撃をテオドシウスの城壁で受け止めつつ、西ヨーロッパからの援軍を待つという戦略は正常に機能している……かに見えた。

 だが、500歳を回ったカオスでさえ、若きスルタン・メフメト2世が次に打ってくる手を予想する事はできなかったのである。


「ド、ド、ド、ドクターっ!!」
 砲撃が激しい事を除けば戦闘が低調になっているのをいい事に昼過ぎまで爆睡していたカオスは、タディアスの大声で眠りの園から引っ張り出される事になった。
「あ〜? 何だなんだ、何を慌てとるんだお前は?」
 昨日夜半までかけてカオス・フライヤーを修理していた疲れが出たのか、寝ぼけ眼をこすりながらカオスはベッドから起きあがった。
「慌てたくもなりますよ! き、き、金角湾に、敵の艦隊が!」
「何?」
 流石のカオスも、何のことだかワケが分からなかった。
「封鎖が突破されたのか? だが、あの封鎖を簡単に突破できるはずがなかろう。第一、戦闘になれば私に連絡が来るはずだ」
「ああ、もう! とにかく、直接見た方が早いですよ! ちょっと港まで来て下さい! 馬を連れて来ます!」
 そう言い残して、ギリシア人の青年はカオスの寝室を飛び出していった。
「一体何だ? あの男も、そそっかしい奴だからな……」
 事態の深刻さが今ひとつ呑み込めずに、首をひねりながらカオスは着替え始めた。

 4月22日、午後2時頃。
「何も戦闘なんぞ起きておらんじゃないか? どこに敵がいる?」
 金角湾口に近い海軍の停泊地近く(一昨日にトレヴィザン提督と打ち合わせてしていた場所)に立って、カオスは傍らのタディアスに文句を言った。
「ここじゃありません!! あっちですよ、あっち!!」
 タディアスが指差したのは北西側、湾のもっと奥まった場所だった。
「何であんなところに………………なんだと!!?」
 ヒョイとそっちの方向に視線を向けた数秒後、カオスの背筋は総毛立った。

 確かにそこに、数十隻ものオスマン艦隊がいた。そして、なおも増えている。そう、ガラタ地区の北側の丘陵地帯に敷き詰められた丸太の通路の上を、次々と船が運ばれているのだ。

「しまった……! その手があったか……!!」
 ハイテク慣れした人間には、時としてローテクによる事態解決法が盲点になる。カオスの陥った陥穽も、あるいはその辺りだったかも知れない。とにかく、彼はこのとんでもなく人手と時間のかかるこの戦術を予測できなかった。
「ど、ど、ど、どーするんすか!? あんな所に敵に入られたら、もーおしまいじゃないですか〜!!」
「落ち着け! まだこの都が落ちたわけでもないし、落ちると決まったわけでもなかろう!」
 例によってわめくタディアスを一喝する事で冷静さを幾分取り戻し、マリアとタディアスを連れて桟橋へと駆け出してゆく。ちょうどそこには、黙然と艦隊の山越えを見つめるトレヴィザン提督がいた。
「ようドクター、流石に顔色が悪いですな」
「お前だって似たようなもんだろうが。ともあれ、えらい事になったな」
「全くです。昔、我々がイタリアで使った策で意趣返しされるとは思いませんでした」
「前例があったのか?」
「規模はずっと小さかったと聞きますが。しかし前例が無くたって、多少頭の回る奴なら思いつきますよ。それも、下手に海戦の知識があるより素人の方が思い至りやすいもんです」
 苦々しい表情になるトレヴィザン提督とカオス。その後ろで黙然としているマリア、それにオロオロするタディアスと兵士達。
「カオス・フライヤーは?」
「まだ整備が済んでおらん」
「そうですか……となると、空からの攻撃は難しいでしょうな。マリア殿には、アレが見えますか?」
 艦隊の後ろの陸上にいるオスマン軍のあたりを指差し、トレヴィザンは苦々しい表情をした。
「………海岸地点に・臼砲・12門・設置を確認」
「臼砲?」
「明らかに、カオス・フライヤー対策でしょうよ」
 横にいる対象を攻撃する通常の大砲に対して、臼砲は砲弾を上(正確には斜め上)に飛ばす物である。せっかく金角湾に運び込んだ軍艦をカオス・フライヤーから守るつもり、という事らしい。
「対策はどうする?」
「そいつをこれから検討します。その前に、挟み撃ちを避けるための対応を伝達しておきませんと」
 そう言って、ヴェネチア人の提督は船の中へ駆け込んでいった。


 翌日策定された対策は、次のようなものだった。
 海軍で特務部隊を編成し、準備でき次第金角湾内の山越え艦隊に夜襲をかけて焼き払う事。
 陸軍の城壁防御は、従前の体勢のままとする事。
 そして、海軍による夜襲敢行までの間、カオスとマリアの二人が上空から山越え艦隊を攻撃し、夜襲の事を隠蔽する事。
 とにかく、あの位置にオスマン艦隊が居座ると海軍がまともに動けない。さらに金角湾越えで港に上陸攻撃さえ可能になる。1204年に第4次十字軍の背信によりこの都が一度陥落した時も、直接の突破口になったのは港側からの攻撃だった。カオスとマリアはその様子を聞き知っているだけに、この負担の大きい指令を了承した。

 会議がひとまず終了し、各部署に引き上げようとする出席者の面々の一人が、カオスに向けて口を開いた。
「ドクターも相変わらず、自弁で大変な任務ですな」
「契約で動いているお前と違って、私はこの都に対して負債が大きいのでな」
「そりゃあどうも。しかし、借金なんざするもんじゃありませんぜ」
 相変わらず口の減らないミカエル・レーヴに対して、この日ばかりはカオスも悪い気分ではなかった。この男が口数少なになると“こいつ何か企んでるんじゃないだろうな?”という気になるからだし、会議の雰囲気が重苦しいものだった事もあったからだ。
「が、金を貸してくれる奴が居なければ、私はとっくの昔に老衰で死んでいただろうよ」
「なるほど。金のある奴は力のある奴に金を払って貸しを作る、と。私は借りなんか作りたくありませんがね」
「と言って借金を踏み倒して逃げたりしたら、今後誰も私に金を貸してくれなくなる」
「借金にとんでもない利息をつけられて、その上で返済を迫られても?」
「貸し主が困っているなら、こっちから貸しを作る気にもなるさ」
 言外に不穏なものを漂わせながら、この二人もそれぞれの持ち場に戻っていった。


 4月28日夜半。
 結局、部隊の編成とカオス・フライヤーによる準備爆撃に5日を要した。こういう事態になってジェノバ人とヴェネチア人の反目が蒸し返されたのもあるし、決して潤沢とは言えない物資から火付けの材料を捻出するのも一悶着だったからだ。
 トレヴィザン提督が直接乗り込むヴェネチア船を筆頭とする6隻の大型船を中核とする夜襲部隊が、そろそろとオスマン艦隊に近づいてゆく。カオスとマリアによる攻撃および陽動がうまくいっていれば、敵とて無傷で撃退とはいくまい。
 攻撃目標から半マイルの地点にある港側の城壁で、カオスとマリアも固唾を呑んで見守っていた。
「マリア、敵艦隊に動きはあるか?」
「ノー、ドクター・カオス。オスマン艦隊・動き無し・警戒・ごく低レベル。歩哨兵・睡眠中」
「ここまでは、手はず通り……か」
 とにかく、今後もこの都をしっかり防衛できるかはこの作戦に掛かっていると言ってもいい。城壁の守備兵達も、息をひそめて対岸の様子を見守っていた。
「“ギリシアの火”の・有効射程距離まで・250ヤード……230ヤード……210ヤード……」
「よし、いいぞ〜……そのまま、そのまま〜……」
「ぜは〜〜、ぜは〜〜〜……」
 緊張のあまり息を荒げているタディアスの姿は、正直……気色悪い。
「150ヤード……130ヤード……110ヤード……90ヤード……」
「ふひ〜〜〜、ぜひ〜〜〜……ふが、ふがが……」
 どうやらカウントダウンを聞いている間に何か変なものでも吸い込んだのか、タディアスの息が乱れる。そして、

「ぶふぇぇぇぇっくしょい!!」

「熱源・発生!! 艦隊に・急速接近!!」
「なにィ!?」「ふが?」
 マリアがいつになく緊張した声をあげた数秒後、

 ズガァァァァァァン!!!

 最もオスマン艦隊に接近していた東ローマ船が、いきなり炎に包まれた。
「何だと……!?」
「お、俺のせいっすか!? 俺があそこでクシャミしたせいっすか!?」
「んなわけあるか! あ、そうだ。“主の祝福があらん事を”」
「あ、どうも……って、そんな場合じゃ……」

 ズガン!! ドゴン!! ズドン!!

 今度はオスマン側の船が立て続けに3隻爆発した。
「な、何だなんだ、何なんですかこれわぁ!?」
「砲撃・直撃! オスマン艦3隻・および東ローマ艦1隻・大破炎上中!」
「砲撃だと!? 敵味方お構いなしでか!?」
 何て言っている間に、さらにオスマン艦が4隻、東ローマ艦が1隻砲撃を食らって沈んだり炎上したりしている。
「未確認艦影・発見! オスマン艦隊・停泊地点より・後方0.73マイル!」
「後方だと?」
 頭の中にクエスチョンマークをいくつか浮かべながら、カオスは双眼鏡を取り出した。ちなみにこれ、暗視機能付きである。
「な、な、何だありゃあ!? で、でかいぞ!? しかも、なんつー重武装だ!?」
 今コンスタンティノポリスで一番大型のジェノバ船よりさらに三回りは大型の軍艦が、オスマン軍の敷設した丸太の道をズルズルとゆっくり進んでくるのが見える。丸太があちこちでへし折れているあたりからして、どれだけの重量かは予測するだに恐ろしい。しかもこの船、両舷に大砲をズラリと積んでいる。今湾内の船を沈めたのは、あの砲撃らしい。
「大体、アレはオスマンの秘密兵器か!? そもそも味方ごと敵を撃つとは……」
「ノー、ドクター・カオス。未確認艦船より・魔力反応・感知されます」
「魔力ぅ?」
「え? ちょ、ちょっと見せて下さいよ」
 そう言って、横合いから割り込んだタディアスが双眼鏡を引ったくった。
「あ、おい……?」
「って、何なんですかあの船!? 誰も引いたり押したりしてないのに、勝手に道を進んでるじゃないですか!」
「え? それ本当!?」
「イエス、ドクター・カオス」
 そりゃそうだろう。あんな船がオスマン軍にあるなんて初耳だし、マリアも見ていないし、大体いくら何でも味方ごと敵を撃つ時点でアウトだろう。
「……イヤな予感がする。あの船を金角湾に入れるな! えらい事になる!」
「ど、ど、ど、どうやって!?」
「カオス・フライヤーで何とかするしかあるまい! タディアス! マリア! 来い!」
「イエス、ドクター・カオス!」
 はじかれたように三人はラボ目がけて走り出した。


 到着したラボには、すでに先客が2人カオス・フライヤーを倉庫から出していた。
「こ、コンスタンティヌス陛下! それにジュスティニアーニ隊長まで!?」
「……御両所も、同じ結論に達しましたか」
「まあね。イタリアにもポルトガルにもドイツ、フランス、イングランド、エジプト、それにカスティリヤ、あんな船はありっこない! はるか東のチャイナにだってあるものか」
「あれを見た時、先日ドクターが仰っていた魔の気配という話を思い出しました。もしあの船が“魔”に属する存在であれば、断じてこの金角湾に入れるわけにはいきません」
 滑走路代わりの大通りにカオス・フライヤーを出しながら、皇帝とジェノバ傭兵隊長の二人は言った。
「さてと。装備はいつもの通りで?」
「いや、あのサイズの船、なおかつただの船でないとすれば、それなりの装備でないと通用するまい。マリア! ラボの奥に転がしてある“カオス・キャノン”の砲身と、砲弾を一発!」
「イエス、ドクター・カオス!」
 ラボの奥に駆け出してゆくマリアを見送りつつ、二人目に指示。
「タディアス、カオス・キャノン用の炸薬の入った火薬樽を持って来い! ありったけ!」
「は、はい!」
「陛下とジュスティニアーニには、悪いが作業を手伝ってもらう! まずはこの“ギリシアの火”を取り外す作業からだ。ジュスティニアーニ、そこに置いてある工具箱をこっちへ! 陛下はあの赤い油樽をここへ!」
「お、おう!」「承った!」
 三人もこれまた駆け出してゆくのをよそに、カオスはまず魔法で照明をつける(装備の都合上、火気厳禁だからだ)。
「持ってきました!」
「で、次の作業は?」
「よし、まず“ギリシアの火”の燃料タンクの下の栓を抜いて、この樽に全部移し替えてくれ」
 よりによって防衛軍のトップ2にそう指示しておいて、マリアとカオスの二人の所に駆け寄る。
「よし、マリアは砲身をまっすぐ上に立ててくれ! その中に炸薬を詰めて爆弾に仕立てる」
「イエス、ドクター・カオス」
 マリアが立てた砲身に、タディアスが火薬樽の中身をザラザラと流し込んでゆく。その間に、カオスは傍らの荷物から紙の束を取り出した。
「ついでに持ってきたコイツを、よもや使う事になろうとはなぁ……」
 そうグチりながら火薬の中に混ぜたのは、羊皮紙に複雑な紋章とルーンを書き込んだ一種の呪符である。200年ほど前に出会った、未来人を名乗るミカミ・レイコとかいう魔女が持っていたものを一枚譲り受け、彼なりに退魔アイテムとして研究・試作してみたものだ。
「………これでよし。そしてこいつに砲弾でフタをして、と」
 砲身から砲弾の信管部分だけがチラッと突き出るように砲口を塞いだカオス、続いて砲身を手で固定していたマリアに替わって砲身を支える。
「マリア、砲弾がスッポ抜けないように砲口を少しヒン曲げろ! 砲身は私とタディアスで支えておく! できるか?」
「ノー・プロブレム! 作業・開始します!」
 ギリギリと万力のような力でマリアが砲身を密閉させてゆく。なお、カオスの反対側で中腰の姿勢で砲身を支えていたタディアスは、背伸びして作業するマリアの胸だの腰だのが顔やら腕やらに触れるので何やらニヘラと笑っていたりする。
「よし、次の作業! “ギリシアの火”の燃料抜き取りは?」
「終わりました!」
「それでは、今度はカオス・フライヤーとのジョイントを外すぞ! 悪いが、下で支えていてくれ」
「りょーかい!」
 皇帝だの傭兵隊長だのにこういう作業をやらせていいのかという気もするが、カオス・マリア・タディアスの三人を除けばカオス・フライヤーの構造や運用をある程度知っているのは、この二人とただ今海戦の真っ最中のトレヴィザン提督ぐらいなんだから仕方ない。何も知らない兵士にこんなデリケートな作業を手伝わせたら、どんな事故が起こるか判りっこないのだ。
「………よし、終わった! 最後に取り外した後のジョイントに、この砲身をくくりつけるぞ! 全員手を貸せ!」
「イエス、ドクター・カオス!」
 ……考えてみれば、奇妙な5人組ではある。500年以上を生きた“魔王”とさえ呼ばれる錬金術師、その最高傑作である魔法科学の結晶のアンドロイド、1000年以上の歴史を誇る国家の元首、その国出身の庶民の青年、そして決して友好的とは言えないはずの他国出身の傭兵。なかなかどうして、滅多に無い組み合わせではないか。人間というのは、決して異なる世代、異なる民族、異なる母国、異なる信教で排除し合うだけの生き物ではないという実例が、このコンスタンティノポリスの片隅に存在する。
「……魔族の脅威が表面化すれば、全てのキリスト教徒とイスラム教徒が大同団結する日も来るのだろうか?」
 ボルトを締めながら、カオスはそんな事を考えた。


「マリア! “軍艦X”の現在位置は!?」
『現在金角湾北・海水面まで・488ヤード地点を・3ノットで・移動中』
「味方海軍の損害は!? 東ローマ、オスマン両方だ!」
『東ローマの・大型船3隻・高速船1隻撃沈。オスマン軍の軍船・推定32隻撃沈・人員の死傷者・不明。オスマン陸軍・同じく・被害甚大の模様』
 地表近くを飛んでいるマリアの声は、高度12000フィートの地点にいるカオス・フライヤーの無線機にもまだはっきりと聞こえていた。反射鏡越しに下を見ると、確かに大きな火がいくつかまだ燃えているのが見える。
「よし! “軍艦X”の推定直上につけた! マリア、“軍艦X”の真上につけて、照明弾を上げろ!」
『イエス、ドクター・カオス!』
 あの謎の船“軍艦X”がどの程度の火力を持っているかは具体的には不明だが、低空から接近するのは恐らく大砲の餌食だろう。また、上空から斜めに接近するにしても、臼砲の存在を考慮に入れればリスクが大きい。
 となれば、残るは真上だ。真上から急降下……というより自由落下をかけて、激突ギリギリの所で爆弾を落とす、これが恐らく最も命中率が高く、撃墜の危険性も低い。問題は、急降下からの引き起こし時にかかる強烈なGに、機体が耐えられるかどうかだろう。
『直上に・つけました! 照明弾・発射します!』
「よし、マリアは退避! 降下開始!!」
 そして下で照明弾の光が上がると同時に、カオスはカオス・フライヤーの機首を真下に向ける。と同時にジェットエンジンを吹かして降下スピードをさらに上げた。目指すは、照準レティクル中央に映る照明弾、そしてその向こうにある魔の船“軍艦X”! 夜とはいえ、凄まじい勢いでグングン迫ってくる地上の景色、風圧による物凄い振動、そして落下している事による異様な浮遊感。

「うおぉぉぉぉおっ!! む、む、ムチャクチャ怖ええェェェェっ!!!」

 予想以上の光景に、流石のカオスも恐怖心に駆られる。だがしかし、ここで操作をミスったら全てがおしまいだ。コンスタンティノポリスの運命も、そして城外にいるオスマン軍の戦いの意味も。無限に思える時間……いや、時計で計ればほんの十数秒。燃え尽きた照明弾の向こうに、カオスは間違いなく正体不明の船を照準ド真ん中に捉えた。
「よぉぉぉぉし! ちゃんとぉ、あぁたぁぁれェェよォォォォっ!!!」
 多少ロレツの回らない叫び声を上げながら、カオスは運命のトリガーを押し、すぐさま操縦桿を目一杯引く。カオス・フライヤーは機首を思いっきり持ち上げ、地表との激突を避けるべく引き起こしを始めた。
「ぐ、ぐぅぅ! ぬぉぉぁぁぁ――――っ!!!」
 カオス・フライヤーの主翼が、コクピットが、エンジンが悲鳴のようなきしみを立てる。操縦席のカオスもまた、全身の血が脚に集まるような失調感と、巨大な手に押しつぶされるような感覚に必死で耐えた。目がかすむ。耳鳴りがする。気が遠くなる! 500歳を回って初めて経験するGにあわや気を失いかけながら、それでも機体を辛うじて引き起こす事に成功した。
 そして、カオス・フライヤーから切り離された即席の大型爆弾はほぼ真下に落ち………謎の魔力を帯びた船の甲板ド真ん中を正確にぶち抜いた。

 ズガガァァァァァァァァァァァン!!!!

「どわ―――っ!!??」
 斜め後ろ下で起きた巨大な爆風に、カオス・フライヤーは再びはじき飛ばされた。

 ビシィ!!

 ついに耐えられなくなった機体のどこかが、折れるか亀裂が入るかした音をあげた。左右をとっさに見ると、左の翼が凄い勢いでブレていた。
「フレームにヒビが……どわぁぁぁっ!?」

 ズガン! ズザザザザッ!!

「どどどぉぉゎぁぁぁぁっ!!??」
 揚力を確保できなくなったカオス・フライヤーは、そのままオスマン軍が敷設していた丸太の道に不時着していた。もっとも、あの船が踏み荒らしていたからだいぶ凸凹になっていたが。そうして数十メートル滑って、やっと止まった。
「た……助かったぁ……」
 不時着の衝撃でガラスが全て割れたキャノピーを開け、カオスはコクピットから転がり出てきた。
「ドクター・カオス! ご無事・ですか!?」
 その一部始終を見ていたらしいマリアが、彼の元に飛んできた。
「ああ、何とかな……それより、あの船はどうなった……?」
「ミッション・コンプリート。爆撃・大成功・しました」
「……そりゃあ、よかった」
 マリアが示した先では、謎の船が何やらうなり声のような音を立てながら崩れてゆく様があった。

「ドクター・カオス!」
 そんなカオスの所に、騎馬の一団が駆け寄ってきた。
「あの正体不明の船を沈めたのは、貴殿だったのですか?」
「……よう、奇遇だな」 
 抜き身の三日月刀を片手にカオスの元に馬を寄せたのは、いつぞや出会ったオスマン軍の武官、イーサー・ケマルらしかった。
「あの船は一体、何だったのですか?」
「………あれを見ろ、その答えだ」

「グギャァァァァァァァァァ………!!」

 内部で大爆発を起こされ、崩壊してゆく船。その姿が次第に歪んでゆき、次第に異形の物へと変貌していった。呪符と爆薬の起こした炎に焼かれながら、断末魔の悲鳴を上げてのたうち回る巨大な魔獣。それは、何匹もの魔狼が集まった躯のてっぺんに、一人の女性らしき上半身を戴いた怪物だった。

「あ、あれは一体……!?」
「お前さん達は知らんだろうな。私も初めて見る……あれは古代よりエーゲ海に棲むという怪物、美女の上半身と多数の獣の集合体を本体に持つ……スキュレーだ。恐らく、魔術で船に姿を変えていたんだろうよ」
 彼らの目の前で、魔船に化けたスキュレーは地面に倒れ臥して動かなくなった。
「魔術で姿を……それは、一体?」
「さあな。10日前に言っただろ? この戦いの裏に、何かが動いているってな」
「……そうでした」
「どうもこの戦、まだ何かありそうな気がする。お前さんも、スルタンに重々言っておいた方がよかろう」
 憮然とするイーサー・ケマルの隣で、カオスは立ち上がった。

「さて、私は戻るとしようか」
「……今後もコンスタンティノポリスに協力するおつもりか?」
 イーサー・ケマルは、馬上からカオスに向けて三日月刀を突きつける。夜のせいか、刀身は先日よりはるかに鋭い輝きを見せているように感じられた。
「ミスター・イーサー・ケマル。お引き・下さい」
 二人の間に割って入ったマリアが、刀身をそっと脇にどけた。
「貴殿が“ヨーロッパの魔王”の従者の魔女ですか?」
「ノー。マリアと・言います。マリア・魔女では・ありません」
 その気になれば、自分は一撃で吹っ飛ばされるだろう。だから、イーサー・ケマルとしても、実力行使とはいかなかった。
「今の質問だがな、私は雇われの身だ。契約を一方的に破ったら、この先食っていけんのだよ」
「……それは傭兵の論理ですか」
「そういう事。それじゃ、また会おう」
 そう言って、カオスはカオス・フライヤーのエンジンを再起動させ、胴体着陸の状態から無理矢理再離陸させた。それを、憮然として見送るイーサー・ケマル達オスマン騎兵達。
「魔王という割には、存外律儀な仁のようだな……」
 ヨタヨタと飛び去ってゆくカオス・フライヤーを見つめながら、彼はポツリと言った。


「マリア、ケガはないか?」
『ノー・プロブレム』
「そりゃ良かった。カオス・フライヤーの方は、かなりガタが来たがな……」
 主翼のフレームにヒビが入ったせいでスピードをあまり出せないカオス・フライヤーのコクピットで、カオスはため息をつく。
「しかし、あの魔物のお陰で夜襲は大失敗、損害は甚大……か……」
 結局、スキュレーがかなりの損害を与えたものの、金角湾に侵入した山越えの艦隊を全滅させる事はできなかった。それは取りも直さず、コンスタンティノポリスを支える二つの生命線の一つ・金角湾を拠点とする海の輸送ルートが断ち切られた事を意味するからだった。
「ま、善後策を練ろう。まだ戦が終わったわけではないからな……」
 そう言いながら、カオスはコンスタンティノポリスの夜景を空から眺めるのだった。


「ドクター・カオスがスキュレーを倒すとは、予想外であったな」
 コンスタンティノポリスを見下ろす丘陵の上で、戦車の男が憮然として腕を組んだ。その姿からは、魔族特有の人間を慄然とさせるオーラが漂っていた。
「申し訳ございません。彼がこの都に協力しているとは…………」
「まあ、よい」
 平伏するクリュタイムネストラに向けて、彼は掌を向けた。
「これであの都が一歩追いつめられたのは事実だ。故に、次はあの都に関わる人間達の心の隙を探さねばならん……計画の修正は、若干で済む」
「はっ……」
「アイギストス、クリュタイムネストラ」
 戦車の男が、二人の従者に呼びかけた。
「お前達は、両軍の首脳に探りを入れろ。特に、あの錬金術師の動向に心を配れ。よいな?」
「はい、アガメムノン様」
「あのビュザンティオンの都を、必ずや古き民の手に!」
 そして二人の従者は、恭しく一礼するのだった。


 〜〜To be Continued〜〜


  あとがき


 お久しぶりです、いりあすです。
 今回は今までのラブコメ(ラブエロかも)路線を大幅に修正して、無謀企画・第3弾として“GSキャラによる歴史もの”に挑戦する事にしてみました。

 歴史ものと言えばまずこの方々という事で、主役は壮年時代のドクター・カオスとマリアです。正直言って、これってGS掲示板に投稿してもいいのかさんざん迷いました。でも他作品とのクロスオーバーというのも変なので、こっちに書き込みさせていただきました。プロットの初期段階では、西郷&メフィストものじゃダメかとか、美神達が時間移動してGSホームズと競演できないかとか結構悩んだんですがw

 一般的にはこの話の舞台になっている都市や国は“コンスタンティノープル”“ビザンツ帝国”“オスマン・トルコ”と呼ばれるんでしょうけど、この街を作中で英語読みする気にになれなかったのでラテン語表記(この時代の公用語はギリシア語なのですが)、国名は西欧側による後世の呼称らしいので、より当時の言い方に近い表記にしてあります(でも当の帝国人達は、自分達の国を単に“ローマ帝国”と呼んでいたそうです)。

 ドクター・カオスの出身地や経歴は不明な点が多いので、勝手に設定させて貰いました。でも10世紀のヨーロッパでまともに錬金術の研究ができる都市なんて、コンスタンティノポリスぐらいのものだったと思うんですよね。あそこは当時から人口30万人はいました。他方、パリやロンドンはまだ数万人程度の都市だったようです。あと、カオスってイタリア・スペイン・ギリシアといった、地中海出身っぽい性格に思えますしw 逆にマリアはゲルマン系っぽい。


 ちなみに、コンスタンティヌス11世・メフメト2世・ジュスティニアーニ隊長・トレヴィザン提督らは実在の人物で、タディアス、レーヴ、イーサー・ケマルはいりあすのオリキャラですのでどうぞよろしく。

 それでは、また次回にて。


 追記

 ちょっと長くなりすぎたかなぁ……と反省しています。後編はもっと短くなる予定ですので、ご了承下さい。
 あと、ダークともバイオレンスともちょっと違うので、表記はしていませんのでこれまたご了承下さい。


※ 作中の度量衡は、いわゆる“ヤード・ポンド法”で表記しています。メートル法が提唱されたのは18世紀の事なので、作中の時代にはそういう単位がありませんでした。ヤード・ポンド法は古代ローマには原型が出来ていた度量衡なので、15世紀の地中海でも普通に使われていたものと思います。ただし、筆者の知識の問題につき、単位ごとのメートル法換算は下記の通り現代の基準に即して記述していますのでご了承下さい。
 1フィート……約30.48センチ
       (1フィート=12インチ、1ヤード=3フィート)
 1ポンド………約453.6グラム
 1マイル………約1609.3メートル
 1ノット………約1.852キロ毎時

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