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「今そこにある明日 起章(GS)」

野島 大斗 (2006-08-12 06:44)
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 それは、俺の二十歳の誕生日――


「……あんた、独立しなさい」

「私が事務所開いたのも、今のあんたと同じ二十歳の頃よ」

「だから……そろそろお終い。あんたも私の丁稚を、卒業ってところかしらね」

「ホント言うとね、心から”おめでとう”とは言ってあげられないけど……」

「この美神令子の――ううん、世界に名だたる美神令子除霊事務所の切り札は、一人でも世界に通用するんだってところを見せてやりなさい」

「でも、勘違いするんじゃないわよ。どんなになったって、何処にいたって、あんたは私達の……その、何て言うか……」

「ほ、ほら、おキヌちゃんがよく言ってるじゃない。”私達はずっと一緒なんです”ってさ」

「だから、胸張っていきなさい」


『胸張っていきなさい』

『いつでも私達、応援してますから』


 ――俺は独立した。


 ■ 今そこにある明日 起章 ■
 ―― Get up, and it is the future ! ――


 古びた洋館。東北地方の片田舎に建つ館は、大正中期に建てられた年代物らしく、蔦や葉の間から見え隠れするゴシック様式の壁が目に入らなければ、建物であるとさえ思えないほどその姿を変えていた。伸び放題になった蔦に巻き付かれ、下は雑草に囲まれ、上も葉に包まれた洋館は緑の塊以外の何ものでもない。

「……こりゃあ、なかなか気づかないわけだ」

 辺鄙な村に訪れた厄災。21世紀に入ったという現代にあって、未だに人身御供を良しとしていた村があるとは流石に想像だにしていなかった。さらに、”神隠し”の調査としてやってきたはずの自分が、まさか呪いの中心たる建物の前に立ち、これから悪霊退治に突入しようとしているとは……。

「美神さんの悪い癖がうつったかな、俺。どうにも余計なトラブルにまで首を突っ込んじゃうよなぁ」

 ガシガシと頭を掻く。しかし、そう愚痴りつつも腹はもう決まっている。

 突入し、呪いの核を潰す。邪魔する悪霊や怨霊がいれば、すべからく排除。救出対象に意志が残っていれば、せめて出来ることをしてやって成仏させる。

「こういうのは、おキヌちゃんが得意だったんだよな」

 自分には彼女のように優しく諭して、霊を成仏させることなど出来ない。かつての上司と同様、強引な力押しで物事を解決するのが己のスタイル。かと言って、どこぞの親友のように戦闘そのものが好きなわけでもない。

「まぁ、いつも通りでいくとしますか」

 ラフな服装で背負ったリュックを、もう一度しっかり背負い直す。ジーパンの左ポケットには精霊石を幾つか、右のポケットには奥の手を忍ばせて。呼吸を整えて、左手に力を込める。ブンッと振ると、スラリと伸びる霊波刀。左手の霊波刀を消して、今度は右手に”栄光の手”。そのまま正面に向いて、顔の前にサイキックソーサー。

「準備万端っと。それじゃあ、いっちょ……」

 心の中で”いきますか!”と付け加えて、思い切り小さく固めた霊力の盾を殴りつける。急加速しながら弾き飛ばされた霊力の盾が、玄関の扉に着弾して大爆発。

 行動に躊躇はしない。周囲を覆った爆煙に飛び込んで、館の中へと突入する。


 ――そこは、悪霊の巣。

 天井の高い玄関ホールを覆い尽くすかの如く、無数に蠢く悪霊たち。人生に終止符を打たれながら、それでもなお、残した憎しみや未練が生者への激しい怒りと執着に変わった妄嫉の塊。


 ――右。

 館の一階に伸びる通路があるも、そこに至るまでには悪霊たちがわんさかと待機中。


 ――左。

 天井の一部が崩れたのか、奥へと進む通路は瓦礫の向こう側。爆破して進むことも不可能ではないが、この古い館がその衝撃で壊れないかはわからない。


 ――上。

 巨大なシャンデリアの周りにも、やはり悪霊たちが存在している。しかも、あれを落っことされた日には、なんぼナンボでも洒落にならない。


 ――最後は正面。

 中段踊り場まで続く広い階段は、そこから左右に分かれて二階へと続いている。が、左の階段は崩れて使い物になりそうもない。そして、当然、悪霊の数は半端じゃない。


『ダレダ……、ダレカキタゾ……』
『ニンゲン、イキたニンゲンがキタゾ』

 侵入者に気づくと、相手は一斉に敵対心を剥き出し。

『コロセ!! イキたニンゲンはコロセ!!』

「やれやれ、しゃーない――」

 あとはお約束、戦闘開始だ!

「――このGS横島忠夫が、極楽にいかせてやる!!」


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 横島霊障対策事務所は、その日も平和な一日を送っていた。

「ねぇ、横島君! これこれ! 懸賞で一等ハワイ旅行ですって!」

「ううむ、あれをこうして……マリア、1バイトは何ビットだったかのぅ?」

「8ビット・です。ドクター・カオス」

 事務員として雇っている机妖怪の愛子は、仕事の片手間に女性週刊誌やら様々なメディアから面白そうな話題を探し、知恵袋であるドクター・カオスは相も変わらず妙な発明ばかりをする。人造人間のマリアも愛子に薦められたのか、文庫本を片手にカオスの話相手。

「へーわやなぁ」

 時刻は、午後3時を少し過ぎたばかり。窓から差し込む陽差しは相も変わらず暑苦しく、クーラーを付けて快適にしているからこそ、さらに怠けたいという欲求が強くなるのはある意味仕方がない。

 来客用のソファーに座り、思いっきりだれている横島を責める者は誰もいなかった。


 ――横島霊障対策事務所が設立されてから、はや2年と少し。

 業界に激震を起こした横島忠夫の独立は、今やすっかり過去の出来事となり、独立時に立ち上げた事務所もメンバーが4人に増え、どうにか一流の看板を上げながら仕事が出来る環境となった。

 独立当初は、美神令子から下請け的に回して貰える依頼が生命線であったが、2年も経つと横島霊障対策事務所を評価して依頼してくる新規顧客も随分と増えている。

 その一般評価はいまだ美神令子除霊事務所などの超一流には及ばないものの、業界内だけの評判でいけば既に肩を並べている。もっとも、それは独立前から美神令子除霊事務所のエースを張っていた横島自身の能力が、独立後も継続して最高ランクに位置していたからであるが。

 ともあれ、横島霊障対策事務所は一流のGS事務所として現在活動している。だから、当然急な依頼が入ることもあり――


 ジリリリリン♪ ジリリリリン♪

 アンティークブームに乗ったわけではなく、単にドクター・カオスの趣味で製作された事務所の黒電話が鳴る。デジタルが主流になっている現在、ドクター・カオスの無駄に高い技術力でデジタルからアナログに変調することなしに、デジタルのままアナログチックな会話が可能という妙なロジックが組み込まれた電話である。

「はい、横島霊障対策事務所で御座います」

 鈴を鳴らすような声で応対に出る愛子は、顧客からの評判もすこぶる良い。彼女の隠れファンもいるとかいないとか。

 メモを手繰り寄せ、依頼を受ける準備を整えた愛子だったが、スッと受話器を外して横島の方に向けた。そのまま「横島君に電話よ」と告げる声は、どことなく鋭い何かが混ざっている。

 受話器を受け取った横島が電話に出ると、聞こえてくるのは懐かしい声。

「横島クン? あんた、電話くらいもっと早く出なさいよ」

「あれ、美神さん。何かあったんですか?」

「なによ。何かなきゃ、私が電話しちゃいけないってゆーの!?」

「い、いえ!! そ、そんなことは!! いやー、麗しの美神さんの声が聞けて、ぼかー幸せだなぁ〜!」

「ったく。とにかく、手短に話すわよ。おキヌちゃんを指名した依頼が入ったんだけど、あの娘、ちょっと今は上手くネクロマンサーの笛を使えない状態なの。だから、あんた、代わりにお願い」

「やっぱり何かあったんじゃないスか……って! おキヌちゃん、どうかしたんですか!?」

「別にどうもしやしないわよ。ただ料理作ってる最中に、”誰かさん”の所為で火傷したらしくてねぇ〜。火傷自体はそう酷いもんじゃないけど、今日も笛を持つだけで痛そうにしてたから」

 ”誰かさん”という部分で思いっきり圧力のかかった声に、横島はただ誤魔化し笑いを続けるしかない。内心、『こりゃ、今度美神さん所に顔出した時……死ぬかも知れんな……』と思っていたとしても。

「報酬はいつもと同じ。あ、でも、おキヌちゃんの治療費も含めてちょ〜っと妥協してくれると、令子とっても嬉しいなー」

「わは、わは、わはははは!! も、もちろんっすよ、俺はいつでも美神さんの言うことなら何でも聞きますって!」

「……あんたねぇ、ますます女誑しぶりに磨きが掛かってない? 知り合いならまだしも、余所の女にそんなこと言うんじゃないわよ!?」

 その後、詳細は電子メールで送ると言って電話が切れた。


 ――つまりは、これは横島霊障対策事務所に対する依頼。

 受話器を戻すと、スッと横島の顔が引き締まる。頭の中で様々な情報を整理しつつ、事務所の責任者として各人に出す指示を考える。判断は一瞬。

「愛子、美神さんとこから事件の詳細が送られてくるから、メールで受信してプリントアウトしてくれ。たぶん俺はそっちに掛かりきりになるから、今ある依頼はカオスとマリアで頼む。もし遠出する必要があったら、しばらく納期の早い新規依頼はカットな。その辺の判断は任すわ、愛子」

「うん、わかったけど。依頼って、美神さんのところから?」

「ふむ。少々退屈しておったところだし、任されようでないか。のぅ、マリア」

「イエス、ドクター・カオス。任せて・下さい、横島・サン」

 多少憮然とした表情の愛子に「ああ、頼む」と答えて、近日中に横島が担当する予定だった仕事の資料をデスクから引っ張り出し、カオスとマリアに引き継ぎの指示を出す。

 にわかに忙しくなり始めた事務所内。

 これもまた、横島霊障対策事務所の日常。

 除霊・降霊・霊脈移転、妖怪退治に和解訴訟、神魔族にも協力可、余所のヘルプも万事OK。

 ようは、全ての霊障に対策致します。ご用の際は、横島霊障対策事務所へ――


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 『神隠し』

 子供などが不意に行方不明になり、探しても容易に見つからなかったり、茫然自失の状態で発見されたとき、それを天狗・迷わし神・隠し神など超自然的なものに隠されたと考えたもの。

 森羅万象、全てに神が宿るとする日本古来からの思想は、このような超自然的な何かによって良きも悪しきも人間に影響を及ぼすことがあると考えられてきた。

 美神令子からの依頼を受けた横島は、一つの不可解な思いに囚われつつも、すぐに準備を整えて現場である東北へと飛んだ。

 目的地は、世界最大級のブナ原生林が広がる白神山地。世界遺産にも登録されたその場所は、青森県の南西部から秋田県北西部にまたがる広大な山地帯の総称として知られている。

 あきた北空港からレンタカーで1時間と少し、国道7号線から101号線を通って青秋林道の起点を目指す。そこからさらに県境の山を越えて、青森県の深木居濡村へ向かう。

 深い山間を抜けて、一人車を走らせた横島はその間ずっと考えに考えていた。

(どうして、人が消えたんだ……)

 美神令子からの依頼は、深木居濡村で起こった”神隠し”の解決であった。しかしながら、従来の神隠しというのは、伝承にある通り、行方不明になった者もやがて帰ってくるのである。

 事務所で愛子にプリントアウトして貰った資料内容を、もう一度注意深く思い返す。

(年単位の行方不明者の数は、そう多くない。でも、帰ってきた者は一人もいないと。ここ十年だけで考えると、ちょうど十人が消えた。もちろん何の手掛かりも残さず、忽然と……)

 事件の概要を考えても、”神隠し”というのは的確な表現だろう。警察が捜査にあたって、それでも誰一人として発見出来ない。しかも、何故か毎年のように一人は確実に行方不明になる。

 だが、知識の絶対量が少ない横島では、これだけの情報で結論を出すことも、原因となる事象を推測することさえ出来なかった。

(あとは、現地で何処まで情報を集められるかだな)

 途中、何度か道に迷ってしまった横島が、深木居濡村に到着したのはすっかり日も暮れた時間だった。

 村の代表という老人に事情を説明し、”神隠し”についての情報収集を開始する。老人の対応はあっさりしていた。つまり、横島の手元にある資料以上のことは何もわからないと。

 その夜、宿泊先にと用意して貰った一室で、横島は資料を広げながら携帯電話を手に取った。現地でさえ情報が不足しているなら、遠方から取り寄せようという腹づもりである。

「もしもし?」

「あ、愛子か。俺だ、横島。悪いんだけど、ちょっと色々と調べて貰いたいことが出来たんだ」

「調べて貰いたいこと? 別に構わないけど、カオスさんもマリアちゃんも出張でいないわよ。私で出来ることなら、なんとかやってみるけど……」

「だーいじょうぶだって。何てったって、うちの事務所の名ハッカー様だからな。ちょちょ〜っと、GS協会のデータベースを覗いて貰いたいんだ。調べて欲しいのは、いくぞ〜、まず――」

「ちょ、ちょっと! 変な呼び方しないでよ! うん、うん、それから――」

「――ってところだ。夜中に悪いと思うんだけど、頼むわ」

「わかったわ。まぁ、どうせ眠れなかったし丁度いいわよ」

「サンキューな。愛してるぜ、べいべー、なんちて」

「もう! 馬鹿なこと言ってないで、ちゃんと依頼解決して早く帰ってきなさいよ!」

「へいへい、じゃあまた朝に電話するわ。頼むな、愛子」

 情報についての懸念事項をひとまず解決し、携帯電話をスイッチを切る。「おやすみなさい。……本気にしちゃうわよ、バカ」と続いた愛子の声は、オフ状態になった携帯電話から聞こえることはなかった。

 翌朝、愛子から送られてきた情報を携帯端末で確認し、再び横島は深木居濡村での情報収集に奔走した。村人からの信頼を得きらない状態では、そうそう有用な情報を得ることは出来なかったが、逆にそれが横島にとっては情報の一つになる。

 つまり、”神隠し”は起きていないと。

 東京からわざわざ出向いてきた、高額の報酬を必要とするGSに対して、村人が誰も協力的ではない。すなわち、それは外の人間に知られてはならない何かがあるということである。

(こーゆーのは、もはや推理でも何でもないよな)

 ”神隠し”というお触れで、GSに回ってくる依頼。しかも、依頼先がお金さえ払えば、ヤクザだろうが悪魔だろうが、どんな相手からの依頼でも受けるという美神令子除霊事務所。もちろん守秘義務だってきっちり守るからこそ、超一流を掲げているのだ。

(これだけピースが揃えば、俺みたいな馬鹿でもわかるって)

 ”神隠し”の根本的な原因を解決する気はなく、何か異常事態が起きている”今”だけを解決して欲しいというのが、おそらくこの依頼の本当の目的。

(”神隠し”ねぇ。生け贄にした人身御供を誤魔化すには、打って付けの言葉だこと)


 ――白神山地。そこには、マタギの伝説なるものが存在する。

 一人の男がいた。居濡村に住む腕利きのマタギだった。彼はいつものように二匹の猟犬を連れて、ナメクラ沢の特に険しい場所である”七崎の倉”へと向かった。

 しかし、その日に限ってさっぱり獲物が捕れない。不信に思った彼は、何気なく後ろを振り返った。そして、そこで木の陰に隠れた彼の女房を見つけたのだった。

 彼の女房は、いつも狩りへ出る夫が身なりを整えてから出掛けるのを見て、他に女がいるのかとヤキモチを焼いて後を付けてきたのだ。

 白神岳には、古来より身を清めてから山に入るという決まり事があり、同時に女人禁制であった。彼の女房が山に立ち入ったことは、大いなる山の神の怒りに触れた。

 突然の大嵐。暴風が吹き荒れ、雷が巨大なブナの木に落ちる。

 男とその女房は、すぐに山を駆け下りて命を取り留めた。しかし、その途中で姿を消した二匹の猟犬は、一匹が焼け落ちたブナの下に挟まり命を落とした。残された一匹は、息絶えるまで主を待ちつつ、死した相棒の側で吠え続けたという――


 今朝方、愛子から得た情報にあった伝説。行方不明になった者が、年齢は様々であっても既婚者の女であった事実。これら全てを総合して、ようやく横島にも事件の背景が予測でき始めた。

 始まりは復讐だったのか、それとも山の神の怒りを静める人柱だったのか。いずれにしても、既婚者の女を生け贄とする風習がこの村にはあったのだろう。そして、それはもしかすると、今現在でも行われていることなのかも知れない。

 だが、違う。違うのだ。

 神というものに少なからず接点のある横島は、山の神とやらがどんなものか推測が出来る。某大学のワンダーホーゲル部員のように、山を愛しているからこそ山の神たり得るのだ。

 ならば、その怒りを静めるためだったとしても、原因となった既婚者の女の生け贄など望んではいない。犠牲となった一匹の猟犬のために、相棒のため死すまで主を呼び続けたもう一匹の猟犬のために、ただ二匹の猟犬のために弔い、祀り、祈ればよかった。

(この村から人が消えるのは、”神隠し”なんかじゃない。生け贄にされた人間が悪霊になって、道連れにする人間を取り殺しているだけだ)

 自分の推理に、絶対の自信があるわけではなかった。もともと横島は、頭脳労働を得意としていない。しかし、妙な確信があった。霊能者の直感が、なぜか全身を奮い上がらせ、肌でその感覚が理解できる。

 だから、昨夜会った老人宅に押し掛け、自分の推理を告げて、この呪いのような根源を絶とうと、さらに山奥に存在するという古い洋館へと走った。

『……生け贄なんぞという風習があったのは、儂が生まれたばかりの頃、まだ大正の頃の話です。父に、何故自分には母がいないのかと詰め寄った。父は悔し涙を堪えながら、母が儂を産んですぐに村の生け贄となったと教えてくれたのです』

 当時、村の名士だった男の屋敷が、山奥にまだ残っていると聞いた。昔、生け贄を捧げていた社を取り壊して作った洋館が。その男が、骨董品集めを趣味とし、村の伝説にも残る猟犬の亡骸を保管していたとも聞かされた。

『知ってたんなら、なんで! なんで、あんたはもっと早くゴーストスイーパーに助けを請わなかったんだ!! そうすれば、助かった人だって!!』

『それでも! 儂は……怖かった……。この村が今まで大きな厄災に見舞われなかったのは、生け贄を差し出し続けているからだと……。』

 横島は走った。訳の分からない怒りを堪えながら、ギリギリと必死に歯を食いしばりながら。

(こんなの、俺のキャラじゃねーよ。でもな、生け贄だの”神隠し”だの、俺が! 絶対!! 終わりにしてやる!!)

 ただただ力の限り走り続けて――

「って、ここは何処じゃああああああああああああああ〜〜〜!!!???」

 とりあえず、迷った。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 玄関ホールを埋め尽くさんばかりの悪霊たちは、一斉に横島に対して襲いかかってきた。横島はそれらに真っ向から突っ込んで、霊波刀で切り裂き、”栄光の手”で握り潰し、サイキックソーサーを弾けさせた。

 美神令子除霊事務所にいた頃、数え切れないほど悪霊と相対した経験はある。独立後も様々な依頼をこなす中で、悪霊と出会わなかったことの方が少ないくらいだった。

 しかし、今日の相手ほど生々しく感じた相手はいなかった。どんな姿になろうとも、アレは――彼女たちは、生け贄とされ、無念の果てに憎しみに囚われた女性たちだ。世の無常に絶望し、幸せを願った希望と未来を壊され、成仏さえ出来ぬ呪いに掛けられた哀れな被害者たち。

 視界に入る全ての悪霊を消滅させたとき、横島の胸にあったのは無性の悔しさだけだった。

 誰が悪かったとも言えないし、皆が悪かったとも言える。

 発端となった村の人間達は既に鬼籍に入っており、その後も忌むべき風習を続けた者達も同じくして現世にはいない。残っているのは、過去の贖罪に付き合わされた被害者たちの霊と、口をつぐむことでしか自分を守れなかった弱い人間達だけ。

「……ついでに、わかっていながら放置していた、俺達ゴーストスイーパーってな」

 館の奥に進む道は、二カ所しかない。一階の右手に進んでいくか、階段を上って二階の右へ行くか。

「どちらにしても、右ってことか」

 横島は迷うことなく、一階の右手に向かって足を進めた。時折、悪霊が襲いかかってくるものの、冷静に対処して滅していく。扉があれば警戒しながら中へ入り、悪霊を倒しては、また通路を進む。

 幾つかの扉をくぐり、何個目かの窓を超えた先は行き止まり。だが、横島は行き止まりになっていることを理解しても、しばらくその場を離れることは出来なかった。

 なにやら胸騒ぎがする。この場所を離れてはいけないような、そんな不思議な感覚を肌で感じる。

「もしもーし、誰かいませんかー?」

 ほんの少しだけ、横島は何かを感じ取ることが出来た。それは懐かしいような、何処かで出会ったことのあるような気配。ジッと周囲を見つめて、ようやく気づく。

「かなりちっちゃいけど、人魂かな。つーことは……」

『伝』

 右のポケットから奥の手――文珠を取り出して文字を込める。それはどれほど不条理だったとしても、結果だけを導き出す奇蹟の霊能。

「俺はゴーストスイーパーの横島忠夫っていうもんスけど、俺の声が聞こえたら返事してくれませんかね?」

『…………ダレ?』

「意識がある。あの、良かったらなんですけど、話だけでも聞かせて貰えませんか?」

『……ナゼ? ワタシは、もう死ンデイル。アナタと話スことナンテ、何もナイ』

「いやー、でも、ほら! せっかくお近づきになれたんだし、ね? ね? 名前だけでも〜〜」

『……サツマ』

「サツマさんっすか。年は? 彼氏は? もしかして、彼氏募集中!? おおー、だったら俺、立候補しちゃいますよ!!」

 ヒートアップして、散々にわめき散らす横島。彼のセンサーは非常に優秀だった。サツマと名乗った人魂は、徐々に形をなして妙齢の美女の姿へと変貌する。

『……もうツガイがイル』

「ツガイ? もしかして、犬プレイっすか!? こ、こんな美女と犬プレイ!? だ、誰だ、そんな羨ましいことをしてるやつぁあああああ!!」

『……アナタ、何?』

「言ったでしょ、GS横島忠夫。まー、わかりやすく言っちゃうと、成仏のお手伝いさんってところかな。この館にいる、たくさんの霊が成仏するお手伝いに来たんだ」

 ケロッと態度を変えて、表情もキリリと引き締める。横島としても、さっきの冗談はあくまで霊の興味を惹くための演技でしかない。多分に彼の本質が混じっていたとしても、それはそれ、これはこれ。

「他の霊はみんな悪霊になってたけど、あんただけはまだ意識があるようだったから。未練があるなら俺が聞くから、もう……無理せずに成仏してくれて大丈夫……」

 彼の目には、この美女の霊体がどれほど弱っているのかが明確にわかっていた。今にも分解して他の悪霊に取り込まれそうになるほどに、美女の霊体はボロボロになっている。

「何が、あんたをそこまでさせるんだ? 俺はまだ未熟かも知れないけど、でも出来る限りのことはしてみせる。約束する! だから、教えてくれないか?」

 目の前の美女は――いや、一匹の犬の霊は、来世への生まれ変わりすら不可能になるほどに、激しい損傷があちこちに見られた。

 例え文珠を使っても、魂を補填することは出来ない。それは、ほぞを噛む思いだった横島自身の過去に、十分過ぎるほどに理解している。

 もう一刻の猶予もない。これ以上、霊体を損傷すれば、一個の魂として存在が確立出来なくなる。それは悪霊を消滅させるというレベルではなく、完全なる個の消失に他ならない。悪霊は消滅させても成仏するだけだが、魂が消滅するというのは生まれ変わりすら許されないということなのだから。

 横島は焦っていた。

『…………カレを、オ願イ』

「何処にいる?」

『……ココの下。ズット、木の下敷キ。助ケテ、助ケテアゲテ!』

「わかった。絶対に、絶対! 俺が助ける! だから、任せてくれ!!」

『ゴ主人様を呼ンデモ、助ケに来テクレナイ。助ケテ!!』

 悲痛な叫び、命を削る遠吠え。

 それが横島の心に強く強く響いてくる。

「どけよ、このクソ家!!」


 込めた文字は、『爆』『守』の二文字。


 全てを封じ込め続けた館の『爆』砕。己と、叫び続けた彼女と、待ち続けた彼の『守』り。


 横島の持つ奇蹟の霊能は、どれほど不条理であっても結果だけを導き出す。


 強く強く思いを込めた文珠は、一瞬で館を爆砕させるだけの強大な威力を持ち、それでも守りたい対象だけをどれほど無茶でも守り抜く。


 ――後に残ったのは、瓦礫の山と地中に埋まっていたであろう一本の巨大な大木。

 その根元には、一匹の犬が居た。ずっと、もう長い間、主人を待ち続けた犬が居た。

 深く木に挟まれ、泣き濡れたもう一匹の犬に顔を舐められながら、横たわったままの――


『浮』

 ゆっくりと、大木が宙に浮く。

『成』『仏』

 そっと、優しい光が包み込む。


 背を向けて歩き出した横島には、二匹分の元気な遠吠えが聞こえた気がした。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「あれ、美神……さん? それに、おキヌちゃんも」

 深木居濡村から車を走らせ、あきた北空港に辿り着いた横島の目に飛び込んできたのは、軽装のまま旅行鞄を持った美神令子と氷室キヌの姿。

 横島の姿を見とめると、小走りでおキヌが近寄ってくる。

「横島さん!」

 トンっと軽い衝撃の後、おキヌが抱きついてきたのだと横島は理解した。

「へ? あれ、えっと、おキヌちゃん?」

「……今回はご苦労だったわね、横島クン。あんたに依頼回してからね、こっちでも一応情報だけは調べてたのよ。で、ある程度状況の推測が立ったから、私達もこっちに来たの。その様子だと、依頼は達成してきたんでしょ?」

「ええ、そりゃまぁ」

 令子の言葉、ジッとしていると感じられるおキヌの涙。見てみると、令子は少しだけ後悔したような、でも、いつもより優しげな表情をしていて、おキヌはギュッと横島を抱きしめてくる。

「……さすがっすね、美神さんは。現地にいなくても、そこまでわかっちゃうなんて」

 ようやく横島にも状況が飲み込めた。

 二人は、横島のことを心配して、遠くは秋田の空港まで迎えに来たのだ。今回の依頼がどんなものであったのか、令子には正確に推測出来たのだろう。だから、わざわざ来た。東京や向こうの空港ではなく、あきた北空港まで飛行機に乗って。

「本当はね、この手の依頼には複数人数で当たるのが当然なのよ。死ってヤツは、簡単に人を引きずり込むの。ましてや、それが長い歴史の上に築かれた怨念のような代物なら余計にね」

「……そうっすね」

「だから、私のミスよ。急な依頼をあんたの所に回せば、横島クン一人で行くことになるなんて分かりきってたことなのに」

「横島さん、大丈夫でしたか? 辛くなかったですか? 私が火傷なんかしちゃったばっかりに、ごめんなさい……」

 後悔を表情にさえ出す令子と、涙を浮かべながら謝罪の言葉を繰り返すおキヌ。こんな時、横島の取るべき行動は、やはり一つしかない。

「こ、これはもう愛の告白としか!! 非情な仮面を脱ぎ捨てた女王様と、健気で純真な巫女さん! くぅ〜〜、どっちも捨てがたい! いや、捨てることなんてないじゃないか!! 両手に花が俺の好みだし、このままもー横島ハーレムを築くしかな――」

「アホか、おどれは〜〜!!」

「ひぃ〜、堪忍やー! ハーレムは男の夢なんやー! 仕方なかったんやー!!」

「み、美神さん!? お、落ち着いて〜! 周りに人が、警察の人も〜!!」

 ストレートで吹っ飛ばし、倒れ込んだところにストンピングの雨あられ。周囲のギャラリーは増える一方、傷害事件かと騒ぎ立てる警察官たち。

「ちっ、逃げるわよ! 横島ぁ!!」

「りょ、了解っす。おキヌちゃん、こっち!!」

「えっ、あの、きゃー!!」

 すかさず逃亡を図る令子と、どうにか立ち上がって走り出す横島。おキヌは横島に抱き上げられ、恥ずかしいやら嬉しいやら。

 風のように見事な逃亡劇を演じた三人組は、いつかの光景と同じで騒動を拡大しながら何処までも行く。


「あ、そうそう。今回の旅費は横島クン持ちね」

「へっ、俺っすか?」

「あったり前でしょう。誰のために、わざわざ東北まで来てやったと思ってるの? 最高級の旅館に泊まるつもりだから、そっちもよろしくね〜」

 ホホホと満面の笑顔を浮かべるのは、もちろん美神令子。

「なんでやー!? わい、今回頑張ったのに〜!?」

 悲しいのか面白いのか、微妙な表情で泣き笑うのは横島忠夫。

「た、大変でしたよね、横島さん! あの、今夜は私が頑張りますから!!」

 なんとか慰めようとしつつ、天然ボケをかますのは氷室キヌ。

「ちょっと、おキヌちゃん! それってどーゆー意味かしら!?」

「ええっ!? その、意味なんて、だから……あの……」

「み、美神さん!! 前、前から、警察隊が!?」

 あの日、三人が出会ってから、もう五年の月日が過ぎていた。

 横島忠夫は独立して一国一城の主になり、美神令子は三人の卒業生を事務所から送り出した。それでも、例え何年経ったとして、氷室キヌの言葉通り。

『私達はいつでも一緒なんです』


 ■ 今そこにある明日 起章 ■ <終>
 ―― Get up, and it is the future ! ――


<あとがき>

Night Talkerの皆様。はじめまして、野島 大斗と申します。

こちらで皆様のお話を拝読させていただき、是非自分も投稿してみたいという意欲に駆られて、少しばかり皆様のお目汚しをさせていただいております。

投稿作は四編程度の中編として考えておりますが、どの程度の速度で、または最後まで続けられるか不安も抱えつつ、マイペースでやっていこうかと思います。

尚、作中の地名や設定などは全てフィクションと考えて下さい。未熟者ですが、どうぞ今しばらくの間、よろしくお願いいたします。

管理人様、もし何か不備が御座いましたら、指摘していただけると幸いです。

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