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「歩む道異聞(夢見せ屋)(GS)」

テイル (2006-08-08 03:16/2006-08-08 03:23)
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 三人の少女が連れ立って歩いていた。みんな同じ制服を身につけている。
 知るものがその制服を見れば、それが名門、六道女学院の制服だとわかるだろう。しかしさすがにその三人が、六道女学院の中でも特殊な霊能科に属しているとまではわかるまい。
 GSの卵である三人の少女は、楽しそうに会話しながら歩いていた。
「いやー、今日も終わったねぇ。明日から三連休だな。よっしゃ、遊びにいくかー」
「一文字さん……連休明けにテストがあること忘れてません? 筆記ですから、あなたの頭じゃしっかりと準備なさっていた方が良いでしょう。いい気になっていると後悔しますわよ?」
「まあまあ。少しぐらい良いじゃないですか」
 楽しげに言った金髪娘に、まじめそうな少女がじとりとした視線を向ける。そしてその間に挟まれていた少女が、にこやかにとりなした。
 三人は妙な組み合わせだった。不良っぽい雰囲気を持つ少女に、優等生然とした少女。まるで水と油だが、二人の間に軋轢のようなものはない。かつて存在したそれは、柔らかな笑みを浮かべている少女によって取り除かれている。さながらその少女は、石けん水と言ったところか。
「駄目ですよ、おキヌさん。そうやっていつもいつも甘やかすから、毎回泣きついて来るんですから」
「なー! あ、あたしだって何もやってない訳じゃないぞ!? ちょっとその、頭より、身体動かしている方が性に合っているというか……」
「GSになるには知識も必要なんです。いつもいつも真っ正面からぶつかればいいわけではないんですわよ? 相手の力があなたより上だったら、それで終わりでしょう?」
「わ、わかってるよ。だからあたしだってさー」
「わかってない。人間は腕力ではなく、知識や知恵で栄えた種族なのです。それなのに一文字さんと来たら……」
 呆れたように肩を竦める弓を見て、一文字はむっと来た。
「頭を使えない猿だってか? ……へー、じゃああんたの彼氏も猿だよな。猪突猛進の単純馬鹿」
「なんですって!?」
 弓が一文字を睨む。
「あなたみたいに人外を彼にしているような方に、そんなこと言われたくありません!」
「あんだと!?」
 おキヌを挟んで、二人は火花を散らせた。
「あいつはあいつで、良いところがいっぱいあるんだ! 図体の割には周りに気を遣うし、優しいし」
「あなたこそ、雪之丞をよく知りもせず猿呼ばわりするなんて。彼はあれで良いんです! いつも単純なぐらいにまっすぐなところが、いいんです!」
 歩きながら口舌をかわす二人を見ながら、おキヌは困ったように笑っているだけ。止めようとはしない。
 なぜならこれは、ある意味単なるのろけだからだ。夫婦げんかと同じぐらい、犬も食わない。なんだかんだと彼氏の自慢を始め、最後は照れくさそうに笑って終わる。毎度のことだ。放っておけばそのうち収まる。
 青春だなぁと苦笑するおキヌには、しかし彼氏がいない。
 小さく呟く。
「私も彼氏が欲しいな。んーん、彼氏がというより、横島さんが欲しいな。……きゃっ、私ったら、もう!」
 相変わらず言い合いをする二人に挟まれながら、おキヌは身体をくねらせた。
 それはいつも通りの日常だった。
 友人と楽しく過ごす時間。
 自分の恋人の話で興奮する時間。
 思い人に思いをはせる時間。
 それは特別な霊能科に属する彼女達の、平凡で幸せな日常。
 しかし往々にして、そういうものは突如として失われる。
 ……今回がそうだった。
「あれ?」
 最初にその事に気が付いたのはおキヌだった。彼女達が向かう少し先に一台のワゴンが止まっている。そのワゴンから、不意におキヌは言いようのない不安を感じたのだ。
 何か変だ。
 歩調が乱れたおキヌに二人はすぐに気づいた。先に進んでしまった為、二人はそろって振り返る。
「? おキヌさん。どうしたの?」
「顔色悪いぞ?」
 その時だった。
 弓と一文字が振り返るのを待っていたように、ワゴンの扉が開いた。そこから現れたのは五六人の男達。手にロープとスタンガンを持っている。
 振り返っていた弓と一文字は気配に振り返った。そして自分たちに迫るものを見て、即座に反応する。
「なんですか、あなた達!?」
「やるってのか!?」
 弓と一文字は、突き出されたスタンガンをかわしつつ距離を置くように飛び退いた。二人とも霊能力はおろか単体戦闘能力も高い。
「あ、あ、あ」
 反応できなかったのはおキヌだった。距離はあったし時間もあった。それでもおキヌは動けない。
 男達の目を見てしまったからだ。
 おキヌとて修羅場は潜っている。殺気をぶつけられたこともあるし、敵意をぶつけられたこともある。しかし男達が発していたのは、そういったものと違った。
 そこに見えたのは圧倒的なまでの害意だった。ただ傷つけてやろうという想いだけに溢れていた。あり得ないのは、そこに敵意がないことだった。
 敵意もないのに、害意だけがある。それはなんという非人間的な想いだろう。非動物的な思いだろうか。
 なまじ感じ取れてしまったことが不幸だった。これまで経験したことのない恐怖が、おキヌの身体を硬直させた。
 気づいた時にはスタンガンが腹部に当てられていた。
 そして衝撃。
 おキヌの意識は途切れた。

「おキヌさん!」
「てめえ!」
 弓達が叫んだ時、既におキヌの意識はなかった。
 スタンガンを受けて力無く倒れたおキヌの身体を、当のスタンガンを使った男が受け止める。そして片手で支えつつスタンガンをしまうと、代わりにナイフを取り出した。
 躊躇無くおキヌの首に刃を当てる。
「動かない騒がない……死んじゃうよ?」
 ナイフを当てた男が、黄色い歯をむき出しにして笑った。
 スタンガンは電流を流す装置だ。心臓に悪いと死ぬ危険もあるが、改造でもされていない限り殺傷能力は低い。つまりおキヌは生きている。
 しかし男は殺傷能力の高いナイフに持ち替え、かつその刃を急所に当てた。
 それはもう、いつでもおキヌを殺せると言うことだ。そして男の発した警告は、いつでも殺すという意思表示だ。
「お前ら、正気かよ……」
「正気だよん」
 一文字の言葉に男はさらに笑みを深くするが、その言葉は嘘だと弓は思った。
 脅しとは思えない狂気が、その目には宿っていた。絶対に正気ではない。人間にとって大切なにかがこいつ……いや、こいつらの中では壊れてしまっている。
 おキヌが向こうの手に落ちた時点で抵抗は封じられた。叫んで人を呼ぶにも、なにをするにしてもおキヌの命が危険だ。
 数人の男達が弓と一文字の元に走り寄る。その手にはロープが握られており、何をしようとしているのかは一目瞭然だ。
 捕まるのは仕方がない。とにかくおキヌの近くに行くのが肝心だと弓は思った。
 捕まっても自分たちには切り札がある。霊能という切り札が。それを使えば、こんなちんぴら達を叩きのめすなど造作もない。
 無抵抗に立つ弓の身体に、男の一人がロープを巻き付ける。
 その瞬間、弓にとって想定外のことが起こった。ロープが触れた場所から、霊力が押さえ込まれてしまったのだ。
「な!?」
 呪縛ロープだった。霊を縛る力を持つロープは、霊能力者の能力を縛ることもできる。
 氷よりも冷たい怖気が弓の背中を走った。こんなものを用意しているということは、自分たちの素性が知られているということだ。以前から準備をしていたということだ。そしてそんな相手に、今捕まろうとしている。
「っ!」
 捕まったら最後だ。そう弓は直感的に悟った。
 即座に弓は抵抗するべく動こうとした。しかしその時にはもう、その腹部にスタンガンが当てられていた。……霊力で防御は出来ない。
 衝撃が走った。しかし弓は気を失わなかった。力なく膝をつきながら、一文字を見る。
 一文字は殴られていた。怯んだところをスタンガンで気絶させられ、男に担がれた。見ればおキヌもいない。既にワゴンの中だろう。
「こいつ、抵抗しようとしやがった。勘は良いよな、やっぱ」
「最後のチャンスだったよなぁ。でも俺達の勝ち」
 軽口をかわしながら、男達が手早く弓を担ぐ。
 抵抗はおろか、声も出せなかった。弓はあっさりとワゴンに乗せられ、扉が閉められた。霞む視界に、意識を失った親友達がかすかに見えた。
 自分は……自分たちはどうなるのか。朦朧とする頭で弓は考える。
「楽しい時間がやっと来たぜ」
「おう。楽しませて貰おうか、たっぷりとな……」
 男達の下卑た声が聞こえた。……ろくな事にはならない事だけはわかった。
 弓は唇を動かした。
 雪之丞――。
 かすれた息だけが僅かに漏れ……弓の意識は闇に沈んだ。

 ――そして、彼女達を絶望が襲った。


「うわああああっ!」
 雪之丞は悲鳴をあげながら跳ね起きた。同時に放電現象すら起こるほどの霊力が両手に収束する。そして彼は、今にもはじけそうな霊力を両手に込めたまま周囲を見回した。全身に汗をかき、その呼吸は荒い。
 雪之丞が寝ていた部屋は暗かった。天井にわずかな光がともる電灯が一つ。それ以外は彼が寝ていたベッドがあるだけで、他に調度品の類はない。部屋自体もさして広くはなかった。
 質素かつ簡素な部屋だ。どちらかというと小さな箱に近い。
 そしてその小さな部屋には、雪之丞の他にもう一つ人影があった。
「過激なお目覚めだねぇ」
 のほほんとした口調で影はつぶやき、目の焦点が合っていない雪之丞は怒鳴る。
「奴らは! 奴らはどこだ! 殺す……殺してやるっ!」
「興奮しない興奮しない。落ち着く落ち着く。おーお、物騒な両腕だこと」
 諸手を上げながら、影はゆっくりと雪之丞に近づいた。
 影は黒いフード付マントを身につけていた。口元を布で覆っていて目元しか見えないが、体格と声は男のものだ。
 男は炸裂しそうな霊力に怯えることなく、無造作に雪之丞に手を伸ばした。その手がわずかに雪之丞の頬に触れる。次の瞬間、雪之丞がはじかれたように男を見た。
 雪之丞の空ろな目に、光がともってくる。同時に殺気は薄れ、両手の霊力が拡散していく。
 やがて完全に霊力が散った後、雪之丞は言った。
「おめえは……」
「目の焦点があったな。気分はどうだい? 少々混乱していたようだが、大丈夫かな?」
「じゃあ、ここは?」
「夢見せ屋……僕の店さ。ひと時の幸せな夢をプレゼント。君が見た夢は、君を幸せにしそうかい?」
 雪之丞の顔に理解が広がる。
「全部……全部夢か!」
 この店を見つけたのはある仕事を済ませた帰りだった。商店街の裏道を歩いていたときだ。
『幸せな夢を見ませんか?』
 小さな看板を掲げた、やはり小さな店を雪之丞は見つけた。
 それだけだったなら、雪之丞もただ通り過ぎていただろう。しかし霊能力者である彼は、店の中から漂う濃密な霊力を感じ取ってしまった。本物であると、気づいてしまった。
 だから彼はこの店に訪れた。幸せな夢を見たかったからだ。失ってしまったあの人が出てきてくれるかもしれない。夢だからこそ……失ってしまった最愛の母親に、もう一度会えるかもしれないと思ったのだ。
 しかし実際に彼が見たのは、恋人が絶望とともになぶり殺しにされる悪夢だった。助けたくてもできず、目を背けたくてもできず、耳をふさごうとしてもできない。起こってほしくない最悪の出来事を、彼は無理やり見せられた。
「て、めえええぇ!」
 雪之丞は片手で男の胸倉をつかんで宙に浮かせた。その身体は感情に引きずられたか、すでに魔装術が発動している。雪之丞の殺気にあふれた霊気が、小さな部屋を荒れ狂った。
 普通の人間はおろか、並みのGSでは太刀打ちできないほどの巨大な霊圧。そんな強大な力を持つ雪之丞の怒りと殺気をぶつけられて……しかしマントの男は平然としていた。
 それどころか、不思議そうに首をかしげた。
「おや……何を怒っているんだい?」
「あんなものを見せられて黙っているとでも思ってやがったのか!? 何が幸せな夢だ! この嘘つき野郎……てめえはただじゃすまさねえ!」
 ぎりぎりと締め付ける力を強くする雪之丞。
 しかしマントの男はやはり平然と、宙に浮かされたまま腕を組んだ。
「怖いなぁ。……でも嘘は言ってないよ? どんな夢を見たのかはしらないけどね、それは幸せな夢なんだよ」
「まだ言いやがるか!」
「本当さ。みんな感謝していくんだ。そりゃ中には君のように怒る奴もいるけどね、大体みんな満足して帰る。……例外は話を聞いていかなかった人だけだね。そういう点でいうと、君はラッキーだ」
 雪之丞には男が何を言っているのかわからない。もうわかりたくもない。
 怒りのままにぶん殴ろう。そしてとっとと帰ろう。帰って忘れよう……あんな胸糞悪い夢は。
 雪之丞はこぶしを振り上げた。
「君が見た夢はね、予知夢だよ」
 雪之丞の動きが、ぴたりと止まった。
 男は雪之丞の様子には頓着せず、淡々と続ける。
「君の行く先に、確実に起こる未来。君がもっとも心を痛める未来。君が見たのは、そんな未来さ」
 雪之丞は震えていた。
「起こる……あれが……? かおりは……っ!」
「そしてここからが重要。君が見たのは未来の出来事だ。ここで夢など見なかったときの、未来の出来事さ。しかし君はここで夢を見た。未来で起こる絶望の宴を知った。……でもその宴は、現時点では起きていない」
 男の言わんとするところが、じわりと雪之丞に染みこんでいく。
 このままでは確実に起こる未来。しかし起こることがわかっているなら、対策を採ることは出来る。
「……そう、か」
 あの悪夢の未来は変えられる。今ならまだ……。
「見た夢が悲惨であればあるほど、見る価値のあるものなのさ」
 男の言葉に、雪之丞のからだから力が抜けた。魔装術も解ける。
 地面に降りた男は、喉を抑えながらわざとらしい咳をした。しかし雪之丞は何もいわなかった。代わりに懐から財布を取り出すと、数枚の紙幣をベッドの上に放った。
 雪之丞は視線を男に向けた。
「礼を言うには胸糞悪すぎだ。だから、礼はいわねえ……」
 雪之丞の殺気がこもった眼光が男を射抜いた。先ほどよりも鋭さはないが、代わりに氷の冷たさが宿っている。これならば先ほどの眼光のほうが、まだ人間味があった。
 雪之丞は感情のない目を男から逸らした。彼が氷の目を向ける相手は他にいる。そこへ行くために、雪之丞は部屋の外へと踵を返す……。
 雪之丞が部屋から出て行った後、その後姿を見送った男は一人頭を掻いた。
「気合入ってるね……」
 雪之丞がどこに何をしにいったのかは、考えるまでもない。
 彼が見た悪夢……その原因を叩き潰しに行ったのだろう。
「こりゃ、死人が出るかな?」
 男は困ったような口調で、しかし面白そうな光をその目に宿らせながら呟く。
 その時、一人しかいないはずの部屋で、男の呟きにぞっとするような声が返ってきた。
「それは、ないな……」
 男は驚きながら肩越しに振り向いた。


 いつのまにか、背後に男が一人立っていた。
 夢見せ屋の主人と似通った姿をした男だった。同じように黒衣のマントにフードをかぶっている。
 相違点はフードから覗く顔色だ。死人のように青白く、とても人間のものとは思えない。
 夢見せ屋の主人はじわりと笑みを浮かべた。
「おやおや、これはこれは。君のうわさは聞いているよ。だが、まさかここに来るとは思わなかった。元気そうで何よりだね……横島くん。いや、魔人といったほうがいいかな?」
 魔人横島。
 それはある世界で闇にとらわれ、全てを敵に回した横島。魔族として覚醒し、世界に反旗を翻した。
 元々強大な霊力を持ち、加えて特殊な文殊を操り、かつ魔神アシュタロスの娘、ルシオラの霊気構造を取り込んだ彼は強かった。とてつもなく強かった。
 人間では止められなかった。人間だったときに親交の深かったGS達……世間からは一流の誉れ高い彼らも、皆横島を止められなかった。皆……殺された。
 神族も魔族も同じだった。彼の知り合いの神魔族を始め、彼の手にかかった神々は両手両足でも足りない。時には上級神魔族すら、その命を刈り取られた。
 横島の力の源泉は絶望であり、憎悪であり、諦観であり、そして怒りだ。
 彼は世界を終わらせようとした。理不尽で救いのない世界は、終わらせてしまったほうがまだましというものだ。存在しなければ、そこに苦しみはない。
 だから横島は暴れた。殺したし、破壊した。類まれな才能と力をそのためだけに費やし、彼は世界の敵としてその力を振るった。
 しかしそれでも届かなかった。
 世界は強大であり、それを守護する力は絶大であった。創造神はおろか、最上級を冠される神魔族にも、勝つことはできなかった。
 故に……彼は力を求めた。そしてその為に、彼は己の世界を飛び出て旅をはじめた。
 己と同様の運命に喘ぐ同胞を探し、更なる力を得るためにだ。
 魔人はフードをはずすと、にぃと笑った。
「下らん言葉遊びか? そんなことをしても意味はないだろう。なあ、もう一人の俺……」
 夢見せ屋の主人は肩をすくめると、魔人と同じくフードをはずした。口元を覆っていた布も取る。
 そこから現れたのは魔人とよく似た顔だった。人をやめた魔人とは雰囲気が違うが、もし彼が魔族になったなら、魔人と同じような顔になるだろう。そんな顔だった。
 夢見せ屋の主人……彼の名も、横島といった。
「夢見せ屋か。面白いことをしているようだな。見せるのは未来の夢、か? 」
「そう謳ってはいるね。だが厳密にいうと未来というわけじゃないんだな、これが」
 横島はベッドに置かれた枕、その下に手を入れた。そしてそこから一冊の本を抜き出す。
 それは漆黒の本だった。どこまでも黒く、そして暗い本だった。
「ほう?」
 魔人が感心したようにうなずく。
「黒の本か。一度見たことがある。……なるほど、内包される無数の横島が経験した数ある未来、それを見せているのか」
「それでどう転ぶかは、それを知ったもの次第ってところだ。積極的に誰かを助けようとは思わないが、きっかけぐらいは与えてみようか……って、そういうスタンスなんだ。ま、単なる自己満足さ」
 横島はベッドに腰掛けると、膝の上に黒の本を置き、バンバンとたたいて見せた。
「俺のように異世界を旅しつつ、色々とやっている奴は結構多い。かつての知り合いを助ける事を目的にしている奴もいれば、この本や俺のように気ままにやっているやつもいる。……そして、おまえも旅をする内の一人ってわけだ」
「俺はお前のように薬になるようなことはほとんどしないがな。俺の目的はただ、俺と同じような奴を探して融合することだ。俺が元いた世界を壊すためにな。だが、なかなかいない」
 魔人はじっと横島を見た。
「お前もすでに人間辞めてそうだが、俺とは相容れないだろうしな」
 横島は肩をすくめた。
「そりゃ残念だったな。じゃ、望みはこの世界の横島か?」
 魔人は首を横に振る。
「それもない。すでに確認した」
「ほう。どうだったんだ?」
「この世界の横島の隣には、ルシオラがいた。……そういう世界なんだろう」
「……そりゃあ、幸せな奴だな」
「間違っても悪鬼にはなるまい。それ以前に、霊気構造を取り込んでいないのだから魔族化もしないだろう。つまり、俺がこの世界にいる理由はない。お前という存在を感じ取ったから少々より道をしたが、そろそろ次の世界に行くさ」
「わざわざ寄り道してくれたのか。そりゃどうも」
「単なる好奇心だ」
 魔人の手に文珠が現れた。身に纏う魔力と同じように、黒く染まった文珠。
 横島は訊ねた。
「そう言えば聞いていなかった。雪之丞の件だが……」
 死人は出ない……そう魔人は言った。その理由を聞いていない。
 魔人は思い出したように頷くと、口を開く。
「ああ、それは簡単だ。あいつか殺そうと向かった相手は、既に死んでいるからな。俺がこの手で片づけた」
 魔人の顔に酷薄な笑みが浮かぶ。
「異なる世界を訪れる度、まずやるのがそれだ。奴らだけは、俺の手で殺すことにしている。他の誰にも……譲らん」
「そうだったか。まあ、あの経験をした奴には共通の想いかもな。……実際に殺ってるの見たのはあんたが初めてだけど」
「そうか」
「ではな、もう一人の俺。無限に存在する異なる世界で、再び会うことがあるか疑問だが……縁在ればそれもあろうよ」
 そして文珠が発動し、魔人は消えた。
 静寂が部屋を包んだ。
 やがてその静寂を、こらえきれないといったような笑い声が破った。
『くくく。くははははは。はははっは』
 部屋にいるのは横島と一冊の黒い本だ。そして静寂を破ったのは本の方だった。
「いきなりどうした。何がおかしい?」
『これが笑わずにいられようか。奴は、魔人は己と同じような境遇を経て、同じようになった存在を探しているのだろう? そしてその鍵となるのは、おキヌ達の無惨な死だ。他にも要因はあろうが、最も大きなものの一つだ。それが運命に対する絶望と憎悪を誘った大きな理由であるはずだ!』
「そうだろうな」
『しかしあいつは言った! 自らその可能性をつみ取っていることを口にした。異世界を訪れ、先ずすることが奴らを殺すことだと言った。はははははっ! これが笑わずにいられようか。なんたる矛盾か! 己の望む存在を探しながら、その存在が生まれないように動いている。なんたる道化か! くはははは!』
 横島は笑う漆黒の本に視線を向けた。
「難儀だね。こいつも、あの魔人も……そして俺も」
 本の嘲笑を聞きながら、彼はそう呟いた。
「まあ、皆それぐらいはわかっているだろうけどさ」
 それでもそうせざるを得ない。そんな奴らばかりだ。
 しかしこんな自分たちの存在によって、救われているもの達もきっといる。そうも彼は思う。
「この世界の雪之丞は、幸せな人生を送れるかな?」
 そうだといい。それは偽らざる気持ちだった。
 笑い続ける黒の本を枕の下に突っ込むと、彼はベッドに横になった。
 そしてゆっくりと目を閉じる。
 枕の下、すぐ耳元で訊ねる声が聞こえる。
『くくくくく。この状態で寝るのか?』
「いい夢が見たいのさ」
 本に答えると、横島はゆっくりと目を閉じた。


 あとがき。

 予告よりだいぶ時間が空いてしまいました。
 申し訳ござらぬ……。
 が、とにもかくにも、これで異聞も終了です。
 長い間おつき合いくださいました方々、誠に感謝感謝でございます。

 それでは、機会があればまた。

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