まえがき
お久しぶり、でもありませんがまたお邪魔させていただきます。
今回のは再構成でたぶん中編くらい、前作「GSルシオラ?」とは全く関連はありませんです。主人公は一応横島君ですが、話の展開や順番などは原作とは違う部分があります。
あとタイトルの「カプリス」というのは「奇想曲」という意味です。
では本編をどうぞ。
『光と影のカプリス』
小竜姫が美神の影法師(シャドウ)に手をかざすと、そいつは光の塊のような姿になってまばゆい輝きを放射した。
「まぶしい……」
「サイキック・パワーの総合的な出力を上げたんです。あらゆる点で、これ以上の力を持つ者はごくわずかなはずです」
思わず目を腕でかばったおキヌに小竜姫が解説を加える。金と奸智で第3の試練を突破した美神が手に入れた新しい力だった。
「あ、そういえばこの人も……」
がさごそと物音が聞こえた方に目を向けた小竜姫の視界に入ったのは、ようやく気がついて起き上がってきた横島忠夫とその影法師。
(考えてみれば、これだけ完全な自我を持った影法師というのも珍しいですよね。それにかなり加減したとはいえ超加速に追いついてきたあのスピード、やはり素質があるのかも知れません)
いろいろと問題はあるが、面白そうな素材であるのは確か。ド素人で未成熟だが、それだけに大化けする余地は大きい。
小竜姫はすっと横島の影法師に歩み寄って手をかざした。
「これはサービスです。あなたも試合に参加していたわけですから、受け取る権利はあります」
小竜姫の掌から放たれた波動が影法師に吸い込まれる。美神のときは外見的には光を放っただけだったが、今回はその形状すら変化させた。
なんと手足と胴体が伸び、3頭身だったのが7頭身で横島より頭1つ分小さいという程度の体格にまで大きくなったのだ。顔は仮面に隠されたままで見えないが、お笑いっぽい雰囲気は影をひそめて落ち着いた感じになっている。
「やっぱり……!」
小竜姫が思わず唸って瞠目する。やはり最初の見立ては正しかったのだ!
美神たちも驚いて影法師を注視するが、影法師は自分でもその変化が信じられないのか、己の両手を見つめたまま身じろぎもしない。
やがて無言のまま横島の体内に吸い込まれるようにして姿を消した。
「えっと、もしかしてこれで俺も霊能者になったとか……!?」
横島が期待に満ちた面持ちで小竜姫に訊ねる。小竜姫は軽く首をひねって、
「それはどうでしょう。確かに霊力は上がりましたが、それを引き出すのはあくまであなた自身です。つまりあとは横島さんの努力次第ということですね」
「さ、さいですか……」
横島はがっくりと肩を落とした。
結局美神のキスはお流れ、小竜姫のサービスとやらも目に見えるご褒美ではなかった。働けど働けど……横島はさっきの影法師のように己の手を見つめたが、それで現実が変わるわけでもない。
しかし、それは彼が気づいていないだけ。ささいなきっかけで起こった変化は、ある時系列とはまったく違った方向に彼を進化させていく事になるのだが、それはいまだ予兆すら見えぬ時のかなたにあるのだった。
事務所に帰った美神は、さっそく修業の成果を試してみた。
神通棍を握って霊気をこめる。
「へえ……確かにパワーアップしてるわね。結構ヤバい橋渡ったけど、やっぱ行って良かったわ」
神通棍の輝きが違う、感じるパワーも段違いだ。これならこの前不覚を取った悪霊程度、一撃で両断することができるだろう。
「……で、横島クン。あんたはどうなの?」
傍らで自分と同じように神通棍を握っている丁稚に声をかける。
悪戦苦闘しているのは一見して分かったが、得物にぜんぜん霊気が通っていないこともまた一目瞭然であった。
「……ま、しょせんあんたはその程度ね。竜神様といってもたまには目利き違いもあるってことか」
「うわーん、青い海なんて大っ嫌いだあーーー!」
横島は目の幅涙を腕で拭いながら逃げ出した。
その日の夜。美神達はさっそく依頼を受けて某百貨店の店内にいた。
「ひええっ、人間がマネキンに……」
「久しぶりにホラーな感じの事件ね」
店員や客が彫像のように固められ、動かなくなっているのだ。見た目は横島が言った通りマネキンそのものである。被害者からはかすかにオーラが出ておりまだ生きてはいるが、放っておけば数日ともたずに死んでしまうだろう。
犯人はマネキンが突然動き出したものだという。
「動き出したマネキンはここにあったものと思われます」
美神達を案内してきた百貨店の担当者がそう言うと、美神はしばらくそこを観察していたが、
「ライトの配置がまずかったようね。偶然できた図形が魔法陣になって下等な悪魔を召喚したのよ」
「そ、そんなバカな……!?」
担当者は真っ青になったが、そこに誰かの悲鳴が届く。美神たちが駆けつけると、現場検証に来ていた警官が驚愕の表情のままでマネキンにされていた。
「しまった、あいつまだ店の中に!? ここはプロに任せて全員店の外に出るのよ、早く!」
「「は、はいっ!!」」
美神の指示で中に残っていた店員と警官たちが店外に脱出する。横島もどさくさに紛れて逃げ出そうとしたが、美神に襟を掴まれて失敗した。というか何しに来ているのだろうかこの男は?
「手はずは分かったわね? 私は1階から上へ、あんたたちは最上階から下へ調べて回る。見つけたらすぐに私に知らせて後はおキヌちゃんに任せるのよ!」
美神は二手に分かれて探し出すという作戦を採用したようだ。トランシーバーを片手に上階にいる横島に指示を下す。
「……言われなくてもそーします」
横島は憮然とした顔つきでそう答えた。はっきり言って怖かったし、そもそも横島には悪魔を倒す手段など無いのだ。
「OK! 始めて!!」
という美神の合図で横島とおキヌは最上階のおもちゃ売り場を歩き出した。
しばらくしたところで、不意に照明が落ちて真っ暗になる。どうやら停電のようだ。
横島が仰天して腰を抜かしていると、さっそく美神からの指示が飛んで来た。
「ヘタに動くと危険だわ。おキヌちゃん電源室を見て来て!」
「はいっ!」
「そ、その間俺は1人っスか!?」
ただでさえひとけのないデパートは不気味なのに、今は真っ暗、しかも歩くマネキンがどこかに潜んでいる。こんな状況で1人っきりにされてはたまらないが、現実問題として雇い主の指示は的確で文句のつけようはなかった。
やがて暗闇に目が慣れてきた横島が周囲をよく見てみると、そこは女性用の下着売り場。いつもはとても楽しい場所だが、今はなまじ色っぽい分よけい不気味で怖かった。
「で、こっちは家具売り場か……」
高級そうなベッドが置いてあるのを見た横島がぽつんと呟く。
いきなり掛け布団の中にもぐりこんで、
「寝れば怖くないっ! 朝まで布団かぶって寝てしまおう!!」
不真面目なことに任務を放棄して現実逃避を図ったが、そうは問屋が卸さない。
「添い寝してあげようか、ぼうや……?」
なんと、すぐ隣から女性用の下着だけを身につけたマネキンが話しかけて来たのだ!
「んぎゃああぁああぁぁあっ!?」
横島が絶叫してベッドから飛び退く。
霊力が上がったのに付随して身体能力も向上したのか、横島は自分の顔を掴もうとするマネキンの手をすんでの所で避けることができた。
「に、逃げなきゃダメだ逃げなきゃダメだ逃げなきゃダメだ……!」
どこかのパイロットとは逆の台詞をうわごとのように繰り返しつつ、犬のように四つん這いになってずざざざざっと逃亡を図る横島。しかし暗い百貨店の中とあって商品にぶつかりながらだから、そのスピードの割に距離は取れない。
伸びてきたマネキンの手がヴヴヴッと鈍い音を発しながら紅い光を放つ。この魔力を人間が食らうと強力な金縛りで人形同然にされてしまうのだ。
横島はその手首を蹴って致命の一撃をかわし、さらにごろごろと転がって逃げ回る。
さて。横島は神通棍は使えないし、お金のかかるお札も持たせてもらっていない。要するに素手である。トランシーバーはベッドの中に置き忘れて来てしまった。それでこの場を切り抜けるすべはと言えば、
「おがーん、美神さはーーーんっ!」
と泣き叫んでもずっと下の階にいる彼女に声が届くわけはない。しかしこれ程の恐怖を味わいながらも時給255円で丁稚を続けているのだから、ある意味大したものではある。
壁に追い詰められていったん立ち上がった横島にマネキンの魔の手が迫った。
「や、やっぱり自分で何とかするしかないのか!? ちくしょー、出ろっ! 何でもいいから出ろや俺の霊能力ーーー!!」
小竜姫は自分には素質があると言った。だからこそ「サービス」をしてくれたのだろう。ならばせめて、今ここでそのカケラだけでもいいから出て来てほしい。こんな所でこんな気味の悪いマネキンに人形にされておしまいだなんて、どう考えても人生元が取れてなさすぎるじゃないか―――!
「まだ死にたくないーっ! (ピーッ)のままで死ぬのは嫌だーっ!! つかどーせ死ぬんならせめて美神さんの胸の中でーーー!?」
叫ぶ横島。実に彼らしいと言うべきか、その思考はどこか別の次元にまで飛んでいた。
が、それが逆に良かったのかも知れない。
恐怖は人間を萎縮させ、その能力を著しく低下させる。そして横島の煩悩は人並み外れて盛大だ。つまり実に都合のいい事に煩悩で恐怖が忘却されたことで、萎縮した精神が一瞬普段以上に高揚したのである。
その落差が奇跡を生んだ。
「まったく、情けないな。わめいている暇があったら足を動かして逃げればいいものを」
というあきれた声とともに横島をかばうようにして降り立ったのは、白い仮面に道化師帽子、和装をまとったやや小柄な人物。小竜姫によって成長した彼の影法師だった。最初に言った「何でもいいから出ろや俺の霊能力」が発現したのである。
「お、おまえ、影法師か!? そっか、これが俺の霊能力なんだな!?」
「ああ、小竜姫殿に出力を上げてもらったおかげだな。もともと自我があったからでもあるが」
横島の問いに律儀に答える影法師。成長したせいか話し方がだいぶ変わっている。声質も変わっていたが、テンパっている横島はそれには気づかなかった。
「そ、そっか。えっと……戦ってくれるんだよな?」
横島が影法師の背後からおずおずと訊ねる。
妙神山ではかなり頼りなかったが、パワーアップした今ならそれなりにやれるかも知れない。自分の命令を聞いてくれるかどうかは分からないが、本体が生命の危機なのだから逃げ出したりはしないだろう。
「ああ。それが私の存在意義だからな」
影法師は当然のように答えた。
正確には『能力を表現すること』である。彼は『力』が人格を持った存在であり、画家が絵を描いたり武道家が技を練ったりすることと同じく、その能力を行使すること自体が喜びなのだ。妙神山ではそんなこと少しも考えていなかったが、小竜姫の波動を受けた影響は彼自身が思っているよりはるかに大きかった。
影法師が滑るような足取りでマネキンに接近する。彼は美神のそれと違って普通に空を飛ぶことができるが、地上戦をするなら地面を蹴って加速をつける方がやりやすい。
マネキンは知能が高いのか低いのか、いきなり現れた謎の存在の正体を訝ることもせず、近寄ってくる敵に向かって文字通り人形じみた動きで腕を伸ばした。
「―――遅い」
影法師がそれを払いのけようと自分も手を伸ばす。が、スピードはともかくパワーは大幅に劣っていたらしく、腕を払われたのは彼の方だった。
「……あれ?」
影法師は打ち負けた事が不思議そうな様子だったが、それでもとっさに後ろに跳んで次の攻撃を避ける。今度は身を低くしてマネキンの斜め前から懐に入り、人間で言えば肝臓の辺りに鋭いフックを叩き込んだ。
明らかに素人の動きではない。しかし彼には決定的に足りないものがあった。
―――ぐき。
「いってぇぇぇぇ!?」
横島が悲痛そのものの叫びを上げる。影法師が受けた衝撃はそのまま本人に伝わるのだ。今回は何かこう、手首が変な方向に曲がったような痛みだった。
要するに影法師にはマネキンの身体を砕くだけのパワーがなく、逆に手首を痛めてしまったというわけである。
影法師は今度はマネキンを蹴飛ばしていったん間合いを取ろうとしたが、飛ばされたのは彼の方だった。背中から横島にぶつかり、勢いに押された横島も壁に背中を打ちつけた。
「こらぁ影法師! てめぇちっともパワーアップしとらんじゃねーか!!」
横島が吼えたのも無理はない。仮にも竜神様から力を授かったというのに、マネキンごときに手も足も出ないとは何事か。
「うむ、あれは見かけより強いな」
淡々と答える影法師の言葉に、横島のなけなしの勇気はごく簡単に消し飛んだ。
「ちくしょー、やっぱ俺に才能なんてないんや! 一生バイトで荷物持ちがお似合いなんやー!!」
何か妙な野望を抱いていたようだが、それもあっさりかなぐり捨てて逃げ出す横島。影法師があわてて追随する。
「待て横島。強いとは言ったが勝てないとは言ってないだろう」
「……え!?」
横島が首だけ影法師に向けた。ちなみにマネキンはもちろん2人を追いかけて来ているから、話すのは走りながらだ。
「私が弱いのは、おまえが私を使いこなせていないからだ。力をぜんぶ出せれば、『今の私でも』あの程度の魔物を倒すのは造作もない」
「え、マジで? で、どーすりゃいいんだ!?」
「ふむ……」
横島はぱっと表情を明るくしたが、影法師は逆に考え込んだ。
横島が修業を積んで美神や唐巣のような優れた霊能者になればいつでも影法師=本人の霊能力を100%引き出すことができるだろうが、それは遠い遠い未来の、あるいは永遠に来ないかも知れない将来の話である。
今すぐできることはと言えば。
「精神を集中しろ。気合を入れろ。小○宙を燃やせ! おまえのテンションが上がれば私の力も上昇するのだ」
力を行使して敵を倒すのは影法師サイドでやれるから、力の大元である横島には自分を高めてもらうだけで良かった。
「よし、精神集中だな。いくぞ、はああああーーっ!」
マネキンの方に向き直ってばしっと構えを決める横島。しかし分かりきった事ながら、彼がこのようなやり方で霊力を高める事は不可能だった。
「……悪いが全然高まっていないぞ」
「ひーーーーっ!?」
無駄な作業の間に追いついて来たマネキンに横島が再び背を向ける。
逃げ足の速さだけは自信があった。こうなったら何とか下の階まで逃げ延びて美神に合流するしかない。
影法師は彼の隣を飛んでいる。全速力のようだが、それで横島が走るのと同程度のようだ。それより問題はこみ入った暗い店内で、どこに階段があるのか分からない事だった。
「……はあ、こうなったら仕方ないな。横島、こっちを向いてくれるか」
「何だ?」
横島が顔を向けると、影法師が仮面と帽子を外す。意外や意外、その下にあったのは目の覚めるような美しい少女の顔だった。年のころは15歳くらいか、練り絹のようなつややかな肌と森の奥の湖のような澄んだ瞳が印象的だ。帽子の中にしまってあったらしい流れる黒髪は腿の辺りまで届いていた。
なぜこうなったかと言えば、やはり小竜姫の波動が原因である。小竜姫が女性神であること、横島の影法師が未成熟で可塑性が大きかったこと、霊能や霊感というのが元々女性的な素養であること、といった事が要因となって横島の女性原理、つまり横島の潜在意識下にある女性像が投影されたのだ。ただ小竜姫の影響の名残として、その頭には2本の角が生えていた。
「お、おまえ、女だったのか!?」
「……」
驚く横島には構わず、影法師が無言で少年の手をとって己の胸に押しつける。
「……え」
横島が脊髄反射で『それ』を軽く握りしめると、『それ』はふわっとやわらかい弾力を返してきた。何度か事故で(?)触れたことがある美神の胸のようなダイナマイツではないが、それでもCカップはありそうで形も良さそうないい乳である。霊体だが。
影法師が頬を朱に染め、恥ずかしそうにうつむいた。
「も、もしかしてもう死んじまうから最後の手向けって事か? なら遠慮なくーーー!!」
今がどういう状況なのかをきれいさっぱり忘れ去った横島が野獣の本性をむき出しにして影法師に襲い掛かる。しかし横島が抱きしめようとした瞬間、『彼女』の姿はその場からかき消えた。
「え?」
何だよぬか喜びさせやがってーー!と横島が文句をつけようとした時、当の影法師は自分達を追っていたマネキンの真後ろに立っていた。彼女の動きがあまりに速すぎて横島には見えなかったのである。もちろんマネキンにも。
マネキンはうつ伏せに倒れていた。額が割れて後頭部が陥没しているところを見ると、組み敷くと同時に掌底か肘でマネキンの頭を床にたたきつけたのだろう。
「思った通りだ。ものすごい気迫だったぞ、横島」
そう言って微笑んだ影法師の表情は横島でなくても見惚れるくらい魅力的だったけれど、その直前に行った殺人的な所業を見れば、気安く声をかけようなどとは思わないかも知れない。
しかしやっぱり横島は横島なわけで。
「こらー影法師! てめえ俺の純情を手玉にとってもてあそんだんだな! 慰謝料としてその乳を心ゆくまで揉ませてもらおーかっ!」
動かなくなったマネキンに片足を乗せて立っている影法師に向かって手をわきわきさせながら吶喊する横島。いつの間にか彼女の服装が変わっていることを疑問にも思わない。
黒い地に白いラインが入ったウェットスーツのような感じで、前の和装に比べるとだいぶ動きやすそうだ。それは横島の霊能がまた1歩成長した証なのだが、彼にとってはボディラインがはっきり見えるえっちな服という以上の意味はなかった。
ところで影法師も好きであんな事をしたのではない。妙神山では美神のキス目当てでシンクロできたから、そういう方法ならテンションが上がるだろうと思っただけである。お互い生命がかかっていたし。
だから彼女がやる事は決まっていた。ちと理不尽な気もしなくはないが、
「自分の霊能に欲情するなぁぁぁっ!!!」
抉るように打つべし!とばかりに腰の入ったパンチをまともに食らって、哀れ(でもないが)横島は血の海に沈んだのだった。
―――つづく。
というわけでタイトルの「影」は影法師の影です。「影」ということで性別も逆、性格的にも横島君の反対でそれなりに真っ当です(ぇ
……というかあの性格のままじゃどうにもなりません(爆)。
あと実験的に行間を取ってみましたがいかがでしょうか?
前作以上におバカな話になりそうですが、寛大かつ軽い気持ちで読んでいただければありがたいです。
ではまた。