戦いは終わった。
塔の外で待っていたシロタマ・ステンノと一緒にトライキャメランXに帰投する横島たち。
しかしまだ後始末が残っている。
その1つ目は、ベスパ・パピリオ・土偶羅とついでにハニワブラックの処遇だった。
カメ型兵鬼の一室で、ルシオラは蛍華とともにこの世界での妹たちと向かい合っていた。2人の隣には神魔界の代表として小竜姫とワルキューレが陣取っている。
他のメンバーには席を外してもらった。部外者がいると話がしづらいだろうし、万が一ということもある。ヒャクメが「私も関係者のはずなのね!」とわめいていたが、2つ目の理由にふれてアウトだった。
「……今あんたたちがこうしてるって事は、アシュ様は負けたってことかい?」
昆虫箱から解放されたベスパの第1声がこれである。自分は不覚を取ったが、アシュタロスが負けるわけはないと思っていた。しかし小竜姫やワルキューレは逃走して来たようには見えない。
「そういうことよ。アシュ様の望み通りにね」
「……そうか」
ルシオラが最初に現れた時のアシュタロスとの問答を鑑みれば、「望み通り」という彼女の台詞が嘘でないのは明らかだ。それにベスパは薄々ながら、アシュタロスの本当の望みが普段口に出している通りのものでない事を察していた。南極に来た後、彼にはまるで自分が倒されるのを望んでいるかのような発言が見られたのだ。
その真意を話してもらえないのは寂しかったが、それでもついていく覚悟ではあった。だがそのアシュタロスが滅びてしまったのではどうにもならない。
しかしルシオラや小竜姫たちを恨む気にはなれなかった。敵としてではあったが、愛する人の願いをかなえてくれたのだから。
もちろん復讐などする気はない。胸の中に大きな穴がぽっかり開いてそんな気力もなかったし、憎しみとか復讐とか言う話なら、逆天号の攻撃で殺された人々の縁者たちこそ、それを語るに相応しいはずだから。
「で、なんでルシオラちゃんがそっちにいるんでちゅか!?」
パピリオが当惑した様子で率直な疑問を口にする。
自分達は捕虜になったが、待遇はよかった。ハニワブラック以外は拘束もされていないし、卓袱台の上には蜂蜜やらチェルノ(以下略)やらが置かれている。そもそも自分達が殺されていない事も含めて、未来から来たというルシオラの厚意によるものだろう。
しかし彼女はともかく、自分の姉であるDルシオラがなぜに彼女や神魔族と並んで卓袱台の向こう側にいるのだろうか? そちらは敵側の席ではないか。
蛍華が苦笑して、
「……ええ。それには深いわけがあるの」
「「「……どんな?」」」
パピリオとベスパ、土偶羅が思わず身を乗り出す。
「自分に正直に生きようと思ったの。たとえアシュ様と敵対してでも……まあアシュ様の本当の願いは教えてもらったし、監視ウイルスも除去できるって聞いた上での事なんだけど……ただの道具とはいえ心を持って生まれてきたんだから、それは大事にしたかった。それだけが、間違いなく私のものだって言えるたった1つのものだから」
ベスパ達は固唾を飲んで蛍華の話に耳を傾けている。彼女にそれほどの決意をさせたのはいったい何だったのか?と。
「未来から来た私に聞いたのよ。アシュ様の望みのこと、もし彼女が来なかったなら私が歩んでた道のこと。そして、自分の命をささげてでも守りたかったもの―――向こうの部屋にいるヨコシマのことなんだけどね」
「……って、要するにオトコかい!」
ベスパが激しく咆哮した。前置きは大層なものだったが、結論は非常に情けない気がする。しかも何か、その未来から来た自分と同じ男に惚れたってか!? いいのか、それで?
まあメフィストも人間の男に惚れて逃げたと言うし、そう不思議なことではないが……。
「……ま、それは責めないよ。ルシオラもそれなりに考えて決めた事なんだろうしね。でも私も土偶羅様もパピリオも、あんたが神魔族に捕まってひどい目に遭ったんじゃないかって心配してたんだよ」
「そーでちゅ! あれから何も連絡ないから不安だったんでちゅよ」
「とゆーわけで、ちょっとぐらい仕返しさせてもらう権利はあるかと思うんだ」
ゆらりと立ち上がったベスパとパピリオがまとっている鬼気を感じて、蛍華は思わず座ったまま後ずさりしていた。
「ちょ、ちょっとベスパにパピリオ。暴力は良くないわ、話せば分かると思うの」
「「問答無用!!」」
妹2人の拳骨を脳天に受けた蛍華が卓袱台に突っ伏した。
「……まあそれはそれとして、ベスパ、パピリオ。おまえたちが望むなら、ウイルス除去と寿命延長の手術をしてあげるけど……どうする?」
蛍華がリタイアしたので、ルシオラが話の続きを引き継いだ。これをしなければ2人はあと半年かそこらで死んでしまう。初めからそのように創られていたのだ。
「寿命延長?」
「ええ。おまえたちはアシュ様の命令で行動してたわけだから、余計なこと言ったり逃げ出したりしなければ死刑にまではならないわ」
『前』はベスパは魔界軍入りが認められたし、パピリオは妙神山で保護監察処分となった。『今回』も復讐とか脱走とか不穏な言動さえ見せなければ、そう重い罰にはならないだろう。
ルシオラとしてはそれが分かっていたからこそ3人を助けるという選択肢があったのだ。
すると蛍華が突然むっくり起き上がって、
「小竜姫とワルキューレにも確認したから、これはまず間違いないわ。だから、おまえたちにも生きる目的を見つけてほしいの。アシュ様に与えられたものじゃなくて、自分の意志で、ね。
もちろん無理にとは言わない。アシュ様に殉じるっていうのなら止めないわ。
……どうする?」
蛍華はできればこれからも姉妹3人で仲良くしたかったが、2人の行く末はやはり2人が自分で決めることだと思う。自分がそうしたように。
「寿命延ばしたら、大きくなれるんでちゅか?」
パピリオはこちらの世界でも動物(?)を飼っていた。心理的な代償行為として動物を飼うほどに、成長ということに対して関心というか執着があったのだ。
その疑問に答えたのはルシオラ。
「なれるわよ。パワーは下がるし、魔族だから犬や猫みたいにすぐってわけにはいかないけど」
「そーでちゅか……」
パピリオがちらっとベスパの顔を見上げる。
ベスパのアシュタロスに向ける感情が一般的な忠誠心とは違うものだという事くらいはパピリオも気づいていた。主のいない世界に彼女は希望を持たないかも知れない。
が、パピリオとしてはせっかく助かったのに死に別れなどしたくなかった。
そのすがるような視線に気づいたベスパがぼりぼりと頭をかいて、
「分かったよ。せっかくそっちのルシオラが助けてくれたのにくたばっちまうのも何だしね。
で、結局私たちはどうなるわけ?」
1番説得が難しいと思われていたベスパが意外にあっさり寿命延長も神魔族からの処分も受け入れたことに、蛍華が喜んで彼女の手を握った。
「多分おまえたちは妙神山で保護監察処分になるはずよ。私はヨコシマと一緒に住むけど、必ず会いに行くから」
何か聞き捨てならない事を蛍華は当然のように言ったが、ルシオラは平気な顔をしていた。
代わりに申し訳無さそうな顔で割って入ったのは小竜姫である。
「あの、蛍華さん。盛り上がっている所を悪いんですが、あなたも同罪なんですけれど……」
「……え?」
蛍華がぎぎーっ、と壊れかけの人形のような動作で小竜姫の方に顔を向ける。
ルシオラがくいっと紅茶の残りを飲み干し、今さら何を、と言わんばかりの口調で追い討ちをかけた。
「当たり前でしょう。情状酌量はマシになるかも知れないけど、無罪にはならないわよ。ま、妙神山だったらたまにはヨコシマも連れて行ってあげるから安心しなさい」
蛍華は途中で抜けて味方になったとはいえ、神魔族の拠点を破壊した実行犯である事に変わりはない。ベスパやパピリオよりは罰は軽くなるだろうが、無罪放免にはなるまい。
『前』の南極戦の後ルシオラが美神事務所に住めたのは神魔界とのチャンネルが回復していなかったからで、今は状況が違うのだ。
「は、謀ったわねこの女狐ーーー!!」
ルシオラは未来の記憶を持っているのだから、その気になれば蛍華たちが拠点襲撃を始める前に対応する事もできたはずだ。それをせずあえて破壊を許したのは、ここまでの遠謀があってのことだったのか―――!
蛍華が真っ赤になって叫んだが、ルシオラは軽く受け流した。
「それは考えすぎよ。いいじゃない、3人で一緒に暮らせるんだから。確か『前』は小竜姫さまの弟子になって修行と妙神山の再建っていうのがノルマだったわね」
「……。な、仲間でも自分でも、絶対に許さない! 受けなさい、執念を超えた私の怒りを!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて下さい蛍華さん!」
ルシオラに飛びかかろうとした蛍華を小竜姫があわてて後ろから抱き止める。
「何もずっと監察処分のままってわけじゃありませんから。真面目にしていればいずれ人界に住めるようにもなりますよ。ステンノさんやエウリュアレさんっていう前例もありますし」
「え……ホントに?」
人界に住める、と聞いた蛍華がもがくのを止めて小竜姫に聞き返した。
「ええ。決めるのは私じゃありませんから具体的なことは言えませんけど、あなたのケースならせいぜい数年くらいじゃないかと。逆に横島さんに妙神山の管理人補佐に就職してもらうという手もありますし」
後半はルシオラには聞こえないよう、蛍華の耳元にこそっとささやく。蛍華はにっこり頷いて、取って付けたような反省の言葉を口にした。
「そうね。やっぱり罪は償わなきゃいけないものね」
「……?」
ルシオラはいきなり掌を返した蛍華の態度に不審なものを感じはしたが、どう追及すべきか言葉を選んでいたところへ邪魔が入った。
「……で、わしらはどーなるんじゃ?」
「うむ。まったく、この西魔界の闘犬、戦士ハニワブラック様をさしおいていつまでもうだうだと。英雄に相応しい待遇を早いとこ用意せんと、安楽椅子で昼寝し殺すぞ」
今まで放置プレイされていた土偶羅とハニワブラックである。彼らは絶対忠実を『プログラムされた』兵鬼であるために、懲役の類は意味がない。危険あるいは使い道がないなら廃棄処分、そうでなければしかるべき部署に回されるだろう。
この2人の場合はアシュタロスの死後のことなど何もプログラムされていないので、悲しむとか怒るとか報復するとかいう反応は見られなかった。
「土偶羅はジークが欲しがるだろう。ルシオラと3姉妹が神族寄りだからそうするとバランスが取れるしな。しかしお前は……」
ワルキューレがハニワブラックを見て嘆息する。彼は固いだけで目立った取り柄がない。霊波砲を撃てるといっても、それには多大な霊力源が必要だ。何より態度が悪すぎる。しかし廃棄というのも何だか気が進まなかった。
「ま、土偶羅の付属品ということにしておくか」
「ふ、付属品だと!? 貴様このハニワブラック様の類稀なる実力をまったく把握しておらんのか!?」
「まあまあ、落ち着くでちゅよブラック」
不当な扱いに抗議を始めたブラックの頭をパピリオがつかんで止める。それを見てルシオラは当初にいだいた疑問を思い出した。
「そう言えばパピリオ。ハニレンジャーっておまえが提案したの?」
「そーでちゅよ。アシュ様も面白がってまちたけど。そー言えば未来のルシオラちゃん、爆発がロマンってどーゆーことか分かりまちゅか?」
「……」
やっぱりか。あのとき目をそらしてたし……。
まあ、今さら何も言うまい。
その頃、別室の横島たちはすっかりできあがってしまっていた。
別にアルコールなど入っていないが、これで世界は救われた、むしろ自分達が救った!という事実がようやく感動をともなって実感できてきたのである。
「それもこれも先輩の力あってのことですよね。やっぱりすごいですーー!! 愛してます先輩!」
むぎゅーっ、と横島に抱きつく京香。おキヌが負けじと反対側からしなだれかかった。少年の首すじにすりすりと頬を寄せる。
愛子は出遅れたが、それでも彼の正面の席を確保して満足そうだ。いわゆる「あーんして」攻撃である。
「うはははは、余は満足じゃー!」
美少女3人に囲まれて横島はご満悦だった。キヌ京をしっかと抱き返し、その上どさくさにまぎれて京香の胸をさわったりしていたが、おキヌにはしない所を見ると一応理性は残っているらしい。
「やれやれ、手がつけられないね」
「いいじゃないですか。これで宿題が終わったんですから、はしゃぎたくなるのも無理はないですよ」
部屋の隅であきれているステンノに、エウリュアレがくすっと笑ってフォローを入れた。ちなみに戦いで疲れたのか美神もステンノの隣でぐてーっと寝転んでいる。騒がしい従業員どもから保護してもらっているようだ。
「それもそうだね。ところであんた着替えたのかい?」
「メイド服っていうそうです。そろそろ夕食の時間なので支度の手伝いを」
誰がどこから調達したのかは不明だが、エウリュアレはロング丈のエプロンドレスでぴしっと決めていた。黒に近いワンピースと純白のエプロン&メイドキャップのコントラストがあざやかだ。長い蒼髪はポニーテールにまとめている。
ベスパ達の手前祝勝会とはいかないが、彼女達の歓迎の意味もこめて今夜はちょっとばかり豪勢に、という趣向にしたのだが、その準備要員が(戦闘に参加しなかった)シロタマとヒャクメだけと少ないので、エウリュアレも手伝うことにしたわけだ。
蛍華によると、ベスパ達もタンパク質や蜂蜜以外食べられないというわけではないらしい。
「でも横島さんはやっぱりこういう露出の少ない服は好きじゃないみたいですね」
愛子同様MVPに対するサービスのつもりだったのだが、意中の少年はそういう趣味はなかったらしい。あのときもキスしそこねたし、本日はどうも不調だ。
「……まあ、いいけどね」
ステンノは深入りを避けた。
「じゃ、また後で」
シロとタマモがまたケンカしている。ヒャクメでは止め切れないようだ。
「先生たちはお疲れでござるからな。お肉様をたんと食べて栄養を取ってもらうでござるよ」
「だからって肉ばかりでどーするのよ! 疲れてるからこそ食べやすいキツネうどんで決まりでしょ」
「それではベスパ殿たちへの歓迎の気持ちが伝わらんでござろうが、このアホ狐!」
「何ですって、このバカ犬!」
「お、やる気でござるか、女狐のくせに」
「……ほんとに飽きませんね、あの子たちも」
エウリュアレはそう苦笑して仲裁に戻って行った。
場面は変わって、日本国東京都にあるオカルトGメン日本支部、兼対アシュタロス特捜部の事務所で。留守番役の西条輝彦はとある若い(?)女性からの電話を受けていた。
「はい、オカルトGメンですが」
「私、竜村 姫子と申しますが、対アシュタロス特捜部の美神隊長はいらっしゃいますか?」
聞きなれない女性の声に西条は一瞬返答をためらった。この微妙な時期に、まして初めて名を聞いた相手にうかうかと内情を話して良いものではなかろう。
「……隊長はただいま留守にしております。ご用件なら承りますが」
「では西条さんか唐巣さんは」
「西条は僕ですが……」
西条がそう答えると受話器の向こうの声はやや明るくなって、
「そうですか、では偽名を使う必要はありませんでしたね。失礼しました、妙神山修行場管理人の小竜姫と申します」
「え、小竜姫……様!?」
西条も名前ぐらいは知っている。霊能者にとって最高峰の修行場と、そこを管理する武神。思わず背筋を正して声色も改めた。
「失礼しました、オカルトGメンの西条輝彦と申します。
今ご連絡をいただけたというのは、やはりアシュタロスの件でしょうか?」
ていねいな物腰だったが、美智恵の行き先についてはまだ明かしていない。小竜姫と名乗る者が本物であるという証拠はないからだ。
しかし受話器の先の女性はそんな事を気にした様子もなく、
「はい、吉報ですよ。アシュタロスは私たちが退治しました。美神さんも近日中に日本に戻りますので、まずはご連絡をと」
「え……本当ですか!」
西条が弾んだ声で聞き返す。何しろ素直に信じるのがためらわれるほどの吉報だ。
「ええ。南極にあった核ミサイルの発射装置は破壊しましたし、潜水艦の乗組員も正気に戻っているはずです。妨害霊波の影響はまだ残っていますが、それもじき消えるでしょう」
「そ……そうですか。ありがとうございます!!」
どうやら余計な心配だったようだ。西条は喜色満面で頭を下げたが、そこで小竜姫はちょっとすまなさそうな口調になった。
「それでですね。少しばかりお願いがあるのですが」
「はい、どういった事でしょう」
「アシュタロスの部下も逮捕したのですが、彼らはおそらく死刑にはなりません。それでたまに人界に出る事があるかも知れませんので、GS本部に手を回して彼らが除霊されたりしないようにしてほしいんです。むろん破壊活動などしないよう、きちんと指導はしますので」
蛍華はともかくベスパとパピリオは結晶を探す過程で人界にもだいぶ顔を見せている。今後のことも考えれば、面倒ごとの芽は摘んでおくに越したことはない。
「え、それは……」
西条はすぐには頷けなかった。世界GS本部が除霊処分を決定しているものを、彼の一存で簡単に覆せるものではない。
「建前ならありますよ。『彼らは半強制的にアシュタロスに加担させられていたのであり、今回の事件解決に当たっては大きく貢献した。GSは現在進行中の具体的害ありと認める霊的存在に対してのみ攻撃を行うもので、過去の罪を問うことは業務に含まれない。神魔族の手で更生が進んでいることも考慮すると、彼らを特に危険視する必要はもはやないと思われる』というのはどうでしょう」
小竜姫が述べたのは、『前』に西条がルシオラを赦免して横島とくっつけるために使った論理を一部焼き直したものであった。同一人物が考えた理屈だけに、『今回』の西条にも反論の余地がない。仮にも神様にここまで言われては拒む理由はなかった。
「わ……分かりました、やってみましょう。しかしもう少し具体的な経過が分からないと難しいのですが……」
「そうですね。その辺りは日本に帰ってから詳しくお話しましょう。では私はこれで」
「はい、本当にありがとうございました」
西条はそう礼を言って電話を切ったが、何故か胃が痛くなるのを抑えることはできなかった。
その直後、西条は美神と話をさせてもらうことも忘れていた事に気がついたが、それはもう後の祭りである。
西条はまずGS本部とICPOに潜水艦の件の真否を確認した。それを聞いてからでなければ美智恵たちには報告できない。
やがて小竜姫の話が事実である旨の連絡が入る。西条はさっそく美智恵に第一報をいれた。
「そう……良かった。人類も娘も助かったのね」
美智恵が心から安堵した様子で深く息をつく。無駄足になってしまったが、大きな被害も出さずに事件が解決したのは何よりだ。
アシュタロスを倒す方法については人には言えない覚悟を固めていたのだが、それをやって娘を悲しませずに済んだこともうれしい。
(敵もろともどこかの時空に消し飛ぶなんてしたくないものね)
「小竜姫様の依頼も引き受けて構わないわ。断ったら、逆に何かあった時に力を貸してもらえなくなるかも知れないし」
「分かりました。ではお気をつけて」
「ありがとう。それじゃまたね」
と美智恵は通信を切って、部下たちに事情を説明すべく歩き出した。
水平線のかなたに日が沈もうとしている。甲羅の部分だけ海面から出したトライキャメランXの上で、横島とルシオラが2人きりで赤く燃える夕陽を眺めていた。
「昼と夜の一瞬のすきま……短時間しか見れないからよけい美しいのね、か」
以前自分が言った言葉を、ルシオラはどこか他人の台詞であるかのように呟いた。あのときは確かにそう思っていたが、今は少し心境が変わってきたような気がする。
横島と同じだけの寿命を得た今、「短時間しか見られないもの」に対する共感は薄くなったし、アシュタロスとのけじめもついた事で、『前』のことが現実そのものから思い出になったということもある。
「あとはヨコシマの浮気癖さえ治れば言うことないんだけどね」
ルシオラのさめた視線を、しかし横島は昂然と見返した。
「浮気じゃないぞ!? 世界を救った勇者への正当な報酬と言ってくれ」
「あ、あのひとは……!」
横島にそういう妙な知恵をつけるのはエウリュアレしかいない。機会を見つけて小1時間ほど説教しておく必要があるだろう。効き目のほどは疑わしいが。
「まあいいわ、ヨコシマのおかげで助かったのは事実だから。今まで本当にお疲れさま、ありがとう」
急に真顔で感謝の言葉を述べられて横島はどぎまぎした。
「あ、いや。負けたらお前も俺も死んじまうから必死でやっただけだし、そんな気にすることないって」
「……ふふっ」
ルシオラが小さく微笑む。勇者とか英雄とか、そういう肩書きに相応しい格好つけた台詞は返ってこなかったが、その方がずっと彼らしいではないか。それに「お前も俺も」という一言は効いた。
そこへ船内から自分達を探す声が聞こえた。
「先輩、先生、どこ行ったんですか? もうご飯ですよー」
「あら、もうそんな時間? 仕方ないわね、戻りましょうか」
ルシオラが横島の手をとって立ち上がる。軽く握り返してきたその手はやさしくて、あたたかくて。
だからもう1度、言った。
「ありがとう、ヨコシマ。愛してる―――」
GSルシオラ? 完
完結です。
皆様の感想と激励のおかげでどうにかここまでこぎ着けました。
外伝とかアフターとか、そういうのはありませんです。
締める所で締めた方が美しいかな、と。
最終回なので、ROMだった方も一言だけでも感想下さるとうれしいです。
○皇 翠輝さん
>こ、ここでルシオラ実体化の秘密だった煩悩の丘を出すとは……!
最初に出たときからの伏線だったのです、実は。
>剣の丘より質悪いっス
まったくです(ぉぃ
○心眼(偽)さん
>予想以上の展開でした。今後末永く続けていただけることを心から願っています
ありがとうございます。ですがここで完結するのは当初からの予定でしたのでご了承下さい。
○滑稽さん
>ともあれ、被害は最小限でこの戦いを終えることができたのですねえ
殉教者の復活も無かったですからねー。安易すぎたかも知れません(^^;
○危険な地雷さん
>GSらしいとどめの刺しかたに乾杯
ありがとうございます。
正直言ってちょっとアレかなーとも思っていましたので。
○ASさん
>それにしてもアシュは美神事務所のペースに嵌ったままやられてしまいましたね
魔神様も相手が悪かったということでしょう。
ひどい話です(ぉぃ
>アシュも途中あの展開から逃れられそうでしたけど
お約束には逆らえなかったということですねw
○whiteangelさん
>ルシオラさんイクラなんでも”忘”は酷いのでは?
いやいやあくまで横島の社会的立場を考えての措置ですよー。
決して嫉妬心から来たものなんかじゃないんですよ?
○tomoさん
>呪文(?)を唱えるだけであの世界を現世に実現化させるとは、横島君すごいですね
連載当初はほぼパンピーだったんですが、よくぞここまでなったものです。
>とりあえず、決戦編が最終章にならないことを祈っています
ありがとうございます。が、前記の通り完結は当初からの予定でしたので。
○通りすがりのヘタレさん
>本気でマテや横島ー!今回ばかりはアシュの言葉に賛成
筆者も賛成ですw
裏技反則何でもござれにも限度があると思うのですw
>やはり彼女はGS美神ならではのノリを持ったキャラでしたね
誰に汚染されてしまったんでしょうねぇ(涙)。
>もしやアシュ(の人格)は転生先を代えて埴輪ブラックの中に・・・?
普通に復活するより1億倍くらい悲惨だと思うのは気のせいでしょうか(汗)。
○シシンさん
>ギャグデオトシターーーーーッ!!!???
真面目に戦ってるのは他にありますので、たまにはこんなおバカな倒し方があっても良いのではないかと(ぉ
>っていうか、あの『丘』は複線だったのかぁっ!?
はい、めいっぱい長い伏線だったのです。
○アレス=アンバーさん
アシュが哀れなのは娘の育て方を間違えた自業自得ですw
>ていうか煩悩の丘はこんな使い道があったとですか
むしろこれが本来の使い方なのです。
>そういえば究極の魔体はどうするんですかね?
チャンネル回復後に神魔族が解体するものと思われます。逆天号も解体でしょうね。
>ハニワブラック
おもちゃにしては態度が悪すぎるかとw
○KOS-MOSさん
>おお!横島よ、あの丘へたどリつくことができたのか
これで名実ともに性義の味方になりました<マテ
>だけどね、ルシさん、横島に忘を使っても無駄だよ
やっかいな彼氏を持ってルシも大変です。
>ルシが彼女になったから詠唱がかわってるかな〜とか思ってましたがあんま変わってませんでしたね
彼女ができたからって精神の本質がすぐ変わるってわけではない、ということでありますです。
○しおーねさん
>煩悩の丘を出すことができるということはありとあらゆる美(少)女を投影することができるということでわ
その気になれば出来てしまうんですねぇ、こわいことに。
でも呪文を忘れさせられてしまったので、その日はずっと先でしょう。
○なな月さん
はじめまして、よろしくお願いします。
>私を含むモニターの前の人とルシオラの心が一致した瞬間
封印どころか抹殺指定くらいそうですw
>これによって彼は色々と大事な物(記憶とか僅かに残ったシリアス分とか)を零れ落として、それでも尚生きていくのでしょう
それが横島君の性義ですから。
○湖畔のスナフキンさん
はじめまして、よろしくお願いします。
>ルシオラ逆行という新ジャンルを開拓した成果には敬服します
ありがとうございます。
ルシの場合パワーが強すぎるとか10の指令とか枷がありますからね。
>アシュタロスとの戦いも決着が付きましたし、後はうまくまとめるだけですね
一応は大団円という形にしましたが、いかがだったでしょうか。
横島の就職先とか京香入籍とかについてはあえて決着つけませんでした。後日談については読者様の想像にお任せするということで。
>特にお気に入りなのは、拳王様降臨のネタです
ありがとうございます。やはり拳王様は偉大であります。
○kamui08さん
>ルシが、見せたくなかったはずです
まことにその通りです○(_ _○)
○遊鬼さん
楽しんでいただけたようでうれしいです。
>しかも、勝負決めちゃったし(w
アシュも現世に未練が残るやら残らないやらw
○てとなみさん
>( ≧∇≦)ノ彡爆笑!! ・・・ハラガイタイw
ギャグ書き冥利につきる感想ありがとうございますw
>てゆーか、偽者は「やろーども」なんだ!?
やはり本物に敬意を表してということではないかと。
>でもルシオラが居るんだから「我が生涯に彼女は不要ず」は拙いんじゃね〜? とか
ああ、もしかしたらそれで《忘》れさせたのかも知れませんねぇ。「我が生涯に彼女はルシオラだけ」とかいう呪文なら大丈夫だったかも<マテ
○ももさん
アシュ様にはご冥福を祈るほかしてさしあげられる事はありませんです○(_ _○)
>でもなぁ、ナンパとかデートとかって・・・あれだけサーヴァ○トげっとしてるくせに
男として許しがたいやつではありますね(ぉ
○ふぁんとむさん
>ほんと最高でしたよ!
ありがとうございます。
最後の最後でやってしまいました。
○ゆんさん
>俺が気になるのは京香ちゃんの処遇だ!!
京香が戸籍上の妻になるには、最低でも横島が18歳になるまで待たなきゃいけないので未決なんですねぇ。
あとはご想像にお任せということで宜しくお願いしますですm(_ _)m
○HEY2さん
>まさかココで固有結界とは、しかも倒し方がタコ殴り……いろいろな意味で台無しですw
今までにも少しはあったシリアス分がきれいさっぱり無くなってしまいました(ぉぃ
>そしてこの顛末を知るのはルシオラさん一人、もしもコレ知られたら「横島の彼女」の立場がないとでも思ったのでしょうか?
いろいろと思うところがあったのではないかと。
○内海一弘さん
>呪文にはやはり笑わされました
モテない煩悩少年の心の叫びなのです。
世の中不公平ですから。
○わーくんさん
>あれ?前回レス入れたはずなのに返ってこない…ってレス消えてるぅぅぅぅ!!!
えっと、私は消していませんが、管理人様が消したならその旨通告があるはずですし……。
ちょっと事情は分かりませんです。
>ちなみに、金的ってアレで済む痛さじゃないですよ?
勝負に情けは無用ですw
>あれって複線だったんですかーーーーーーーーーー!?
そうなんですよー、さすがに読めた人はいなかったようですね<マテ
しょせんおバカギャグですから<超マテ
>1.いろんな技の実験台 2.ルシ&蛍華によって発明の材料に 3.常に誰かの八つ当たり対象になると俺は見た!(笑)
アシュの命令を忠実に果たしてただけなのになんて酷い処罰(涙)。
○貝柱さん
>相手のプライドを刺激して賭けをするとこなんかダイ大のポップの天地魔闘の構え破りの場面を連想してしまいました
窮地に陥っても仲間のために諦めずに知恵をしぼる……漢ですね。
この作品は全然方向性違いますが(ぉぃ
>原作では最後の幕引きをした最高指導者2人、この作品では用なしってことですか?
最高指導者なんて飾りです。えらい人には(以下略)。
末筆ではありますが、レスを下さった皆様、そして素晴らしい絵を描いて下さったサスケ様とはっ○い。様に多大なる感謝を。
最後に管理人の米田鷹雄様、つたない小説を置かせていただいてありがとうございました。