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▽レス始

「オレンヂの歌。(GS)」

雅 水狂 (2006-04-26 15:22)
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 果実が届いた。
 オレンジ色の、まあるい果実。


 オレンヂの歌。


 横島忠夫が旅に出た。
 言葉にしてみれば、それだけのことだった。


 ――さて。
 美神令子にとって、横島忠夫はどういう人物だったのだろうか。

 仕事のアシスタント。時給255円の丁稚。不死身の煩悩少年。
 そんな呼び名は多々あれど、きっと彼女にとっては『隣にいる人』だったのだろう。その事実を彼女が絶対に認めようとしてなくても。

 初めて二人が出会った時。
 美神令子は超売れっ子の一流GS。片や横島忠夫はただの煩悩高校生であった。
 彼らは決して同列などではなく、ピラミッドの頂点と最下層と言っても過言ではなかったのだ。

 そんな二人の関係が変わっていったのは何時の時なのだろうか。
 彼が霊能力に目覚めた時。彼がGSの免許を取得した時。彼が文珠という力を得た時。彼が彼女と共に過去に行った時。……アシュタロスの事件の時。

 答えは全てではなく、全てである。
 二人が出会った時から、既に彼らの関係は一日一日と日々変わり続けていったのだから。
 しかし、『彼』の転機としては間違いなく、アシュタロスの事件が上げることが出来る。

 ある偉大な、そして、憐れな魔神の一柱がこの世の全てに対して反旗を翻した事件。

 そこで、彼――横島忠夫は一人の女魔族と出会うことになる。名をルシオラという蛍の化身。
 二人は恋をして、愛を深め、そして、別れと共に世界中を巻き込んだ事件は終わる。

 美神令子は二人の間に何があったのか、詳しいことは知らない。
 横島忠夫から聞いたほんの少しのこと。そして、自分で推測したことしか知らない。
 ただ、それが彼の心に深い傷を刻むと共に、彼に深い意味を与えたことだけを彼女は理解していた。


 だから、横島忠夫が旅に出ると行った時も、止めなかったのかもしれない――いや、止めなかったのだ。
 もう三年以上も彼とは会っていないけれど、美神令子はあの時の結論が間違いでなかったということだけは今でも胸を張って言うことが出来る。


 送られてきたそれを溜息混じりに見つめ、令子はそんなことを思った。

 事務所に届けられた一つの小さなダンボール。
 中にはぎっしりと詰まったオレンジの果実と、四通の手紙。

「美神さん? 何だったんですか、それ」

 物思いに耽っていた令子を不審に思ったのか、おキヌがそんなことを背中越しに問いかけた。

「何でもないわ。遠くに行ったバカからの届け物よ」

「え? バカってもしかして、横島さ――」

 ぱっと目を輝かせたおキヌの言葉は、しかし、最後まで言うことが出来なかった。

「せんせーからでござるかっ!?」

 ――と。
 そんな空気を震わす大声に遮られて。

 何時の間に現れたのだろう。
 部屋の中には、お尻から生えた尻尾をぱたぱたと元気よく振る娘と、その後ろには不機嫌そうに目を細めているナインテールの娘がいた。

「……煩いのよ、ばか犬。そんな大声を聞かされるこっちの身にもなってよね」

「犬じゃないもんっ!!」

 ああ、また何時ものがはじまった。
 令子とおキヌは思わず顔を見合わせて苦笑してしまったが、珍しいことにそれもすぐ終わる。

「それで、横島からってどういうこと?」

 タマモはきゃんきゃん吼えるシロの怒鳴り声から目と耳を背けるように令子を見つめ、問いかける。
 それは普段キツネうどんや稲荷寿司など、自分の好物以外にはあまり執着を見せないタマモにしては珍しい興味深そうな声だった。

「そうでござったっ! 先生から一体何が来たのでござるかっ!!」

 シロもタマモのその言葉に反応するかのように令子を見つめる。
 令子はどこか二人の瞳がきらきらと輝いている気がして、内心で苦笑した。

「これよ、これ」

 令子が指でダンボールの中身を指し示すと、おキヌも加えて三人で仲良くダンボールの中を伺う。

「肉じゃないのでござるか……」

「お稲荷さんじゃないのね……」

「これって、オレンジ……ですよね?」

 自分の好物ではないと分かると落胆し、顔を暗くした二人の台詞を無視するかのようにおキヌが令子に尋ねる。
 令子は肩を竦めると「多分ね」と軽くその声に首肯して、

「それと手紙も入ってたでしょ? 横島クンもマメなんだかそうじゃないんだかよくわかんないんだけど、みんなそれぞれに宛ててさ」

 令子はダンボールの中から手紙の入った封筒の束を取り出して、自分の封筒を先に取ると宛名の通りに「はい」と三人に手渡していく。この分なら横島の他の知り合いの家にもオレンジの入ったダンボールを届けているのかも知れないとそんなことを思いながら。

「ま、別にいいわ。じゃあ、これも貰っていくわね」

 タマモは自分宛の手紙をスカートのポケットに押し込むと、ひょいひょいっとダンボールの中からオレンジを三つ程取り出す。
 それに真っ先に反応したのはシロだった。

「ああっ! ずるいでござるよ、女狐っ! 美神殿、おキヌ殿、拙者も頂戴していくでござるっ!!」

 手紙を口に咥え、ダンボールからオレンジを四つ取り出すと、シロは屋根裏部屋へと戻っていくタマモを慌てて追いかける。
 なるほど、未だにシロはタマモより喰い意地が張っているようだ。

「それじゃあ、私も貰っていきますね。これでマーマレードでも作っちゃいますので、美神さんも出来上がったら食べてくださいね」

 どうやら、おキヌも少しは逞しく成長しているようだ。
 彼女はそんな前置きを置きながらも、シロと同じようにオレンジを四つ腕に抱え、鼻歌を歌いながら台所へと消えていった。

 令子はダンボールの中を覗いて、一つだけちょこんと残っていたオレンジの果実に苦笑した。
 一つだけでも残って運が良かったのか、それとも一つだけしか残らなくて運が悪いのか。
 タマモやシロは何時ものこと。ふと、令子は昔の遠慮ばかりするおキヌちゃんが恋しくなったが、それもいいかなと思う。悪いのはあまり数を送らなかった横島なのだから。

「まったく……もう一つしか残ってないじゃない。横島クンももう少し多めに送りなさいよね」

 それでも言いたいことはあるのだと、冗談を口にするように愚痴を零して。それとも横島クンのことだから貧乏旅行なのかしらと思うと微かに笑みが浮ぶ。

 令子は手を伸ばして、それを手に取る。
 顔に近付けて香りを吸うと、鼻一杯に甘酸っぱい匂いが広がった。 

「ま……それに本命はどちらかというとこっちだしね」

 令子はオレンジを机に転がして、椅子に腰掛ける。
 ヘタクソな字で美神さんへと宛名が書かれた手紙の封筒を何度何度も裏返したり、確かめるように宛名をなぞるように指を這わせたり。

「……何やってんだろ、私」

 馬鹿馬鹿しい。これではまるで恋する少女のようではないか。
 急に気恥ずかしくなって、何かを誤魔化すかのようにびりびりと乱暴に封筒の先を指で千切る。それでも、中の手紙には傷付けないように注意を払いながら。

 封筒をひっくり返して何回か上下に振ると、コトンと綺麗に折り畳まれた手紙が机の上に滑り落ちる。

「ふん。字は汚いくせにこういうところは几帳面のままなのね、あいつ」

 憎まれ口がぽろりと令子から零れるが、その顔は確かに笑っていた。まるで、彼が変わっていないことを嬉しいと感じているかのように。

「えっと……なになに……」

 カサリと鳴った手紙を広げ、令子はそれに目を落とした。


『美神さんへ。

 元気、してますか?
 金ばっかり集めてませんか?
 俺は何時もの通り、バカばっかりやってますけど、元気です。

 ダンボールの中身で、もしかしたら分かったかもしんないスけど、俺は今、アメリカのフロリダにいます。
 やっぱり外人って凄いっスね。
 もう、なんていうのか、こう、乳も尻もばいんばいーんって感じですんげぇでかいんスよ? 辛抱たまらんって感じでウハウハ……って、こんなこと、美神さん当ての手紙に書くことじゃないスね。


 これは書くかどうか悩んだんスけど、書くことにします。

 美神さんには本当に感謝しています。
 旅に出る前のこと、俺なんかをアシスタントとして雇っていてくれたこともそうなんスけど、俺を旅に出させてくれて、有難うございました。

 世界をあちこち回ってみて、俺がどんなに小さい人間だったか、少しは分かったつもりです。
 色んなヤツと仲良くなりました。色んなヤツと喧嘩しました。色んなヤツが、死んでいくのを見ました。
 頑張って生きてる人間にとっちゃ、人や神様や魔族の括りなんてホントにちっぽけなもんでした。
 なんかそれが分かった時に、俺、涙が出るくらいに感動しちまいました。

 生きてるやつらは綺麗でした。世界は、本当に綺麗でした。


 んで、俺は思ったんスよ。
 人には、それぞれ居場所があるんだって。
 自分の居場所にいる時が、一番綺麗になるんじゃないかって。

 なんつぅか、俺の居場所はそこだったんスよね。
 美神さんにしばかれて、おキヌちゃんに励まされて、シロに先生って抱きつかれて、タマモにくだらないことで焼かれて。そこにいる時が、一番楽しかったんス。
 俺ってすんげーバカだから、そんな単純なことが分かるまで、かなり時間掛っちゃいましたけど、もうすぐ帰ります。
 それで、一つだけ頼みがあるんスけど……また、俺を見習いとして雇ってくれないっスかね?』


 横島からの手紙はそこで切れていた。
 何度見直したところで、結果は同じ。

 帰ってきたら、どうしてくれようかと思った。
 旅に三年も出てたんだから、同じように三年間給料無しでただ働きさせてやろうか。前人未到のおしおきフルコースを味あわせてやるのもいいかもしれない。
 だから――

「分かってるなら――さっさと、帰ってきなさいよね。アンタの居場所は、ここだけなんだから」


 手元に残った果実は一つ。
 ころりころりと転がって、太陽の光に照らされていた。


 ■
 後書き
 ここでは、はじめまして。雅 水狂と申します。
 自販機に並んでいたファンタオレンジを見て、ふと思いついたお話をお送りしました。
 稚拙な文章かとは思いますが、お読み頂ければ幸いです。

 尚、このお話の裏面でタマシロVSおれんぢ星人という物を構想中だったりするのですが、そちらは時間が掛ってしまう可能性があります。ご了承下さい。

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