「どういうことですか、忠夫!今日は、美神達との顔会わせだけという話だったはずです!」
金色の髪を揺らせ、深い深い深海を思わせるような瞳には一人の男の顔が浮かんでいる。
「落ち着つけよローラ、また悪い癖が出てるぞ。突発的出来事に対して動揺しすぎ」
男は全身を黒を基調としたコーディネートに包まれている、ただ腕時計と銀のロケットだけが異彩なものとして
見える。
「えぇ、そのことについては、散々、あなた達に言われてきましたから知っています。だが!そんなことより
この作戦の変更はどういった理由が終わりなのですか!」
ローラは、胸に手を当て、自分自身を落ち着けようと試みているがいっこうに落ち着かない。
いや、横島の落ち着ちつき払っている態度が余計に腹立たしい。
対して、横島のほうはしきりに腕時計を気にしていた。
「あぁ〜ん?変更は考えられるべき事態だったはずだろ〜、そんなことより簡易結界の用意ができてんだから、
協会の連中への対応は任せるわ」
「っく、この出来事は我々ハウルトへの背信行為とみなされますよ、わかってるのですか?こちらはあなたの弱点など
全て知っています。いや、それ以上に今回の件で協会がそれに気づいたとしたら・・・」
先程の態度とはうって変わり、心配そうな表情になる。
「いいから、いいから、今回の注意点は【聖剣使い】と美神さんぐらいに気づかれないことだ。美神さんところには、
ノリアをやっといた。【聖剣使い】には、俺が対応しておく」
「ノリアを!?何を考えているのですか!!あ、あなたの目的はルシ・」
シャン!
横島の手から何かが伸び、ローラの前髪を数本散らした。
「・・・・虫がいたから追い払ってやっといた・・・・」
能面のような表情からは生気が感じられない。
ローラは地雷地帯に入ってしまったことを悔いた。
「・・・わかりました・・・」
横島に背を向け一言呟き、部屋を出た。
(忠夫が計画外のことを企んでいる事は薄々わかっていましたが・・・いや、この後問い詰めましょう。
まだ・・まだ・・間に合うはずです。)
ローラは、祈った。
目を閉じ、祈った。
祈る神はすでにいない、贄を捧げる悪魔は死んだ。
神や魔の求める男は何を求めているのだろうか。
ローラは祈った、ただ、ただ無心に。
神や魔ではなく何かに祈った。
届くことはないと知りながら。
オカルト倶楽部からあてがわれた広い部屋の中に二人の男がいた。
恰幅のよい男のほうはせわしなく部屋を歩いている。
眼鏡をかけた、痩せた男は煙草を燻らせている。
「藤堂、どうするつもりだ!いくら本部からの通達だとしても横島忠夫の日本帰国を許可したのはやはり早計
だった!!このままでは・・・協会は・・・潰されるぞ・・」
恰幅のよい男は苛立ちを隠さぬまま問いただした。
「・・・松尾、お前は物事に対してその場、もしくは二手先ほどしか読まず結論付ける癖をどうにかしろ」
藤堂と呼ばれた、痩せた男は口元に笑みを張り付かせている。
「そんなことはどうでもいい!!対策はあるのか?」
「横島忠夫は後でも対処できる。今は他が納得しそうな人物を当てて様子をみるべきだろうな」
ふぅーと煙を吐き出す。
すると藤堂は、、くっくっく、と沸いてくる笑いを堪えきれずに哂う。
「!?・・・ふっふっふ、その調子じゃお前は横島を潰せるネタを持っているんだな」
それを見た松尾は、藤堂がなにか横島忠夫の弱点を掴んでいると思い、安堵した。
その時、ドアをノックする音が聞こえた。
「失礼します。準備が整いましたのでどうぞ」
それを聞いて、藤堂はまたおかしそうに話した。
「・・・くっくっく・・・まあ、昨年と今年のGS試験一位通過の管と細田を当ててみるとするか、くっくっく」
「え〜、皆様、大変お待たせいたしました。このデモンストレーションにGS協会からは昨年と今年のGS試験
一位の【遠距離と幻術の管】と【近距離戦闘の細田】が名乗りを上げました」
会場中がどよめきに包まれた、アシュタロス戦後GS試験者の数も質も戦前とは比べ物にならないほどに上がっている。
それというのも、オカルト、という分野での理解が一般にも広がり。
異能者、異形の者達が今までひた隠していた自分というのをオカルトなら認めてもらえる、ということで表舞台に
積極的に出てきたためである。
その熾烈を極める現在のGS試験者の昨年と今年の覇者の登場は異例のものであることを、会場中が知っているためである。
「対するは、数多くの逸話、伝説をもつ、【偉大なGS、横島忠夫】です」
会場は先の二人の登場とは違い、押し黙った。
協会を挑発した時とは雰囲気がまったく異なっていることを感じたからだ。
これが、本当の横島忠夫か、と。
横島は、学生服姿の管が不敵な笑みを浮かべて自分を見ていることに気づいた。
「どうした、ルーキー。憧れの人物との手合わせに感激しているのか?」
からかうような言葉はの絶対力を発していた。
言葉とは裏腹な態度がそれを確実なものとしていたからだ。
だが、それでも管は勝てると確信していた。
力は理解できる。
確かに文珠は厄介だが、こちらには接近戦のスペシャリストもいるのだ。
軽い打ち合わせを事前にしたことを相手は知らないだろう。
自分の真の価値は、自分より強い相手に対しても数で戦うことに嫌悪を感じないことであると知っている。
他のGS試験の上位者は高いプライドを持っているため、力を合わすということを嫌う。
もちろん、仕事の上ではそれを表には出さない。
だが、確かに嫌がっているのだ。
しかし、自分は違う、心底相手を信用する、という前提を掲げ戦いを始める準備を始めるからだ。
だからこそ、自分がGSで最も強いと確信している。
それに今回のパートナーの細田は一位をとったはずだが礼儀正しく、こちらの言ったことに納得しているようだ。
もはや、負ける要素などなかった。
「えぇ、感激はしていますよ。先輩に勝つことで得られる名誉にね」
「ふ〜ん、まあ頑張れよ。俺は野郎は嫌いだが、お前みたいな熱血は嫌いじゃないからな」
そう言い肩をたたいた。
「では、戦士は簡易結界の有効範囲の中へお入りください、入った瞬間からスタートです」
その司会の言葉よりも先に歩き始めたのは横島であった。
管の作戦はこうだ。
横島との戦いでは文珠が一番厄介である。
そのため、文珠を使わせないことが勝つには重要だ。
開始と同時に遠距離からの攻撃、その後細田が突撃する。
その隙に管が幻術を横島に対してかける。
かかったら、すぐに全力の攻撃をしかける。
大まかだが、互い能力の高さは知っている。
ならば、雁字搦めの作戦よりはこの程度がベストだ。
だが、しょっぱなから予定とは食い違った。
細田が突撃したのである。
横島の手に、文珠を見た細田は、すぐに地を蹴った。
罠を仕掛けられることを恐れたからだ。
「っち、臨機応変だといっても、いきなり予定と違うことするなよ」
毒づきながらも管はフォローにまわった。
いや、まったのだ。
管の体が宙を舞ったのだ。
(え、おい、なんでだよ、どうして地面が俺の頭の上に見えるんだよ)
わけが分からなかった。
(それに、どうして俺の方から伸びてるんだよ・・・こ、これはよこし・・)
からくりに気づいたと瞬間、地面に落ちた。
バンッ!!
何かが管の背後で爆発した、その爆発が管の意識を完全に刈り取った。
細田は呆然としていた。
横島に突っ込んだ瞬間に横島は消えたのだ。
あたりを見ると何故か、管が簡易結界の中に入って倒れていた。
(っく、まずい!!横島さんが管さんを倒したのか!)
そのことを認識し、即座に体の霊力を一時的に上昇させる。
「ばぁ」
「えっ」
ガクッと体が沈む
(どうし・・・て・・)
細田は何も理解できなかった。
なぜ、急に横島の声が聞こえたのか。
どうして・・・横島の姿は見えないのか。
ただ、理解したことは、自分達は負けたのだと。
圧倒的に、なすすべなく、敗北したのだと。
それだけを理解した。
会場は静まりかえった。
ここまで、ここまで横島忠夫は強かったのか。
これはまるで化け物ではないか。
伝説は伝説でも英雄でもなければ、勇者でもない、ただの怪物だ。
誰も、誰一人として、横島の勝利を讃えなかった。
仲間ですら・・・
会場にいる人間達の中でも松尾の驚きはひどかった。
「こ、殺される、と、藤堂、どういうことだ、これほど、これほどにまでなったのか!!どうするんだ!死ぬ、このままなら・・」
支離滅裂なことをいいながら恐怖に震える。
死を理解した、いやというほど、あの力は必ず自分達に向けられるであろうと・・・
「ふふっ、ふふはははっはは、予想道理だ。横島忠夫・・・あれなら、勝てるぞ。はっははは」
藤堂は笑った。
勝利を理解したからだ。勝利への道は単純明快であった。
ただ、すぐにはその道は通ることが出来ない。
整備する必要がある。
時間が必要だ。
横島はすぐには襲撃してこないだろう。
それも理解していた。
いや、横島の真の理解者とは私ではないだろうか?
敵が一番その者を理解しているなど皮肉な話だ。
始まりの合図はなった。
舞台上の出演者達は思い思いの未来を描いていた。
素敵な未来、暗い未来、様々である。
美神は、知った。
自分にはもう、未来などないことを。
両腕は切り落とされ、左右両方の足は外側に向いていて、もう立つことすら出来ない。
未来などはないのだろう、
そう、理解した。