横島がスイッチを押すと、美神除霊事務所の駐車場のシャッターがわずかな軋み音を伴って上がっていく。事務所に憑依している人工幽霊に頼めば、人間が操作する必要など全くなくシャッターなど開けてもらえるのだが、今日はアナログチックにすべてを自分の腕と足で操ってみたかった。
シャッターが半分程開いたところで、令子が車庫内のライトを付けるべく、しゃがむように中に入っていく。横島は美神の頭や背中がぶつからないようシャッター下に手を添えて安全を確保し、美神は後から来る横島が入りやすいように中のモップを移動。この辺りの何気ない動作1つにしても、阿吽の呼吸・2人のコンビネーションの良さが痛感できた。横島が高校卒業とともに世界最高のGSのパートナーとして、美神除霊事務所の正式な所員になったのは当然ともいえる。
蛍光灯が点いた駐車場には、先程横島が乗ってきた彼の愛車の空冷エンジンが、まだ停止したばかりであることを証明するようにチンチン音を立てている。横島の車の横には美神の代名詞ともいえる大排気量のモンスター・コブラと、ドイツの音速マシン・ポルシェ911が並ぶ。美神と横島はその3台の脇を通りすぎ、その奥にあるカバーのかかった車の前に立つ。
「俺、このクルマに乗せてもらうの初めてっスよ」
嬉しそうに話しながら、間違ってもボディに傷などつけないように慎重にカバーを外していく横島。
「『乗せてもらう』んじゃなくて、アンタが運転すんのよ」
と、横島にキーを渡しながら、美神は久々にカバーが外された真っ赤な愛車を見やる。
壮絶なまでの美しいボディをまといながらも、どこか落ち着いた高貴な雰囲気も漂わせる名馬。
ディノ246GTSがそこに佇んでいた。
「このクルマって、美神さんそのものっスね」
横島に改めて言われて、令子は『彼女自身』であるディノに再度見入った――。
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もう1つの自分自身（前編・GS）
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バサバサバサバサ……
世間ではあまり聞くことがなくなった、空冷エンジンの音が近付いてくる。
事務所で書類と格闘していたはずなのだが、自分でも知らずに飽きたのかちょっとだけ乙女チックな妄想にふけっていた美神令子は、所員の帰社を注げるビートルの音で我に返った。
「これじゃ、アイツと同レベルじゃない!!」
小学生並みのショボい恋愛物語を想像していたことに自己嫌悪におちいりながら、「この歳で処女はちょっと焦るわよね〜」などとボヤく2×歳。ずっと真面目だったふりをすべく、再び書類に目を戻すのと同時に、スーツ姿の“アイツ”こと横島忠夫がドアを開けて帰社を告げた。
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正式に横島が所員になって2年がすぎたが、彼の給料が（ようやく）人並みになった以外は、基本的に以前と何も代わっていなかった。ほかにはネクロマンサーの氷室キヌが大学に進学したこと、人狼のシロと妖狐のタマモは相変わらず屋根裏に住みながらも世間の常識を知るために六道学園に放り込まれたことくらいが、それまでとの違いか。
つまり美神除霊事務所は、横島の女性関係にケリがつくこともなく、GS仲間が大きな怪我をすることもなく、ずっとスリルとビッグマネーという歴史を刻んできた。
そんなある日、美神が横島とおキヌに自動車免許を取ることを命じる。もちろん、二手に分かれての除霊や除霊先でのスタッフの怪我など、様々なケースに対応するためだ。
コブラや911といったモンスターマシンを、（人工幽霊の手助けもあったかもしれないが）無免許時代から操っていた横島たちには免許取得など造作もない……はず……だったのだが……？
「こっ、この教習車って、『はんどる』が右に付いていて、しかも『うぃんかー』と『わいぱー』の『ればー』が逆についてます〜（泣）」
いや、それが（日本では）普通なんだよ、おキヌちゃん……。
晴天の中、右左折する度にワイパーを動かしてしまうおキヌは、まだ免許を取れていない（笑）。
（※ポルシェなどは国産車と逆でハンドル右のレバーがワイパー・左のレバーがウィンカーとなります。また輸入車ではワイパーのスイッチがハンドルのコラムに付いていない場合も多々あります）
一方の横島は、その人間離れした運動神経と持ち前のカンの良さで、実車を使った教習はどんどん先に進んでいたのだが……
「『高速道路の制限速度は？』 そんなモン、アクセルを床まで踏み切ったときに出た速度に決まっとるやろ！」
「『パトカーなどの緊急車両が迫ったときにする行動は？』 パトカーの後ろについてアオって気分転換と……」
と、上司の普段の行動を正直に学科授業で発表してしまい、前代未聞の「学科授業の補習」を受けるという伝説を作ることに。それでも普通の人よりも3倍の時間をかけて、先月何とか免許取得にこぎつけた。
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鼻の穴が上に向いている写真を笑われながらも、事務所のみんなに苦労して取った免許証を自慢して騒ぐ横島だったが、美神から「免許取得祝い」として何と好きなクルマを1台プレゼントしてあげるというひと言に青ざめる。かつて、バンパイアハーフの親友から「イタリアのマフィアは殺す相手にプレゼントを贈る」と聞いたことが思い出されたからだ。
「あ、あのケチな美神さんが、よりによって自動車を!?」
「偽造事故での保険金はなかなか手に入り難いんですよ？」
「車でせんせーの気を引こうなんてずるいでござる!! 後ろの座席で最後までイク気でござるなっ？」
「ミニカーを渡して『貴方はその程度の車がお似合いよ』とか冷たく微笑むに違いないわっ!!」
かなり失礼なことを口々にする所員たちを前に、こめかみに井型を浮かべる美神。
「あ、あのねえ……。買ってあげた車は除霊時にも使ってもらうつもりなの！ アタシの愛車たちはオープンだから雨の日の依頼人の送り迎えや、荷物をたくさん運ぶのにも利用させてもらうからプレゼントするのよっ!!」
怒りに思わず、大声で説明してしまう美神。ま〜、普段から考えれば自業自得なのだろーが、さすがにみんなが自分をどう見ているか分かってショックだったらしい。ちなみに横島もオープンカーをねだって、雨の日に利用できず、荷物も積めないことは想定していないのだろーか？
「それなら美神さんが仕事にもベストな車を選んでくださいよ」
と、あんまり車に詳しくないんでと、前置きしてリクエストする横島。
すると美神は横に首をふりつつ、
「クルマはオーナー自身ともいわれているわ。どんな好みのデザインのクルマを選択するかはもちろん、常に奇麗にしてあったり派手な装飾をしたり、オーナーの好みや性格も反映していく。だからあたしが用意するんじゃなくて、横島クンが選ぶ愛車を買ってあげたいの。もちろん、おキヌちゃんも免許取ったら『自分が欲しい』っていうクルマを買ってあげるつもり」
と分かったような分からんような説明をする。つまり自身である愛車はオーナーに選ばせてくれるということなのだろう。
「オーナー自身か……」
と納得したように唸る横島の両隣で、
「ふむふむ。美神殿が不必要に凹凸のあるデザインで、むやみに周囲を威圧するような轟音を撒き散らすコブラに乗っているのと同じことでござるか……」
「そうね。しかも掃除は自分でしないで、丁稚扱いのオトコをアゴで使ってやらせる、というのも今時はやらない女王様気取りの性格を反映してるわね」
これまた納得したように真面目な顔で、失礼すぎる台詞を吐くシロタマだった。
「……あの、俺自身を反映しているかどうかは分からないっスけど、1台気になるクルマがあるんです……。外車なんですけどね」
「へぇ。つい最近まで貧乏だったアンタが輸入車に注目していたとは驚きね。どんなクルマ？ フェラーリ？ ベンツ？」
（（（（貧乏だったのはアンタのせいだろ!!））））
と、美神に心の中で一斉に突っ込む所員たちだったが、横島の気になるクルマとやらの発表に耳を傾ける。
「フォルクスワーゲンの旧ビートルっス」
……お前……優しすぎるよ……
「たった一度だけ、助手席に座ったことがあるだけなんスけどね……」
（続く）
はじめまして。車＆GSオタクの「yafun」です。
SSなど初めて書くので、表現も構成も拙くてすみません。
内容のない、2つのクルマと美神＆横島のエピソードです。
そもそも文章力皆無の僕がSSを書こうと決心したのが、美神さんの愛車はコブラやポルシェのイメージが強く、もう1台の愛車であるディーノ246GTSをもっとピックアップしたかったためです。今回はプロローグに出てきただけですが……。ちなみに美神さんのディーノ、実は借り物だったとか、911を購入したときに売ってしまったとか、作者が知らない設定があると、とっても恥ずかしいというか困ります（笑）。
もう1つSSを書くきっかけとなったのは、横島君が免許をとったときに愛車にするのは？ と考えたとき、真面目で没個性な国産車ではなく、ポンコツでも血が通った欧州の大衆車だと思ったんです。ミニやアルファも横島に似合うなあ……カルマンギアなど古いVWもいいねえと考えつつ、旧ビートルなんかキャルっぽくて横島にピッタリ！と思い当たったときに、彼が原作でこの車に乗った経験があることを思い出しました。横島がビートルに乗っているGSSSも既にあるようですが、同じですみません。
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