「呪的アイテム専門店。厄珍堂。
この辺のはずなんだけどなぁ」
キョロキョロと地図を片手に辺りを見回す横島の袖を、おキヌが引く。
『ほら、横島さん。あそこじゃないですか？』
おキヌの指差した先には、雑居ビルの立ち並ぶ区画に一つだけ、中華風のかなり場違いな建物が一軒。
その軒先には、大きく『厄珍堂』と書かれた看板がかけられていた。
「な、なんかイメージ違うな」
『そうですか？』
（なんちゅうか、もうちょっと秘密の店的な雰囲気を想像していたんだが）
看板の横には小さく、しかしはっきりと「呪的物品・除霊用品・骨董売買」と書かれている。はっきり言って、かなり胡散臭い。
「ま、入ってみれば、案外期待どうりかもしれないしな」
カラッと引き戸を開け、
「ちーっす」
店の中に声をかける。と――
「いらっしゃいませー」
ここは、コンビニか？ というような声。そして……
「た、高島ぁ！？ 何であんたがここに居るんだよ」
お兄さんが居ました。
しかも、いつもの黒ジャージの上に「厄珍堂」というロゴが手縫いされたエプロンを着て。
「ん？ 忠夫かぁ。美神さんとこのお使いか？」
ニコニコと笑顔で近づいてくる高島。
ちなみに店主はといえば、テレビの前で昼ドラの展開にキレていた。（ダメな大人である）
「そうだけどって、だからなんでアンタがここに居るんだよ」
「ああ。バイトしてるから、ここで」
「はぁ？」
「ほら、この間オレの特異体質が発覚したろ？ んで、どうせならこの体質を使って給料のいいバイトにつけないかと、知り合いのじいさんに聞いてみたらな。ここを紹介されたわけだ」
「？」
「どうもオレ、霊力を封じるだけでなく、ある程度霊力の影響も受けにくいらしくてさ。まあ、じいさん曰く、めちゃめちゃ鈍いってことらしいけど。
そんなわけで、呪的用品の取り扱いに適してんじゃないかと、ここを紹介されたわけだ」
「ちなみにバイト料は？」
「自給１３００円」
「て、転職を」
「いいのか？ ここにいるのは、エロでチビな髭親父だけだぞ」
「うう。金か、それとも乳か。そこが問題やぁ」
頭を抱えて悩みだす横島にアホやなぁと苦笑いをしながら、高島は物珍しそうに店内を見渡しているおキヌに声をかけた。
「で、おキヌちゃん。今日は美神さんのお使いでよかったの？」
『あ、はい。そうです』
「そっか。おい、おっさん。美神さんに渡すヤツどれだ？」
「何？ 令子ちゃんが来たアルか？」
「ちげーよ。前に言ってたオレの弟が変わりに取りにきたみたいだぞ」
「ほう。よく似た兄弟あるな。スケベそうなトコがそっくりアル」
「ほっとけ」
厄珍のセリフに突っ込みを返しながら、高島はごそごそとカウンター下をあさる。
「あった、あった。これが、注文の吸霊護符と霊体ボーガンの矢。全部で１０億ぐらいするらしいからな、落とすなよ」
「じゅ、十億……！！」
その値段に腰が引けている横島に、ニヤリと笑んだ厄珍がグイッと体を乗り出してきた。
「ところで、ボウズ。いいモノ要らないあるか？」
「いいもの？」
いいモノという言葉に飛びつく横島に、あーあと困ったように眉根を顰めながら、しかし高島は止める気はないらしい。
成り行きを黙って見守っている。
「そ、ボウズとのお近づきの印に、このどんなバカでもサイキックパワーが宿るという薬、このカタストロスＡをあげるある。普通に買えば数千万はする超貴重な薬ね」
「なんで、そんな高級品」
「言ったある。これはお近づきの印。日本人そういうの大事にするね。
これ使えば、一粒で３００秒。ボウズでもエスパーになれるね」
「うわ、うさんくせぇ」
そのセリフにカチンときたのか、厄珍は無理やり横島の口をこじあけると
「うわっ、何しやがるっ！？」
有無を言わせず、無理やり服薬。
「ちょ、飲んじまったじゃねぇか。どうしてくれんだよ」
焦る横島。厄珍は他人事（実際他人事だし）のように軽く請合う。
「大丈夫大丈夫、私プロある。信じるよろし」
「信じろって……
？
なんだ？ 急に力が沸いてきたみたいな？」
脳裏に浮かぶのは見慣れたオフィスビルの一室だ。
「アレは、事務所か？ なんだ以外に近いな。すぐにいけそうだ」
声と同時、横島の体がかき消すようにその場から消えた。
「えっ？ 横島さん」
パチクリと瞬きを数度。突然の出来事におキヌはついていけない。
「横島さんどうしちゃったんですか」
慌てて、隣の高島に問う。
「テレポートだよ」
「だって、そんな。幽霊の私でも無理なのに」
あの横島さんが？と驚くおキヌに高島は苦笑を浮かべつつ。
「まあ、どんな馬鹿でも超能力者になれるっていうのが、売りらしいからね」
第４話 ファーストレッスン
「あ、おキヌちゃん。
って、行っちゃったか」
高島の言葉を聞くなり店を飛び出したおキヌを見送り、「さて」という感じで高島は振り返る。
「あのボウズ使えるね」
そこには、ニマニマと企み笑顔を浮かべた厄珍が。
「実験台にか？ 今回はそれほどヤバそうじゃなかったから放っておいたけどな。もう一回やったら卸すぞ、三枚に」
射抜く視線には、当然ちゃんと殺気を込める。
「はははははは。冗談あるよな？」
引きつる声に、ニコリと笑い
「そう、聞こえたか？」
「……」
絶句。
しかし、この二人に何があったのか？ 厄珍が完全に怯えているぞ。
と――
「じゃ、オレ気分悪いんで早退するわ」
唐突に高島が言う。高校の保健室でこんなことを言えば、確実に教室に強制送還されるだろう顔色でだ。
「そんな元気そうに何言ってるあるか」
「三枚」
ボソリと呟く。
「そ、そうあるな。高島君すごく気分が良くないようある。今日はさっさと帰るよろし」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
荷物も何も持ってきていないのか、高島はエプロンを脱ぐとさっさと厄珍堂を出る。
青空の下、大きく一度伸びをすると、独り言としては僅かに大きな声で言葉を放った。
「じゃ、調子に乗るだろう馬鹿を、ちょこっとシゴキに行ってきますか」
「だー。美神さんにばれたら、俺は殺されてしまうっ！！」
いきなりですが、横島忠夫大ピンチ。
状況説明としましては、超能力の威力に調子に乗った横島が本来美神が受ける筈の依頼を勝手に了承。しかし霊相手にサイキックは効かず、焦ったおキヌが美神さんを呼びに行ったと。
見事なまでに自業自得。
（ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ）
「ここは、とりあえず――
逃げるっ！！」
「って、逃げてどうする」
後頭部に衝撃。勿論、そんな攻撃を予想してもいなかった横島は、前のめりにダウン。
と、ちょうど頭上で風を切る音がして。
「いやー。危機一髪だったな」
後頭部に容赦ない一撃を叩き込むことで、横薙ぎに振られた剣の軌道から横島の首を退避させた男は、そう言って倒れた横島に手を差し伸べた。
「た、高島っ！？」
「よう」
片手を挙げて挨拶。
現状が分かっているのかどうか。それは何気ない朝の挨拶と寸分たがわず。
「なんで、ここにっ！？ っていうか、さっさと逃げんとヤバイぞ、オイ」
目の前には日本刀を振り回す落ち武者（幽霊）。
現状。素人二人きり。
が、高島は特に焦った様子もなく、無造作に。本当に無造作に、横島の体を横へと引っ張った。いきなりのことにつんのめりながら、それでも何とか転倒はこらえる横島。
「厄珍堂からガメてきた簡易結界。それなりに使えるな」
声に足元を見れば、確かに見慣れた注連縄が円を描くように設置されていた。
「さて。初陣としては相手が役不足だが、そろそろこの前のイフリートも馴染んだ頃だろう。第一段階へと移るとしようか」
美神さんが側にいない状況っていうのも貴重だしな。
「何言って？」
訳の分からないことを言っている高島より、今は逃げるのが先決だとばかりに、横島はこそこそと床を這い、出口へと向う。
否、向おうとした。が……
「だから、逃げるなって言ってんだろうが」
襟首引っつかまれて、元に戻されました。
「何す……」
何するんだという言葉は最後まで言えず。
数時間前の厄珍と同様に、無理やり口の中に何かを放り込まれた。
（なん、だ？）
世界がいきなりシフトする。
感覚のズレ。それも致命的なほどの。
体は動かない。否、動かし方を思い出せないのか。
視覚。聴覚。味覚。嗅覚。触覚。五感の全てと引き換えに、普段は感じることのない感覚が鋭敏になっていくのが分かる。
（違う）
五感全てが、それを感じているのだ。
「さあ、今オレは、お前の世界を開いた。
感じるか？ 目に見える理の外、そこに存在する力を」
（力？）
「お前の身体の中を巡る力。そして目の前で暴れるその力を」
それは光のようなものかと横島は理解する。
淡く光る金色。
確かに自分の中に感じるソレ。
（力）
逆に目の前で狂ったように蠢く光は赤だ。深紅。
「感じるか？」
問いに、頷きを一つ返す。
光は、自分の中にある光は――
「万物は流転する。
留まることのない流れ。
それは人も同じだ」
魂は輪廻し、力は巡る。ぐるぐると。
「流れを感じるか？」
再び横島は頷く。
「だったら、その力を集めろ。右掌。その上に」
（集める）
脳裏に浮かぶのは、流れを止めるイメージだ。
掌で流れを塞き止める。その先には流さない。そうやってダムのように力を貯める。
集めて集めて、掌から零れ落ちようとする光には留まれと念じ……
「で、結局これか？」
横島の右手に現われたモノを見て、高島は呆れたような表情を浮かべる。
先に飲ませた『鋭』の文珠と、傍ら発動させた『催』『眠』の文珠。
そうやって作り上げた、強制的なトランス状態。
言葉で誘導し、今はまだ眠る横島の霊能を叩き起こす。
自分は経験しなかったが
「霊力の訓練としては、ポピュラーだって書いてあるのに」
高島の右手には一冊の本。タイトルは『これで貴方の弟子も立派な霊能力者』
本に頼るか、この男。しかもこれも、厄珍堂でくすねてきたっぽいし。
「これはコイツが不器用なのか」
溜息混じりに評される、横島の作り出したそれ。
横島の手の中に現れた霊力の塊。それは、横島が想定していたサイキックソーサーやハンズ・オブ・グローリーとは似ても似つかない……
「ホッケーのパックかよ」
厚い円形の板。しかも掌サイズ。まさにアイスホッケーのパックそのものという感じだ。
「それなりに、霊力は収束してんだけどなぁ」
見れば分かる。今の高島になら。
「安定感悪ぃ」
掌から離れれば、途端に四散しそうな感じだ。しかも霊力をそこら辺にばら撒きながら。
「どうすっかなぁ」
まさか、これが宇宙の修正力ということもないだろうが。
「やっぱ、サイキックソーサーは心眼待ちか？」
そこまで待てば習得することは決まっているのだし。
「これも、使えないってわけじゃないしなぁ」
サイキックソーサーのように打ち出すことは出来ないようだが。
「このまま直接叩き込めば、相当の威力があるだろうしな」
問題は相手の懐に入れるかどうかということなのだが
（格闘はまあ、教えられないわけじゃないし）
霊力を使えないとされている現在の自分でも。
そこまで考えて、高島はハッと意識を外界に戻す。
「ちっ、思ったよりも早いな」
近づいてくる霊波は美神令子のものだ。
「仕上げは無理か。まあ、後はあの人に任せても大丈夫かな？」
今の横島の状態を見れば、高島よりも的確な指示を与えてくれるかもしれないし。
希望的観測だが。
「とにかく、ここにいるのを見られるわけには行かないからな」
『転』『移』と考えて、思いとどまる。
変わりに文珠に浮かべた文字は『隠』『遁』の二文字だ。
足元から消えていく体を満足そうに眺め、寄り添うは横島の傍ら。
「さあ。これから三つ数えると、お前は目覚める。眠っていた間のことは何も覚えていない。いいな」
頭に響く声の意味を、横島は捉えられない。
それでも、声だけはちゃんと聞こえていた。
「１、２、３」
パチンと両手を叩く音。
急速に覚醒を促され
「たっ……」
呼ぼうとした名前は誰のものだったのか？
「えっ？ アレ？？」
今、ここに誰かいたような？
違和感。
けれど、後頭部に痛みを感じ、横島はハッと意識を取り戻した。
「くそ、頭打って気でも失ってたか」
（とにかく、ここは逃げんと）
美神さんに殺される。
しかし、時既に遅く。
「コラ横島っ！！」
やはり辛いのか、ドアを蹴破るような勢いで駆けつけた美神の息はいつになく荒れていた。
「げっ」
「『げっ』じゃないわよ。しんどいって言ってるのに手間取らせて、帰ったら……」
しかし、美神の言葉は最後まで紡がれることはなかった。
「？」
「あんた、ソレ、どうしたの！？」
美神が指差す先。
「へっ？ うおっ。なんだコリャ！？？」
横島の掌に光の塊がある。
「霊力？ それにしたって」
（なんて収束率なの！？）
「な、な、な、な、なんですかコレ？」
半ば、恐慌状態で美神に助けを求める横島。
「あんた、自分で作ってて分かんないの！！」
『凄い霊力ですよ。横島さん』
おキヌの言葉に、横島は目を見張る。
「霊力ってコレが？」
（危機的状況に陥った所為で、今まで眠っていた霊能力が目覚めたってこと？）
そうとしか考えられないが。
でもこれは、
「チャンスよ、横島君。それをそいつに叩き付けなさい！！」
「叩きつけろって言われても」
相手は日本刀を振り回している。
「どうやって近づけって言うんですかぁ」
「あんたの人間離れした動きなら出来るでしょ」
「無茶言わんといてください！！」
当たったら切れるんですよ、と当たり前のことを叫ぶ横島。
「いい。あんたが自分でそれをどうにかしたら、今度のことは大目に見てあげるけど」
「けど？」
「そうでなかったら、分かってるわよね？」
「ちきしょうっ！！ 自決か特攻（デット・オア・アライブ）かよっ」
両方死にます。
（くそう。一か八か飛び込むか？）
ヒュンヒュンと風を切る日本刀。
（無理じゃ〜！！）
かといって、このままでは死刑執行期日が一日ずれたぐらいの結果にしかならない。
（考えろ。考えるんや、横島〜）
と、はたと閃くものがあった。
「そうだ。オレにはコレがあった」
取り出したのは、諸悪の根源、カタストロスＡ。
横島はそれを一錠口に放り込み――
テレポート。
「！？」
突然目の前に現れた横島に、悪霊が怯んだその一瞬。
「これでもくらえっ！！」
美神の指示どうりに、掌の霊力の塊を叩きつけた。
ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ！！
絶叫。
同時に霊の姿が今度こそ跡形もなく消える。
「やったっ！！ やりましたよ、美神さん」
ガッツポーズ。
そうして、勢いよく踵を返した瞬間。
クラリと体が揺れた。
（あ、れ？）
『…こしまさん。……ま、さん』
近いはずなのに遠くに響くおキヌの声を不思議に思いながら、横島の意識はそこで途切れた。
「薬は用法・容量を守って、正しく使いましょうってか」
美神たちが帰った後、姿を現した高島は横島の手から落ちた薬を拾って笑う。
厄珍堂に忘れられたままの薬の箱には……
注意
1回一錠。
薬の過度の使用は止めましょう。
連続仕様はさけ、必ず3時間以上間をおいてご使用ください。
時に副作用として、意識障害および記憶障害が発生することもあります。体に合わないと感じた場合は、速やかにお近くの医師またはGSへとご相談ください。
「さてと、これは結構使えそうだからな。カオスのところにでも持っていこうか」
数日後、改良版カタストロスＡが厄珍堂の店頭に並んだかどうかは定かではない。
あとがき
うわー。なんだか、前回から凄く時間が開いてしまったような……
本編の流れにのせると、問題なのは何処まで展開を同じにするか、ですよね。
あまり変わらないと漫画を文章におこしてるだけですし。
話がもう少し進めば展開自体が本編から少しづつずれていくので、何とかなるのでしょうが、導入部はどうしても同じになってしまいますし。
現時点で何時の時間軸か示す必要もありますし。
特にこの話の場合、逆行者と横島が別人ですから、横島自身は本編と同じように行動するんですよね。
よっぽど状況が違わないかぎり。
ということで、次回からは徐々に状況を本編からずらしていこうと思います。
と、冒頭のいいわけはここまでにして（言い訳やったんかい）
レス返しですvv
まずは、皆様感想ありがとうございます
いつも言ってますけど、本当に感想が瑞原の創作意欲の素です。
見るたび、画面の前でにやけちゃうくらい嬉しいです。
（はたから見ると気持ち悪い人ですが）
＞とんちゃん様
＞横島の予測不能は体質ですよね？ならば高島にもまだ残っているのでは？と考えてしまうのは私だけですかね？
そうですね。体質は自分でどうにかできるものではないですし、高島もまだ持っていると思います。
ただ、高島自身は自分の体質とか完全に忘れてます。
未来を知ってる利を必要以上に意識してるんですよね。なので、計画に自信アリだったりします。
でも、予測不能×予測不能ですから（苦笑）
＞ミアフ様
横島が食べちゃう魔族＆妖怪は概ね決定してます。
ええ。沢山食べさせられますよ。
あの人とか、あの人とか。
ある意味、一発逆転の手段でもありますしね。この能力は。
＞ジェミナス様
「ハッピーな終わり」
目指してます。
やっぱり物語りはハッピーエンドが基本だと思うので。
悲劇もそれはそれでいいですけれどね。
「エンターテイメントの基本はハッピーエンド」が瑞原の信条です。
でも、横島の予測不能は作者にとっても予測不能だったり（笑）
きっと彼が、瑞原と皆さんの予想の斜め上をいく行動で、周りに影響を与えまくって、自然とハッピーエンドに引っ張っていってくれるんじゃないかなあと思ってます。（いえ、だいたいのエンディングは決めてあるんですけどね。それを上回るエンドを横島は引っ張ってきてくれるかもしれません）
ではでは、更新ペースはどうもこの辺りで落ち着きそうですが、次回も読んでいただければ幸いかと思います。
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